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【 おいでませ、ハザマ海岸 】〜夏〜
ハザマ海岸。
そこは県境に近い、海洋遊戯スポットの集まった一帯である。
河川の河口付近には干潟、数キロ先には砂浜と岩場、そして岬のほうには水族館を中心とした遊園地もある。一粒で二度どころか四度ぐらい美味しい(楽しい)海岸である。この一帯は、守り神・来流海(くるみ)が守護しているのだが、治安や美化を維持するための資金を捻出するため、守り神自ら海の家を経営していたりする。
開店前早朝の「海の家・来流海ノ茶屋」通称くるちゃ(寒)。
それぞれ訪れることになった経緯は異なるが、皆この店を手伝うためにやってきたのである。
まず最初にやってきたのは、高級ブランドの黒スーツに身を包み颯爽と海の家を訪れたシオン・レ・ハイ。ニコニコ微笑みながら腕にお友達の垂れ耳兎を抱き、何故かハワイアン・レイを首に掛けている。長袖のスーツを指し、深波(みわ)が一喝した。
「‥‥暑苦しい、寄るな」
深波はハザマ海岸先代守り神で、着崩した和服姿の二十代と思しき女性である。
「せっかく一張羅を着てきたんですよー‥‥ダメですか?」
もし、シオンの頭にケモ耳が付いていたら、お友達宜しくキューンと垂れているだろうか。心の中に浮かんだ疑問(深波さんも、着物を着ていらっしゃるのに‥‥)を抑えながら、シオンはもう一度「ダメですか」と問う。
「‥‥仕方ない。だが客から苦情があったら、それなりの服装をしてもらうぞ?」
深波は軽く頭を振り、溜め息を付いた。
厨房の方では、海翔(かいと)と揃いの黒い半纏に股引き姿になったアンネリーゼ・ネーフェが料理の仕込みを始めている。海翔は、深波の眷属の海坊主である。
アンネリーゼは海翔を伴って朝市へ行き、梨・桃・さくらんぼ・ブドウ・パイナップル・レモン、グラニュー糖や白ワインを買い込んできた。アンネリーゼがフルーツを小さくカットしていく様子を見ながら、海翔が声を掛ける。
「なぁ、アンネリーゼ。それって、なに作るつもりなんだ?」
「これは『マチェドニア』と云う、イタリアのデザートです。レモン・シロップで戴くと、さっぱりして美味しいんですよ」
「俺、横文字あんまり分かんないんだけど‥‥フルーツ・ポンチとか云うのに似てる?」
「ええ、イタリア版フルーツ・ポンチと評される場合が多いですね。味見なさいますか?」
小皿にシロップと幾つかのフルーツを取り、アンネリーゼはにっこり笑いながら海翔に手渡した。
「‥‥へぇー、美味いなコレ。いつもはデザート用に杏仁豆腐を作ってんだけど、今日はこの『マチェドリア』を出してみっか。あとで作り方教えてくれよ」
「はい、宜しいですよ。家庭料理みたいなものなので、しっかり決まったレシピはないのですけれど。あと、海翔さん『マチェドニア』ですよ」
「あー、ワリぃ。ココの人間、みんな横文字苦手でさ。変なコト云ったら、こっそり教えてくれ」
口元に手をあてながら、アンネリーゼはくすくす笑った。彼女の提案で幾つかメニューを追加することになり、厨房はまるで戦場のような忙しさになっていた。
熊手で店の前を掃除をしているのは、黒羽 陽月(くろば・ひづき)と来流海の二人。年齢が近いせいか、和気藹々としているようだ。ただ、来流海の場合はあくまで外見年齢であり、実年齢ではない。
黒羽の格好も、アンネリーゼや海翔と揃いの黒半纏である。ちなみに、来流海は短い丈の振袖姿という様相だ。着物の裾からは、レース地が見えている。
黒羽がマジックの話しをしていると、来流海は「見せてくださぁい!」と両手の指を組んで瞳をキラキラさせた。
「見たい? じゃ、こんな感じでどう?」
右手を一振りすると、その手にはいつのまにか小さな花が握られている。それを受け取ると、来流海は興奮しながら両腕をバタバタさせた。
