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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV 【小噺・遊泳】



 わぁ、と橘穂乃香は感嘆の息を洩らす。
 初めて来たプールは、デカい。人が多い。まるで遊園地のようだ。
 友人たちに誘われてここに来たのだが……気づけばぽつんと一人で立っていた。
(あれぇ……?)
 困ったように首を傾げてみる。
 夏休みということで人も多いウォーターレジャーランド。迷子も出るだろう。だが自分がそうなるとは……。
(えっと……もしかして、道に迷いましたかしら……?)
 ぱちぱちと何度も瞬きし、穂乃香は周囲を見回す。
 誰もが楽しそうにわいわいと歩いているが……穂乃香の知り合いの姿は見えない。
(どうしましょう……どなたかに道をお訊きしなくては……)
 でも誰に?
 こういう場合は、やはりここの従業員に訊いたほうがいいだろう。いや、こうやって目の前を行き交う人たちだって、親切に教えてくれるかもしれない。
 困ってしまう穂乃香はおろおろとしながら視線を周囲に何度も向ける。
(う、うぅ……)
 困り果てていると、人込みの中に見知った顔を見かけて穂乃香は素早く反応した。
 あの黒髪。それに整った顔。学生服ではなく私服姿だが、間違いない!
「あ、あの……っ」
 声をかけようとしたが、人が多すぎてすぐに視界から消えてしまう。
 穂乃香は慌てた。せっかく見知った人に出会えたというのに!
 人垣が邪魔でうまく彼のもとへ行けない。
「す、すみませんですの……っ、あの、通してくださいっ」
 蚊の鳴くような声で必死に言うが、通れるはずもない。
 なんとか大人の足もとを、頭を低くして「すみません」と言いながら人の列を横断した。
 まるで満員電車だ。通り抜けた後の穂乃香は頭がくらくらし、意識が軽く飛んでいた。
 はたと気づいて例の少年を探す。
(どこに……?)
 きょろきょろと見回していると――――居た!
 一直線に歩いていく後ろ姿が見えた。
「あ、ま、待ってください……!」
 走りたいけれども、無理だ。この人の多さで走るのは自殺行為と言える。
 穂乃香はなんとか見失わないようにしながら彼を追いかけた。



 やっと追いついた。我ながら、自分を褒めたくなる。なんだ。やればできるじゃないか。人の多さにへこたれなくても、できるんだ。
「あの!」
 声をかけると、彼は振り向いた。
 間違いない。あの公園で出会った少年だ。
 前髪が少し長めだが、はっきり顔が見える。緑と黒の色違いの瞳に、美少年と称してもおかしくない顔立ちと、すらっとした体型。
 穂乃香はぺこりと頭をさげた。
「あの……この間はありがとうございました」
「…………」
 彼はきょとんとしていたが、「あ」という顔をしてにっこりと微笑む。
「礼を言われるようなことは、してねーけど」
 穂乃香は顔をあげる。見上げた先にある綺麗な顔に、一瞬どきりとしてしまった。
「えっと……お、お名前……お訊きしてもよろしいですか? この間、訊きそびれてしまったので……」
「名前?」
 彼は少し顔を歪める。
「あー……悪ぃな。基本的に、自分から名乗ることはしないことにしてんだ、オレ」
「え?」
「それに、相手の名前を訊くにはまず自分から、だろ?」
 ウインクする少年に、穂乃香は頬を赤らめた。
 ああ、この人は。
(も、モテそうなタイプの人です……)
 異性からも、同性からも、あまり嫌われるようなタイプではない。気さく、なのだ。
 喋り方も嫌味なところがないし、声も穏やかなほうだ。それでこの外見なのだから、きっとモテるだろう。
 穂乃香はあたふたしつつ自己紹介をした。
「橘穂乃香と申します。お兄さんのお名前、教えてもらえますか?」
「オレは遠逆陽狩。トーサカは、近いとか遠いの『遠』に、逆さまの『逆』。ヒカルは、太陽の『陽』に狩人の『狩』って漢字なんだが、お嬢ちゃんにはわかるか?」
「は、はいっ」
 陽狩の名前の漢字はわりと簡単だ。すぐにわかった。だが同時に、やっぱり、とも思う。苗字が「遠逆」、だったから。
「わたくしのは、えっと、ミカンのタチバナです。稲穂の香りというか……えっと、えっと」
「あぁ、大丈夫。今の説明でわかったから」
 微笑む陽狩は穂乃香を落ち着かせる。
 こんな場所で会えるとは、穂乃香は正直思っていなかった。だからこそ、気分が高揚してしまったのだ。
 次に陽狩に会えたら、ぜひお礼をしたいとずっと思っていた。だがこんな場所でどうやって?
「あ、あの」
 勇気を出して陽狩に言う。彼はきょとんとしていた。
「えっと……あの、陽狩さん、甘い物はお好きですか!?」
「は?」
「も、もしお嫌いでなければ……この間のお礼に、カキ氷などご一緒にいかがでしょうか?」
「…………」
 ぽかんとしていた陽狩は眉根を寄せる。
「悪ぃ……。今から仕事なんだ」
「えっ!?」
 ああ、そういえばそうだ。彼は退魔士。ここにだって、仕事で来ているのだろう。
 穂乃香は途端に恥ずかしくなって俯く。
「す、すみません。そうですよね……陽狩さんは退魔士ですから。
 あの、このへんで何かまた出たんですか?」
「出るって……何が?」
「何って……憑物退治、では?」
「…………」
 しばし沈黙した陽狩は「ぷはっ」と吹き出して笑う。彼はひとしきり笑うと、ひらひらと手を振った。
「妖魔退治の仕事じゃねーよ。フツーのアルバイト」
「は?」
「オレ、ここで短期のバイトしてるんだぜ」
「…………」
 穂乃香が目を丸くした。
 バイト? バイトだって? 誰が?
「バイトって……陽狩さんが?」
「ああ」
「え……ど、どうしてですか?」
「どうしてって、そりゃ、金のためだよ」
 さらっと衝撃的なことを言われた。
 お金?
(お金のために働いてる???)
 いや、まぁ働く目的は人それぞれだし、お金がなければ生活できないものだ。
 だがどうして?
 穂乃香の知っている遠逆の人間は、妖魔退治だけで十分生活ができる人たちばかりなのに。
「つ、憑物退治のお仕事だけでは……ダメなんですか?」
「んー……まーな。なかなか難しいもんなんだ」
 苦笑する陽狩の表情に、穂乃香は不思議そうにした。本当に穂乃香が見知っている他の遠逆のタイプと違う。どうやらあの二人とは陽狩は事情が違うようだ。
 陽狩はすぐに、にかっと笑顔になった。
「カキ氷はきちんと売店で売ってるぜ? 食いたいのか?」
「え? あ、えっと」
「まぁいーか。ところで今日は一人で来たのか?」
「………………………………」
 陽狩の質問に、完全に目が点になった。
 一人デ来タノカ?
(あ…………)
 陽狩に会ったことで、スッポリと抜け落ちていたこと。完全に忘れていたこと。
 そう、自分は迷子だったのだ。
 青ざめた穂乃香の様子に陽狩は疑問符を浮かべる。
「い、いえ……一人ではないんです。友達と……」
「へー。で、その友達は?」
「………………はぐれてしまって」
 目が泳ぐ穂乃香であった。
 陽狩は穂乃香を凝視していたが、すぐにケラケラと笑う。
「そっか。迷子か」
「…………」
 なぜか恥ずかしくなってしまい、穂乃香は俯いた。水着の端を小さく引っ張る。
 陽狩は軽く穂乃香の頭に手を置いた。
「よし。じゃあお兄さんが待合室まで連れて行ってやろう。放送もかけてもらうか」
「そ、そんな! ご迷惑をおかけすることになります!」
「気にすんなって。臨時とはいえ、ここの従業員なんだ。迷子に親切にすんのも仕事のうちだ」
「ですけど……」
「だったら一人で探すか?」
 それでもいいが、という陽狩の口調に穂乃香は迷った。
 一人で見つけられる自信は、ほとんどない。穂乃香と同い年くらいの子供もたくさんここには居る。友人達も、この人の多さで穂乃香を見つけるのはかなり難しいだろう。
「……待合室まで行きます。放送……してもらえますか?」
「わかった。じゃあはぐれるなよ」
「ま、待ってください。陽狩さん、お仕事は?」
「まだ時間は間に合うから心配すんなって」
 朗らかに笑う陽狩は穂乃香の手を握った。陽狩の手にも、マメがある。それは努力の証だ。



