コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

 人混みの中をジェームズ・ブラックマンと、フリーライターの松田 麗虎(まつだ・れいこ)は追いかけてくる者達を捲くように走っていた。木は森に隠せ、人は街に隠せというジェームズの言葉を信じて細い路地に入り込み、追いかけて来る者達が通り過ぎていくまでじっと息を潜める。
 麗虎は吐く息を食いしばるように漏らしながらこう呟いた。いつもならくわえている煙草も今はお預けだ。
「あまりに楽しすぎて笑い出しそうだ…」
 その言葉にジェームズは、麗虎が抱えている小さなスポーツバッグを見た。
 そう。こんな危険なことになったのも、そもそもこれに入っている中身が問題なのだ…。

「マスター、ちょっと助けて欲しいんだけど」
 そんな事を言いながら麗虎が蒼月亭に入ってきたのは、あと三十分で閉店する真夜中のことだった。店内に客はジェームズしかおらず、早じまいするかという話をしていたところに息を弾ませながら入ってきた麗虎に、ナイトホークは目を丸くしながら水を差し出す。
「助けてって、何やらかした」
 麗虎のことはジェームズも知っていた。アトラス編集部の依頼で顔を合わせたこともあるし、『Night raid』というゲームで一緒にチームを組んだこともある。さっぱりとした性格の青年だ。
 倒れ込むようにカウンターに座って水を飲み干すと、麗虎は持っていたバッグを開けた。それを見たナイトホークの顔色が変わる。
「お前、いくらネタだからって『生阿片』はまずいだろ…」
「違…っ、俺んじゃない。つか、大麻樹脂だと思ってた」
「匂いが違う」
「…何で分かんの?」
 その言葉に顔をしかめ、ジェームズもそれを見た。確かにその中に入っていたのは黒褐色の生阿片樹脂で、その匂いはナイトホークもジェームズも知っている。
 麗虎の話はこうだった。
 ライフワークと取材を兼ねて麗虎は廃墟の写真などを取っているのだが、生阿片はその時に見つけたものだという。二日に分けて昼と夜に取材をしていたら、前日はなかったはずのスポーツバッグが目に入り、好奇心で覗いてみたら中にとんでもない物が入っていたので思わず持ち帰ってしまったらしい。
「俺もアジア旅行とかしたからその手の物は見たことはあったんだよ。で、置いといたらヤバイと思って持って帰ってきちゃった」
「麗虎、それを持ち出したときに誰かに見られたりしていないでしょうね?」
 ジェームズの確認に、麗虎は黙って首を振る。
「それが、その時に丁度人の気配がして…つけられてはいないけど、顔は見られたかも」
 最悪の展開だ。
 店内が沈黙に包まれた後、ナイトホークの怒鳴り声が響いた。
「このバカ!ウルトラバカ!店に厄介事持ち込むなって言ってんだろ、このタコスケ!」
 ナイトホークは怒っているが、ここに持ち込んだのも仕方がないだろう。厄介事を持ち込むなとは言うが、それを処理できそうなのもここぐらいしかないのだ。そして、ジェームズはその持ち主に興味がある。丁度体を動かしたいと思っていたところだし、退屈しのぎになるかも知れない。
「ナイトホークも落ち着いて下さい。麗虎、貴方はそれをどうしたいのですか?」
「…クロ、もしかして興味あるの?」
 信じられないというようにグラスに水を注ぎながらナイトホークが溜息をつくと、麗虎はそれを一口飲んで大きく息を吐きこう言った。
「これはコインロッカーにでも入れて警察に出そうかと思ってた。出来れば、あの廃墟を取引に使ってた奴らも突き出してやりたいんだけど…」
 それを聞きジェームズがふっと笑う。こういう心意気が麗虎のいいところだ。
「その依頼、引き受けましょうか?」
 ただ生阿片を警察に出すだけなら簡単だろう。だが、その廃墟を取引などに使っていた者を突き出すとなればちょっと運動することになるかも知れない。相手を見極めなければならないし、下手をすると命にも関わる。
 その事を先にジェームズが言うと、麗虎は置いてあったバッグを持ちニヤッと笑う。
「元より危険は承知っす。じゃなきゃわざわざこんな物持ってこない」
「それなら結構…ナイトホーク、会計は次の機会でもよろしいですか?」
 椅子から立ち上がるジェームズを見て、ナイトホークは溜息をつきながら肩をすくめた。ジェームズがこうやって退屈しのぎのために危険に飛び込んでいくのはある意味仕方がないし、麗虎が自分の正義感でトラブルに巻き込まれるのもよくある話だ。お互いがそれをビジネスとして認識しているのであれば、自分の出る幕はない。
「常連だからツケでもいいけど、ちゃんと帰ってこいよ。待ってるから」
 そう言いながらナイトホークはカウンターへの入り口を開け、キッチンを示した。どうやら裏口からそっと出て行けと言うことらしい。
 顔を見られたというのであれば、見つかった近辺にいれば相手はきっと探してくるだろう。だがその時までバッグの中身は持っていなければならない。大事な取引材料だ。
 しかし先に警察に見つかれば、自分達が逮捕されてしまう。使用していなくても、持っているだけでも罪になる。その辺りを考えなければ逆に自分達が通報されてしまう恐れがある。
 ジェームズは麗虎からその廃墟の場所を聞き、少し考えながらこう言った。
「取りあえずそのバッグをどうしましょうか…」
 おそらくこれは何処かで栽培したか、外国から持ち込んだりしたのだろう。これを精製してヘロインなどにすれば、相当の価格になる。人が来ない廃墟を取引場所にするのは、賢いやり方かも知れない。
「体力に自信はあるでしょうから、相手を引っ張り回すのも手ですね。何か移動手段とかはありますか?」
 それを聞くと、麗虎はジーンズのポケットからバイクの鍵を見せた。
「一台預けてあるバイクがある。二人乗りできるやつだし、乗っけたまま飛ばせる」
「それは楽しそうですね。私、バイクの後ろに乗ってみたかったんですよ」
 今頃相手は躍起になって麗虎を捜していることだろう。ならば隠れるよりもおおっぴらに出歩いた方が相手の目にも付くし、人も集めやすい。ちまちまと一人ずつ捕らえるよりも一網打尽の方が危険は大きいが、その苦労にかなうだけの価値はある。
「ジェームズさん、どうする?」
 その言葉にジェームズは麗虎からバッグを取り、ふっと笑った。
「まずそのバイクでバッグを見つけた廃墟までツーリングとしゃれ込みましょう。その後は状況に応じて指示します」