「凄い、凄いですぅ! ほかにも見せてくださぁい!」
「うん、でもその前に掃除済ませちゃわないとね、来流海ちゃん」
「はいっ 了解ですっ!」
来流海はビシィっと黒羽に敬礼する。その来流海の様子に黒羽は一瞬吹き出しそうになるが、そっと頭を撫でて「続きはあとでね」と笑った。黒羽の思うがまま自分がコントロールされていることに、来流海はまだ気付いていないようだ。
太陽の高さは、既に真上に近い。
巷では冷夏ではないかと囁かれているが、やはり夏は暑いのである。
「いらっしゃいませー!来流海ノ茶屋はこちらでぇーす! 今なら、すぐにお席へご案内できますぅー」
呼び込みと、串刺しフルーツ販売の担当は来流海である。料理のセンスは1mmも無いのだが、接客に関しては天賦の才能とも云うべき力を発揮している守り神であった。
「いらっしゃいませ、来流海ノ茶屋へようこそ! シオンさん、2名様ご案内お願いしますー」
接客中の黒羽が来客のカップルに気付き、シオンに声を掛けた。シオンはいそいそと満面の笑みで奥から小走りでやってくる。
「いらっしゃいませ、来流海ノ茶屋へようこそおいでくださいました。ご予約は頂いておりましたでしょうか? ‥‥はい?飛び込みでいらっしゃいますか? ええ、当店は席が空いている限り、飛び込みのお客様も歓迎しておりますよ」
シオンは恭(うやうや)しく頭を垂れて、客を歓迎した。その格好は、例の黒スーツにハワイアン・レイだ。黒羽の喋っている内容とさほど変わらないはずなのだが、海の家に合わない、まるで高級レストランのような接客になっている。しかも、なんだか微妙な対応だ。
引き攣った表情をしたカップルを引き連れ、奥のテーブルへ案内したシオンは女性の背後にささっと回り、タイミング良く椅子を引いた。それぞれにメニューを開いて渡し、
「本日のお勧めは『ぅわぁ〜の晩餐』『ぅわぁ〜と鬱金色の糸』『ハザマ海岸の秘宝』 そしてデザートは、本日より解禁の『マチェドニア』となっております」
「‥‥えっ うわーの‥‥?」
「『ぅわぁ〜』でございます、ミスター。『ぅわぁ〜』とは、沖縄の方言で『豚』という意味なのですよ」
料理の内容は深波に云われた通りのものなのだが、シオンの意訳が微妙でやはり変な接客だ。メニューに書かれている料理の内容を確認した男性は、
「‥‥ぅわぁ〜と鬱金色の糸と、マチェドニアを2つずつ」
「デザートは食後でよろしかったでしょうか?」
「‥‥一緒でいいよ」
シオンの微妙さに早く席を離れてほしかったのか、男性は引き攣った顔でそう答えた。
厨房へやってきたシオンは、アンネリーゼにオーダーを伝える。
「アンネリーゼさん、『ぅわぁ〜と鬱金色の糸』と『マチェドニア』を2つずつをお願い致します」
「はい、すぐご用意致しますね。あとこちら、座敷席のお客様へ持っていって頂いてよろしいですか?」
つまみ盛り合わせの大皿を、シオンに手渡すアンネリーゼ。
「おお、これは『ハザマ海岸の秘宝』ですね!」
初めての秘宝に、シオンは瞳をキラキラさせる。その様子を、海翔は半眼で見ていた。
「おい、シオン。さっさと持って行きな、お客さんがお待ちだぜ」
「あ、はいっ そうですね! では行って参ります、アンネリーゼさん、海翔さん!」
スキップでも始めそうな勢いの軽い足取りでシオンは店の中へと戻っていった。溜め息を付きながら、海翔は麺を茹でている。その隣りのアンネリーゼは、シオンと会話しながらも手は動いており、マチェドニアを容器に装っていた。
「あー、スプーン落としちゃったんですねぇ。今、代わりの持ってきますぅ」
入り口近くの客に呼ばれ店内に戻ってきた来流海は、座り込んでテーブルの下を見ていた。それに気付かず、スキップでやって来たシオンが来流海に躓いて派手にひっくり返った。大皿が宙を舞い、シオンの悲痛な悲鳴が店内に響き渡る。
