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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


そうだ花火でも見に行こう

 珍しくテレビを食い入るように見ている草間武彦を見て、草間零はおかしくなった。
 事務所のソファーに腰掛け、目の前のテーブルにはビールと枝豆。しかも草間が見ているのは隅田川の花火大会の中継であった。これで浴衣でも着ていれば、完全に夏といった風情である。
「お兄さん、花火が好きなんですか?」
 新しく茹でた枝豆を盆に載せて持ってきた零が、草間の正面に座りながら訊ねた。
 缶ビールを口に近づけていた草間は、突然の質問に驚いたような表情を見せたが、やがて微妙な顔つきになった。
「いや、特に好きというわけじゃないんだが、見ると夏って気はするな」
「じゃあ、花火大会も見に行ったりするんですか?」
「そういえば、見に行ったことはないな」
 隅田川にしろ、多摩川にしろ、花火大会というものを見物したことがないことを草間は思い出した。
「じゃあ、みんなで見に行きませんか?」
 そう言って零は1枚のチラシを草間に見せた。それは長野県の諏訪湖で開催される花火大会の案内であった。東京の隅田川、新潟の長岡に負けず劣らず、長野の諏訪湖も花火大会の名所として近県に名を知らしめている。
「どうしたんだ、これは?」
「商店街の人に券をいただいたんです。奥さんの実家が、そちららしくて」
 零は券を見せた。それは升席の指定席で、買えばかなりの値段がすることは草間も知っていた。
「そうだな。久しぶりにみんなを誘って行ってみるか。あの辺りは温泉もあったから、1泊か2泊、してくるのもいいかもしれないな」
 そんなわけで草間は知り合いに声をかけて長野県まで足を伸ばすことにした。忙しいにも関わらず、碇麗香らアトラス編集部の面々、夏休みということで瀬名雫なども参加することとなった。
 花火大会は8月15日。
 楽しい旅行になりそうだ、と零は胸を弾ませた。

 当日は道が混むということで前日の14日に東京を出発することになった。
「これで全員か?」
 どことなく遠足前の子供のように弾んだ声で草間が誰ともなしに言った。
 事務所の前に止められたマイクロバスの周辺には、10人を超える人間がいた。
「麗香さんのところが3人。雫ちゃんところが2人。ウチが3人で、あとは高遠さんにジェイドさん、ジェームズね」
 まるで点呼を取るかのようにシュライン・エマが言った。
 その横では瀬名雫と影沼ヒミコが楽しげに話しながらマイクロバスのトランクルームに荷物を放り込んでいる。
「たまには、こういうのもいいですね」
 ジェームズ・ブラックマンが荷物をトランクに置きながら言った。
「そうだなあ……骨休めってヤツ?」
「旅行も久しぶりですしね」
 ジェームズの言葉を受けてジェイド・グリーンと高遠弓弦が応じた。
「ほら、さっさと運びなさい」
 そんな麗香の指示で大量の料理を持った三下が事務所とマイクロバスを何度も往復していた。
 マイクロバスの後部座席は、くつろげるようにサロン席となっている。
 サロン席のテーブルには、零とシュラインが朝早くから作った料理やつまみ、そして大量のビールや焼酎、日本酒などが並べられていた。
「武彦、誘ってくれてアリガトね」
 夏というせいか、いつもよりさらに露出度の高い服を着たヴィヴィアン・ヴィヴィアンが草間に微笑んだ。
 その服装を見たジェイドが若干、顔を赤くする。
「そろそろ準備も終わりそうだから、みんな乗っておいて。わたしは零ちゃんを呼んでくるわね」
 そう言ってシュラインは事務所へと上がって行った。
「楽しみですね」
 弓弦の言葉にジェイドが嬉しそうにうなずいた。
「三下くん。あなた、運転しなさい」
「えっ……?」
 麗香の死刑宣告にも等しい言葉に、三下の動きが固まった。

