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青い目のウサギさん
Opening
最近、「青い目のウサギさん」という噂が、主に下級生の間で広まっているらしい。
そのウサギを見ると幸運になるとか、ならないとか。あるいは呪われるとか、呪われないとか。
呼び出し方はいたって簡単。小さな紙に青い目のウサギのイラストを描く。そしてそれに願い事を書き加えて、誰にも見つからないように学校のどこかに隠しておく。この際、隠す場所の制限はない。ただ学校の敷地内であれば良いのだと言う。
そして、一日経ってもその紙がそのままの場所にあれば――。
青い目のウサギが、現れるのだという。
響カスミは、今日も夜の学園を歩いていた。
もちろん怖がりの彼女は、何も好きこのんで夜の学園を歩いているわけではない。ただウサギのイラストが書かれた紙片をあちこち探しまわって歩いてるうちに、いつの間にか夜になってしまったのだ。正直なきたくなるが、これも仕事である。
先日、ちょっとした事件があった。初等部のクラスでのことである。一人の女生徒が、クラスメイトと喧嘩をしたのだ。原因は隠しておいたウサギのイラストを、その女生徒が見つけたことにあったらしい。それなら良いのだが、問題は女生徒がカッターナイフを持ち出した事だった。
「嫌な話よね……それは」
だから、カスミはこうしてイラストを見つけて周っているのである。ただこれでは根本的な解決にはならないとも思っている。どうせまた置く生徒もいるからだ。
だから――カスミは昨夜、青い目のウサギのイラストを描いて、学校に置いている。場所は彼女の机である。これで青い目のウサギが来るはず無いということを証明し、噂の沈静化をはかろうというのだ。
つまり――噂が本当なら、そろそろ出るはずなのだ。青い目のウサギが。
(でも……やっぱりちょっと怖いわね)
事実、手がちょっと震えている。
どうしようもなくなったカスミは、こういう時に頼りになる知り合いに連絡するのだった。
さて、そんな風にかすみが泣き喚いているころ――。
「さあてっと、ウサギちゃんは来るかしらぁー?」
自称魔女の高校生・桜小路花は、暗い学校をくるくると見回しながら呟いた。彼女に夜の学校を怖がるとか、そういうことはないらしい。
彼女は青い目のウサギに会いに、学校にやってきていた。『ウサギは寂しいと死んじゃうのよ! きっとお友達が欲しいと思う!』という信念の下、夜の学校も全く恐れずに。もっとも正確に言えば、臆病なウサギは誰とも接することができないと食欲がなくなり死んでしまう場合があるだけで、厳密には寂しいだけで死ぬわけではないのだが。
手にはにんじんケーキの入った箱――を持っているのだが、実は中身はよく分からない混沌の塊となっていたりする。ウサギのために作ってきたものだが、素人が下手な工夫をすると変なものが出来るという良い例だろう。
それともう一つ、ハーブティーを入れた魔法瓶も持っている。こちらは魔法瓶の中からとはいえほのかな良い香りが漂い、すっきりとした気分になれそうだ。
――実は騒動のウサギの紙、彼女も一枚用意していたりする。『いつもお疲れ様。たまにはゆっくりお話しませんか?』
と書かれた紙を、昨日から学校の自分のロッカーに置いてある。
というわけで――。
暗闇の中、花は自分のロッカーの前で待っているのだった。ここで待っていれば百パーセントウサギさんが来ると思っていた。
(お友達になりたいのに、こそこそ隠れてるのなんて失礼だもんね)
もしかしたらウサギが来ないという可能性もあったのだが、花は全く考えもしなかった。ウサギに呪われるという噂もあったのだが、その可能性も花の頭の中からは飛んでいた。
「来ーるかっな♪ 来ーるかっな♪ 青い目のウサギさん、来ーるかっな♪」
不思議な節をつけて歌いだす。本人はほとんど来ると確信して疑っていないのだが、楽しみに待っている様子は、子供がサンタを待っているようでもあった。
さて、二時間後――。
「ウサギさん来ないぃー!」
叫び声をあげる花。夜はすっかり深まったが、それでも青い目のウサギさんは現れなかった。ここまで待った花の忍耐強さも相当なものだが、しかしそれに共感してウサギが出てくるようなことは無かった。
「どうしよう……」
ウサギのために用意したハーブティーをずずっ、とすすってしまっていた。
「はぁあ……」
眠そうである。ハーブティーに覚醒作用は多少あるかもしれないが、それでも日付が変わるほどの深夜まで起きていれば、さすがにうつらうつらとしてくる。
「駄目……寝ちゃ、駄目ぇ」
船をこぎながらそんなことを言うが、もはや寝言と区別はほとんどついていない。
「すー……っぅあ?」
いけないいけないと首を振る花。とはいえまたすぐに首はかくっとなってしまうので、あまり効果は無いようだ。
そんなことをしていると――。
「にゃ?」
視界に、白いものが入った。
白いウサギだった。
「ああー! 来たぁッ!」
一気に眠気を吹き飛ばし、ウサギを指差す花。そんな花を見てもウサギは逃げずに、その場にとどまっていた。
「こんばんわぁー、私、桜小路花でーすっ。よろしくねぇ」