「ぁああぁあぁぁぁぁ ――――」
「きゃーっ シオンさーん!」
誰もが目を覆いたくなる惨劇(?)が繰り広げられているだろうと、固唾を呑んで見守っていた。
手で顔を覆っていた来流海が、指の隙間からシオンをチラリと覗き見た。シオンは床に海老反りになり、片足の爪先は後頭部に届いて180度近く開脚している。そして、差し出された手には見事大皿が乗っていた。
「‥‥あ、危なかったのです。来流海さん、こちらを奥のお客様に‥‥」
片手で大皿を持ちながら四つ這いの格好になっているシオンは、来流海に『ハザマ海岸の秘宝』を託した。来流海は大皿を受け取ると、そそくさと座敷席の客の下へ運ぶ。
「お待たせ致しましたぁ。当店自慢の、つまみ盛り合わせ『ハザマ海岸の秘宝』でぇす!」
満面の笑みで、来流海は大皿をテーブルの上に置いた。
「シオン、天晴れ! まさに海の家従業員の鑑とも云える対応じゃ。褒美にコレをやろう、休憩時間に行ってくると好いぞ」
座敷でシオンの垂れ耳兎を膝に抱き団扇を扇いでいた深波が、にっこり笑ってチケットのようなものを差し出した。そこには「ハザマ海岸水族館・無料入場券」と書かれていた。
その頃。
奥の厨房で、海翔とアンネリーゼは黙々と調理をこなしていた。
茹でた麺を冷水で洗い、ガラス容器に形を整えて乗せる。その皿を、海翔はアンネリーゼに渡した。麺の上にチャーシュー、錦糸卵、細切りにしたキュウリやトマトなどの具材を彩り良く盛り付けた。最期に、醤油と酢をベースにしたかけ汁を掛ける。
「陽月さん、お願い致します」
頃合を見計らったように厨房へ顔を出した黒羽に、アンネリーゼは盆に載せた料理を手渡した。
「えーと、シオンさんが接客していたテーブルのお客さんですよね」
アンネリーゼがにっこり頷くのを確認すると、黒羽は店内へ戻っていった。
「お待たせ致しました、冷やし中華とデザートでーす。練りがらしは、テーブルのものをご自由にドウゾ」
そう云い、黒羽はカップルの前に皿を差し出した。二人の表情がほっとしているように見えるのは、黒羽の気のせいだったのだろうか‥‥。
午後2時も過ぎれば、海の家も食事処としての役目は終盤に近く、従業員の面々は交代で休憩に入り始めた。アンネリーゼ・ネーフェと黒羽 陽月は、それぞれ海辺へ出ている。
「あっ! シュラインさん、草間さん!いらっしゃいませ」
来流海がシュライン・エマたちに気付き、大きく手を振った。串刺しフルーツは完売らしく、ソレが入っていた筈の大きなクーラーボックスには缶ジュースが冷やされているようだ。
「こんにちは、来流海ちゃん。そろそろお店も落ち着く時間だと思って」
「はいー、今日も忙しかったですぅ。あと小一時間もすると、今度はシャワー目当てのお客さんで忙しいんですよぉ〜」
額の汗を拭う来流海の表情は、すっかり茶屋の経営者と化していた。
厨房横。
シオン・レ・ハイは、海翔が注文物を作っている待ちすがら、その様子をジーっと見つめている。
「私もなにかオリジナルメニューを作ってみたいです、海翔さん」
「あぁー?そうだなぁ‥‥料理を作るにはそろそろ材料が足りないから、今の時間なら、カキ氷とか冷たいモンが良いんじゃないかな」
「とりあえず、コレ持っていってな」と、シオンに皿を手渡した。
シオンが店内に戻ると、見知った人物たちがテーブル席に座っていた。
「あら、シオンさん。お手伝い今日だったのね」
シュラインは手を振り、草間は振り返った。
「‥‥スーツか。シオンお前、暑くないのか?」
「ええ、特に問題ないですよー。飲食店のお手伝いと聞いていましたので、一張羅を着てきました!」
ふんっと誇らしげに胸を張るシオン。奥の座敷で膝に兎を乗せている深波を草間は半眼で見つめた。
(あの女神さんは、何も云わなかったのか‥‥?)