 盆休みということもあり、中央自動車道は混雑していた。
 それでも八王子料金所を過ぎると甲府方面に向かう下り車線は徐々に空き始め、一行は上り車線の大渋滞を横目にバスの中で大宴会を繰り広げていた。
「いやー、混んでますね」
 面白そうに反対車線を眺め、缶ビールを片手に握ったジェームズが言った。
「あっ、それロン。清一色のドラ2ね」
「うそぉ、またぁ?」
 前のほうの席からは、ヴィヴィアンの宣言に雫が悲鳴を漏らすのが聞こえた。
 補助席を卓にして、ヴィヴィアンと雫、桂とヒミコが麻雀に興じている。
「マージャンて、面白いね」
 笑いながら言ってヴィヴィアンが冷酒に口をつける。
 雫からルールを教えてもらいながら遊び始め、最初は負けっぱなしだったヴィヴィアンだが、慣れてくる従ってヴィヴィアンの連勝が続いていた。
「ジェイドさん、これ食べますか?」
「あ、うん」
 弓弦がフォークに刺した唐揚げを口許へ運ぶと、ジェイドは照れくさそうにしながらも唐揚げをほおばった。
「コレ、美味いよ」
 咀嚼しながらジェイドが言うと、シュラインが嬉しそうに頬を緩めた。
「あら、ありがとう。味付け、濃くなかったかしら?」
「いや、ちょうどいいですよ」
「そう。良かった」
 サロン席は大きく2つに別れていた。ジェイド、弓弦ら若者組と、草間、ジェームズらの年寄り組だ。
 明確な線引きがあるわけではなく、未成年だからといって飲酒を禁止するような頭の固い大人がいるはずもないのだが、その会話の内容からそんなふうに分けられていた。
 年寄り組の中でも、特に草間と麗香はかなりの酒が入っていた。酔っている様子はなかったが、いつもより顔は赤くなっている。
「ジェームズ、飲んでるか?」
「ええ、いただいています」
 若干、絡み酒のようにもなっている草間に苦笑を漏らし、ジェームズは草間のグラスにウィスキーを注いでやった。
 草間と麗香は早くも缶ビールではなくウィスキーに移っている。
 そうこうしているうちにマイクロバスは山間部に入り、小休止をするために談合坂サービスエリアへと寄った。

「ここまで来ると、東京を離れたって感じがしますね」
「そうね。こんなに近くで山を見たのは久しぶりだわ」
 零の言葉にシュラインがうなずいた。
 雫やヒミコは真っ先にショッピングコーナーに向かい、嬌声を上げながら土産品を選んでいる。
「お疲れさま」
 シュラインは東京からずっと運転手をしている三下に缶コーヒーを差し出した。
「あ、ありがとうございます」
 三下は駐車場の脇にあるベンチに腰掛け、心なしかげっそりとしていた。その隣では草間がマルボロを吹かしている。
「ごめんなさいね。誘ったのに、こんなことさせてしまって」
「いえ、気にしないでください。このメンバーじゃ、運転できるの僕だけですから」
 苦笑いしながら言って三下は缶コーヒーに口をつけた。
 無論、草間やジェームズ、ジェイドら男性陣は免許を持っている。しかし、3人ともアルコールが入っているため運転することはできそうにもなかった。
 また、三下にとっては仕事以外でも麗香の命令は絶対であるようだった。
「エマ。面白いのあったんだけど、買ってかない?」
 ショッピングコーナーでなにかを見つけたらしく、ヴィヴィアンがシュラインを呼んだ。
 シュラインは空を見上げながら煙草を吸う草間を三下に任せ、ヴィヴィアンの許へ向かった。
「武彦。コーヒー、飲みます?」
 それと入れ違いにジェームズが近寄ってきた。差し出された冷たい缶コーヒーを受け取り、草間はジェームズを見上げた。
 草間や麗香に付き合い、かなりの量を飲んでいるはずだが、ジェームズはいつもと変わらないようにしか見えない。
「ちょっと飲みすぎじゃありませんか? 今からそんなに飲んでいては、宿に着く頃には酔いつぶれてしまいますよ?」
「わかってる」
 苦笑いを漏らしながら草間は答えた。
 今日のメンバーにはザルが多すぎる。麗香にしろ、ヴィヴィアンにしろ、そうした人間に付き合っていては自分の身が持たないことを草間は痛感した。
 ジェームズは意外な感じがした。特別、長い付き合いというわけではないが、これほど子供のようにはしゃいでいる草間を見るのは初めてという気がしていた。
 一方、ショッピングコーナーでは雫とヒミコが大量の菓子を買い、ヴィヴィアンとシュラインが新しいつまみを探していた。
 そして、土産コーナーではジェイドと弓弦が菓子折りを見ていた。
「これなんか、お土産にいいんじゃないかな?」
「そうですね。帰りまで持ちそうですね」
 その姿はまさに仲睦まじいカップルであり、さすがに邪魔ができそうな雰囲気ではなかった。2人はいくつかの土産を選び、ジュースなどを買ってバスへ戻った。

