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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


夢の中の王子様 第四話

 草間興信所。
「やぁ、ただいまっと」
 武彦が興信所のドアを開いて中に入る。
 その隣にはユリを背負った小太郎がいた。
 後ろから黒・冥月と黒榊・魅月姫が続いていた。
「お帰りなさい、兄さん」
「武彦さん、みんな、お帰りなさい」
 そこには零だけでなく、シュライン・エマの姿もあった。
 オオタ製薬に赴く前、密かに武彦からシュラインに待機命令が言い渡されていたのもある。
「事務所のほうはどうだ? 変わった事はなかったか?」
「特にないわ。黒服の襲撃もなかったし、静かすぎて逆に気味が悪かったわ」
 そう言って小さく笑うシュラインの表情には多少の安堵が現れていた。
 無事そうな全員の様子を見て安心したのだろう。
「ちょ……ちょっと良いかな?」
 武彦の影から苦しそうな小太郎の声が聞こえた。
「おぅ、忘れてた。ソファ、空いてるか?」
「私もシュラインさんも座ってないんですから、他には誰にも座りません」
「まぁ、そうだな。小太郎」
 武彦に言われて、小太郎は背負っていたユリをソファに寝かせた。
「はぁ……はぁ……はぁ。案外、女の子って重たいんだな」
「おいおい、そんな事言ってたら嫌われるぞ」
 それを横目に、武彦は所長の椅子に座ってタバコに火をつけた。
「ど、どうしたの彼女!?」
 先程、全員無事そうだ、と思った矢先、眠っているユリを見て、シュラインは声を上げた。
「どうした……って言われてもな。ただ寝てるだけじゃないのか?」
 軽い調子で武彦が答えるが、本当にそうなのだろうか……?
 だが、武彦の方は本当にあまり気にしていないようで、やっと、今回の事件も片がついた、とドッカリと椅子に腰を下ろしている。
「さぁて、報酬はどうなるのかな」
「ユリから金を取るってのか!?」
「当たり前だろう……と言いたい所だが、この娘の不遇を考えると、今回はボランティアかもな」
 自分の貧乏神具合を嘆いて、武彦はタバコの煙を一杯に吸いこむ。
「ったく、とんだ半日だったぜ」
「……兄さん、少しよろしいですか?」
「なんだ? お茶なら要らんぞ。まずはベッドで寝たいね」
「そうではなく、その娘なんですが……酷く存在が希薄です」
「……はぁ?」
 いきなりの零の言葉に武彦は首を捻る。
 語感の恐ろしさに、小太郎も零に眼を向けた。
「どういうことだ?」
「先程、ここにいた時よりも魔力が減っています。存在が揺らいでしまうほどに、生気が薄い」
「なんだと!?」
 見た目には全く変わったところはない。
 すごく安らかに寝息を立てている。
 魔力を感知できそうな魅月姫に尋ねても、頷いて肯定した。
「助け出す時にも感じられたのですが、彼女の能力で感知しにくいだけだと思っていたのです。しかし、良く考えてみると妙です」
「妙、と言うと?」
「気絶した状態で能力が使えるとは考えにくいです」
 確かに、興信所が襲撃された時、佐田が気絶しているユリの能力を使って見せた。
 という事は彼女が佐田の能力を受け流せなかったという事だ。
 魅月姫の意見も聞いた上で、零が説明を続ける。
「という事は、今、通常の状態で魔力が存在できるギリギリの状態まで少なくなっているという事です。このまま放っておくと、彼女は消えます」
「消える……? ど、どういうことだよ?」
 小太郎が口を開いた。
 零は逡巡した後、答えた。
「簡単に言えば死ぬという事です」
「な、なんだって!?」

