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<東京怪談・PCゲームノベル>


【R1CA-SYSTEM】
               ver.260801#001.01


「やぁ、いらっしゃい。丁度いいところに来た〜、今日も暑いねぇ」
 ネットカフェ・ノクターンに入ると、カウンター内に立ってる細身の男性が人懐こい顔をして僕にニッコリ微笑いかけた。
『ネット』という言葉を冠するものの、最近はここをカフェとして利用する客が圧倒的に多い。その利用客のうちの一人は僕だ。天井まで届く大きなガラス窓、品の良いチェアやテーブル、美味しい珈琲・紅茶にケーキ類、柔らかな自然光に映える観葉植物。前述の符号から、特に女性客の利用が多いように思う。尤も、特に女性客を見込んだ店作りという訳ではないらしく、このコーディネイトは単なるこの男性の趣味だったりするのだけれど。
 男性‥‥この店の主である雷火さんは僕をカウンターに手招きし、冷たい水を差し出す。彼がこういう態度を取るときは、頼み事をしてくるときだと僕は知っていた。
「一応、お話しは聞きましょう」
 少し意地悪く答えてみる。僕の答えを聞くと、カウンターに肘を突きながら彼は掌をひらひらさせた。
「またまたぁ〜。暇で仕方なかったんでしょ?夏休みにわざわざココ通るなんてさ。新しいプログラム作ったんだよ、バグチェック付き合ってくれない?」
 なんのプログラムなのかと聞けば、彼特製の疑似体験システム、ヴァーチャル・リアリティ【R1CA-SYSTEM】の新作だと云う。これまた曲者で、これだけ大きなシステムとなるとさすがの雷火さんでも「バグ」があるらしい。新しいプログラムができるたび、ここを訪れる人間は彼の実験台にされてしまう、と聞いたことがある。
「今回のは‥‥ああ、奥で話すよ。一応、企業秘密だし。結構好きだと思うよ、静」
―― 僕、菊坂・静は、こうして今日も彼の笑顔に騙されるのである。

 ふとカウンター席の奥を見ると、珈琲カップを持った草間武彦が戦戦恐恐といった表情で静を見ていた。
「こんにちは草間さん。珈琲飲みに、こちらまで?」
 というのも。草間が所長を務める草間興信所は、池袋にある。ここは狭間区あわい南、つまりノクターンへ来るためにはJR線かバスで移動が必要だ。
「あー‥‥バグチェックに付き合えと呼び出された、んだが『体験者だからデータにならない』とか云いやがって。で、未体験者待ち」
 そう云いながら静を指差し、苦々しい顔で草間は珈琲を飲み干す。その隣りに静が腰掛けると、雷火がデザート皿を持って戻ってきた。竹をイメージしたらしいカットが施された切子皿に、橙色のゼリーがのっている。
「今はやっぱり、マンゴーだよねー。はい、コレ新作」
 器も冷やされていたらしく、受け取った皿はひんやりとした。スプーンでゼリーを掬い口へ運ぶと、それは直ぐに口の中で融けていく。
「あ、思ったより味はさっぱりしてるんですね。それに、口融けが凄くいい」
「そう? 好かった。誰かさんは食べるだけで、全然役に立たなくて」
「別に、胃の中に入っちまえば何でも一緒だろが」
「草間さん‥‥。食事作ってくれる人の前で、それ云わないでくださいね。雷火さんに限らず、ですけど」
 静の思惑に気付いたのか、草間は視線を逸らして再びカップを呷る。といっても中身は既に空なのだが。
「ま、武彦の場合は黙ってるときが一番美味しいらしいから。じゃ、それ食べたら裏にいいかな?」
 雷火はそう云って店の奥を指差した。
 ゼリーを食べ終わると、如何にもネカフェなブースを通り過ぎ、さらに奥の個室へ静は案内された。
「武彦はヘッドギアの使い方、大丈夫だよね?」
 静に教えてあげて、と雷火は部屋を出て行こうとする。
「あ、あの! 僕こういうゲーム初めてだから不安なんですけど。できたら誰かと一緒に」
「俺一人じゃ不満なのかよ‥‥」
「いえ、そうじゃなくて。草間さん一人だけだと、僕、迷惑掛けちゃうかもしれないし。できたら雷火さんも‥‥あ、さっき井上さんも居ましたよね。彼も一緒に参加してもらっていいですか?」
 井上とは、この店へ出入りしている雷火の弟子・井上洸のことだ。先程、奥のブースでなにやらディスプレイと睨めっこをしていた。洸とは以前、草間興信所関係の仕事(?)で一緒に温泉へ行ったことがある。
「洸? じゃあ、後で放り込んでおく。オレはねー、外でモニタリングしないといけないから、中へは入れないんだよねぇ」
「そうなんですかー‥‥」
 静が残念そうに俯くと、草間が静の胸へヘッドギアを突き出す。顔を上げてみれば、草間は既にヘッドギアを被っていた。黒い革張りのリクライニングシートを指差すと、草間は隣りのシートにどっかりと座り込んだ。コレを被って座れ、ということらしい。
「大丈夫だ。なかに、キョーっレツなのが居るから」
 珍しく草間が意地の悪そうな笑みを浮かべている。よく分からないが、静もつられて妖しい笑みを返した。
 静はリクライニングシートに身体を沈ませた。背中を包み込む感触が好い、この座り心地はクセになりそうだ。
 入眠プログラム ―― 心地よい音と光が、静を眠りへと誘(いざな)う。
 白と黒の幾何学模様、生命の誕生と死‥‥さまざまな映像が浮かんでは消え、頭の中がクリアになっていくのが分かる。
 瞳を開けば、そこはもうヴァーチャル・リアリティ【R1CA-SYSTEM】の世界だ。

