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<東京怪談・PCゲームノベル>


煉獄の向こう側 その2

 16日前、関東を代表する広域指定暴力団、東和会系列の轟組という小さな組に所属する構成員の1人が何者かに殺害された。それも全身をバラバラに切り裂かれるという凄惨な方法で。組員を殺されて黙っていられるほど暴力団はおとなしいわけではない。ただちに組を上げて組員を殺した人間を探し始めた。
 だが、その1週間後。また1人、組員が殺害された。今度は喉まで大量の食い物を詰め込まれ、窒息死していた。轟組の組員を狙っていることは明らかであった。2人目が殺害されたことで、抗争のことを考慮した警視庁捜査4課が動き出した。捜査4課は犯罪組織に対する捜査を主にした部署だ。
 だが、轟組も警察だけに任せるわけはなく、犯人を見つけ出して血祭りに上げてやろうと、血眼になっていた。轟組をはじめ、東和会系列の組織が緊張に包まれていた。そして3日前、3人目の犠牲者が現れた。どうやら1週間に1度のペースで犯行を繰り返しているようだ。3人目の犠牲者も轟組の組員で、顔をズタズタに切り裂かれて絶命していた。
 ここに至り、1部の人間は今回の犯行がキリスト教の「7つの大罪」を模していることに気がついた。最初が憤怒、次が大食、3つ目が高慢といったところだろうか。
 そして、東和会では20年以上も組織を率いてきた組長が危篤の状態で、場合によっては代替わりもあるという微妙な時期であるため、轟組の暴走を危惧した東和会は外部の人間に犯人の身柄を確保するように依頼した。犯人の生死は問わない。ただ、確実に次の犯行を止めて欲しいということであった。
 犯人がこれまでのペースを守るのなら、次の犯行は4日後ということになる。それまでに犯人を特定しなければならない。
 現在までにわかっていることは、轟組が過去に行ったシノギにより、一家心中に追い込まれた4つの家族がいるということ。さらに、1人目の被害者が殺害された際、現場周辺で怪しいコート姿の男が目撃されているということだった。
 一家心中に追い込まれた家族の1つには奇跡的に生き残った当時12歳の少女がいた。
 そして、コートの男は多摩地区のベッドタウンに建つ教会に入ったのを最後に、行方をくらましていた。

 コートの男が教会に入り、そして行方をくらませたことが判明した翌日、真行寺恭介はチームの女性メンバーとともに教会内部の調査と、周辺の聞き込みを行うことから始めた。
 恭介たちが教会へ踏み込んだ際、内部はもぬけの殻であった。コート男が、恭介の動きを察知して逃亡したのか、それとも最初から教会にはいなかったのかにより、おおよその逃亡時間が判明する。まずはそれを調べなくてはならなかった。
 恭介が考えたのは、この教会内に抜け穴や隠れた出入口などがないか、ということであった。そうしたものがあれば、恭介たちが踏み込む直前に、誰にも悟られることなく逃げ出すことができただろう。
 しかし、そうした考えとは裏腹に、教会のどこを調べても、抜け穴のようなものは発見できなかった。
「チーフ」
 その時、周辺の聞き込みを行っていた女性メンバーが教会へ入ってきた。
「どうだった?」
「この教会は、牧師が1人で切り盛りしていたようです」
「1人? シスターなどはいなかったのか?」
「はい。近所の住人の話では、40代の黒岩という牧師が、教会を受け継ぎ、細々とミサなどを行っていたそうです」
 その黒岩という牧師が、殺害現場周辺で目撃されたコートの男手ある可能性は高い、と恭介は判断した。
「それで、その牧師は?」
「昨日の昼頃、教会を出て行くところを近所の主婦によって目撃されています。我々が踏み込んだ時間を考慮すると、それから戻ってきていないと思われます」
「逃亡したか……」
 あるいは、次の犯行の準備に入ったとも考えられた。
 轟組の構成員を殺害している犯人がペースを守るとすれば、次の犯行は4日後ということになる。その準備のため、地下へ潜った可能性は高いといえた。
「引き続き、周辺の聞き込みと、この教会について調べてくれ」
「チーフは?」
「俺は、その黒岩という男について調べる」
「わかりました」
 教会周辺の情報収集を任せ、恭介は黒岩という牧師について調べることにした。
 この黒岩が轟組の組員を殺害しているコートの男であると恭介は判断していた。しかし、その動機や手段などに関して、不透明な部分が多い。それを調べる必要があった。

