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<東京怪談・PCゲームノベル>


-ドッグファイト- 通常要撃戦闘

1.

 ありふれた郊外の細道。
 少女はふいに立ち止まる。そして夕暮せまる空をみつめる。
 そこにこそ、そこにのみ自らの目指すものがあるように。
 優雅な曲線を描く瞼が、ひときわ大きく開かれる。
 いる。
 来る。
「コンタクト――超高々度に反応。方位0-1-4」
 誰に向かってか。
 ぽそりと呟く。
 次の瞬間、黒髪をなびかせ、細身に似合わぬ――いやヒトならぬ速度で少女は駆けている。
 息ひとつ切らさない。
 遠ざかる足音に、かすかな駆動音のうなり。


2.

 TISAF、防霊空軍司令の高月はハムバンにかぶりつきながら起き抜けの夕刊を読んでいた。
「む」
 戸口に気配を感じて立ち上がる。
「どなたかな」
 夕日の逆光に細身の少女のシルエット。中学生程度の年齢に見える。
 ――が、彼は逆に匠の描いた静謐のごとき完成の雰囲気を彼女の一挙一動にみてとった。
 若さにつきまとう幼さ、未成熟の匂いはない。
 あるいはその黒曜石のような瞳の奥に隠されている。
「僭越ながら、お手伝いさせて頂きにまいりました」
 凛とした声。
 ここで手伝い、といえば空戦を意味するに決まっているので。
「おうおう。ようきたの」
 独力でここを捜し当て、その目的も知っていることから、高月はこの少女は只者でないと判断し、快く招き入れた。
 察してオペレータのサキが音もなく少女の前にハーブティーのカップを置く。
「‥‥‥どうぞ」
「どうも」
「ふう。いや、なんせ慢性的に人手不足でな、助かるよ。ワシは」
「存じてます。東京防霊空軍司令、高月・泰蔵様ですね。私はR−98J。よろしくお願い致します」
 こともなげに言う。
 基地の二人は二重に面食らった。
「いやワシの名前をしっとるのは、ともかくとしてだ、ええと嬢ちゃん名前は?」
「再度申し上げますが、R−98J、です。といいましても総称であってひとりではありません」
「ひとりではない?」
「どうも、Tacネームではなく型番のような印象ですね」
 サキが口を挟む。
「おっしゃるとおり、R−98Jは量産型番でもあります。私の、この個体のパーソナルネームではありません。早い話が――少々アナクロにわかりやすく申しますと」
「はぁ」
「ロボットです」


3.

