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<東京怪談・PCゲームノベル>


『蒼藍のエリィ』



 顎を押さえて思案顔をするのは草間・武彦。先ほど出て行った青年の話と、零の訴えを天秤に掛ける。とは言え、どちらが正しいのか、と、表面だけの問いをしても始まらない。結局は、仕事を請けた連中が考えるべきことだ。自分に出来るのはせいぜい、この話を他者に回すこ――
「融通の利かなそうな小僧だな」
 普段は使わない携帯電話の電源を入れようとしていた手が、そのままの姿勢で止まった。驚愕と、呆気のために。草間は一呼吸の後、大きく意気を吐いて後ろを振り返った。
「……いつものことだが、来てるなら来てると言えよ、冥月」
「来たら、話の真っ最中だったんでな」
「で? 興が乗ったってわけか?」
「小遣い稼ぎにもなるからな」
 いつの間にか後ろに出現していた黒髪に黒衣の女……黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)は優雅に彼の前に回りこむと、先ほどエリィが座っていたソファに腰を下ろした。いつもながらの突然の来訪に、零が慌ててお茶を用意する。事務机でそれらのやり取りを見ていた女性が苦笑しながら、零の淹れたお茶を受け取った。
「私が出すわ。零ちゃんはお茶菓子おねがいね」
 唇に明瞭な響きを乗せて零に指示を出すと、彼女は二人の前にお茶を置き、自身も空いたソファに身を預けた。シュライン・エマ。切れ長の目に中性的な風貌は冥月と共通だが、冥月が凶暴性を秘めるのに対して、彼女には大らかな聡明さがある。
「シュライン、お前も受ける気かよ?」
「このところ、また事務所の経営も苦しいし、それに零ちゃんの言ったことも気になるから」
 そう艶のある笑みを浮かべられてはぐうの音も出ない。事務所が苦しいことに反論する余地はないのだ。お茶菓子を持ってきた零の顔がぱあっと輝くのを見つつ、冥月が微かな反駁を示した。
「だがあの小僧の言うことも一理ある。益虫か害虫かは人の基準。善悪に関わらず、害になれば悪霊だ。排除も当然だろう」
「小僧って、アイツは確か二十一だぞ。お前より年上だ」
「実年齢が関係あるか、尻の青さは見てればわかる」
 かちかちと、適当にメールを打ちながらの指摘は、冥月に切って落とされた。手厳しいが、確かにエリィは子供染みた一面をどこかに感じさせる部分がある。とは言え、同じだけの子供っぽさを露呈しながら、零が訴えた。
「でも……きっと悪いことをしたくてしているわけじゃないと……」
 零はそこで言葉が喉に痞えたかのように、顔を俯かせた。シュラインが苦笑しながら、助け舟を出すように自分の意見を述べる。
「私も無理強いはいやね。可能な限り零ちゃんの要望にも応えてあげたいわ」
 冥月が困り顔で額にしわを寄せた。
「……なら私に依頼するか? 奴を抑えろと望むなら、力ずくで止めよう」
「え? 良いんですか、冥月さん!」
「報酬はそうだな。今度、買い物に付き合え。服を見たいのでな」
 からかいがいのあるセリフを冥月が口にしたので、メールの送信を終えた草間は、ふと口を滑らせた。
「デートだ? まさか妹を毒牙に掛けようってんじゃ――」
 乗り出し気味にからかったのと、頭の上に冥月の踵が落ちてきたのは、ほぼ同時だった。



