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<東京怪談ノベル(シングル)>


ようこそ、ガストんへ


■1・おでんおでん

 昨日から、慎一郎は自室に籠もりっきりだ。
 昼夜を問わずカーテンを閉め切った真っ暗な部屋で、ちらつくパソコンの液晶モニターを食い入るように見つめている。モニターから放たれる緑がかった光が、ぼんやりと慎一郎の姿を浮かび上がらせる。
 病的なまでに痩せ細った体、青白い顔、腰まで届くかと思われるほど長い黒髪。
 
――宇奈月慎一郎。
 
 モバイルに召喚魔法を代唱させ、高速にて使徒を召喚させる現代の魔術師である。
 慎一郎は、検索ページを表示させると、
 
【夏 おでん】

 と、華麗ともいえる指さばきで、素早く文字を入力する。
 エンターキーを押した瞬間、膨大な検索結果がモニターに表示された。
 「・・・・・・いいですよ、いいですよ、いい感じですよ」
 誰が聞くわけでもない独り言をつぶやきながら、まるで何かにとりつかれたかのように、かちかちとマウスをクリックする。
眼鏡の奥にある瞳は、絶え間なく吐き出される情報をひとつでも見逃すまいと、左から右への素早い眼球運動を行っていた。
 
* * *

 慎一郎のおでん好きは、もはやとどまることを知らない。
 たとえそれが、夏であっても、時期はずれであっても、食べたいときに、食べる。
 それが、慎一郎のモットーだった。
 今回も、このくそ暑い最中だというのに突然おでんが食べたくなり、いてもたってもいられなくなった。おでん禁断症状である。
 そこで、夏でもおでんが食べられるお店はないかと、探し始めたのだった。

* * *

――そして。

「おぉ?」
 マウスを操作していた慎一郎の手が止まる。
 慎一郎の目が釘付けになる。
 それは、あるレストランのHPだった。
 そのトップページに、「夏のおでん、いかがですか」という文字が躍っていたのだ。
 慎一郎は、ひそかに胸のうちで、ガッツポーズを繰り出した。

――しかし、その時、慎一郎はある重大な事実を見落としていたことに、まだ気付いていなかった。


■2・夏のおでんの誘惑


 外に出て、まず耳に飛び込んできたのは、狂ったようになくセミの大合唱だった。

――みーん、みーん、みーん、みーん。

 ぎらぎらと照りつける太陽は、まるで、すべての生き物の水分を奪い取ろうとするかのように、容赦なく熱光を浴びせかける。

――暑い。

 だらだらと汗がこめかみのあたりから、うなじまでとめどもなく垂れていく。そのたびに、ハンカチで汗をふき取るのだが、一向に治まる気配はない。それどころか、拭く時に髪の毛も一緒にくっついてきて、べたべたと首筋にまとわりついてくるのだ。
 普段だったら、まとめることもない髪の毛だが、このときばかりは黒ゴムで縛ってくればよかったと、慎一郎は、猛烈に後悔した。 
 
* * *

 プリントアウトした地図を手に持ちながら、慎一郎は例のレストランを探していた。
 しかし、お目当ての店はまったく見つからない。
 アスファルトから立ち上る陽炎が、ゆらゆらとゆらめき、慎一郎を惑わせる。
 
――暑い。

 今の気温は、39・5度ですこの夏最高の猛暑ですね、と、どこかでニュースの声が聞こえた時は、慎一郎の頭の中はまさに沸騰寸前だった。夏のくそあついこの時期に、おでんが食べたいなんて。誰ですか、そんなバカなこといった奴は。おや、僕ですか、ああ僕ですね。
「うふ、うふふ、ふふふふふふ」
 突然、おかしな含み笑いを始めた慎一郎に、とある人はびびくと体をふるわせ、とある人は、この人あまりの暑さに頭がおかしくなっちゃったんだわ、若いのにかわいそう、と首を振られ、またとある人は、生温かい目で慎一郎をみつめ、同類だといわんばかりに微笑まれたりしたのだが、もはや、頭の中がおでんから、うでんになった慎一郎にとってはどうでもいいことだった。
 おでんうでんおでんうでんぐでんぐでんげふん、と思考回路もショートして、もうあきらめようか、そうしようかと思ったその時、ふと、奇妙な空間が目に飛び込んできた。
 それは、ビルとビルと間の薄暗い空間で、どうやら行き止まりになっているようだ。しかし、暑さをしのぎたい思いもあいまって、慎一郎はふらふらとその空間に引き込まれていった。

 
 
 突き当りの壁には、木でできた古ぼけた看板が掲げられていた。
 だいぶ古いものなのだろう、色あせた看板にかかれた文字はほとんど消えかけていたが、それでも、かろうじてわかる部分を手がかりに、慎一郎は一文字一文字、かみしめるようにして解読していく。
「ふ・・・・・・あ・・・・・・」
 そして、最後の一文字を解読し終えた時、その文字は、ある意味を作り出していた。
「ふぁみりーれすとらん・・・・・・?」
 確かに、その看板には、ファミリーレストランと書いてあった。

