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<東京怪談ノベル(シングル)>


流刑人形
●佐渡の出会い
 海風が吹く。夏の日本海は、爽やかな暑さで宇奈月慎一郎(うなずき・しんいちろう)を迎えた。
 フェリーから身を乗り出し、両津港を望む。手にはしっかと愛読のオカルトマニア雑誌を握り締め……これに書かれていた記事が、慎一郎が急に思い立って佐渡までやってきた理由だった。
『インスマスは佐渡のとある漁港のことだった!』
 インスマスとは、とある書に著された架空の都市の名前。アメリカ合衆国マサチューセッツ州にあることになっている。それがと言うのも、その元がと言うのも……書いた者に「落ち着いて、よく考えろ」と肩を叩きたくなるような記事だ。だが、慎一郎のように引っかかってしまう者もいたりするわけで。
「それで来たんか……ととくそらっちゃーのぅ」
「と、ととくそ?」
 ちなみに『ととくそらっちゃーのぅ』とは佐渡の言葉で『おっちょこちょいだねえ』の意味である。
 方言で馬鹿にされると、聞き返して二重に凹む。慎一郎が地元のおばちゃんに馬鹿にされるに至ったそんなこんなは省略するが、それがガセ記事だということは不幸中の幸いながら、ほどなく判明するに至った。
 そして何の土産もなく帰ることになるのかと、とほほな気分で最後に慎一郎が立ち寄った漁港のある町の旧家で――
 慎一郎はそれに出会った。

 古い話を探すなら、村の古老だとか町の旧家だとかを訪ねるのが良い。その定石に従って慎一郎はその屋敷を訪ね、そして最後の期待も打ち砕かれた。
「そげんこと言って、しょうしねぇっちゃ?」
 そこでもまた『そんなこと言ってて恥ずかしくないのか』と追い討ちをかけられつつ、せっかく遠くから来たのだからと旧家の主は蔵の中を見せてくれた。慎一郎の望むような古書などはなかったのだが、整頓された蔵にはたくさんの骨董が並んでいた。
 その中でそれは大きかったので、普通に目を奪われた。
 浄瑠璃人形だ、と思った。
 ほとんど等身大の美しい若武者人形。
 その顔立ちは女とも男ともつかぬ、美しい人形だった。
「これは」
「それはいじぇに伝わるもんだっちゃ」
 昔、都から流されて来た者が持ってきたらしいと言う。
 慎一郎は何か――その種の特定は出来なかったが、何か人形に力を感じて、しばらくその前から動けなくなった。魅入られたと言っても良いだろうか。
「あの、すみません! これ……貸してもらえませんか」
 それは、その言葉が口から出るまでの間。
 そして口に出してしまったなら、もう心は決まっていた。

●傀儡の息吹
「万夜クン〜……」
 棺のような箱を背負ってひぃひぃ言いながら王禅寺にやってきた慎一郎を、少し笑って王禅寺万夜は迎えた。妙なものが持ち込まれることは多いからか、自分の寝床を引きずってきた吸血鬼みたいな風情に笑いはしたが、訪問自体は納得できたのだろう。
「何か召喚して運ばせればよかったですね」
 後悔先に立たずだが、どうしてか最初はそう思わなかったのだと、参道で息切れしながら慎一郎は首を傾げる。召喚どころか、荷物として宅配に預けることすら思いつかなかった。
「お疲れ様です、宇奈月さん。自分で運んできたのは、『これ』が何なのかわかってたからじゃないんですか?」
「いや、僕は日本の物は専門外だから。でも、日本のオカルトに詳しい万夜クンならわかると思って持ってきたんですけど」
 言いながら、ごそごそごそと慎一郎は肩にかけていたバッグをまさぐった。そしてもう握り締めすぎてボロボロになった雑誌を、バッっと万夜の前に広げる。
「これ見てください! これ!」
 インスマスは――の巨大なあおり見出しが、万夜の目の前に。近すぎて、なんだかよくわからない。
「佐渡だって凄いですよねそしたらこれがってもひかしたら未発見の」
 げほがほげほぐはあ。
 佐渡で挫けてきたはずなのに、もしかしたらの大興奮が甦ったのか、息継ぎも忘れて舌ももつれさせて捲くし立てた結果、咳き込んだ挙句に舌を噛む。
 この人これがなかったら、きっともっとソレっぽいのになあという率直な感想は横に置いて。
「麦茶出しますから、中へ入りましょう。箱を運ぶの手伝いますから」
 とりあえず、参道はあと少しだった。
 
