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花逍遥〜夏の瑠璃鳥〜
■ 彩音 ■
盛夏の時分とさほど変わらぬ暑い日々が続く中、柏木アトリは馴染みの和紙屋から駅へと続く道のりを歩いていた。
夏も終わりに差し掛かると、15時を回る頃から日差しに小さな変化が現れる。
真昼ほど太陽の光は強くなく、日暮れほど鮮明な茜でもない。少しづつ少しづつ、青空に優しい朱光が入り込む、曖昧な時間帯。
寒暖双方の色が不思議な和音を奏でるのは、夏から秋へと移り変わる時節に見る日差しの特徴だ。
なだらかな坂を下りながらアトリが眼前を眺めれば、数日前まではただひたすら照り付けるだけの酷暑であったのに、いつの間にか空は少しだけ高く澄んで、寒蝉も鳴き始めている。
アトリは、自分をとりまくその光景に例えようも無い懐かしさを感じて、思わず駅へ向かう足を遅めた。
「……いつもと違う道を歩いてみようかな」
思案して、アトリが呟く。
普段であれば、和紙を買い付けた後はすぐに家へ戻り、買ったばかりの和紙を日がな一日眺めていたいと思うのに、今日は何故か違っていた。
もう少しだけこの空気の中に身を置いていたいと、そんな事を思ってしまう。
それは恐らく、先刻まで店の店主と話していた会話のせいかもしれないなと、その時のやり取りを思い出しながら、アトリは微かな溜息を零した。
「この間ね。臙脂色と言って解らない子がいたの」
アトリが店主から薦められた茜染めの典具帖を手に取った時だった。
手染めされた優しい色合いの和紙を手に、瞳を輝かせているアトリを見ながら、店主が独り言のように呟いた。
アトリはその言葉に、和紙へ置いていた瞳を上げると驚きの表情を見せる。
「本当ですか?」
「残念ながら本当なのよ。臙脂を見て赤色と呼んでいたわ」
店主の声に非難や嘲りの色は無く、ただ静かな寂しさがその口調からは滲み出ていた。
「赤系は『赤い色』としか捉えない人が最近は増えてね。それ以外の色名を区別出来ないみたいなの」
「和の色名って、とても響きが綺麗なのに……」
刻の流れの中から零れ落ちて、消えていってしまうものがある。
風の囁きを聞いて、空の色に溶け込んで、大地の息吹を感じて……それだけでも充分幸せだと思うのに、心安らぐもの達から目を逸らしてしまう人が多いのは、とても悲しい事のようにアトリには思えた。
「皆、アトリちゃんのような子だったら良いのにね」
アトリの悲しそうな表情を見て、和紙屋の店主は溜息混じりに微笑んだ。
「アスファルトの色。日の当たらない処は銀鼠、日の当たる処は薄色、木々の落とす陰は藍」
店を出てから駅へ辿り着くまでの道すがら。いつもは歩かない別の道へと踏み込んで、アトリは一人、色名合わせをしながら歩いていた。
木々の色は緑青、常盤、深緑。夏の色彩はいつも鮮やかで若々しいなと思いながら、微かに陽の傾き始めた空の色を見て、アトリは思わず首をかしげた。
全ての色が当てはまるようでいて、全てが当てはまらない不思議な風合が、周囲を包み込んでいる。
――昼から夕へ移り変わるこの曖昧な色彩は、何て形容したらいいの?
