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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


Enjoy Summer



☆♪☆


 室内は壊れたエアコンのせいで蒸し暑い。卓上扇風機は生ぬるい風をかき回すだけでなんら役に立っていない。
 窓を開ければ外からの風が心地良く吹き、熱された外の風を涼しいと感じる時点でこの室内は人が生存できるような温度ではない。
 だからこそ、草間 武彦はどこか涼しい場所に行きたいと思っていた。
 海も良いし、山も良いかも知れない。プールなんか冷たくて気持ち良いだろう・・・。
「んじゃ、草間のおっさん、頼んだぜ?」
「おっさんって言うな神崎」
「わーい!武彦ちゃんと一緒にお出かけだぁ〜!!」
 見た目小学生、実年齢高校生と言う不憫な少女・片桐 もな(かたぎり・もな)が武彦の周囲をバタバタを駆け回る。
 この暑い中でよくこれだけ元気が出せたものだ。
「もーな!ちゃんとおっさんの言う事きけよ?」
「わかってるよぉ〜!」
 神崎 魅琴(かんざき・みこと)の言葉に、もなが唇を尖らせながらそう言うのだが、果たしてきちんと分かっているのか・・・武彦は盛大な溜息をつくと縋るような視線を魅琴に向けた。
「神崎、もっときちんと言い聞かせてくれ」
「あ!武彦ちゃんったらひどーい!!あたし、ちゃんと分かってるよぉ!」
「一応もなも16だし、ンな気をつけなくても大丈夫だって」
 魅琴が苦笑しながら武彦に視線を返す。
 ・・・一緒に住んでいるのだから、もなの無鉄砲ぶりを理解していてほしい。
 もなに限って“16歳なんだから大丈夫”と言う言葉は通用しない。
「あたし、ちゃんとしおりも作ってきたんだよー!」
 もながゴソゴソと鞄を漁り、中から薄ピンク色の紙を取り出す。
「まぁ、今日1日だけだし、金の心配もしなくて良いから」
「・・・あぁ。片桐が生きて帰って来られるように最善を尽くすさ」
 武彦は苦虫を噛み潰したような顔をしながらそう言って、隣ではしゃぐもなに視線を向けた。


 事の始まりは1本の電話だった。
 1日だけ子守を引き受けてほしいと言う“依頼”が入ったのだ。
「あのねあのね、まず最初に海に行って泳いで、スイカ割りして、お祭りに行ってリンゴ飴食べて、砂浜で花火しながら怖い話大会するのーっ!!」
 電話口ではしゃぐもなの声。
 費用は全て向こう持ち。武彦はただ、もなの言葉にしたがって海に連れて行き、近くでやっているお祭りに連れて行き、花火の相手をしてやれば良い。
 海では溺れないように気をつけ、スイカ割りで怪我をしないように気をつけ、お祭りではぐれないように気をつけ、花火で怪我をしないように気をつければ良いだけの話しなのだ。
 ・・・16なんだから自分で気をつけられるだろうなどと甘い考えを抱いてはいけない。相手は“アノ”もななのだ。無鉄砲で周りを良く見ていない、問題児を預からなくてはならないのだ。
 それでも依頼を受けてしまったのは、この部屋から一時でも逃避したかったからなのかも知れない。


