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夢の中の王子様 第四話
草間興信所。
「やぁ、ただいまっと」
武彦が興信所のドアを開いて中に入る。
その隣にはユリを背負った小太郎がいた。
後ろから黒・冥月と黒榊・魅月姫が続いていた。
「お帰りなさい、兄さん」
「武彦さん、みんな、お帰りなさい」
そこには零だけでなく、シュライン・エマの姿もあった。
オオタ製薬に赴く前、密かに武彦からシュラインに待機命令が言い渡されていたのもある。
「事務所のほうはどうだ? 変わった事はなかったか?」
「特にないわ。黒服の襲撃もなかったし、静かすぎて逆に気味が悪かったわ」
そう言って小さく笑うシュラインの表情には多少の安堵が現れていた。
無事そうな全員の様子を見て安心したのだろう。
「ちょ……ちょっと良いかな?」
武彦の影から苦しそうな小太郎の声が聞こえた。
「おぅ、忘れてた。ソファ、空いてるか?」
「私もシュラインさんも座ってないんですから、他には誰にも座りません」
「まぁ、そうだな。小太郎」
武彦に言われて、小太郎は背負っていたユリをソファに寝かせた。
「はぁ……はぁ……はぁ。案外、女の子って重たいんだな」
「おいおい、そんな事言ってたら嫌われるぞ」
それを横目に、武彦は所長の椅子に座ってタバコに火をつけた。
「ど、どうしたの彼女!?」
先程、全員無事そうだ、と思った矢先、眠っているユリを見て、シュラインは声を上げた。
「どうした……って言われてもな。ただ寝てるだけじゃないのか?」
軽い調子で武彦が答えるが、本当にそうなのだろうか……?
だが、武彦の方は本当にあまり気にしていないようで、やっと、今回の事件も片がついた、とドッカリと椅子に腰を下ろしている。
「さぁて、報酬はどうなるのかな」
「ユリから金を取るってのか!?」
「当たり前だろう……と言いたい所だが、この娘の不遇を考えると、今回はボランティアかもな」
自分の貧乏神具合を嘆いて、武彦はタバコの煙を一杯に吸いこむ。
「ったく、とんだ半日だったぜ」
「……兄さん、少しよろしいですか?」
「なんだ? お茶なら要らんぞ。まずはベッドで寝たいね」
「そうではなく、その娘なんですが……酷く存在が希薄です」
「……はぁ?」
いきなりの零の言葉に武彦は首を捻る。
語感の恐ろしさに、小太郎も零に眼を向けた。
「どういうことだ?」
「先程、ここにいた時よりも魔力が減っています。存在が揺らいでしまうほどに、生気が薄い」
「なんだと!?」
見た目には全く変わったところはない。
すごく安らかに寝息を立てている。
魔力を感知できそうな魅月姫に尋ねても、頷いて肯定した。
「助け出す時にも感じられたのですが、彼女の能力で感知しにくいだけだと思っていたのです。しかし、良く考えてみると妙です」
「妙、と言うと?」
「気絶した状態で能力が使えるとは考えにくいです」
確かに、興信所が襲撃された時、佐田が気絶しているユリの能力を使って見せた。
という事は彼女が佐田の能力を受け流せなかったという事だ。
魅月姫の意見も聞いた上で、零が説明を続ける。
「という事は、今、通常の状態で魔力が存在できるギリギリの状態まで少なくなっているという事です。このまま放っておくと、彼女は消えます」
「消える……? ど、どういうことだよ?」
小太郎が口を開いた。
零は逡巡した後、答えた。
「簡単に言えば死ぬという事です」
「な、なんだって!?」
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「どうやら、彼女の魔力が大量に吸われた事によって、彼女の存在が揺らいでいるようです」
「佐田がユリの力をギリギリまで吸った、って事か」
ユリが気絶している時、能力を使えないらしいことは前述したとおり。
興信所襲撃時にユリが気絶してから、そのまま目を覚まさなかったとすると、佐田はいつでもユリの力を吸収できた事になる。
「零、続けてくれ」
「はい。解決方法は幾つか考えられますが、最善で最速は奪われた彼女の魔力を奪い返す事です」
「そんな事が出来るのか?」
「佐田という男が吸収した能力を何か媒体に付与して能力を行使するなら考えられます」
零が回収した符を取り出してみせる。
「この符にもそうですが、佐田は誰かの魔力を何かに付与して使う能力を持っています。ユリさんから大量に吸われた魔力が何かに付与されている確立が高いでしょう。その魔力に多少の劣化はあるでしょうが、それをユリさんの体に戻せば、あとは自己回復できると思います」
