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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■真夏のプライベートビーチ■

 蝉が五月蠅く鳴いている。
 一応ここは、都会と言っても差し支えない場所ではあるのだが、昨今の蝉は田舎よりも都会にて猛威を奮っているらしい。取り敢えずその蝉は、根性でその存在を主張しているかの様に、けたたましくもかしましく鳴いているのであった。
 ……と言うのは、去年の話だ。確かに暑いが、今年はきちんと修繕された草間クーラーちゃんが稼働している為、室内はある意味天国であった。ただ、電気代のことを考えなければと言う注釈が付くが。
 一年という物は、全く持って早く過ぎる。
 年間通じてオカルト探偵として活躍していた草間興信所所長・草間武彦は、涼しい室内である為、今年は柄パン姿ではなかった。
 が、しかし。
 「夏場って、ここは特に大繁盛する時期だよねぇ」
 美女も裸足で逃げ出す美貌に底意地の悪い笑みを浮かべ、彼、三上美雪は、草間に向かってそう呟いた。
 「ああっ?! 何か言ったかこのカマ野郎」
 「お義兄さん、言い過ぎですよ」
 ムカつくツボをピンポイント蹴りされた草間は、そう言って美雪にヤブ睨み付きの一言を突き立てるが、そんなことでイイ性格の彼はいきり立ったりしない。草間を窘める零からお茶を出されると、百歳のジジババも昇天する笑みを浮かべて礼を言う。
 「それが仕事を持ってきた恩人に言う言葉かなぁ。イヤだよねぇ、むさ苦しい貧乏男の僻みって。素直に俺が美しいって認めれば、可愛気もあるものを。それにねぇ、俺はウソは吐かないよ。ここがオカルト依頼の吹きだまりだってことも、固茹で卵を目指しているクセに温泉卵にすらなりきれない所長が貧乏に喘いでいることも、全部全部ぜぇーーんぶっ、嘘偽りのない本当の話じゃない。そしてオカルト、いや、怪奇現象と言えば、夏が本番なんだからねぇ」
 一つ言えば百返って来る勢いは相変わらずだと、草間は益々不快指数を上昇させた。
 「でね」
 凶悪犯も土下座カマす勢いでガン付けしている草間をものともせず、美雪は続ける。
 「俺のジサマのプライベートビーチが、あるんだよね」
 「プライベートビーチだとぉ?!」
 草間の血圧が、ワンポイントアップ。
 「うんそう。でね、そこに夏場だけ、海の家を出してるんだ」
 「はぁっ?! 何でプライベートビーチに海の家があるんだよっ!」
 恐らく血圧は、一.五倍。
 「ジサマの趣味。でね、その海の家にね、居着いちゃったんだよ。……霊が」
 「商売繁盛して、良いことだなぁ」
 血圧が標準値に戻ったのは、間違いなく『ざまーみろ』と思ったからだろう。
 「うん、俺も実はそう思ってるんだけどね」
 「……おい、お前」
 ちょっぴりそのジサマに、同情したらしい草間である。
 「でね。俺はそう思ってるんだけれど、ジサマはそうは思ってないみたいなんだよね」
 「当たり前だろう、普通は」
 頭を抱え込みそうな草間を尻目に、美雪は何処か嬉しそうに続ける。
 「でね。一応、人をご招待することもあってねぇ、その時、そいつらが邪魔なんだって。あ、ご招待は、プライベートビーチに徒歩三分のコテージにだけどね」
 「なあ、殴っても良いか?」
 拳骨を掲げようとする草間に、満面の笑顔で彼は言う。
 「十倍返しして良いならね」
 「……」
 「でね。ここからが本題。その海の家に取り憑いた霊を、退かせて欲しいなーって依頼なんだよ」
 あっさりと言い切る美雪に向かって、草間はつーーーんとばかり、そっぽを向いた。
 「だったらお前らで、何とかすりゃ良いじゃねぇか」
 「何言ってるんだよ。炎天下でそんなことしたら、汗かくじゃない。俺ね、汗水垂らして労働するのは、まっぴらゴメンなの」
 本気で良い性格だと、草間は吸い殻の積み上がった灰皿に向かって、思い切り煙草を捻り捨てる。
 「あ、そうそう。あんまり難しいこともないと思うから、終わった後、ご招待さんが来るまでは、そこで遊んでくれて良いって。期間は三日間ね。お盆辺りから、ご招待さん来るらしいから」
 言いたいことだけ言った美雪は、まだ始まってもいないのに『ああ良かった。一件落着』と清々しく言って立ち上がる。
 「おいこら、ちょっと待て。それだけで帰るな! 詳しい話、何にもしてないだろうがっ」
 草間のその言葉に、『あ、そうだっけ?』と、そらっトボケた美雪が、渋々座り直したことは、言うまでもなかった。



 依頼人──と呼ぶには語弊があるが──が帰り、血圧の上がっているだろう草間の肩を慰める様にポンポンと叩いたのは、理知的な容貌の二十代後半へ差し掛かろうとしているクールビューティである。
 名をシュライン・エマ。この草間興信所の影の番長……ではなく、財務大臣だ。
 「まあま、武彦さん。電気代が三日分助かったと思えば、ね」
 「た、確かに、そうだよな。シュライン、優しいなぁ」
 このままおいおいと涙しそうな草間と、仕方ないわねぇと言った顔をしているシュラインに声をかけたのは、からりとした印象を持つ法条 風槻(のりなが ふつき)だ。さらりと解いたままの黒髪を、そっと後ろへ流した。
 「ええと、夫婦漫才は終わり?」
 そう問いかける彼女の後ろから、更に続いて声がかかる。
 「え? 何時お二人はご結婚なさったんですか?」
 ぎょっとして振り返った風槻は、一秒だけ硬直した後、すぐさま見なかったことにした。
 そしてその背後から声をかけた彼、CASLL・TO(キャスル・テイオウ)は、何時もの事ながら、氷雨色の瞳を淋しげに伏せる。勿論これは、人から見て淋しげなんて解って貰えないことは百も承知なところが可成り哀しい。
 「誰が夫婦漫才か。って、除霊の仕事がある。法条、お前今暇か?」
 まずは風槻にぴたりと視線を合わせ、草間が聞く。
 「まあね、仕事は終わってるから、都合はつくけど……。草間、あたしその手の能力ないよ?」
 「能力がないぃー? 結構上等どんとこい。っつーか、俺が暑い最中に仕事して、お前がクーラーの効いた部屋でのんびりのほほんなんざー、俺は勿論お天道様だって許さない。だから手伝え」
 良い度胸だ。人様にお願いするのに、何故命令? そう思ったかどうかはさておき、取り敢えず風槻は半眼で問い返した。
 「手伝え?」
 「あ、いえ、手伝って下さい」
 草間の後ろで、そのやり取りを見ていたシュラインは、思わず額に手を当て溜息を吐く。
 「で、CASLL。お前は来るよな? な? なっ!!」
 迫力ある邪な笑い(でも横向き)で迫り来られたCASLLは、堪らず数歩後ずさる。
 「え……? あの、ゆゆゆゆ幽霊……なんですよね?」
 「除霊だ」
 「ですから……」
 「最終的にはいなくなる…………………予定と言うか確定。だから怖くない。ALL OK。気にするな」
 『気にするよ』と言う突っ込みは、CASLLには出来ないだろう。
 「……解りました」
 何処か観念したCASLLは、そうぼそぼそと呟いた。
 そして。
 「お供させて頂きます……」
 こうして除霊メンバー三名ゲットした、草間武彦三十歳である。