 翌日。
「今回は三人なんですね」
 零が嬉しそうに仕事を請けた面子を確認する。エリィが話し終えたその場で仕事を承諾した二人とメールで請け負った者が一人。まずは自分、シュライン・エマ……加えて黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)と赤羽根・灯(あかばね・あかり)だ。
「えーっと、零ちゃん、伝言があるって言ってたよね?」
 灯が尋ねると零は少しだけ俯いて、自縛霊を穏やかに成仏させて欲しい旨を伝えた。
「安心して。この場にいる人は皆、あなたの考えに賛同しているわよ」
「ありがとうございます、シュラインさん。冥月さんに、灯ちゃんも」
「まあ、お前からの依頼だからな。請けた以上は、約束は守ってやる」
「あれ? 冥月さん、もしかして二重契約? 信用なくしちゃうよ」
 悪戯混じりの笑みを浮かべて灯が彼女をからかうと、冥月は少しだけ額に眉を寄せた。
「互いの依頼の目的が一致してるからだ。あの小僧の依頼も、零の依頼も、その幽霊がこれ以上の被害を出さずに成仏して欲しいという点で同じものだ」
「小僧って言っても、冥月さんより年上なんだけどね」
 四人でくすくす笑っているところに、草間がひょいと顔を出した。今日の彼は、零を連れての別な仕事がある。彼は自分たちを眺めたあと、少し皮肉の篭った笑みを浮かべた。
「二十六のやり手事務員、二十の男女、十六の女子高生……ハーレムな上に年齢層、選り取りみどりだなあの坊主」
「馬鹿言ってないで。ほら、武彦さんは今日の仕事でしょ?」
 シュラインはぎらりと目を光らせて殴りかかろうとする冥月を遮り、草間を追い払うと仲間に向き直った。零も彼についていったから、事務所には三人だけが残されている。
「さて……と、これからどうする?」
「私は特にすることはないがな」
「私、図書館が開いてるうちに、森のことを調べておきたいな。なんで、亡霊が開発から森を守ろうとしているのか知らないとね」
「そうね。それには賛成だわ。私もついていこうかしら」
「じゃ、冥月さんはお見送りお願い」
 明るく笑いかける灯。冥月は仕方なさげに溜息をついて、影の異空間を開いた。



 図書館で調べ物をしたことはほとんどない。高校の授業ではそういった専門的な知識はさほど必要ではないからだ。
「大丈夫? 調査とか慣れていないみたいだけど?」
 シュラインが尋ねてくる。冥月は面倒臭がって、図書館備え付けのちっぽけな喫茶でお茶を飲んでいるから、この場には二人だけである。
「あはは。普段は漫画と音楽雑誌しか読まないから……でも、頑張ろう!」
 呟いて、自分を勇気付ける。シュラインは微笑んで、新聞記事や地方の伝承などを収めたコーナーの場所を自分に教えると、自身はネットで情報を調べると告げた。
 新聞記事を漁り始めると、騒ぎが起き始めた当初から段々と遡って三ヶ月目に、気になる記事を見つけた。
「……十二歳の少年が事故で死亡? あの森の側だけど……」
 よくあの森に遊びに行っていた少年が一人、自動車事故に巻き込まれて死んでいる。これは気になった。いくつかのキーワードは一致している。シュラインのところに持っていくと、彼女も頷いた。
「気になる記事でしょ? 自分の遊び場を守ろうとしてるのかな?」
「かもね。エリィ君に貰った資料では少年霊だと書いてあったし、年齢的にも一致するわね。時期的に見ても、その自縛霊はこの子かしら」
 そう言うと、シュラインは立ち上がって、冥月のところへと歩み寄った。彼女に情報を伝えながら、自分が掴んだ事実も最後に付け加える。
「私も一つわかったわ。あそこの森は近くにある学校の子供たちの遊び場になってたみたいね。一際大きな樹がその奥に立ってて、子供たちからは目印にされてたみたいよ」
「今わかることってそのくらいかな。でも、これだけの情報があったら、説得に使えるかも知れないね」
「そうね」
 そこで会話が途切れた。一方的に話を聞いていた冥月が傾きつつある太陽を眺めながら、コーヒーの最後の一口を啜る。
「冥月さんはサボってばっかりで羨ましいよ」
「私だって何もしていなかったわけじゃない。ここから、その森の辺りを調べていた。何か影の変化があれば、私は掴めるからな。射程範囲の関係で、森の半分程度しか調べられなかったが」
「じゃあ、動けばいいじゃん」
「面倒臭い」
 灯は苦笑しつつ「やっぱりサボってたのね」という言葉を飲み込んだ。
「それで成果は?」
「少し気になることがあったな。森の中を時々、妙に身軽な影……人間の形をしている何かが何度か感じ取れた。射程範囲の中と外をうろうろしているがアレはなんだろうな」
「あ……私、昨日ちょうどその森の側を通り掛かったんだけど、多分、それと同じ影見た。何だろう?」
 三人でしばし頭を捻った。エリィの情報にはそんなものは無かったし、調べ物にも全く出てこなかった。どこかの人外でも迷い込んだのだろうか?
「まあ、考えても仕方ないわ。多分、今回の事件には関係ないだろうし、そろそろ行きましょう」