「ふう、生き返りました……」
 麦茶の冷たさで抜けかけた魂を引き戻してから、慎一郎は箱を開けた。
 中に横たわるのは、佐渡から持ってきた人形だ。
「万夜クン、なんなのかわかりますかね? これ」
「人形です」
「…………万夜クン」
 それは見たらわかるからと、ちょっと涙する。
 慎一郎もかなりの天然だが、ボケ×2になるとツッコミ役も回ってくるらしい。
「す、すみません」
 両方天然なので二人揃ってボケっぱなしという危険もあるが、今回はそれは回避した。万夜ならわかるかもと思って持ってきたとは、外でも言っていたわけで。
 改めて万夜は人形を抱き起こすように抱いて、言った。
「その……古い人形なんですが、それだけじゃなくて、息吹が入ってます」
 力が宿っていることは間違いない。だがその力が何なのかまでは、慎一郎にはわからなかった。和物は専門外なので、そこはやむをえない。
「息吹?」
 それは『息吹』という名の力だったようだ。0.1%くらい残っていた期待も、やっぱり裏切られたっぽい、と悟る。人形は古いは古いが、古き者とは無関係。まあ慎一郎も、それは当然だと思ってはいた。時々思わず暴走するだけで、ほとんどは本気じゃあない……多分、きっと。
「こうして、人形に息を吹きかけるんです」
 万夜は人形に息を吹きかけるふりをして見せた。
「そういう儀式があるんですね」
 慎一郎は愛用のノートPCを開いて、データベースに書き込んでおく。
「それって、日本の儀式魔法なんですか?」
「退魔師の系譜の一種に、特にこういう傀儡人形を扱う人たちがいるんです。これは西洋にもそういう力を持つ人はいるかもしれませんが」
 万夜は逆に西洋魔術にはそんなに強くないと言う。西洋アンティークを扱うこともあるが、多くは日本で言う付喪神として扱えば足りるからだ。
 さて西洋魔術ならば、それなりに慎一郎のフィールドだ。本道はまた異なるが。
 召喚魔術や錬金術ほどにメジャーではないが、人形が動く逸話はヨーロッパにも結構残っている。同じ系統だと思えば、納得がいった。
「息吹は人形に命を込める儀式なので」
 そう言いながら、万夜は少し困ったように笑った。
 万夜はよく、人形の魂を送っているからだろう。
「まったく同一ではないですけど、式神とかにも近い系統ですね。このままでは動きませんけど、能力のある人の手に渡ったら、この人形は強いですよ。武者姿なのも、退魔行のために造られたからでしょうから」
「へえ……今も能力を持つ人はいるんですね」
「これはすごく昔に造られたものですけど、今もいる……と思います」
「僕にも動かせたりしますか?」
 新しい興味に惹かれて慎一郎は聞いてみた。
「……今は主のない人形だから、才能があれば、できなくはないですけど」
 でも、と万夜は考えこんだ。
「これ、動くようにしたら大変な気がしますよ」
「なんでです?」
 それは……と、万夜は囁いた。

●傀儡の真意
 ――都へ。
 ――都……

 深夜。慎一郎はむくりと布団から起き上がった。
 話しているうちに遅くなったのと万夜の勧めもあって、王禅寺の一間で泊まることになったのだが。
「五月蝿いんですが」
 夜寝る段になって、ようやく慎一郎は身をもって万夜の囁いた話を理解した。
 人形を動くようにしたら、京都に帰りたがって大変だろうと万夜は言ったのだ。
 万夜が言うには、多分最初に接触したときから慎一郎は人形の声を捕らえていただろうとのことだった。最初は無意識であったために、何故そう思ったかわからなかったのだろうと。
 人形は、常に訴えていたらしいので。
 佐渡に主と共に流刑になった人形は、都への望郷の念を持っていたらしい。それに左右されないように、他の手に預けることを無意識に避けたのだろうと。
 逆を言えば、人形が慎一郎を捕らえたのだ。魅入られたのは、そのせいだった。確かに人形は、慎一郎を利用して佐渡から出ることができた。けれど、完全に思い通りにはならなかったのである。
 帰りたいのはいいが、耳元で恨み言のように囁かれると眠れない。夜になって寝入り端という感度の上がるところに至って、その「執念」がキャッチできるようになると、これがまた素晴らしく鬱陶しかった。
 安眠妨害である。

 ――帰りたい。
 ――帰り……

「これ以上ぶつぶつ言うと、分解して別のものに再構成しますよ!」
 ぴたりと声が止まる。
「……ふう……」
 しかし、もう一度布団をかぶって寝ようとすると。

 ――あの……帰りたいんですけど。
 ――あの〜……

 どこかでぷちんという、ベタな音がした。
 ――暗転。


「ありがとうございました」
 にこやかに、慎一郎は人形の箱を持ち主に返した。
「あれ、この人形……?」
 箱を開けて、中味を確認して、持ち主が何か前と違う気がすると首を傾げる。
「いいえ、最初から口は動きませんでしたよ」
 それに慎一郎は答えて、力強く主張した。
「ええ、最初からです!」