 昼過ぎに到着した本日のお泊まり先は、去年の様に横断幕や幟などはなかった。だが『これがコテージ? お屋敷の間違いじゃ……?』と言う様な館である。
 門柱の呼び鈴を鳴らし到着の意を伝えると門扉が自動的に開いたので、そのまま彼らはそこそこ長い小道を通って館の前へと到着した。
 館の前に立った時、まるで見ていたかの様に中から観音開きの扉が開く。そこには何処か日本人離れした容貌の青年が、恭しく一礼をして一堂を迎えた。
 「ようこそおいで下さいました。わたくしは、桂木と申します。このコテージの管理を任されておりますので、何かあれば昼夜を問わず、何時でもお呼び付け下さいませ」
 礼儀正しくそう決め、すらりとした長身を折り深々と頭を下げた。
 どうぞ中へとばかりに仕草で示され、揃って彼らは館内へと入って行く。
 その館内は、外観からの想像を裏切らぬ豪奢なものだ。
 クラシカルな印象の強いそこは、一旦中に入ってしまうと海が近くにあるなどとは思えない。森か湖の畔に建っていると錯覚する様な、落ち着いた館だ。ちなみにその錯覚は、一重に門から館までの道のりの長さにあると言っても過言ではなかったが。
 とまれ、館内に入ればそんなことも忘れてしまうだろう事は確実である。
 そこここにさり気なく置かれた家具は、丁寧に使い込んだ質感を感じさせる年季が入ったものが多い。精緻・繊細なレリーフがアクセントとなり、その館内の風景だけで、一枚の絵画の様にも見えるのだ。
 「草間興信所所員のシュライン・エマと申します。暫くの間、こちらにご厄介になりますけれど、宜しくお願いしますね」
 こう言う場で、草間興信所を代表して挨拶するのは、やはりシュラインであった。
 依頼人の口から出た執事と言う言葉から、そこそこの年齢を想像していたのだが、可成り若いと言うことに少し驚いている。けれど勿論ながら、そんなことはオクビにも出さなかったが。
 彼女に続き、今回のメンツが挨拶を口にした。
 「草間興信所所長、草間武彦だ」
 「セレスティ・カーニンガムです。宜しくお願いしますね」
 「法条 風槻(のりなが ふつき)よ。宜しく」
 「モーリス・ラジアルです」
 「守崎 啓斗(もりさき けいと)だ。宜しく頼む」
 「守崎 北斗(もりさき ほくと)。宜しくな」
 「CASLL・TO(キャスル・テイオウ)です。宜しくお願いします」
 最後のCASLLのところでさり気なく視線が逸れたのは、きっと気の所為ではないのかもしれないが、彼は礼儀正しくそれぞれと視線を合わせ(一部除く)、再度挨拶を繰り返す。
 締めくくりに部屋を案内すると付け加えると、細い身体の何処から出るのか不思議な力で、九人分の荷物を軽々持ち上げると歩き出したのであった。