「ロボット、ですか」
 いまいち要領を得ない様子で顔を見合す二人をみて、R−98Jはカップを置いた。
「そうですね‥‥‥コンテナはまだ降下準備中ですし、口頭で説明するよりは手早くお分かりいただけそうなので」
 いきなりR−98Jの両眼から液体があふれ、頬に曲線を描きだした。
「ぬぉわ!? どどどうした?」
「ロボですから、私の意思ひとつでこういうことも可能――あ、ハンカチは不要です。成分はほとんど生理食塩水と同じです。問題ありません」
 ぼろぼろと涙をこぼしつつ平静に受け答えるR−98J。
「わかりにくかったでしょうか?」
 小首をかしげる。
 つれて口元へ曲がる涙。
 薄い唇が濡れる。
「いや、かなりすごーくよくわかったからとにかく止めてくれ。ある意味男には最強の武器じゃそれ」
 またたき数回、涙液の溢れがやむ。瞳はまだ潤んでいる。
「武器ですか? そういう定義の機構ではないです。流入水圧MAXでも対人戦闘力になりません。固定武装は別にあります。独立外部火器はまだ届いていません」
「まあ、そういう意味ではないんじゃが‥‥‥む? あるのか。固定武装」
「探査任務中とはいえ、無防備では流石に不測事態に対応不可能です。あります」
 R−98Jは頷いて、またカップを手に取る。
 白い喉をこくりと鳴らした。
「そ、そうか、固定武装あるのか。ふーむ。へぇ」
 高月はやたらひげをいじり、シガリロに火をつけせわしなくふかしはじめた。
「ふーんなるほどそうか、固定武装、あるのか‥‥‥」
 沈黙。
 を破ったのは影のように佇んでいたサキだった。
「――ていうかぶっちゃけ、超見たいです」
「ゲホッ! ワシは見たいなぞ一言も言っとらん!」
「言ったなんて言ってません。司令と夫婦漫才する気はありません」
「なんかある意味トクな性格しとるな、おまえ」
 R−98Jはというと――
「回収さえできれば継戦能力に問題はありませんから、お見せしても任務上支障はありませんが」
「おおっ! 見れるのか!」
「やっぱり見たかったんですね」
「では‥‥‥」
 緊張の一瞬。
「燃料調整完了、ミニマム。射角、ロック、オールグリーン」
 瞬間、R−98Jの手首付近に閃光。
 短く重い爆音とともに手首から先が基地天井へすっ飛び――そのトタン屋根を破って上空へ消えた。
「パ、パンチ!?」
「あ‥‥‥いやそのこれは、天井にぶつけて床に落ちたものを回収しようとしたのですが、その強度が私の計算よりかなり弱かったために弾頭、というよりいえすなわちコブシなのですが。ソレを貫通してしまったようで、え、えーとすぐ戻ってくるはずなんですが」
「ふむ。まあそんなに慌てんでも」
「いえそのですねひとえに私の演算処理と予測制御及び流入燃料量のエラーでして、ええと」
 右手首から先がないままでわたわた慌てている。
 その言葉を遮るように、噴射燃料が切れ落下してきたのだろう。
 屋根に何かがおちる乾いた音。
 ごとん。
「‥‥‥上、乗っちゃいましたね」
「ここの外装は雨よけ兼偽装、ハリボテみたいなもんじゃからな。脆いんじゃよ」
 重要中枢区画は耐爆ドアに仕切られておもに半地下から地下にある。
 そう説明する高月の声を聞いているのかいないのか。
「すすすいません、すぐに私、回収して参りますので」


4.

 いやもう、それからはてんやわんやが続いた。
 R−98Jは
「私のミスですので私が取りに行きます」
 とかたくなに言い張り、ローラーダッシュで助走、屋根へ颯爽とジャンプし――もうひとつ大穴が空いた。
 着地とR−98Jの自重に、またもぼろ屋根が耐えられなかったのだ。
 結果、古トタンの破片にまみれつつ、R−98Jは屋内の床に壮大な軌道でシリモチをついた。
 すいませんすいません、とおろおろしつつ、今一度外へ出て跳躍を試みようとする。
 高月が苦笑でおしとどめ、結局はサキがはしごでのぼり、固定武装の弾頭‥‥‥つまり右手首から先を回収。
「あ、ありがとうございます」
 右手を元の位置にロックするR−98Jがやっと落ち着きを取り戻したころである。
「ん、なんか今地面が揺れんかったか?」
「降下中の『私』と装備が到着したようです。すぐに来ます」
 ――今度は基地の二人が大慌てする番だった。。
 ざっと数えて一個大隊相当のR−98J同型が、大挙押し寄せてきたのである。
「慌てていて、ご説明の途中でした。私は量産機ですから、たくさんいます。あ、それぞれに挨拶は不要です。リアルタイムでリンクしていますので全機、同様の記憶及び感覚経験を保持しています」
「な、なるほど。というかこの数で挨拶まわりは流石に無理ではあるが」
「先ほどのティー、おいしかったです」
 一機のR−98Jがサキに頭を下げた。
 別の個体なのか、実際に飲んだ個体なのかわからず。
 それからR−98J群体総意のひとつの謝意なのだと思い直し、あわてて会釈を返す。
 通勤時間の地下鉄構内のごとく基地内はR−98Jでごったがえした。
 端末からコールサイン、出撃編成、離陸スケジュールなどを入力するR−98J。
 自分の三倍ほどもあるコンテナを軽々と運び、高射砲陣地を構築するR−98J。
 ハンガーへ走り、キャノピ内環境調整装置、Gリミット等を設定するR−98J。
 出撃担当の個体なのか、攻撃オプションや各翼動作点検に余念のないR−98J。

