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スイカ狩りに行きましょう!
「ぎゃあああああぁぁぁぁっっ!」
耳をつんざく悲鳴が響いた。これが16歳の娘の悲鳴とは、誰も思わないだろう。
草間興信所の開け放たれた窓からヒラヒラと入ってきた手紙は、ちょうど遊びに来ていたサンタ娘・ステラに宛てられたものだった。
手紙を開けて読んだ彼女は、さながらホラーマンガの主人公のような奇怪な表情で悲鳴をあげ、そのままバタリと床に転倒した。
「お、おい、どうした……?」
不審そうな目で見てくる草間武彦は、むくりと起き上がったステラが真っ青になっていることに気づいた。
嫌な予感がする。
「こ、今年もやって来てしまいました……あの恐怖のスイカ狩りが……っ!」
「すいか狩り?」
怪訝そうにする武彦を見遣ると、ステラは一気に駆け寄ってきてすがりついた。
「一人じゃ無理ですぅ〜! 手伝ってえ〜!」
「おっ、おまえまたそれか!?」
「海ですよ、海! 無料で連れて行って差し上げますぅ! 一泊二日! 交通費とか、旅費は一切いりませんからぁ〜!」
「なんだそれは! 怪しい提案をするなっ!」
「簡単ですよぅ。暴れるスイカを狩ればいいんですぅ。抵抗するかもですけど、簡単ですぅ」
「おまえ、目がイってるぞ!」
「終わったら自由時間ですから、みんなで花火でもしましょう〜。えへへぇ〜」
「だから怖いんだよ笑顔がーっ!」
***
青い空。白い雲。輝く太陽――!
そう、ここは海! なんという青く澄んだ水だ!
そこは孤島! ここは貸切! ああ、なんという、なんという素晴らしい夏の海――!
「おーい、ビーチバレーしようぜ!」
梧北斗がぷぅー、とボールに空気を入れながら言う。
砂浜では、パラソルの下に固まっている零、ステラ、菊坂静が居た。ステラだけフリルのついた赤いワンピースの水着姿だが、青ざめた顔でぶちぶちと何か呟いていた。
「タダでこんな綺麗な海で遊べるなんて、ラッキーだな〜」
感動している弓削森羅はくるんと、その場で一回転する。目の前は海。後ろは山。山の下のほうに見えるのは廃れた学校のような建物だ。砂浜の近くには海の家もあり、岬のほうには旅館の建物もある。至れり尽くせりだ。
「武彦さん、私たちもビーチバレーしましょう?」
楽しそうに言うシュライン・エマを、やれやれというように武彦が見た。白いビキニ姿のシュラインは、綺麗な海にうっとりした。
パラソルの下では、膝を抱えている三人が海ではしゃぐ森羅と北斗を眺めている。
静は横に座るステラに声をかけた。
「……ね、ねえ、ステラさん、良かったら遊んできたら? ビーチバレーというか……単なるボール遊びになってますけど」
「…………いいのです。わたしは下手っぴなので、どうせ顔にボールを受けて鼻血ブーなのです。う……うぅ……ううー……」
鼻水と涙を流し出したステラは頭を伏せた。零がその頭を撫で撫でする。
遡ること数日前――。
草間興信所で奇声をあげたステラは、スイカ狩りなるものを手伝って欲しいと草間武彦に言い出した。
まずはシュラインが、
「要するにスイカ割り? 行く行く。得意なの、スイカ割り!」
と、明るく言っていた。泣きながらステラが「スイカ狩りですぅ〜」と言っていたが、すっかり海のことを考えていたシュラインには聞こえていなかった。
