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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


[ 月夜の歪 -丙夜- ]


 ひしひしと。
 みしみしと。
 歪は又新たな歪を生み。それはやがて裂け。裂け目はやがて割れ目を生む。
「――うひゃぁ!?」
「――――いけない……っ!!」
 満月の夜。彼の者は呑まれ 消えゆく。
「そん、な……三下先輩っ……!?」
 時計が示すは零時丁度。そこで針は止まっていた。秒針の音は 聞こえない――。

「ボクの責任です」
「その言葉は聞き飽きたのだけどね? ……さんしたくん、どうすれば帰って来るか、それが聞きたいの」
 それは月刊アトラス編集部の一室でのやり取り。碇麗香の声色はただ冷たい。そんな麗香に桂はただ一言小さく告げた。
「……多分、あの場所へ戻れば何かしらの進展は――」

 ――時を遡ること数時間前。深夜の取材に遠方まで出掛けた三下忠雄と桂は、訪れた廃墟で奇妙な現象に見舞われていた。
 勿論心霊スポットというのは常に奇妙な現象で満ち溢れている。時に予想以上の危険を伴うことも勿論ある。しかし今回ばかりは状況が違っていた。予想外、かつ想像以上である。
 この場所の通告が入ったのはつい先日のこと。少し前からその廃墟には暴走族のような集団が住み着いているらしいと。しかし彼らが現れるのは夜のみ。それが霊か人かは確認できぬまま。こうして二人現場へとやって来た。
 しかしその場所が危険すぎると察した時、既に手遅れだった。
 日付が変わる少し前。それは聞き慣れぬ――そう、その嘶き、蹄の音に忠雄と桂は足を止める。
 割れた窓から見える満月が、いつの間にか闇に包まれていた辺りを明るく照らしていた。
「っ――囲まれて……」
「ど、どどどどっうしましょう!?」
「逃げますよ!」
 しゃらん。
 時計のチェーンの音が響く。
 二人で共に逃げる、はずだった。しかし、桂の時計により開いたはずの穴に忠雄が吸い込まれるよう消え。穴も共に無くなった。
 気づいた時、忠雄は勿論。辺りに居たはずの集団も消え。そこには桂だけが残されていた。否、気づいた時そこは廃墟ではなく。見慣れたビルの正面玄関にただ独り、静かに佇んでいたのだ。

 すぅっと息を吐き。桂は小さく麗香へと告げた。
「嫌な予感がするんです。これはボクの憶測ですが……先輩だけ、時間を越えていってしまったかも知れない。元々あの場に居た者達と同じ頃の、遥か遠い過去へ行ってしまったのかも――しれません。現時点の推測で…4,500年」
 全ては、あの場にあったであろう物からの想像でしかない。
 そう、唯一つ桂と共にこの白王社まで持ち帰ってきた軍旗。そこには六文銭が描かれていた。何度か目にしたことくらいある。ただ、祭りに使う物ならまだしも、あんな場所にある廃墟に、こんな物が存在するはずが無い。仮装にしては程がある気がする。するとやはり……桂の中ではそんな結論にしか至らなかった。


「……しょうがないわね、応援を呼ぶから。皆ともう一度そこに行って頂戴?」
 ふうと息をついた麗香に、桂は表情を変えることなく。小さく頷くと返事を言葉にし、踵を返した。
「――はい、そのつもりです…」


