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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜お手伝い致しましょう〜

 葛織[くずおり]家の別荘に新しく来訪した青年は、とにかく不思議な雰囲気をかもしだしていた。
「よろしく……ボク……キミの手を借りにきた」
 身長二メートルを超すと思われる長身に、灼熱色の髪と瞳。
 それに加わるのは、人懐っこそうな笑顔。やけにスローテンポなしゃべり。
(たしか職業は殺し屋と聞いたような)
 知人から青年を紹介してもらった如月竜矢[きさらぎ・りゅうし]はいぶかしそうに赤髪の青年を見ていた。
 それに反して、何も知らない葛織紫鶴は[くずおり・しづる]は、
「すごい身長だな!」
 青年の笑顔にすっかり心を許している。
 青年の名は、五降臨時雨[ごこうりん・しぐれ]と言った。

「ここで……魔寄せ……やってるって……聞いたんだけど……」
 時雨は広い別荘の庭をきょろきょろしながら見て、
「でも……ここで戦ったら……庭が壊れてしまう……」
「元々平原のような庭ですから、平気ですよ」
 竜矢がそう説明する。
「それでも……自然を壊したくないな……」
 時雨は真顔になった。「戦うにしても……周囲に被害が及ばないように……」
「気遣ってくださってありがとう」
 紫鶴が嬉しそうに目を細める。今までそんなことを気にした人はいなかったのだ。
「ええと……それで、どうすればいいんだっけ……?」
 時雨は紫鶴と竜矢を見やる。
「まず戦う時間を決めてください」
 と竜矢が口を開いた。「今すぐじゃなくても構わない。月が満ちているほど強い魔が出てきます。また、昼より夜のほうが強い魔が出やすい」
「そうか……」
 時雨は空を見る。
 まだ昼間で、月の様子が分からない。
「満月はあさってですよ」
 姫たる紫鶴の調子をはかるため、常に月の様子を把握しておくのを忘れない竜矢がそう言うと、
「じゃあ……満月の夜に……」
 一番最悪な時間を口にしながら、時雨はにっこりと微笑んだ。
「だ、大丈夫か? 怪我をなさらないか?」
 紫鶴は不安そうに時雨を見る。このスローテンポな青年が、満月の夜に出てくるような魔物と戦えるのだろうか。
「任せて」
 時雨はにこにこしたまま、「もし庭を壊しちゃったら……ボクが直す……土とか買ってこないと……」
「いやその前に時雨殿が」
「キミが……舞うんだっけ……」
 と唐突に紫鶴を見つめて、
「戦いの場に……入って来ちゃだめだよ……怪我するからね」
「いや私のことより時雨殿が」
「キミ……きれいな髪と瞳をしているね……」
 にっこり。頭ぽんぽん。
 脈絡なく話す時雨の言動には、紫鶴もついていけなかった。
 しかし、ついていけなくても友情は成立するものなのである。
「時雨殿は、面白い方だな!」
 こちらはこちらで無邪気な場合は……。

 葛織紫鶴の特技は『魔寄せの剣舞』である。
 ある日、人の役に立ちたいと思い立った紫鶴に、剣舞で魔を寄せることで退魔師など魔の相手の修業をしたい人々の役に立てばいい、と提案したのは竜矢だ。
 おかげさまで色々な人々が魔寄せの剣舞を利用してくれた。こんな能力など邪魔だと思っていた紫鶴もだんだん自分の能力の認識を改め始めている。
 さて、今回のお客様は――
「満月の夜まで」
 とりたてていく場所もないというので、時雨は満月の夜まで紫鶴の家に泊まった。
 そしてやってくる、月の満ちる夜――

「思い切り……舞ってくれていいから」
 時雨は紫鶴にそう言った。それから唐突に、
「キミ……剣舞なんか舞って……その長いきれいな髪切っちゃったりしないの?」
「ああ、これか」
 紫鶴は赤と白の入り混じった不思議な色合いの髪を示す。
「うん、剣舞の邪魔にはならない。魔寄せには髪が長いことも条件だから」
「そうか……キミの瞳本当にきれいだね」
「――ええと、ありがとう」
 青と緑のフェアリーアイズ。宝石のような輝きを両目に宿す少女、紫鶴。
「それを言ったら時雨殿の髪と瞳も――」
「うん……? 髪ならこの間燃えたことがある……」
 ずるぅっ
 紫鶴と竜矢は何もないところで転んだ。
 時雨は首をかしげて、
「危ないよ……足元には気をつけて……」
「き、気をつけるのはあなただ時雨殿!」
 紫鶴が跳ね起きて、「髪が燃えた!? 一体なにをやって――」
「大丈夫……。髪が元々赤いから……火も目立たなかった」
「そういう問題じゃないー!」
 というか余計に危ないじゃないか何なんだこの人は――と心の中で叫んだことは秘密である。
「立てるかい……?」
 時雨が紫鶴に手を差し伸べる。
 紫鶴がその手をありがたく取ろうとしたそのとき、
 時雨は――己の持っていた刀に足を引っかけ、ずべしょっと転んだ。
「………」
「ええと……大丈夫ですか」
 真っ先に立ち上がった竜矢が時雨の腕を取る。
「ああ、うん……いつものことだから」
 いつものことなんかい! と心の中でつっこんだことは内緒である。
「そ、そろそろ始めましょうか」
 竜矢が慌ててしきりなおす。彼は己のわざで結界陣を作り出した。
 紫鶴はその結界の中で剣舞を舞う。そうすると、魔は寄せられるが紫鶴自身に危害が及ぶことはない。
 竜矢も入るその結界の中で、紫鶴は両手に一本ずつ、精神力の剣を生み出した。
 竜矢が、用意してあった専用の鈴を紫鶴の両手首にしばりつけた。

