コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


正々堂々、勝負しろ!



 男だからと言い訳をするわけじゃないが、俺はぬいぐるみというものにあまり関心がない。
 そして、それは別に、男だからってわけじゃない。
 ……た、たぶん。
 でも、そんなの俺だけじゃないよな?


 ん、俺の名前?
 俺は羽角悠宇。普通の男子高校生、さ。




 少し前から、ショーケースの前で日和が立ち止まっている。
「おーい日和、そろそろ行くぞー」
「……うん、ごめんね、あと少しだけ」
 ――だめだこりゃ。
 日和は生返事は返すものの、その足はショーウィンドウの前に釘付けされたままだ。
 
 ああ、この連れは初瀬日和。うーんと……まぁ、一言で言えば俺のカノジョ、かな、はは。
 最近はどこへ行くにも、俺たち二人で連れ立っていくことが多い。それでいて休日なんかは、むしろどこも行かないで二人でだべってたりする。
 とはいっても、よくファーストフードの店で女同士がしゃべってるみたいには出来ないけどな。というわけで、だべるって言っても半分ぐらいは「……だって」「そうなんだ」を繰り返してたりする。
 それでも、最近はそんな会話のテンポに慣れたし、沈黙に気まずさを感じることもなくなったから、気にするほどでもないことだ。
 会話うんぬんじゃなくて、ただ一緒にいるだけで俺は楽しいから。最近なんか、日和の顔を見てるだけで幸せ、って気分になったりもするけど、結構そういうもんじゃねぇ?
 ――ああ、なんか話がずれたな、はは。こういうのをノロケっていうのか?
 
 っと。話を戻すか。
 今日俺たちは二人で街に買い物に出ていた。買い物自体は日和の楽譜が1冊のみで、その用件自体はすぐ済んだ。でも例によって、その後二人並んでぶらぶら歩き、そうして今、日和がとあるショーウィンドウの前で動かなくなってる、というわけだ。
 ――あーあ、目ぇキラキラさせちゃって、まぁ。
 よっぽど心惹かれるものがそこにあるらしい。てこでも動かなそうな雰囲気に、俺は苦笑する。そうしてしょうがないなと数歩戻り、彼女の後ろからショーウィンドウを覗き込んだ。何が並んでるんだ?
「……随分いっぱいあるな」
「うん。どの子もかわいいよね」
 俺の呟きに日和は振り向き、にっこりと笑って見せた。――いや。日和、お前が一番かわいい。間違いなく。
 って、正直に言えたら楽なんだけど、何しろ俺は普通の高校生だからなぁ。


 ショーウィンドウに並んでいたのは、沢山のクマのぬいぐるみだった。テディベアっていうのか?
 少し毛がふさふさで、ちょっとお高そうな雰囲気をまとったクマたち。彼らはショーウィンドウに隙間なく並べられ、俺たち通りがかりの人間に愛想を振りまいていた。
 ――こうして見ると、ただ一言テディベアって言っても、いろんな種類があるんだな。
 毛が長いのや短いの、茶色っぽいのや黒っぽいの、あと大きさも様々だし、首にリボンが結ばれていたり、ドレスやら帽子やタキシードを着ていたりと、みんなそれぞれに凝っている。
 全部手作りなんだろうか? ただの一つも、他と同じ奴がいない。
 
 始めにも言ったが、俺はぬいぐるみというものにあまり関心がない。だからそれ以上の区別はつかないが、そんな俺でもこのクマたちは結構かわいいな、なんて思った。
 そして、俺がそう思うぐらいだ。日和にとってはなおさらだろう。
「……そういえば、日和はテディベア集めてたんだっけか?」
「ううん……集めてるわけじゃないんだけど」
 名残惜しそうにショーウィンドウをちらり見やってから、日和は俺に向き直った。
「だけど、かわいいなと思って時々買っちゃうの。それで、今ではいくつも集まっちゃった」
 ぺろ、と軽く舌を出し、小首を傾げる日和。――うーん、やっぱりお前が一番かわいいぞ。
「どれが一番気になってるんだ?」
「うーんと、ね。……あ、ううん、別にそういうんじゃないんだけど!」
 俺の意図を察したのか、日和は慌てて手を振る。
 なんだ、どうせだから何か一つ買ってあげられればなんて思ったんだけど、バレたか。そう思って俺は何気なく値札の一つに目をやって――思わず絶句した。