 時計はまだ 動かない――――。



    □□□



 麗香の呼びかけや、そのとき偶々編集部にやってきていた者合わせ、会議室には今六人の協力者が集まっていた。そこには勿論麗香と桂も同席し、一同は大まかな説明を麗香から聞かされる。
「……つまり、その穴に入って、三下様を連れ出して来い、と」
 そう静かに言うはパティ・ガントレット。そっと閉じられた両目は開かれること無く、けれど彼女には全てが見えている――そんな雰囲気さえした。
「――よくもまぁ、厄介ごとに巻き込まれる体質だよな」
 なんとなく立ち寄ったアトラスで忠雄が消えた話を聞かされ此処に居るのは梧・北斗(あおぎり・ほくと)。パティの正面に座り苦笑いを浮かべながらも、桂が持ち帰ったという旗に興味を持ち、視線は部屋の隅に立てかけてあるそれに行く。六人からよくは見えないが何か家紋のようなものが見えた。
「ちと見せて?」
 そう言った北斗に、桂は机の上へと旗を横たえる。
「…………厄介、じゃな」
 それを見るなり眉を顰めた者は少なくない。ただ、その中でも声に出し溜息までついて見せたのは人造六面王・羅火(じんぞうむつらおう・らか)、彼一人だ。人間は嫌いだが伊達に生きてはいないと言ったところだ。
「夜しか現れない、嘶き、そしてこの六文銭……やはり霊絡みで、そこは真田源次郎信繁等に縁のある場所なのでしょうか? そうなるとやはり、三下くんは戦国時代に飛ばされてしまったのでしょうね」
 今までの情報をまとめ呟くは、パティの隣に静かに佇んでいたジェームズ・ブラックマン。全身黒尽くめで紳士的に見える彼は、このメンバーの中で最年長にも見える。
「そうね、確かに真田幸村が有名だけど……六文銭自体はお棺に入れた三途の川の船賃とかだから、幸村の他死者に関わる何かが廃墟にあるのかもしれないわね」
 ジェームズに続き言うのは、彼の隣に座るシュライン・エマ。うーんと唸る彼女の言葉に、今度は北斗が声を上げた。
「真田源次郎信繁? 幸村? 戦国で真田って……あの、真田か?」
 そして北斗に続き羅火、パティがポツリポツリと事態を察する。
「うむ……真田軍、とか言うヤツじゃろ」
「相手がどんな者であれ向かうまでです。しかし戦国時代となると、甲冑相手かもしれませんね」
「真田の家紋――へぇ……戦国時代か。それて俺が生まれる前の時代だよネ?」
 しかしそんな中、今までとは違う声を上げたのは北斗の隣に座る神納・水晶(かのう・みなあき)だった。言うならばそれは、歓喜の声に近い。そして、語尾は隣の羅火を見ながらの問いかけだった。
「そうじゃが……なんじゃ、嬉しそうじゃの?」
「俺が生まれたのって江戸に入ってからだし。ちょっとワクワクしてきた」
 うずうずと足を踏み鳴らす水晶は、そのままふと顔を挙げ言う。
「えぇっとよーするに、夜とゆーか、午前零時にソコへ行っちゃうとその集団と会えるってコト、かな? なんか調べるコトもいっぱいって感じ」
 水晶の問いには、桂が「恐らくは」と頷いた。
「……まぁ、消えてはいさよならって訳にもいかねーしな、俺たちでなんとか三下を探し出してやろうぜ!」
「そうですね。それには、まず現場へ行かなければ何も始まりません」
 パティはそう言い、杖を片手に立ち上がった。
「実際に赴き、現場検証もしたいものですし」
「地元の人や役所にも聞き込みしたいし、聞き込みの情報次第では日中可能な限り色々仕掛けておきたい……と思うこともあるしね」
 各々、現場についてからやるべきことはまとまり始めている。
「して、その廃墟とやらの場所は何処じゃ?」
「場所は、静岡県です」



    □□□



 一同、桂に案内され東京を出発。現場に到着したのはまだ昼を回った頃だった。廃墟は鉄筋コンクリートの一階建て。ただ、かなりの老朽化が進んでいるのか、工事が途中なのか。中は砂埃まみれを始めとし、鉄筋が飛び出ていたり、天井が崩れていたり。割れた窓が散らばっていたりと危なっかしい。
 一度は全員で廃墟を目にしながらも、結局その場に残ったのは羅火にジェームズ、そして桂の三人。後の四人は、周辺の聞き込みなどに出かけ、夕方までには帰り合流すると言った。
「で、こんな大勢でどーするわけ?」
「色々有るからね。これだけ人が居るなら、少しややこしいけど手分けしてやろうと思って。だから、自分の役割が終わったら廃墟に戻って良いわ」
 本当は得た情報をその場で整理しながら次の情報を得る、という方が情報収集には効率が良いのは分かっている。しかし、下手をすれば時間も過ぎるとも思った。
「へぇ、それでどうするんだ? 役割分担って、俺にも出来ることならいいんだけどさ……」
 あまり難しいことは勘弁と北斗が言い、それに続くように今度はパティが言った。
「私にも出来ること、に限ります。それでしたら夜、かの者達が出現するまではご協力できましょう」
 三人の言葉を受け、シュラインは考えていた調査内容四つに分けると、それぞれに役割分担を伝える。
 まず水晶には前準備として買い物と、廃墟に戻りその設置を頼んだ。買い物内容はマイクや盗聴器といった、いわゆる現代の武器だ。実際相手が過去の人物だった場合を考えると、万が一のときはきっと役立つ筈だ。
「――ふーん……ソレやったら廃墟帰っていーんだ? んじゃ、俺早速行くよ」
 北斗には廃墟の位置と、六文銭旗使用後の真田軍軌跡等の比較を頼んだ。図書館などに行けば、そこだけで調べられるだろう。
「えーっと、俺も早く行かないとヤバイな……」
 そして最後、パティには廃墟以前、あの場所には何があったかの調査を頼んだ。これも地元の人々、もしくは役所に行けば終わるだろう。
「それならば、私にも出来そうです。それでは……」
 そうして四人もそれぞれの役割をこなすべく、四方に分かれた。

