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<東京怪談・PCゲームノベル>


ALICE〜失くしものを探しに〜

「ねえ・・・これって気絶してんのかな・・・?」
 白うさぎの問いかけに、チェシャ猫は地面に寝転がっている青年を見つめながら応える。
「俺には普通に寝てるように見えるけどね。しかも結構気持ち良さそうに」
「だよねえ・・・」
 白うさぎは呆れたように溜息をついた。
 ここは「不思議の国のアリス」の本の中に存在する世界。読んだ者を強制的に中に吸い込むという困った特性がある。なので、こうして普通の人間が迷い込んでくるのは別段珍しくはないのだが・・・
「呑気に寝てる奴なんて初めて見たよ、あたし」
「・・・・・・あ・・・くまさん・・・」
「くまさん!?」
「あはは。どんな夢見てるんだろうねえ」
 一瞬、和やかな雰囲気がその場を包み込む。それを壊したのは白うさぎだった。
「って、和んでる場合じゃないからっ!起こしてとっとと帰って貰わないと!」
 外の人間が長い間ここに存在するのはあまり好ましくないのだ。何か悪影響を及ぼす可能性がある。
 ・・・と、自称天才発明家の帽子屋が言っていた気がする。
「起こすってどうやって?」
「鳩尾に一発!」
「・・・まあ、ほどほどに」
 チェシャ猫の了承も得られたようなので、白うさぎは拳を高く掲げた。それを勢いよく振り下ろし・・・・・・


