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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

 月のない夜だった。
 普段なら風の音や街のざわめきなどが聞こえてくるはずなのに、白鋼 ユイナ(しろがね・ゆいな)とナイトホークがいる辺りだけは不気味に静まりかえっている。
 風もなく生ぬるい不快な温度と、鼻をつくような生臭い匂い。
「ああー嫌だ嫌だ。ここまで来といて何だけど、家帰って酒飲んで寝たい」
 そんな事を言いながらも、ナイトホークの肩からは古めかしい銃剣が下げられていた。ユイナは自分の着ている黒いジャケットの下にある銃の重さを確かめながら、ナイトホークの方をじっと見る。
「その銃剣ずいぶん古そうだけど、大丈夫なの?」
「ん?メンテはちゃんとしてるし、持ち手が木じゃないと何か落ち着かない。それに俺、銃剣以外上手く扱えないんだ」
 そう言いながらもナイトホークは溜息をついた。何故自分が銃剣を上手く扱えるのかは覚えていないが、今は何でもいいから使えるものは使いたい。
 今から二人で始めるのは『危険な仕事』なのだから…。

 その少女が蒼月亭にやってきたのは、ある雨の夕方のことだった。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 黒い髪に赤い瞳、中性的な細身の体に、やや無表情気味のその少女は迷わずカウンターに座り、注文より前にこう言った。
「貴方がマスターのナイトホーク?」
「そうだけど、どちら様?」
 いきなり名前を問われるとは思わなかった。煙草をくわえながらナイトホークが肩をすくめると、少女は胸元から一枚の封筒を差し出す。
「私は白鋼 ユイナ…この封筒を篁(たかむら)コーポレーションの『Nightingale(ナイチンゲール)』から預かってきたわ」
 ユイナからその名を聞き、ナイトホークはあからさまに顔をしかめた。
 篁コーポレーションとはナイトホークへよく仕事を回してくれるお得意様だが、ただそれだけの関係ではない。第二次大戦後ぐらいから懇意にしている会社で、ナイトホークの「体質」についても知られている。
 そしてその会社が持っている『Nightingale』とは、そこの若き社長である篁 雅輝(たかむら・まさき)が個人で持っている特殊機構だ。
 ありがたくないことに、ナイトホークもその組織に関わりがあった。長く生きていると、こうやって長い物に巻かれなければならない事もあるのでそれは仕方がないのだが、電話ではなくこうやって封書で来る依頼は、大抵厄介なものと相場が決まっている。
「見なかったことにして捨てたいけどなぁ…取りあえずご注文は?」
 溜息をつきながら封筒を受け取るナイトホークに、ユイナはぼそっとこう言った。
「ブレンドを。ここのコーヒーは研ぎ澄まされたような味がすると聞いているから」

 煙草をくわえ、煙と共に溜息をつきながら封筒の中身を見ているナイトホークを前に、ユイナは出されたコーヒーを飲みながら自分が受けた依頼を思い出していた。
「東京の地下道に、第二次大戦中に放棄された研究所に繋がる道が見つかった。そこには研究所と共に放棄された化け物が残されているという調査結果が出たから、それを『蒼月亭』にいるナイトホークという名の男と共に退治してきて欲しい。この封筒を渡してくれれば分かるから」
 『Nightingale』経由で、この店には色々な人間が訪れていることは知っていた。
 今までもユイナはそこから渡された依頼をやっているが、誰かと一緒にと言うオーダーは初めてだ。何故自分一人ではなく、ナイトホークという男と一緒にやらなければならないのか。そうユイナが問うと、依頼を直接出した篁は椅子に座った足を組み、溜息をついて少し微笑んでこう言った。
「戦中の研究所に関わる事は全て彼に回すことにしているんだ。一緒に組めないなら仕事だけを彼に回す」
 ユイナはそれ以上は聞かず、それをナイトホークと共に仕事をすることにした。細かいことを聞いても篁はおそらく答えないだろうし、最後に言われた言葉が気になったからだ。
「彼が入れるコーヒーは、研ぎ澄まされたような味がするから飲んでおいで。それと……」

