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<東京怪談・PCゲームノベル>


【R1CA-SYSTEM】
               ver.260801#001.01


 灯京都狭間区あわい。
「あわい」は、古くは「亜歪」と記されていた。字面から「隣接するが互いに感知できない平行世界、そこを歪める」と考えられ、相応しくないとのことで平仮名で表記するようになったらしい。人が集まる街であるから、トラブルが尽きないといえばそれまでだ。しかし、この地域にはトラブルという一言で片付けるには首を傾げたくなるような曰くの場所や事件が多くある。話せば長くなるので、ここは割愛しよう。
 JRあわい駅を基点とし、南側は十代が好みそうなファッションを取り扱う店舗や遊戯施設が軒を連ね、北側は齢数百年を越える樹木が溢れる渓谷が広がっている。渓谷周辺は都が管理する公園になっており、その公園を借景にした北側のランドマークともいえるホテルが渓谷の奥に建っているのだ。南口側を『ミナミ』、北口側を『渓(たに)』と云うらしい。
『ネットカフェ・ノクターン』は、そのミナミの緩やかな坂を登った途中の裏路地にある。駅からやや不便な立地ではあるが、逆に離れているのでミナミにありながら落ち着いた佇まいを保っているといっていいだろう。
 取材などで近くを訪れると、シュライン・エマはよくこの店に立ち寄る。ここなら簡単な仕事であればそのまま執筆を済ませメールで原稿を送ってしまえるし、最近はカフェに力を入れ始めたのか出されるメニューも専門店と比べて見劣りしない。それに何より、ここの店主と話しをする事や、頼み事を聞くのも悪くない。店主 ―― 雷火の申し出は、殊(こと)のほかシュラインの好奇心を刺激するのだ。
「あら。この前のプログラム、まだバグチェック中なの?」
 出されたアイス・ピーチティーをストローで啜りながら、シュラインは首を傾げた。
「んんー、ある意味集大成にするつもりだからねぇ。結構大変なのよ、アレ」
 確かに、大掛かりなシステムではある。一度や二度調整を入れたぐらいでは、完成には程遠いのかもしれない。尤も、シュラインは雷火のゲーム嗜好を多少知っているので、今回のプログラムが進まないはどちらかと云うとそちらに理由があるのかもしれない、とも思っているのだが。
 組んだ指先に顎を乗せ、シュラインは悪戯っぽい笑顔を向けた。
「そうね‥‥今回は、雷火さんおススメのケーキで手を打とうかしら?」
「あははっ! そういえば、この前は飲み物しか出してなかったもんね。ケーキも新作いろいろ入ってるから、終わったら選んでいって。零ちゃんにも」
 そう云い、カウンターに肘を突きながら雷火は掌をひらひらさせた。
 いつものように奥の個室へ通され、ヘッドギアを装着しリクライニングシートに身体を沈ませる。入眠プログラムを経て、瞳を開けばそこはもうヴァーチャル・リアリティ【R1CA-SYSTEM】の世界だ。
 心地好い風が吹き抜ける、現実の夏の暑さを思い出したくなくなる気候だ。唄うような鳥のさえずりがいくつも聞こえる、どうやら森の中らしい。
「ハイ、シュライン。久し振り」
 背後から声がして、シュラインは振り向く。そこには緑青色の分厚い本を持った雷火 ―― ヘルプデスクのダッシュが立っていた。前回の現実世界と同じ服装ではなく、プリースト ―― 司祭のような白の衣装を身に着けている。ダッシュは足先から頭までシュラインを見、空いた手を腰にあててムスッとした。シュラインの格好はと云えば現実と同じ、白いタンクトップに黒のボトム、今流行のバルーン・スカートだ。決して変なコーディネイトではない。あえて云うとするならば、森の中なのにアンクルストラップのパンプスを穿いている、ということぐらいだ。
「‥‥マスターは、コンバート・システムのこと云ってない?」
「ええ。特に何も‥‥衣装変えられるようになったのね。フフッ 悪くないわね。お久し振りー」
 そう云いながら、シュラインはダッシュの頬をむにむに引っぱった。ダッシュは雷火と違い、なんだかいつも眉間に皺を寄せている。この感触もプログラムの一部なのだと思うと妙な気分になる。シュラインは暫くダッシュの頬を引っぱっていた。
「そりゃ、ドーモ‥‥そろそろいい? さて、折角だから衣装変えてみる?」
 本を手渡しながらダッシュがウィンクする。どうやらこの本は、セージ ―― 賢者の象徴らしい。厚さの割りに重くない。
「そうね、お願い。この世界の賢者の衣装系統知りたいし‥‥コーディネイトはダッシュさんに頼んでもいい?」
「オレに任せていいの、趣味に走るけど?」
 ニヤリと意地の悪そうな顔をする。
 その表情を見、シュラインはハッとした。雷火が好きなゲームは2D系格闘なのだ。そして彼は、プレイヤーキャラに女性格闘家を選ぶ。以前『このゲームさ、海外に輸出されてるんだけど、生々しいからって胸のモーション削ってあるんだよ』と、袖のない着物のような衣装を着たキャラクターを指差し嬉々として語っていたことを思い出す。さり気なくセクハラだ。