 マイクロバスが諏訪インターを下りたのは正午を少し回ったところだった。
 インター前の交差点を左折し、国道20号線のバイパスを湖畔へ向かって進む。
「うわあ……」
 しばらくして諏訪湖が見え始めると、雫が感嘆の声を漏らした。
 湖を左手に見ながらバスは湖岸通りをゆっくりと走る。たいして広くない道路の両脇には、明日の花火大会に備えて大量のテキヤが軒を連ねている。
 諏訪地方最大のイベントであるだけに、日本全国から集まってくるのだ。
「あ、わたがし」
 わたがしと書かれた幟を見つけたヴィヴィアンが言った。
「あとで買いに来ましょう」
 寄りたそうにしているヴィヴィアンに零が告げた。
 湖の東側から北側にかけて諏訪湖に沿うようにして走る湖岸通りには多くのホテルや民宿がある。
 しかし、普段は閑古鳥が鳴いているようなホテルも、この花火大会がある前後だけは満室となり、1年前から予約しておかなければならない。
 つい数日前に思いつきで諏訪湖行きを決めた草間たちが、そうした湖畔沿いのホテルに泊まれるはずもなく、バスはホテル街を通過して上諏訪の町中へ入った。
 一行が泊まる旅館は上諏訪の温泉街にあった。観光客を目当てにした土産物屋や施設も見られるが、旅館の周辺は住宅が建ち並んでおり、観光地に来たという実感が湧かない。
「ようやく着いたー!」
 旅館の駐車場にバスが止まると同時に、雫は我先にと飛び降りた。それにヒミコとヴィヴィアンが続き、旅館へ駆け込んで行く。
「ちょっと、雫ちゃん!?」
 シュラインが慌てて3人の後を追った。その姿はまるで引率の先生といった感じだ。
 そんなシュラインの後ろ姿を見て草間は苦笑を漏らした。
「ほら、武彦。笑ってないで、荷物を運んでください」
 トランクルームから荷物を取り出しながらジェームズが言った。
「酔っ払いに、そんな重労働させるなよ」
「そんなの知ったことではありませんよ。少しは三下くんを見習って働きなさい」
 不満そうな表情をしている草間にジェームズは誰かのボストンバッグを放り投げた。草間はバッグを受け取り、不承不承といった様子で荷物を旅館へ運んだ。
 話の種にされた三下は、酩酊状態と言っても良い麗香を車内から引っ張り出して「大丈夫ですか」と声をかけている。
「すごい。空が青いですね」
 バスから降りた弓弦が、空を見上げて驚いたように言った。
 確かに東京で見る空とは明らかに違う。どこか灰色がかった青をした東京の空とは異なり、水色の澄んだ空が広がっている。
 そんな些細なことに感動する弓弦を見て、ジェイドは微笑を浮かべた。