「………」
 確かに篁が言った通り、ナイトホークが入れたコーヒーは美味しかった。
 苦みや酸味の中に感じる研ぎ澄まされた味…それを味わっていると、ナイトホークが封筒を折りたたみ、シャツのポケットにしまい込んでいる。
「改めて挨拶しとくかな。俺はここのマスターのナイトホーク。マスターでも何でも好きに呼んでいいよ。あんたのことは何て呼べばいい?」
「名前で…このコーヒー、美味しいわ」
 そう言うと、ナイトホークが初めてユイナの前で笑みを見せた。
「ありがとう、そう言ってくれると嬉しい。仕事のことだけど、曜日だけ指定していい?」
「私はいつまでとは特に言われなかったから、ナイトホークの都合がいいときで」
 持っていたカップを置き、ユイナは目の前に出されていたクッキーを手に取った。
 雨はまだ降り続いていて、時折強くなるのか店内にまで雨音が響き渡ってくる。
「店休みたくないから、土曜から日曜にかけてで。店が終わってからになるから深夜になるけど、大丈夫?」
 依頼も重要だがこの店を大事にしたいのだろう。それについては全く構わなかった。それにそもそもこういう仕事は真夜中の方がやりやすい。
「分かったわ。今週の土曜にまた来るから、よろしくお願いね」
「こちらこそ」
 そう言って握手のために差し出された右手を、ユイナはしっかりと握った。

 地下道の中は時間が止まってしまったように、ひんやりとした空気が漂っていた。何かを運搬するためにでも使っていたのか通路はかなり広く、ナイトホークが銃剣を振り回したりしても窮屈ではなさそうだ。
 その中を二人は灯りも付けずに進んでいく。
「私は暗くても平気だけど、ナイトホークも大丈夫なの?」
 ユイナの質問に、ナイトホークは闇の中でニヤッと笑う。
「『夜』って入った名前だからな、暗いところでも基本的に灯りは必要ない。ちょっといいか?」
 そう言うとナイトホークは上着の胸ポケットからマッチを出し火を付けた。どこからか風が入る場所があるのか、炎が少し揺らめく。
「酸素は充分あるみたいだな」
 マッチの端を弾くと、また辺りが暗闇に包まれた。つかず離れずの距離で進みながら、ユイナはナイトホークに話しかける。
「篁とナイトホークは友人なのかしら」
「んー…友人というか、因縁のある関係かな。色々世話になってるし、あの人と繋ぎを取っておかないと色々困ることも…」
 そう言った途端、ナイトホークは足を止めた。
 錆びた扉が目の前にあらわれ、それが行く手を阻む。扉の上にはプレートがあったようだが、時間の経過ですっかり腐食していて文字を読み取ることすら出来ない。その代わりに、一枚の札が何かを封印するように貼られており、それが鍵の役目を果たしているのだろう。
 そしてユイナもナイトホークも気付いていた。
 扉の向こうに何かいる…その不気味な気配と殺気が扉越しに伝わってくる。
「本当に何かいるみたいね」
「じゃ、俺が突っ込んで近接戦に持ち込むから、ユイナはそこから抜けてきた奴を頼む。準備いい?」
 無言で一つだけ頷く。
 集団で何かが出てきたときは、ナイトホークが相手に向かって突撃し、ユイナはそこから抜けてきた者達を相手する。それが二人の決めた行動だった。
 そしてナイトホークはこうも言っていた。
「少しぐらいかすめてもいいから、必要になったときは俺には構わず銃を撃て」
 味方を撃つような腕前ではないが、乱戦になったときや相手を押さえきるのが精一杯になったときはそういうこともあるかも知れない…ユイナは持っているリボルバー式の銃を抜く準備をする。
「準備いいわ」
「了解…突撃開始!」