 それぞれの部屋に一旦荷物を落ち着けた彼らは、天井まで続く大きな窓が並ぶ部屋へと再集合した。
 ちなみに部屋割りは、草間、風槻、CASLLがそれぞれ一部屋、そしてシュラインと零、セレスティとモーリス、啓斗と北斗の各二名ずつで一部屋となる。それぞれが一部屋ずつであっても、十分すぎる程に部屋はあるのだが、それはそこ、個々の事情だ。
 「お前、寝るなよ」
 草間がソファに懐いている北斗へ向かい、そう釘を刺した。
 確かにそのまま寝てしまいたくなる程、気持ち良い座り心地だ。
 目の前には各自好みの飲み物が置かれ、更に中央にはフルーツや菓子もセットされている。給仕は不要と言い置いたので、ここにいるのは、草間興信所ご一行様のみだ。
 「寝てねーってばよ」
 そう言いつつ、目が妖しい。それを振り切るかの様に、北斗は食料てんこ盛りなセンターテーブルへと手を伸ばした。
 「取り敢えず、今のところ解ってることを纏めましょうか」
 ミーティングと称して集まっている彼らは、現在手に入れている情報と除霊の方向性を、シュラインの言葉を合図にして定め始める。
 「気になったのですけれど、霊はお昼でも元気に活動しているのでしょうか?」
 小首を傾げて言うセレスティに、風槻が同じく小首を傾げて答える。
 「霊って、普通は日が暮れてから、動きは活発になるのよね。でも、確かに今回の話を聞くに、昼夜問わずに思えるわ」
 理由は何だろうと小さな声で言うのを、シュラインの聴覚はしっかりと捕らえていた。
 「海はあの世とこの世の境界線と言うわ。浜の形を見るに、吹き溜まり状態になっているのかしら。ある意味、場が形成されてしまってるとか」
 「吹き溜まり……か」
 「んー、ま、何とかなんじゃね?」
 啓斗が微かに眉を顰めてそう呟くと、北斗が肩を竦めて自信ありげにそう返す。
 「本当に、……何とかなるんでしょうか」
 CASLLが怖々言うと、皆がほぼ揃って視線を明後日の方向へと向ける。
 それは勿論、何とか出来るか解らないからではなく、一重にCASLLの顔が怖いからだ。唯一、視力の弱いセレスティが、そのまま柔らかく微笑んでいるだけである。
 とまれ、その雰囲気を払拭する様に、モーリスがやはり明後日の方向へと視線をやりつつ、口を開けた。
 「それにしても、静かになれば良いと言うのなら、何も除霊する必要はないのでは?」
 「例えば?」
 彼の言葉には、確かに一理はある。
 シュラインが、何か良い案があるのだろうかと、問いに問い返した。
 「夏の間だけ、隔離か何かをしておけば良いのかも、と思ったのですよ。期間限定で見られる幽霊と言う触れ込みにしても面白いのでは?」
 「それだと、根本的に解決しないんじゃない? 幽霊が出るのをウリにするのは、ある意味斬新だけどね」
 風槻が、くすりと笑ってそう返す。
 「一応、あたしが出発前に調べた結果、ここ自体の情報がクローズ状態なんで、どんなものが出るのか、あまり良く解ってないんだよね」
 「この辺り一帯の土地がですか? それともこのビーチですか?」
 CASLLが問いかけると、風槻は持って来ている自パソを起動させた。
 「えーと、ここのビーチは地図にはあるのよ。クローズ状態って言ったのは、まるで当たり障りないことしか出てこないのよね。隠してる可能性も否定できないなって」
 肩を竦めて返すと、シュラインが唇に指を当て微かに首を傾げて呟いた。
 「微妙なところね。逆に意識して漏らさない様にしている訳じゃあ、ないのかもしれないわよ」
 「うん、今年初めてそんなことになって、未だ誰もお客さんが来てないなら、まあ、大事にはなってないだろうしね。だから簡単だって言ってるのかもと言う気もするわ」
 「時にモーリス。隔離するのはするとして、その管理は誰がするのですか?」
 アールグレイを嗜みつつ、そのやり取りを聞いていたセレスティが、モーリスにそう問いかけると彼は少しきょとんとした様な顔で答える。
 「そう言えば、考えていませんでしたねぇ」
 「んー、言い出しっぺがやるのが一番だと思うけどなー、俺は」
 「面倒なことは、お断りと言うところだろう」
 北斗が言うが、続いて啓斗がモーリスの顔を見てその心を的確に言い表した。
 くすりと笑うセレスティは、間違いなくモーリスのその心を読んでいる。そしてまた、彼とそれなりに付き合いのあるシュラインも、同じくと言ったところだ。
 そんな彼らに、肩を竦めて答えとしたモーリスを見、草間が所長らしく締めくくる。
 「ま、依頼は『除霊』だ。さっくりと片付けて、のんびりと避暑と行こうか」



 「ひぃぃぃぃぃっっ!! ごめんなさい勘弁して下……さいっ」
 CASLLの声と共に、彼のごつい拳が霊に向かって繰り出され、ついでとばかりCASLLの連れて来ていたわんこが『わんわんわんわんわんっ』と吼え立ててた。
 「えーと」
 「これって」
 「……絶好調だな」
 「その様ですねぇ……」
 順に、風槻、シュライン、啓斗、セレスティだ。
 歩いて三分なプライベートビーチへと、聞き込みと様子見を兼ねて出ていった面々は、海の家の前に着くなり、いきなり霊の歓迎を受けた。
 あまりに驚いたCASLLが、悲鳴と共に殴りかかったのだが、当然ながら彼の拳が当たることはなく、霊は珍獣でも見るかの様にくるくると彼らの回りを回っている。
 「なあ、何か俺たち、バカにされてる? もしかして」
 脱力感漂う北斗に対し、セレスティが壮絶なまでの笑みを浮かべて穏やかに呟く。
 「……こちらの方々がお困りですからね。早々に除霊する方が宜しいでしょうね」
 見た目とは裏腹に、なかなかに勝ち気である総帥様は、何かのツボを、強く大きく刺激されたらしい。
 ちなみに彼の庭師・モーリスは、最初は、『話くらいは聞いてあげても良いかなー、でも聞くだけだけど』と思っていたらしい。けれど主の言葉は元より、バカにされているのがありあり解る状態で、そんなことをしてやる程、お人好しな性分でもなかった。
 「そこのお前、ちょっと座れ」
 びしっと、くるくる回っている霊に向かって指さしたのは、こちらも少々不穏な雰囲気を漂わせている啓斗である。
 ちなみに他の面々は、そーっとその場を離れていく。
 北斗以外は。
 北斗は、啓斗の目が据わった時点で覚悟していた。
 けれど他の面々様は、説教に付き合ってやる謂われはなく、早々に行動を開始したのだ。



 「取り敢えず、啓斗のあれは北斗に任せて、私はちょっと海の家の人達に何時から情報を集めてみたいのだけれど」
 シュラインがそう言うと、風槻も同じく手を挙げる。
 「あ、あたしも。何か原因があるかもしれないしね」
 「私もご一緒しても……。あ、いえ、このビーチの周囲を調べてみます」
 CASLLが途中で進路変更したのは、自分が行くともしや海の家の人に逃げられるかもしれないと思ったからだ。
 なので、このビーチを回って、怪異をおこしている何かがないかを調べることにした。
 「では私は、皆様の情報収集が恙なく終えることの出来る様、一時的な結界を張りましょうか。取り敢えず、周囲の状況を見つつですので、CASLLさんと同行させて頂きますね」
 セレスティがフォローを申し出る。永久的と言わないのは、依頼が除霊であること、結界を管理する手間はかけたくないことの二点からだ。
 「私は、酷い悪戯をしている霊を中心に、片付けて参りましょうか」
 一応、行動は主と一緒にするらしい。一人で行動させる訳にも……と思ったのかどうかは謎だが。
 「じゃあ、風槻さん、行きましょ。零ちゃんも。そして逃げようとしている武彦さんもね」
 暑さに唸ってはいても、草間の観察眼と探偵としての腕を信頼している為、シュラインは彼に同行を促した。何か情報を、拾ってくれるかもしれないからだ。
 「あー、まあな。ここにいても、暑いだけだしな」
 草間がそう言いつつ、空を見上げると、ヤケになった様な太陽が、高熱の視線を送っていた。



