コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜お手伝い致しましょう〜

 それは半月の夜のこと――
 葛織紫鶴[くずおり・しづる]が、客のために剣舞を披露している最中のことだった。

 しゃん しゃりん

 手首につけた鈴と、両手に一振りずつ持った剣が美しい音楽を奏でる。
 赤と白の入り混じった不思議な髪に、青と緑のフェアリーアイズを持つ少女、紫鶴が舞う。
 この剣舞は葛織家に代々伝わるもので、「魔寄せ」の効果がある。
 今日の客は――紫鶴の剣舞で寄ってきた魔を滅して、退魔師としての腕をみがくつもりだったらしい。

 しかし――

 しゃり……ん

 ――二振りの剣が金属音を奏でたとき、
 ふ……っと、その場に現れた存在がいた。

 ツインテールの銀髪に赤いリボンを結んでいる。歳がよく分からないのは目を閉じているせいだろうか。少なくとも三十歳には届いていまい。
 盲人用の杖をついて、彼女は現れた。

 しゃん

 紫鶴が手首の鈴を鳴らしてから、動きをとめる。
 現れたのはどう見ても人間にしか見えなかったから。
「ど、どなた……だろう?」
 世話役の如月竜矢[きさらぎ・りゅうし]に張ってもらった結界の中から、紫鶴はおそるおそる声をかける。本来の客のほうも、現れたツインテールの女性に困った顔をしていた。
 銀髪の女性は、杖をつきながら紫鶴に近づいてきた。
「……魅了されて参りましたが……。なるほど、そういうことで」
「魅了?」
「姫!」
 竜矢がとっさに紫鶴をかばう。
「近づいてはいけません。魅了されたということは、これは魔です」
「魔……? 本当に……?」
 紫鶴が、信じられないという顔をする。
 銀髪の女性はころころと笑った。
「そうですね。人か魔かと問われたら魔でしょう、わたくしは」
 紫鶴の顔に、ようやく緊張感が走る。
 背後から――
 本来の魔寄せの客たる男が、銀髪の女性に向かって斬りかかった。
 振りかざされた刀。しかしそれは、女性の両の腕にある篭手に受け止められ、
 そして女性は盲人用の杖を器用に使い、男の足を引っかけた。
 男がすっ転ぶ。
 がっ
 女性は杖で、男の利き手の甲を思い切りつく。
 男は絶叫して、手にしていた刀を手放した。ぼきり、と嫌な音がしていた。
「よせ!」
 紫鶴が叫んだ。「いったい何をしに現れた、魔よ!」
「あなたが魔寄せの舞で呼んだのでしょう」
 女性は微笑んだ。
「わたくしの名はパティ・ガントレット。亜人マフィアの頭目をしております」
「亜人……マフィア……?」
「実に、実に美しい舞でした。あなたは、わたくしのファミリーに欲しい」
 パティが一歩紫鶴に近づく。
 紫鶴はためらってから――竜矢の結界から出た。
「姫!」
 竜矢が引き戻そうとする。その手を振り払って。
「倒さなくてはならない。私が間違って寄せてしまった魔は、すべて私が」
「姫……!」
 鎖縛師の竜矢の得意とする影縫いは、濃い影がなくては効果がない。
 つまり今夜の薄い影では、竜矢は何もできないということだ――否、直接敵に彼の針を刺すという手もあるのだが、パティは簡単にそれをさせてくれそうな敵ではなかった。
「わたくしのファミリーに入る気はないのですね?」
 パティは穏やかな声音で問う。
「入るものか!」
 紫鶴は剣を握りなおした。
「そうですか。ならば」
 パティは目を閉じたまま、猛烈な――
「滅ぼすしか、ございません」
 猛烈な殺気を――放った。