興信所に現れた梧北斗は、
「普通はスイカ割りだけど……まぁ、ステラが絡んでるんならスイカ狩りでもなんか納得しちまうな」
と、慣れた様子で言った。ついでに、
「でもタダで海に行けるんだろ? しかも花火付き! やっぱ夏はこうじゃなくっちゃな!」
と、安請け合いした。
同じように現れた森羅も、海に連れて行ってくれるということであっさりと快諾した。
「甚平持っていこうっと! 花火も持っていこうかな〜。……でも、『割り』じゃなくて、『狩り』ってのがなんか不吉な響きだなぁ」
とか、言っていた。
静も結局泣き止まないステラのことが心配で参加することになったのである。
(……この人、サンタって言ってたけど……。で、ここって別の空間とか言ってたけど……)
人工的ではない自然美の海。こんな場所にサンタクロースとやらは来れるものなのだろうか? 謎は深まるばかりだ。
「ね、ねぇステラさん、そんなに……スイカ狩りって大変なの?」
「あれは一種の罰ゲームですぅ。みんなやりたくなくて、押し付け合うんですぅ……。ひぐっ、仕事達成率が一番悪いと絶対にこれが回って……う、うわーん!」
両手の拳で流れる涙を拭う始末。なんだかサンタの世界もシビアのようだ。
しばらくして泣き止んだステラは、げっそりと痩せこけた顔で静に微笑んだ。
「菊坂さんも遊んだらいいですよぅ。零ちゃんも行ってきてください」
「いえ、私はここでいいです。潮風が気持ちいいですから」
「あ、草間さんコケた。シュラインさんと組んでビーチバレーしてる」
見物人と化した三人は、二人ずつのチームを組んでビーチバレーをしている彼らを見つめた。
ステラはハァ、と嘆息する。
「みなさんいい人ですぅ。わたし一人だったら、絶対大泣きして、スイカにぼこぼこにされてますぅ。レイはこの時期は一人でバカンスに行くので、いっつも一人なんですわたし」
「……あの、さ……スイカって凶暴なの……? あの緑と黒の縞々のスイカ……だよね?」
「そうですよぉ? でもここのスイカを食べると、おなか壊しますぅ。下痢でピーピーですぅ」
「ええっ!? 食べ物じゃないんですか?」
「食べ物ですよう? でもわたしはともかく、普通の人間が食べたらおなかがピーピーですぅ。サンタ世界でも珍品とされるスイカですからね〜」
呑気に言うステラは、目が死んだ魚のようになっていた。きちんと受け答えはしているが、心はここになさそうである。
「大丈夫ですぅ。道具はバッチリ持ってきました。後は……今年のスイカがおとなしいといいんですけどねぇ……」
*
旅館にて夕食をとった後、さて、次は花火……といきたいところだがそうもいかない。
今回の目的は「スイカ狩り」。夜間にしか活動しないというスイカを狩りに行くのが目的だ。花火の前にそちらを片付けなければならない。
全員が山のふもとにある廃校に向かう。
「なぁステラ……なんで廃校なんてあるんだよ……? 旅館と海の家はわかるけど、なんで学校があるんだ?」
「あれは学校に似ている建物であって、そうではないんですぅ」
ああそうだ、とステラはごそごそと持っていたサンタ袋から何か取り出した。
「暗視ゴーグルと、ポンポン銃ですぅ」
暗視ゴーグルはいいとして、ポンポン銃って……なんだ?
