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<東京怪談・PCゲームノベル>


 恋って素敵。

 崎咲・里美が「依頼」の名目で半ば強引に取材の許可を勝ち取り、なんでも屋に泊り込んで三日が過ぎた。
 始めは「年頃の女の子が男しかいない家に泊まりこむなんて…!」と、逆に男性陣から反対があったが、瑠璃が一緒に寝るということで黙らせた。
 そこまでして里美が彼らへの取材を敢行した理由。それは…そんなに大それたものではない。ただ、街で聞いた彼らの噂から純粋に興味が沸いただけだ。それは単純で些細な理由かもしれない。けれど、好奇心こそが報道に携わる者にとって最大のエネルギー源である、と里美は思っていた。
 そんなこんなで、取材四日目。未だ大事件…大依頼はやってこない。里美は瑠璃が作ってくれたチーズサンドを頬張りながら庭で一人、武術の練習をすいる玉鈴を眺めた。
「ねぇ、もう三日もお客さん来ないけどいいの?営業とかしないの?」
 里美の問いに、彼は拳を突き出すのをやめないままうなずいた。
「いつも、のことだから。どうって、こと、ないよ」
「そうかなぁ」
 そんな里美の心配を打ち消すように、突然インターホンが鳴った。この三日間で初めて聞いた音だ。廊下に目を向けると、エプロンを外しながら玄関に走っていく瑠璃の姿が見えた。
「依頼人だ」




 里美が玉鈴と一緒に離れの事務所に行くと、そこには既に緋翠と晶、瑠璃が席に着いていて机を挟んで向かい側に気の弱そうな少年―高校生だろうか―が座っていた。少年が腰掛けているソファは二人掛け用だけれど、彼があまりにも申し訳なさそうに座るものだからもっと大きく見える。玉鈴が晶の隣に座り、里美が部屋の隅にパイプ椅子を置いて腰掛けたところで、やっと緋翠が口を開いた。里美もメモ帳を開く。
「それじゃ、依頼の内容を教えてもらえますか?」
 依頼人の少年はビクリと肩を揺らすと、オドオドと視線を迷わせながら「あの」とか「その」とか、要領を得ない言葉を紡ぐ。晶がイライラと貧乏揺すりを始めたのを瑠璃が押さえつけてからたっぷり三分経った頃に、やっと少年が正面を見た。そろそろ、四人ともが痺れを切らしかけていた。
「あの、僕…。こ…恋が、したいんです」
「……」
「……」
「……」
「……」
 少年が本題を言うまでにかかった時間と同じ…いや、それ以上の時間の沈黙が流れた。
 四人が硬直していた時間…およそ、五分二十秒。