 ゆっくりと瞳を開くと同時に、辺りは喧騒に包まれる。
 人の気配と息遣い、活気のある酒場とその生活臭。ここがゲームの中だということを忘れてしまいそうなくらい、それはリアルに感じられた。テーブルの正面には草間、その隣に洸が座っていた。それぞれ、よくあるライトノベル系ファンタジーに登場するような旅人の服装をしている。ふと自分を見てみれば、アオザイに似た白い服だ。武器は棍を使いたいから、踏み込むのに足回りは動き易いもののほうがいい。
「‥‥へぇ、いいね」
 背後から声がして、静は振り向く。そこには朱色の棍を担いだ雷火が立っていた。やや挑発気味の視線を投げる雷火に戸惑いながら、静は立ち上がった。
「あ、れ? 雷火さん、中には入れないって云ってませんでしたっけ?」
『雷火』と聞いた瞬間、男は派手な溜息をする。静が戸惑っていると、背後から草間の押し殺した笑い声が聞こえてきた。
「―― 武彦。マスターはまたオレのこと云わずにテスター入れたの? 毎回毎回、説明すんのメンドーなんだけど?」
「いや、まぁ。皆の反応見るの、面白いしな。静、コイツ『ダッシュ』っていうんだ。【R1CA-SYSTEM】案内人、NPC」
「正しくはヘルプデスクですけどね。オリジナルは雷火さんだけど、口調に若干乱れがあるみたいで‥‥」
 そう云って洸も苦笑いした。
 同じ顔なのに、しゃべり方が違うだけでこうも印象が変わるものなのだろうか。静は雷火、否、ダッシュの顔をまじまじと見た。ダッシュはニヤリと笑い、静に棍を手渡しながら、
「なにか『質問』でも?」
「いえ‥‥質問というか。なんだか、ワイルドな感じもいいですね。ダッシュさん」
「そう? アンタも結構いいセンスだ、静。洸なんか、最初は何度やっても制服のまんまだったからなぁ。何の為のバグチェックなのか、全く」
 コンバート・システム ―― 服装や容姿は勿論、望むなら性別さえも変えることができる。基本能力は実世界の能力に由るが、隠している能力が表面に出たり、自分でも気付かない力が顕著に具現化される場合がある。
 例えば、静のように。
「それにしても、魔力が強い。へぇ〜、魔法攻撃力がずば抜けてるんだ。しかも闇属性。いい趣味してるわ」
 再びダッシュは静を足先から頭まで見、腕を組んで独り頷いている。その様子を待ちあぐむように草間は声を上げた。
「ダッシュ。それで――」
 手を上げ軽くそれを制し、ダッシュは顎でテーブルの向かい側を指した。いつの間にかそこには男が立っていた。服装から察するに、どうやらその中年男性はこの店の人間のようだ。
「お待ちしておりましたよ、静さん。実は‥‥」
 ここは、宿を併設した酒場。裏庭に広がっている畑で、店に出す野菜類を栽培しているらしい。ところが最近、夜な夜なモンスターが出現しその畑を荒らしていくのだという。
「それはどんなモンスターなんですか?」
 店主に着席を促し話しを聞いていた静は、軽く首を傾げて質問する。
「人型の‥‥ゴブリンはご存知で?」
「あの、よくファンタジーに出てくるアレですか?」
「そうです。新鮮な食材で作った料理を出すのがウチの宿の売りですので、できれば退治していただきたいのです」