「魅琴ちゃんに沢山お金貰ったからね、水着とか浴衣とか、途中で買ってくの!持ってくるのも良いんだけど、重いから・・・」
「スイカと花火も途中で買うか。それにしても、水着と浴衣も買うのか」
 海までの行き道でその全てが揃うところはどこかと思考をめぐらせる。
「車、下に持ってくるか?」
 魅琴が人差し指に引っ掛けた車のキーをクルクルと回しながら武彦に声をかけた。
「・・・いや。まだ行く人数が決まっていないからな」
「は?もなとおっさんの2人だろ?言っとくけど、俺は用事があるからパス」
「いや、俺1人じゃ荷が重いからな。・・・他のメンバーの浴衣や水着を買う余裕も、勿論あるんだよな?」
 有無を言わせぬ武彦の口調に、魅琴が肩を竦めながらもなのポシェットを漁ると、その中から財布を取り出して1枚のカードを引っこ抜いた。
「カードで買えば足りるだろ?」
「片桐、財布落とすなよ」
「・・・それじゃぁ、武彦ちゃんにお財布預けるー!取っちゃヤーよ?」
 可愛らしく言いながら財布を差し出すもなに、一抹の不安を覚える。
 果たして、今日を無事に終えることは出来るのだろうか・・・


☆♪☆


 夏の日差しがアスファルトに吸収され、まるで鉄板の上にいるかのようなジワジワとした暑さに樋口 真帆(ひぐち・まほ)はふぅっと息を吐くと手をかざして上空を仰ぎ見た。
 雲ひとつ無い快晴・・・・・・・・・
 なのは、ビルの向こうに雲が隠れてしまっているからだろう。
 東京の空は四角く切り取られているのだから・・・。
 雲でもかかってくれれば日差しは和らぐのにと思いながら、真帆は草間興信所へと足を向けていた。
 別に、そこで涼もうと言う気は毛頭ない。恐らく、外よりも興信所内の方が暑さは上だろう。
 ただ、両手一杯に持った“お裾分けの品”を渡すのは早いほうが良いと思ったからだ・・・。
 銀色のドアノブを右に回し、ゆっくりと扉を開く・・・
 もわっとした暑さに思わず顔を顰めるが、すぐに笑顔を取り戻す。
「こんにちはー・・・」
 1歩中に入り、扉の近くに立っていた魅琴と視線が合う。
「はれ?真帆ちゃん??」
「・・・え??もなちゃん・・・??」
 部屋の中から聞こえた声に視線を彷徨わせば、もながトテトテと音を立てながらこちらに走って来た。
「こんなところでどうしたの?」
「んっとねぇ、依頼!真帆ちゃんはぁ〜?」
「依頼??私は、田舎で貰ったとうもろこしをお裾分けにきたんだけど・・・」
「とうもろこし?」
 部屋の奥でダレていた武彦が顔を上げ、真帆の手元に視線を移す。
「そうなんです、沢山いただいちゃって・・・」
「もな、知り合いか?」
「うん!そー!あたしのお友達ぃ〜」
 もなが間延びした声でそう言いながら真帆の腕を取った時、閉まりかかっていた扉が再び開かれた。
 外の暑さに少々バテた様子のシュライン エマがゆっくりと中に入り・・・視線をもなの上で暫し留めた後で武彦へと移す。
「・・・これは・・・?」
「あぁ、良かったシュライン・・・依頼が入ってな」
 ダレ切った様子の武彦に依頼のおおよその内容を予想すると、少しだけ膝を曲げもなの頭をそっと撫ぜる。
「もなちゃんが依頼を持ってきたのね?」
「んー、正確に言うと、魅琴ちゃん!」
「魅琴・・・ちゃん?」
 シュラインの背後で魅琴がピっと片手を上げ、シュラインに深々と頭を下げる。
「コレのお守を依頼したいんだ」
「・・・もなちゃんのお守・・・?」
「ひっどいよねぇ〜!あたし、お守されるほど子供じゃないのにぃー!!」
「と、本人は言っているが心配でな」
「それは・・・っと・・・」
 そうねと頷こうとして、ジットリとした視線を向けるもなに気がついて寸でのところで飲み込む。
「おっさん、さっき電話してただろ?あと何人来る予定なんだ?」
「3人だ。・・・あのなぁ、神崎、何度も言うんだがおっさんは・・・」
「後3人か・・・」
「何か、不都合でも?」
「いや・・・。6人でもなの面倒を見れるかどうか・・・」
 困った表情の魅琴に、真帆が不思議な視線を向ける。
 真帆が知っているもなは、多少子供っぽいところはあるが意外にしっかりしている。“お守り”なんてされなくても十分大丈夫な子だと思うのだが・・・どうにも、シュラインや魅琴、武彦の表情を見ていると大丈夫ではないらしい。
 シュラインは数度もなのお世話をした事があるために、それなりの覚悟は出来ていた。
 自覚のないドジと天然と危機管理能力のなさが、いつもなの命を奪うか知れない。
「そう言えば、依頼の内容はもなちゃんのお守・・・っと、お世話をするだけなの?それにしては随分もなちゃんの格好が・・・その・・・」
「これから海に連れてって、盆踊りして花火するんだとよ」
「うん!そうなのっ!あのねあのねっ、これから武彦ちゃんに・・・・・・」
 もなが言いかけた時だった。
 カチャリと扉が開き、武彦が電話で依頼した3人が姿を現したのだった・・・。


