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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

 ある日の昼下がり、いつものように蒼月亭でコーヒーを楽しんでいたジェームズ・ブラックマンは店の電話が鳴るのに顔を上げた。
「はいお電話ありがとうございます。蒼月亭です」
 マスターのナイトホークがその電話に出て、しばらく電話の向こうの相手と話すしているのが聞こえる。だが、その声はやがて怪訝な物となった。
「はい?えーと、どちら様ですか?」
 ややしばらく軽いやりとりがあった後、ナイトホークは困ったような顔をしてジェームズの方を向く。
「クロ。何かクロに取り次いでって電話なんだけど…」
「誰からですか?」
「何か『菊花葬祭の夜守』って人。ここにいたら電話に出せって言ってるんだけど、面倒だから切る?」
 菊花葬祭に勤める夜守 鴉(よるもり・からす)が何者かを、ジェームズはちゃんと知っている。彼は遺体修復のスペシャリストであるエンバーマーだ。以前ある事件がきっかけで知り合いになったのだが、何故その鴉が自分に電話をかけてきたのか。しかも自分が持っている携帯電話ではなくこの店に。ジェームズはいつも座っているカウンター奥の席から立ち上がる。
「いえ、出ましょう」
「分かった。もしもし?少々お待ち下さい」
 受話器をジェームズに渡し、ナイトホークはまだ妙な表情をしながらカウンター後ろに並んでいるボトルを拭くために戻っていった。会話の内容とかはどうでもいいようだが、店に個宛の電話がかかってきたことが理解できないらしい。
「もしもし、お電話変わりました」
 ジェームズがそう切り出すと、電話の向こうで鴉が安心したような声を出す。
「あ、ブラックマンさん?お久しぶりの夜守鴉でーす」
「…どこでここの電話番号を?」
 やや不審げにそう言うと、鴉は悪びれもせずけろっとした声でこう言った。
「ああ、草間さんから。本当は携帯の番号教えてって言ったんだけど、『多分この店にいるから』って教えてくれなかったのよ。ちょっと個人的に頼みたいことがあって電話したかったんだけど」
 出所は草間興信所か。おそらく自分の電話番号を直に教えることを警戒してこうしたのだろう。だがその心遣いは時としてありがた迷惑だ。
 ジェームズは溜息をつきながら電話の近くにあるメモを引き寄せた。
「店の電話を占領するわけにはいかないので、折り返しこちらから電話します。電話番号を教えて下さい」
「はいはい、メモの準備はよろしくて?」
 鴉が言う電話番号をさっと書き留め、そのメモを一枚取る。
「お電話待ってるわ。じゃあね」
 一方的に電話が切れ、ジェームズは受話器を元に戻してからコーヒーの代金を払うために財布を出した。ナイトホークが煙草をくわえながらジェームズの所までやって来る。
「葬儀会社から電話って、何か新しいことでも始めたの?」
「さあ。何か個人的に頼みがあるようですし、面白そうなので行ってきます」
 一体自分に「頼みたいこと」とは何なのだろうか。それが何だか想像も付かないが、少なくとも退屈しのぎにはなるだろう。それに鴉のことは興味があるし、色々と話もしてみたい。
「行ってらっしゃい」
 軽く手を振るナイトホークを見ながら、ジェームズは蒼月亭を後にした。

「良かった、ブラックマンさん捕まって本当に良かった」
 軽く電話をした後、ジェームズは鴉の自宅に出向いていた。いつもラフな格好をしいる鴉は、今日は髪を整え白いワイシャツに身を包んでいる。壁に黒いネクタイとスーツの上着がかかっているということは、おそらくこれから「仕事」の予定なのだろう。
「どうしたんですか、私に頼みたいこととは」
 居間にあるソファーに座りながらそう言うと、鴉は大きな封筒を持ちジェームズの目の前に座った。そしてその封筒の中から色々な書類を出す。