 札を剥がした瞬間、辺りの空気がガタガタと揺れた。そして重そうなドアが開き、そこから一斉に何者かが二人に襲いかかろうとする。
 それは人の形をした化け物達だった。ずっと暗いところにいたせいで、目は退化し腕や足も奇妙に歪み、何かを求めるように手を伸ばしながら向かってくる。
 タン!タン…!と二発続けて銃声が闇の中に響いた。その音と撃たれた仲間に気を取られ、一瞬動きを止めた化け物達の中にナイトホークは銃剣を持ったまま走っていく。
「たあぁぁっ!」
 それは今まで普通に話していたナイトホークとは全く違う姿だった。
 敵兵の中に突撃して容赦なく相手に剣を振り下ろし、その遠心力を利用し銃床で殴りつける血に飢えた一人の兵士…ユイナは左手で換えの弾を用意しながら、抜けてきた化け物に銃を撃つ。
「急所は人間と同じ…」
 何故こんな者がここにいるのかは分からない。放棄された研究所ということは、この者達も元は人間だったのかも知れない。だが、そんな事に対して哀れみや憐憫を感じる気はなかった。
 血の匂いが地下道に充満し、断末魔が響き渡る。弾を六発打ち終わり、弾丸を交換しながらユイナも化け物に向かって走り込んだ。この全てに銃を使っていては弾がいくらあっても足りない。左脇にあるホルスターに銃をしまい、その代わりに背中に下げていたナイフを取り出すと、ナイトホークがチラリとユイナを見たような気がした。
「………」
 無言で走り屍を越え、ユイナはナイフを水平に走らせた。生暖かい液体が顔にかかるが、そんな事は気にせず今度は足払いをかける。そうして転んだ化け物に、ナイトホークが銃剣を突き立てる。
「はぁ…はぁ…」
 あれだけいた化け物達は、いつの間にか一人もいなくなっていた。ナイトホークは銃剣を構えたまま息を整えている。
「怪我とかしてないか?」
 多少ひっかかれたりはしたが、さほど怪我らしい怪我はしていない。ユイナは静かにナイトホークの方を向く。
「私は大丈夫。ナイトホークの方は?」
「怪我はしてないけど…疲れた。これで化け物が終わりだったら、研究所拝んでとっとと帰ってシャワー浴びてぇ」
 先ほどの血に飢えた兵士のような雰囲気から一転して、ナイトホークは心底だるそうに天を仰いだ。そしてポケットからシガレットケースを出そうとして、何かに気付いたように手を止める。もしかしたら癖なのかも知れない。
「そうね。黒い服じゃなかったら血の染みが目立つかも」
「…そういう問題じゃないと思う」
 ナイトホークは溜息をつき、先へと向かって進んだ。地下水がしみ出しているのか、歩くたびに足下がぴちゃぴちゃと音を立てる。
「本当に研究所跡があるのかね」
 そうナイトホークが呟いた瞬間だった。ユイナは何か強い気配を感じ、ナイトホークの服を引っ張る。
「待って、何かいる」
 辺りに漂う緊張感。二人しかいないはずの通路に、何者かの呼吸音がする。獣特有の生臭い息と、低いうなり声…闇の奥が揺れ、水音と共にそれは現れた。
 大きな四つ足の生き物。目は先ほどの化け物のように退化していて、体毛も白くなっている。だが、ライオンほどの大きさと共に目立つのは、口元から生えている長い二つの牙だった。その獣がナイトホークめがけて飛びかかる。
「くそっ!」
 ガツッ…と固い物がぶつかる音がし、ナイトホークは銃剣でその爪を受け止めた。力の方は明らかに相手が上だ…一度目は避けられたが、二度目はないかも知れない。
「ユイナ、俺が囮になるから、その間にあいつを殺せ。俺には構うな」
 ユイナは返事をしなかった。
 その代わりに思い出していたのは、篁が最後に言った言葉だった。コーヒーの話をした後に言った一言…。
「それと…ナイトホークが『俺に構うな』と言ったら、本当に構わなくていい。死ぬような事でも、彼は絶対大丈夫だから」
 ナイトホークは銃剣を前に構え、突撃姿勢を取っている。
 獣は次の攻撃のために低い姿勢でナイトホークを見据えている。
「ユイナ、いいな?」
「了解」
 それを聞き、ナイトホークが走り込んでいく。獣が助走を付けてナイトホークに飛びかかり、その爪を振り下ろすと共に銃剣が獣の体に突き刺さる。ナイトホークが斜めに倒れるのを見ながら、ユイナは銃を構えた。あいつは今、ナイトホークの血の匂いに惹かれている…楽にしてやるなら今だ。
 銃声が六発鳴り、通路の中を揺るがすような咆吼が長く長く響き渡った後、獣が崩れるように膝を折った。それを見てユイナはナイトホークの元に走り寄る。
「ナイトホーク!」
 首元から血を流しながら、ナイトホークが仰向けに倒れている。爪は真っ直ぐ急所を狙ったのだろう。力ないその手にユイナが触れ脈を取ると、それが全く感じられない。
 そして、ユイナは信じられないものを見た。
「………!」
 傷口がものすごい早さで再生していき、それと同時に止まっていたはずの脈が蘇る。驚きの表情を隠せないままユイナが手を取っていると、傷口が全てふさがった後ナイトホークが目を開けた。
「くそ、服代と靴代請求してやる…っと、何でユイナ俺の手握ってるの?」
 そう言って笑うナイトホークを見て、ユイナは泣きそうになるのをこらえいつものように冷静な声で答える。
「貴方が死んだと思ったのよ…でも、良かった…」