「ご注文はもうお決まりですか? デザートはマチェドニアがお勧めです」
「そうね。グラスビールと‥‥武彦さんは、もう海入らない?‥そう。じゃ、ジョッキを1つと『緑の誘惑』を1皿お願い」
「流石ですね、メニュー表見ないでもメニュー名が出てくるんですねー」
「ふふふ、大半は私が考えたメニュー名なの。遊び心があっていいかなって思って。あ、マチェドニアも一緒にお願いするわ」
「とりあえず、生。早く頼むな」
草間に急かされシオンは厨房に戻っていく。
その背を見送りながら、シュラインは改めてメニュー表を手に取る。そこには、シュラインの見知らぬメニュー名が幾つか追加されていた。きっと、ここを訪れた臨時従業員たちがそれぞれのオリジナル・メニューを追加していったのだろう。メニュー名はごく普通のものであったり、シュラインの例に倣ってか、内容説明を読まないと想像できないようなメニュー名など様々だ。冠されている素材名でなんとなく料理を想像し「アレのことかしら?」と、まるで古い文献でも見付けたように楽しげにメニュー表を捲るのであった。
「あーっ 枝豆切れそうなんだ、茹でてるからちょっと待ってくれよ」
シュライン ―― 知り合いのオーダーだというのをいいことに、後から入った客用に茹で枝豆皿を持ち出す海翔。
「それじゃ、待っているあいだ私はマチェドニアの準備をしましょうか‥‥」
海翔の背を見送り冷蔵庫のドアを開けながら、シオンは独り言つ。視線を戻すと、冷蔵庫のドアポケットには色取り取りのカキ氷シロップがストックされていた。そこへ、来流海がひょっこり顔を出す。
「シオンさーん、どうしたんですかぁ?」
「ああ、来流海さん。一緒にかき氷を作りませんか?」
両腕いっぱいに瓶を抱えながら、シオンは嬉しそうに笑った。
だが、シオンは知らなかった。来流海に料理のセンスが、まったく無いということを ――。
「お、やっときたか。遅いぞ、シオン」
やっと枝豆が茹で上がりテーブルまで持っていくと、草間のジョッキの中身は半分ほどになっていた。
「ああー、すみません。でも、茹で立てですからきっと美味しいですよー」
『緑の誘惑』とマチェドニアをテーブルに置きながら、シオンは草間にぺこぺこと頭を下げた。
「あと、こちらはお待たせしたお詫びです」
何故か一緒にいる来流海からガラス器を受け取り、シオンは草間の前にそのガラスの器を置いた。それは兎の形に盛られたかき氷で、シロップは色合いから味はブルーハワイであろう。瞳の部分は真っ赤な果実が埋め込んであった。
ビールと枝豆に、かき氷を喰えというのか ――。
ふと視線を上げると、二人が期待に満ちた眼差しで自分を見ていることに気付き、草間は複雑そうな表情をしてシュラインに目配せした。シュラインはといえば、マチェドニア ―― フルーツ・ポンチを食べているので彼女に押し付ける訳にも行かず、草間は再びシオンたちを見上げた。
「やっぱりぃ、夏といえばカキ氷ですねぇー」
「兎さん、可愛いですよねー」
草間は観念したようにスプーンを持ち、氷兎の瞳あたりを掬って口の中に放り込む。
そして次の瞬間、草間はソレを吹き出した。
「ちょっ‥‥武彦さん、どうしたの!?」
「‥‥お前ら‥というか、来流海がいる時点で気付くべきだったんだよな、俺は」
片手で顔を覆い、草間は項垂れる。
「お気に召しませんか、草間さん?」
シュラインは氷兎を不思議そうに見、そして、気が付いてしまったのだ。
兎の瞳の部分が真っ赤なさくらんぼと思いきや、どうやら梅干だったらしい。シロップで梅干は輝き、果実に見えてしまったのかもしれない。シオンにも来流海にも悪気は(多分)無いのだろうが、この二人がタッグを組んでいる時点で右斜め上を行った品物になっているということは明白であったのだろう。
シオンと来流海は顔を見合わせ、シュンと肩を落とした。二人にしてみれば力作で、きっと草間に喜んでもらえると思っていたからだ。ただ、外見だけ見れば子供や女性に受けそうだ。梅干に変わる瞳部分の果実を用意すれば、店の売れ筋商品になるに違いない。
「こ‥今度のときは、さくらんぼでも用意しておくといいかもね。形は可愛いから、きっとお客さんに喜ばれるわよ」
少し困ったように眉を寄せ、シュラインはシオンたちに笑いかけた。
シュラインたちが砂浜へ戻っていったので、シオンはやっと休憩時間に入った。
シオンはお友達の垂れ耳兎を腕に抱き、深波に貰った無料入場券を使ってハザマ水族館を訪れていた。