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「どうやら、彼女の魔力が大量に吸われた事によって、彼女の存在が揺らいでいるようです」
「佐田がユリの力をギリギリまで吸った、って事か」
 ユリが気絶している時、能力を使えないらしいことは前述したとおり。
 興信所襲撃時にユリが気絶してから、そのまま目を覚まさなかったとすると、佐田はいつでもユリの力を吸収できた事になる。
「零、続けてくれ」
「はい。解決方法は幾つか考えられますが、最善で最速は奪われた彼女の魔力を奪い返す事です」
「そんな事が出来るのか?」
「佐田という男が吸収した能力を何か媒体に付与して能力を行使するなら考えられます」
 零が回収した符を取り出してみせる。
「この符にもそうですが、佐田は誰かの魔力を何かに付与して使う能力を持っています。ユリさんから大量に吸われた魔力が何かに付与されている確立が高いでしょう。その魔力に多少の劣化はあるでしょうが、それをユリさんの体に戻せば、あとは自己回復できると思います」
「そういうことならまだオオタ製薬に残ってるかもな。IO2にはまだ通報してないから、今から戻るには多少心配もあるが……」
「下っ端どもは私がほとんど潰したからな。黒服の戦力はほとんど残っていないだろう。危険は少ないと思うが……」
 冥月が言い加える。黒服たちを打ちのめした本人だ。間違いはあるまい。
 小太郎もその場に居合わせたこともあり、頷いていた。
「俺も見てたよ。ほとんどの黒服は冥月姉ちゃんの影でぐるぐる巻きにされてた」
「……だが、私も黒服全員で何人居るのかはわからん。もしかしたら残存していた黒服が興信所に来るかも知れんな」
 今、興信所にはユリがいるのだ。
 先程、黒服たちが襲撃してきたのはユリが興信所に居たからだ。
 その時の状況と被る点が多い。となると、もしかしたらユリを取り戻しに黒服たちが現れるかもしれない。
「その保険として、私が影の中にユリをかくまう事もできるが、どうする?」
 影の部屋がアンチスペルフィールドで解除されないのは実験済み。
 だとしたら黒服が襲撃してきてもユリは安全、という事になる。
「いや、大丈夫だろう。零も居るんだ。多分心配ないさ」
 楽観気味の武彦。
 それに反論しようとも思ったが、確かに、零の戦闘能力が信用できないわけではない。
 雑魚である黒服が何人来ようと、多分大丈夫だろう。
「よし、大体方針は固まったな。その魔力を付与した物体を探すために魅月姫と冥月はついて来てくれ」
「わかった」「わかりました」
「は、早く行こう! ユリが死んじゃう前に!」
 その内に小太郎が勢い良く立ち上がり、ドアに向かって駆け出していた。
「待て待て。走っていくより冥月か魅月姫の能力で移動した方が楽だぞ」
 それを聞いて、小太郎はすぐに足を止めた。
 傍らで冥月と魅月姫が能力の準備を始めていた。
「じゃあシュライン、零。ユリの事と事務所のこと、頼んだぞ」
「任せて」「はい、わかりました」

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 再びオオタ製薬。
「……どうやらここまでのようだな」
 冥月と魅月姫の術が、建物の手前でかき消される。
「ユリさんの能力ですね……。その能力が今も生きているという事は、佐田 征夫もまだ生きているという事でしょうか」
「な、なんだって!?」
 魅月姫の言葉に小太郎が聞き返す。
「私も殺すつもりでやったのですが、どうやらしぶとかったようで」
 しぶとい云々の問題ではない。
 あの魅月姫の攻撃を受けて生きていられる人間は、最早人間ではない。
「それに、どうやらもう一人、何かが居るようだな」
 珍しく緊張を露わにする冥月が言う。
「何か? なんなんだ、そりゃ?」
「わからん。これから先は探索しようにも出来ないようだからな」
 佐田が張っているであろうアンチスペルフィールド。
 その所為で建物の中の様子がほとんどわからない。
 だが、そのフィールドも先程よりは弱い。
 完全に能力を遮断するほどの力はないようだ。
「もしかしたら、ユリの力を付与した対象か、本当に悪魔を召喚したのかもな」
「っは、笑えねぇな。……だからと言って、引き返すわけにも行かない。興信所を散らかした恨みはまだ覚えてるんだからな」
「なるほど、仕返しか。命を懸けるには十分すぎる理由だな」
 冥月の冷やかしに武彦は鼻で笑って答えた。
「突入する事は決まっています。今更変更なんてできませんよ。それよりも、獲物をどうするか、ですね」
 魅月姫が顔を上げて冥月を見やる。
「……前回は佐田を譲ったんだ。もし本当に悪魔でもいるならなら、次は私がそちらへ行く」
「そうですか。それなら良かったです。佐田は責任を持って私が殺させていただきます。元々私が仕留めそこなった相手ですから」
「決まりだな。小太郎と草間はどうする? どっちについて行っても危険だが」
「ハズレクジばかりだとさ。どうする、小太郎?」
「俺は……、あの佐田ってヤツをぶっ飛ばしたい。ユリを殴ったんだ。絶対許せねぇよ!」
「なるほど、お子様らしい意見だ。なら俺は冥月についていこうか。丁度半分に分かれるしな」
「足を引っ張るなよ?」
「精々、怪我をしないように隠れてるさ」
 二人の軽口にチラリと笑い、そして四人は建物の中に入っていった。