 出撃までのシーケンスに関する2、3の質問に答えてしまうと当面基地の二人に仕事はなく。
 データリンクを駆使し、無言でテキパキ準備を進めていくR−98Jに囲まれ、どことなく彼らが異邦人になったような光景である。
「ふーむ」
「なんですか司令、きょろきょろして」
「いやメインカラー赤の、ツノの付いたのが混ざっておらんかな、と」
「‥‥‥落ち着いて下さい」
 呆れ気味なその言葉が終わらぬ内に、耳障りな警報が鳴り出した。
「ほら、やっぱり」
 サキに遅れて、高月も管制指揮所区へ駆け出す。
 メインスクリーンを見ると、R−98J各機のスタンバイ表示が全く同時にレディーへ変わった。
 

5.
 
 24機――。
 ここでは空前の出撃戦機数といっていい。
 もっとも可動機よりR−98Jの数がはるかに多く、小隊数としては5つ。
 残りは地上で持ち込みの三式退魔高射砲を展開し終え、美しいまでに整然と空照灯が並んでいる。
<こちらCIC『シュヴィンデルト』、早期警戒哨戒機より入電。0-1-4より敵集団南下中。有翼妖魔、多数。注意を>
「オールヴァイパー、了解。数には、数です」
 答えたのはヴァイパー1のR−98Jだけだが、全機の了解に変わりない。
<ヴァイパー1から8、ランウェイ01より離陸クリア。ヴァイパー9から16はランウェイ02へタキシング。ヴァイパー17から24は地下滑走路へ>
「ヴァイパー1よりCIC、了解。各機、基地上空で編隊組織。レンヒョウの火力を中心に要撃、イズナでエスコートしつつ殲滅します」
 いい編成だ、と高月は低く唸った。
<シュヴィンデルト、了解>
「接敵すれば誘導はほとんどいらんだろう」
「え?」
「戦闘機動中のハンターパイロットに必要なのは目と、僚機からの情報だ。彼女ら、いや彼女は群体で個体、その上データリンクがある。まだるっこしく通信する必要がなかろう」
 それは死角の少なさを意味する。
「では機位誘導とモニタリングに重点をおきます。早期警戒機、避退完了確認。出撃」
 24機がつぎつぎにアフターバーナーで地面を蹴り、三本のランウェイからソラへ駆け上がっていくさまは壮観である。
 R−98Jは上空でレンヒョウを中心に編隊を組むと、一糸も乱れぬ"W"型の配置で敵第一波へ向かった。推力ではイズナがレンヒョウを圧倒するも、置き去りにはできない。
<『シュヴィンデルト』よりオールヴァイパー。敵第一波、回頭増速。最右翼のヴァイパー20から24へ向かっています>
 右翼に配置されたR−98J、レーダーを見つめる。
 唇を湿した。
 突出を誘い、数を減らす算段だろう。
「こちらヴァイパー20、‥‥‥全小隊で向きを変えれば、一点突破される可能性あり。20から24、現進路を維持します」
<シュヴィンデルト、了解。ファーストアタック・戦術推奨高度まであと200。交戦カウントダウン>
 20から24、四機が一気に高度を上げる。
「見えた‥‥‥ヴァイパー20から24、タリホー。エンゲージ」
 レンヒョウにあわせ最大推力、まず四機が一気に上空から襲い掛かる。
 黒い瞳に琥珀のように浮かんだガンレティクル。
 急降下、アタック。
 瞬間、イズナの曳光仕様のガン、レンヒョウの機関砲搭が夜空に無数の流星をばらまく。
 さらに高射砲弾が下から交差。
 夜間要撃では高射砲手、照灯手がヘタを打つと味方機に砲弾をたたきこんでしまったりするものだが、R−98Jに限りそれはない。
「『モスキート』4、『ペスト』2、撃墜」
<シュヴィンデルト、撃墜確認>
 ――するまでもない。
 後続の20機編隊それぞれのR−98Jが、敵性を示す輝点がレーダーから消えたのを見ている。
 データリンクで危機を伝えあう、無言のドッグファイトの幕開け。