 ドンッ!!
 大部屋で女性陣がくつろいでいると、窓の外に大輪が花開いた。
「あれ? 花火だ!」
 それを目ざとく見つけて雫が窓へ駆け寄る。
「本番の1週間前から、練習として30分ばか上げるんだよ」
 夕食の片づけをしていた仲居が部屋にいた全員に聞こえるように言った。
 時刻は午後8時半。明日の花火大会に備え、9時まで打ち上げ花火が続く。
「ちょっと湖畔まで出てみませんか?」
 弓弦の提案で女性陣は旅館からすぐのところにある湖畔通りへ出ることにした。
 男性陣にも声をかけようかという意見もあったが、風呂に行ってしまったので、わざわざ邪魔をすることはないだろうということになった。
 湖畔通りにある歩道には、花火を見物するために周辺のホテルなどから多くの観光客が出てきていた。
 本番は明晩だが、いくつか出店も営業している。
「あ、たこやき!」
 そんな声を上げつつ雫が出店へ駆け寄る。
 その後ろ姿を眺めながらシュラインが苦笑を漏らした。
「まだまだ、花より団子といった感じね」
「そうですね」
 シュラインの言葉につられて弓弦や麗香も苦笑いを浮かべた。
「気持ちいいね」
 湖を渡ってくる風を感じてヴィヴィアンが言った。
 昼間は多少、暑い気もしたが、この時間にもなれば肌寒いくらいに涼しい。
 盆地ということで暑さを覚悟していたが、標高が高いせいもあってか、思っていたよりもはるかに過ごしやすい。
「りんごあめー!」
 歩道を歩くシュラインや弓弦の脇を、いつの間に買ったのか、わたあめの袋やチョコバナナを抱えた雫が走り抜けた。
 その後ろを雫の財布係となったヒミコが慌てて追う。
「これなら浴衣、着てきても良かったですね」
「そうね」
 零の言葉にシュラインが答えた。
 花火大会が明日と考えていたため、まだ浴衣を出しておらず、普段着のまま旅館から出てきてしまったのだ。
「でも、楽しみは明日にとっておきましょう」
 にこやかに言った弓弦の言葉に全員がうなずいた。
「それにしても、タケヒコたちは平気かな?」
 ふと旅館のほうを振り返ってヴィヴィアンが言った。
「大丈夫じゃないかしら? 1番の元凶は、ここにいるしね」
 そう答えてシュラインはこっそりと隣を歩く麗香に視線を向けた。
「あら? それはどういう意味かしら、エマさん?」
「深い意味はありませんよ、麗香さん」
 苦笑を漏らしながら答えたが、とりあえず麗香を草間から離しておけば、そうそう飲みすぎることもないだろう、とも思っていた。
 バスの中での飲みっぷりを見る限り、今回のメンバーの中で最も酒豪で、タチが悪いのは麗香だった。酔うと、まず草間に酒を勧める。そして強引に飲ませる。
 麗香自身は不思議と酔いが醒めるのも早いが、草間は酒に酔っているのか、バスに酔っているのか判別が難しい状態であった。
「あれ?」
 その時、ヴィヴィアンが驚いたような声を上げた。
「雨?」
 顔に当たった水滴を拭い、空を見上げると、蓼科のほうから雲が湧いてきていた。
 空から落ちてくる水滴は徐々に数を増やし、それは瞬く間に路面を濡らした。
「雨ですね」
「濡れる前に、帰りましょう」
 名残惜しそうに湖のほうを眺めながら一行は旅館へ引き返した。