 研究所跡を見つけそこに残されいる資料を探しながら、ナイトホークは自分が『不老不死』であることをユイナに話した。詳しくは話してくれなかったが、それはどうやら旧軍関係の研究所が原因らしい。
 ここに残っていた化け物達はあの獣が最後だったようで、もう生きている者の気配はしない。
「戦中の研究所関連のことを回してもらってるのは、俺個人で自分の身に何が起こったかを確かめたいからなんだ。でも、いまだに当たりにぶつかったことはない…今回も外れっぽいな」
 残されていてまだ読めそうだった資料には、この研究所は「動物を掛け合わせて進化させ、それを軍用として扱う」という目的で作られた所だと書かれてあった。ユイナ達が最初に見た人型の化け物は、もしかしたら猿科の動物だったのかも知れない。
 だが、どうしてそれがまだ生きていたのだろうか…勝手に繁殖したとしても、あの獣の腹を満たすほどではないはずだ。ユイナはそれが気に掛かる。
「もしかして、誰かがあの化け物を飼っていたのかしら…」
 そう呟くと、ナイトホークはシガレットケースから煙草を出して火を付けた。闇の中に一瞬見えたお互いの顔は血で汚れている。闇の中に一点だけ小さく火が点り、煙草の匂いが辺りを満たす。
「そうかも知れないな。でも、俺達の仕事は『化け物退治』であって、誰が何を飼ってようと関係ない。でも、これを飼っていたのは篁じゃないだろうな」
「そうね。篁が飼っていたのなら、もっと上手い方法で処分するはずだわ」
 誰が飼っていたのかは、今の自分達には関係のないことだ。言われた仕事を自分達は完璧にこなした。後は『Nightingale』…小夜鳴き鳥の名を持つ組織の誰かが上手くやるだろう。
 ナイトホークが携帯灰皿に煙草を押しつける。
「さて、服代請求に帰るとするか。ぶっ倒れたから、背中と尻が濡れてて気持ち悪い」
 そのうんざりとした言葉に、ユイナは思わず声を出して笑った。ナイトホークはその様子に苦笑いをする。
「何だ、ちゃんと笑えるじゃん」
「ふふふっ…だってもっと早く気にすることなのに、今更そんな事を言うんだもの」
 地下道に足音と笑い声が響き渡り、それが遠くなっていく。
 二人が去った後、そこは闇と静寂だけが辺りを満たすいつもの場所に戻っていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6662/白鋼・ユイナ/女性/18歳/ヴァンパイア・ハンター

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
ナイトホークと一緒に「危険な仕事」ということで、ナイトホークからではなく別の場所からの依頼をナイトホークと一緒にこなすという話にさせていただきました。ヴァンパイア・ハンターという職を生かしたかったのですが、それだとナイトホークが腰を上げそうにないので、「第二次大戦時に放棄された研究所」が舞台になりました。
『Nightingale』という組織と、篁についてはそのうちまとめようかと思っています。
リテイク、ご意見などはご遠慮なく言ってくださいませ。
また機会がありましたら蒼月亭に来てください。