 日の傾いた森の入り口。すでに空は藍色と紫に染まりつつある。そこに集った女性三人の前でエリィは気まずい想いを感じながら首を捻った。この三人を連れて中に入るのか。まるで――
「草間さんが言ってたことだけど、エリィさんハーレムだね」
 艶やかな黒髪の少女に考えを先取りされて――しかも、草間にはさらに先取りされていたらしい――エリィは戸惑い気味に笑った。
「からかわないでください。仕事ですからね。……それはともかく、君が灯ちゃんだね?」
 京都は退魔師の一族の直系。四神、朱雀の守護を受けて炎の力を操る能力者……。きらきらしたかぐや姫カットの髪の毛と、ぱっちりした可愛らしい目鼻立ちの娘は、とても強大な力を持つ人間には思えないが、見た目で判断すると痛い目を見るのがこの世界だ。
 彼女は力強く頷き「宜しくお願いします」と礼儀正しく頭を下げた。
「よろしく……で、そちらのお二方は会ったことがありますね。エマさんと黒さん。ジュディから、話は聞いていますよ」
「どんな話やら」
 くすりと微笑んで、自分の手を取ったのがシュライン・エマ。草間興信所の事務員。背の高いハーフの女性で、切れ長の目と大らかな態度が印象的な女性だ。「気立てのいい姉さんだよ」と、ジュディは柔らかく評価していた。
 一方で「姉御はなァ……まあ、面倒見はいいんだろうケドなァ……」とお茶を濁されていたのがこっちの女性、黒・冥月。身に纏ったモノトーンの黒服が、夜に溶け合いそうに見える。影を操り、支配する能力者。
「あの小僧から何を聞いたのか知らないが、宜しくな」
 若干、緊張しながらエリィは手を取った。
「それでは、今回の仕事は僕を含めて四名ということで。扱いは臨時捜査員。権限等は一応、僕と同じです」
 簡単に事務的な説明を終えて日が沈んだのを確認すると、エリィは持って来ていた聖水噴霧銃を手にした。
「そろそろ時間ですね。行きましょうか」
 三人が頷くのを確認してエリィは彼らに懐中電灯を渡すと、森の中に足を踏み入れた。