「麗香に付き合ってると、身が持たないな」
「あの人はザルですからね」
 湯に浸かりながら、げんなりとぼやいた草間に、ジェームズが答えた。
「そう考えると、三下くんも大変ですね」
「そんなことないですよ。慣れてますから」
 肩まで湯に浸りながら三下が小さく言った。外せば良いと思うのだが、見えないという理由だけで三下はメガネをかけたまま入っている。
 女性陣を部屋に残し、男たちは旅館に備え付けられた露天風呂にきていた。
 周囲を民家やビルに囲まれているので、露天風呂もどうかと思っていたのだが、植木や簾などで目隠しをしてあり、なかなかどうして風情を醸し出している。
「気持ちいいッスねー」
 風呂の中央にぷっかりと浮かびながらジェイドが言った。
「弓弦ちゃんには、とてもじゃないが見せられない姿だな」
「そうですね」
 そんな2人の言葉にジェイドが慌てて姿勢を正す。
「ゆ、弓弦ちゃんは関係ないでしょ!?」
「いやー、100年の恋も冷めると思うぞ?」
 意地の悪そうな笑みを浮かべて草間が低く笑った。
「そういう草間さんはどうなんですか!?」
「ん? 俺はボチボチとだな……」
 仕返しとばかりに発せられたジェイドの言葉だったが、草間は我関せずとばかりに手拭いで顔を拭きながらごまかした。
「我々の歳になると、そうそう着飾ったりしなくなるものなんですよ。ミスター・グリーンもそのうちわかるようになります。ねえ、武彦?」
「おまえ、微妙に嫌なこと言うね」
「そうですか?」
 ジェームズは笑った。
 その時、不意に夜空へ花火が開いた。
「あれ? 花火大会って明日じゃなかったっけ?」
「さっき、旅館の人に聞いたんですけど、練習をかねて1週間前から30分ばかり上げているそうですよ」
 ジェイドの疑問に三下が答えた。
「温泉に浸かりながら花火を愛でる。風流ですね。これで熱燗でもあれば、文句はありませんが」
 建物の隙間から見える花火に目を向けつつ、ジェームズが言った。
「俺、持ってきましょうか?」
「いや、もう今日は飲めないって……」
 ジェイドの申し出に草間が苦笑で答える。
「まあ、楽しみは明日へ取っておくということですね」

 翌日は朝から快晴だった。
 旅館から湖畔通りへ出ると、早くも場所を確保しようとする人間たちで辺りは溢れ返っていた。
 草間たちは指定席を確保してあるため、慌てる必要はないが、この混雑を見る限り、車でどこかへ出かけることはできそうにもなかった。午後からは交通規制もかかる。
「どうしましょうか?」
「花火まで、まだ時間もあるしなあ……」
 人の多さに、ややうんざりとしたように草間が言った。
「武彦さん。近くに美術館があるから、そこに行かない?」
「えー? 美術館なんてツマンないからヤだよー」
 シュラインの提案に雫が不平を漏らした。
「なら、時間もあるし、別行動ってことにしませんか?」
 弓弦の言葉でそういうことになった。
 草間、シュライン、ジェームズ、ヴィヴィアン、麗香、三下は美術館へ行くことになり、ジェイド、弓弦、雫、ヒミコ、桂は出店を回りながら湖の周りを探索することにした。

 草間ら、通称「年寄り組」がまず訪れたのは湖畔にある諏訪北澤美術館の本館であった。
 基本的にガラス工芸、ガラス細工などを展示している北澤美術館だが、期間限定で長野に縁のある日本画家の絵も飾られていた。
 日本画も独特な線の細やかさ、タッチの美しさなどが目を惹いたが、なによりもガラス細工の煌びやかな色彩に一同は魅了された。
 ガラスの美しさを堪能した一行は、その流れも手伝って北澤美術館の新館、通称「ガラスの里」へ移動した。
 こちらにはエミール・ガレ作のフランスの薔薇などといった名立たるアール・ヌーヴォーの作品が並べられている。
「素晴らしいですね」
 ジェームズの口から感嘆の声が漏れた。
 そのまま館内を進み、日本最大級ともいわれるガラスショップに入ると、女性たちの目が輝きだした。
「タケヒコ、これ欲しい!」
「武彦さん。事務所に、これなんかどうかしら?」
 そんな感じで次々と連れ回されるものだから、草間としては堪らない。しかし、文句を言わない辺りが草間らしいともいえた。
「武彦。先にレストランへ行ってますからね」
 半ば女性陣に翻弄されている草間に声をかけ、ジェームズや三下はレストランへと向かった。