 「……で、何処行くつもりなんだ?」
 「取り敢えずは、近場ね」
 そう言って、彼女らがビーチに入ってきた小道の右側を指す。ちなみに小道とビーチがぶつかっているところで、啓斗が霊達に説教をカマしている。
 そこを避け、大回りで適当な海の家へと向かう面々であるが、取り敢えず、遠目から何か変わったものが見える訳ではない。勿論、シュラインも風槻も草間も、霊能力とは無縁であるから、あったとしても見えないのかもしれず、逆にその世界とは縁深い零には見えているのかもしれないが。
 初めてビーチで遭遇した際に、バカにした様な霊が見えたのは謎ではあるが、そのことを元に考えたとしても、霊視が近眼的要素を持っているとも思えない。
 ともあれ、暫し歩いて遭遇した海の家は、近くに寄ると、とてもではないが活気溢れるそれとは趣を異にしていた。無論、その原因は、悪さをしている霊達だ。
 「……ビールどころじゃないな」
 草間の感想は、一番の関心事に絡めて述べられている。
 そう、四人が訪れた海の家は、可成り可哀想なことになっていた。
 床は現在進行形で、晴天なのに何故か雨漏りの為に水浸し。天井には、ピースサインの顔が見えるのは気のせいではない。洗い場の方でも、水が蛇口から流れっぱなしで、あまつさえ、流れ落ちた水の固まり──とてもではないが、水滴等と言う可愛らしい物ではない──が形を取って、ベリーダンスを踊っている。
 草間が飲みたかったらしいビールなどが冷やされている筈のケースは、冷やされているを通り越して凍り付いていた。
 どよんとした目の寝不足満開なそこの主は、二人を見ると、まるで救世主を見るかの様に尊敬の眼差しへと変わる。
 「お館様の仰っていた、腕利きの霊媒師の方ですねっ!!!」
 一体どんなことを吹き込んでいたのだろう。シュラインも風槻も『頭痛が痛く』なって来た。草間は煙草に火を付けることも忘れ──と言うより、あまりに湿気っていて付けることが出来ないのだが──、この海の家と主の様子に生暖かい笑みを浮かべている。
 少なくとも自分達は霊媒師ではないし、そう言う類の能力を持っている訳でもないのだ。そのことだけは否定して……おこうと思ったが止めた。
 何だか切羽詰まった風の主を見ていると、否定したが最後、彼自身が霊となって海の家を荒らすことになるのではないかと思えたのだ。
 それに、話を聞こうにもこの状態では、落ち着いて聞くことなど出来ないだろう。
 「……零ちゃん、お願いしても?」
 シュラインには珍しく曖昧な笑みを主に返して、この場を何とかする為、この中で唯一除霊能力とも言える力を持つ零に捕縛をお願いした。
 「任せて下さい!」
 零自身も主が可哀想に思えたのだろう。二つ返事で了承した。



