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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


こいのうたをくちずさむ

 カタチにならないかと言って、存在を否定することは出来ない。
 証明できないからと言って、疑うことは出来ない。

 その全てに意味を与えようなど、理由を与えようなどとは思わない。
 感じたままを、受け入れるだけ。

 だから、大丈夫。
 ボクはこれからもやっていける。
 自分に言い聞かせるのはこれが初めてじゃないし、慣れている。
 嘘を突き通すことと、それが嘘でないとごまかすことと、その境界線は曖昧になってきている。
 だから、きっと大丈夫。

 遠くで見守っているだけは出来ないから、せめて近くにいさせて欲しい。
 この気持ちは口にはしない。
 傍にいて、同じ空気を感じさせてくれるだけでいい。
 今は、それで充分だから。
 だから、きっと大丈夫。

 こうしていつもみたいに待つのだって辛くはないし、嫌そうな顔をしながらも話に付き合ってくれるそんな優しさを感じるだけで、ボクの方が幸せになれる。
 そんな些細なことがボクの世界の中心にあるなんて、人が聞いたらあまりにも馬鹿馬鹿しくて下らないと鼻で笑われるかもしれないけれど、それが事実で真実。
 自分でも笑っちゃうくらいに、幸せを感じてしまうんだ。
 分かってる。
 この気持ちが届いてないことくらい、それくらい分かってる。
 それでもどこか期待してしまう自分がいるんだから、おかしくてたまらない。

 この気持ちは、全然辛くはない。

 ――ただ、痛いだけ。



 因縁の深さは、かなり深い。
 だからこの行為も、きっと許されたものだろう。
「あのさ、何でそんなに突っかかってくるんだ?」
 既に呆れた声になっている綱は、授業を終えてぼさぼさになっている髪を掻きながら、心の底から疲れ果てているように言う。
「別に俺、過去の由縁云々で同じこと繰り返す気もねえしさ」
 そういえば、最近宮内庁から請け負った仕事で組んだ相手が、そういう由縁で代々悪さが出来ないようにと、鬼の力を封じるとの意で腕を切り取っていたらしい。それを思い出したのか、鬼島百合絵は口元に手をやって視線を彼方にやった。綱はその行為自体を気持ち悪いと思うのではなく、その精神が信じられないと言っていた。現代となれば妖に鬼に問わずに、この現代東京で暮らしていける術は幾つもある。知識も、それに伴って技術も向上した。
 ……それでも、お家柄とかってのもあるんだよな。古い因習は、この国では中々に強固だしね。
 手鞠歌にも残酷なしきたりの端々が覗かせて、子供が無邪気に歌うのを聞くと時折腕が疼く錯覚を覚えてしまう。
 彼――渡辺綱は、そういうのに人一倍強い抵抗を感じているのかもしれない。
「別に、ボクは腕を切り落とされた仕返しに来てる訳ではないのだけどな」
 それにしてもこの口調。
 もっと女らしい口調とか仕草とかも出来るはずなのだが、綱の前だと決まって冷静ぶったものになってしまう。
「ただ単に、『渡辺綱』という個が気に喰わないという、それだけだ」
 ……何で、こんなこと、言っちゃってるんだろ。ほら、綱の顔だって不機嫌そうになってるし。
 内心の百面相。喜んだり、焦ったり。喜怒哀楽の玉手箱。
 自身の感情分析にもさりげなく突っ込みを入れつつ、百合絵は冷めた目で綱を見やる。これもそんなつもりはないのだが、しゃんとした顔を見せようと努力した結果がこれである。ぴっと綱に向けて差した指も、実は微妙にではあるのだが震えている。指した手前、降ろすのも格好が付かないといういらない見栄もある。案の定、綱はむっとした顔をしていた。
「気に喰わないって、どういうことだよ!?」
 そしていつもの流れで、喧嘩へと発展していく。否、喧嘩と呼ぶには何かが違う。動物同士のじゃれあい、或いは甘噛み。要は、自然の光景。
 百合絵が他校にも関わらず綱にちょっかいをかけるのは、ひとえに彼のことが好きだからである。小さい子が好きな子にちょっかいを掛けて終いには泣かせてしまうのと同レベルのだと思うと、少しばかりげんなりとしてしまう。よくある少女漫画のように、喧嘩の末に結ばれることを望んでいる訳でもないとは言い切れないのだが、どうもこの展開のままでは進展は望めないような気がしてならない。それが百合絵の頭を悩ませるところでもあるのだが、だからと言って唐突に乙女ちっくな展開に持ち込むことなど出来るはずもない。
 それだけならまだしも、だ。
 山積みとなっている問題は、そこら辺に転がっている。
「……今日はいい。もう帰る」
「え。何でだよ、いつもはもっとうろちょろ付きまとうくせにさ」
「そういう気分じゃないんだ」
「そういう気分って、どういう気分だ?」
「そういう気分はそういう気分だ。それ以上も以下もない」

 ――他に好きな人がいる。

 その最大の障害に勝てるにはまだまだ時間が必要なようだ。
 それまではただ、一緒にいられる時を大事にすべきなのかもしれない。
「それでも後を追いかけてくるなんて、稀有だな」
「ん? そういやそうだな。ま、いっか。今日暑いし、折角だし氷でも食べていかないか?」
「氷……かき氷か、別に付き合ってやらないこともない」
「じゃあ、決定!」
 綱は腕をぐっと空に向けて伸ばして、先陣を切って歩いていく。
 その笑顔にいつも流されて、結局は結論を先送りにして。
 その笑顔がいけないんだ。敵対心も全て丸ごと包んでしまうその笑顔が、少しだけ憎い。
「早くしないと、置いてくぜ!?」
 それでも反面、とても愛しく思う。
「分かった。行く」

 いつかどこかでこの気持ちに気付いて欲しい。
 それでも今は、このままで。
 このまま一緒に、並んでいたい。





【END】