 風を切る音。先頭を進むエリィがそれに気付き遅れて、ハッと銃を向けようとする。冥月はその襟首を引っ張って、後ろに引き倒し、顔面に直撃する軌道から彼を逸らした。
 人魂たちには影がないらしく、能力における探知は出来なかったが、暗闇の中でぼんやりと輝く人魂を視認するのは難しくない。
「出すぎだ」
 喉が詰まるような音を出して、彼が倒れ込む。地面から伸びた影の刃が、その人魂を蹴散らした。
「げほっ……首、引っ張らなくてもいいじゃないですか」
「お前が突出して当たりそうになるからだろう」
「冥月さんの言うとおり、自重した方がいいと思うわ。あまり、焦らずに」
 そういうシュラインの隣で、灯が飛んできた人魂を防ぐ。ぼっと燃え広がるような音を立てて、薄い炎の膜が二人を覆い、衝突した人魂が弾けて消える。
「そうは言ってもですね……黒さんは影の探知のおかげで視覚情報に騙されませんから、幻惑の結界を破れます。せめて僕が道しるべの露払いをしなければ」
「でしゃばるお前のせいで、こっちはもっと迷惑してるんだ。大人しく、援護に回れ」
 エリィは渋々ながらという表情で距離を狭め、自分の右に寄った。
「けれど、人魂に話しかけられないかしら……あまり、衝突はしたくないんだけど」
「人魂は奥にいる本体の道具のようなものですから。言うなれば異物を排除するための抗体です。説得するだけの知性はありませんよ。まあ、本体を倒せば済む話です」
 軽く切って捨てるように、エリィが答えた。ここで口論するわけにも行かずにシュラインは苦笑したが、危うげな匂いが微かに漂う。この小僧は――
「冥月さん!」
 ハッと叫んだ灯の声。先ほどから、目の前の道に集中していて気付いていなかったが、それを聞くと同時に、冥月も気がついた。シュパっと、人魂よりもずっと巨大なものが枝葉と風を切り開く音。大きな人影の存在。先ほど、影の探知に引っかかった奴だ。
「な、なんだ?」
 エリィが気配に気がついて、足を止めた。シュラインも怪訝そうな顔をして、周りを眺める。冥月はそいつを容易く探知は出来たが、しかし攻撃していいものなのか。
「あれ、昨日、私が見た人影だよ」
 少し慌てるように、灯が言う。言い終わると同時に、自分たちの目の前に一人の少女が舞い降りた。くるくるとカールした緑色の髪の毛、黄色の服、小悪魔のような悪戯っぽい瞳……年齢のほどは十五歳ほどに見えるが、全員が即座に感じ取った。少なくとも、人ではない、と。
「あの子を苛める侵入者ってユー達?」
「……はあ?」
 誰ともなくそう返す。彼女はしばらく自分たちを眺め回すと、にんまりと顔に笑みを浮かべた。
「ふーん、なんか貧相なのもいるけど、それで戦えるの?」
「戦う? エリィ君、あの、この子は一体……」
「まあ、いいや! ミーの名前はウーズ! あの子を苛める奴らは、このミーがお仕置きしてやるからねッ!」
 困惑する自分たちを置き去りに、一人で納得したらしい少女が森の中へ跳躍した。しぱしぱと跳ね回りながらこちらを撹乱しつつ、子供染みた殺気を向けてくる。
「何やら、敵らしいが」
 エリィを見る。彼もわけがわからぬ様子で首を振った。
「い、いや……あんなのがいるのは予定外です!」
「何か偶然、敵の仲間が増えたって感じだけど。えっと……色々勘違いされてるだけみたいだし、やっつけちゃまずいよね?」
「いえ……いいえ、邪魔をするようならば障害。とっとと始末をつけましょう」
「え? ちょっと――」
 エリィは制止も聞かずに、樹の間を飛び跳ねた影――ウーズとか名乗ったか――を見付けて、即座に胸のリボルバーを引き抜いて発砲した。射撃の腕は悪くないようだが、相手が速い。銃声虚しく、銀弾は空を切った。
「あはは、当たらないよー! どこ狙ってるのー?」
 ウーズが身軽に枝と枝の間を飛び跳ねながら言う。
「くっ……コイツ――!」
「落ち着け、小僧。みだりに撃つんじゃない。かき回されるな」
「そ、そうだよ、いきなり撃ったらまずいよ。誰かもわからないのに」
「捕まえて話を聞いてもらいましょう。向こうからも話を聞きたいわ」
「そうだな。灯、人魂の方が来たら任せる」
 灯が頷く。エリィは困惑気味に、狙いだけはウーズに定めようとしているが、森の中を縦横無尽に跳びまわる彼女を捉えきれずにいた。
「アハハ! 遅い、おそ〜い!」
 馬鹿にするかのように響く笑い声。冥月は、彼女の影をしっかり掴んでいる。それは悟らせない方がいいだろう。一撃で捕らえられるように、意識を集中させる。その横を飛び交う灯の炎の矢が、遠くに燃える人魂を蹴散らした。
「ドコ撃ってるの? さあ、いっくぞーっ!」
 それっという掛け声と共に、ぴょんと四人の真っ只中にウーズが飛び込んできた。慌ててエリィがその方向に銃を構える。その引き金が押し込まれるより早く、彼女の軌道とエリィの間に影を展開させる。突然のことに、ウーズだけでなく、エリィまで目を丸くした。
「……っ!」
「ほえ?」
 素っ頓狂な声を上げたウーズが、ひょいっとその中へ吸い込まれるように消えると、冥月は指を鳴らして影の中に創った亜空間の出口を閉じた。やかましかった現場が一気に静かになり、腰を落としたエリィとぽかんとする二人の前で、するりと影が元に戻る。
「……何だか良くわからなかったが、捕まえたぞ」
 冥月は、気だるげにそう言った。