 恭介は青梅街道を西へ向かって車を走らせていた。黒岩の身辺調査の過程で、恭介は黒岩が牧師になる前に、あの教会で牧師をしていた人物がいる場所を突き止めたのだ。
 JR青梅駅を過ぎ、交差点を右折して小曽木街道へと入る。この街道は埼玉県飯能市まで通じており、その途中にいくつもの老人ホームがあった。
 そうした老人ホームの1つに車を滑り込ませると、来客用の駐車スペースに車を止めて恭介は施設へ向かった。受付で来訪の目的を告げると、その看護師は少し驚いた表情を見せたが、快く恭介を案内してくれた。
 その老人は青梅の山々を望む中庭で、車椅子に座り、なにをするでもなく景色を眺めていた。
「長島さん。お客さんですよ」
 看護師が声をかけると、老人は意外そうな顔をして恭介のほうを見た。長島老人と目が合い、恭介は少し離れたところから会釈した。
 事前に得た情報によると、長島はすでに80歳を超えているということであったが、目の前にいる老人はとても80過ぎには見えなかった。
 血色も良く、若い頃はがっしりとした体格だったと窺わせるものがある。しかし、足が悪いのか、電動車椅子を操り、長島老人は恭介へ近づいてきた。
「君かね。来客というのは」
「真行寺恭介といいます。今日は突然、お訪ねして申し訳ありません」
 改めて恭介が会釈すると、長島は小さくうなずいた。
「若いのに礼儀を心得ているようだ。儂になんの用かね?」
「黒岩牧師のことを伺いにきました」
「黒岩? あの男がどうかしたのかね?」
 恭介の言葉に長島は怪訝そうな表情を見せた。
「黒岩牧師が、ある事件に関係している可能性が強まったため、牧師の身辺を調べさせてもらっているのです」
「事件とは?」
「殺人事件です」
 長島は渋面となり、まるで睨みつけるかのように恭介を見上げた。
「君は刑事なのかね?」
「いえ。違いますが、ある人物からの依頼で調査を行っています」
「黒岩が、その殺人事件の犯人だと思っているのかね?」
「証拠はありません。ですが、容疑者の1人であると考えています」
「それは、ありえない」
 恭介の言葉を長島はきっぱりと否定した。
「ありえない? なぜですか?」
「元ヤクザとはいえ、あの男は改心して牧師になったのだ。同じ過ちを犯すとは思えない」
「ヤクザ? 黒岩牧師はヤクザだったのですか?」
 長島の言葉に驚きを感じながら恭介は訊ねた。
「なんだ、知らなかったのかね?」
「その話、詳しく聞かせていただけますか?」
「詳しくもなにも、あの男はヤクザ時代に人を殺して刑務所に入った。そして、刑務所の中で教義と出会い、それまでの自分を悔い改めたのだ」
「つまり、黒岩牧師は刑務所でキリスト教に出会い、刑務所を出てから牧師になったということですか?」
「牧師にしたのは儂だがね」
 意外な情報であった。しかし、黒岩が元ヤクザであり、かつて殺人を犯して服役していたのだとすれば、人の殺し方にも慣れているということにならないだろうか。
 それは偏見なのだろうし、黒岩がどのような気性の持ち主なのかもわからないが、ヤクザという経歴は、少なくとも問題の解決手段に暴力を選ぶ思考回路がどこかに眠っているのかもしれない、と恭介は思った。
「以前、黒岩牧師が所属していた組の名前はご存知ですか?」
「……確か、轟組といったか」

 黒岩が轟組の元組員と判明し、轟組について調べるため、青梅から都心へ戻ろうとしていた恭介の携帯電話が着信を知らせて震えた。反射的に携帯電話を手に取り、液晶画面へ視線を移すと見知らぬ番号が表示されていた。
「はい。真行寺です」
 その番号を訝しく感じながらも恭介はハンズフリーに接続して電話に出た。安全を期すために知人が携帯電話の番号を変えたということも考えられたし、会社からの緊急連絡という可能性も否定できなかった。しかし、電話の向こう側から流れてきたのは沈黙だけであった。自分の居場所を特定するための電話かと疑いながらも、恭介は言葉を続ける。
「もしもし?」
「真行寺恭介か?」
 聞こえてきたのは男の声であった。どこかで聞いたような気もするが、決して馴染みのある声ではない。
「そうですが、どちら様でしょう?」
「グレイ・レオハーストだ。覚えているか?」
「ああ。久しぶりだな」
 恭介は前走車との距離に注意しながら答えた。
 グレイ・レオハースト。渋谷を中心に始末屋を生業とするアメリカ人である。渋谷のみならず、新宿、池袋でも精力的に活動し、裏社会では名の知れた人物となりつつあった。
「なんの用だ?」
「相変わらずだな。轟組について調べていると聞いたのだが?」
「どこから聞いた?」
「八十八組だ」
 その答えに八十八組の組長代行を務める咲島圭吾から話が行ったのだろう、と恭介は考えた。始末屋として各犯罪組織とパイプを持っているグレイであれば、その程度の情報を仕入れることは容易い。
「それで? 俺になんの用だ?」
「轟組に関して有益な情報を提供できると思う」
「見返りは?」
「それについては会ってから話そう。これから会えないか?」
 一瞬、恭介は思案した。グレイとは何度か仕事をした間柄であり、信用できる人物だとは思っているが、裏社会の人間である以上、簡単に言葉を鵜呑みにすることはできない。
 しかし、始末屋として暗躍するグレイならば、恭介が知らない情報を数多く握っていることは明白である。このまま単独で情報収集に当たるよりも、短時間で簡単に必要なことが得られる可能性は高いといえた。
「いいだろう。どこで会う?」
「今、どこにいる?」
「青梅街道を新宿方面に向かっている」
「では、大久保にあるトライアングルという店で会おう」
「わかった。大久保なら、1時間後には着けるだろう」
 そこで恭介は電話を切った。