 夕刻。
 あれから宿の回りの住人からモンスターの件について尋ねたり、近くの子供達と遊んでいた静は、独り宿の裏庭に来ていた。森に近い奥の畑部分は、踏み付けられ荒れている。よくあるファンタジーRPGなどに登場するゴブリンであれば、下位モンスターだろう。住人でも追っ払えそうなものだとも思えるが、"勇者"と呼ばれるPC ―― つまり、自分達のようなプレイヤーでなければモンスター退治はできないという。考えてみれば、これは雷火の作ったゲームであって、現実ではない。どんなにリアルに描かれていても彼らはあくまでNPC、ゲーム上のプログラムされた登場人物でしかないのだ。
 静は長い棍を構え、数回振り回して武器の感触を確かめる。攻撃魔法も使えるが、草間の拳銃と洸のデジタル召喚獣というパーティの攻撃力を考えると、接近戦になった時は静の戦士としての能力が要になるだろう。流れるような美しいその動作は、まるで舞を踊っているような様にも見える。
「あれ、そういえば‥‥魔法ってどうやって使えばいいんだろう?」
 根本的なことを聞いていなかった、立ち止まって静は独り言つ。ふと視線を上げると、大木にダッシュが寄り掛かってこちらを見ていた。
「それは『質問』でいいよね。静は格闘ゲームやったことある?」
 ダッシュはそう云うと、左手をワイングラスを持つように上げ、右手はタイピングするような動きをさせた。格闘ゲームをやったことがある者であれば、そのダッシュの動作がいわゆる『スティックをワイン持ち』だということが分かっただろう。
 その動作自体は分からなかったが、格闘ゲームなら少しだけ遊んだことがあった。静が頷くと、ダッシュはさらに続けた。
「昇龍『コマンド』とか頭に浮かべてくれれば、システムがそれを『呪文』として『読む』から。OK?」
「しょ‥昇龍コマンド、ですか?」
 その『コマンド』が何を指しているのか、静にはよく理解できなかった。
「なんで空中コンボとか10連コンボにしないんだよ。ボタン連打でいいじゃねーか。あと、ついでにダウン投げも付けといてくれ。6ボタンで」
 いつから居たのか、宿の二階から草間が煙草を吸いながら静たちを見下ろしていた。それを無視するように、
「シンプルに4ボタンで。あ、めくりと待ちはできないから。あとでコマンド表あげる」
 そこまで聞いて、なんとなくダッシュと草間が2Dと3D格闘ゲームの話しをしているらしいことに気付いた。
「ああ、なるほど。セリフ一つで魔法が使えたら、簡単に無敵になっちゃいますもんね。でもダッシュさん、今は8ボタンなんですよ、ジョイスティックタイプのコントローラって。ボタン1押しで、超必も出せちゃうんです」
 にっこり笑う静と顔を見合わせたあと、ダッシュは静を指差し苦々しい表情で草間を仰ぎ見た。
「コイツ、コマンド入力の美しさを分かってないよ、武彦」
「いや、別にコマンドが美しいとか美しくないとかでゲームやってないし」
 その遣り取りを聞きながら『この人もプログラムなんだっけ。それにしては、人間味があり過ぎるなぁ‥‥』と静はダッシュの横顔を見ていた。

