コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


歯車さんの押し売り

「暇なので、一緒に営業へ行こう」
「いきなりなんなんだ、はぐるま」
現れるなり己の言い分だけを主張したのは歯車という作業着姿の小柄な男で、顔がキツネというかネズミによく似ていた。肩から下げた鞄は大きく膨らんでいた。
 歯車の言う営業とは壊れたものを修理することなのだが、一つ困った癖があった。この男は修理をするついでに妙な改造を加えてしまうのだ。草間興信所の冷蔵庫が壊れたのを直してもらったときは、扉を開けるなり部屋中に吹雪が舞った。
「一緒にって、車でか?」
「いいや、それ」
指さされたのは、武彦が腰かけている二人掛けのソファ。
「シートの破れを直したとき、飛べるよう改造した」
本気か冗談か、と考える間もなく歯車はソファの背もたれに隠れていたボタンを押した。たちまちソファから翼とプロペラが突き出て、武彦と歯車を乗せたままベランダから飛び出していった。

 フリーマーケットへは、たまに行く。買ってくるものは大抵古着なのだが、時々
「これ流行ったよなあ」
というものが廃れた後に半値で売っていたりするから、思わぬ掘り出し物としてつい手を伸ばしてしまう。ブームの渦中にあるときは、どこの店も売り切れで買えなかったのだ。
 本日の戦利品、銀色のキックボードは今簡易の台車代わりとして初瀬日和がコロコロと転がしている。載せているのは軽いがかさばる犬のぬいぐるみ。日和の愛犬に負けないくらい大きい。
「バドが見たら噛みつくんじゃないのか」
そんなことしないわよと日和は反論するが、彼女の愛犬は好奇心でできているような犬だからわからない。何年たっても、どれだけ大きくなっても頭の中は仔犬のままなのだ。日和の家の庭が広くて、本当によかったと思う。もしも猫の額並であったならば、恐らくバドは何度となく脱走を企てたに違いない。
 明るい色のレンガ塀に沿って植えられたシャラの木の間から、わんという声と共に真っ白な犬の顔が覗く。塀の高さは日和の胸くらいまであるのだが、後ろ足で立つとバドはそれくらい大きくなるのだ。振り回す尻尾が低木の葉を鳴らし、にぎやかな音をたてている。
「ただいま、バド」
優しい飼い主は、彼のために可愛い散歩紐を見つけてきた。赤い郵便受けの脇にある門を開き、ぬいぐるみとキックボードを自分より先に押し込む。さらに
「どうぞ」
両手に荷物を下げている相手を気遣うところも、実に日和なのだ。自分でやるときはなんでもない動作に思えるのだけれど、日和からされるとやけに照れてしまう。優しくされるということは、こんなに照れることなのか。赤い頬が見破られないよう、顔を背けて門をくぐる。
「わうっ!」
よそ見をした、油断をついてバドが飛びかかってくる。慌てて半身を捻り、直撃は避けたものの勢いに巻き込まれ芝生の上にしりもちをついてしまった。おまけに左足でキックボードのスティックを思い切り蹴ってしまい、脛がじんじんと痛む。
「だ、大丈夫?なんだか、変な音がしたみたいだけど」
「変な音?」
「うん。ぽきんって、硬いものが折れたみたいな・・・」
一瞬、全身の血が冷えた。まさか左足だろうか、恐る恐る膝から足首まで触ってみる、が、ぶつけたところが腫れはじめているだけで後はなんともない。
「・・・ということは」
不幸中の幸い、真っ二つに折れたのはスティックのほうだった。しかし、掘り出し物どころか不良品ではないか。羽角悠宇はなおものしかかってくるバドを払いのけながらため息をついた。