 先手を取ったのは紫鶴だった。片方の剣を槍のようにまっすぐ前に突き出す。
 パティは半身をそらして避けた。
 そして、無防備に開いた紫鶴の腹に拳をくいこませた。
 かはっ、と紫鶴の呼吸が乱れる。上から、篭手に包まれたパティのもう片方の腕が振り下ろされてくる。
 紫鶴は下にしゃがんだ。篭手が目標に到達せずに空を打つ。
 紫鶴は下から、剣を振り上げた。
 篭手がそれを邪魔した。簡単に跳ね除けられ、紫鶴の動きが乱される。
「その程度ですか――」
 パティがつぶやいたその瞬間、
 パティの首を、紫鶴の剣先が突きかけた。
 パティは首をそらす。紫鶴の剣が空を突く。しかし立ち上がった紫鶴はそのまま剣の柄でパティのあごを打った。
 パティはよろけた。あごは急所のひとつだ。かなり脳に響いた――
 紫鶴は片方の剣をおとりに、もう片方の剣を本命にと巧みに攻撃をしかけてくる。
 その動きは、そう――
 紫鶴の舞、そのものだった。
「美しい……」
 見えぬはずの目で、パティは紫鶴の動きを見る。彼女は鋭すぎる感覚『四感』がある。
 紫鶴が肉薄してくる。
 しゅっ――
 金属が一閃された。紫鶴の剣ではない。パティの――
 盲人用の杖にしこまれた刀――
 きぃん!
 紫鶴の剣としこみ刀が交差する。
 パティは鞘だったほうの杖を投げ捨て、懐をさぐった。その手を紫鶴の剣が攻撃しようとするが、やはり篭手に阻まれた。
 パティは紫鶴に息がかかりそうなほど踏みこむ。
 紫鶴が、大きく目を開けて、それから呼吸を止めた。
「姫……!」
 竜矢が主の名を呼ぶ。
 紫鶴の肋骨の下あたりに、突起が食い込んでいた。
 暗器『手之内』――
 掌にしっかり握りこむと、三つの突起ができる。
 パティは退いた。
 紫鶴がげほげほっと咳き込む。
「なぜ……とどめをささない!」
 紫鶴はかすれた声で叫んだ。
 パティは楽しそうに微笑んだ。
「戦いは楽しみです。楽しくやれればそれでよいのですよ」
「戯言を!」
 体勢を立て直し、再び剣を突き出す紫鶴。それを篭手で跳ね返すパティ。
 しこみ刀での攻撃を剣で跳ね飛ばし、紫鶴は接近をはかる。
 あまりに近づきすぎては、『手之内』のえじきになる――
 しかし剣がぎりぎり届く位置では、しこみ刀と延々と交差するだけだ。
 間合いをはからなくては。紫鶴は幾度も移動した。
 その動きの意味を、パティは知っていた。そう――
 この戦いにおいて、パティのほうが圧倒的に強かった。
 しかしパティは紫鶴にとどめをさすことはない。
 楽しめればいい。そう思っているだけの彼女だったから。

 紫鶴の動きは、舞だ。

 それを感じれば感じるほど、パティはぞくぞくと魅了される。
 こんな見事な舞の舞い手を殺したくはない――
「残念です。あなたがわたくしのファミリーに入ってくださらなくて……」
 パティは心底残念に思ってそう言った。
「マフィアになど、入るわけがなかろう!」
「最近では人様の役に立つこともやっておりますよ?」
「だったら最初からマフィアだなんて言うな!」
 紫鶴はさらりと長い髪をなびかせ、剣を横薙ぎにふるう。
 がちん。篭手に当たった。紫鶴はそこから、手首を器用に動かし、篭手のないパティの素肌の手に剣を突き刺した。
 血が流れる。暗器を持つ手が汚れる。
「おやおや」
 パティは目をぱちくりさせた。「そんなに細かい動きができるとは……さすがですね」
 そしてお返しとばかりに思い切り一歩踏み込んで一気に紫鶴に肉薄すると、『手之内』で紫鶴の肩を打った。
「―――!」
 紫鶴が片方の剣を取り落とす。びりびりとしびれて体が動かない。
 しこみ刀の先端が、紫鶴の首に当たって顔をあげさせる。
「もう一度訊きますが……我がファミリーに入る気は?」
「ない!」
 パティは大きくため息をついた。
「頑固ですねえ……」
 パティはしこみ刀を引いた。
 彼女には、紫鶴を殺す気がなかった。今のところは。
 そう、今のところは――