 誰もがどっぷり疲れていた。
 確かに除霊自体は、さほど難しいことではないのかもしれないが、何より気分的に疲れていたのだ。
 いや、何時も清々しい微笑みを浮かべている総帥様と、心の内に溜め込んでいた何かを言い切った高校生忍者の長男だけは、何処か満足げだ。
 一旦戻った彼らは、昼間打ち合わせた部屋へと戻って来ている。
 海の家は、現在営業がまともに立ち行かない為、通常よりは早めに閉めてしまうからだ。本音を言えば、霊騒ぎが片付くまでお休みにしたい者だって多いだろう。
 そして更に別の事情を言えば、腹が減ったと言う意見が出たからでもある。閉まっている海の家では、流石にご飯は食べられない。彼らは館へ戻り、まるで帰る時間解っていたかの様にタイミング良く出来上がっていた夕食を食し、そして現在、海の家での状況を話し合っている。
 「えーと。取り敢えず、それなりに数は減ったのよね」
 シュラインの声も、やや疲れが感じられる。夏の日差しもあるのだろうが、海の家の主に聞いた話に疲れていたのだ。
 「それでも、恐らくは明日になれば、それなりに霊は現れるかもしれませんよ」
 にこやかにイヤなことをさらりと言うセレスティに『マジですか』と、彼とは一緒に行動していなかった者達が顔を引きつらせた。
 「ねえ、それどう言うことなの?」
 やはり顔を引きつらせている風槻が、知っているのはそれだけではないことを察して、セレスティや彼と一緒にいたモーリス、CASLLへと問いかけた。
 「CASLLさん達が、霊を追い払っていたんですけどね」
 モーリスがそこまで話し、ちらとCASLLの方を見る。
 「後三日で借金取りから追い込み駆けられるお寺さんで頂いた粗塩が、殊の外良く効きまして」
 「……パワーアップしそうにも思えるが」
 「って言うか、何か逆に呪われそうだぜ、それ」
 双子は互いに感想を漏らす。
 「いえ、何故か良く効きましてねぇ……。あ、そうそう、そうして私とわんこさんで追い駆けて行くと、崖のところに洞窟みたいなところがあったんです」
 「崖って、そんな大仰なものあったかしら?」
 「目も眩む……と言う程のものではありませんでしたよ。ただそのまま滑り降りることは、流石に私はしたくありませんからね」
 モーリスでなくても、まあ確かに一理ある言い分だ。
 「それにしても、洞窟って言うのは如何にも……って感じよね」
 小首を傾げ、ふむとシュラインが呟く。それに同意とばかり、風槻がコーヒーカップを持ち上げて頷いた。
 「ああ、ビーチの片端、丁度防風林みたいな木があるけど、その裏じゃないかしら」
 「ええ、そうです」
 何時の間にかPCを立ち上げ、該当場所を開けている風槻に、セレスティがアイスティを手にしつつそう返す。彼女は帰りがてら、しっかりビーチの風景をデジカメで撮影していたらしい。彼女が撮ってきた映像を見ると、海を背後に右側に防風林らしきもの、そしてその反対側には、マリンハウス的な建物がある。
 「こうなると、絶対そこには祠かなんかあって、それの封印が破られたとかなんとかあるんだぞ……」
 「今までの経験ってヤツだな。草間」
 そう言ってにやりと北斗が笑うと、草間が思いっ切りイヤそうな顔をしてのの字を書き、零がその草間を見て溜息を吐いた。
 「あんまり苛めないのよ。ハンスト起こされると困るから」
 「……お前だって案外酷い」
 「何か言った?」
 むつりと言い返す草間に、『何か?』とばかりシュラインが半眼で返すと、そろーっと視線を逸らして黙り込んだ。
 「ともあれ、崖を滑り降りなくて良い道を探しましょう。恐らく、こちらに住んでいる方なら、あの洞窟のこともご存じでしょうしね」
 「……ちょっと気になるのですが」
 CASLLが真面目な顔で、面々を見ると、皆が僅かに視線を逸らせている。けれど確かに、他の面々にも気になることがあったのか、代表し、その凶悪顔の影響を受けないセレスティが何かと聞いた。
 「桂木さん……ですよね。あの方は、祠のことをご存じなかったんでしょうか」
 誰もがきっと思っていて、誰もが口に出さなかったことである。別段理由はない。ただ、何となく。恐らく、きっと同じ事を思っている筈。
 「その疑問な。俺も思った。まあ、美雪は殆どここに寄りつかないみたいだから、知らない可能性は大だが、あいつはずっとこっちみたいだしな。知ってる様な気がするぞ」
 草間の答えは、やはりCASLLを見てではなかったが、大体皆の予想した通りだったりする。
 「取り敢えず、聞いとく?」
 風槻が問うと、一斉に首が縦へとふられた。
 そして暫しの後、この部屋にやって来た執事頭の桂木くん(年齢不詳)に聞き込みを行った。
 結果。
 『祠あるって知ってたけどさー、出て来るの見てないしー、てか、館に入って来ないしー、興味ないって感じぃーー?』
 と言うのが、彼から聞いた内容を要約したものだ。
 そしてそこいらへんの答えは、大抵の者達が予想していたものでもあった。
 勿論、予想していたからと言って、それだけ聞いてお戻り頂いた訳ではない。
 「えーと、取り敢えず、崖を降りずに行く道は聞けたし、それなりの装備も貸して貰ったし、ま、この際深く追求するのは止めましょう」
 全員の心の声は『だって疲れちゃうもん』だろう。
 まあ、数名あたりは、少々眉間に皺がよっていた様だが。
 とにかく言えば、そして聞けば出し惜しみなく情報の開示や物品の調達をしてくれるからと言うのもある。
 「一応、あたし達は海の家で聞き込みしてたんだけどね」
 風槻がそう言ってシュラインと草間、零をちらと見る。
 「霊達の悪戯が始まったのは、七月末くらいかららしいわ」
 「予兆みたいなものも、なかったと言う話よ。……気付かなかったと言うのが正確なところかしら」
 「具体的な日付と言うのは、皆さん解るのでしょうか?」
 「いいえ。最初は、あまり暑くないなぁって言う程度だったらしいの」
 モーリスの問いに、シュラインがゆっくりと首を振った。
 「それが徐々にエスカレートして行って、今じゃ一番酷い被害は、店内が真っ暗闇で何にも見えない上、その中でポルターガイスト現象の為、備品が台風状態に回ってるらしいの」
 「あ、そー言やさ。ここってプライベートビーチなんだよな? お客さんってさ、依頼人のじーさん経由以外には来ない訳?」
 北斗がある意味、尤もな質問を投げかけた。
 来ないのなら、無理して店を開ける必要もないだろう。
 「んー、基本的にはそうなんだけど、お客さんを呼ぶって時以外は、やっぱり地元でも海の家をやってない人や、隣町の人とかも来ていることは来ているみたいね。ただ、今回はこの状態だから、三上家の方から来客中と言うことでストップしているらしいわ」
 シュラインは、海の家の主から聞いたことを話す。
 「それでもお店の営業は続けているんですねぇ……」
 CASLLが感心と同情を込めた声音でそう言った。
 「むしろ、ずっと閉めてたら店がどうなるか怖いって言ってたわよ。ずっと居続けるのは怖いけど、でも無人君にしているのも怖いんでしょ」
 風槻の言葉に、誰もが海の家の人達に同情した。
 「そう言えば、怪我してる子供もいたな……」
 「霊達の被害が、子供達に出ていると言うことですか?」
 草間の独り言に、少しばかりCASLLの声音がきつくなる。ちなみに顔も怖くなる。
 「それはどうか解らない。普通に遊んでいて怪我をすることもある。あれは多分、ざっくり行った後だろうな。昨日今日出来た傷じゃないが、それ程昔に出来た傷でもない」
 かさぶたが張って少しばかり盛り上がっていたなと、明後日の方向に顔を背けつつ草間が淡々とそう言った。
 「怪我のことは、今のところ何とも言えませんねぇ。草間さんの言う様、確かに子供は遊んでいて怪我をすることも多いですから」
 酷ければ、私が治しても良いんですけどねぇと、あまり乗り気でなくモーリスが付け加える。
 「最初に入った海の家を、零ちゃんに何とか事情を聞ける状態にしてもらったから、そこで色んな人から事情を聞いたんだけど、みんな揃って理由が解らないって言うのよ。心当たりがないって」
 困ったわとシュラインが溜息を吐くが、今まで黙っていた啓斗が淡々と付け加える。
 「取り敢えず、今のところは洞窟がある程度匂うなと言うことだろう? なら、それを調べれば良い。アタリなら、儲けものと言うことだ。原因がそこにあるなら、定番所で元の封印が解けたと言う線が妥当だ。再度封じ直し、現在海の家に出てきている霊達を除霊すれば大丈夫だろう」
 「ちなみに洞窟へは、全員が揃って行くのか?」
 草間の問いは『俺も行くの?』と言う含みがある。勿論、付き合いがそれなりな面々は、その心を正確に読んでいるが。
 「って言うか、草間行くか? 零ちゃんと一緒に」
 「げっ、何言ってんだ、お前は」
 「セレスティさん、特に強い霊気は感じなかったのよね?」
 思いっ切りイヤそうな顔をする草間を尻目に、風槻がそう確認した。
 「ええ、大したことはない様ですよ」
 にっこり微笑む総帥様の顔は、まるで慈悲深い菩薩の様に見える。
 「何となく、出がらしのお茶みたいな薄さでしたねぇ」
 CASLLも同じくそう付け加えた。
 「まあ、確かに二手に分かれた方が、効率は良いかも知れないわねぇ」
 唇に指を当て、シュラインも二手に分ける案を検討している。
 「あ、私なら大丈夫ですよ。一人でも」
 大きな瞳をくるりとさせ、零がそうあっさり言う。だが皆の視線は、彼女ではなく草間の方へと集まった。
 「草間さん、零さんをお一人で行かせるおつもりですか?」
 代表してセレスティがそう言うと、草間は大きく溜息を吐いて肩を竦める。
 「行かせることなんか出来ないだろう。いくら俺より頼りになるからってな」