すぴすぴと鼻を鳴らすウサギ。確かに目は青い。花は早速、お手製のにんじんケーキ(カオス)を取り出して、ウサギの前に置いた。
「はいどうぞっ。お近づきの印だよ」
青い目のウサギは、そのケーキの匂いをかいだ。ケーキの外見はぐちゃぐちゃだったりで、なんだかかなり怪しいが、しかし、甘い匂いは漂っている。ケーキの外観とは全く異なる、良い匂いだった。
すぴすぴとウサギは少し鼻を動かした後、ばくりとケーキにかじりつく。
「あ、どお? 美味しい?」
もぐもぐとケーキを食べてから。
青い目のウサギさんはこてんと。
――倒れた。
かすみが怖がり怖がり、それでもウサギの紙を回収しているところ。
「先生ぇ……」
「ひっ」
どこからか泣き声が聞こえてきた。思わずびくついてしまったが、よく聞くと知っている生徒の声であった。
「桜小路……さん?」
「うぇええん……せんせー……」
桜小路花。受け持っているクラスは違うが、よく話しかけてくる女の子だった。気丈で元気な生徒ではある。こんな風に泣いているのは聞いたことが無い。
ましてやこんな深夜に、どうしているのだろうか。
「あの……」
暗い廊下から現れた花は、手に何か白いものを抱えていた。最初はぬいぐるみかとも思ったが――よく見てみると、全然違った。
――ウサギだった。
「先生ぇ……ウサギさん、死んじゃったあ……」
「う、ウサギさん?」
かすみにまず思い当たったのは、例の青い目のウサギさんだった。身体が勝手に逃げ出そうとしてしまうが、そこは生徒のため、と意地で踏ん張る。
「あ、あの、どうしたのかしら?」
「ウサギさん……にんじんケーキあげたら、急にぱたって……」
よっぽど危ないものでも入っていたのだろうか。
とはいえ、そんな見てもいないのに疑いをかけるわけにもいかず、かすみは花からウサギを受け取った。結構重かった。
「……あの」
「ふえ?」
「生きてるわよ……この子」
息はないが――心臓はなっている。
「で、でも、動かないし」
「とりゃ」
かすみはウサギの胸を押し、背中を叩いた。
けほ、と渇いた音をたててウサギが何か吐き出した。赤い物体――おそらくケーキだった。
「詰まらせてただけみたい」
あらかたケーキを吐き出すと、ウサギはぴょんとかすみの手から飛び降り、とととととととと、と廊下を走っていった。おそらく残りのケーキでも食べるのかもしれない。
「……で、どうしてこんな深夜にいるのかしら、桜小路さん?」
「え? え、えーっとぉ、それはぁ……」
いきなり説教モードになってしまったかすみから、花が目をそむける。
「……じゃっ」
花はいきなり身体を反転させ、ウサギの後を追って走り出す。
「あっ、こら! 待ちなさぁーい!」
さて、結局。
かすみにつかまってしまった花は、かすみからしっかりお説教を受けると共に、問題のウサギについて調べてもらった。
――結局、なんの事は無い。青い目のウサギというのは、近隣の動物園から逃げ出し、神聖都学園に逃げ込んだだけの、普通のウサギだったのだ。青い目なのは突然変異か何からしい。
紙を置けば現れる云々の噂はまるっきりでたらめ、花のところに現れたのは、にんじんケーキの香りにさそわれただけらしい。
さて、そんなこんなで。
「よかったねーウサギさん」
結局問題のウサギは、学園初等部のウサギ小屋で、他のウサギと一緒に飼われていた。ウサギはウサギで、すっかりケーキが気に入ったのか、花にすっかりなついていた。
ちなみに今はご機嫌の花だが、この後かすみに呼び出しをくらい説教の続きを用意されている。
「よかったねー……はぁ」
花の声にも、なんとなく元気がないのだった。
<了>
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■ 登場人物
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【6675/桜小路・花/女性/15歳/女子高生かつ(自称)魔女見習い】
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■ ライター通信
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はーいどうも初めまして桜小路さま。担当ライターのめたでございます。実はバストアップのない状態での依頼は初めてでしたが、悩んでいるところでバストアップができていてびっくり。そのあとはすいすい筆が進みました(笑)
可愛いですねーこんな女の子。魔女っぽさをだすことは出来ませんでしたが、このようなタイプの女の子を書くのはかなり楽しかったです。ラストのほうはもう、書いている人間の楽しさにじんでます(笑)
ではでは、気に入ってくださりましたらば幸いです。
追伸:異界開きました。よければ覗いてください。 http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=2248
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