「さて、私も調べ物終えたら早く戻りましょ。あっちで調べたいこともあるしね」
 手帳とペンを片手、シュラインは足早に歩み始めた。まず聞き込みで集団が出始めた具体的な日時、聞こえる音や言葉の内容確認。これは麗香の計らいにより、アトラスに情報を寄せてくれた人物とのコンタクトに成功。詳しく話を聞くことが出来た。
 初めて集団が出た具体的な日は知られてはいない。ただ、特に動きが際立ってきたのがここ数ヶ月の事。動きが際立ち始めた頃、特にこの辺りで変わったことも無かったという。
 出現する日は決まって天満月の昇る夜。時刻も決まって零時。その晩の内に消える時もあれば、暫く留まり続けることもあるという。そういう場合、どうしてか昼間は姿を現さないのだが……。しかしそのせいか、度々若者達が肝試しの場所としてこの場で遊んでいるらしい。ただし、今まで誰かが消えた事はないという。
「今までとは違う……まさかとは思うけど桂くん、かしら」
 長期に渡り何かが、何処からともなく現れるほど不安定な場所であったことは間違いない。今回の集団が仮に霊的でないにしろ、あまり良い土地ではないと言うことだ。そこで時計の能力を使ったとしたら――何が起きてもおかしく無い、と考えられる。ただ、今は集団についての情報と、廃墟周辺の出来事が優先された。
「――聞こえるのは蹄の音に法螺貝……って、ますます戦って雰囲気ね」
 思わず苦笑を浮かべるが、この法螺貝の音が周辺住民の頭を悩ませる騒音の一つにもなっているらしい。
「後は『徳川家康・浜松城・ホリエジョウ・ヤマガタ・アキヤマ』と言う決まって聞こえる会話中の単語。そこから考えられるのは、――――そうね……」
 ゆっくりと顔を上げる。現時点で確信は無いが、誰か他の情報と合えば一つに繋がる気がした。