「―― 布が少ないのは、ダメ」
「なんだよ。せっかくゲームなんだから、いろいろ着てみればいいのに」
「この世界観に合う、一般的なファンタジー系でいいの。『お願い』して構わないかしら?」
 ダッシュはヘルプデスクであるから、プレイヤーが『命令』すればそれは絶対になる。シュラインが念押しすると、渋々といった様子でダッシュは両腕を組んだ。
「―― OK」
 ふわり、と一瞬だけシュラインのまわりの風が動く。
 深いVネックのトップスは胸下に切り替えがあり、下は軽くギャザーが入っている。ぴったりとした七分袖の袖口は、すかし模様になっていた。太目のベルトを斜めに掛け、穿いた膝丈クロップドパンツのサイドは編み上げに。いくつかアクセサリーも付いているが、一際目立つのは、胸に下げた大振りな緑青色のデマントイド・ガーネット ―― 灰鉄柘榴石のアムレット。
 色彩は青鈍色と灰白色を基調にしているらしい、全体的に『緑』だ。
 現代アレンジが多い気がする‥‥そう思いながらふとシュラインが顔を上げると、ダッシュはフードの付いた外套を持っていた。その外套をシュラインの肩に掛けながら「こんな感じでどう?」と意見を乞う。
「そうねぇ、今度の時の参考にするわ。外見のコンバートはまだ? こんなジョブだから、すっごいヒゲ面の老人とか心惹かれてて、いつかやってみたいんだけど」
「老人‥‥ねぇ。シュラインってさ、結構変身願望アリ? ボディは不安定なんだ、まだ。『要望』があったって伝えておくよ」
 ダッシュは肩を竦めて答えた。
 その直後、動きが一瞬止まる。シュラインは厳(いか)しぶ気にダッシュを見上げる。
「どうしたの?」
「‥‥ああ、今日は同行者が居るみたい。待って」
 突然前方でセクタが乱れ、クラスタ ―― 人のかたちが形成される。自分はこんな風にこの世界へやってくるのだ‥‥シュラインはそれを目の当たりにした。
 目の前の人物はこちらへ背を向けている。フード付きの外套を纏っており、服装を確かめるように手や顔を動かしているようだ。どうやら自分と違い、コンバート・システムのことを事前に聞いてきたらしい。
「海原 みなも、で、OK?」
「ここは‥‥」
 みなもが呟き振り向くと、服装こそ普段と異なるが、そこには見知ったシュライン・エマと雷火が立っていた。
「えっ‥‥みなも、ちゃん?」
 普段落ち着いているシュラインが、かなり狼狽した様子でみなもを見てる。
 服装だけ見れば、ファンシーなテイストの入った袈裟(けさ)のような衣装だ。たぶん、僧侶を選んだのだろう。しかし、みなもの外見といえば、平べったい顔に瞳は赤っぽく、やや潰れた鼻、大きな口には鋭い牙が生えており、尖った耳が付いているのだ。そして、全体的に黄土色掛かった肌の色をしている。
「シュラインさん、雷火さん‥‥あの、あたし、一体‥‥」
 顔をペタペタ触って、肌の色だけでなく自分の外見がかなり変わっていることをみなもも認識したらしい。
「雷火、じゃないんだけど‥‥あれ‥外見コンバート、しちゃったの?」
 普段なら『雷火』と呼ばれるともの凄い剣幕で怒る彼だが、この反応により異常事態が起きているのだとシュラインにも理解できた。
「僧侶のつもり、なんですけど。あたし、モンスターになっちゃってます? これは何かのイベントなんでしょうか?」
「いや、そういうイベントはないんだけど‥‥ひょっとして、マスターから今回の内容聞いてきた?」
「マスター? マスターは分かりませんけど、宿がモンスターに襲われているんですよね? それを阻止してほしいって云ってました! ‥‥というか。雷火さん、云ってましたよね?」
「あのね。オレは雷火じゃなくて、ヘルプデスクのダッシュっていうの、みなも」
『みなも』と呼ばれたモンスター ―― ゴブリンは、あたふたした様子でシュラインとダッシュを交互に見る。
「なんだろう‥‥モンスターに感情移入し過ぎて、ボディをコンバートしちゃったのか‥‥?」
 難しい顔をしてダッシュは腕を組んだ。その遣り取りを隣りで聞いていたシュラインが、みなもの顔を覗き込む。
「みなもちゃん、大丈夫? なにか変なところはない?」
 ボディ・コンバートは不安定だと聞いていたので、シュラインも気が気でない。その対象が見知った友人ともなれば余計にだ。
 雷火の云っていた『バグ・チェック』という言葉を思い出し、みなもは指を組んで肩を竦ませた。
「あの、あのっ バグなんでしょうか?」
「いや、スキャンする限りデータは完全だから問題ない筈なんだけど‥‥ボディ・コンバートはまだ実装前だから、オレにも未知の領域なんだよね。保障外。どうしよう、もう一回入り直す?」
 どうやらみなもの外見を解くには、もう一度ログインし直さなければならないらしい。
「‥‥いえ、お手数掛けても申し訳ないですし‥‥データに問題ないのでしたら、このままでも大丈夫、です」
 フードを深く被りながら、みなもは俯いた。