「ブラックマンさんさぁ、本業は『交渉人』だよね」
「本業というか、確かにその仕事をしてますね。でも、それがミスター夜守の頼みと何の関係が?」
「いや、実はエンバーミングに関して俺の代わりに交渉をしてもらいたい人がいるのよ」
 それを切り出しに鴉は淡々と話をし始める。
 ジェームズに頼みたいこととは、四年にわたって癌と闘ったある高齢の女性が亡くなったのだが、そのエンバーミングを夫が拒んでいるので、それに関して交渉を行えないかという話だった。
 その本人が高齢であるということと、長い闘病生活でやつれてしまっていること。そして友引を挟むので葬儀が三日後になってしまい、夏場、遺体の保存に問題がありそうだということで娘夫婦がそれを願っているのだが、どうしても喪主がそれを受け入れてくれないらしい。遺族の承諾がない限り勝手にエンバーミングを施すわけにも行かず困っているのだという。
 ジェームズはそれを聞き、溜息をつきながら首をかしげた。
「どうしてそれを私に?」
「…その婆さんが俺に『綺麗な姿でお別れをしたい。こんなやつれた姿を人様にお見せできない』って言うんだけど、それを俺が爺さんに言っても信用してくれないどころか、下手すると感情を逆撫でしちゃうでしょ。それに俺が死者の声聞けるって分かってる鈴木が別の葬儀に関わってて、上手く交渉できそうな人が会社にいないのよ」
 死者の声が聞ける。
 ジェームズ自身もそうだが、そう言われてにわかに信用する者はいないだろう。たとえそれを公言したとしても、仕事がやりやすくなるわけではない。
 人と人との別れは厄介だ…とジェームズは思っていた。美しい思い出として別れたいと思う者と、それを受け入れられない者。その狭間に立たなければいけない葬儀関係者は大変だろう。鴉は更に言葉を続ける。
「エンバーミングしないとドライアイスも一日十キロ以上使うし、公衆衛生的にも危険なんだ。それにまだ気になることもあるし…ブラックマンさんが交渉するの嫌だって言うなら、仕方ないから俺が頑張るけど」
 金髪銀眼の鴉が一人で出向いても交渉は無理だろう。それにジェームズは鴉の口調に何か別の物を感じとっていた。ここまでこだわっている理由は、何か他に理由がありそうな気がする。
「…分かりました、ビジネスとしてお受けしましょう。ミスター夜守も知り合いだからと言うだけで私を指名したわけではないでしょう?」
 そうジェームズが言うと、鴉はふっと笑ってジェームズの顔を見た。銀の目がスッと細くなる。
「ブラックマンさんだったら絶対交渉できると思ったからね。じゃ、これから葬儀の打ち合わせしてるところに電話入れる。一応俺も着いていくからさ…っと、やっぱ髪の毛黒く染めたりカラコン入れたりするかなぁ。爺さん譲りだから気に入ってるんだけど、喪服似合わないのって見た目で損してると思う?」
 ソファーから立ち上がって、ハンガーからネクタイを取りながらそうぼやく鴉にジェームズが笑う。
「そのままが一番ですよ」

「お父さん。お母さんとの最後のお別れなんだし、友引も挟むから話だけでも聞いて」
 閑静な住宅街にある二世帯住宅で、ジェームズと鴉は居間に通され正座をして遺族と向き合っていた。葬儀のプランニングはほとんど決まっていると言うことなのだが、遺体をどうするかに関してだけがまだ決まっていないらしい。
 ジェームズはきっちりと礼をして交渉に入り始めた。
「エンバーミングに関してのご説明はお聞きになりましたか?」
「それは病院で聞いた。何度も手術してやっと楽になれたって言うのに、まだメスを入れたりしなきゃならないなんて、あまりに酷いじゃないか…私はもう傷を付けたくないだけなんだ。わざわざ来てもらって悪いが、そっとしておいてくれないか」
 やはり日本の慣習が足枷になっているのだろう。エンバーミングの説明を聞き、おそらくは「遺体をどうにかする」と思い、嫌悪感が先に立ってしまったのだ。その気持ちが分かるだけに、鴉も黙って正座している。