 片手剣になっても、紫鶴の闘志は変わらない。
 しびれて重い右腕を――利き手を失っても変わらない。
 剣をふるうことならば、左手でも充分訓練してある。
 ――ただし、片方の剣を失ったときの片手剣の訓練はあまりしていなかった。今この瞬間に、それが悔やまれる。
 左手でふるう剣は、しこみ刀にまともに当たる。
 目を閉じたままのパティの表情は楽しそうだ。
 紫鶴の剣としこみ刀が交差し、力の押し合いになる。
 その間に紫鶴の足が、パティのわき腹を蹴った。
 ぐ、とパティがうめき、下を向く。かと思えば――
 『手之内』が、紫鶴の蹴りだした足の膝を強打した。
 紫鶴の声にならない絶叫が、パティの耳にだけは聞こえるような気がした。
 たまらず紫鶴はしゃがみこんだ。
 上からしこみ刀が振り下ろされる。その瞬間に、
 一瞬の殺気がみなぎった。
 舞えない舞い手などいらない。紫鶴はもう不要だ――
「―――っ」
 振り下ろそうとした刀、それが空中で止まる。
 パティは舌打ちして、自分の手首に刺さった針を抜きさる。
 これは紫鶴ではない。紫鶴の傍にいた男のほうか――
 考えていると、紫鶴が思いがけない反撃に出た。下から――体ごとタックルしてきたのだ。
 パティの重くない体がよろめいた。
 その隙に、いくつもの針の感触を体に感じた。
 しまった――と、パティの『四感』が訴える。
 針でつぼを押さえられた。体の動きを止められた――

 そうか。紫鶴は最初から、パティの動きを竜矢に見せるために戦っていたのだ。

 そう気づいたとき、パティはますます高揚した。
 紫鶴が顔をあげる気配がした。
 目には見えなくとも、紫鶴の顔に闘志がみなぎっているだろうと感じた。
 ちりん……
 紫鶴が手首にしていた鈴の音がする。
 首元に、剣の先の冷たい感触がした。
「あなたは他の『魔』とは違う雰囲気がすると、最初から思っていた――」
 紫鶴の声がする。
「害のない『魔』を滅するのは、私の本意とするところではない。この先、悪さをしないと誓え」
「それは――誓約による『縛』というものですね?」
 パティは笑った。
「しかし残念ながら、あなたは私を縛するには少々弱すぎるようです――」
「誓え!」
 紫鶴はむきになったように叫んだ。
 通常、誓約は自分より弱い者相手に結んでも意味がない。
 そしてパティと紫鶴の力の差は歴然としていた。
 パティは、お遊びで戦った相手に誓約を結ぶほどプライドなしではない。
 しかし。
 ひとつだけ思うのは、紫鶴の舞の美しさ――
 パティは微笑む。そして、
「――誓いましょう。あなたのために、ならば」
 力のない『誓約』をその口にのぼらせた。
 首筋から、剣の冷たさが離れた――
「姫。ご油断なさらぬように」
 男のほうの気配がして、一本、また一本とつぼに刺さっている針が取り除かれていく。
 やがてすべての針が取り除かれたとき、パティはうん、と大きく伸びをした。
「――ここは鍼治療などやっておりませんか? この頃体が硬くて」
「……やっていません」
 しらっとした青年の反応。パティははああとため息をつき、
「それは残念です。いや、まことに残念」
 残念と言えば――と紫鶴の気配のほうを向き、
「あなたを仲間にできなかったことも。残念です。とても残念です」
「………」
 紫鶴はしばらく黙っていた。そして、
「……人の役に立てるのなら、入ってもいいのだが……」
「姫!」
 世話役がしかりつける。パティは笑った。
 ――どこからか、うう、とうめき声が聞こえた。
「?」
 全員が振り向くと、そこには最初の客だったはずの男がまだ地面に転がっていた。
「ああ、手の骨を折ってしまいましたね。申し訳ありません」
 パティはまったく反省していない声音でそう言うと、
「では、またお会いしましょう――」
 しこみ刀を杖にしまい、『手之内』を懐に戻して、丁寧に礼をした。
 パティの姿が薄れて消える――
 紫鶴と竜矢は慌てて倒れたまま放置されていた男性に駆け寄る。
 その右手は、見事に骨が砕かれていた。
 それを知った紫鶴は、今さらながらにつぶやいた。
「もしや私は……とんでもない相手と戦っていたのだろうか」
「今さらですよ!」
 竜矢は悲鳴のように叫んだ。
 男性の手の応急処置をしていると、だんだんと東の空が明るくなってきた。
 紫鶴は目を細めて朝日があがってくるのを見る。
 その明るさに、不可思議だったマフィアの頭目を重ねながら――


 ―FIN―


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4538/パティ・ガントレット/女/28歳/魔人マフィアの頭目】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
パティ・ガントレット様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回はゲームノベルにご参加くださり、ありがとうございました。
パティさんのほうが圧倒的に強かったので、戦闘シーンも難しかったです。楽しんでいただければよいのですが。
よろしければ、またお会いできますよう……