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 別れ際。
「小太郎、少し良いか?」
「何? 冥月姉ちゃん」
 冥月に呼ばれ、小太郎は冥月に近寄る。
「不肖の弟子にもう一つだけ助言をやろう。まだ無理だろうが形に拘るな。状況に合せ形を変える、それが無形の力を操る能力の強みだ。その場で最も有効な武器を想像しろ」
「……まだ、ナイフ無しじゃ剣も出せないのに?」
「覚えておくだけでも良い。いつか出来るようになったら役立てろ」
「うん、わかった」
 子供らしい笑みを浮かべて頷く小太郎。
 それを見て、冥月も小さく笑みを浮かべ、そして一つ、思いついたのだった。

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 辿り着いたのはユリが寝ていた部屋。
 そのユリの寝ていたベッドに、今、黒い影が一つ寝転がっていた。
「……草間、気をつけろ。アイツ、かなりやばいぞ」
 冥月の警告を受けて、武彦は冥月から距離を取った。
「あ? お客さんか?」
 寝転がっていた影はユルリと起き上がり、冥月に目を向けた。
「ほぉ、女か。良いねぇ、良いねぇ。サダのヤツ、気の聞いた前菜を用意してるじゃねーか」
「前菜? ふん、お前にとっては最後の晩餐だろうよ」
 黒い影に向かって言い返す。
 良い知れぬ恐怖はあるが、それでも怯むほどではない。
「気の強ぇ女だな。喰い甲斐がある」
 起き上がった黒い影はベッドから降り、その足で立って見せた。
 体躯は二メートル近くあろうか。
 腕も足もヒョロリと長い。
 そして頭には二本の角が生えていた。
「なるほど、わかりやすい『悪魔』というわけか」
「そうさ。俺は『悪魔』。名も階級もない下っ端だが、人間風情にやられるほど弱くはねぇぜ?」
 照明に照らされても、その悪魔は何処までも黒い。
 表情はほとんど窺い知れないが、その口だけが不気味に蠢いている。
「佐田はこんな悪魔を呼び出して何をしようとしてたのか……。大した力も持たない悪魔に頼ったとしても、見返りはほとんどない上に、死んだ後には魂を取られるというのに」
「大した力も持たない、だとぉ?」
 その言葉が気に障ったらしい悪魔。
 大きな翼を広げ、冥月を威嚇する。
「人間が! 言葉に気をつけろよ!!」
「スマンな、ついホントの事を言ってしまった」
「泣いて謝っても、もう遅ぇからな!」
「誰が。返り討ちにしてくれる」

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 戦闘開始とほぼ同時、地下全体に張られていたアンチスペルフィールドが解ける。
 それを好機と見て、冥月が先制攻撃。
「躱せるものなら躱してみろ」
 瞬時に悪魔の周りに影の球体を作り出す。
 悪魔はその影に包み込まれた。
 次の瞬間には、その影の球の内側から針が幾千、幾万も突き出す。
「同時全方位攻撃。そうそう躱せるものではあるまい」
「躱さねぇさ」
 影の球の内側から声が聞こえる。
「……っち。流石にこれだけではやられんか」
 全力で術を発動させたつもりだが、流石に相手が悪魔を名乗るだけある。
 球の中からゆっくりと出てきた悪魔には傷一つついていなかった。
「その程度かよ? これじゃあ弱いものイジメになっちまうぜ」
「やって見なければわかるまい」
 今の一撃で理解する。
 このままでは負け戦だ、と。