 ダッシュは「予定が狂った」とぼやきながら、宿に行きがてら、現状をシュラインに説明するようみなもに頼んだ。
「えと。これから向かう宿の裏庭では、店に出す野菜類を自家栽培しているそうです。ところが最近、夜な夜なモンスターが出現して、その畑を荒らしていくんだそうです」
「新鮮な食材で作った料理を出すのが宿の売りで、できれば退治してほしいんだってさ」
「ふーん‥‥そういえば昔、畑を荒しに来る鳥っぽい宇宙生物を、罠で撃退する農家ゲームがあったわねぇ‥‥凄く好きだったの」
「‥‥ん、それは『まきば物語』とかいうシリーズのこと? シュライン」
 頭の後ろに腕を組んでいたダッシュが、半眼でシュラインを見る。
―― ‥‥結構、ゲーマー?
―― それほどでも。

 目標の宿屋が近くなり、三人は対策を練ることにした。
「畑で作っていた作物の内容やモンスターの足跡、荒らされた箇所をまず詳しく確認ね。あと、宿屋や近隣の村人に聞き込みがしたいわ」
 片手を口元にやって、シュラインは「うーん」と唸る。
「それじゃ、あたしが畑の方に行ってきますね。こんな格好ですから‥‥村の人たち驚いてしまいますもんね」
 そのシュラインの提案に、みなもは小さく首を傾げた。
「そうねぇ‥‥間違われて、襲われても困っちゃうものね。ダッシュさん、みなもちゃんはココ初めてだから『サポート』『お願い』していいかしら?」
「OK 宿の2階に部屋取ってあるから、そこを集合場所にするといい」
「ありがと。じゃ、みなもちゃん、畑のほう宜しくね。落していった物とかないかの確認もお願い」
「はい。それでは、ダッシュさん宜しくお願いします」