 日が落ちて、深夜に差し掛かろうとする時刻。裏庭の畑が見える場所に、それぞれ身を隠していた。
 洸のデジタル召喚獣は、戦闘が始まらないと召喚できない(無敵になるからbyダッシュ)。戦闘開始時は、静と草間のみでモンスターに立ち向かうことになる。
 静が草むらから聞こえる虫の音に耳を傾けていると、その中に異音が混じった。草を踏み均しながら歩く音。
「静」
 不意に耳元で声がして、静は一瞬声を上げそうになる。
「バグチェックだからさ、思いっきり暴れてくれた方がデータになるんだ。急所は左胸。ヨロシク」
 振り向くが、そこにはもうダッシュは居なかった。視線を戻し畑の奥を見据えると、闇の中にいくつかの黒い影が蠢いていた。
 どうしよう。前へ出る? 引き付ける?
 視界と足元の悪い今、身を隠す障害物のない暗闇の中を飛び出しモンスターに感付かれるかれるのも危険だ。洸が影に気付いて召喚を始めてればいいが、もし召喚が間に合わなかったら‥‥。
 いろいろな考えが頭の中をぐるぐる回る。が、草を踏む音がした次の瞬間、考えるより先に静は物陰から飛び出していた。
「――――っはぁ!」
 身体を軽く沈ませ、一気に棍へ全体重をかける。一番手前に居るゴブリンの胸に静は棍を突き立てた。静の鋭い突きは敵の左胸を確実に捕らえ、ゴブリンはその場へ仰向けに倒れた。それを合図に、怒涛のような戦闘が始まった。
 迫り来るモンスターを既(すんで)の所でかわし、その反動で回転した背後に居る敵へ棍を突く。時折、銃声が響いている。何処か物陰から草間が銃でゴブリンを撃っているのだろう。ふとそんなことを思っていると、畑の軟らかい土に静は足を取られた。棍は静の手を離れ、暗がりに転がってしまった。
―― 拙い。
 四つ這いになった静の直ぐ目の前に、大きな躯体のゴブリンが立ちはだかっていた。素早く身体を起こすが、太い木のこん棒が静の頭上に迫る。
 思わず瞳を閉じた静に、次の瞬間は訪れなかった。
 そっと瞳を開くと、大きな白い獣が静とゴブリンの前に立っている。否、その白い獣はゴブリンの首筋に鋭い牙を突き立てていた。獣がそれを噛み千切るような動作をすると、ゴブリンだったものがどう‥とその場に倒れ込んだ。
「菊坂!」
 顔を上げれば、そこには洸が立っていた。どうやらこの白い獣 ―― 白い狼は、洸の召喚獣らしい。紅い双眸がじっと静を見ていた。
 攻撃力や魔力が高い分、静の防御力とHPは低かった。あのゴブリンの攻撃を受けたら、徒ではすまなかったであろう。洸の手を借りて立ち上がった静は、転がっていた棍を拾い上げる。その間にも、静たちはゴブリンに囲まれていく。
「確かに『複数』とは云ってたけど、まさかここまで数が多いというのは想定外だな」
「そうですね。一体ずつ片付けるには、数が多いですよね」
 背中合わせに立った二人は、そんな会話をする。
 銃声の音がしなくなった。ゴブリンに囲まれた自分達に流れ弾でも当たったら‥‥と、草間は躊躇しているのかもしれない。静たちとゴブリンの間を、白い召喚獣が行ったり来たりする。静の、そして洸の考えを感じて、反撃の頃合を計っているのだろう。
 そのもどかしさに、静の何かが『ぷつ』っと切れた。
「‥‥邪魔」
 その呟きに洸は振り返る。
 静の顔には、笑顔にも取れる表情が浮かんでいた。
 次の瞬間。あたりは耳を劈(つんざ)く絶叫が響き渡る、阿鼻叫喚の巷へと化したのだった。

「‥‥で、これはアレの残骸か?」
 土の上に水で濡らしたようにできた(それは勿論、ただ濡れている訳ではない。なにか色が付いている)箇所を指差し、草間は静を見た。その後ろで、ダッシュがブツブツ呟いている。
「‥‥あの魔法、微調整する必要ありそう‥‥」
「ダッシュさん、あんな魔法ありましたっけ?」
 そんなダッシュの隣で洸は問い掛ける。足元には洸の想いが通じているのかの如く、白い召喚獣がその耳と尾を垂らしてクンクン鳴いていた。
「ある。あるけど、オレ教えてない‥‥」
 どうやら、静が出したのは隠し技だったようだ。
―― えと、コマンドがよく分からなかったから適当にやったんだけど‥‥まぁ、モンスターは倒せたし、いいよね。
 皆の会話を遠くに聞きながら、静は安堵の溜息をついた。


      【 了 】


_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 登場人物 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

【 5566 】 菊坂・静(きっさか・しずか)| 男性 | 15歳 | 高校生、「気狂い屋」(魔法戦士)
【 NPC 】  雷火、雷火'、井上洸、草間武彦

_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひとこと _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

こんにちは、担当WR・四月一日。(ワタヌキ)です。この度はご参加誠にありがとうございました。
NPCをいろいろ召喚していただき、ありがとうございました。店主はゲーム内に入れないため、店内の描写を少し多めにしてみました。
一話完結ではありますが、時間経過のあるシリーズとなっております。【R1CA-SYSTEM】新作プログラム公開の折は、ぜひまた体験しにいらしてください。ダッシュも電脳世界で、静さんとの再会を楽しみにしているようです。
気になるところがございましたら、リテイク申請・FL、矢文などでお気軽にお知らせください。参考にさせていただきます。
2006-08-10 四月一日。