「名前は?」
 シュラインが優しく問い詰めると、影の縄に巻かれた少女はぷいっと横を向いて呟いた。
「ウーズ・フォウ・レスター」
 聞けば先日、この森の中で偶然に少年の霊に遭遇して、遊び場としてこの森を使っていいという条件で、人魂を寄せ付けなくしてもらったのだという。あの運動能力といい、彼女は明らかに人外であろうが、しかしそれを問い詰めるのは無意味だろう。
「つまりは幽霊君と出会って、仲良くなっただけね」
「はた迷惑な子だなぁ」
 苦笑しながら、灯が言う。シュラインは冥月とエリィが若干、離れたところにいるのを見て、少し小声で言った。
「私たちは、彼を苛めに来たんじゃないわ。彼を説得したいのよ。成仏できない未練があるなら、それを解決できるように、対処してあげたいの」
「うんうん。出来れば未練残さず成仏させてあげたい。そういう目的で話し合いに来たんだよ」
 ウーズは顔を横に向けながら、冥月と話すエリィを見た。
「そうは見えないのもいたけどぉ?」
「エリィさんはね……なんていうか、ちょっと頑固な人で。大丈夫。いざとなっても、私たちが護るから」
 唇を尖がらせて迷うウーズ。シュラインは、優しく言った。
「あなたの友達を傷つけたりはしないわ。約束する。協力しろとも言わない。乱暴しちゃったし。邪魔をしないでくれれば、それで大丈夫だから」
「……まあ、そういうことならいいけどぉ。でも、説得に行くなら、ミーも付いていくよ! 案内してあげる」
「あらそう? 助かるわ」
「ミーの友達だからねー」
 寄って来た、冥月が影の拘束を解く。コイツはどうすることになったんだ、という目に答えを返すよりも先に、ウーズがひょいとその手をとった。
「ミーはウーズ。よろしく♪」
「連れて行くのか?」
 怪訝な顔をして冥月が聞く。後からやってきたエリィが驚いた顔つきをした。
「幽霊君の居場所も知ってるみたいだし、手伝ってくれるって言うから」
「し、しかし、コイツは僕らの邪魔を……」
「まあ、悪い子じゃないみたいだし、いいんじゃないかな」
 冥月もどちらでも良いという態度を示したためか、エリィはそこで渋々と頷いた。
「あはは、ハーレム増えたね、エリィさん」
「うるさいな……からかうのもいい加減にしてください」
 彼はふてくされるように横を向き、そのまま歩き出した。



 ウーズと一緒だと一応、人魂は襲ってこないらしい。灯たちは群れてたゆたう人魂の群れを掻い潜るようにして、森の奥へと入っていった。
 元気良く喋り続けるウーズ以外の面々にどことなく緊張が走るのにはわけがある。
 先ほどから押し黙ったように辺りを睨みつける青年のためだ。本人にはそんなつもりは無いのかも知れないが、側を歩くこちらにはむき出しの殺気がありありと感じられる。彼を説得など出来るのだろうか?
「ここだよ〜、あの男の子のいる場所ー!」
 無言の行列が辿り着いた先で、ウーズが元気良く指差したのは一際巨大な木。
「そうか。ここか」
 冷たい声が響く。冥月のものではない。殺気を増したエリィの声だった。近づくよりも先に、灯は彼を止めた。
「エリィさん、まず最初に説得から始めたいから、攻撃とかはしないで欲し――」
 エリィは冷やかな目付きで灯を見ると、ホルスターのロックを外した。
「機先を制すれば、話し合って隙を探らなくても問題ありませんよ。君なら、後手に回っても対処可能かもしれないけど、僕は確実に先手を取りたい」
「そ、そうじゃなくて」
 ウーズが、じろりとした瞳で彼を振り返る。
「エリィ君。私たちは仕事の前に少し調査をして、説得の材料はいくつか手に入れたわ。無理強いせずに、話し合いで解決できるなら、私もそうしたい。ウーズちゃんにも約束したし――」
「何を言いますか。実害を未然に防ぐ最良の手段は対象の抹殺。成功するかどうかもわからない話し合いなんて馬鹿のすることです……まさか、本気で約束してたんですか? 僕はてっきり、ここに案内させるための方便かと思ってましたよ」
 彼はそういって、銀色のリボルバーの撃鉄を起こした。シュラインがさすがに心外だと言う顔をする。冥月が冷たい目で状況を見ている。夏だというのに、微かに肌を刺す緊張感が漂い始める。
「エリィ君。私をそういう人間だと見ていたのなら、それは心外よ。あなたの考えも間違ってるとは言わない。確かにその方法なら、この場は収まるかもしれない。でも、性急に過ぎるのは確かでしょう?」
「僕はもう少し冷静な人だと思ってましたけどね……性急? むしろ遅すぎるくらいですよ。本当なら、蜂に刺される人が出る前に巣を駆除しておかないといけなかった」
 まずい。取り付くしまもない。彼自身、緊張で神経が昂ぶっているのか、仲間にまで喧嘩腰になる。
「……お兄さんにはゴメンだけど、ミーは友達を傷つけさせる気はないからねー?」
「ふん。多少イレギュラーな要素が絡まったところで、やるべきことは変わりません。邪魔をするなら……」
 エリィはそこまで言うと、威圧するかのように身構えた。銃口こそ下を向いているが、いつでも持ち上げて撃つぞと言わんばかりの態度だ。
「へーえ、さっきのへたっぴな鉄砲でミーに当てられるのぉ?」
 ウーズとエリィがにらみ合う。緊張が頂点に達しようかと言うとき、ウーズの後ろから音もなく白んだ少年が姿を現した。
 ……本体の少年霊! 出てくるタイミングが悪すぎる!
『お姉ちゃん? あの、その人たちは……』
 彼の目が少年に注がれて、ぎっと表情にしわが寄った。銃口が持ち上がった瞬間、緊張が弾け跳び、一瞬のうちに全員が動き出す。
「出たな、本体!」
「エリィさん、駄目ッ!」
 躊躇なく引かれた引き金。鳴り響いた銃声。パッと跳躍したウーズが、少年の前で身を呈する。だが銃弾はその手前、灯が伸ばした炎の結界に遮られて、虚空へと兆弾していた。
「……ッ! 邪魔をす――」
 ヒステリックな声と共にこちらに向きかけた銃口は、そこまで言った段階で濁った呻きと共に地面に落ちた。冥月の一撃が彼の腹部に入り、彼ががくっと膝を折ったから。
「この小僧は、本当に始末に終えないな」
「ぐ、ぇ……き、さま……」
 辛うじて意識を失わなかったエリィが、鈍く震えながら銃を持ち上げようとするのを、しゅるりと影が縛る。灯は、あまりにも長い一瞬の後、ようやく溜息をついた。
「シュライン、今のうちに説得を。私は向こうでこの小僧に言って聞かせる」
「え、ええ……。ありがとう」
 身の危険を感じて、一歩身を引いていたシュラインが溜息を漏らす。
「あ、わ、私も行く」
 後ろを振り返れば、ウーズはほっとした様子で溜息を漏らし、少年霊は何が起こったのかわけがわからない顔つきで怯えている。
「あ、あの、騒がせちゃってゴメンね。それじゃあ二人ともその子をお願いします」
 そう言って灯は冥月の後を追った。