 シュラインが廃墟へと戻ったとき、そこにいたのは残っていた三人――しかし羅火はいつの間にか猫の姿になっている――と水晶だけだった。一旦水晶に頼んでおいた盗聴器などの場所を確認すると礼を告げ、そのまま廃墟内の調査に乗り出す。ジェームズが隅の方で立ち尽くしているのを見る限り、彼もここの調査をしていたのかもしれない。
 少しでも何か見つかれば良いと、砂埃の酷い床を見れば、馬の足跡が幾つか見つかる。それらはおそらく今ジェームズが立っている付近から延び、この廃墟の裏山へと続いているように思えた。
「外? まさかこの山越えて何処か他の場所に行かれても困るのだけど……戻ってくるかしら」
 考えている途中でパティが帰ってくる。結局、北斗の帰りは夕方近いものだった。
「それじゃあ、それぞれ何か情報を得ていたのなら順番に。まずは私から――」
 そう言いシュラインは手帳を開く。
「まず集団の出現が現れるのは、決まって天満月昇る夜の零時――取材に来た日もこれで間違いないかしら?」
「ええ、確かに……あの崩れている天井から満月が見えました。時刻は勿論間違いありません」
「問題は、今まで一方的に集団が現れていただけのものなのに、今回に限って三下くんが巻き込まれちゃったって事なのよね……事例がなくって」
「――――それに関してはもう……ボクのせいだとしか思えません」
 シュラインの疑問には桂がほぼ即答する。同時に、北斗が不思議そうに聞いた。
「どうしてだ?」
「ご存知かとも思いますが、ボクは空間に穴を開けて時間と空間を超え移動出来ます。ただ、移動後僅かな時間は空間に穴が残ってしまう。それはすぐ、完全に無くなる筈――そうであるべきなのですが」
「それが無くならない、と?」
 短く、ジェームズが問う。
「ええ……まず、どうやらこの廃墟内は元々何らかの力の影響を受けていたのかもしれません。そしてボクは此処を各地へ行くための中継地点に多く使っていたのかもしれない。残された多数の穴は大きな歪みとなり、ボクが新たな歪みを作り出したおかげで割れ目が生まれました……今までの均衡を保てなくなり」
「少し良いですか?」
 そこでもう一度、ジェームズが間に入った。ただし、もう問うことが目的ではなく、それは調査報告でもある。
「私、先ほど隅の方で不思議な歪みを見つけまして……その中からこれを見つけました。残念ながら歪みはその後すぐに消えてしまいましたが、三下くんは確かにこの場から居なくなったみたいですね?」
 言いながら彼が出したのは眼鏡だった。しかし、それがただの眼鏡ではないという事に皆気付いている。
「確かに、ヤツのじゃな。今時こんな眼鏡……」
「ってか、眼鏡無いって、ヤバイんじゃないか? あいつ目とことん悪そうだけど……」
「んーでもさ、それってよーするに……今あの辺りにもっ一回穴開ければ、アイツの所に辿り着いちゃうワケ?」
 同じ所に開けば同じ場所に繋がる、と言う考えは正しいかもしれない。
「そうもいかんじゃろう」
 しかし、それを否定したのは羅火だった。断言のような言葉に、思わずパティが問う。
「どういうことですか?」
「この空間、何らかの力が働いておる……馬鹿でかい力は抑えられとるようでの」
「ええ、ボクの時計も先日から干渉を受け、能力は使えません。自然と歪みが生まれ、姿を現すのを待つしかないかもしれませんね」
「……それはつまり、能力が全く使えないということで? それ以前に、それでは今日救いに行くことも叶わないのでは?」
 それは少し予定外だと、パティは思わず疑問を口にした。これに関してはジェームズが補足のように言う。
「能力は多少使えると思います。ただ、どこまで制限がかかっているのかは不明ですが」
「でもこれじゃ、今日は様子伺いで終わりそーだね」
 水晶の言葉を聞くとふうと溜息を一つ吐き、「それでは、ひとまず」とパティは改めて皆を見た。
「私の集めてきた、と言うよりも入手した情報ですが、どうやらこの辺りは昔戦場へ向かう途中の休息地だったとの話を聞きました。証明できることはないそうですが、状況的に真田軍とやらが関わっていない訳は無いと――」
 そんな情報に、同時に喰らい付いたのはシュラインと北斗だった。
「いく、さば……って、やっぱこの辺りか!?」
「さぁ、そこまでは。これ以上は役所の管轄外だと言われてしまいましたが、それが何か?」
「気になる会話内容の情報を得て……『徳川家康・浜松城・ホリエジョウ・ヤマガタ・アキヤマ』この辺りで戦があったとするならば」
「一つに繋がる……な――」
「なになに? 俺らにも分かるよーに説明してほしーんだケド?」
 すっかり置いてきぼりを食らっている三人を総まとめにし、水晶が話に割り込んだ。
「ら、は余計じゃ……」
 思わず隣で羅火が突っ込みを入れ、ジェームズは無言のまま、ただ口元に薄い笑みを浮かべた。しかしその反応から、大方の予想はついているのだろう。
「――1572年、三方ヶ原の戦い。ちょっと気になったんで調べてきたんだけど、役立ちそうで良かった……」
 そうぶつぶつと言いながら、北斗は皆の前に日本地図のコピーを広げて見せた。現在地が赤丸で記され、主に長野県上田地方を拠点とし何色もの線があらゆる場所に延びている。その内の数本が、赤丸と交わっていた。北斗いわく、六文銭基真田六連銭は真田幸隆の代から使われている物らしく、それ以降の真田の動きを色分けした物らしい。
「真田が関わってるのは確かみたいね。それにそうすると単語の意味もなんとなく納得できる……」
 因みに、三方ヶ原の戦いが絡むことにより『ホリエジョウ・ヤマガタ・アキヤマ』が『堀江城・山県・秋山』と変換できることになる。
「しかしこれで、何れにしろ災禍の元へと足を踏み入れるのは免れぬという事ですね」
「じゃが問題は今晩暴走族が出るかどうか、じゃな。通路が開けば良いんじゃが」
「それなら、馬の足跡が丁度三下くんが消えたとされる辺りから裏山に続いていたの。真新しいみたいだから、今晩集団が戻ってくるなら確実に遭遇できるわね。それが駄目なら足跡を追うしかないんじゃないかしら?」
 取りあえず、零時になるまで分からないと言うことだ。まだようやく陽が落ちきった頃。零時まで長い時間があるが、皆それぞれに作戦を練ったり、休息や準備の時間に当てることにした。
 今宵、崩れた天井の向こうに見える月は白く、煌々と輝いている。ただ、それは満ち足りた月ではなく、欠けた月だった。