「そういうことならまだオオタ製薬に残ってるかもな。IO2にはまだ通報してないから、今から戻るには多少心配もあるが……」
「下っ端どもは私がほとんど潰したからな。黒服の戦力はほとんど残っていないだろう。危険は少ないと思うが……」
冥月が言い加える。黒服たちを打ちのめした本人だ。間違いはあるまい。
小太郎もその場に居合わせたこともあり、頷いていた。
「俺も見てたよ。ほとんどの黒服は冥月姉ちゃんの影でぐるぐる巻きにされてた」
「……だが、私も黒服全員で何人居るのかはわからん。もしかしたら残存していた黒服が興信所に来るかも知れんな」
今、興信所にはユリがいるのだ。
先程、黒服たちが襲撃してきたのはユリが興信所に居たからだ。
その時の状況と被る点が多い。となると、もしかしたらユリを取り戻しに黒服たちが現れるかもしれない。
「その保険として、私が影の中にユリをかくまう事もできるが、どうする?」
影の部屋がアンチスペルフィールドで解除されないのは実験済み。
だとしたら黒服が襲撃してきてもユリは安全、という事になる。
「いや、大丈夫だろう。零も居るんだ。多分心配ないさ」
楽観気味の武彦。
それに反論しようとも思ったが、確かに、零の戦闘能力が信用できないわけではない。
雑魚である黒服が何人来ようと、多分大丈夫だろう。
「よし、大体方針は固まったな。その魔力を付与した物体を探すために魅月姫と冥月はついて来てくれ」
「わかった」「わかりました」
「は、早く行こう! ユリが死んじゃう前に!」
その内に小太郎が勢い良く立ち上がり、ドアに向かって駆け出していた。
「待て待て。走っていくより冥月か魅月姫の能力で移動した方が楽だぞ」
それを聞いて、小太郎はすぐに足を止めた。
傍らで冥月と魅月姫が能力の準備を始めていた。
「じゃあシュライン、零。ユリの事と事務所のこと、頼んだぞ」
「任せて」「はい、わかりました」
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「さて、と」
武彦たちが興信所を出た後、シュラインはすぐにIO2に連絡した。
今までの経緯を伝え、すぐに黒服たちを取り締まるように通報したところ、夜明けまでには準備が整うとの事。
証拠品としてユリの魔力を移し変えたであろう何かは押収されずに済みそうだ。
「次は、零ちゃん。クッションか何かなかったかしら?」
「確か、別の部屋に二、三個あった気がします」
言われて零は事務所を出て行った。
クッションを頼んだのはユリの体の負担を抑えるためだ。
かなり古いものである興信所のソファ。ソファとはいえ、座り心地はかなりダメだ。
皮の下にあるはずのクッションはかなりくたびれ、弾力をほとんど失っている。
この上にユリを寝かせていては多少不憫で、今の状態を考えれば予想よりも早く死んでしまいそうな気がしたのだ。
「身体も少し冷たい気がする……。何か上にかけるものがあった気がするけど」
そう言ってその辺を漁ってみると、またまた古いブランケットが二枚現れた。
それを窓の外で二、三振り。
そうすると埃が煙のように出てきた。
「わっ! ゲホッゲホッ!」
それを浴びてしまい、多少むせる。
このままユリの上にかけてしまっていたら、喉がやられそうだった。
「もう少しマメに掃除するべきかしらね……」
苦笑しながらも、ブランケットの埃を粗方払ってから、一枚をユリにかけた。
その時、零が帰ってきた。
「大体同じ大きさのものが三つありました。これでいいですか?」
「ええ、ありがとう」
零がクッションを三つ抱えていた。
色とりどりの大き目のクッション。
ユリの下に敷くには十分な大きさだろうか。
零にユリを持ち上げてもらい、シュラインはソファの上にクッションを敷いた。
その上にブランケットをかけ、大体の高さを誤魔化す。
「これで良し、と。後は……」
体の負担は大分減っただろうか。
後は魔力の不安が残る。
このまま魔力を放置していたら、武彦たちが帰ってくるまでユリの体が持つかわからない。
「興信所の常連の誰かがおいてった薬……まだあったかしら?」
「魔力補助の薬ですか? 冷蔵庫に保存してあったと思いますが」
零が答えて冷蔵庫を漁る。
そして取り出したのはペットボトルに入った妙な色の液体。
「一リットルペットボトルに一杯、か。これなら大丈夫そうね」
これで帰りを待つ準備は整った。