 一瞬にして間合いを詰めてきた悪魔の突きを間一髪で躱す。
「ほぅ、良い反応だ」
 躱したついでに、冥月は踏み込んで鳩尾に肘を入れる。
 それを受けて、悪魔は二、三歩ステップを踏んで距離を取った。
「力もそこそこ。人にしちゃ良い出来だな」
「褒めても何も出んぞ」
「っへ、出るだろうが。血反吐ってヤツがよ」
 悪魔は凍るような笑みを浮かべると、すぐさま間合いを詰める。
 先程よりも何倍も早い。
 冥月でも反応しきれず、悪魔が突き出した腕を躱すことも止めることも出来なかった。
 悪魔の手は冥月の首を捉まえ、高く高く持ち上げる。
「……っぐ!」
「ああ、これじゃあ血反吐は吐けねぇな。別の方法にしよう」
 悪魔はパッと手を放し、冥月を宙に浮かべる。
 だがすぐに右腕が戻ってくる。
 拳は冥月の腹部に突き刺さるように打ち込まれた。
 反射的に冥月の体の前に影の壁が生成されたが、それを突き抜ける衝撃が、その拳にはあった。
「っぐあ!」
 冥月の体はそのまま吹っ飛ばされ、地を滑る。
 だが、すぐに起き上がり、体勢を整える。
「ほぅ、なかなかにタフだな。普通の人間なら色々吐き散らして死ぬところだぞ」
「そうそう簡単には死ねないんでな。まだまだ付き合ってもらうぞ」
 今の攻防で多少の違和感を感じた。
 決して小さくはない違和感。
「……それを取っ掛かりにして、勝ち戦に出来るか、な」
 期待は薄いが、勝つためにはそれしかない。
「来るが良い。貴様の化けの皮、剥いでやろう」
「化けの皮ぁ? んなもんねぇよ!」
 悪魔が再び間合いを詰める。
 そして、顔を狙ったパンチが繰り出される。
 それは遅くはないパンチだった。
 先程と同じか、若しくはそれよりも早いぐらいか。
 だが、冥月はそれを受け流して見せたのだ。
「っな!?」
 それに多少面を食らった悪魔だが、すぐに拳を引き、左拳を腹部目掛けて突き出す。
 だが、冥月はそれを完全に躱す。
 軽くステップを踏んで体を回転させ、躱すと同時に悪魔にバックナックルを浴びせる。
 悪魔はその裏拳を受け止め、冥月の脇腹を目掛けて蹴りを打ち出す。
 冥月はそれを受け止め、その脚を極めにかかるが、悪魔はすぐに体を引いて、冥月から距離を取った。
「……っく、なんなんだてめぇ!」
「っふ、なるほどな。やはり、か」
 悪魔の問いには答えず、自らの違和感に確信する。
「貴様の攻撃、見ようと思って見切れない攻撃ではない」
「なんだとぉ!?」
「おそらく、最初に感じたプレッシャーの所為で気負っていたのだろうな。それで妙な力が入っていたのだろう」
 冥月はブラブラと準備体操をするように手足を振った。
「その身体も、発せられる魔力も、最初のプレッシャーのためだけに使われたという事か。わかってしまえば何という事はない」
「ふ、ふざけるなよ! 俺はちゃんとした悪魔だ!」
「バカ言うな。剥げかけているぞ、化けの皮」
 言われて悪魔は自分の顔を抑える。
「っち、これなら魅月姫に佐田を譲るべきではなかった。結局、下っ端しか相手に出来ないとはな」
「下っ端だとぉ!?」
「自分の体を良く見ろ。禍々しい肉体が透けて、黒服が見えてるぞ」
「嘘をつくなぁ!」
 取り乱した悪魔は暴れながら冥月に襲い掛かる。
「もう一度受け止めてみろ。そうしたらお前を悪魔だと認めてやるよ」
 再び悪魔が影の球体に取り込まれる。
「まぁ、無理だろうがな」
 肉を貫く針の音は、聞かなかったことにした。