 片膝を地につける。両の剣を下向きにクロスさせる。
 顔はうつむかせ気味に。さらりと赤と白の髪が流れる。
 ちりん……
 鈴が、鳴った。

 しゃん

 これは二本の刃がこすれあう音――
 少女は立ち上がった。髪をなびかせながら――

 しゃん しゃん しゃん

 しゃらん しゃん しゃらん

 金属音に鈴の音も混じって、不思議な音が夜闇を震わせる。
 時雨が愛用の刀『妖長刀』と、『血桜』を鞘から抜いた。
 そして――
 振り向きざまの一閃。
 ひらり、と闇にまぎれていた「それ」は刀を避けた。
 いつの間にか、時雨は囲まれていた――数体の人と同じような姿を持った存在に。
「ヴァンパイア……『真祖』六体……」
 時雨はつぶやいた。そして刀を――
 縦ではなく横薙ぎに振るっていく。
 それは流れる水のように自然な動き。
 ヴァンパイア『真祖』は、手をかざして形のない何かを時雨にぶつけようとする。それさえも当たり前のようにかわして。
 時に地に膝をつけ、そこから立ち上がりながら刀を下から斬り上げる。
 長い灼熱色の髪が、なびいていた。そう――
 彼は、舞っていた。

 魔神舞。

「舞うがごとくの動きで……魔神のごとく敵を滅する――」
 腰を落とし、その高さでヴァンパイアたちを薙ぐ。
「三割……ぐらいで……いいかな……」
 力の加減具合をたしかめながら、時雨は舞った。
 実のところ、これはただの魔神舞の練習だった。ヴァンパイア『真祖』と言えばヴァンパイアの最高の力を持つ存在だが、それさえも彼には三割ていどの力で済んでしまう軽い敵なのだ。
 一体を袈裟懸けで斬り、返す刀でもう一体を横薙ぎに切る。足の動きはどうすればよいか、腰の高さは。腕の動きは。刀の傾き加減は。二本の刀がより効果的にふるえる動きは。
 それをたしかめるだけの――練習。
 やがてヴァンパイアたちがいなくなったころ、時雨は満足そうにうなずいた。
「よし……これなら使えそうだ」
 言ってるそばから刀に器用に足を引っかけてずるっべしゃっ。
「時雨さん!」
 竜矢の声が聞こえた。どこか呆れたような声。
「し……時雨殿」
 紫鶴が舞をやめようとしている。時雨は慌てて起き上がって、
「大丈夫……髪は燃えてない」
「そういうことを聞きたいわけじゃなくて……」
 がっくりと竜矢が肩を落とした。

 紫鶴の舞が激しさを増す。
 時雨はその美しさに見ほれ、のんきに拍手をしていた。
 紫鶴の舞は美しかった。足の動き、剣のすべるようななめらかな動き。手首の返し。
「あれを……真似てみればよかったな……」
 今度やってみよう、とぽんと時雨が手を叩いたとき。
 殺気を背後から感じ、はっと時雨は振り向いた。