 ジェームズが思っていた通り、その廃墟の回りにはどう考えても不自然なぐらい人がいた。バッグ一杯の生阿片だ。背後に暴力団などがいるのかは分からないが、持ち出されて焦るのは当たり前だろう。
「さて、どうすればいい?」
「そうですね…私がバッグを持ってますから、ゆっくりめに走って見せつけてみましょうか」
 それを聞いた麗虎がくすっと笑った。どうやらトラブルとはいえ、麗虎もこの状況を楽しんでいるようだ。このような危険な事態で一番困るのは、尻込みして行動にためらいが出ることだ。その一瞬の戸惑いが自分達の命を左右することもあり得る。
 危険を適度に楽しみつつ、かといって油断しない…その条件が揃っているビジネスパートナーは好ましい。そうジェームズは思う。
「さて、真夜中のチェイスと行きますか」
 バイクが音を立てながら道を走り始めた。ジェームズは口元に笑みを浮かべながら、そのバッグを見せつけるように後ろ手に持ちながらぶらぶらと振り回す。
「………!!」
 空ぶかししている音がうるさくて相手が何を言っているのかは良く聞こえないが、ジェームズが持っているそれは闇の中でも目に付いたらしい。それに気付くと麗虎は前もって相談していたようにバイクのスピードを上げた。
 向かうは新宿歌舞伎町。真夜中でも眠らず、いつでも人がたくさんいる場所。
 逃亡者は普通人がいない場所へと向かっていくが、あえて人がたくさんいる場所におびき寄せ、命がけの追いかけっこをするつもりだった。売人などがそこにいるのであれば、連絡などで集まって来るであろうし、みすみす自分達を逃がすとも思えない。ジェームズはそこに目を付けたのだ。
「かかりましたね…」
 案の定、相手は車で自分達を追いかけてきた。
 だが、真夜中とはいえ車通りは多い。車の間をすり抜け、バイクはひたすら新宿に向かって走る。
「麗虎、楽しいですね」
 たまに後ろを振り返り、相手と距離が離れないように確認しながらジェームズが楽しそうに言うと、麗虎も同じように笑った。
「楽しすぎて死にそう!」
 やはり人生にはこういうスリルが必要だ。そうじゃないと退屈に殺されそうになる。
 今まで味わったことのないバイクのスピード感を、ジェームズは心から楽しんでいた。少しでもバランスが崩れたり、運転をミスれば怪我では済まないだろう。だからこそ、そのギリギリ感がたまらない。
 道路案内に新宿の文字が見えてくる。
「もうすぐ新宿ですね…じゃあ、バイクから降りて歌舞伎町を駆け抜けましょう。木は森に隠せ、人は街の中に隠せですよ」