 扉を潜るとカウンターの最奥にグレイが座っているのが見えた。店内に他の客はいない。グライの他にはカウンターの内側で初老のマスターがグラスを磨いているだけだ。店内にはスロージャズが流れており、雰囲気は悪くない。
 恭介はグレイの隣のストゥールに腰掛けた。グレイの前にはロックグラスに注がれたスコッチが置かれている。それに倣ったというわけではないが、恭介はジョニーウォーカーの黒ラベルをストレートで注文した。
「久しぶりだな」
「そうだな。俺の携帯をどこで知った?」
「いくらでも知る方法はある。違うか?」
「それも、そうだ」
 そう答え、恭介は差し出されたスコッチで喉を湿らせた。
「轟組のことを調べているらしいな? 例の事件のことか?」
「例の事件とは?」
「轟組の組員が、次々と殺されている事件だ」
 グラスをカウンターに置き、恭介はグレイを見やった。
「今、轟組関連といえば、この事件のことしかないだろう」
「そうだ」
 とぼけても仕方がないと判断し、恭介はグレイの意見を認めた。そうした話が耳に届いているだろうにも関わらず、マネキンのような無表情でマスターは作業を続けている。客の話は聞いていないというスタイルを通しているのだ。
「どこからの指示だ?」
「それは言えない」
「そうか。だが、例の事件について調べているのなら、我々は手を組めそうだな」
「そっちも調べているのか?」
「ああ。私と、ブラックマンが調べている」
 顔見知りの名前を聞き、恭介はいささか表情を変化させた。
 ジェームズ・ブラックマン。これまでにも何度となく仕事を共にしてきた男だ。
「なるほど。見返りは、手を組めということか」
 先ほど、電話で話した内容を思い出し、恭介は言った。その言葉にグレイはスコッチを口に含みながらうなずいた。
「いいだろう。手を組もうじゃないか。それで、有益な情報とは?」
「その前に、轟組についてどこまで調べた?」
「たいしたことはわかっていない。八十八組の咲島さんから聞いた程度のことだ」
 ふと、そこで恭介は思い立ち、黒岩のことをグレイに聞いてみた。この男であれば、黒岩に関する情報も知っていそうな気がしていた。
「黒岩か。懐かしい名前だ」
「知っているのか?」
「話をした、という意味ではな。古い言い方をすれば、轟組の切り込み隊長だった男だ」
「切り込み隊長?」
「他の組などとトラぶった場合、真っ先に仕掛けて行く人間だ。5年前、敵対する中国人グループのところへ殴りこみ、1人を殺し、2人に重傷を負わせて服役した。2年前に出てきている」
「1人を殺して、懲役3年か」
「一般市民が犠牲になったわけじゃない。犯罪者同士の殺し合いだ。警察も検事も、その辺りは理解している。塀の中で行儀良くしていれば、それくらいで出てこられる」
 恭介はうなずいた。その服役中に黒岩はキリスト教の教義に感化され、足を洗ったということなのだろう。組のために特攻を仕掛けたこともあり、轟組は黒岩の意見を尊重したのかもしれない。
「まさか、黒岩が今回の犯人だと思っているのか?」
「その可能性は捨てきれない」
 恭介は殺害現場周辺での目撃情報や、黒岩に関する情報をグレイに話した。
「問題は、黒岩が轟組の組員を殺害する理由がわからないということだ。足を洗うことに対して、なにか組側と問題はなかったのか?」
「そういった話は聞いていない。トラブルがあったのだとすれば、そう簡単に牧師になどなれてはいないだろう」
「それに、なぜこの時期に黒岩が動いたのか、という点も気になる。まるで、跡目問題を狙ってきたかのようにも思える」
 その言葉にグレイはどこか驚いたような表情をして恭介を見た。
「まさか、手引きした人間がいるとでも?」
「確証はないが、俺はそんな気がしている。轟組が派手に動けば、警察にも注目され、東和会の跡目相続にも影響を及ぼすかもしれない。そう考えた人間と、黒岩の利害がいっちしたということも考えられる」
「東和会内部の動きか?」
「いや、それはわからない。問題の内容からして、性急に答えを見出せるものでもないだろう」
「いいだろう。その件に関しては、こちらで調査する」
 恭介は再びうなずいた。
「黒岩が犯人だと仮定して、次に狙うのは誰だ?」
「それはわからないが、轟組の構成員の名前と判明している住所を教えよう」
 そう言ってグレイは1枚のメモを恭介に渡した。そこには轟組に所属している構成員の名前と、判明している範囲での住所が記されていた。
「今回の事件が、轟組の地上げに関係しているのだとすれば、次に狙われるのは、チェックをつけてある連中だろう」
 メモに記された8名のうち、5名にチェックがつけられていた。この5人が地上げに携わっているということなのだろう。
「あとはブラックマンに連絡を取ってくれ」
「わかった」
 答え、恭介はスコッチを呷ると席を立った。