(ヴァイパー21、後方に有翼妖魔、回避)
(22は24・レンヒョウをエスコート)
(23、追尾する)
(24、マルチロック開始)

 ヴァイパー21、バレルロール。
後方からの追尾をかわす。
 そこでなぜか、降下から急激な引き起こし。
 速度の落ちるその一瞬。
『ブラックビィ』の黒い牙が尾翼に届く寸前、そのポート側からヴァイパー23が突っ込む。
「エネミー、かかりました‥‥‥ファイア」
 横腹に向かってガンが咆哮、浄化炸薬の黒い穴があく。
 さらにその背中にレンヒョウから放たれた多弾頭ミサイルが敢えて分裂させぬまま叩き込まれた。
 声もなく爆散。
「撃墜‥‥‥次です」
 さらにヴァイパー21、大G旋回。
 ヴァイパー24・レンヒョウに近づこうと試みるモスキート級にロック。ロック、またロック。
 ミサイルを一基ずつ確実にリリース。
「全弾命中、撃墜」
 回避能力のないモスキートを確実に露払う。
(こちらヴァイパー23、警報が鳴り止まない。索敵を)
(――どの『私』も、間に合わない)
 追尾からレンヒョウの護衛へ戻ろうとしたヴァイパー23を無数の光条が貫いた。
 降下砲台『ペスト』級の重粒子砲撃。
 左エンジンから起こった火の手は一旦収まりかけたようにみえたが――数秒滑空後、機体が炎にくるまれた。
<ヴァイパー23、ダウン! シートイグニション、べイルアウト、確認できず‥‥‥救難ビーコン波、確認できず>
『シュヴィンデルト』からの声は緊張を孕んでいるがR−98Jは意に介さなかった。
「私の死は、私そのものの死ではありません」
 通信は沈黙する。
 23の被撃墜をうけて、一機のイズナが最大推力で駆けつける。ヴァイパー23が戻る筈だった位置にピタリとついた。
 またたくまにレンヒョウ1:イズナ3の正常編隊へと戦力を回復。
「ヴァイパー23を落とした敵砲火を払拭します」
 21、22が編隊を離れ、発射地点空域へアフターバーナを吹かす。
 そのデータを受けて地上部隊のR−98Jの三式退魔高射砲が目標座標付近へ先行波状砲火。
 モスキート四体、ブラックビィ一体を榴弾の白い嵐に巻き込んだ。
「進路上の敵性脅威、排除確認。回避機動で接近」
 チャフを燐粉のように撒き散らしながら蝶のような回避機動でヴァイパー21、22が舞う。
「エネミータリホー。ヘッドオン」
 敵が回頭し、こちらに砲口を向けようともがいている。
「私がコンマ31秒早い。無駄です」
 HUD上の残射程外距離がみるみるへってゆく。
 発射可能を知らせる警告音とほぼ同時に、八つ白銀の航跡が放たれる。
 21は上方から、22は下方から――。
 その影が交差、同時にミサイル着弾。
 体液を空に散らし、ペスト群が無数の破片と死肉と化す。
 しかし、半壊に逃れた一体が最期の掃射にでた。
 離脱機動中のヴァイパー21、22にはこれが見えていない。
 ひときわ不気味な輝きを放つ曳光砲の軌道上にヴァイパー24、レンヒョウ。
 事前情報のないヴァイパー24はこれをまともに喰う。
 左主翼の根元を打ち砕かれ、ゆっくりと高度を失っていく。
<ヴァイパー24、被弾。フゥエル・カットして下さい、燃料に‥‥‥>
 ここでなぜか、エスコートしていたイズナ二機が編隊を解き、距離をとった。
「ヴァイパー24より『シュヴィンデルト』。移送ポンプ破損。重力移送は間に合いません」
<シュヴィンデルト了解。至急べイル・アウトを>
「ネガティヴ。燃料引火の場合、当機の破片が他の“私”の戦闘軌道の障害となる可能性ありと判断します。低高度へ避退後、自爆します」