 た、高い……! テディベアってどれもこんなにするものなのか?
 ――い、いや、でも日和が欲しがってんならプレゼントしてやりたい。で、でもなぁ。この値段は高校生のおこづかいにはちょっと……ど、どうする? 第一、日和が気になってんのはどいつだ? 俺にはどれもこれも同じにしか見えないぞ、参ったな……。


 俺はよっぽどぐるぐるしていたらしい。ぷっ、と小さく日和のふき出す声で、俺は我に返った。
「悠宇くん、行きましょう?」
「……え、いいのか?」
「いいから。もう大体分かったし」
「あ、ああ」
 戸惑う俺をよそに、日和は俺の腕を引いて歩き出す。「ね、今度はあっちのお店行きましょう?」なんて言いながら。
 腕を引かれて少し転びそうになりつつ、俺もその後ろをついて歩きだす。だけど意識は半分、あのテディベアの店に置いてけぼりだった。



 その時の俺は、日和に対する申し訳なさみたいなものでいっぱいで、日和の言葉に注意を向ける余裕がなかった。
 もちろん、別にねだられたわけじゃないから、それは俺の勝手な思い込みだけど。
 でもカノジョが欲しそうにしてたものを、買ってやれない俺って……って感じに、少しだけ凹んでたんだよな。
 だから、日和の笑顔の意味に、その時は気がつかなかったんだ。
 


     ■□■
     


「はい、悠宇くん。これ」
 数日後。
 学校の昼休み、二人でいつものように校舎の屋上で弁当を食っていると、日和がなにやら丁寧にラッピングされたものをとりだした。サンキューなんていいながら俺がさっそく開いてみると、そこには。
「……あ、クマだ」
 あの時のクマが、そこにはいた。
 毛並みは短くて明るめの茶色。少し前の船乗りみたいなクラシカルなセーラー服を着て、帽子までちょこんとかぶっている。夏の名残の日差しにも、そいつは涼しげな横顔を崩さない。――なんだこいつ、ちょっとだけ凛々しいじゃないか?
「ん? これを俺にくれるのか?」
「うん。悠宇くんの部屋にも、こういうのだったら似合うかなと思って。可愛すぎなくていいでしょう?」
「ま、まぁ、こういうのだったら大丈夫かな。ありがとうな……」
 日和にもらったという嬉しさで、俺はそのまま頷いてしまいそうになり――そして俺は、慌てて首を振る。
「じゃなくて! ……お前これ、高かったんじゃないのか? 俺にくれるっていう気持ちは嬉しいけど、どうせだったらお前が持ってた方が」
 恐る恐る、俺は日和の顔をうかがう。
 気持ちはすごく、すっごく嬉しい。だけどこんな高いものを俺がもらうわけにはいかない、と――決して気に入らないから受け取らないわけではないことを、きっちり分かってもらわないと!
 だから俺は、ない勇気を精一杯振り絞り、最大限の慎重さと共に、日和に「遠慮する」と言ったつもりだった。
 だが。
 俺の言葉に、日和は一瞬きょとんとした後、くすくすと笑い出す。
「……うふふ。悠宇くん? この子は、私が悠宇くんのために作ったの。だからぜひ受け取って?」
「え?! こいつ、日和の手作りなのか?」
「うん。テディベアって高いでしょう? 私たちじゃ買えそうにないから、それでこの前見かけた子たちを見本に、自分で作ってみたの」

 ――じゃあこの前、日和がショーウィンドウに張り付いていたのは、このクマを欲しがっていたわけじゃなく、形を覚えようとしていたからなのか。
 俺は視線を戻し、まじまじと手の中のクマを見る。
 どこからどう見ても、既製品のものと大差ない。いや、そんじょそこらのものよりよっぽどいい出来だ! ……と思う。
 ああそうだよ、確かに俺はぬいぐるみって奴にはあまり関心がないさ、でもそのぐらいのことは分かるさ、別にひいき目じゃないぞ!