夏休み、そして午後ともなれば、海水浴に飽きた子供連れ家族などで館内はごった返している。所々で「立ち止まらないでくださーい」という怒号にも似た声が聞こえ、展示物の入った水槽前はほぼ素通り状態である。
シオンといえば、何故か海老や貝、大水槽の鰯の群れなどが気になって仕方がない。水族館の名物である全面ガラス張りの海底トンネルを歩きながら、通り過ぎる鰹の銀白色の腹を見ていた。だらしなく口を開け、ぽやーんと鰹を見ていると突然シオンの腹の虫が鳴る。音に驚き、シオンの腕の中で一瞬兎がもがいた。
「‥‥そういえば、お腹がすきましたねぇ。店に戻って、海翔さんに何か作っていただきましょう」
兎さんを両手で頭上高く抱き上げながら、シオンは恥ずかしそうに微笑む。その上を、大きな鮫がゆっくりと通り過ぎていった。
太陽が海の向こうに沈んだのは、どのくらい前か。
「ほれほれ、花火大会は8時半からじゃぞ? さっさと宿へ戻って着替えてくるのじゃ。寺ではハザマ漁業組合主催の肝試し大会をやっておる、時間のある者は寄ってくるが好い。命令じゃ!」
そう深波に急かされ各々着替えを済ませると、思い思いの催場へ出掛けて行った。
それは、午後の早い時間のことだった。
「あぁ? 少しでも稼ぎたいから、夜の仕事を紹介してほしい、だぁ?」
「ええ、屋台のアルバイトとか‥‥なにかありませんかね、海翔さん」
「‥‥なんだ、そういう夜の仕事か。テキ屋に知り合いがいるから、掛け合ってやろうか?」
「ぁああぁー、よろしくお願いします。お仕事の内容は問いませんので」
「この辺の屋台は健全だから、心配すんなシオン! 俺に任せとけ」
で。
シオンは今、お面屋で子供たちに囲まれ「ピカピカネズミが良い!」だの「覆面ライダー・クワガタ!」だの云われ、右往左往している。普段は公園や廃屋で就寝する身、シオンは新しいテレビ番組 ―― 放送サイクルの早い子供番組には疎いのである。
「違うよ!それは、覆面ライダー・ナダレ! その上のヤツだよ、オジサン!」
「オジ‥‥まぁ、確かに私は(自称)42歳ですけれど‥‥」
柱からお面を取るシオンの瞳に、うっすらと光るものが浮かんでいたとか、いないとか ――。
やっと歴代『覆面ライダー』を覚え、心に余裕が出てきたシオンは参道を通り過ぎる人々を眺めていた。
その中に見知った顔を二つ認め、声を掛けた。
「シュラインさん、草間さん!」
呼び掛けに草間が立ち止まった。不意の呼び掛けに脚のタイミングが合わず、シュラインはムギュっと草間の背中に顔が埋(うず)まる。
「‥‥シオン。おまえ、なにやってんだ?」
「お面屋さんのアルバイトですよ。草間さんもお一つ如何ですか〜?」
「食べ物勧めるみたいに云うな」
呆れ顔の草間を他所にシオンはにっこり笑い、ひょっとこの面を差し出した。それは垂れ目で、今の草間とは逆に満面の笑みを浮かべている。よく見掛けるものとは意匠が異なるようで、かなりユニークな表情をしていた。
「ふふふ せっかくだから頂いて行きましょ、武彦さん。シオンさん、私はアレをお願い」
そう云って自分はおかめの面を指差す。
「ありがとうございます! お二人はこれから花火観賞ですか?」
「ええ。海の方から上がるみたいだから、山からの方が全体を見渡せていいかしらと思って」
「おお、神社まで登るのか?」
それまで反対側の柱の前で接客していた年配の店主が、シュラインたちを覗き込んだ。
「はい、境内まで行けば、海に面したところは林が低いから見やすいかもしれないと思いまして」
「コイツの知り合いなんなら、俺が穴場を教えてやろう。地元民も滅多に来ない、超穴場だ。その代わり、道は険しいから気をつけてな」
店主から穴場の入り口を聞くと、シュラインたちは参道を進んでいった。
シュラインたちと別れ20分程経った頃、大きな音が辺りに響き渡り、皆一斉に海側を振り向いた。
打ち上げ花火が始まったのだ。
参道の人々の歩みも鈍くなり、その場に立ち止まるようにして夜空を見上げている。しゃがんで子供に面を渡していたシオンも一緒に夜空を見上げた。
「ほら、お母さんと逸れてしまいますよ。しっかり手を握って行きなさい」
花火に釘付けになっている子供を諭し、両親の方へ身体を向かせて軽く背を押した。尤も、親の方も花火に夢中で上の空になっている。困ったように笑いながら、シオンは立ち上がった。
「大きいですねーっ!」
店主を振り返り、シオンは話し掛けた。大きな尺の花火が弾ける音と人々の歓声によって、ほんの数メートルしか離れていないのに音が通りにくい。
「ああ! 今年は十年に一度の大花火大会だからな! 気合が違うぜ!!」