 シュラインはまず宿屋へ行き、今までの対策がどうだったのか聞くことにした。
「対策? 光りに弱いらしいって聞いて畑の周りで松明焚いたりしてみたが、あまり効かなかったな」
 主人はそう云って酒樽を担ぎ上げた。ここは、宿を併設した酒場なのだ。
「松明、ね。光りは光りでも、ゴブリンが苦手なのは日の光りだって云うし、対策としては万全とは云えないわね。ほかになにか気になったこと、あります?」
「そうだなぁ‥‥大きいのと小さいのが居たな。背格好から、ゴブリンに間違いはないと思う」
 ゴブリンは、欧州周辺の民間伝承では悪戯をする妖精の総称だ。
 残酷な悪戯をする者も居れば、さして問題のない微笑ましい悪戯をする者まで様々な物が存在する。今のところ人には手出ししていないようなので、残虐な種族という訳ではなさそうだ。
 ゴブリンの生態について、もう少し詳しく調べてみたい‥‥。前回の図書館を思い出し、シュラインは図書館を目指した。
 その宿屋の裏庭。
 みなもは荒らされた畑の畦(あぜ)に座り込んで、じっと様子を見ていた。
『荒らされた』と聞いているが「踏み荒らされた」というより「作物を根こそぎ持って行かれた」ように感じる。
「ゴブリンたちは村を襲っているのではなく、食料を集めているんでしょうか‥‥?」
 みなもは独り言つ。
「事情があるのなら、お話ししてみたいです。退治‥‥戦うかどうかを考えるのは、それからでも遅くないですよね」
 傍らに立っているダッシュを見上げ、みなもは少し悲しそうに笑う。
「あいつ等は独自の言葉を喋るけど、言語に関してはシュラインが特化した能力を持ってるから、対話は可能かもね。まぁ、あくまでも『提案』だけど」
「よかった。では、シュラインさんと相談ですね。ゲームとはいえ「知らなかった」で後悔はしたくありませんから。できる範囲で、できる事をしておきたいです」
 みなものその言葉を聞き、ダッシュは不思議そうな顔をしている。
「あの‥‥あたし、なにか変ですか?」
「いや。いろいろな考え方があるんだな、と思って。アイツも交渉したがってるみたいなんだよね‥‥。さて、シュラインに鳴子仕掛けておいてくれって云われてるし、日が沈む前に一緒にやってもらっていい?」
 ダッシュの言葉に、みなもは「はい!」と大きく頷いた。

 夕刻、シュラインが図書館から戻ってきた。
「お帰りなさい、シュラインさん。どうでしたか?」
「ええ。いろいろ情報、仕入れてきたわ」
 夕食のテーブルを囲みながら、お互い調べてきた内容や提案を話し合った。
「シュラインさんは、いろいろな言語ができるってダッシュさんに聞いたのですけれど‥‥。ゴブリンたちとお話しすること、できるでしょうか?」
「そうね、私も話したいと思ってるの。ドラゴンと話したことがあるから‥‥大丈夫かしらね?」
 後半は問いかけるように、シュラインはダッシュを見る。ダッシュは「それがアンタの能力だからね」とビールを呷った。
「思ったのですが、あたしが前に出て、シュラインさんがゴブリン語で喋るっていうのはどうでしょうか? こんな姿ですし、仲間と思って話を聞いてくれるかもしれません」
「なるほど、それもいい案ね。そういえば、ゴブリンの弱点‥‥嫌いなもので面白いもの見付けちゃった。もともとはある書籍内でのことらしいんだけど、ゴブリンは歌が嫌いらしいの。しかも、古い歌よりも、新しい歌が嫌いなんですって。即興で歌を作って聴かせると、追い払うことができるそうよ」
 そのほか二人の考えが合致したのは、荒らしているのではなく食糧を集めているのではないか(村人から見れば、何れにしても畑を荒らされていることに違いはないのだが)、実力行使ではなく話し合い等交渉で穏便に済ませられないか、ということだった。
「食糧難なのか分からないけれど、一方的に搾取するのはよくないわね。ゴブリンの住む地域の特産品と物々交換とかできればいいのだけど」
「モンスター活動域の特産品‥‥珍しい物とかありそうですね」
 そんな二人の遣り取りを、ダッシュは黙って聞いている。
 シュラインがふと視線を上げると、心做しか笑っているように見えた。
「どうかした、ダッシュさん?」
「ん、みなもにも云ったんだけど。人によって考え方や対応が違うんだなーってさ。面白い。サンプルとしては申し分ないね」
「だって、争いごとは極力避けたいじゃないですか? ね、シュラインさん」
「そうね。無益な殺生は御免蒙(こうむ)りたいわ」
「ね!」みなもとシュラインは互いに顔を見合わせ、フフフと笑った。

