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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


目指せ、百物語!

「夏と言えば百物語よね」
 みーんみんみん、と蝉が必死に鳴く声が響く中、碇・麗香(いかり・れいか)の呟いた言葉に三下・忠雄(みのした・ただお)は真っ青な顔でぶんぶんと首を横に振った。だが、そんな三下の拒否行動は碇に何の反応も引き出せず、眼中にすら留められない。
「そういうことで、怪談を百個集めて来て」
「無理ですよー」
「やる前から決め付けない! そうね、一人ひとつ怪談を話してくれる人を呼んで、毎回5話くらいずつ収録するのも面白いかもね。一気にやるより読者を惹きつけられるかも。そうだ、さんしたくんだけじゃ百話も集められないだろうから、後であの暇そうな怪奇探偵にも頼んでおこうかしら。きっと楽しい話が聞けるわよ。ね、さんしたくん」
「楽しくないですー! 全然楽しくないですー!」
「泣いてないでさっさと人材探しに行く!」
 アトラス編集部に、碇の怒鳴り声と、うわーんわんわんと三下が泣く声と、蝉の声が響いた。


 後日。
 冷房の効いた暗い部屋で、三下は目の前で揺れる蝋燭にビクビクとしながら客を待っていた。客と言うのは言わずもがな、百物語の怪談をしてくれる人のことである。
「だからって何で、こんな部屋で話す必要があるんですかー……」
 寒さ以外の理由でガタガタと震える三下が呟くが、それに対して碇は恐らく「怪談なんだから、雰囲気あった方が話しやすいでしょ?」とでも簡単に言ってくれるのだろう。それがないのは、今この部屋にいるのが三下ただ一人であるからというだけの話だ。
 と、そのとき、予告なしにドアがノックされる。ノックが突然であるのは当たり前だが、三下はビクゥッと飛び上がり、ドアを振り返った。
「えーっと……百物語って、ここでいいんですよね?」
 そう言ってドアの隙間から顔を出したのは神崎・美桜(かんざき・みお)だった。その大きく澄んだ目が部屋の隅に縮こまっている三下を見つけると、ぱっと明るくなる。
「あ、おはようございます、三下さん。良かった、ここで合ってたみたい」
 言いながら美桜がドアを大きく開くと、後ろから都築・亮一(つづき・りょういち)が入って来た。人の良さそうな笑みを三下に向け、挨拶をしてくる。
「パウンドケーキと紅茶を持って来たんですよ。編集部の方にお渡ししてありますので、よろしければ食べて下さいね」
 にこりと笑う美桜と都筑の穏やかな雰囲気に、三下が安心しかけた。が、次に入って来た人物を見て、三下はぎょっと目を向く。
 まるで闇の中から現れたか如く、静かにドアの前に佇んでいたのはパティ・ガントレットだった。ゆらゆらと揺れる蝋燭に合わせ、パティの両腕を覆った白い篭手が奇妙に歪んで見える。盲人用の杖がコツンッと床を叩いた。
「どうも、おはようございます、三下さん。今日はよろしくお願いいたします」
 そうして頭を下げるパティが都筑の隣に座ると、蝋燭がゆらりと大きく揺れる。
 その横で、怪談を録音するためのレコーダーが回り始めた。


「まずは私からお話しましょうか」
 言って、美桜がにこりと三下に笑いかける。その笑みに三下がへらっと引き攣った笑いを返したのを見て、美桜は口を開いた。

 ある人の家の近くに幽霊が出るという噂のあるトンネルがありまして。ある日、親戚中の人がその人の家に集まる日があったのですけど、そのトンネルを親戚の子供たちが見に行きたいと言い出したんです。
 トンネルというのは、いつ作られたのかも判らないような古いもので、そんなに大きくないトンネルなんです。距離的にも、数分歩けば向こうに出るくらいの短いもので。道自体も古くて、人どころか車の通りもあまりないんですけど見晴らしも良くなくて、子供だけで行かせるには危ない場所なので、その人は少し不安になりながらも一緒について行ったんです。
 近いと言っても歩いて行くには時間がかかるので、その人は車でトンネルまで子供たちをつれて行きました。そしてそのままトンネルを抜けようと、入り口に車が入り込んだ瞬間、その人はさっきまで誰もいなかった筈のトンネルの入り口の横に、赤い服を着た女の人が立っていたのを見たんです。それは一瞬のことだったのですけど、その人も親戚の子供たちも全員が見ていて……その人は急に怖くなって車の速度を上げました。
 そしてトンネルを出ようとした瞬間、上からぶわっと長い黒髪が窓ガラスを被い、「私も乗せて」という声が聞こえたんです。それに全員が悲鳴を上げて、その人は猛スピードでトンネルを抜けて家へと帰りました。
 次の日、その人は霊能力の強い叔母に「何か引き連れている」と言われて除霊をされて、事なきを得たんですけど……