 司令部で高月は歯噛みした。
 自爆だって? 
 戦術上、R−98Jの言い分は正しい。が。
<ヴァイパー24、それでも高度を保ちつつ燃料カットに成功すれば胴着ぐらいはできる!>
「私の死は、私そのものの死ではないとご説明しました」
 レンヒョウ、ストールしつつ尾翼を操作、機首をまっすぐ地上へ。そして無傷の右エンジンのみ最大推力。
 きりもみに陥るがそのまま、垂直に落ちていく。
「ヴァイパー24、戦闘高度よりの離脱を確認しました。燃料移送開始。スパークプラグ・イグニション」
 破損のまま点火された左エンジンが火を噴き、ついで移送ポンプに引火、小爆発、さらに燃料槽へ引火。レンヒョウの胴体が吹き飛ぶ。きりもみ状態での垂直降下中ではべイルアウトできない。
<ヴァイパー24、ダウン‥‥‥>
 しかしその上空では、イズナの編隊が護衛対象を失ったことで皮肉にも身軽になった。爆散破片の危険もない。
 デルタ・フォーメーション。
「敵長距離砲妖魔の脅威レベル、大。現時点での最優先目標と判断。後続機到着までに殲滅します」
 後尾の一機が狙われれば残り二機がそれを追尾、撃墜。
 先頭が狙われれば後尾二機が優位置から攻撃。常に多数で仕掛ける編隊戦術。
 眼下に東京の無数の灯りがまたたき、はるか上空に中天の星辰――漆黒の闇での大パノラマ。縦横無尽に三つの連星がかけめぐり、撃破の閃光、その華を無数に咲かす。
 が、それを見抜いた指揮官級『ガーゴイル』クラスが護衛の有翼妖魔5匹を急降下攻撃させた。
 ヴァイパー24のロストでそれを探知できないR−98Jの反応が遅れる。
 完全にかぶられ、回避運動もままならない。
 右翼のヴァイパー22が追いつかれる。その邪悪な爪が尾翼の根元を深々と抉る。
<ヴァイパー22、損傷! 継戦不可能です>
 コクピットを潰されなかったのは幸いだった。
 ヴァイパー22のR−98Jは、スピードが落ちるのを見定め、ベイルアウト。
 急ぎ推力を上げる残りの二機へ、5体のブラックビィが襲い掛かる。
 間に合わない。
 R−98Jは危険射程内での火力使用制限をキャンセル。スピードを殺し被撃墜覚悟の失速寸前緩ロールで機首を敵に向けた瞬間。
 視界を覆うばかりに迫っていたブラックビィ五体は断末魔をあげ蒼い炎に包まれていた。
 追いついた後続のヴァイパー20、レンヒョウ機が多弾頭ミサイルを放っていた。
 その機影の背後からまったく無傷のイズナ――ヴァイパー18と19、さらに後続隊から補充されていたヴァイパー15があらわれる。
 指揮官級の推定座標へ、アフターバーナ全開で向かっていった。
 難を逃れた二機はその場にとどまり、レンヒョウの護衛編隊を組む。
 ヴァイパー14・イズナが数秒遅れで合流し――小隊能力は正常編成へと回復する。落とされても落とされても続機が編隊に加わり、戦力が落ちない。
 群体にして個体であるR−98J。
 そしてその数。ふたつの特性の歯車が完全にはまった。
 全体陣形の最左翼からヴァイパー5〜8、9〜12の編隊が到着し、戦闘開始。
 弾薬も燃料も満載、出撃時のまま手付かずの四機だ。
 進路に危険がないと確認、トドメとばかりヴァイパー1〜4も戦闘空域へ突入する。
 レーダーは味方機で埋め尽くされている。
 R−98Jは通信を開いた。
「オールヴァイパーより『シュヴィンデルト』へ」
<こちら『シュヴィンデルト』>
「これより、殲滅戦に移行します」