空を見上げれば、沿道に植えられた銀杏の木々をすかして、柔らかな斜光が降り注いでくる。
次いで足元を見れば、降り注がれる光がアスファルトの上を揺らめいて、アトリは自分が水の中に居るような錯覚に陥った。
陽光は変わらず強い。けれどその中を、一筋の新涼の風が吹き抜けて、アトリの柔らかく長い髪をふわりと揺らしてゆく。頬をくすぐる風の心地よさに、アトリは和紙屋で感じた物寂しさが、緩やかに癒されて行くような気がした。
と、その時。
「蝉さん、長く生きられないの?」
ふと、子供の声が耳に届いて、アトリは視線を前方へと向けた。
見れば、一寸先の沿道に植えられている大きな木の前に、狩衣に身を包んだ長い髪の青年と、その青年に抱き上げられた五歳ほどの女の子が佇んでいる。
「そうですよ。だから蝉は沢山鳴くんです」
「……悲しいの?」
「いいえ。自分達が生きている事を、僕達に一生懸命伝えているんです。ここに居るよ、覚えていてって」
青年が一度女の子に微笑んで目の前の木を見上げると、それにつられて女の子も木々を見上げる。
「だから雪ちゃんも、頑張って生きているこの子達をいっぱい褒めてあげましょうね」
「うん!」
青年の言葉に、女の子は大きく頷いた。
どうやら青年が、女の子の質問に一つ一つ丁寧に答えを返しているようである。
アトリは、何故こんな処に狩衣を着た人が居るのかしらと疑問に思うも、二人を取り巻く空気がとても柔らかくて、思わずその表情に穏やかな笑みを浮かべた。
「あとね、あとね、どうしてヒマワリはお辞儀をするの?」
女の子が指差す方を見れば、盛りを過ぎた向日葵が頭を垂れてその生命を終わらせようとしていた。
枯れかけて弱ってしまった茎では花の重みに耐えられない。けれど子供の純粋な瞳で見れば、枯れた向日葵もお辞儀をしているように見えるのだろう。
その素直な感性に感心しながら、自分だったら少女に何と答えるだろうかとアトリは意識下で考えていた。
――頭を垂れて、見上げる私たちの耳元に口を寄せているみたい。
「……また来年会いましょうって、耳元で囁いているの」
無意識に呟いたアトリの言葉は、目の前に居る二人の耳に届いてしまった。狩衣の青年がゆっくりとアトリの方へ視線を向けると、アトリは慌てて己の口に片手を当てた。
慌てふためくアトリをよそに、青年は柔らかく微笑んで向き直り、挨拶をしてくる。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
まさか声を掛けられるとは思っておらず、アトリは内心焦りながらも青年の言葉に返した。
「おねぇちゃん、だぁれ?」
二人の挨拶に割って入ったのは、先程「雪」と呼ばれた女の子だ。アトリの姿を見つけると、青年に抱きかかえられたまま、きょとんとした表情でそんな事を聞いてくる。
「……柏木です。柏木アトリと言います」
「アトリ……鳥の名ですね」
アトリの言葉を受けて、青年はその瞳に凪いだ優しい色を浮かべる。
晩夏の不思議な色に照らされて、アトリには青年の瞳が、初秋の空のように淡い縹色に見えた。
■ 天鳥 ■
アトリは、蔓王と名乗った狩衣の青年と雪に招かれて、綜月漣という画家の自宅を訪れていた。
大学で日本画を専攻している事もあり、折に触れて綜月漣という名を耳にしたことはあった。けれど実際に日本画家の家へ赴いたのは今日が初めての事。アトリはやや気後れしながらも、出迎えてくれた漣の大らかさに「少しだけ……」と、はにかみながら綜月邸の敷居をまたいだ。
雪に背中を押されながら先へ進み、中庭に面した縁側へ通されると、雪が縁側にちょこんと座り込んで、アトリへと座布団を差し出してくる。
アトリがそこへ腰を下ろすと、雪はニコニコと満面の笑みをアトリへ向けた。その笑顔に、アトリはふと何かを思い立って目線を雪へと降ろすと、