 待ち合わせの場所に指定されたのは西新宿のホテルだった。高層ビルの上層階にあるスカイバーへジェームズが行くと、西新宿を一望できる窓際の席に恭介が座っていた。
「隣、よろしいですか?」
「ああ」
 恭介のうなずきを見てジェームズは隣のストゥールに腰掛けた。
 恭介の前にはカクテルグラスが置かれている。中身はドライ・マティーニ。ベルモットの香りがするジンだ。カクテルの王様とも呼ばれる飲み物である。
「ダーティ・マザーを」
 注文を取るために近づいてきたボーイへジェームズはカクテルの名前を告げた。
「先ほど、あなたの部下に銃口を向けられましたよ」
「そうか。それはすまなかった」
「いえ。あなたが謝ることではありませんよ」
 そこでボーイが近づいてきて、ジェームズの前にカクテルグラスを置いた。
 ジェームズはグラスを手に取り、カルーアの香りが漂うカクテルを口に含んだ。ブランデーの苦味に混じり、コーヒーリキュールの甘さが舌の上に転がる。
 ウォッカとカルーアをシェイクした物をブラック・ルシアンというが、ウォッカをブランデーに変えるとダーティ・マザーとなる。
「あなたが、轟組の事件を調べているとは思いませんでしたよ」
「仕事なのでな」
 そうして2人はそれぞれの情報を交換した。
「なるほど。唯一、一家心中で生き残った少女か」
「ええ、その少女の治療費を支払っているのが黒岩という人物です」
「黒岩と、その山本朱里という少女の接点はどこにある?」
「それは、まだわかりません」
「だが、黒岩が轟組の組員を殺害する動機が、少し見えてきたな」
 恭介の言葉にジェームズはうなずいた。
 黒岩が轟組の構成員を殺害している犯人だとして、その動機は朱里にあるように思われた。まるで朱里の代わりに轟組へ復讐しているようにも感じられる。だが、キリスト教の教義に感化された黒岩が、その禁忌である殺人を犯すことに疑問を感じないでもない。
「殺人で服役したことがあるとはいえ、キリスト教徒となり、ヤクザから足を洗ったほどの人間が、教義に反してまで復讐の代行をするものなのだろうか?」
「どうでしょうか。黒岩が、朱里という少女になんらかの思い入れがあれば、殺人も辞さないのではないかと思いますが」
 黒岩と朱里の接点がどこにあるのか、そして関係がどれほどのものなのか、その辺りを調べなければならない、と2人は感じていた。
 そこに黒岩の本当の動機が隠されている気がした。

 完


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 2512/真行寺恭介/男性/25歳/会社員
 5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??

 NPC/グレイ・レオハースト/男性/32歳/始末屋

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■         ライター通信          ■
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 毎度、ご依頼いただき、誠にありがとうございます。
 今回も遅くなりまして申し訳ありません。
 真行寺様、ジェームズ様ともに別々の調査を行ったため、今回は途中まで個別の内容でお送りしております。これらの情報を元に、情報交換をしていただき、捜査を続行していただけると幸いです。
 では、またの機会にお会いいたしましょう。