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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


歯車さんの押し売り

「暇なので、一緒に営業へ行こう」
「いきなりなんなんだ、はぐるま」
現れるなり己の言い分だけを主張したのは歯車という作業着姿の小柄な男で、顔がキツネというかネズミによく似ていた。肩から下げた鞄は大きく膨らんでいた。
 歯車の言う営業とは壊れたものを修理することなのだが、一つ困った癖があった。この男は修理をするついでに妙な改造を加えてしまうのだ。草間興信所の冷蔵庫が壊れたのを直してもらったときは、扉を開けるなり部屋中に吹雪が舞った。
「一緒にって、車でか?」
「いいや、それ」
指さされたのは、武彦が腰かけている二人掛けのソファ。
「シートの破れを直したとき、飛べるよう改造した」
本気か冗談か、と考える間もなく歯車はソファの背もたれに隠れていたボタンを押した。たちまちソファから翼とプロペラが突き出て、武彦と歯車を乗せたままベランダから飛び出していった。

 誰か来たなの、と庭先の藤井蘭は大きな瞳を空に向けた。夏の太陽がまぶしくて、泥遊びに汚れた手を掲げる。指の隙間から見えたのは小さなソファと、二人の人間。
「武彦さん、なの?」
やや戸惑い気味なのは、武彦がソファに乗って飛んでくるものとは考えていなかったからだ。そこは本人も認めたいらしくなんともいえない苦笑いを浮かべていたが、ともかく武彦には違いない。花が咲くように蘭の顔がほころんだ。
「こんにちはなの!」
縁側に座らせているくまのぬいぐるみを振り返り、くまちゃんも武彦さんにごあいさつなの、と手を振る。蘭の言葉が聞こえたのかどうかは定かではないが、くまちゃんの頭がやや縦に動いたような気がした。
 さて、武彦には挨拶したもののもう一人には見覚えがなかった。ただでさえ小さな背中をさらにも丸めて、きょろきょろと辺りを見回す様は不審である。歯車という名前なのだと武彦が教えてくれた。
「はるるまさん、なの?」
「はぐるま。壊れたものを修理するのが生きがいの男なんだ」
だから壊れたものは隠しておいたほうがいいぞ、と武彦は歯車に聞こえないよう耳打ちをする。どうして隠さなければいけないのかわからない蘭は首を傾げる。ちょうどその視線の先にいた歯車は、ハーブの植えられたプランターを覗きこんでいる。
「僕のおうち、壊れたものはないなの」
「いや、しかし・・・」
鼻をひくひくと動かしながら歯車はなにかを探し続けている。壊れたものは匂いがするのだろうかと蘭も真似してみたが、夏の匂いしかしなかった。いや、夏の匂いに武彦の吸っている煙草が混じっている。
 庭先だけでは飽き足らず、歯車は縁側から家に上がりこんで捜索を始めた。武彦曰く、あれだけはしゃいでいる歯車は珍しいからきっとなにかあるはずなのだそうだ。
「見つからなかったら腹立てて、自分で壊しちまうかもしれないぞ」
純真な蘭をからかうのが面白いらしく、武彦はわざと低い声で脅す。
「う・・・・・・」
本気で心配になってきた蘭は、歯車を気にしはじめた。そわそわと目が泳いでいて、あと十数えるうちには多分駆け出さずにはいられなくなるだろう。
「一、二、三」
「だ・・・駄目なの!なんにも壊しちゃ、いけないの!」
五までも待てなかった。蘭は泥だらけのまま家に駆け込んで、歯車の背中にしがみついた。不意をつかれた歯車は思わず手にしていた写真立てを放り出しそうになったが、危なっかしい手つきでどうにか受け止める。
 しかし写真立てに飾られていた小さな人形がぽろりと落ちて、棚においてあったおもちゃのピアノの鍵盤に落ちた。鍵盤は、鳴らなかった。

 蘭がおもちゃのピアノをもらったのは三ヶ月ほど前のこと。赤い、可愛いピアノでどの角度から見ても飽きなかった。おもちゃというくらいだから、元々弾くことはできないのだと思い込んでいた。
「普通は、おもちゃのピアノだって鳴るんだよ。だからこれは壊れてるんだ」
「壊れてるの、直したら鳴るなるの?」
舌がうまく回りきらず、言葉が語尾にまきこまれていた。
「多分、鳴る」
断言できないのは歯車の修理、いや改造がピアノにどのような変化を与えるか予測できなかったからだ。ひょっとすると蘭を泣かせかねなかった。
「おい歯車、どれくらいで直る?」
「三十分もあれば」
おもちゃの修理なんてそれくらいのものだが、武彦はもっとゆっくりやれと注文を出す。そして庭のソファに腰かけたまま、蘭が運んできてくれたオレンジジュースを一口飲んだ。甘ったるい。ジュースの中にさらに、砂糖まで溶かし込んでいるような味だ。
「ね、お空を飛ぶのって楽しいなの?」
「多分、な」
本当のところはいい見世物扱いが恥かしくてたまらず、ほとんど目をつぶっていた。うなじのところだけじりじりと熱く焼ける感覚しか覚えていない。
「ね、ね。僕もお空一緒に飛びたいなの」
「歯車に頼んでくれ」
武彦としてはピアノの修理を夜中まで伸ばし、闇に紛れて目立たず興信所まで帰りたかった。いや、できることなら歯車を置いて今すぐ歩いて帰りたいところだったが、あいにく靴下しかはいていなかった。だから、ソファからも動けないのだ。
「ね、ね、ね。武彦さん。ピアノってどうして鳴るなるの?」
質問の度に「ね」の数が増えていく蘭の頭をくしゃりと撫でて、蘭は満開の笑顔だった、武彦はどうやって鳴るんだろうなあと逆に訊きかえす。音楽に詳しくない武彦は、楽器の原理について興味を持ったことは一度もなかった。
「鍵盤を叩くと中のハンマーが弦を打って、弦の端についた駒が響板を打つ。響板が響いて、ピアノは音を出す」
高さの違うピアノの足にやすりをかけながら歯車が教えてくれた。こういう説明は機械の仕組みにしか興味を持たない歯車の得意分野だった。ただし歯車は仕組みをしっているだけで、甚だしい音痴である。
「ね、ね、ね、ね。じゃ、おもちゃのピアノも同じなの?」
四回目の質問に答えるより先に、歯車がピアノの修理を終わらせた。おかしいことに小柄な歯車には本物のピアノより、おもちゃのピアノのほうがよく似合う。