 日が落ちて、深夜に差し掛かろうとする時刻。裏庭の畑が見える場所に、三人は身を隠していた。
 ゴブリン避けとしての効力はないが、逆に自分たちが目視するのに利用できるだろうと松明を焚き、畑の各所に灯篭を立てた。
 シュラインが草むらから聞こえる虫の音に耳を傾けていると、その中に異音が混じった。鳴子の微かな音。音に対し特異な才能を持つシュラインにとって、その音は充分過ぎる大きさ。
「―― 来たわ」
 それは怯むことなく歩みを進める、どうやら鳴子には気付いていなようだ。
 音がする方角の死角になる大木を選び、みなもたちはモンスターにゆっくり近付いていく。
 シュラインが耳を澄ますと、作物を盗る指示らしき単語が聞こえてきた。やはり、ゴブリンたちは作物を盗んでいるらしい。シュラインとみなもは顔を見合わせ、頷く。
『どうして、作物を荒らすの』
 シュラインの口から、ヒトのものでない言葉が零れる。ゴブリンたちは一斉にみなもを見る。
(こここ、怖い! でも、ここで逃げたらダメなんです!)
『作物を持っていってしまう理由を聞かせてくれない? 協力できることがあれば、話しを聞きたいの』
『お前は誰ダ?』
『‥‥ミナよ。どうして作物を持っていくの? 何か理由があるの?』
『ミナはゴブリンなのニ、ヒトの味方するのカ?』
『味方という訳じゃないけど‥‥今までお互い境界を守って共存してこれたのに、どうしてかなって思っただけ』
 何人かのゴブリンが、みなもの周りを取り囲んでいる。みなもの姿は同じゴブリンとはいえ、腕力は一般的な中学生のそれでしかない。
 だが、怯んでしまえば一気に叩かれる気がした。
 挑発しない程度に相手を見据え、シュラインの声に合わせてみなもは唇を動かした。
『力になりたいの』
 みなもは、一番最初に寄ってきたゴブリンの瞳を見る。大きな躯体‥‥あの大きな手で殴られれば、一溜りもないだろう。
『‥‥森が‥故郷が崩れていク。食べ物がなくなっテ、みんな死んでしまウ。ミナの森ハ大丈夫カ?』
 そのゴブリンは、みなもの瞳をまっすぐ見返した。
(故郷が、崩れる?)
 それは一体どういうことなのか。次の言葉が出てこない、どうやらシュラインも思案しているようだ。
―― 崩れるって‥‥どういう‥?
 例えば。
 森 ―― 故郷が他の勢力に圧されこのゴブリンたちが追いやられているとしても「崩れる」などという表現を使うだろうか。使ったとしても「壊れる・壊される」というような表現になる筈だ。今までの会話で、ゴブリンたちとそれほど極端に語録が違うとも思えない。
 シュラインは静かに口を開いた。
『崩れる、とは ―― どういうことなの?』
『黒イ点が、森を埋めていク。森だけじゃなク、そこに居た仲間モ点が埋めていク』
 黒い点 ―― 。
「それは‥‥セクタが、乱れてる?」
 シュラインは思わず木の陰から出て、ゴブリンたちの前に立つ。
「シュラインさんっ」
『それは、不良セクタが増殖してる‥‥?』
『その言葉ハ、分からなイ。お前ハ、ミナの味方?』
「ダッシュさん、ゴブリンの森の『現状を教えて』 これ、バグなんじゃないのかしら」
 シュラインの言葉に、ダッシュは瞳を閉じる。
『お前ハ、ミナの味方?』
『そう、ミナ‥みなもちゃんの味方よ』
「シュラインさん。不良セクタって、それはどういう‥‥」
「話しを聞いているとただ作物がなくなるとかじゃなくて、プログラムのエラーのような気がするの。黒い点が森を埋めていくなんて、自然の現象じゃないと思わない? ダッシュさん、どうかしら?」
 シュラインの呼び掛けに、ダッシュがゆっくりと瞳を開いた。
「そう‥だな、断片化が酷くてあまり好い状態じゃない。このモンスターは自律型プログラムにしてあるから、作物を得るために村まで出てきたのかもしれない。新しい森、作ろっか?」
「そんなの、酷いです!」
 みなもが、ダッシュの言葉に怒りを顕(あらわ)にする。
「壊れてしまったから新しいものを用意ればいいなんて、オモチャじゃないんです。みんなには思い出の詰まった、故郷なんですよ!」
 下を向き、肩をふるふる小刻みに震わせてみなもは云う。その肩をポンと優しく叩きながら、シュラインはダッシュを見た。
「そうね、自律型プログラムだったら余計にね。新しい森を作ったとしても、馴染めないかも知れないわ」
「‥‥じゃ、どうすんの?」
 両腕を広げ、ダッシュは肩を竦ませる。
「どうするのがいいかしら、みなもちゃん?」
 背中を擦りながら、シュラインはみなもの顔を覗き込む。みなもは涙が出るのを必死に堪えるように、両眼をぎゅっと瞑っていた。
「これ以上‥‥『森が無くならないようにして』ください」
「―― いいけど、無くなった分はもう取り戻せないよ? 壊れちゃってるから」
「これ以上、森が消えることがなかったら‥‥皆さん、大丈夫ですよね?」
『これ以上、森が消えることがなかったら‥‥皆さん、大丈夫ですよね?』
 シュラインが、みなもの言葉をゴブリンたちに伝える。
『森、消えなイ?』
『ええ、そうよ。ただ‥‥無くなってしまった場所は、もう取り戻すことはできないけれど‥‥』
『これ以上消えなけれバ、また自分たちデ森を作ル。そうすれバ、もウ、人間ノ畑襲わなイ。でモ‥‥』
『でも‥‥?』
『人間ノ作った食べ物、旨かっタ。まタ食べたイ』
 その言葉にシュラインは吹き出した。みなもたちにはゴブリンの言葉が分からないので、シュラインを不審げに見る。
「‥‥っ‥ご免なさいね。これ以上森が消えなかったら、自分たちでまた森を再生させるんですって。でもね‥‥ゴブリンたち、人間の作った作物が気に入ったみたい」
 それを聞き、みなもはきょとんとした顔をシュラインに向ける。
「物々交換、提案してみましょうか?」
 シュラインは悪戯っぽく、みなもにウィンクしてみせた。ワンテンポ遅れでようやく理解したみなもは、満面の笑みを浮かべる。みなもは「はい!」と大きく頷いた。