「お困りか?」
飄々とした声と共に降りてきたソファはどこかで見たことのある古ぼけた二人掛け。座っていたのは草間興信所の主と、見慣れない小さな男。目が、やけにキラキラとしている。
「誰だ、あんた」
「修理屋だが」
胡散臭い。隣の武彦が、嫌そうな表情を浮かべているのがことさらに胡散臭い。小さな男は歯車と名乗った後、キラキラした目のまま悠宇のキックボードと日和のハト時計を見つめている。
「お困りだな」
質問がすでに断定へと変わっていて、悠宇は思わず自分のキックボードを手元へ引き寄せた。スティックが折れたくらいなら補強をすれば、使えないこともないだろう。
「日和、お前のも」
俺が直してやると言いかけたのだが遅かった。
「これと、あのキックボードをお願いできますか?」
「どれ・・・ふむ、よい時計だな。それからそっちの板は」
板呼ばわりとは失礼な話だが、日和が注文してしまったからには差し出さないわけにはいかない。不安を表情に残しつつも悠宇はキックボードを提供した。そう、この男に壊れたものを渡すのは修理ではなく提供という言葉のほうがふさわしかった。
「大丈夫かよ」
心配でたまらない悠宇はソファに全身を預けている武彦に訊ねる。
「一応聞いておくけど、修理代っていくらかかるんだ?」
「さあな」
実は武彦は、これまで歯車に修理代というものを払ったことがない。むしろ
「払う金があるくらいなら、丸々俺によこせ」
知らない間に自宅のソファを改造されて、行きたくもないのに道連れにされていい迷惑だった。目立つことこの上なしで、恥かしくてたまらないのである。
「わん」
おまけに背後からは犬がのしかかってくる。遠慮のないバドはソファの背もたれに両前足をかけて、顎を武彦の肩にもたせかける。
「重いし熱いし、かなわねえ」
「じゃあなにか、冷たいものはいかがですか?」
昨日買ってきたクッキーもあるんですよ、とこの中で日和だけがとことんにマイペースであった。日常では虫が出ただけでも悲鳴を上げるのに、なぜか常識の範疇を越える不可解な出来事には動じない性格だった。

 しかし、奇妙な光景ではある。見慣れているはずの日和の家の庭にソファと武彦が居座っている。おまけに隣では妙な修理屋が店を広げている。
「なあ、日和」
この奇妙を、奇妙と感じているのは自分一人なのだろうかと悠宇は日和の顔を見た。しかし日和はお茶のお代わりと勘違いをして、悠宇のコップに溢れんばかりのアイスティーを注ぐ。ハーブのクッキーによく合う味だった。悠宇はそれを一口すすってから、
「違う。おかしいと思わないのか?」
「なにが?」
クッキーもすすめつつ、日和は悠宇の顔を見返した。
「どこの世界に、ソファで営業に回る修理屋がいるんだよ」
いないのかしら、と首を傾げている日和は大真面目である。世界中を探せば一人くらいはいるのではないか、と本気で考えている。
「それよりも悠宇くん、お庭に椅子があるって便利ね」
「そ、それよりってなあ・・・」
なぜかいつも、悠宇の心配というのは日和の中で空回りをする。彼女にとって今の重要事項はソファで現われた不審人物よりも庭に椅子を置くべきか否かであった。ちょうど、庭の南側の一角が空いていた。
「ベンチとテーブルがあったら、お庭で三時のお茶だってできるわ。そうだ、ちょうど修理屋さんがいるんだし専門外かもしれないけどお願いを・・・」
視界の端で、武彦が力いっぱいに首を振っているのが映っていた。
「頼むから、それだけはやめてくれ」
切実に悠宇は、日和を説得した。今修理を頼んでいるハト時計とキックボードだってどうなって返ってくるか知れないのに、そんな剣呑な男に一からものを作らせようという勇気はさすがに無鉄砲の悠宇にもなかった。
「悠宇くんたら、なにをそんなに心配してるの?」
「あのなあ」
いいかげんにあの男の胡散臭さを感じ取れとつい日和に、悪気のない八つ当たりをしてしまいそうになった。それを寸前で食い止めたのが
「終了!」
その胡散臭い男の嬉々とした声であったのが恨めしい。