 翌朝。……と言うか、翌昼前。
 日も高くなりそれなりに蒸し風呂と化す少し前当たりに、草間興信所ご一行様は、除霊+洞窟探検の為に館を出た。朝と昼分のご飯もきっちり食べて、お腹と気力だけはぱんぱんだ。
 洞窟探検に際しては、きっちり装備を用意し、回り道への地図を作成──だが大して複雑ではない──し、更に洞窟内の大まかな様子を聞き込んでいる。
 桂木と執事やメイド達から、行ってらっしゃいませの声と深々とした礼に送り出され、草間と零が洞窟へ、そしてシュライン、守崎兄弟、リンスター組、CASLL、風槻の七人は、昨日訪れた海の家が並ぶビーチへと向かった。
 徒歩三分のプライベートビーチへは、やはりあっさりと到着する。
 「……。こう、なんつーか、もうちょっとメリハリっつーか、紆余曲折っつー、波瀾万丈っつーか、あっても良くね?」
 「良くない」
 「……あ、そ」
 身も蓋もなく、啓斗が一言の元に却下する。
 そして昨夜言っていたセレスティの言葉通り、到着直後よりは減っていたものの、昨日除霊して引き上げた時点よりは、それなりの数が増えていた。
 「取り敢えず、こっちは力業で行くしかないわね」
 洞窟組は、封印が破られた様な痕跡を見つけたら、封印を応急処置してこちらへと合流。最終的には、同じものを張り直せば良いだろうし、それがあまりにチャチければ、こちらで作って張り直せば良い。
 まずはCASLLとシュラインの持っていた塩、そしてセレスティの聖水が出番だ。
 追い込み組であるセレスティ、北斗、CASLL(+わんこ)がそれを装備。
 そして昨日CASLLがやった追い込み状況を鑑みるに、やはり洞窟方向へ逃げ込もうとするだろうと見当を付け、説得組のシュライン、風槻、モーリス、啓斗がそこへとスタンバる。
 「じゃあ、行くわよ」
 シュラインの合図で、それぞれが行動開始だ。
 説得組は、防風林近くへと向かい、追い込み組はそれぞれビーチに散って行ったのである。



 「そろそろ来る」
 短く言う啓斗の言葉の直ぐ後だ。
 いきなりシュラインと風槻は圧迫感を感じる。
 啓斗とモーリスの二人は、しっかり霊を見て取って、早速説得を始めていた。
 「お前達、もう逃げられないぞ」
 ふっふっふと、タレ線を顔面に引いた啓斗の瞳がぴかーんと光る。
 「そこ、座れ。正座……は、足がないんだったな。取り敢えず、整列」
 ちょっと違う空気が流れる中、続いてモーリスの容赦ない声も聞こえて来た。
 「へぇ……成程。貴方の身の上は良く解りました。で、それで?」
 にっこりと笑みを浮かべて、まるで術用メスの様にきらーんと光るモーリスの口元。
 「それで? 私にどうして欲しいと仰るんでしょうか? もう一度、今生へ戻りたいとでも? まあ出来なくはありませんけれど、私が貴方にして差し上げて得るメリットを、今すぐ十文字以内で述べて下さい。……出来ないのですか? そうですか。それは残念ですねぇ。では、ごきげんよう。次の方、どうぞ」
 まるで根性悪の医者の様だと思っていたのは、風槻とシュラインの二人である。
 「取り敢えず、あたし達も聞くことから始めようか」
 見えないのでは話にならないと言う訳で、この場はそれなりに啓斗が細工してある為、一応二人の目にも、ゆらゆらとした半透明じみた影が見えている。
 「そうね。じゃあ私は、子守歌で慰めてみるわね」
 女性二人は、協力し合って説得を始めた。
 「えーと、そこの人、何でこのビーチに居座ってるのかしら?」
 「何か心残りがあるなら、言って欲しいんだけ……って、え? 生きてる時にはモテなかったから、恋人になってくれですって?」
 そのあまりにド厚かましいお願いに、シュラインと風槻、二人の視線が少しばかり冷たくなった。
 「取り敢えず、こう言うのってセクハラって言わない?」
 シュラインの方をちらりと見て、風槻は冷たくそう言った。
 「その言い方、間違ってはいないと思うわよ」
 「ねえ、セクハラ野郎に、人権はないと思うんだけど、どうかしら?」
 「ええ、私も兼々同感よ」
 ちなみに二人が相手をしているのは、人ではなく霊であるのだが、そこに突っ込む勇者は、きっとこの世に存在しないだろう確率は、可成りの度合いで高かった。