 学生連中のお目付け役に任命されたジェイドであったが、約1名の圧倒的なパワーを侮っていたと、早くも後悔しそうになっていた。
 とにかく良く動き回り、落ち着きがなく、少しでも目を離すとどこへ行ってしまうかわからないといった状態であった。
 それでも、こんな時でもなければ弓弦と湖畔を歩く機会もないため、ジェイドの頬は少し緩んでいた。
「大丈夫ですか?」
 そんなジェイドを気遣って弓弦が近くの自販機で買った缶ジュースを渡した。
「ありがと。弓弦ちゃんこそ、平気? 暑くない?」
「はい。わたしは大丈夫です」
 そんな会話を交わしながら2人は歩道沿いに並ぶ出店を覗きながら雫たちの後を追う。
「ジェイドさん、かき氷食べませんか?」
「そうだね。暑いし、食べようか」
 2人はかき氷の屋台を覗き込み、なんの味にするかを話し合う。
 だが、出店で立ち止まったジェイドたちを目ざとく見つけ、雫が引き返してきた。
「なになに? かき氷?」
「雫ちゃんも、食べる?」
 弓弦の言葉に雫は満面の笑みを浮かべて元気良くうなずいた。
「じゃあ、3つ……いや、やっぱ5つね」
 雫だけでなく、その後に続く期待のこもった視線を受けて、ジェイドは苦笑を漏らしながら注文を訂正した。

 花火の時刻が近づくにつれ、諏訪湖の周囲には埋め尽くさんばかりの人間で溢れ返っていた。
 身動きが取れなくなる前に民宿を出た草間たちは、湖畔に設けられた升席に陣取っていた。
 それぞれに、お気に入りの浴衣を着ている。
 ジェームズは黒紬。帯は薄い灰色。
 シュラインは黒地の染めに白の古典的な百合柄で、帯は淡い色の半幅帯。
 ヴィヴィアンは薄い赤地に、やはり白の朝顔が咲いている。
 ジェイドは薄縁に夏草模様。薄い黄色の帯。
 弓弦は薄桃色に小花散らしといった風情だ。
 草間と零もシュラインが選んだ浴衣をそれぞれ着ている。
 麗香は紺色に花火柄。三下は白。ヒミコは落ち着いた色の島紬で、桂は浅葱色。
 雫は白の浴衣だが、なぜか背中に「祭」と大きく刺繍が入っている。どうも、なにかを勘違いしているようだ。
 日が落ち、暑さが引いてくると、湖畔のあちこちに設置されたスピーカーから開始のアナウンスが響いた。
「お、始まるみたいだぞ」
 草間の言葉が終わらないうちに、最初の1発が打ち上げられた。
 それは夜空に大輪の花を咲かせ、光の粒となって消える。
 と同時にスピーカーから音楽が流れ出し、それに合わせて次々と打ち上げが続く。
「うわあ、綺麗だねえ……」
 空を見上げながら雫が言った。
 ドン! ドン!
 全身を揺さぶる轟音を感じながら、麗香は早くも手酌で酒を飲んでいた。
 そんな麗香を苦笑しつつも、草間やヴィヴィアンも缶ビールを開ける。
「まあ、日頃のお疲れさまってことで……」
 かんぱーい!
 それぞれが手に持った缶ビールや缶ジュースなどを合わせると、熱気を打ち払うかのように中身を呷った。
 各々の花火師が工夫を凝らした花火が夜空を彩る。
「ああ、これぞ日本の夏といった感じですね」
「おまえ、ホントに日本人じゃないのか?」
 ジェームズの言葉に草間が半眼で言うと、周囲から笑いが漏れた。
「まあまあ、とりあえず1杯」
 ヴィヴィアンが草間の紙コップになみなみと冷酒をそそぐ。
「ああっ、そんなに飲ませちゃダメよ」
 それを見たシュラインが少し狼狽したように声を漏らした。
「え? でも、駆けつけ3杯っていうんでしょ?」
「いや、それは少し意味が違うような……」
 誤った知識を披露するヴィヴィアンに、ジェームズが突っ込みを入れる。
「綺麗だね、弓弦ちゃん」
「そうですね」
 肩を寄せ合い、ジェイドと弓弦が仲良く空を見上げていると、横合いからジェームズが口を挟んだ。
「でも、弓弦ちゃんのほうが綺麗ですよね?」
「うん……って、ジェームズさんっ!?」
 不意打ちに思わずうなずいてしまったジェイドであったが、その言葉に顔を赤くした。思わぬジェイドの言葉に、弓弦も顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
「こらこら、若者をからかうもんじゃないぞ」
「いえ、ついね」
 草間に注意され、ジェームズは苦笑を漏らした。