 話し終えた美桜がちらりと三下を見ると、三下は気絶寸前の顔でガタガタと震えていた。それに美桜は「兄さんも自分もいるから大丈夫ですよ」と微笑む。
「それじゃあ、次は俺が話しましょうか」
 言って、都筑は揺れる蝋燭を見つめると、口の中で何やら呟いて指を一閃させた。

 ある子が夜遅くに、塾から家に帰ろうと急いで自転車を走らせていたときのことです。そこは普段は人の通りも多い場所なんですが、夜遅い時間のせいもあって、そのときはその子以外に人がいなくて、少し怖い思いをしながら帰っていたんです。
 そしたら、その子は電柱の影から自分を見ている女性を見つけました。その女性は暗い道でぼんやりと光っているように見えて、その子は不気味に思ってスピードを落とさずに通過したんです。なるべく道ギリギリまで離れて通過するときも、女性はその子のことをじーっと見ていました。
 それから少し走って次の電柱に来たとき、その子はぎょっとしました。通り過ぎた筈の電柱にいた女性が、前方の電柱の影に立っていたのです。見間違いかとも思いましたが、女性は次の電柱の影にも、その次にも同じようにして立っていたので、その子はこれは生きている人ではないと確信して更に恐ろしくなりました。
 そうしてもう少しで家に着くというところで急に自転車の後ろが重くなったと思うと、その子の腰に白い手がしがみ付いて来ました。その子はパニックになって後ろも振り向かずに、気のせいだと自分に言い聞かせながら思いっきり自転車を漕ぎました。怖さを紛らわせるために大声で歌を歌いながら、必死に家に帰ったのです。
 家に着いたその子はすぐに仏壇に線香を焚いて、落ち着くまでずっと祈ったそうです。それ以降、その道を通らないように帰り道を変えて、一人では帰らないようにしたら、女性は現れなくなったとのことです。

「……この話を聞いた人は、同じ話を三人の人に話さないと、その女性がその人の元に現れます」
「うひぃぃぃ!」
「あはははは、嘘ですよ。落ち着いて、三下さん」
 ムンクの叫びのように頬をこけさせた三下に、都筑は面白そうに笑って三下の肩を叩いた。そんな親しげな雰囲気にも、既に怯え絶頂にある三下は効果は無く、パティは震える三下に顔を向ける。
「それでは、最後は私から……」

 これから怪談を話すわけですが……まあ、この腕を見ていただければわかるとおり、わたし自身がある種の怪談なのですけどね……ああ、逃げないで。大丈夫ですから、多分。
 これは私が『自営業』を始める前のことです。その頃、私には将来を誓った相手がいました。他人から見ても、一般的に幸せな日々を送っていたと思います。しかし、その婚約者がある日突然、私に「殺してくれ」と喚き出したのです。理由は判りません。彼に何が起こったのか、それすらも話せない状態で、ただ「殺してくれ」と言うだけなのです。
 私は必死に落ち着かせようと婚約者を宥めましたが、パニックを起こしている彼は私の言葉を聞いてくれません。それでもしばらく時間が経つと落ち着いて、私はほっとしました。ですが、落ち着いた彼は人が変わったように無口になり、何故そんなことを言ったのかは話してくれませんでした。
 そのうち、一日一日が過ぎていくと、彼の落ち着いている時間が少しずつ短くなっていき、いよいよまともに食事もすることができなくなってしまいました。そして彼はそのまま「殺してくれ」と喚きながら死にました。その身体は真っ黒に染まっていて、それを見たとき以来、私の目は……

「……目は……?」
 続きを話さずに口を閉ざしたパティに、三下が泣きそうな声で呟く。それにパティがゆうるりと口端を上げ、三下の顔を自らに引き寄せる。そして涙に濡れる三下の目に向けて、閉じていた目を開いた。

 瞬間、三下の絶叫が部屋に響き、その音の波に揺れた蝋燭の炎が消えた。



 数時間後。
 暗い部屋から無事生還した三下は、編集部の自分のデスクに戻って突っ伏していた。頭の横には怪談が録音されたレコーダーが転がっているが、三下にはそれを文字に起こすことすらも恐怖で、でもちゃんと仕事をしないと碇に怒られるのは確実で、三下は正しく『前門の虎、後門の狼』状態であった。
「……あ、そういえば、ケーキ……」
 そこで三下はふと、美桜が持って来たというパウンドケーキと紅茶の存在を思い出した。一気に気分が浮上した三下はいそいそとデスクを離れ、ケーキを貰おうと碇に話しかける。……が。
「え? それならもう皆で全部食べちゃったわよ。美味しかったわー。それより、あなたはさっさと怪談まとめなさいね」
 三下が報われる日が来るのはいつの日か。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4538/パティ・ガントレット/女性/28歳/魔人マフィアの頭目】
【0413/神崎・美桜/女性/17歳/高校生】
【0622/都築・亮一/男性/24歳/退魔師】


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■          ライター通信         ■
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こんにちわ。ライターの中畑みともです。
今回は『目指せ、百物語!』にご参加頂き、有難う御座いました。
また面白い怪談などありましたらご協力下さい^^