 各人の地道な努力が報われ、漸く海の家に平穏が訪れる時が来た。
 海の家にまんべんなく溜まっていた霊は、綺麗さっぱり昇天している。洞窟へと行った草間兄妹は、彼らが行動開始してから三十分後くらいに合流し、何だか踏み抜いた後のある落とし穴を発見した旨を告げた。
 「本気であれが封印かって思うくらいに、いい加減なヤツだったぞ」
 直系二十センチくらいの穴があり、その上を板で塞いで四方を御札で封じただけだったと草間は言う。恐らく零から指摘されなければ、それがただ単なる穴であるとしか解らなかっただろうと。
 御札にしても、零が見たところ、準備していた物の方が、余程効果があると言う。
 「じゃあ、改めて封印しなおさなくて良いってことかしら」
 「一応、洞窟前にも札張ったぞ」
 「そう言えば、草間が見たって言う子供の怪我、実はそこの穴に落ちた時にものだったんでしょ?」
 「らしいな。親は知らなかったらしいが」
 「まあ、その子供さんの怪我も、今はもう大したことがないようですし、海の家を始め、ビーチも綺麗になっておりますから、宜しいのではないでしょうか」
 「そうそう。後は全力で遊ぶのみだっ!」
 セレスティの言葉に、北斗が張り切って拳を突き出した。
 まだ日が沈むには、十分すぎる程間がある。
 「そうね。取り敢えず、私は一旦報告がてら館に戻るけど」
 荷物も取ってきたいしと、シュラインは言う。
 ジェットスキーもしたいし、西瓜割りも……と考えるが、確か止められていたことを思い出す。まあ、一回くらいは大丈夫だろうか。
 「私も一旦戻りましょう。桂木さんにお願いしていることもありますし」
 何か考えている風なセレスティ。
 「私も、ちょっと荷物を取りに行きます」
 やっぱり怖い顔で言うCASLLも、何か思惑があるのだろう。
 「あたしも着替えに戻るわ」
 あっさりとそう言う風槻。
 「セレスティ様が戻るなら、私も一旦戻りましょう」
 何か企んでいそうな微笑みを浮かべて、モーリスが言う。
 「ふっふっふ。おニュー水着に着替えるからなっ」
 やっぱり北斗は元気だった。来たいに胸膨らんでいるのが良く解る。
 「取り敢えず、俺は誰ぞが迷惑かけないか見張ってないとな」
 啓斗の声に、脊髄反射で反応している北斗である。
 とまれ。
 それぞれは仕事後のバカンスを楽しむ為に、一時館へ帰還した。



 「ほら、しっかりしろ」
 「もう……。砂だらけ。こんな悪戯、きっとモーリスさんね」
 言葉は怒っていても、実はそれ程怒っている訳でもない。
 先程までジェットスキーを楽しんでいたシュラインは、水着の上に軽くパーカーを羽織り、ビーチを歩いていた。
 彼女の目的は、ビーチに流れ着く漂着物を拾い集めるビーチコーミングだ。
 ジェットスキーは、遊泳区域で遊ぶ訳にも行かない為、少し離れていた場所で楽しんでいた。風を切る感覚が気持ち良かったが、それでも一人と言うのは少々味気ない。
 元いた場所へと戻ってきていたシュラインは、海の家でぼけっとビールを飲みつつ煙草を吹かしていた草間を誘い、先程から砂浜を歩いていたのだ。ちなみに零は、二人に気を利かせたのか、子供達と遊んでいると海の家に残っている。
 彼女が見つけたものは、ビーチガラスや貝殻、昔に良く見られたであろうガラスの浮き、何故か種子まであった。
 「珍しいわよね。これ」
 「何だ、それ」
 集めたものは、潮干狩りに使っていたらしいバケツに纏めて入れてある。
 その内の一つ、松ぼっくりに気持ち似ているものを取り出して、しげしげと眺めていた。
 「これ、アダンって言う植物の種子なの。南の島に多いのよ。ここまで来るものなのかしら」
 シュラインが疑問に思うのも、無理はないのかもしれない。ここは東京を中心に見て南ではなく、やや北側にあるビーチだ。沖縄などで見るのなら珍しくはないが、ここで見ることが出来るのは、確かに珍しいと言えるだろう。
 ちなみにアダンの果実はパイナップルに似ていると言うが、何処かグロテスクにも見える。葉の部分にトゲがある常緑の灌木だ。
 「へぇ……」
 自然な動作で煙草に火を付けようとする草間に、シュラインは黙って携帯灰皿を差し出した。
 「悪い」
 肩を竦め、草間はシュラインから携帯灰皿を受け取った。
 「それにしても、随分集まったわね。これで何か作ろうかしら……。事務所に飾るのも良いわねぇ」
 思案していたシュラインが、ふと思い出した様に草間の顔を見る。
 「事務所と言えば、三日間だけど電気代が浮いて助かっちゃったわね」
 くすりと笑うと、草間はむーとばかり唇を尖らせた。
 「クーラーって可成り電気代喰うんですもの。……良く壊れるクーラーなのにねぇ。あれ、何時まで持ってくれるかしら」
 考えていると、少し哀しくなって来たシュラインは、思考を少々切り替える。
 「そろそろ、バーベキューの用意でもしましょうか」
 海に潜っている面々が、海の幸を取ってくる予定なのだ。折角だからと言うことで、館から材料とバーベキューセットを持ってきて貰うことになっている。
 セレスティとモーリスの休んでいるビーチパラソルを目指して帰る際、砂遊びをしている風槻を見かけた。
 そろそろバーベキューするからと、シュラインは軽く声をかけて歩いて行った。