 危ないところだった。実体化データである自分は強力な再生能力を持つから、撃たれてもそれほどダメージはない。
 だが、自分の体は少女ベースに出来ている。戦闘のための形態に変化していたわけでもなく、撃たれたら貫通してしまうだろう。そうなったら自分は無事でも、少年霊に当たってしまうところだった。
「はあ。ビックリしたぁ〜。ユー、出てくるの早ーい!」
 そう言って責めると、少年霊はさらに怯えて後に下がった。何でだかはわからないけれど、という困惑の表情で頭を下げる。
『あの……ごめんなさい』
「次からはもっと空気を読んで出て来てよネ! 全く!」
『あ、は、はい……』
 後ろでくすくすとシュラインが苦笑しているのを見て、少年霊はぼんやりとした声で言った。
『それで、その……そっちの人は? さ、さっき、僕を撃とうとした人も、それを捕まえた人も……』
「あ、それはね。話せば長いのだけれど――」
「はいはい、こういうこと」
 話そうとするシュラインを制して、ウーズはパッとマリオネットを取り出した。木で出来た簡素な人形が、自分の手の動きに合わせて動く。
「さっきのお兄さんは、ユーを苛めに来た悪い奴でぇー……ここにいるのとさっきのお姉ちゃんたちは私の友達で、ユーを助けにやってきた正義の味方ー、ってわけ。わかった? アハハ、だよネ?」
 マリオネットで勧善懲悪の人形劇を見せていると、微かに少年霊の表情が綻んだ。顔を上げて、シュラインに向き直る。
『そ、そうなの?』
 話を振られて彼女は一瞬戸惑ったがここは合わせた方が良いと判断したのだろう。素直に頷いた。
「ま、まあ、そんなものね」
『そうなんだ……ありがとう』
「それでー、さっきのお兄さんには二人ほどお仕置きに行ったから良いとして、こっちのお姉ちゃんからユーにお話がありまぁーす!」
 少年霊は怪訝な表情で顔を戻した。
「お悩み相談を受けてくれるから、存分に話しちゃってよッ!」
『お悩み相談?』
「このミーのお友達は、世の中の幽霊の悩みを聞いて、解決して回る、ゴーストカウンセラーなのだー! 成仏できないユーのために、ミー連れてきたよ!」
 わけがわからないといった表情でシュラインが慌てるのをよそに、少年霊は再び尋ねた。
『そうなの?』
「ま、まあ……そんなところかしら」
「と、いうわけで、ちゃっちゃと相談しちゃってネ! ミーはここで引っ込んでるから」
 そう言って、ウーズはシュラインの背を押した。慌てて、シュラインが少年霊に駆け寄る。
 まあ、自分がしてやれるのはこんなものだろう。ウーズは満足の溜息を漏らして、腰に手を当てた。