「……雪ちゃんは、折り紙で遊んだりする?」
遊び心から、そんな事を聞いてみる。
雪は一度瞳を瞬かせた後で、微かに頬を紅潮させると大きく頷いた。
アトリは先程購入したばかりの真新しい和紙と、常に携帯している折り紙大の和紙とを鞄の中から取り出して、縁側へ並べてゆく。
雪は色鮮やかな和紙を見ると、大きな瞳を輝かせながら「わぁ」と感嘆の声を零した。
「どの和紙が好き?」
「これ!」
アトリの質問を待っていたかのように、雪は数多ある和紙の中の一枚を選んだ。
蘇芳に小花を散らした友禅ちりめんで、小花の合間を小さな雛鳥が飛んでいる。いかにも幼い女の子が選びそうな、可愛らしい文様だ。
アトリは指差された和紙を一枚手元に残し、別に携帯していた厚紙を取り出して、器用に何かを創り始める。
雪は一体何が出来るのだろう? と、アトリのよく動く細い指と和紙とを、期待に満ち溢れた瞳で眺めていた。
「これはまた……蔓君の仕業ではないですよねぇ」
二人から少し離れたところに座って、アトリと雪のやり取りを眺めていた蔓王の頭上から、誰かの驚く声が響いた。
蔓王が見上げると、盆に人数分の緑茶と萩の餅を載せた綜月漣が、丁度縁側へ遣ってきた所だった。
漣は目の前の楽しげな光景と、庭先に広がる光景とを交互に見ながら、微かな驚きの表情を浮かべている。
蔓王は漣のそんな様子を見ると、にこやかに話しかけた。
「はい。ご本人は気づいていらっしゃいませんが、皆興味深々のようですよ?」
蔓王の言葉に、漣がそれと意識して周囲を見れば、縁側に座るアトリと雪を見守るかのように、庭先の木々に小鳥が集い始め、澄んだ鳴き声を響かせている。
心なしか、庭に咲く槿の花なども、その身を微かに縁側へと向けているようだった。
「雪ちゃんがあそこまで懐くのも珍しいですね、漣さん」
「それだけ純粋で濁りが無いのでしょうねぇ。雪ちゃんは清浄なものを見分けるのが得意ですから」
「鳥の名を頂いていると伺いましたが、これはアトリさんの気質でしょうか」
「そうですねぇ。何やら声をかけてしまうのが惜しい光景ですよ」
漣はアトリと雪のやり取りを眺めながら蔓王の隣に腰を下ろすと、アトリが和紙細工を創り終えるのを、のんびりと待つ事にした。
和紙に触れながら、アトリは庭の空気の優しさに心を和ませていた。
「寄り道をして正解だったな」と、心の中で思わず呟いてしまう。
小鳥のさえずり。夢うつつに良い風が吹いて、庭に咲く草木の香りをアトリに届ける。時が止まったような心持ちにさせる庭だと、手は休める事無く作業に熱中しながら、アトリは思った。
「はい、出来たわ」
束の間の後、そう言ってアトリが雪に差し出したものは、淡紅の八重花を手に抱いた和紙人形だった。雪が先程選んだ友禅ちりめんを着た人形は、即席で創りあげたとは思えない程の出来栄えだ。
アトリから人形を手渡された雪は、暫くの間じっとそれを眺めると、やがて満面の笑顔を浮かべて人形に話しかける。
「こんにちは! お名前、どんなのが良い?」
「雪ちゃんの好きな名前を付けてあげてね」
雪の可愛らしい姿に微笑みながらアトリがそう告げた時だった。
『……こんにちは』
不意に届いた声に驚いて、アトリは瞳を瞬かせながら人形を見た。
雪の手の中に在る人形が、雪の挨拶に返したように思えたのだ。
まじまじと人形を見つめるものの、やはりそれは和紙で出来たただの人形である。
気のせいだろうかと困惑したアトリがふと庭先に視線を向ければ、あの曖昧な風合いの日差しが周囲を照らしており、人形の事と相まって、アトリは言いようのない不思議な感覚に捉われた。
夏の終わりの包み込むような優しい色。
この色彩が見せる幻の世界に私は居るの?