 桂木が後から配達して来たバーベキューセットは、既に完璧に設置までしてくれてある。更には、これから来る闇に向け、ビーチパラソルが設置されている周囲に照明まで作ってあった。
 暑いのに執事服をきっちりと着こなした彼は、淡々とバーベキューセットと照明を組み立て、墨に火を入れ、適度に切り分けた野菜と、クーラーボックスに入れてある数十キロの肉、そしてバーベキュー以外の料理やデザート、ドリンク類等を置いて、彼の仕事場である館へと去って行った。
 後は、CASLLと北斗が取ってきた海の幸(一部妖しげな物も含む)を、調理し、鉄板で焼くだけだ。
 ちなみに昼間はセレスティ達が避暑っていたテーブルの上に並んでいるのは、トマトとルッコラのパスタ、鳥と夏野菜の煮込み、水晶カボチャ、茄子サラダ、アボガド寿司、蟹の冷製スープ、桃のスープ等々と言った夏ならではの料理、飲み物はアルコール類を含め、当然ソフトドリンクが冷やされていた。
 バーベキューが出来上がる前には、有志で西瓜割りが行われ、食前のフルーツとして振る舞われた。
 参加したのは、北斗、CASLL、風槻、そして一度だけと言うシュラインだ。
 ここに三下がいれば、恐らく彼が西瓜代わりになっていたかも知れないなどと、さらりと言うモーリスだったが、ありありと想像できて皆が揃って吹き出した。
 徐々に日も暮れ、バーベキューが始まる。
 ちなみに北斗は、セレスティやシュラインから期待されたこともあり、花火の準備を完了していた。
 鉄板側ににラードが引かれ、独特の臭いが周囲に満ちる。
 網側に肉を乗せれば、小気味良い音と共に、胃袋を刺激する香りも立った。
 丁度良い大きさに切られた野菜がもまた、そこに乗せられ、じゅうじゅうと焼き音を立てている。
 「いっただきまーーーっす」
 嬉々として真っ先に箸を動かしている北斗に釣られ、CASLLが、そして草間、零、風槻が焼けた食材へと手を伸ばす。
 「北斗。人様の物に手を出したら、帰ってから一ヶ月、夕食はお茶漬けだからな」
 言いつつ、啓斗はシュラインと零を手伝って焼いている。
 焼き役ばかりでなく、二人にも食べる様言うと、大丈夫だと言う答えが返った。
 「兄貴っ、それは酷いって。あ、そうだ! 俺が採ってきたワカメとか海星とか食べる?」
 「海星ですか……。珍しい料理を食べることには興味がございますけれど、こちらはお譲り致しましょう。やはり、採ってきた北斗くんに、一番の権利があるかと思いますしね」
 しっかりと回避するセレスティは、回避だけでなく、さりげに北斗へ喰えと促している。
 「責任持って、お前が食えよ」
 にっこりと凄みのある微笑みで啓斗にまで言われ、北斗はなかったことにしようと肉へとこっそり箸を伸ばした。
 「あの、私も採ってきたのですけれど……」
 先の海星の件もあり、CASLLのその言葉に警戒する餌付け係三名は、恐る恐る彼の差し出すバケツを覗く。
 「あら、凄いじゃない、CASLLさん」
 シュラインが感心して中身を吟味している。
 彼が採って来たのは、普通に食べれる魚介類だ。
 流石にマグロなんぞは入っていないが、焼いて食べるには上等なものばかりである。
 「CASLLさん、釣り竿なんか持ってたの?」
 風槻が見かけた覚えがないなと、首を傾げて聞くと、彼は少しはにかみながら(注:CASLL視点の為、実際は凶悪度三割り増し)、彼女の疑問を解消した。
 「いえ、素手で採っていたのです。案外採れてしまうものですねぇ」
 「普通そんなの無理だから」
 ビール片手の草間が、ちょっと脱力した様に言う。
 「そうですか?」
 「まあ、宜しいのではないですか。採れ立てを頂けるのも、海に来た醍醐味かもしれませんよ」
 にっこりとモーリスが言うと、そうねとシュラインも納得した。
 用意されていた食材は、見る間に減って行くも、何時の間にか追加されて足りないと言うことにはなりはしない。
 そしてすっかり日も落ちた頃、今度は花火が始まった。
 線香花火に火を付けて、少し灯りから離れた場所で、セレスティとモーリス、風槻が楽しげにしている。また少し離れたところでは、自作のコマ花火に火を付け、彼方此方にとばせている北斗が、啓斗に思いっ切り拳骨を喰らっていた。
 また別所では、煙花火の灯りで顔を照らすことになったCASLLが、シュラインと零に悲鳴を上げられている。
 ちなみに草間は、バーベキューのお守りをしつつ、その様をビールを空けつつ眺めていた。
 花火をしつつ、料理を摘みと言う繰り返しが続いていたが、夜も深まる中、一つ二つと海の家の灯りも消えていく。
 「そろそろ、片付けましょうか」
 腹もくちたし、花火もしたし。
 それに何より、明日も帰るまで遊ぶことが出来るのだ。
 シュラインの声が合図になり、皆が了解とばかりに手を挙げ片付けを始めた。
 何やら北斗が草間に近付いて行くのが見えるが、まあ、何かおねだりでもしているのだろうと、彼女は思った。
 シュラインの号令の元、バーベキューと花火の跡は、綺麗に片付けられていく。
 荷物は男性軍が持ち、女性軍はその後ろから軽いものを持ちつつ館へと歩き始めた。
 賑やかだったビーチに静寂が訪れ、そして──。
 何処か懐かしい波音が、辺り一帯を埋めて行くのであった。


Ende

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0568 守崎・北斗(もりさき・ほくと) 男性 17歳 高校生(忍)

0554 守崎・啓斗(もりさき・けいと) 男性 17歳 高校生(忍)

0086 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) 女性 26歳 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

3453 CASLL・TO(キャスル・テイオウ) 男性 36歳 悪役俳優

1883 セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ) 男性 725歳 財閥総帥・占い師・水霊使い

2318 モーリス・ラジアル(もーりす・らじある) 男性 527歳 ガードナー・医師・調和者

6235 法条・風槻(のりなが・ふつき) 女性 25歳 情報請負人



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          ライター通信
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 こんにちわ、斎木涼でございます(^-^)。
 夏の暑い盛りのお話しですのに、何故かお届けが暑さも引き始めた頃になってしまいました。
 遅くなりまして、申し訳ありません。『遅く……』と言うのが、まるで枕詞の様になってしまっており、重ねて申し訳ありません……。
 今回はお遊びシナリオでございました。
 一応、力業で解決する……と言うだけでなく、情報収集と言うプレイングもあったので、除霊編がちょびっと長目になっております。
 当初は理由も何もなく、ばっさりと行く予定だったのですけれど、急遽設定を一部変更追加となりました。
 また、実は微妙に何時もと書き方を変えていたりするのですが、……どうなんでしょうか。


 >シュライン・エマさま

 何時もお世話になっております。
 実はプレイング中にありました『ビーチコーミング』。初めて知りました。
 色々と調べてみて、変わった物が拾えるのだと言うことも(笑)。
 夜の散歩は、あれからきっとひっそりと行かれたのだと思われます。
 三日間が、楽しい日々であったと思って頂けたらと願っております。


 シュラインさまに、このお話をお気に召して頂ければ幸いです。
 ではでは、またご縁が御座いましたら、宜しくお願い致します(^-^)。