      【 了 】


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 登 場 人 物 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ※PC番号順

【 0086 】 シュライン・エマ | 女性 | 26歳 | 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員(セージ/賢者)
【 1252 】 海原・みなも(うなばら・みなも)| 女性 | 13歳 | 中学生(僧侶)
【 NPC 】  雷火、雷火'

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひ と こ と _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

こんにちは、担当WR・四月一日。(ワタヌキ)です。この度はご参加誠にありがとうございました。
お二人とも『話し合い』というキーワードがありましたので、イベントは穏便に終了したようです。今回はバグも見付けて頂きました、ありがとうございます。
一話完結ではありますが、時間経過のあるシリーズとなっております。【R1CA-SYSTEM】新作プログラム公開の折は、ぜひまた体験しにいらしてください。ダッシュも電脳世界でお二人との再会を楽しみにしているようです。

【シュライン・エマ様】☆☆
能力設定やプレイング内容から、ルーンシーカー(古代言語探究者)というのも良いかな、と感じました。なお、当プログラムはレベル等に関係なく、ジョブ・チェンジが可能となっております。このバグチェック後、容姿コンバートも実装されましたのでお爺ちゃん姿での参加もお待ちしております(笑)

気になるところがございましたら、リテイク申請・FL、矢文などでお気軽にお知らせください。参考にさせていただきます。
四月一日。