 ……とんでもない嘘八百はどうあれ、まあ、見事よね。
 シュラインは、素早く少年霊の緊張と警戒を解きほぐして見せたウーズの手腕に感服すると共に、引きずるように流れに乗せる強引さに苦笑した。
 もうちょっと、まともなシナリオはなかったのか、ちょっと疑問だけど……良い協力者を見つけたと思うべきかしら。
「それで……この記事、見かけたのだけど、これはあなたよね?」
 シュラインは灯が見つけた新聞記事のコピーを差し出した。少年霊が頷く。
「やっぱりね。ここがあなたたちの遊び場だったことも聞いてるわ。あなたはここを護りたいのかしら?」
 彼は少し渋っていたが、ウーズの説得の効果もあってか、やがてぼそっと口を開いた。
『この樹……』
「え?」
『この樹が、僕を護ってくれてたんだ。いつも、友達と一緒にここで遊んでて、みんな凄くこの樹が好きだったんだよ。事故で死んじゃって、動けなくなって家にも帰れなくて、どうしたらいいかわからなくなったときにも』
 動けなくなったということは、事故現場に縛り付けられそうになっていたということだろうか。死んだ場所に引き付けられるのは、霊としては良くある話だが……
『どこにも行けなかったけど、この樹のところにだけは来ることが出来た。この樹は僕の家になってくれたんだ。凄く痛くて苦しかったのに、ここに来たら、それも消えたの』
「弱い御神木みたいになってたのね。きっとあなたたちにとって、特別な樹だったから、想いが募ったんだわ」
 だからこの霊樹は、死んだ少年をいつものように受け入れた。苦痛に歪んだ霊になりかかっていた彼を救って、優しく取り込んでいたのだろう。意志があるわけではないだろうが、優しげで純粋な気持ちが作り上げた霊気がその役割を果たしたのか。
「それであなたは、この樹を護りたかった。恩返しでもあったし、自分の居場所を護るためにも……」
 少年霊は話し終えたことで気軽になったのか、簡単な仕草で頷いた。ウーズが、ぽかんと樹を見上げる。
「そういえば昼間はここにたくさん子供が来てたっけ? ……そんな風になってるなんて、ミーぜんっぜん、知らなかったよ」
 それは確かに切羽詰って護ろうとするだろう。何と言っても、彼に最後に残されたこの世の居場所だ。愛着も湧く。
 シュラインは顎に手を当てて少し思案すると、彼に向き直った。
「この樹を残してあげることは出来るわ。資料によると、ここにはマンションとかが建つみたいだけど、最近って小さな公園みたいなものも一緒に作ったりするから。しばらく別な場所に移して、そこに植え替えることも出来る」
『ホント!』
「ええ。被害が止まるとなれば、そのくらいは安いものだもの。開発部を説得すれば受け入れてもらえると思うわ」
 少年の顔にぱあっと安堵が広がった。
「約束する。その代わり、あなたももう人魂を出しちゃ駄目よ?それから見届けたら、あなたも成仏するわね?」
『うん! お姉さん、ありがとう!』
 あっさりと頷いた少年。シュラインは安堵の溜息を漏らして微笑んだ。
「……それじゃあ、あとは少し開発部に掛け合えば、一件落着ね。ん、やっぱり無理強いはしなくて良かったわ」
「その無理強いしようとした奴、今頃、どーなってるんだろーネー?」
 ポツリと、ウーズが漏らす。灯がいるから大丈夫だとは思うが、もし万が一、冥月と本気で衝突するようなことになったら、エリィがどんな怪我をするか……
「早く、あっちも見に行かなくちゃね」
 少し慌てて、シュラインは彼らの方へ向かった。仲間割れで重傷者一名、というのは少しばかり、後腐れが悪いだろうから。



