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狂気に踊らされる者たち
その日、事務所兼自宅で朝のニュースを眺めていた草間・武彦は、入り口のドアが開く音を聞くと慌てて居住まいを正した。
入ってきたのは少女だ。その姿を見るなり、草間は嫌な予感がした。
「草間興信所というのは…」
少女が口を開いた。どこか弱々しいが、強い意志の篭った声だ。
「えーと、どういう」
「興信所は…」
草間の言葉を遮り、少女は続ける。
「殺人…退魔も請け負ってくれますか?」
「彼を…止めてください。私の親友…朝川凍矢を」
草間へ、そしてたまたま興信所に訪れていた面々へ深々と頭を下げると、由羅と名乗った少女は床に倒れそのまま意識を失った。倒れた由良の体から、紅い血が広がった。
シュラインが救急車を呼ぶ傍ら、森羅は符術を用いて由羅の傷口を塞いだ。
冥月が草間に少女を起こさせるように言い、草間が由羅を起こそうとすると由羅はすぐに目を覚ました。思ったより傷口が浅かったのだ。出血は酷かったが、体内の重要な臓器は一切傷ついていない。それが幸いした。
「標的は親友と言ったな。本当に殺していいのだな。殺しの依頼は自分で殺すのと同義だ。可能ならお前の手で殺す覚悟はあるな」
意識を取り戻した由羅に、暗殺者の冷酷さを以て冥月は尋ねた。由羅は、静かに頷いた。
「堕ちてしまった…それは、もう凍矢じゃない。ただの鬼です」
「そんな簡単に諦めていいのかよ」
「本当に堕ちたかどうか、わからないじゃないか。俺には君がどれだけ彼を止める努力をしたか知らないけど、最後まで諦めちゃダメだ」
「そうね。堕ちてしまったのなら、本気で殺す筈だもの。私は、彼はまだ戦っていると思う。アナタは、彼の戦いを無駄にするの?」
森羅とシュラインの言葉に由羅は目を見開き、俯いた。沈痛な空気が流れる。
「彼を助けてください…お願い、します」
やがて外にサイレンが響く頃、由羅は三人に頭を下げた。
冥月は依頼を遂行する為、街中へ消えた。そしてシュラインと森羅は、刀を封印する手段を探すため由羅に教えられた神社を訪れていた。
そこは至って普通の神社であった。人を狂わす刀が納められていたとは思えぬほど、日常の昼下がりの神社だった。
人の良さそうな初老の宮司は、二人から魔刀の事を聞かされても特に驚きを見せなかった。
「そりゃあ知っていますよ。何か問題でも起きたんですか?」
「どういう事ですか?」
「ま、ここで立ち話もなんでしょう。どうぞ中へ上がってください」
「元々あの刀は戦国時代、少しは名の知れた刀匠が趣味に走って鍛えた、ただの無銘でしてな」
畳を張り替えたばかりの部屋で、二人に茶を出しながら宮司は穏やかに刀の伝承を語り始めた。
「無銘は刀匠の死後世に流れ、様々な持ち主達を経て…幕末頃でしたかな。立派な武士がこの神社に現れ、当時の宮司に刀の由来を伝え、『この刀に大蛇を封印した。刀が砕ける時、大蛇は蘇り日の本を荒らすだろう。お前はこの魔刀明星を奉り、護るのだ』と言い、去られたのです」
「それ以来、この神社では明星様を奉っております。明星様は子供好きな所がありましてな。子供の頃は様々な事を教えて貰ったものです」
昔話へと話をシフトしてゆく宮司を、森羅が疑問という形で制する。
「それで、もし抜いてしまった場合はどうすれば?」
「わかりません。何せ、今まで誰一人として抜けたものはいなかったのですから」
二人は顔を見合わせた。
「ですから、私はこれは武士本人かその生まれ変わりが、必要と感じて刀を取りに来たものかと」
「でも、現にその持ち主が剣に支配され、暴れまわっているんですよ」
シュラインの言葉に、宮司は頭を抱えた。
「わかりませんねぇ」
「その明星様…の刀が納められていた鞘か何か、残っていませんか?」
「鞘、ですか。確か残っていましたが…どうなさるので?」
「はい。刀が還る場所は対となる鞘の中です。明星様を再封印する時、鞘無くしてどうやって封印すればよいのか見当もつきません」
「それもそうですな。では、お貸ししましょう」
頷き、宮司は立ち上がると障子を開け部屋を後にする。二人は正座を崩した。
「どう思う?」
「わかりませんね。今の話が本当だったとして、何故凍矢に抜けたのか、何故暴れまわるのか。肝心なところは全くわからない」
「益は刀を破壊してはいけない、という情報だけね」
暫くして戻ってきた宮司から鞘を借り受けると、二人は宮司に礼を述べ神社を後にした。
「これが明星の納められていた鞘ね…」
歩きながらシュラインは、宮司より受け取ったソレを眺めた。
ソレは年代物特有の独特な空気を発してる以外は、時代劇で見るような至って普通の鞘であった。