 何か足がかりになるものを探すため、ジェームズは居間のあちこちをそっと観察した。日本の家には珍しく、棚の上に家族の写真が飾ってある。故人がまだ元気だった頃に京都あたりに旅行にでも行ったときの写真だろうか…夏用の藤色の着物を着て、手には百合の花を持ち少し恥ずかしそうに微笑んでいる。フレームの中で老夫婦は幸せそうだった。
「奥様とは仲がよろしかったのですね」
「ああ、そうだ。旅行が好きで、少しでも元気になったら…また京都に行きたいって言っていた…」
 その時、鴉がそっと説明用の資料が入ったファイルを開いている振りをして、ジェームズにメモを見せた。
『あの写真で着てる着物が着たいって言ってる』
 それはジェームズにも聞こえていた。だがそれを囁くと不審がられるため、こうやって筆談で伝えてきたのだ。故人の願いと生きている者の願い…少し沈黙した後、ジェームズは顔を上げる。
「その頃の奥様にまで、時を戻させては頂けないでしょうか?こちらの夜守には、それが可能です」
「何を馬鹿なことを…」
「いえ、私は本当のことを言っています。エンバーミングは故人の最後を美しく閉じるための技術ですが、それと同時にこれから生きていく方の手助けにもなります…私は、あのお写真の中の奥様を、最後に貴方に留めておいていただきたいのです」
 しんとあたりが静まりかえった。外からは蝉の鳴き声が響いてくる。
「奥様を愛していらっしゃったからこそ、ご遺体を傷つけたくない気持ちは私達にもよく分かります。だからこそ、美しい最後で奥様を送ってあげては頂けないでしょうか?」
 愛しているから美しい姿で逝きたい。
 愛しているからその体を傷つけたくない。
 そのどちらの気持ちも、ジェームズにはよく分かっていた。一生に一度だが、それが最後になってしまう別れ。だからこそ、人はそれを大事に思う。
 元気だったころの顔に戻った姿を見せて、ゆっくり気持ちの整理をしながら最後の別れをする。それは死者のためだけではない。残されて生きて行くものにこそ必要なのだ。
「本当に…あの頃の姿に戻せるのか?」
 涙をこらえるように言葉を吐き出す彼に、ジェームズはハンカチを差し出した。隣に座っている娘も、一生懸命すすり泣きをこらえている。
「奥様も最愛の貴方に、きっと美しい姿を残したいと思ってらっしゃると思います」

 エンバーミングの承諾を取り付けても、ジェームズはまだ遺族の元に残っていた。途中で葬儀社の者に交代しても良かったのだが、自分が取り付けた交渉事なので最後までそれを見届けるのが義務だと思ったからだ。
 洋館を改造した鴉の家でジェームズはずっと故人の思い出話を聞いていた。
 闘病生活のなかでの後悔や、苦労話。なかなか物が食べられなかったが、何故かブドウだけは喉を通ったので冬でもそれを買いにあちこちを回った話などをずっと聞いているうちに、鴉がそっと部屋に出てくる。
「奥様をご確認下さい」
 そう言って遺族を安置室に案内し、柩を開けた時だった。
「お母さん…昔のままだわ。ねえ、お父さん…」
「………」
 柩の中には飾られていた写真と同じように微笑む姿が横たわっていた。手に持っている百合の花も写真と同じだ。肌の色もまるで眠っているようにピンクがかり、今にも目を開けそうなほど、それは美しい姿だった。
 病気でやつれていた姿などどこにもない。時が戻ったのだ。
 その姿を見た途端、父親の方が頬を撫でながら嗚咽を上げる。
「何か気になるところがあればいつでもお呼び下さい」
 鴉とジェームズはそっと安置室を後にした。寝台車が来て葬儀会場に運ぶまでは、水入らずにしておいた方がいいだろう。

「ブラックマンさんに頼んで良かったよ。ありがとう」
 寝台車が来て柩を運んでいった後、鴉は缶コーヒーを開けながらジェームズにそう言って頭を下げた。やけに長い一日だったような気がして、ジェームスもソファーに座って溜息をつく。電話を受けとったのは昼下がりだったのに、既に日は傾いている。