 そこにいたのは。
 髪の毛がすべて蛇の、青白い顔をした、女だった。

「メデューサ……?」
 それは眼を見ると石化してしまうという力を持つ魔物――
 時雨も魔眼を持っている。メデューサを真正面から見ても何の被害もない。
「あの、二人ともー」
 時雨はメデューサと対峙しながら、緊張感のない声で結界内の二人を呼んだ。
「何ですか?」
 竜矢が応えてくるのが分かる。
「あのさ」
「時雨殿?」
 紫鶴が舞をやめる。
「――目、つぶってたほうがいいよ」
 がっくりと竜矢が再び肩を落とした。
「そんなのんきに言うことじゃないでしょう……」
 まあこちらは結界の中にいますので――と姫の世話役は言った。
「ご安心ください。遠慮なく」
「そうか……じゃあ遠慮なく……メデューサの目をつぶすよ」
 のほほんとした声で、恐ろしいことを言う。
「時雨殿、気をつけて!」
 紫鶴は結界にかじりついて、心配そうに時雨の様子を見ていた。
 時雨は振り向いて、紫鶴に愛想よく手を振った。
 その隙に、メデューサがカッと口を開いて、時雨に飛びかかろうとする。
 しかし――それは時雨に到達することなく止まった。
 メデューサの目に――
 肩越しに後ろへ刺しだした『血桜』がくいこんでいた。
「ひとつ知りたかったことが……あってさ……」
 時雨は振り向き、片目をつぶされたメデューサに問う。
「ゴーゴン三姉妹って……仲いい?」
 ずるずるずるぅっ
 結界内で竜矢が派手にすっ転んだ。
「ここでキミを倒そうとしたら……助けにきたりしてくれるのかな……」
 メデューサは牙を見せる。青白い顔に目から緑の血が流れ、メデューサの顔はますます不気味さを増していた。
 時雨はなぜか、二ふりの刀を鞘にしまった。
「ボクさ……秒速三百だったか四百だったかの斬撃ができるんだけどさ……普段はリミッターつけて十分の一にしてるけど……」
 メデューサの爪による攻撃をひょいひょい避けながら、時雨はぶつぶつつぶやいた。
「時々思うんだよね……斬撃じゃなくて泡だて器とかを秒速でそれぐらい動かせたらよかったのにって……」
 ごいん
 結界の中では、竜矢があげかけた頭を再び地面に打ちつけていた。
 時雨の独り言はまだ続く。
「そしたらお菓子作りとかできるよね……子供たちとか動物たちとか……もっと喜んでくれるかなあ……」
「一度ためしてみたらどうだろう?」
 紫鶴が真顔で声をかける。
 時雨はメデューサの腕をがっしりつかんで振り向いた。
「だめだった……。泡だて器が壊れるし、中身全部あちこちに飛んでいっちゃって……」
 紫鶴は作れる――? と時雨は訊いてくる。
「私もお菓子は……」
 紫鶴が難しい顔をすると、
「なあ……竜矢はどうして寝てるんだ……?」
 時雨はまだ復活できていない竜矢を見て言った。
「寝てません!」
 竜矢は跳ね起きた。もう転ぶものか。そう心に決めて。
 それを見た時雨、にっこり笑って――一方ではメデューサの腕を折りながら――
「仲よさそうだよね……紫鶴と竜矢って……結婚して何年目?」
 ――竜矢は早々に誓いを破ることに決めた。
 紫鶴が真っ赤になる。
「ししし時雨殿っ。私はまだ十三歳だからして、その……」
「あれ……? 十三歳って結婚できなかったっけ……?」
 ぼき、ぼき
 メデューサの腕が遠慮なく折れていく。
「姫は俺の主人です。あるじ、のほうですよ……」
 起き上がった竜矢が、疲れきった声でそう言った。
「それより、メデューサが大変なことになってますが……」
 メデューサはなぜか腕を折られても大声をあげることがなかった。どうしてだろうと竜矢がよく見ると、時雨のもう一方の手はメデューサののどぶえを押さえ込んでいるのだ。
「あ……そうだった」
 時雨は思い出したようにメデューサを見て、
「ごめん……痛かった?」
 痛ましそうに顔半分を緑色の血で染めているメデューサを見つめて、それから空を見た。
 満月の月が輝く星をしたがえて、こうこうと光っている。
「助け……来ないね……」
 時雨は寂しそうな声を出した。「かわいそうに……」
 もう大丈夫だよ、と彼は言った。
「――苦しくないように、殺してあげるから」
 メデューサの首と腕を解放する代わりに抜いた二刀流――

 あらゆる方向から同時に斬撃が繰り出される、その技の名は。
 魔神剣――
 四百同時連撃という、常識を超越した奥義をくらったメデューサは、血も流さずにそのまま消滅した。

「強い……すごい!」
 紫鶴が大声をあげた。「なあ竜矢、竜矢! すごいな時雨殿は!」
「そうですね……」
 竜矢としては、別の意味で『すごい人』だと思えて仕方がなかったが。
 空が白みがかっている。夜明け前だ――
「喜んでもらえた……?」
 時雨がにこにこしながらやってきた。「庭も壊さずに済んだ……よかった……」
「ありがとう時雨殿……」
「でもあのあたり」
 時雨は広い庭の一角を示して、
「ほら、木が並んでるのに……一本分だけぬけてる」
「あ……あれは以前魔寄せのときに……」
「だめだよ……早く……新しい苗木を植えなきゃ……」
 買ってくるね……とのんきに時雨は差し込んでくる朝日に目を細めながら言った。
「そんなことまでしていただくわけには」
 竜矢は慌てて口をはさむ。これでも時雨は客だ――
 時雨は不思議そうな顔をして、こうのたまった。
「あれ……? ボクってここの庭を整えるために来たんじゃなかったっけ……?」


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1564/五降臨・時雨/男/25歳/殺し屋(?)】

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■         ライター通信          ■
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五降臨時雨様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルにご参加くださり、ありがとうございました!
アクションシナリオなのにろくにアクションしてません。申し訳ございません(汗
時雨様のぼけっぷりを書くのがとても楽しかったです。
よろしければ、またお会いできますよう……