「この鞘に、凍矢クンを止める力があるといいのだけれど」
「それは、やってみなきゃわかりませんよね」
「そうね。後は凍矢クンを見つければ…」
シュラインは普段の日常をぐるりと見渡し、溜息を吐いた。
「ちょっと貸してもらえますか?」
シュラインから鞘を受け取ると、森羅は軽く念じた。森羅の脳裏に、大通りで激戦を繰り広げる二人の姿が映される。
「ン…こっちです」
鞘に込められた明星の想いに引き寄せられるかのように、二人は大通りへと向かった。
避けられているな。
魔刀を手にした少年と戦いを繰り広げながら、冥月はそう感じていた。
(苦手なのか、それともただ単に鬱陶しいだけか)
状況としては有利。相手は逃げながら戦い、こちらは追いながら攻撃を仕掛ける。相手は背後を気にしなければならないが、こちらは気にする必要は無い。
ただ、二手三手先を読んで逃げ道を封じていけばいい。しかし、そう簡単にはさせてくれぬ敵だ。
(なるほど…年季という奴か)
相手は、今までにも何度か自分と同じような影を使う者と戦ったことがあるのだろう。内心で舌打ちし、影を飛ばす。
自らの影から伸びた一撃を、少年は太刀で受け止め、その衝撃を利用して冥月との距離を開ける。そういう事が出来る敵なのだ。恐らく、次はビルを垂直に駆け上がり、上空へと飛び上がるだろう。相手が足を触れる瞬間を狙い、獣の影から必殺の一撃を繰り出すべく、冥月は意識を集中させた。
そこで予想外の事態が起きた。
突如相手は空中で有り得ない方向に姿勢を崩し、大地に落下した。
予想外の相手の行動に呆気に取られたものの、冥月はその致命的な隙を見逃さなかった。ダウンした瞬間を狙い、全方位から影を放った。影は相手が立ち上がるよりも速くその四肢を拘束し、獣を空中に固定する。
「さぁ、鉄屑。少年を解放しろ。しなければ折る」
(折れるのなら、勝手に折るがいい。その方が妾も楽だ)
頭の中に少女とも少年ともつかぬ声が響く。どうやら、これが刀の声のようだ。
「見くびるなよ…」
刀を指先で掴み、力を込める。
「ちょっと待って!」
声の放たれた方向に顔を向ければ、真っ赤な鞘を抱えた森羅とシュラインが息も絶え絶えに走ってくる。
「その刀を破壊しちゃダメ!」
「それを破壊したら封印された大蛇が目覚めるって!」
二人の言葉を、しかし冥月は一笑に付した。再び指先に力を込めようとした刹那。
(来たか…半身)
今度は場の全員の頭の中に刀の声が響いたと思うと、森羅の手の中にあった鞘が太陽が破裂したかのような強い光を発した。
光が収まった時、冥月の指は刃に触れていなかった。否、少年の手に刀は無かったのだ。
少年の手から離れた明星は、まるで重力を無視した動きでに鞘に収まった。凍矢の変身も解け、元のごく普通の少年に戻った。
(やはり、まだ時が満ちておらぬか)
「時、だと?」
(この少年は、力を秘めていた。妾を自在に操れる力だ)
(だが、その力は妾を振るうには、少年の器は未成熟であった。不完全な状態で妾を握った事により、妾の力が暴走。純粋な意味で少年の願いを叶えようとした)
「誰かを守りたい、という願いは突き詰めれば自分と対象以外の存在全てを否定する…そういう事?」
シュラインに同意を示すかのように、明星は淡く輝く。
「純粋故の狂気か…」
「要は、さ」
森羅が気絶している凍矢の首根っこを掴んで持ち上げる。
「ぜーんぶこいつが間抜けなせいだって事だろ」
(うむ。殴りたいのなら、思い切り殴っていいぞ。その方がそやつの為だ)
「アンタ、結構いい性格だな」
苦笑し、森羅は拳を握り締める。人気の無い大通りに、鈍い音とそれをかき消す大きな声が響いた。
「凍矢!」
由羅だ。救急車から抜け出してきたらしく、ボロボロの制服のままだ。
唖然とする一同を尻目に、今にも倒れそうな足取りで凍矢へと歩み寄ると、由羅は少年の体を静かに抱きしめた。
「由羅…」
凍矢がうっすらと瞼を開ける。
「よかった…」
音も無く、数粒の水滴が二人の頭上に落ちた。それは一瞬の後には霧雨となった。降りしきる雨の中、少女と少年は、いつまでも互いの温もりを感じあっていた。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【6608/弓削・森羅(ゆげ・しんら)/男性/16歳/高校生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。檀 しんじです。
今回ご参加頂き誠にありがとうございます。
今回は一部のパートは封印、破壊組でそれぞれの展開を用意させて頂きました。
またご縁があればお願いします。
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