    □□□



 ――――午前零時。辺りに響き渡るは聞き慣れない、けれど何処かで聞いた音。
「……来ます」
 桂の声に、皆息を潜めた。同時響く嘶きと蹄の音は、求める人物達が現れた証拠だろう。急遽シュラインが裏山側に設置した盗聴器が、やがて音を拾い始める。それは会話だった。
『――この辺り、急に雰囲気が変わった気がするのですが』
『…しかし、道に間違いは無い』
 廃墟内は月明かりだけが頼りで、未だ集団の姿は良く見えない。ただ、その数は十や二十では済まない気だけはしていた。次第に蹄の音は鳴り止み、後は足音と甲冑の音がガシャガシャと辺りに響く。
『昌幸様、全部隊一時帰還しました』
『しかし幸隆様と信玄公は一体?』
「信玄ってあの信玄、だよな……三方ヶ原ってことは。幸隆はぁ…幸村の爺さんだっけか」
「大将がいれば話は早いかもしれませんが――」
「幸隆に昌幸に信玄……生憎後の二人は逸れている様ね。最悪、現代と過去だけど」
『先に向かわれているのであろう。我らも明朝出発し、早々に合流せねば』
 やがて昌幸率いる中心部隊が廃墟の中心部へと辿り着く。真上から降り注ぐ月明かりが、確かにそれを照らしていた。『真田六連銭旗』それに混じり他の旗も見える。四つ割菱に漢字羅列の旗。どちらかと言えばこの二つの方が多くを占めている。
「さて、これからが問題なのよね……どれだけ上手く情報を引き出せるか――!?」
 しかしシュラインが考えている頃、既に他の三人が動き出していた。
「なーなー、戦国時代から来たってホント?」
「――むっ!? 何者だ……奇妙な格好をして」
 突然姿を現した水晶に、それまでは多少穏やかな雰囲気だった辺りから緊張感が出始めた。
「おい……あっちはやる気満々みたいだけど?」
「では、私も参りましょうか」
 思わず苦笑いを浮かべた北斗に、パティが立ち上がる。それに北斗も続いた。
「あーあ……まぁ、俺も行かないわけがないんだけどさ」
「しょうがないわね……私は此処から又ちょっと見てみましょう。何か変化あるかもだし」
 結局残されたのはシュラインただ一人。廃墟の中心部では、五人と集団が対立していた。集団の数は、廃墟の中と外にも広がり続けている。その数百数十。よくもこれだけの集団が現代に飛ばされてきては動いているものだ。
「この眼鏡をかけていた、私と似たような服装の男性を探しているのですが。心当たりはありませんか?」
 ジェームズが忠雄の眼鏡を出しては誰にともなく問うが、勿論それに答える者などいなかった。
「怪しい奴等め、徳川の者か!?」
「織田の援軍か!」
「落ち着くんだ、相手はたかが五人。我等が有利よ」
 そしてあっという間に囲まれる。五人は一旦背中を合わせては見るが、誰かに背中を預けられるような状況でないことはわかりきっていた。
「はぁ……聞く気ゼロだよネ、アイツら」
「端から、話して解るような相手じゃなかろうに」
「取り敢えずこういう場合って、馬潰しとけばいいのか?」
「手荒な真似はしたくないものですが、そちらがその気ならば――」
「向かうまでです」
 五人、一斉に地を蹴った。同時に集団も刀を構える。後方では馬に乗りはじめた者もいた。何処かで聞いた――そんな法螺貝の音が、一層強く響く。