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人を待つ、と言うのは一種、戦いである。
それが少しの油断が命とりな状況であればなおさらである。
傍らには瀕死の少女。
それを助けるために出かけていった四人。
そして、嫌な予感がする。
これだけ切羽詰った状況で人を待つ、となると、それは自分との死闘になる。
人を待つのには、幾千、幾万の語を要す。
待つ以外に何も出来ない状況では、周りを取り巻く全ての状況が頭の中で実況されるのだ。
すぐ近くで聞こえる少女の吐息。
小さく聞こえる時を刻む時計の声。
姿勢を変える時に、自分の服が擦れる音。
風の流れる音。
遠くの通りを通る車の音。
偶に、人の声。
それらを一つ一つ理解し、言語に変換して頭の中に思い浮かべる。
そしてそれら一つ一つについて、何かを思い浮かべてしまう。
静かに眠っている少女も、実は死にそうであると言うのに、苦しそうな表情一つ見せない。
これが怪我や病気で死にそうなわけでなく、人知を超えた力によって死に瀕しているからだろう。
何処までも安らかに見える、少女の寝顔。
彼女が死にそう、なんて嘘のように思える。
コチリコチリと動く秒針。
この音は気にし始めると煩わしい。
何時までも何処までも、一定のリズムでコチリコチリと鳴く。
その一定さが冷たくて、非情の様に思えて、時と言うヤツの冷酷さを思い知らされる。
ふと時計を見上げると、武彦たちが出てからまだ十数分。
嫌な予感がする。
あの人たちに怪我がなければ良いのだが。
脚が疲れた。
ソファの傍らで、少女の手を握り、色々と呼びかけながらしゃがんでいるのだが、一つのポーズをとり続けるというのは兎角、疲れる。
しゃがんでいると足の裏が痛くなり、体重をかける足を交互に変えないとしゃがみ続けて入られない。
たまらなくなって、軸足を変える。
その時、服がすれてシュルリと音がなった。
それに気がついたのか、零が一瞬こちらに目を向けた。
だが、すぐに外に向き直り、襲撃に警戒する。
不意に、風がシュラインの髪を撫ぜた。
フゥ、と音が聞こえ、いつの間にか汗ばんでいたうなじに気持ち良い涼風が感じられる。
涼しい。
この涼しい風に乗って、武彦たちの状況が知れないだろうか?
それが出来れば、この不安も少しは楽になると思うのに。
考えを中断させるように、ブブーとけたたましい音がする。
通りを走る車がクラクションを鳴らしているのだろうか。
嫌な音だ。事故を連想させる。
自ら大型二輪を駆るシュライン。
このクラクションの音は嫌な馴染みがある。
道路を走っていると事故スレスレの出来事もときたまある。
その時に、決まって聞こえるクラクション。
先程から感じられる嫌な予感と相まって、とても不吉な音に感じられる。
「ユリちゃん、頑張りなさい。もうすぐ武彦さんたちが帰ってくるから」
少女の手を握り、彼女の黒髪を撫ぜながら言う。
まるで自分に言い聞かせるような口調になってしまった事に、多少恥ずかしくなる。
先程も興信所で四人の帰りを待っていたが、その時は安心して待っていられた。
その時はこの瀕死の少女も嫌な予感もなかったのだ。
今は四人の帰りが待ち遠しい。
まるで恋慕のようだ。
彼が来るのが待ち遠しい。
彼に会えば安心できる。
彼に会いたい。出来る事なら自分の足で会いに行きたい。
だが、今は無理だ。
今、自分が彼の許に行っても邪魔になるだけ。
邪魔になるなら待っていよう。
でも、待つのはとても苦しい。
そんな中高生の恋のようで、シュラインは小さく笑った。
時が進むたび、不安が募る。
時の冷たさは再認した。
だが、その冷たい時間が進まなければ、武彦たちは帰ってこない。
時の冷たさが温かく感じられるまで、まだ大分ある。
全てのものが、不安を煽る。
汚れた壁も、汚い床も、雑然とした机も、古びた椅子も。
少女の体を温めるブランケットも、彼女の体を受け止めるクッションも、飲みかけの紅茶も、紅茶に揺れる光も。
傍らに横たわる少女も、自分達を守ってくれる零も、果ては自分さえも。
何もかもが不安に変わる。
人を待つとは、多分、そういうことだ。
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「……大きな魔力が二つ、消えました」
「……え!?」
不意に、零が口を開いた。
今まで静かすぎたために、その声が妙に耳につく。
それに、先程から消えてくれない嫌な予感……まさか!?