 花火大会も佳境に差し掛かり、湖上スターマイン、そしてナイアガラを残すだけとなった。
「ねえ、お兄さん。せっかくだから、写真を撮りませんか?」
「お、そうだな。記念に撮るか」
 零の提案で集合写真を撮ることにした。
 隣の升席にいた家族連れにシャッターを押して欲しいと頼むと、快く了解してくれた。
「並び順はどうしよっか?」
「適当でいいんじゃないです?」
「また、そんなこと言っていいんですか? それなら私が弓弦ちゃんの隣を奪っちゃいますよ?」
「そ、それは困ります」
 からかわれていると理解しながらも、ジェイドはジェームズに言った。
 結局、前列に左から桂、零、雫、ヒミコと並び、後列は左から三下、麗香、ジェームズ、シュライン、草間、ヴィヴィアン、弓弦、ジェイドとなった。
「三下さん、麗香さんのこと、支えておいてくださいね」
「は、はい」
 ほぼ酔い潰れている麗香を支えながら三下が答えた。
「じゃあ、いきますよー?」
 隣席の男性が声をかけ、全員がフレームに収まるように近づく。
「ハイ、チーズ!」
 こうして湖と湖上スターマインを背景に記念撮影が終わった。

 後日。
 東京へ戻った零は、近所の写真屋に預けていたフィルムが現像できたので受け取りに行った。
 店を出たところで写真を見て、思わず零の口許に笑みが浮かんだ。
 みんな良い顔をして笑っている。
 ふと心が温かくなったような気がした。
「そうだ。焼き増しして、みんなに配らないと」
 思い立ち、零は写真屋へ引き返した。
 ある夏の日の、良い思い出だった。

 完


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 0322/高遠弓弦/女性/17歳/高校生
 4916/ヴィヴィアン・ヴィヴィアン/女性/123歳/サキュバス
 5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??
 5324/ジェイド・グリーン/男性/21歳/フリーター…っぽい(笑)

 NPC/草間武彦/男性/30歳/草間興信所所長、探偵
 NPC/草間零/女性/不明/草間興信所の探偵見習い
 NPC/碇麗香/女性/28歳/白王社・月刊アトラス編集部編集長
 NPC/三下忠雄/男性/23歳/白王社・月刊アトラス編集部編集員
 NPC/桂/不明/18歳/アトラス編集部アルバイト
 NPC/瀬名雫/女性/14歳/女子中学生兼ホームページ管理人
 NPC/影沼ヒミコ/女性/17歳/神聖都学園生徒

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■         ライター通信          ■
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 はじめましての皆様。九流翔と申します。
 そして毎度、ご依頼くださる皆様。今回もご依頼いただきありがとうございます。
 遅くなりまして申し訳ありません。長々となってしまいましたが、花火大会はいかがでしたでしょうか?
 花火大会そのものよりも、その前段階のほうが長くなってしまいました。
 では、またの機会によろしくお願いいたします。