 おもちゃのピアノを高く掲げて庭に下りてくる歯車に蘭が駆け寄る。また、さっきのように飛びつこうとしたのだが、ピアノが壊れるといけないのでそばを跳ね回るだけにした。抱いているくまちゃんの足がぶらぶらと揺れた。
「見ろ」
武彦は差し出されたピアノを受け取る。元から赤かったピアノだが、歯車の修理によってますます赤く光っているように見えた。斜めに傾け、滑らかな白と黒の波を確かめると真ん中あたりの鍵盤を軽く叩く。
「・・・鳴らないぞ」
予想に反し、ピアノは相変わらずうんともすんとも歌わなかった。歯車が修理を失敗するなんて珍しいことだ、と武彦はサングラスをずらして上目遣いに、いつもは見下ろすばかりの歯車を眺める。これは武彦なりの嫌味である。
 ソファの肘掛に腰掛けて武彦の肩に右手を乗せて、体重を預けながら蘭も左指で鍵盤を押してみる。やっぱり鳴らない、けれど指に伝わる感触が楽しくて笑ってしまった。
「歯車」
「まあ待て」
と、歯車は庭に落ちている小石を一つ拾ってくるとピアノの譜面台にちょんと置いた。よく見ると普通のピアノ、本物のピアノよりも譜面台が緩く傾いていてものが置きやすくなっていた。ミミミミ、と高い四連符が鳴った。
「・・・?」
蘭の大きな目が、さらにも大きく広がる。一体なにが起きたんだろうという武彦の視線と蘭の視線とがぶつかる。二人の顔を見ながら歯車がニヤニヤ笑っている。
「そこの花を、のせてみろ」
指さされた植木鉢へ手を伸ばし、武彦は花びらを一枚つまんだ。そして石を取り除いて黄色い花びらに変えた。今度はファの音が鳴った。
「ピアノが歌ったなの?」
「・・・いや、これは」
ピアノが歌うというよりも、石や花びらが歌っているのをピアノが耳に聞こえる音へと変えているのだった。蘭は思わず立ち上がり、耳を済ませた。
 風がピアノを鳴らしているのが聞こえた。夏の陽射しもピアノを弾いていた。世界中すべてが歌っていて、それがピアノを通して蘭の耳に響いていた。植物であるときのように、蘭の胸は高鳴った。
 人の姿になる前は、蘭もいつも歌っていた。体を動かすことができなかったから、代わりに歌っていた。今は体を動かしてばかりいたから逆に、歌うことをまた歌を聞くことを忘れていた。蘭はくまちゃんをぎゅっと抱きしめ、そしてそっとピアノの上に置いた。くまちゃんはのんびりとしたテンポで、可愛らしい歌を歌っていた。
「自信作だ」
「いつもこういうのを作れよ、なあ」
薄い胸を張っていばる歯車の頭を、武彦が後ろから小突く。軽くやったつもりなのだが、歯車はかなり痛かったらしく恨めしそうに武彦を睨んだ。そして
「貴様」
恨んでやると言うなり武彦の手首をつかみ、くまちゃんと入れ違いにピアノの譜面台へ押しつけた。瞬間、自分の喉から歌が飛び出してくるような気がして武彦は口をつぐんだ。だが、歌ったのはやっぱり武彦ではなくピアノだった。軽快な、もしくは軽薄な、そして調子外れの甲高い歌をピアノは弾きだした。
「お、おい、やめろ」
手を離せばいいのに武彦は鍵盤のほうを止めようとするから、蘭は笑ってしまった。胸が弾み、頭の中に音楽の沸いてくるのがわかった。
「僕、歌ってるなの」
大きな口を開けて、蘭は歌いだした。昔からいつも歌っていた歌を。ピアノに触れればきっと、同じ音が鳴るだろうと思われた。
「今夜、みんなにも聞かせてあげるなの」
僕の心はこんなにも鳴るなるの、と蘭はくまちゃんに頬ずりをした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2163/ 藤井蘭/男性/1歳/藤井家の居候

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
この話の楽しみは、皆様の道具を歯車がどのように
改造するかを考えるところです。
ただ所有アイテムにはなりませんが、ご了承ください。
このたびは初めての発注、ありがとうございました。
蘭さまの口調はとても可愛らしくて、さらにただ
「なの」では足りなくなって舌足らずに喋って
もらいたくなってしまいました。
蘭さまは、人間のときも植物のときも一秒だって
じっとしていられない性格のような気がします。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。