 今はもう深夜になった草間興信所。戻ったシュラインはソファに寝かしたエリィが、ハッと目を開けたのに気付いて、声を掛けた。
「目が覚めた?」
「……エマ、さん?」
「冥月さんたちと話した後、気を失ってたのよ。エリィ君、失神しやすいタチでしょう?」
 図星をさしてしまったのか、エリィは照れたように毛布で顔を隠した。
「えっと……こんなところで寝かされているということは……」
「ええ。仕事は大方、成功したわ。あの子は説得を受け入れてくれた。森の中心にある霊樹を切り倒さず、側に植え替えてくれれば満足だそうよ」
「……そうですか」
 シュラインは目をきょとんとさせて、微かに間をおいた。
「反駁しないのね? 冥月さんから聞いた雰囲気だと、てっきり……」
「もう良いですよ……上手く行ったのなら、文句は言いません」
 彼はそういうと溜息をついて目を閉じた。忌々しいが、落着してしまったものを引っ掻き回すつもりはない、という態度だ。
「エリィ君……物を作るときに、一番確実に、速やかに完成させるには何が必要だと思う?」
 ふと、シュラインは言った。
「土台よね、それは。一番基本となる根幹部分。そこが狂っていれば、表面をどれだけ立派に作ったところで、すぐに壊れる。今回の件にも、同じことが言えるんじゃないかしら?」
「……どういうことです?」
「あの奥にある霊樹は、子供たちの遊び場の象徴としていわば御神木になってた。ただの迷える浮遊霊だったあの子の居場所にもなった」
「怨霊の住処が何だというんですか」
「あの樹は、あの土地を作り上げた土台。あの土地に同調して、あの土地を護っていたものよ。怨霊はあの木には近寄りたがらない。あの子が遊び場に帰ろうとしたのを、あの木は受け入れただけ。そこを護ろうとする彼の力になっただけ」
 エリィは眠たげに疲れた瞳を開いて、じっとそれを聞いていた。
「土地に同調していたものを無理に排除すれば、歪みが生じるかも知れない。守護者が消えて周辺の澱んだ空気がそこに流れ込めば、結果的に悪いものを引き寄せ、後々にもっと厄介なケースになることもある」
「可能性に過ぎません……」
「ええ、そうかもしれない。あなたの信念も全くわからないわけじゃない。でも、こういう解決法もあるってこと、覚えておいても損はないと思うわ」
 静かな沈黙。エリィは一応、この場は負けを認めたように呟いた。
「……今回の結果は、しっかりと覚えておきますよ」

「眠ったのか?」
 寝息が響くようになった頃、冥月が側にやってきた。
「ええ。疲れたんでしょうね」
「縛り上げた後は喚いたり、暴れたりで大変だったからな」
「まあ、私もあそこまでヒステリックになるとは思わなかったけど……落ち着いたら、一応、納得してくれたみたいよ」
「それでしなかったら、ただのトリガーハッピーだ」
 手厳しいがこの青年には当てはまりそうで、シュラインは苦笑するしかなかった。
「さあ、私たちも休みましょうか。明日、彼を見送ったら、仕事は終わりね」
 零の言い分も、特務課の要望も果たした。後は、この青年が自分の中で消化することだろう。シュラインは眠たい目を擦り、それなりに満足の笑みを漏らした。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【5251/赤羽根・灯(あかばね・あかり)/女/16歳/女子高生&朱雀の巫女】
【6379/ウーズ・フォウ・レスター(うーず・ふぉう・れすたー)/女/15歳/実体化データ】



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■         ライター通信          ■
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 シュライン様、七度目の依頼参加、まことにありがとうございました。特務課には二度目の参加になりますね。

 今回、シュライン様はプレイングの中心が少年霊への説得方法と、エリィへの説得でしたので、そのシーンでの活躍をお願いいたしました。少年霊との接触前に説得したかったところかと思いますが、四名様のプレイングを纏め上げる上で、シュライン様の台詞が物語の締めに相応しいかと思ったので、使わせていただきました。よろしかったでしょうか。
 エリィ君からは現在『気立ての良い穏やかな人』という印象を持たれております。次回参加していただけることがあったら、参考にでもしてください。

 気に入っていただけましたら幸いです。それでは、また別の依頼で会えますことを、心よりお待ち申し上げております。