怪しげな視線を向けてくる男性陣に、ステラは説明する。彼女が持っているのは、一見するとウォーターガンのように見えた。だが水のタンクのある場所には、水ではなく別のものが詰まっているらしい。
「これをスイカの口目掛けて発射するんですぅ。スイカはこれが嫌いなので、食べると悶絶しますから。いっつも一人でやってて……う……うぅー……」
思い出したのか、青くなってがたがたと震え出す。
とりあえず全員にそれが行き渡ったところで、問題の場所に到着した。
暗い森を背後に従えた廃校は、迫力があった。ただでさえ光の届かない場所なので、真っ暗である。
「スイカ割りじゃないのね……」
バットではないことに、シュラインががっくりと落ち込む。
「叩いたらいけませんよー。びしゃびしゃになりますよ、わたしたちが」
「大きめの虫捕り網を一応持ってきたんだけど……」
「大暴れするのでちょっと難しいかと……」
森羅に苦笑するステラは暗視ゴーグルをつけた。彼女は脚が面白いくらいに笑っている。
「さ、さぁ行きますよ皆さん……悶絶したスイカは持って帰りますからね……んふふ……んふふふふー」
「だから目が怖いんだよ!」
武彦の叫び声が辺りに響き渡った。
廃校の中に入った一同は、暗視ゴーグルを身に付け、手にはポンポン銃なるものを持って構えていた。
昔ながらの木造校舎のような建物は、やはり学校そっくりだ。ぎしりぎしりと床が嫌な音をたてる。
二手に分かれているのだが、こちらはシュライン、森羅、武彦の三人だ。
ステラにお願いして出してもらったバットを、シュラインは構える。武器は多いほうがいいだろう。
長い廊下の左側が窓。右側には小部屋が幾つかある。ここが校舎ならば、小部屋は教室ということになるだろう。
「でもこの妙な銃で効果があるのかなあ。口に目掛けてって、スイカに口なんてあったっけ?」
不思議そうに首を傾げる森羅は、武彦が用心深く周囲を見回しているのを一番後ろから眺めた。
小部屋のドアをそろそろと開けたシュラインが、すぐさまピシャッ! と閉める。部屋の奥で何かがたくさん光っているのが見えた。
「な、何かいたわ!」
「スイカ?」と、森羅。
武彦がドアをそっと開ける。と、「キキーッ!」という甲高い奇声と共に何かが飛び出してきた。ソレが武彦の腹部をどーん! と頭突きした。
「ごほっ!」
あまりの衝撃にぶっ倒れる武彦。
小部屋から一斉に飛び出してくる。
それは確かにスイカである。丸い形をしている。だが目玉があるし、口もある。スイカのオバケ、と言ったほうが近い。
「っ!」
思わずバットを振り回してスイカを叩くシュラインだったが、手が痺れた。なんという硬さだ! バットによっても傷一つつかなかったスイカが、突如「くるくる?」と妙な声を発すると――――破裂した。
「きゃあっ!」
「わあ!」
三人がスイカの洗礼を受ける。べっとりと頭からスイカの汁や種を浴びた三人は、顔を見合わせた。ステラの「叩いちゃダメですぅ」という声が、なぜか頭に響く。
体当たりをしてこようとするスイカに森羅がポンポン銃を向ける。引き金を引くと、ぽんっ、という気の抜けた音がし――。
わたあめの小さな塊が発射された。
三人の目が点になった。いや……なにこれ? 武器???
ぱくんとスイカがそれを食べた。たまたま口に入ったのだが、それが幸いした。スイカは苦しみに悶えるようにその場をごろごろと転がる。そしてそのまましばらくして、動かなくなった。
三人は背中合わせになるようにして、銃を構える。周りはスイカたち。
シュラインは邪魔になるということでバットを投げ捨てた。叩けば先ほどの破裂が待っているだろう。これ以上濡れるのは勘弁だ。
「な、なかなか大変だなぁ、スイカを狩るってのも」
と、薄笑いを浮かべる森羅。
「こんなスイカ、フルーツポンチにしても絶対美味しくないわね」
と、眉根を寄せるシュラインであった。
*
夜の砂浜。波の音だけが静かに響く。
全員が疲労した顔で、各々の手に花火を持っており、ただ黙っていた。
静とステラ以外の全員が浴衣姿である。いや、森羅だけが甚平姿だが。
「わっはー! やったー! これで先輩たちに怒られなくて済みますぅ〜!」
たった一人、砂浜をくるくると回転しつつはしゃぐステラだけが異様に見えた。手に持った網には、大量のスイカが……。
「みなさん、どうもありがとうございました〜。お礼に、盛大に花火をお見せしますぅ」
持っていたサンタ袋から大きな打ち上げ花火を取り出し、どっこいしょと置いた。
全員が「あっ」という顔をしてステラを止めようとするが、彼女はさっさと導火線に火をつけてしまったのである。
その後、大量の花火が空に舞い上がって花を開いたのだが……砂浜では大騒ぎであったそうな。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】
【6157/弓削・森羅(ゆげ・しんら)/男/16/高校生】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
割ったら破裂してしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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