雪が人形を手にしたまま立ち上がって、少し離れた処に座している漣と蔓王の元へ走ってゆくのを、アトリは狐につままれたような表情で見つめていた。
*
「どうかしましたか?」
目の前に座す蔓王に問われて、アトリはふと我に返ると視線を廊下へ落とした。
「いいえ……あの……」
何と答えてよいやら解らずしどろもどろになってしまう。先刻聞いた人形の声と思しきものの事を彼らに告げれば、きっと笑われてしまうと思ったからだ。
告げてみるべきか、自分の胸の内にだけ留めて置くべきか。惑いながら庭先に目を遣ると、槿の花が風も無いのに揺れていた。まるで「大丈夫、大丈夫」と槿の花に励まされているような心持ちになる。
「……不思議な庭」
瞳を庭に向けたまま、アトリがポツリと呟く。
「和の色彩が溢れています。それに……あの、先程人形の声を聞いたような気がしたんです。気のせいとは思うけれど……」
告げてみようかと思ったのは、槿の花に励まされたからだろうか。
恐る恐る、アトリは先刻聞いた人形の声の事を、言の葉に乗せる。
「……アトリさんは面白い事を言いますねぇ」
疲れて眠ってしまった雪を膝に乗せた漣が、のんびりとした口調でアトリの言葉に返す。蔓王は二人の会話を耳にしながら、静かに視線を庭先へと向けていた。
案の定、面白いといわれてしまった事にアトリは少しだけ気落ちするけれど、
「やっぱり気のせいですよね。人形の声を聞いたなんて、そんな事あるはずないもの」
と、居住まいを正して苦笑しながら己の言葉を否定する。
すると、蔓王が漣と一度顔を見合わせた後で、ゆっくりと首を横に振った。
「違いますよ。漣さんが面白いと言ったのは、その事ではありません」
蔓王の言葉の意図を解せずアトリが首を傾げると、漣は己の前に置いた茶碗へ手を伸ばして緑茶で喉を潤し、至極当然のような口調で穏やかに呟いた。
「和紙自体、植物から作り出されたものですしねぇ。細工を施す創り手の想いが、和紙に宿る命を引き出しても、なんら不思議ではありませんよ」
「和紙に宿る命、ですか?」
漣の言葉に、アトリが瞳を瞬かせる。
常日頃手に触れて馴染んだものではあったが、アトリはこれまで和紙に命が宿るなどと考えた事が無かった。「創り手の想いが和紙の命を引き出す」という漣の言葉に、アトリはある種の驚きを覚えて、己の両手に思わず視線を向ける。
「アトリさん。あちらの槿の色名は、何だと思います?」
蔓王が指差す処に在る木へ瞳を向けると、先程の槿の花が淡い色合いで風に揺れていた。
色名を問われれば、アトリは自分の脳裏に焼きついている様々な色名の中から、最も適しているものを選び出して蔓王に告げる。
「……薄紅梅?」
アトリの言葉に、蔓王はニコリと微笑んだ。
「日本の色名は植物そのものです。先程アトリさんが創られた和紙人形には蘇芳の魂が宿っていますから、きっとそれの声を聞いたのでしょう」
眠る雪の手には、蘇芳の友禅ちりめんを着た人形が小さくおさまっていた。
蘇芳の煎汁から製してつくられる暗紅色。薄紅梅も蘇芳も、全てが植物や事象の名から取られたものだ。
「ここに居るよ、覚えていてと一生懸命私たちに伝えているって……」
「ええ。命在るものであれば皆が抱いている気持ちだと、僕は思います。そちらの蘇芳も、アトリさんに手に取って貰えて、嬉しかったのですよ」
蔓王の穏やかな物言いは、アトリの胸に深く染み渡った。
いつの間にか傾いていた夕陽が、庭先の木々を貫いて周囲を包み込んだ。
あの曖昧な風合いから一転して、一日の最後の瞬間を、落陽が燃えるような色彩で染め上げてゆく。それさえも、夕陽が己の存在を誇示しているように思えて、アトリは思わず目の前に座る蔓王と漣に言葉を紡いだ。
「あのっ、夕陽の色は? 昼から夕に入り込む、あの不思議な色合いは何色ですか?」
和の色彩は命の色だと、アトリは思った。
そうであるなら、あの夕陽を『赤』とだけで言い表してしまいたくはない。
けれど、どんな色名を当てはめても、夕陽の鮮やかさだけは形容できないような気がした。まるで出口の無い迷路に迷い込んでしまったように、答えが出ない。
そんなアトリの心持ちを、二人は何と捉えたのだろうか。急き立てられるように疑問を投げかけたアトリに、蔓王は些か驚いた風ではあったけれど、やがて凪いだ表情でアトリを見つめた。
「……光」
「え?」
「夕陽は『光』だと形容された方が居ました。一つの色名で縛ってしまうのは、あまりにもどかしいと仰って」
「光は全ての色の根源ですからねぇ。なるほどそう考えれば確かに得心が行く」
「色の根源……」
色、香、音、味。
時の流れに足元を取られて、失われてゆくものがある。けれどそれと同時に新しく芽吹き生まれてくるものもある。