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「お、終わったのか?」
「ああ」
 物陰から武彦が出てきて冥月に尋ねる。
「なんか、あっけなかったな」
「本当はもう少し手ごわい相手だったんだろうさ。だが、初撃で私の全力の攻撃を受けて魔力がかなり分散したと見える」
 悪魔の肉体だと思われていたのは、魔力を実体化した鎧。
 それを着ていたのは黒服の最後の一人だった。
「悪魔と名乗る割りには術の一つも、能力の一つもなく、ただの肉弾戦。おかしいと思ったんだ」
「ああ、確かに」
「多分、私達の戦力を分散させるための手だろう。こんな釣りに引っかかってしまったかと思うと……くそ、腹が立つ」
「俺に八つ当たりするのはやめろよ?」
「だったら下手な事は言わない事だな」

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 オオタ製薬での戦闘を終え、全員が興信所に集合する頃には、東の空が明らんでいた。
 四人ともほとんど怪我は無く、腕の折れていた小太郎も、魅月姫から治療術を受けていた。
 魅月姫は『治療術は得意じゃない』と言っていたが、全く何もしないよりはマシだった。
「ど、どうしたのよ、その腕!?」
 シュラインは少し動揺したようだが。

「これをユリのおでこに貼り付ければ良いのか?」
「そうです。さぁ、早くしないと」
 小太郎が魅月姫に確認を取り、手に持った符をユリのおでこに近づける。
 持って来た符にはユリの魔力が大量に残っており、これをユリに戻せばユリは目を覚ますだろう。
「い、行くぞ」
 何故だか妙に緊張している小太郎が、震える手で符をユリのおでこに貼り付けた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……目覚めませんね」
 小さく笑いながら魅月姫が言う。
「そうだな。何か足りないのかもしれない」
 冥月も笑いながら。
「……足りないものはないと思いますが……」
「零ちゃん、ちょっとしぃー」
 シュラインのジェスチャーを受け、零は首をかしげながら口を閉じる。
「な、何が足りないんだ!?」
「おいおい、小太郎。昔話を聞いた事がないか?」
 武彦の問いに、小太郎は首をかしげる。
「な、なんだよ? 昔話?」
「そうですよ。言ったでしょう? 姫を助けるのは王子の役目。眠り続ける姫を目覚めさせるためには、王子のキスが必要なのです」
 魅月姫に言われて、その言葉をやっと理解した小太郎はボッと顔を紅くする。
「な、ななな、何言ってんだよ!? こんな時にふざけてる場合じゃないって!」
「ふざけてなんていませんよ。さぁ、早くしないと、ユリさん、このまま目を覚まさないかもしれませんよ」
「うっ……ぐぐ」
 魅月姫だけでなく、冥月、武彦、シュラインからのプレッシャー。
 顔を見れば楽しんでいるのはわかりきっているのだが、テンパっている小太郎はそれに気付かない。
 一人、首をかしげている零は『もうすぐ起きるはずなのに』と首を傾げるばかりだった。
 その内、小太郎は覚悟を決め、一度深呼吸をする。
「よ、よし」
 気合いを入れて、ソファに寝転がるユリに顔を向ける。
 そして、ゆっくり、ゆっくりと顔を近づけ……。
「……なにしてるの?」
「う、うわあぁああぁあ!?」
 唇が着く前に、ユリが目を覚ました。
「な、な、な! あれぇ!?」
「っち、遅かったか」
「もう少しでしたのに、惜しい事しましたね」
「まぁ、子供をからかうのはそこまでにしなさいってことでしょ」
「あ、アンタらオニだよ!!」
 からかわれた事に気付き、小太郎は一層顔を紅くした。

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「ユリ、体は大丈夫?」
「……うん、大丈夫」
 興信所のあるビルの屋上。
 朝焼けの赤い光が差し込む場所に、二人だけしかいない。
「あんま、無理すんなよ? 起きたばっかりなんだし」
「……うん、わかってる」
 そして、しばし沈黙。
 朝の空気は少し冷たく、気持ちがリンとする。
「……ねぇ、小太郎くん」
「ん? 何?」
「……どうして――」
 どうして私を助けたの?
 そう訊こうとしたのだが、それは何となく理解できた。
 理由なんかない。
 ただ、助けたいから助けた。
 きっと、彼はそう答えるだろう。
「なに?」
「……ううん。私ね、夢を見てたの」
「夢? どんな?」
「……うん、私がね、誰かに捕まっちゃって、ずっと閉じ込められてたの」
「あ、ああ」
「……私、もう駄目だって思った。このままずっとこのままで、そして死んでいくんだ、って思った。でもね、そこに助けが来たの」
「ふぅん……」
「……私を助けに来た王子様はね、貴方みたいな小柄な王子様だったよ」
「そ、そう」
 適当な受け答えしか出来ず、小太郎は頭を掻いて、ユリから顔をそらした。
 それを見て、ユリは小さく笑った。