 しかし、ちょっと見ただけの形を覚えていて、それを後で形に出来るって言うのは単純にすごいよな。
「……日和、お前ってすごいな……」
 思わずそう呟いて――そして次の瞬間、もっと大事なことに気がついた。
 ていうか、なんで最初に気づかなかったんだ、俺!
「ん? となると、つまりはあれだよな……これ、世界に一つしかない、お前の手作りってことか?」
 俺の言葉に、日和は照れたように軽く目を伏せて笑う。
「そんなに大したことじゃないけど……頑張って作ったから、大事にしてね、悠宇くん」


 ――やられた。
 たちまち熱くなっていく頬を、俺は押さえることが出来ない。
 きっと今、俺は真っ赤だ。
「……当たり前だろ。絶対、絶対大事にするから」
 照れ隠しに必死だったせいでどこか怒ったような口調になってしまったけれど、俺の返事に日和はさも嬉しそうに微笑んで「ありがとう、悠宇くん」と言ってくれた。
 ――なんだよ、ありがとうって言いたいのは俺の方だろう?
 日和の笑顔が網膜に焼き付いてしまい、俺はその後、弁当を食いきることが出来なかった。
 そうか、胸がいっぱいってのは、こういうことを言うんだな。
 
 

     ■□■



 そして、今に至る。
 今俺は、目の前のベッドヘッドに日和のクマを置き、俺自身はベッドの上にあぐらをかいて、むむむと腕を組み一人考え込んでいた。
「こんなものもらっちまって……さて、どうお返ししたらいいものやら……」
 なにしろ手作りだ。下手なものを返すわけには行かない。どうせなら、今日の俺と同じくらいあいつが喜ぶものを、プレゼントしてやりたいと思う。
 そりゃあ確かに、余計なものがあまりない俺の無愛想な部屋に、このクマは少し浮き気味だ。家族に見られたら、どうしたんだと言われかねない。
 ――それでも俺は、すっげー嬉しかったんだよ、日和。
 
「……参った。今日は本当に参ったなぁ」
 がしがしと、俺は頭をかく。9月だというのにやたら暑い。
 いや分かってる。暑いのは残暑のせいじゃなくて――俺自身だのせいだ。日和のことを思い出してたら、また頬が熱くなってきた。
「首根っこをつかまえられるってのはこういうんだろな……」
 俺はもう、日和に捉えられっぱなしだ。

 
 ――ふと。
 俺の背後から忍び寄る影。その襲撃から済んでのところで日和のクマを無事確保し、そいつの「首根っこをつかまえる」。
「この野郎……白露! お前、今このクマをどこかに持って行こうとしただろ!」
 俺の手の中で暴れているのは、俺の使役でもあるイヅナだ。普段は銀のピルケースに封印してあり、決して勝手に出てくることは出来ないはずなのに、コイツの場合なぜかひょっこり出てきては、俺と日和の中を引っ掻き回してくれる。
 ――まさかコイツ、俺のライバル気取ってるつもりじゃないだろうな?
「お前、絶対このクマはお前なんかに渡さないからな! 噛み付いたりしたら一生ピルケースに閉じ込めるぞ、覚悟しとけよ!」

 とは言っても、この悪戯好きの白露のことだ。きっと毎朝のように、クマをベッドの下に引きずり込もうとするだろう。さて、それをどうやって防ぐか、それが問題だ。
「いいか? 俺を出し抜こうなんて考えるんじゃないぞ。……お前、正々堂々勝負だからな!」