「どうやら、佐田とその部下がやられたようですね。冥月さんと魅月姫さんの魔力は健在です」
「……はぁ、良かった」
「どうしました? 随分心労を募らせているように思えますが?」
「気にしないで。さて、勝ちが決まったなら紅茶でも淹れましょうか。ユリちゃんも大丈夫なんでしょう?」
「今の状態でもあと数十分は持つでしょう。薬が効いてるみたいですね」
そう言いながら零は台所へ入っていった。
「……ふぅ、よかった。嫌な予感、外れたみたいね」
そう言ってシュラインがため息を吐いたのも束の間。
零が慌てて台所から出てきた。
「しゅ、シュラインさん!」
「どうしたの!? 黒服が出てきた!?」
「お茶の葉がありません!」
「な……っ!?」
日が暮れる前に、シュラインが買いだしに行った時にリストにティーパックが含まれていたはずだが……。
「ああ! そういえば冥月さんに預けたままだった!」
「……帰ってくるまで、紅茶はお預けですね」
嫌な予感はこんな微妙なところで的中した。
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全員が興信所に集合する頃には、東の空が明らんでいた。
四人ともほとんど怪我は無く、腕の折れていた小太郎も、魅月姫から治療術を受けていた。
魅月姫は『治療術は得意じゃない』と言っていたが、全く何もしないよりはマシだった。
「ど、どうしたのよ、その腕!?」
シュラインは少し動揺したようだが。
「これをユリのおでこに貼り付ければ良いのか?」
「そうです。さぁ、早くしないと」
小太郎が魅月姫に確認を取り、手に持った符をユリのおでこに近づける。
持って来た符にはユリの魔力が大量に残っており、これをユリに戻せばユリは目を覚ますだろう。
「い、行くぞ」
何故だか妙に緊張している小太郎が、震える手で符をユリのおでこに貼り付けた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……目覚めませんね」
小さく笑いながら魅月姫が言う。
「そうだな。何か足りないのかもしれない」
冥月も笑いながら。
「……足りないものはないと思いますが……」
「零ちゃん、ちょっとしぃー」
シュラインのジェスチャーを受け、零は首をかしげながら口を閉じる。
「な、何が足りないんだ!?」
「おいおい、小太郎。昔話を聞いた事がないか?」
武彦の問いに、小太郎は首をかしげる。
「な、なんだよ? 昔話?」
「そうですよ。言ったでしょう? 姫を助けるのは王子の役目。眠り続ける姫を目覚めさせるためには、王子のキスが必要なのです」
魅月姫に言われて、その言葉をやっと理解した小太郎はボッと顔を紅くする。
「な、ななな、何言ってんだよ!? こんな時にふざけてる場合じゃないって!」
「ふざけてなんていませんよ。さぁ、早くしないと、ユリさん、このまま目を覚まさないかもしれませんよ」
「うっ……ぐぐ」
魅月姫だけでなく、冥月、武彦、シュラインからのプレッシャー。
顔を見れば楽しんでいるのはわかりきっているのだが、テンパっている小太郎はそれに気付かない。
一人、首をかしげている零は『もうすぐ起きるはずなのに』と首を傾げるばかりだった。
その内、小太郎は覚悟を決め、一度深呼吸をする。
「よ、よし」
気合いを入れて、ソファに寝転がるユリに顔を向ける。
そして、ゆっくり、ゆっくりと顔を近づけ……。
「……なにしてるの?」
「う、うわあぁああぁあ!?」
唇が着く前に、ユリが目を覚ました。
「な、な、な! あれぇ!?」
「っち、遅かったか」
「もう少しでしたのに、惜しい事しましたね」
「まぁ、子供をからかうのはそこまでにしなさいってことでしょ」
「あ、アンタらオニだよ!!」
からかわれた事に気付き、小太郎は一層顔を紅くした。
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「ユリ、体は大丈夫?」
「……うん、大丈夫」
興信所のあるビルの屋上。
朝焼けの赤い光が差し込む場所に、二人だけしかいない。
「あんま、無理すんなよ? 起きたばっかりなんだし」
「……うん、わかってる」
そして、しばし沈黙。
朝の空気は少し冷たく、気持ちがリンとする。
「……ねぇ、小太郎くん」
「ん? 何?」
「……どうして――」
どうして私を助けたの?