 待合室には他にも子供が居る。みな、迷子のようだ。
「ここに座ってていーから」
 イスを指差す陽狩。指示に従って穂乃香は腰掛けた。
「呼び出してもらうから、一緒に来た保護者の名前は?」
「保護者? あ……友達のことですか?」
「そうなるな、この場合だと」
「えっと……」
 穂乃香は友人の名前を告げる。それから住所も訊かれたので応えた。
 受け付けのところにいる若い娘のほうへ行くと、陽狩が何か言っていた。おそらく、穂乃香についてだろう。
 娘は何度か頷き、穂乃香のほうへ視線を遣る。つい、穂乃香は軽く頭をさげた。すると彼女はにっこり微笑んでくれた。どうやらあの受付嬢もいい人らしい。
 待合室の中は冷房がきいている。穂乃香と同じようにソファに腰掛けている少女は、足をぶらぶらと動かしていた。待つのが退屈なのだろう。
 戻って来た陽狩が微笑む。
「すぐに放送かけてくれるってよ。良かったな」
「はい。ありがとうございます」
「まぁ……結構この中って騒がしいから、放送をちゃんと聞いてくれてるといいんだが……」
 少しだけ不安そうに陽狩は呟いた。確かに人でざわめいている中だと、放送は聞き取り難いものだ。
「なかなか迎えに来なかったら、あそこのお姉さんが頃合いを見てまた放送してくれるから、安心しろ」
 陽狩が指差した先は、先ほど話していた受付嬢だ。彼女は穂乃香に向けて手を軽く振ってくれた。
 穂乃香は視線を陽狩に戻す。彼は壁にかけられている時計をちらりと見遣ったところだった。
「じゃ、オレは行くわ。一人で心細いかもしれねーけど、待てるな?」
「一人で待てます! もう10歳なんですから!」
 きょとん、とした陽狩はくすくすと笑う。
「そーだな。悪ぃ」
「悪いと思ってないでしょう、陽狩さん」
「いや? そんなことねーよ」
 そう言うと、陽狩はにっこり微笑んだ。
「じゃあな」
「はい。陽狩さん、お仕事頑張ってください」
 穂乃香の言葉に彼は苦笑する。
「な、なんか……父親の気分になるなー、そう言われると」
 などと、小さく言いながら陽狩は待合室から出て行ってしまった。
 残された穂乃香は小さく息を吐く。
 そう、一人で待てる。大丈夫だ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0405/橘・穂乃香(たちばな・ほのか)/女/10/「常花の館」の主】

NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
 やっとお互い、名前がわかりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!