 依頼人は、飛田圭司と名乗った。都内某有名私立に通う…いわばエリート優等生らしい。現在高校二年生…本来なら青春真っ盛りであるはずの圭司少年だが、ずっと勉強ばかりしてきていてろくに遊んだこともなかった。今まではそんな自分に疑問など感じたこともなかったが、街でたまたま再会した中学時代の級友を話を聞いているうちに自分も恋をしたくなったらしい。
「ぼ…僕も勉強ばっかりじゃなくて、ちゃんとせ…青春を、お、謳歌したいんです」
「そ…そうだなぁ…確かに」
 圭司の勢いに、晶も思わずうなずく。
「お願いします!僕に、恋させてください!!」
 深々と頭を下げる彼に、誰も言葉を紡ぐことができなかった。
 確かにここは「なんでも屋」で、読んで字の如く様々な依頼をこなすことが仕事だが…こんな内容は初めてだ。
「お願いしますっ!」
 顔を上げた真剣な眼差しをまともに向けられた玉鈴が顔を引きつらせる。
「えぇ!?え〜っと、これは…どうかな?晶」
 振られた晶もブンブンと首を横に振る。
「お、俺は全然モテねぇから…こーいうことは、お前に任すぜ、色男!」
「んな…っ!こういうときばっかり調子いいんだよお前はっ!」
 ポンと肩を叩かれた緋翠はあからさまに眉をひそめ晶を睨みつけた。
「ホントーのことだろ?モッテモテだったらしいじゃねぇか〜緋翠くん?」
「それとこれとは話が違うだろ!」
「あのぉ…無理、なんでしょうか…?」
 泣きそうな声をあげる圭司に、二人は慌てて笑みを返す。大分、引きつった笑みだが。
「いや、そーいうわけじゃ…なぁ、緋翠?」
「そ、そうそう。あ…っ瑠璃!瑠璃の意見は?」
 瑠璃はキョトンと首をかしげ、自分を見る少年たちを見返した。
「…恋って、何?」
「………」
「―ちょっと、いいかな」
 静まり返った室内を動かしたのは、それまで黙ってメモを取っていた里美だった。
 本来なら、一取材者であるだけの彼女は口を挟むべきではない。けれど、圭司のあまりの必死さと、なんでも屋メンバーの困惑っぷりを見ていたらおもわず声が出ていた。四人はむしろ、ホッとした表情を浮かべている。
「なんですか、里美さん?」
「うん、あのね…」
 里美は立ち上がり、圭司の横に腰掛ける。彼の目が不安そうに揺れた。
「私が口を挟むことじゃないんだろうけど…恋って依頼をしてできるもんじゃないと思うよ?依頼して恋をしたとして…それって恋って言えるのかな」
「………」
「恋をしたいから依頼する。依頼したから恋をした…なんて違うと思う。自分で見つけてこそ、本物の恋なんじゃない?ねぇ」
 チラリと四人を見ると、彼らもウンウンとうなずいている。
「あ〜俺それわかるかも。俺は瑠璃ちゃんへの愛に自分で気付いたし!」
「お前のは恋じゃない。単に可愛い子が好きなだけだろ」
「違うっ!俺は瑠璃ちゃんが瑠璃ちゃんだからこそ好きになったんであって…!たとえこの先、瑠璃ちゃんが男になる道を選択したとしても……いや、さすがにそれはきついかな…いやいや、でもそれが瑠璃ちゃんだと思えば…!う、う〜ん、でも…」
 一人で悩み始める晶は放っておいて、圭司を見つめる里美たち。彼は肩を竦めうつむいていた。
「飛田くん?」
「そ…そりゃ…それがベストかもしれません。で、でも僕…女の子と話したことなんてなくて…部活にも入ってないし、出会い自体…」
「それはあなたの思い込みだよ。少し落ち着いて、周りを見てみよう?きっと貴方を見てくれている人はいるから」
「………」
「部活じゃなくたって、教室があるじゃない。クラスじゃなくても、廊下で会ったり、通学途中で会ったり…いろんな所に出会いはあるんだよ?」
 恋なんて、したいと思ってするものではない。と里美は思う。悲しい失恋を経験して、もう二度と恋なんかしないと思っていてもまた誰かを好きになってしまう。それは誰にも…自分自身でさえも止められない感情なのだ。
「きっとね、飛田くんももう恋しちゃってると思うよ」
「僕が…?」
「うん。自分で気付いてないだけなんだよ」
 自分で止められない感情であるが故に、いつの間にか恋をしていて、気付かないこともある。失恋したときに初めて「好きだったんだ」と気付くこともある。数多くの取材の中、そんな話を何度も聞いたものだ。そして里美自身にもそんな甘苦い経験はある。その辺は、企業秘密だけれど。
「そうだ、私に飛田くんの身の回りの人のコト、話してみて?他の人とはどこか違う感じ方をする人、いるかもしれないよ?」





 それからたっぷり三時間ほど。圭司と里美の会話は続いた。ここから先はプライバシー!となんでも屋メンバーは場外に出され、再びドアが開かれるのを静かに待っている。
「なぁ…俺たちのトコに来た仕事だよな?コレ…」
 晶がおもわず呟いてしまうほど、見事に里美に場を持っていかれてしまった。
「まぁ…これで良いんじゃないか?」
 玉鈴が苦笑混じりに言う。
 自分たちが何とかしようと無駄にあがくよりも、この方がきっと彼も満足するだろう。何せ、このテの話は全員が専門外なのだ。
「そーだな…あ」
 扉が開き、まず圭司が姿を見せた。その表情はここに来た時よりもずっと明るくて…里美の仕事が成功したことをうかがわせる。彼は四人にも深々と頭を下げ「お世話になりました!」と微笑んだ。どうやら、自分で恋を見つけることができたようだ。
 次はその、恋した相手と結ばれるという大仕事が待っているが…きっと今の彼なら、ここには来ず自分でなんとかするだろう。
「お疲れ様、里美さん」
 軽く伸びをしながら出てきた里美に、瑠璃が労いの言葉をかけた。
「さすがにちょっと疲れたかな…でも、うまくいったみたいだし良かった」
 彼女の顔には満足そうな微笑が浮かんでいる。
「なんか里美さん、話してるときすご実感こもってた気がするんですけど。…何かあったんですか?」
「ふふ…それは企業秘密だよ」
 



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2836 / 崎咲・里美 / 女性 / 19歳 / 敏腕新聞記者 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、叶遥です。
このたびは発注いただきましてありがとうございました!

楽しく書かせていただきました。
楽しんでいただければ幸いです!