「一つ質問していいですか、ミスター夜守」
「鴉でいいよ。何かあった?」
 鴉は椅子に座ってテーブルに足をかけた。さっきまでの真剣な表情と違い、既にいつものつかみ所のない鴉に戻っている。素直に答えてくれるとは思っていないが、ジェームズは気になっていたことを口にした。
「どうしてあのご遺族のことをあんなに気にしていたんですか?故人の声が聞こえるからだけではありませんよね」
「ブラックマンさん、エスパー?」
 そう言いながら鴉が笑った。そして缶コーヒーを飲みながら息をつく。
「…俺の爺さんがさ、納得できる別れが出来なかったって悔やんでたから。前にも言ったと思うけどそれで日本まで来たし、あの人俺の爺さんにちょっと面影が似てたから余計気になって」
 『ある遺体を見つけたら綺麗にしてやってくれ』と言う祖父の遺言を果たすために鴉はアメリカから日本にやって来た。鴉がエンバーマーになったのも、祖父から聞いた話があったからなのかも知れない。ジェームズも足を組んで鴉の顔を見る。
「貴方のお爺様はどんな方だったんですか?」
「うーん…優しかったけど、ずっと罪の意識みたいなのに追われてきたっぽかった。俺は爺さんが日本にいたことと、その誰かに対して爺さんが後悔してることぐらいしか分からなかったけど、大事な友人だったんだろうなとは思ってる」
 その誰かのことを思い、ジェームズは溜息をつく。鴉の祖父はそこまで夜鷹のことを後悔していたのか。だがきっと夜鷹が聞いたらやっぱり自分と同じように溜息をつくだろう。あの頃はお互いどうしようもなかったのだ。
 そのしがらみという名の鎖に鴉も縛り付けられている。その鎖は何処かで断ち切らねばならない。
「鴉、これから暇はありますか?よろしければ、貴方のお爺様が気にしていた方に会わせてあげられますが」
 しばらくの沈黙。
 鴉はその言葉に椅子から立ち上がる。
「そうだね。ここで会っとかないと多分ずるずると腰が退けそうだから、ブラックマンさんの誘いに乗っとく。願わくば、向こうが爺さんのこと覚えててくれてるといいんだけどね」
 残されて生きて行くものにこそ必要な出会いと別れ。
 だからこそ人はそれを大事に思う。お互いの気持ちを整理するためにも、精算できる過去は清算しておくべきだろう。
「大丈夫ですよ。彼もまた貴方のお爺様のことを気に掛けてましたから」
「分かった。あ、今日の仕事代は葬儀とかが全部済んでから払うから、ブラックマンさんの携帯番号も教えてよ。じゃないと、またあの店に電話かけないと捕まえられない」
 それを聞きジェームズは自分の名刺を鴉に渡した。
 もしかしたらまた一緒に仕事をすることになるかも知れないし、鴉とはこれからも付き合うことになりそうな気がする。
「今日はいい仕事が出来てよかった。一時はどうなることかと思ったけどね」
 交渉事はいろいろやっているが、ずっと記憶に残るような出来事は少ない。だがこの労働の記憶はいつか甘美な物になるのだろうか…。
「そうですね…私も貴方のお手伝いが出来てよかったですよ」
 ジェームズは立ち上がり、鴉に向かって微笑んだ。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人 & ??

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
夜守鴉との仕事で、内容お任せ…と言うことでしたので、交渉人という設定を使っての話にさせていただきました。人との別れというものは一度きりなだけに色々とこだわりや、気持ちの揺れがあるのではないかと思います。
ラストには少しだけ鴉の祖父の話も出させていただきました。蒼月亭に行ってしまいましたが、どんな話をするのでしょう…。
リテイクなどはご遠慮なく言ってくださいませ。
またよろしくお願いいたします。