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 その後、事件の後始末はIO2に任せ、ユリもIO2に保護される事になった。
 最初、小太郎はそれに反対したが、佐田の言葉を思い出して黙った。
 ユリの力は危険である。使い方を間違えれば、大量殺人を起こしてしまうのだ。
 だったらIO2に保護してもらい、ちゃんとした能力の使い方を教えてもらう方が良いのだ。
 一度、無意識の内に生気吸収を起こしてしまった事のあるユリだ。
 何時暴走するかわからない。
 制御の仕方を覚えるまで、人前に出るわけには行かない。
 佐田に言われた時は反発できたが、改めて言われると反論できない。
 それに優しい笑みを浮かべたユリに
「……大丈夫だから」
 といわれ、小太郎はそれ以降黙った。
 その小太郎はそれなりに能力の制御の仕方も知っているらしいし、精神状態も安定しているため、別な方法で処理となった。

「お〜い、小太郎〜。茶〜、茶淹れてくれ〜い」
「草間さん! 暇だったら自分で動けよ!」
「おいおい、丁稚の分際で大きな口聞くなよ」
 言われて、っくと口篭る小太郎。
 そう、今、小太郎は興信所で働いてるのだ。
 ユリを助けた分の報酬として、小太郎が無償労働をする事になったのだ。
「師匠〜。何とか言ってくださいよぉ」
「……草間。茶ぐらいシュラインに淹れさせろ」
「はぁ!? なんでこっちに飛び火してくるの!?」
「……私が淹れてきます」
 そう言って零が台所へ入っていった。
「師匠ねぇ、大した兄貴っぷりだな、冥月」
「誰が兄貴か!」
 影のパンチが草間の頬を打つ。
 いつの間にか小太郎が冥月の事を師匠と呼ぶようになっていた。
 事件の時も色々と助言を貰ったし、これからも色々と技を盗むべし!
 そういうわけで小太郎が勝手に呼んでいるだけなのだが、冥月も別に止めようとはしていなかった。
 と言うのも、小太郎の無償労働を提案したのは冥月なのだ。
 この事件を通して、小太郎に幾つか助言したことで、人を育てるという事の面白さを覚えたのかもしれない。
「あらあら、仲が良いわねぇ、武彦さん?」
「な、何で自然な動きでヘッドロックの構えなんだ!?」
「いえいえ、別に深い意味はないわよぉ」
 シュラインのヘッドロックで武彦の頭蓋骨が軋む。
「……なんだか、殺伐とした仕事場だなぁ」
「そうですね。これでは落ち着いて紅茶も飲めませんね」
「う、うわぁ」
「こんにちは」
 いつの間にか、魅月姫まで興信所に入ってきていた。
「落ち着いてはいられませんが、楽しくはありそうですよね」
「……まぁ、それは否定できないけど」
 そう言って小太郎は自然に笑みを零していた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 黒 冥月様、『夢の中の王子様』皆勤賞、おめでとうございます、ありがとうございます! 『今回の連作で色々と勉強になりました』ピコかめです。
『……私を助けに来た王子様はね、貴方みたいな小柄な王子様だったよ』
 この言葉を言わせたいがためだけに始めたシナリオでしたが、終わってみるともの凄くキャラに愛着が。(何

 結局最後まで大物を相手に出来なくて申し訳ない。
 いつか『今度』があれば、もの凄い強いヤツとサシで戦って欲しいものですね。(何
 出来れば、格上挑戦で。
 あ、あと、ジャンケンが出来なかったっ!
 ぬぅ……。これは残念だぜ。
 それでは、本当にありがとうございました。
 気が向いたら、次回も是非!