「暴力団関係じゃないようですね…」
 路地で一息つきながら、ジェームズは通り過ぎていく者達を見てそう呟いた。暴力団関係ならもっと容赦なく追ってくるだろうし、こんな効率の悪い商売をするとも思えない。
「多分何処か旅行したときに持って帰ってきたんだろうな。どっちにしろヤバイ橋なのは変わらないけど」
「そろそろ追いかけっこも終わりにしましょうか。麗虎、打ち合わせ通りにお願いします」
 時間もいい加減明け方近い。朝になる前には全てを終わらせたい。二人は顔を見合わせて頷き、路地からダッシュで飛び出す。
「こっちだ!」
 遠くから聞こえるその声に二人は振り返りながらニヤッと笑い、ビルの非常階段を二段とばしで駆け上る。それは不況の影響でほとんど店が入っていないビルだ。
「屋上まで行きますよ」
 そこで息を整えながら待っていると、十人ほどの若者が二人を取り囲んだ。麗虎がバッグを床に置くと、それと同時にジェームズがゆっくりと話し始める。
「これで皆さん全員ですか?お疲れ様です」
「その中身を返してもらうぜ…」
 肩で息をしながら、一人の男が懐から銃のような物を出した。モデルガンの改造なのか、それとも実銃なのかは分からないが、その銃口を真っ直ぐジェームズに突きつける。他の者達もおのおのナイフなどをちらつかせている。
「おや。そんな物を出されると、私達も手加減できなくなりますが」
 両手を上げながらジェームズはくすっと笑った。全く…一見普通の若者が阿片や銃などとは、東京もずいぶん物騒になったものだ。ジェームズの後ろで麗虎がバッグを持ち上げる。
「俺も死にたくないから…なーんてな!」
 そう言うと麗虎はバッグを階下に向かって放り投げた。それに気を取られ、全員の視線が釘付けになる。その瞬間をジェームズは見逃さなかった。
「銃を持ったら相手から目をそらしちゃダメですよ…」
 上げていた両手が素早く銃を持つ男の右手に振り下ろされた。ジェームズが動くのと共に麗虎も姿勢を低くして相手に向かって走り込む。
 放り投げたバッグは先ほど二人が息を潜めていた路地に落ちたはずだ。ジェームズが交渉に入り相手が穏便に済ませようとしないのであれば、麗虎がバッグ放り投げ目を反らす…それがジェームズの考えた作戦だった。見事にそれは上手く行ったようで、あっけにとられている男達を二人は次々と倒していく。元々お互い喧嘩慣れしているので、ナイフがあったとしてもそれを落としていくのは容易い。
「意外と簡単にいきましたね…さて、交渉再開と行きましょうか」
 そう言うとジェームズは足下に落ちていた銃を手にし、元々それを持っていた男に向かって真っ直ぐ突きつけた。その重さと相手の怯えようから、それが実銃だということが分かる。
「た、助けてくれ…あれは全部譲っていいから」
「別にあんな物必要ないんですよ。私達はもっと楽しいことを知ってますから…」
 ジェームズが意地悪く微笑むと、どこからともなくやってきた黒い蝶が辺りを飛び回った。

「ビルの屋上にクスリやってた奴らが寝てるんで、引き取りに来てください。あと…」
 何故か突然眠り込んでしまった男達を一カ所に集めた後、麗虎は公衆電話から警察に電話をしていた。持っていたバッグもちゃんと指紋を拭き取り一緒に置いてある。
「電話終わりました?」
「うん、ジェームズさんに言われた通りあの廃墟のことも通報しといた」
 まだあの廃墟の中に薬があったり、取引に使われるのは本意ではないので、その場所のことも一緒に通報するようにとジェームズが提案したのだ。多少勿体ない気がするが、麗虎はその言葉に素直に従った。
「楽しかったけど、煙草吸えないのキツかった…」
 麗虎はそう言い、ポケットから出した煙草に火を付ける。そして、何かに気付いたようにジェームズの顔を見た。
「そう言えば、一つ聞いていいっすか?」
「何でしょう」
「さっき言ってた『もっと楽しいこと』って何?」
 その言葉にジェームズはクスクスと笑い始める。
「ああ、それはですね…」
 麻薬よりも楽しく、そして中毒性のあること。
 それは命がけの取引や、スリルに溢れた仕事。この楽しさは他のことでは味わえないが、その代わり麻薬よりも危険だ。一度この味を知ってしまうと、命を天秤にかけてでも危険に飛び込みたくなってしまう。
 ジェームズがそう言うと、麗虎が煙草を吸いながら苦笑した。
「確かに。俺もさっき追っかけられてるのに楽しかった。ジェームズさんにも後でお礼しなくちゃな」
「でしたら、もう一度バイクの後ろに乗せていただけますか?結構楽しかったので」
 吸っていた煙草を携帯灰皿で消すと、麗虎がヘルメットをジェームズに渡しバイクに乗る。
「じゃ、朝のツーリングと行きますか」
 街は明け方特有の静けさに満ちている。その中を二人が乗ったバイクは何処かへ向かって猛スピードで走っていった。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人 & ??

◆ライター通信◆
二度目のご参加ありがとうございます、水月小織です。
麗虎からの「ヤバイ仕事」ということで、うっかり危険に足を突っ込み踏み抜いてしまった後処理をお手伝いしていただきました。一人だと「助けてー」なのですが、ジェームズさんと一緒だと「楽しい」になるので不思議です。やはり心強い味方がいると、スリルも一つの娯楽なのかも知れません。
スーツでバイクはなんか格好いいです…結構絶叫マシーンとか好きそうなイメージがあります。
リテイク、ご意見はご遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いします