「始まっちゃったわね……」
 五人と集団を遠くから見守り、シュラインは思わず呟いた。羅火と水晶はほぼ背中合わせの状態で多くの兵士や馬達に囲まれていた。とは言え、あの二人ならばどれだけ数があろうと大丈夫だろう。
 ジェームズは制止していたかと思えば、取り出したハンドガンを天井へ向け発砲した。銃声はただ一発のものであるが、周囲を怯ませるには充分なものだった。戦国時代、どれだけ鉄砲を味わっていようが、ジェームズが持つ小型のそれはおそらく見たことが無いはずだ。
 北斗は弓矢を出しては先ずは馬に対抗していた。
 パティはいつの間にか刀を持ち、やはりまずは馬から斬りつけていく。
 ゆっくりとではあるが、兵の数は減ってきた。ただし、死人が出ているわけでもない。皆脚を多少斬られたり、落馬の際背中を強く打ち身動きの取れないものや、単純に気絶させられている者などばかり。負傷者の数は多いが、血の量はあまり無いように見えた。
 ただ、遠くでまた法螺貝の音が響く。一気に兵士達が外から中へと入り込む。どの兵も皆、羅火と水晶の居る方向へと向かっていた。
 見れば見るほどコレだけの兵がよくも現代に来て数日はひっそりとしていたものだ。
「話によれば妙な事が起こる、つまりこの人達が来るというのは満月の晩だけらしいけど、本人達の口から聞きたいものよねぇ」
 第一この集団が毎月来るというのはおかしなものだと思う。ただ、あれこれと考えている彼女の目に何かが唐突に飛び込んだ。
「あれは偶然、なのかしら?」
 シュラインが見つめる先は廃墟の片隅。昼間にジェームズが忠雄の眼鏡を見つけた場所だった。窓から差し込む月明かりが、反対側の割れた窓へと当たり、それが丁度壁へと反射する。
「元々月明かりって神秘的な力があるっていうから、歪みもともかくあの影響もありそうよね。きちんと調べてみないことには分からないのだけど、今は少し危険だし――なんか来ちゃったみたいだしね」
 瓦礫の山に隠れていたつもりだったが、いつの間にか見つかったらしい。辺りの兵士確かに減りだした。逆に残った兵士のほうが目立っている状態だ。だからこそ、その存在感の強さと接近にもすぐ気づいた。馬に乗った昌幸が来る。刀を抜くような素振りは無い。ただ、こちらへと真っ直ぐに向かってきていた。
「こんな惨状になり今更ですが、話の判る者を探していた」
「話?」
 予想外の言葉に思わず聞き返してしまう。
「我等は現在訳あってこの先を目指していた。しかし――――」
「……あっ…」
 気づいたときは遅かった。発砲の音と同時に崩れた馬と、落ちる昌幸。そしてどういうタイミングか、水晶が駆け寄ってきた。勿論その手には刀が握られている。
「くっ……こんな所で足止めされるわけには」
「――さぁて、どーする? ちょっと話聞きたいんだよネ、話す気あるならだケド」
 地に倒れた昌幸の首に水晶の刀が当てられるが、今の彼に殺気は無い。他の者も、次第に集まりだす。
「ちょっと待って。貴方、何か言いにきたのよね?」
 シュラインが割って入った。その言葉に、水晶は刀を左掌に納め、昌幸は上半身を起こし頷いた。
「あ…あ。今になってはもう遅いが、だからこそ折り入って頼みがある……」
「頼み、じゃと?」
「某は真田昌幸、現在とある所で旗本組に属している。しかし気づけば本陣と逸れ数日――山を見て回ったが本陣が通過した形跡が見つからずこうして此処に居た」
「そりゃぁ……見つからないだろうな」
 北斗が小さく言っては一人頷く。続いてシュラインが質問を一つ。
「えっと、此処にこうして辿り着いたのは初めてですか?」
「ああ、しかし此処は一体……見慣れぬ建造物も在る。それに見つからない、とは?」
 何から話すべきか誰もが迷った。しかし、簡潔に切り出したのはパティだ。
「此処はあなた方が生きている時代とは異なりますゆえ」
「時代が、異なる?」
 突然理解不能な事を言われた、という心情を思わず顔に出した昌幸に、一同は今日調べ上げて来た事と、一つの仮説を話した。そう、次の満月の晩零時……再び戻れる可能性があると。そして同時に此処に居る目的をも。
「――――そうか…確かに我等が眩い光に包まれ、気づけば此処に居たのも満月の晩だった。確かに、そちらの者を見たのも今日が初めてではない」
 言いながら桂を見た。
「そう簡単に納得できる物ですか?」
 ジェームズの問いに、昌幸はかぶりを振る。
「理解は出来ませんが、納得しなければ先にも進めない。自分の使命すら全うすることが出来ない」
「使命って……そーいえば最初に言ってた頼みって?」
 水晶の言葉に、昌幸はハッと顔を上げると一気に喋りだした。
「ご覧の通り、兵士達に息は有るものの多くは負傷した。同時、貴殿等は少人数であの百を越える兵に値する者とお見受けする」
「なんか、この展開おかしくないか?」
 こう順を追って説明されることには、決まって頼みごとがある。
「近く、信玄公が徳川家康と対峙する予定でおられる。其の為に堀江城を目指していた」
 そう、頼みごとというのは昌幸が当初言い出したことゆえ間違ってはいないのだが、これは要するに。
「我等も元の時代に戻るつもりだが、貴殿等に加勢して頂きたい……」
 援護の願い、というものだ。
「勿論無理強いは致すまい。我等は帰り方を得た。次の満月の晩、賛同してくれるのであれば我等と共に赴いてくれれば……有り難い。その代わり、戦の後にはなるだろうが我等も貴殿らに協力しよう」
 昌幸はそう言い立ち上がると歩き出す。
「何処へ?」
 その問いに彼は振り返らず言う。
「傷の手当てを……治る者は次の戦に出る」
 一同、その背をただ静かに見送った――。