その全てが光から生まれて、やがて光の下へ還って行くのかもしれない。
振り返り見上げた空の彼方を、えもいわれぬ色彩で染め上げながら、今日という日の終わりを謳うように、ゆっくりと夕陽が沈んで行った。
■ 残照 ■
宵の香が強くなり始めた時分に、アトリは漣の家を後にした。
「また遊びに来て下さいねぇ。雪ちゃんがどうにも懐いてしまったようですし」
夕刻に眠りについてしまった雪は、アトリが創った人形を放さないまま、今は布団の中ですやすやと寝息を立てている。
その様子を思い出して、アトリは小さく微笑むと「はい」と漣に告げ、今日の礼を述べながら頭を下げた。
「送りましょう。もう暗いですから、夜道を一人で歩かれるのは心もとない」
「いいえ、大丈夫です。一人旅をする時は良くある事ですから」
初めて来た道を夜に歩くのは些か不安であったが、アトリは蔓王の申し出に慌てて首を横に振った。遠慮が先行したのだ。
そんなアトリに、漣が笑顔を見せる。
「夏も終わりです。蔓君もそろそろ旅立たなければいけませんからねぇ。夏に見た幻とでも思って、蔓君の思い出作りに協力してあげて下さいな」
漣の言葉に、蔓王が名残惜しそうな笑顔を見せる。
「まだ少しはこちらに居ますよ。けれど漣さん、今年は色々と楽しかったですね」
「蔓君も、来年また遊びに来てください。水羊羹を用意して待っていますから」
アトリはそんな二人の様子をぼんやりと眺めながら、今日あった出来事を反芻していた。
旅立たなければならないというのは、夏の間だけ旅行か何かで遊びに来ていたのかな? と、口には出さず、アトリは色々なところに思考を巡らせる。
やがて、漣に別れを告げた蔓王がアトリへ向き直ると、ついと片手をアトリの額に一度置き、軽く瞳を塞ぐ。
「瞳を閉じて、ご自分の家を想って下さい」
蔓王がそう言った瞬間だった。
不意に、意志を持った突風がアトリの周囲を取り巻き、ふわりと己の身体が浮かび上がったような気がした。
重心を失って倒れそうになるのを怖いと思い、アトリは思わず瞳をぎゅっときつく閉じたが、いつまで経っても身体が地に倒れる事は無かった。
いつしか風は止んでいた。
そろそろ大丈夫かな? と思いながら、アトリがうっすらと瞳を開けると、そこはつい先程まで居た漣の家ではなく、一人暮らしをしている自宅の玄関先であった。
何が起こったのか解せずに、束の間茫然としてその場に立ち尽くしていたアトリであったが、自分を送ると言ってくれた蔓王はどうしたのかと思い至って、その姿を見つけ出そうと辺りを見渡す。
けれど周囲には宵闇が広がるばかりで、蔓王の姿を見つけ出す事は出来なかった。
『夏に見た幻と思って……』
不意に、漣が告げた言葉が蘇えってくる。けれど、幻と思うにはあまりにそれは鮮明過ぎた。
「お礼を言いたかったな」
ここまで連れて来てくれて有難うと。何の言葉も無く別れてしまうのは、今日という日が夢幻のように実の無い儚いものと思えて、余りにも寂しい。
それでも、漣の居るあの場所へ行けば、またあの穏やかで不思議なひと時を過ごせるのだろうかと、アトリが微かな期待を寄せて空を見上げると、丁度一羽の瑠璃鳥が遥か空の高みへ飛んで行くところであった。
<了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【2528/柏木・アトリ(かしわぎ・あとり)/女性/20歳/和紙細工師・美大生】
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【NPC/蔓王(かずら)/男性/?歳/夏の四季神】
【NPC/綜月・漣(そうげつ・れん)/男性/25歳/幽霊画家・時間放浪者】
【NPC/雪(せつ)/女性/452歳/座敷童】
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■ ライター通信 ■
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柏木・アトリ 様
こんにちは、綾塚です。
初めましてです♪この度は『瑠璃鳥』をご発注下さいまして有難うございました!
ほんわりした雰囲気のお嬢さんなのだろうな〜と想像しながら書いておりましたら、全体的にのどかな雰囲気になってしまいました。和の色名は私自身とても好きでしたので、書かせて頂いて非常に嬉しかったです。また、少しでもアトリさんの性格が出せていたら幸いです。
それでは、またご縁がございましたらどうぞ宜しくお願いいたしますね(^-^)
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