【そう遠くない日に〜五降臨・時雨〜】


 思いの他強く殴り過ぎてしまったらしい。妙な呻き声をあげながらのた打ち回る青年を見て、チェシャ猫が豪快に笑っている。
「あははははははははっ」
「・・・やっちゃった・・・・・・」
「あははは・・・っ。えーっと、君、大丈夫かい?」
「・・・」
 やっと痛みが治まってきたのか、青年がゆっくりと立ち上がった。白うさぎとチェシャ猫の目線が自然と上にあがっていく。
 身長2mを軽く超えていそうだ。それだけでかなりの迫力がある。何も言わずに見下ろしてくる青年に、白うさぎは内心焦りまくっていた。
 怒らせてしまっただろうか?この体格差では、まともにぶつかりあったらまず勝ち目はないだろう。
 ここは一つ―――
「ごめ―――」
「おはよう・・・?」
 謝る前に挨拶されてしまった。
「は・・・?え・・・?」
「はい、おはよう。とりあえず名前を聞かせてもらえるかな?」
 呆気にとられる白うさぎに対し、チェシャ猫は冷静な対応をする。
「五降臨・時雨・・・・」
「歳は?」
「・・・25歳・・・」
「お。社会人だね?仕事は何をしているのかな」
「・・・・・・・・・え・・・?」
「や。だからお仕事。職業だよ、職業」
「・・・・・・ベビーシッター・・・・・・だと思う・・・あれ・・・?・・・違った・・・かな・・・?」
「・・・っだあああああああああ!!」
 思わず時雨の脇腹に拳を叩き込んでいた。
「あんたねえっ!もっとシャキシャキ喋れないわけ!?そのスローな口調、めっちゃくちゃイライラするんだけど・・・!」
「・・・そんなこと・・・言われても・・・。・・・・・・痛かった・・・」
「チェシャ猫もっ!無駄なこと訊いてないで、さっさと本題に入ってよ!」
「はいはい。まったくウサギっていうのはどうしてこう短気なんだろうなあ」
「何か言った!?」
 睨んでやると、チェシャ猫は「何も」と肩を竦めてみせる。時雨の方に向き直り、説明を始めた。
 ここは「不思議の国のアリス」の本の中なのだということを。
「・・・そういえば・・・さっきまで本を読んでた・・・よう、な・・・。子供達に読んであげようと・・・思って、て・・・」
「それは災難だったね。まあ、この世界、抜け出すのは簡単なんだけど・・・。その前に一つだけ確認。君、何か無くなってる物はない?」
「無くなってる・・・物・・・・・・?」
 自分の体を見回しつつ、考え込む時雨。しばらく時間がかかりそうだ。
 白うさぎは目を閉じ、たっぷり二分ほどカウントしてから目を開いてみた。
 時雨はまだ考え中のようで、チェシャ猫が欠伸を噛み殺している。
「・・・・・・・・・あ」
 やっと思い当たったらしい。
「妖刀【血桜】が・・・・・・・ない・・・と、思う・・・」
「よ・・・妖刀・・・!?」
「ありゃ。随分と厄介なものを盗まれたね」
「盗・・・・・・・?」
「不思議の国の住人は珍しい物に目がなくてね。さっきの君みたいに寝こけたりしていると、何か必ず盗まれるんだよ」
「それは・・・・・・・・・困る・・・」
 全然困っているように見えないのだが。
 突込みを入れたくなったが、時雨がまだ言葉を続けるようだったのでぐっと堪えた。
「あれ、僕以外の人・・使うと危ないよ・・。僕にとって・・も大切だし・・盗った人も、危ないし・・・取り返した・・い・・」
 一応、色々と考えてはいるようだ。時雨はもう一本刀を持っているようだったが、こちらの方は盗まれなかったらしい。
「よしっ!じゃあ取り返しに行くって方向で問題ないね」
「・・・うん・・・」
「・・・」
 この雰囲気は・・・
 ―――あたしも突き合わされる感じ・・・?
「俺はチェシャ猫。で、こっちが・・・」
 やはり付き合わされるらしい。白うさぎは溜息をつきつつ、名乗る。
「白うさぎ・・・」
「・・・ねこさん・・・うさぎさん・・・」
 時雨が二人を交互に見つつ、繰り返した。何やら目が輝いて見えるのは気のせいだろうか?
「・・・」
 おもむろに
 時雨が手を広げたかと思うと・・・
「っ!?」
 白うさぎの体をぎゅっと抱き締めた。
「な・・・ななななななな・・・!?何・・・!?セクハラ?唐突にセクハラなの!?」
「・・・うさぎさん・・・可愛い・・・・・・・」
「ひいいいいいいっ!!」
 半パニック状態に陥る白うさぎ。
「どうやら時雨さんは動物好きみたいだね」
「ど・・・動物って・・・!あたし、人の形して・・・」
「・・・ねこさんも・・・可愛い・・・」
 今度はチェシャ猫に抱きつく。
 人の形をしているとか、彼にはまったく関係ないようだ。
「ははは。可愛いなんて初めて言われたなあっ」
「ふ・ざ・け・て・る・ば・あ・い・じゃ・な・い・で・しょ・お!?」
 時雨とチェシャ猫を無理矢理引き離した。この調子では刀を取り戻すのに何日もかかってしまう。
「で、チェシャ猫。刀を盗んだのは誰なの?あんたのことだからだいたい分かってるんでしょ?」
 彼は不思議の国一番の情報通と言われているのだ。彼に訊けば大抵の情報は手に入る。
「多分、女王様だね。刀に興味を持つなんて、あの人以外有り得ないだろ?」
「・・・確かに」
 これには白うさぎも納得できた。ハートの女王は武術に長けており、剣術も得意としていたはずだ。城には何本も女王専用の刀や剣が収められているという。
「でもさ・・・」
 白うさぎはチェシャ猫の頭を撫で続ける時雨を仰ぎ見る。
「・・・これが女王様に勝てると思う?」
 チェシャ猫は曖昧に笑ってみせただけで何も答えなかった。
 ・・・・・・答えられなかったのだろう。