 結局、忠雄を救い出す手段は見つけられた。ただし救出に向かった先、彼は何処に居るかもわからない上に下手をすれば戦に巻き込まれるかもしれない。否、歴史上初めからこうなる事が定めだったのか……。
 今回の事を白王社に戻り麗香へと報告し、忠雄の眼鏡も預けると、六人は一旦別れることにした。いずれにしても次の満月までは時間がある。それまでに考えれば良いし、又新たな収穫があるかもしれない。

 小さな歪みはやがて、歴史をも歪めてゆく。
 まだそれに気づく者は……いない。


[To be continued..]
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [0086/  シュライン・エマ  /女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員]
 [1538/  人造六面王・羅火  /男性/428歳/何でも屋兼用心棒]
 [3620/   神納・水晶    /男性/24歳/フリーター]
 [5698/    梧・北斗    /男性/17歳/退魔師兼高校生]
 [4538/ パティ・ガントレット /女性/28歳/魔人マフィアの頭目]
 [5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人 & ??]

 同行NPC
 [ 桂/18歳/アトラス編集部アルバイト ]

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■         ライター通信          ■
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 ご無沙汰の方に初めての方と…こんにちは、ライターの李月です。
 この度はご参加ありがとうございます。今回の結果は最良に近い物ですが、完全にツケが回ってきています。次の満月、乗るも乗らないも自由です。
 さて、今回は桂がヒントを持ち帰ってきたため、真田のくだりはかなりプレイング反映出来てない方も居ましたが、個別部分も多々あるので後々までを通し楽しんでいただけていれば幸いです。今回は真田といえば幸村(信繁)だろうという反応をかなり裏切った形になりました…挙句この人どう考えても今は武田軍の一員なのですが……。又、極力注意はしていますが、史実とは大きく異なる点もあるかもしれません。その場合こういうものだと受け流していただければ幸いです…(なので口調もおかしい事承知で)
 繰り返し確認はしていますが、誤字脱字ありましたらすみません。何か問題などありましたらレターやメールにてご連絡ください。


【シュライン エマさま】
 少々遅れまして申し訳ありません。今回は調べるべきことが多かったかもしれない反面、メンバーも多かったので少し分担してみました。ほぼ全てを解析し終えているのですが、実は時間と状況上中途半端に情報を得たまま、というのも少しありました。その中で一つ、今後に関わってくるかもしれないことがあります。今のところシュラインさんだけが得ている穴が開く仕組みの一部、なのですが。次回もし引き続きアトラスにご参加いただける場合は頭から情報が役立つかもしれません。

 それでは、又のご縁がありましたら…‥。
 李月蒼