 歯車から手渡された品はハト時計も、キックボードも一応、外見は元通りであった。真っ二つだったスティックはどんな溶接をしたのか知れないが継ぎ目もほとんどわからないくらいにぴったりと接着されていたし、ハト時計の屋根も切り揃えられた板が新しく打ちつけられ丁寧に赤いペンキも塗り重ねられている。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
どこかに変な装置がついていやしまいかと悠宇はキックボードを上から下から重ね重ね確かめつつ、試し乗りをするために門から外へ出て行った。日和の家の前の道は広いわりに車の通りが少なくて、ローラーゲームに最適の条件なのであった。
「こっちのハト時計も、確かめてみろ」
悠宇がキックボードを走らせる音を遠くに聞きながら、案外快適そうである、歯車は日和に返した時計を自ら手にとって高く掲げた。といっても、小男の歯車がやることであるから武彦の身長程度の高さではあったが。
「振り子、動くのだぞ」
「はいはい」
修理屋というより、機械いじりの好きな子供を相手にしているような気分で日和は歯車の言葉に従う。二時三分前で止まっていたハト時計は、日和が振り子に触れることで再び時を刻み出した。
 ゆっくりと、しかし正確に振り子は踊り、ニ分前、一分前、そして二時。針が十二を指したと同時に時計の上部に作られた窓が開き、中から白いハトが飛び出してきて可愛らしい声で二度鳴いた。それをさらに二回繰り返して、役目が終わったと認識したら窓の奥へと引っ込んでしまった。
「・・・それだけか?」
歯車のことだから、ただ元通りで済むはずはないと武彦は考えていた。そして当然、歯車はこっくりと頷いて日和に振り子の錘を指さして
「これ、引いてみろ」
「引く・・・んですか?」
端の錘を引こうとしたら違うそれじゃないと言われて真ん中の錘を引っ張る。すると、時計の奥のほうに鈍い手ごたえがありカチリとスイッチの入る音が聞こえた。さらに、時間違いであるのに窓からハトが飛び出して、さっきは二度だったのだが今度は四度鳴いた。
「?」
さらになにか仕掛けがあるのだろうか、と時計を見つめて待っていたら今度は逆に外のほうから悲鳴が聞こえてきた。悠宇の声だった。
「悠宇くん!?」
「日和―っ!!門、開けろ!」
絶叫に近い悠宇の声に慌てて動いたのは日和ではなく武彦だった。手を伸ばし門を内側へ一杯に引いた、かと思うとキックボードではありえない猛スピードで悠宇が飛び込んできて、日和と歯車の目の前で急停止をした。
「悠宇くん・・・そんなにスピード出したら、危ないわよ?」
「違う!」
俺のせいじゃない、と悠宇は力いっぱい歯車を睨みつける。
「お前、なんか細工しただろ!こいつ、いきなり暴走したんだぞ!」
「リモコン機能を搭載だ」
けれど悠宇の激昂に対し歯車の説明はあまりにもあっけらかんとしすぎていた。怒る気力もなくなるくらい、当然だと言わんばかりの口調なのである。いつだってそうだった、だから武彦は怒る気力をなくしてしまう。
「時計のこの振り子を引くと、キックボードが駆けつけるという仕組みだ。その時速、なんと六十キロ」
「外せ!」
思わず怒鳴った悠宇であったが、せめて速度を落とせというくらいに言ったほうがよかったと後になって反省した。なぜなら日和が
「その仕組み、バドの首輪にもあると便利ね。迷子になる心配なさそう」
と、外したあとの使い道を本気で考えていたからである。悠宇は、日和とはかなりのつきあいになるのだが今日はなぜか彼女を遠く感じた。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

明神公平と申します。
この話の楽しみは、皆様の道具を歯車がどのように
改造するかを考えるところです。
ただ所有アイテムにはなりませんが、ご了承ください。
今回の話は、なぜかやたらに日和さまが天然だったので
日和さま思考だと話がとんでもない方向にずれていきそうで
つい悠宇さま視点が多くなっています。
正直、私自身日和さまと悠宇さまの距離を感じました。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。