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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

「冥月さんはお強いんですよね。私を鍛えて下さい!」
 黒 冥月(へい・みんゆぇ)が、蒼月亭で働く立花 香里亜(たちばな・かりあ)に唐突にそんな事を言われたのは、いつものように昼下がりにコーヒーを頼んだときのことだった。
「は?」
そのあまりに唐突な願いに、冥月は香里亜に差し出されたクッキーの皿を手に取りながらカウンターの中にいるマスターのナイトホークを見ると、ナイトホークは肩をすくめながらコーヒー豆を挽いている。
「いや、俺も止めたんだけど…」
「この前、私何も出来なくて皆さんに守ってもらってばかりだったんです…だから、自分の身は自分で守らなきゃって!」
 この前…というのは、ナイトホークが誘拐された事件のことだろう。後から聞いたのだが、あの時はナイトホークを助けに行ってる間に蒼月亭で待っていた香里亜の元にも何者かが来たらしい。それは無事撃退できたのだが、香里亜はその時に何も出来なかった自分を悔やんでいるらしい。
 だが生半可に護身術を学ぶことほど危険なものはない。冥月は香里亜の腕をぽんぽんと叩き、思わず溜息をつく。
「あれはこいつのヘタレが原因だ。香里亜は私が守ってやるから…」
「ヘタレ…」
 ナイトホークが挽いた豆をネルに入れながら微妙な表情をした。それを冥月はきっぱりと遮る。
「何か間違ったことを言ったか?」
 そもそも誘拐事件だって、ナイトホークがもっとしっかり注意していれば撃退できたのだ。冥月にそう言われたナイトホークは「はい、その通りです」と呟き、静かにコーヒーを入れ始めた。しかし香里亜の意志は固いようで、両手をぎゅっと祈るように組みながら冥月の方をじっと見る。
「でも、やっぱり咄嗟に何か少しでもできた方がいいと思って…お願いです。頑張りますからっ」
 こうなったら多分テコでも動かないだろう。冥月はカウンターに出されたコーヒーを自分の方に引き寄せながら、もう一度溜息をついた。
「武術の経験は?」
「全然ないです」
 あるわけないとは思っていたが、こうもあっさり答えられると気が抜ける。冥月のその表情を見たのか、香里亜は慌てて言葉を続けた。
「あ、でも、中学の時はバスケやってました。背が小さかったので、レギュラーじゃなかったですけど…」
 そうは言っているが、体力も平均ほどだろう。いきなり鍛えろと言われても、どこから手を付けたものやら…冥月は少し考えながらコーヒーを一口飲んだ。
「強くなるにはまず体力だな。毎日十km走れ。それと林檎あるか」
「はい。今日丁度林檎のチーズケーキ作ろうと思ってたんで…ちょっと待っててくださいね」
 香里亜はそう言いカウンター奥のキッチンに入っていった。そして、赤く色づいた小降りで堅そうな林檎を冥月に渡す。それを受け取り、一度林檎を軽く上に放り投げキャッチした後、冥月はそれを片手で軽々と潰して見せた。
「はわっ!」
 驚く香里亜に冥月がフフッと笑う。
「ここまでとは言わないが、ある程度力をつけたら考えよう」
「が、頑張ります」
 また奥のキッチンに入り、林檎を持ってきた香里亜は冥月がやったのと同じように握っているが、唸っているだけで林檎が潰れる気配もない。
「うーん…むーっ…んにーっ」
 それを横目で微笑ましく見ていると、カウンターからナイトホークがおしぼりを差し出した。それで手を拭きながら、冥月はナイトホークの顔を見る。それは先ほど香里亜に見せていた優しい表情ではなく、元暗殺者の厳しい顔だ。
「ナイトホーク、お前に聞きたいことがあるんだが」
「…聞かれると思ってた」
 冥月には色々と気になることがあった。
 ナイトホークを誘拐した者のことではない。あれはただ何者かに上手く乗せられただけで、裏で糸を引く者がいる。そうでなければ、店から人を引き離そうとしてまで香里亜の所にまで何かが来る必要はないのだ。
 ナイトホークはシガレットケースから新しい煙草を出している。
「聞きたい事ってアレ?俺の体質のこと?」
「貴様の体質のことなどどうでもいい」
 多かれ少なかれ、この街に集う者は何処か不思議な力を持っている者が多い。ナイトホークが不死であっても、この街ではそれぐらいありふれているのだ。冥月が気になっているのはそんな事ではない。
「問題は二人を狙う奴がいて、しかも目的は命よりも甚振り苦しめる事の様に感じる事だ。誘拐は敵の示威だろう。私なら次は香里亜を本格的に狙う。気遣い等しない、事情や心当りは今の内に全て話せ」
 おそらくナイトホークには何か事情があるのだろう。そしてその「事情」故にいろいろと狙われ、面倒事に巻き込まれる。それがナイトホークだけの問題であれば、自分で勝手に対処すればいいと冥月は思っているが、香里亜にその刃が向くのは納得がいかない。それに事情を何も知らないままでは、対策を考えることも出来ない。
「事情か…」
 そう言いながらナイトホークが煙草を吸った。香里亜は二人の会話を全く聞いていないのか、まだ一生懸命林檎と格闘している。
「対策を考えねばあの娘を本当に鍛える羽目になる。筋肉ムキムキにするぞ」
「………」
 今の香里亜に筋肉を付けたところでも想像したのだろう。ナイトホークは溜息をついた。
 ナイトホークはこう見えて割と狡猾で、親しい相手にしか考えを見せようとしない所がある。裏から色々と調べても良かったのだが、そうすると余計に自分のことを話そうとしないだろう。だったら直接聞いてみた方がいいと冥月は思ったのだ。そして、その考えは間違っていなかったらしい。
「…分かった。話せるところだけでいいか?」
「それで充分だ」