 ――でも、明らかに、ファミリーじゃない。
 
 こんな怪しげな、地図を持っていてもわかりずらい場所に、ファミリーなんてきやしない。
 慎一郎は、辺りを見回したが、入り口と思われるものは、地下へと続く怪しげな階段のみだった。
 しかも。
(ガストん・・・・・)
 ファミリーレストランの文字のあとに、さらにこのような名前が続いていた。どうやら、これがレストランの名前らしい。どこかで見たような気がするけれど、でも何かが違うような。知ってるあれとは似ているけれど、でもやっぱり違うような、そんなふんいき。
(けれど、ここで迷っていては、おでんが食べられません! おでんが僕を待っているぅぅ!)
 なぜか、びしりと指をあさっての方向に指し、自分に活をいれる。
 でも、膝はがくがく、汗はだらだら。けっして、怖い、わけぢゃない。断じて、冷や汗、なんかぢゃない。そう、これは暑いから。ただ単に、外が暑いから。
 慎一郎は、うでんから再びおでんを目指すことにしたのだった。
 
 
■3・ようこそ、ガストんへ

 階段、階段、また階段。
 ぐるぐるぐるぐる、おりていく。
 もう、どれくらい降りただろうか。
 下へ下へと続く螺旋階段の先は、はてしなく深い闇に覆われている。
 さびついたてすりには赤錆が浮かび、不気味な雰囲気が漂っていた。
 ときおり、ひやりと冷たい空気が頬をなぜていき、そのたびに慎一郎は身震いした。

――外はあんなに暑いのに、この奥からは不気味なほど冷たい空気が流れてくる。

 背筋が凍るような思いにとらわれながら、慎一郎は、それでも一歩一歩確実に、下へと降りていった。

* * *

 やっとの思いでたどりついた場所は、レトロ感漂う3D迷路を思わせるような通路だった。
 両脇の壁はレンガづくりで、地面は赤土と砂利でおおわれている。
 
――本当にこの先に、ファミリーレストランなんて、あるんでしょうか??

 今更ながら、慎一郎はここに足を運んだことに後悔を覚えた。
 真っ暗な地下道を進むと、冷気が襲い掛かってくる。
 湿り気を帯びた、気持ちの悪い冷気だ。
 てくてくてくてく、どれくらい歩いただろうか。
 通路の突き当たりに何かが見える。
 慎一郎は、通路の先に向かって走った。
 目を眇め、襲い掛かる冷気を振り払いながら、ただ一目散に、光の指す方向へ、走った。
 そして。
「自動ドア・・・・・」
 そこには、さん然と光り輝くガラス張りの自動ドアがそびえたっていた。
 しかも。
(ガストん・・・・・)
 ぴかぴかと点滅するネオンサインは確かにそう読めた。ということは、やはりここがお目当てのレストランらしい。けれどやっぱり、何かが違うような。知ってるあれとは似ているけれど、でもやっぱり違うような。ファミリーレストラン、ガストん。
 と、いうか。

――なんでこんなところに。

 慎一郎の頭の中に、単純だが気がつかなかった疑問が生じた。
 確かに、レストランにいたるまでの道は、じめじめして暗くて怪しくてしょうがなかったのは事実である。事実ではあるが、いきなり文明の利器自動ドアがこんな3Dダンジョン風の通路の真ん中に、突然どばーんと現れたら、逆に怪しい、怪しくてしょうがない。 
 しかし、それでも、慎一郎には、戻る気はさらさらなかった。
 なぜなら、表に出ていたイーゼルと黒板に、「オススメ♪ 夏のおでん♪」と可愛いギャルの手文字で書かれていたからだ。さらに「食べてにゃん♪」というアニメ風なイラストつきだったから、もうこれは行くしかない。
 おでんにたいするなみなみならぬ愛情と、そしてほんのちょっぴり芽生えていた下心に突き動かされて、慎一郎は怪しげな自動ドアをくぐったのだった。


「イラッシャイマセ、ガストンヘヨウコソ」
 店内に一歩足を踏み入れると、機械的なアナウンスが自動的に流れる。
 見た限りでは、中はいたって普通である。とりあえず、慎一郎は順番待ち用のボードに自分の名前を記すと、脇に置いてあったソファに座った。
 店内は、夏をイメージしたひまわりの装飾が、白いしっくいの壁に飾り付けられている。慎一郎は、かわいいお姉さんのウェイトレスがやってくることを期待して、わくわくしながら自分の順番を待った。
 
――しかし、待てども待てども、なかなかウェイトレスはやってこない。

 ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぽん。
 カウンターにおいてある呼び出しベルも何度も押すが、まったくもって反応がない。
 ぴんぴんぽんぽんぴんぽんぽん。
「・・・・・・」
 しばらくまって、様子を見て。
 けれどもやはり、誰も来ない。