そう訊こうとしたのだが、それは何となく理解できた。
理由なんかない。
ただ、助けたいから助けた。
きっと、彼はそう答えるだろう。
「なに?」
「……ううん。私ね、夢を見てたの」
「夢? どんな?」
「……うん、私がね、誰かに捕まっちゃって、ずっと閉じ込められてたの」
「あ、ああ」
「……私、もう駄目だって思った。このままずっとこのままで、そして死んでいくんだ、って思った。でもね、そこに助けが来たの」
「ふぅん……」
「……私を助けに来た王子様はね、貴方みたいな小柄な王子様だったよ」
「そ、そう」
適当な受け答えしか出来ず、小太郎は頭を掻いて、ユリから顔をそらした。
それを見て、ユリは小さく笑った。
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その後、事件の後始末はIO2に任せ、ユリもIO2に保護される事になった。
最初、小太郎はそれに反対したが、佐田の言葉を思い出して黙った。
ユリの力は危険である。使い方を間違えれば、大量殺人を起こしてしまうのだ。
だったらIO2に保護してもらい、ちゃんとした能力の使い方を教えてもらう方が良いのだ。
一度、無意識の内に生気吸収を起こしてしまった事のあるユリだ。
何時暴走するかわからない。
制御の仕方を覚えるまで、人前に出るわけには行かない。
佐田に言われた時は反発できたが、改めて言われると反論できない。
それに優しい笑みを浮かべたユリに
「……大丈夫だから」
といわれ、小太郎はそれ以降黙った。
その小太郎はそれなりに能力の制御の仕方も知っているらしいし、精神状態も安定しているため、別な方法で処理となった。
「お〜い、小太郎〜。茶〜、茶淹れてくれ〜い」
「草間さん! 暇だったら自分で動けよ!」
「おいおい、丁稚の分際で大きな口聞くなよ」
言われて、っくと口篭る小太郎。
そう、今、小太郎は興信所で働いてるのだ。
ユリを助けた分の報酬として、小太郎が無償労働をする事になったのだ。
「師匠〜。何とか言ってくださいよぉ」
「……草間。茶ぐらいシュラインに淹れさせろ」
「はぁ!? なんでこっちに飛び火してくるの!?」
「……私が淹れてきます」
そう言って零が台所へ入っていった。
「師匠ねぇ、大した兄貴っぷりだな、冥月」
「誰が兄貴か!」
影のパンチが草間の頬を打つ。
いつの間にか小太郎が冥月の事を師匠と呼ぶようになっていた。
事件の時も色々と助言を貰ったし、これからも色々と技を盗むべし!
そういうわけで小太郎が勝手に呼んでいるだけなのだが、冥月も別に止めようとはしていなかった。
と言うのも、小太郎の無償労働を提案したのは冥月なのだ。
この事件を通して、小太郎に幾つか助言したことで、人を育てるという事の面白さを覚えたのかもしれない。
「あらあら、仲が良いわねぇ、武彦さん?」
「な、何で自然な動きでヘッドロックの構えなんだ!?」
「いえいえ、別に深い意味はないわよぉ」
シュラインのヘッドロックで武彦の頭蓋骨が軋む。
「……なんだか、殺伐とした仕事場だなぁ」
「そうですね。これでは落ち着いて紅茶も飲めませんね」
「う、うわぁ」
「こんにちは」
いつの間にか、魅月姫まで興信所に入ってきていた。
「落ち着いてはいられませんが、楽しくはありそうですよね」
「……まぁ、それは否定できないけど」
そう言って小太郎は自然に笑みを零していた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様、シナリオに参加してくださってありがとうございます! 『今回の連作で色々と勉強になりました』ピコかめです。
『……私を助けに来た王子様はね、貴方みたいな小柄な王子様だったよ』
この言葉を言わせたいがためだけに始めたシナリオでしたが、終わってみるともの凄くキャラに愛着が。(何
二話を納品するちょっと前に気付いたんですよ。
『ああ、草間さんなら待ってろって言いそうだな……』とか。
でも、俺がお客様の参加、不参加を制限するなんて出来るわけがないんで、そんな文章は省きました。
も少し考えてプロット組めばよかったぜ。
あと、今回は荒事全くなしの興信所待機の描写になりました。
ちょっと畑が違うみたいで、悩んだと言えば悩みましたが、これはこれで良い経験になったと思います。
ともあれ、本当にありがとうございました。
気が向いたら、次回も是非!
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