 ナイトホークが冥月に言ったのは、まず「自分が明治時代の生まれらしい」ということだった。らしい…と言うのは、ナイトホーク自身良く覚えておらず、思い出せる記憶を拾っていくと多分そうなるという推測のようだった。
「覚えてるのが明治天皇の大葬があったってことだから、多分その頃からこのままなんだと思う」
「ほう。意外と若いな」
 冥月はコーヒーを飲みながら、ナイトホークの顔を見る。
 明治と大正の合間ぐらいと言うことは、大体百歳ちょっとだろう。これぐらいなら冥月が知っている者の中ではまだ若いうちに入るかも知れない。
「で、その後から微妙に記憶があやふやなんだけど、しばらく『綾嵯峨野研究所』って所にいた…表向きは鳥の研究所って事になってたが、実際は人体実験をしてた研究所だ。今の名前もそこで付けられた…ちょっと変えてあるけどな」
「夜鷹か」
 クッキーを食べながら冥月がそう呟くと、ナイトホークは苦笑しながら煙草を吸った。
「そう。でもその名前で呼ばないでくれると嬉しい」
 ナイトホークと言う名はそこから来たのだろう。
 人体実験をしていた研究所とは穏やかではないが、戦時中などはそういう実験をしていたとも聞く。表向き…ということは、他にも鳥の名が付けられた者がいたのか。冥月はそれが気にかかる。
「お前の他にもその『鳥』という奴はいたのか?」
「ああ、色々いたけど最終的に残ったのは十三羽だった」
「それを全部聞いてもいいか?」
 今日は風が強いのか、店内でかかっているジャズに外から入ってくる風の音が混じる。
 長い沈黙の後、ナイトホークは天を仰ぐように遠くを見つめ、煙草の煙を長く吐いた。

 ……研究所の鳥は十三羽。
 最初がコトリで最後がヨタカ。
 コトリ、モズ、カワセミとスズメ。メジロにハト、カッコウ。ヒバリにカラス。…チドリとコマドリは二羽で一羽。ツグミにツバメ、最後にヨタカ。
 どれも研究所の大事な鳥たち。最後のヨタカを除いては。