 いつ見ても、女王の威圧感というのは凄まじいもので。
 彼女と対峙する時雨をはらはらした気持ちで見守った。
 白うさぎ自身も多少肉弾戦には自信があり、何度か女王に闘いを挑んだことがある。結果は全敗。この不思議の国には女王に勝てる人材はいないと言われているのだから当然の結果だったのかもしれない。
「・・・女王様・・・」
 相変わらずのスローテンポで時雨が切り出す。
「ねこさんに・・・武術の心得がある・・って。聞いた・・。剣術で・・勝ったらその刀・・・返して、くれる?」
 女王が携えている刀が妖刀【血桜】なのだろう。女王はふっと笑い、「いいでしょう」と応じた。
 時雨はもう一本の刀―【妖長刀】と呼んでいるらしい―を構える。
「僕・・・本職だから負けられな・・・い・・・」
 ・・・本職?
「・・・本職・・・?」
 白うさぎが頭の中に浮かべた疑問符と時雨の声が被った。
「あれ・・・僕・・・ここ最近ベビーシッターとか保育所手伝いしかしてない、よう・・・な・・・。・・・僕、何が本職・・・だっけ・・・?」
「・・・いや、私に訊かれても・・・」
 女王が珍しく困ったような表情をしている。時雨の独特なテンポに戸惑っているようだ。
「あ・・・でも・・勝負で・・あの刀使うと・・辺り一面火の海・・だから、ちょっと・・・。女王様も・・危ない、し・・。早くしない・・とバイトに間に合わない・・し・・・」
「・・・何か・・・一番最後のが本音っぽいんだけど・・・」
「ははは。俺もそう思った」
 その場を何とも言えない独特な雰囲気が包み込む。しばらくぽかんとしていた女王だったが、はっと我に帰るとすぐに刀を構え直した。
 女王が動くより速く、時雨が一歩踏み出していた。そして―――
「あ」
 こける。
 刀に足を引っ掛けたらしい。
「あらら」
「何やってんの、あの馬鹿・・・!」
 反射的に駆け出していた。刀を持ったまま時雨に向かって走り込んでくる女王に突進する。かなり本気の攻撃だったのだが、片手で止められ、そのまま地面に突き飛ばされた。
「痛・・・っ」
 受身を取り損ねる。痛みを堪えつつ、何とか顔を上げた時には勝負はすでについていた。
「え・・・」
 時雨が倒れた女王の首に刀を突きつけている。
「・・・うさぎさん・・・いじめるのは許さない・・・」
 彼の瞳は怒りに満ちていて―――
 一瞬背筋に冷たいものがはしった。このままだと彼は女王を殺してしまうのではないか?
 何故だかそんな事を思う。
「ちょ・・・待って!」
 慌てて止めに入った。
「時雨!あたしは大丈夫だからっ。ほら、あんたの勝ち!それでいいでしょ?」
「・・・うさぎさん・・・」
「ね?」
 笑ってみせると、時雨は安心したようで、刀を女王から離しそのまま鞘に収めた。
「・・・私の負けよ・・・。刀は返すわ・・・」
「・・・・・・どうも・・・」
 女王から血桜を受け取る時雨。ずっと傍観していたらしいチェシャ猫が白うさぎの隣に並んだ。
「ねえ・・・何があったわけ?こいつ、思いきりこけてたよね?」
 それが何時の間にか女王が地面に倒れ、時雨が刀を彼女に向けていた。
「俺もよくは見えてなかったんだけどね。君が地面に倒れた瞬間、凄い勢いで飛び起きて・・・・・・気付いたら女王を倒してたんだよねえ・・・」
「ふーん・・・」
 時雨の方を見る。惚けているようで、実は結構凄い人物なのかもしれなかった。


 無事刀も取り戻し、バイトもあるということなので、時雨は早々に不思議の国から去っていった。
「白うさぎ・・・」
「・・・何・・・?」
「顔赤いけど?」
「な・・・っ」
 慌てて顔を抑える。
 帰り際、時雨はとんでもないものを残していったのだ。

『・・・うさぎさん・・・さっきは、助けてくれて・・・ありがとう・・・』
『ありがとうって・・・、あたし、結局何もできなかったし・・・』
『でも・・・嬉しかった・・・から・・・。ほんとに、怪我は・・・ない・・・?』
『ないよ。大丈夫』
『そっか・・・良かったあ・・・』
『・・・っ!』

 最後の最後に見せた笑顔が、それはもう破壊力抜群で。
 人懐っこいというか、何かとんでもなく可愛かったというか・・・
 とにかく先程から、白うさぎの頭にあの笑顔が焼き付いて離れてくれないのだ。
「ど・・・どうしよう、あたし。何か・・・」
「一目惚れって奴?」
「はあ!?」
 まさか。
「まあ、また会えるかもね。あの天然具合なら、もう一回くらいは迷い込んでくるかも」
「もう面倒はごめんなんだけどね・・・」
 そう言いつつも、内心もう一度会いたいとは思っている。
 あの時、時雨は刀を取り返す為ではなく、白うさぎの為に女王に刀を向けたのだ。
 そのお礼を、まだ言っていない。
 笑顔で「ありがとう」と言ったら、また彼は笑ってくれるだろうか。


『ありがとう』


 そう遠くない日に
 いつか
 必ず


fin


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC

【1564/五降臨・時雨(ごこうりん・しぐれ)/男性/25/殺し屋(?)】



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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターのひろちです。
納品の大幅遅延申し訳ありませんでした・・・!!

今回、白うさぎ視点で書かせて頂きました。
時雨さんは物凄く個性的というか独特な方なので、白うさぎもペースを狂わされていたようですが・・・。
少しでも時雨さんの魅力を引き出せていたなら幸いです。

また機会がありましたら、その時はよろしくお願いします!
本当にありがとうございました!