十年 ―― それは、なかなかお目に掛かれるものではなさそうですね。
周りを見ると、多くの人々が口をポカンと開け空を見上げている。背の高いシオンは皆のそれを見下ろす形になり、一瞬笑みを溢す。
「‥‥って! 聞こえてんのか、シオン!」
視線を戻すと、店主が隣りに来ていた。シオンが「はい?」と答えると、
「花火が打ち上がっている間は、どこも商売上がったりだ! 裏へ行って、ゆっくり見てきな!」
「えーっ! でも‥‥」
「滅多に見れねぇんだぞ! 地元の誇りだ、しっかりその目に焼き付けて帰りな!!」
腕を組み、店主は豪快に笑った。
シュラインたちが来流海ノ茶屋へ戻ってくると、アンネリーゼ、来流海、海翔が海岸のゴミ拾いをしているようだった。
「私たちもお手伝いしましょ」
工藤・黒羽両少年と草間を振り返り、シュラインはパンッと手を叩く。
「こちらの海岸の利用者は、本当にマナーが良いのですね。目立ったゴミは見当たりません」
「そうなの、それは前回店を手伝いに来たとき感じたわ」
アンネリーゼとシュラインは、顔を見合わせ微笑んだ。
「綺麗だと、ゴミは捨て辛いもんね」
「‥‥そもそも、ゴミ置き場でないところにゴミを捨てていく人間の神経が分からないのだが」
「まぁ、そうなんだけど。あ、工藤、後ろにゴミある。拾って」
「おまえの方が近いだろうが」
ブツブツ云いながら、工藤は振り返って紙屑を拾い上げる。
「そういえば‥‥シオンさんはどうされたのですか?」
「ああ、バイトがしたいって云うからテキ屋紹介しといた。もうすぐ帰ってくるんじゃねーかな?」
アンネリーゼの問いに、海翔は熊手で砂を掻きながら答える。
「みなさぁーん! 西瓜切ったのでぇ、よかったら召し上がりませんかぁー!」
来流海ノ茶屋の方から来流海の声が聞こえ、皆振り返る。周りの人間の顔を見回しながら、お互い頷いて茶屋へと歩みを進める。
そのとき、国道の方から走ってくる長身と小さくて跳ねる影が現れた。
「あぁーっ 私にも‥私にもっ 西瓜、くださーい!」
参道から全速力で走ってきたのか汗まみれで髪を振り乱しやってくるそのシオンの形相は、肝試し組曰く「どの出し物より恐ろしかった‥‥」だったそうだ。
【 了 】
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 登 場 人 物 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ※PC番号順
【 0086 】 シュライン・エマ | 女性 | 26歳 | 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
【 3356 】 シオン・レ・ハイ | 男性 | 42歳 | 紳士きどりの内職人+高校生?+α
【 5615 】 アンネリーゼ・ネーフェ | 女性 | 19歳 | リヴァイア
【 6178 】 黒羽・陽月(くろば・ひづき)| 男性 | 17歳 | 高校生(怪盗Feathery/柴紺の影
【 6198 】 工藤・光太郎(くどう・こうたろう)| 男性 | 17歳 | 高校生・探偵
【 NPC 】 来流海、深波、海翔、草間武彦
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひ と こ と _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
こんにちは、担当WR・四月一日。(ワタヌキ)です。この度はご参加誠にありがとうございました。
ハザマ海岸シリーズ第2弾となりました。ハザマNPCズも弄っていただけて嬉しい限りです。今回のノベルは個別であったり集合であったり、かなりザッピングしております。
なお、人数多め・海岸での過ごし方が皆さん異なっているため、一部プレイングが省略気味になったことをお詫び申し上げます。
後日、来流海が海の家を手伝っていただいた皆様へ労いのもてなしを考えているようですので、機会がございましたら、ぜひ覗いてやってください。
らめるIL異界「おいでませ、ハザマ海岸inモノクロリウム」にて、ハザマ海岸連動の異界ピンナップが募集中です。
今年の夏の思い出に記念ピンナップはいかがでしょうか? ご都合が宜しければ、ご検討・ご参加をお待ちしておりますー!
四月一日。
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