「…ずいぶん嫌われたものだな」
 特に感慨もなく、冥月はそう言い放つ。ここで同情したところでナイトホークは喜ばないだろうし、皆それぞれ色々な物を背負っている。ここで話せると言うことは、ある程度は吹っ切れているのだろう。
「俺は元々研究所の鳥じゃなかったからな。死にかけてたのを無駄死によりはマシって研究所に連れて行かれて、そこで人体実験って名目で手術したらたまたま上手く行ったってだけ。だから俺は大事にされてない」
 大事にされてない、と言いながらもナイトホークは冥月に向かってふっと笑った。
 ナイトホーク以外の『鳥』は、研究所で育ったりした者達なのだろう。確かにナイトホークの性格を手懐けるのは難しいかも知れない。
「で、あまりにも手が付けられないんで別の場所に運ぼうとした時に、ある人に逃がしてもらって、それからいろいろあって今に至る。聞いた話だと、研究所は俺が逃げてすぐ火事で全焼したらしくて、そこにいた鳥たちが今どこにいるかとか、死んでるかどうかはほとんど分からない」
「なるほどな…」
 そう呟き冥月はコーヒーを飲みながら考えた。
 明治時代の亡霊がこの時代に蘇ってきたのかも知れない。綾嵯峨野研究所…その名を冥月は心の中で反芻する。
 一度「誰もいない街」に引き込まれたときに、ヒミコに『ヨタカ』という呼び方を教えたりしたのも、おそらくそれらが関係しているのだろう。不死であるナイトホークに永遠の苦痛を与えるために香里亜を狙ってきたのか、それとも人体実験を目的にしているのか。
 香里亜とヒミコの力は性質は違うが確かに似ている。それを狙っているのなら、相手は決して諦めたりしないだろう。
「他に聞きたいことは?」
 冷蔵庫からコーヒー豆を出しながら、ナイトホークがそう言った。冥月が飲んでいたコーヒーもほとんどなくなっている。それをぐいと飲み干し、冥月はカップを奥に差し出した。
「さっきお前は鳥の行方に関して『ほとんど』と言ったが、知ってる範囲でいいから聞かせて欲しい」
 カチッとケトルに火をかける音が聞こえる。
「カッコウは死んだって聞いた。カラスは代替わりして孫になってる…まあ、研究所とかのことは全然知らないらしいけど。他は残念ながら知らない」
「ふむ…」
 この様子ではヒミコの側にいる「ヒバリ」のことには気付いていないらしい。だが、それを話す必要はないと冥月は思っていた。それよりも、気になるのはその研究所の存在だ。
 もしかしたらナイトホークが最近「仕事の斡旋」を始めたのも、その存在を突き止めるためなのかも知れない。裏から情報を仕入れるには、自分から危険に近寄らなければならない。
「その研究所については私も調べてみよう。お前がどうなろうと知ったことじゃないが、香里亜には何の罪も関係もない…その辺りはナイトホーク、お前も気をつけてやれ」
 冥月がそう言うと、ナイトホークの表情が真剣みを帯びる。
「そうするよ。香里亜には何の関係もないし、巻き込む訳にはいかないからな」
 過去の清算というのはなかなか出来ないものだ。
 それはお互いよく分かっていた。東京に集まる者はそうやって色々な物を背負っている。
 だが、その背負っている物を少しでも軽くすることは可能なのだ。
「ところで香里亜はどこに行った?」
 そういえば、さっきまで冥月の隣で一生懸命林檎を握り潰そうとしていた香里亜の姿が見えない。二人が顔を上げる中、キッチンの方から声がした。
「呼びました?」
 そう言いながら香里亜がひょいと顔を出す。それと共に林檎とバターが焼けるいい香りが漂ってくる。ナイトホークはホッと一息つきながら、意地悪そうに香里亜を見た。
「香里亜、鍛えるのはやめたのか?」
 それを聞き、香里亜がいつものようにニコニコと笑う。
「ちょっとずつ鍛えようとは思ってますけど、今は自分の出来ることから始めようかなって…でも、取りあえず林檎が美味しそうだったんで、ケーキを焼いて冥月さんに食べてもらおうと思って」
 冥月とナイトホークが肩をすくめながら笑う。
 香里亜は鍛えている姿よりも、こうやってキッチンで料理をしている方が似合っている。
「じゃあ、そのケーキとやらが出来るまで待とうか。味に自信はあるんだろうな」
「はい!これには自信があります。待っててくださいね」
 この笑顔を曇らせることのないように。
 新しく入れられたコーヒーを飲みながら、冥月は来るべき敵を見据えそっと気を引き締めた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

◆ライター通信◆
蒼月亭へのご来店ありがとうございます。水月小織です。
コーヒーを待ちながら香里亜の唐突な頼みをきっかけに、ナイトホークの過去に迫っていくということで、色々とお話しさせていただきました。変化球で来ると警戒するのですが、ナイトホークの性格では直球だと素直に打ち返すようです。
そして香里亜は、結局林檎を潰すよりも料理する方に走ってしまいました。
リテイクやご意見はご遠慮なくお願いいたします。
また蒼月亭へのご来店をお待ちしています。