――ぴんぽぽぴんぽん、ぴんぽんぽん♪

 なんだか無性に楽しくなって、ベルで遊んでみたりもするが、それでも誰も来る気配がない。ていうか、大人はこういうことして遊んじゃダメ。お店の人に失礼だ。
 とはいえ、こちらからなんらかのアクションを起こしているのにもかかわらず、お客を待たしている店も悪い。さすがの慎一郎も、これ以上はまてず、しびれを切らして、そっと客席のほうを覗き込んだ。
 すると。
「・・・・・・・・?」
 そこに、ウェイトレスは、いた。
 ただ、いたにはいたが、しかしそいつは、小さな馬ほどの大きさで、無理やりにウェイトレスの制服を着させられている様だった。サイズが合っていないのか、背中で止められたボタンがぱっつんぱっつんで、その間からは黒い毛がもじゃもじゃと飛び出ている。
 くるり、とそいつが振り向くと、その顔は鼻も額も無いのに、妙に人間に似ていた。
 その時、慎一郎の脳裏にある言葉がひらめいた。

 
 ガスト <下級の独立種族> 

 ガストは、太陽光線の入ってくることの決してない広大な地下洞窟を住処にしています。そしてその地下洞窟から出てくることはありません。なぜなら、太陽光線を浴びると彼らは病に冒され死んでしまうのです。また、彼らには共食いの習慣があり、弱いものは強いものに喰われてしまいます。ただ、他の生き物を食さないわけではないので、決して無害な生き物ではありません。
 とある洞窟の人間達は、2本足のセミ・ヒューマンの怪物を支配していたと言われていますが、その怪物がガストそのものか、あるいはガストに連なる生物なのかもしれません。



 地下洞窟にある奇妙なレストラン。地上の光も届かない地下奥深くにひっそりと営業するレストラン。
 それが、ガストん。
 ファミリーレストラン、ガストん。

――ああ、ガストんで、ガストねぇ・・・・・・。

 妙に納得してしまった慎一郎だったが、その時 ばちり、とウェイトレスと目が合った。

――きしゃー。

 ウェイトレス・・・・・・もとい、ガストは慎一郎をめざとく見つけると、突然 強靭な後ろ足で飛び跳ね慎一郎に襲い掛かってきた!
「うえうぇうわわわっ!!?」
 もちろん、なんの準備をしていない慎一郎はなすすべがない。
 たとえ武器と防具を持っていたって、装備していないと意味はない。
(勇者様、武器と防具を手に入れたら、必ず装備するのですよ)
 慎一郎の脳裏に、ひげをはやした街の男Aがいっていた言葉が、いまさらながら蘇る。
 ごめん、A、常識だと思って無視してた。でも、まさか、こんな日が訪れようとは、思いもしなかったんだ 
 慎一郎の叫び声が、店内に響きわたる。
 もう、だめだ。ぎゅっと目をつぶる。
 
――喰われる。

 そう思ったときだった。
 しかし。
「・・・・・・?」
 いつまでたっても、喰われる気配がない。それどころか、ほくほく、なんだか、いい匂い。
 慎一郎は、おそるおそる目を開ける。
 そこには。
「お・・・・・おおおお!!!」
 そこには、念願のおでんがほかほかとゆげをあげていた。

――きしゃー。

 おでんはまるい陶製の器に入っていて、ガストがそれを慎一郎に差し出していた。
「イラッシャイマセ、ガストンヘヨウコソ」
 脳がたりないのか、下級種族だからなのかどうかはわからないが、一番初めにはいってきたアナウンスと同じセリフをしゃべりだす。一応、これでも接客をしているらしい。
 なんだかわからないけど、とりあえずお目当てのおでんを手に入れることができた慎一郎は、がつがつとむさぼりつくようにしておでんを食した。
 怪しげなファミリーレストランガスとん。でも、そこで出される夏のおでんは、天下一品。さすがふぁみりーれすとらん。どんな世代の人にでも必ず受け入れられる味付けだ。
 
――この夏、おでんをどうしても食べたくなったら、ガストんにくるのも、いいかもしれない。


 ただ、その後の慎一郎。
 会計時、財布をもってきていなかったので、ガストに半殺しにされかけそうになった。
 なんとか命からがら逃げ出して、途中、店でかっぱらってきたパンとか食べながら、地上を目指したが、なんとカビていた。太ったどこかの商人と一緒だな、なんて思いつつも、ぎゅるぎゅるぎゅるる、お腹が痛い。
 それでも、どうにかこうにか地上にたどり着くことができたことは、慎一郎最大の幸運であった。


* * *


 なんだかんだでひどいめにあったが、でも、あのおでんの味は忘れることができなかった。
また、いつか行きたいなぁと、慎一郎は思いにふける。
 しかし、あれ以来どんなに探しても、もう二度と、行き着くことできなかった。


――おでんうでんおでんうでんおでんうでん。


(イラッシャイマセ、ガストンヘヨウコソ)


                                                 了