6.

 敵性勢力殲滅完了、の通信を受けて、高月は短いため息をついた。各機ALS誘導をうけ、着陸が続いている。機体は惜しくない。ただ、出撃した味方機が数を減らして帰ってくるのはやはりあまりいい気分ではない。
 R−98Jはオペレータのサキにこう伝えてきていた。
『死傷者なし』
 そうなのだろう。R−98Jからすれば、被弾機がでるごとに騒いでいた我々がおかしかったかもしれない。
 しかし全ての個体が「私」であるならば、個体の喪失は自己喪失ともとれなくない。感情をもつあの少女はそのたびにどんな想いを抱くものなのか。撃墜される個体が感じた熱さも、あるいはそれを感じたならば恐怖も、これから戻ってくるR−98J全てがデータとしてうけとったのか? あの涙腺は高性能機ゆえ装備している完全なイミテイション機構なのか――。
 まあ、ワシにはわからんことだな、と首をふって彼は思索を打ち切った。
 少しばかり忙しくなる。与えるべきエースの証明は、かなりの数だ。
「R−98J、帰還しました。着陸待機の上空警戒間、追撃すべき敵性残存勢力、確認できず。任務完遂率、100%です」
 敬礼。
「お疲れ様です」
 熱いカモマイルティーのもてなし――今度も一人が飲み、大勢が「おいしい」と言った――を受けつつ、別個体のR−98Jは撤収作業に余念がない。
 サキと高月が手分けし駆けずり回って、撃墜マークを授与‥‥‥し終わったころに撤収作業は完了。
 一人を残して、R−98Jの群体はそれぞれ機材を手に、ぞろぞろといずこかへ去っていった。
 バテ気味の高月と政治的顧慮について軽い打ち合わせをすませ、最後のR−98Jも基地をあとにする。
「いや、助かったよ。人手不足だったからな、もう満腹というぐらいに助かった」
 といって高月は破顔一笑。
「いえ、私は任務を遂行したまでです」
「まあ、任務でなくとも歓迎する。たまに茶でも一服しにくるといい」
 頷くだけの同意を示すサキ。
 無言で礼を帰し、彼らを背にR−98Jは人も絶えた東京郊外をただ歩いた。
 その足がふと、とまる。
 何事かを唇のうちでささやいて――ローラーダッシュ、起動。
 衛星軌道上でひそかに自動工場が作動を開始していた。
 都会に埋もれた魔を目指して、走る。
 彼女の夜は、まだ終わらない。
 出撃前その唇にとどまった涙液は、町の風をうけてすでに乾いている。

-end-


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 6691/人型退魔兵器・R−98J/女性/退魔支援戦闘ロボ

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■         ライター通信          ■
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真新しいPC様を描かせていただくときは、やはり
「設定から読み取れるだけのものを読み取って、きっちり練りこまねば」
と思ってしまうもので、半面、うれしくもあります(第一納品とはなりませんでしたが)

ロボットとしての無機的な合理性、それに対照的な人間らしさ。
その両立をバランスよく表現したいと思いつつ筆を進めました。
ご期待に多少なりとも添えていれば幸いです。

あきしまいさむ