★♪★


 晴れ晴れとした魅琴の表情に一抹の不安を覚えながらも、一同は武彦が運転する車に乗り込んだ。
「まずは、水着とか浴衣とかを買うんですよねっ!」
「うん!武彦ちゃんがね、連れてってくれるんだってぇ〜!」
 急遽都合の悪くなった兄の代わりにやってきたと言う広瀬 ファイリア(ひろせ・−)がもなと共にはしゃいだ声を上げた。
 黄色い声が車内に響き、これからやって来るであろう楽しい時間への期待が膨らむ。
 “なんか面白そうな依頼だし、夏だし!祭りだし!こりゃ受けないと損だよねー”と、武彦からの電話を受けて駆けつけた清水 コータ(しみず・−)は後ろでキャイキャイとはしゃいでいる2人の声をものともせず、心地良い車の振動によって甘い夢の世界へと旅立っていた。
 すやすやと眠るコータの顔に、窓から斜めに差し込んでくる日の光が当たり・・・隣に座っていたシオン レ ハイは、なにか日差しを防ぐものはないかとポケットを漁り・・・真っ白なハンカチをコータの顔にパサリとかけた。
「・・・シオンさん、それは何か違うと思うの」
 武彦の隣、助手席に座ったシュラインがミラー越しに後ろを見ながらそう言って、せめて窓に日よけをするとか、なにか他にないのかしら?と呟き・・・シオンはあわててハンカチを窓にはりつけた。
「・・・手を離したら落ちてしまいます!」
「それは誰でもわかるわ」
「あ、日よけありますよこっちに・・・」
 真帆がそう言って足元に無造作に置かれていたボックスの中から吸盤で窓に取り付けるタイプの日よけを取るとシオンに差し出した。
 小さく折りたたまれたそれを広げ、後ろについていた吸盤を窓ガラスに押し付ける。
 斜めに入って来ていた光が分散され、仄暗く車内を暈す。
 車は快調に公道を滑り、広いショッピングセンターの立体駐車場へと落ち着いた。
 シオンがコータの肩を揺すり、寝起きの良いコータがすぐに目を覚ます。
 扉を開ければ冷房の効いていた車内とは違い、湿気を多く含んだ熱い風が体中に纏わり付く。
「うーん。暑い・・・」
 セミの声が遠くから近くから聞こえ、ジワジワとした暑さを一層盛り上げる。
「さぁ、早くお買い物すませて海に行きましょう」
「シュライン、片桐の財布預かっててくれるか?」
「シュラインちゃんがお買い物の総責任者ねぇ〜!」
 もなが無邪気に笑い、武彦がポケットからファンシーなお財布を取り出す。
 武彦さんがコレを持ってたって言う事は、もなちゃんは自分のお財布の管理をする自信がないと・・・そう言うことなのかしら・・・?
 肩から斜めに提げているポシェットは、なにもお洒落のためだけに提げているわけではないだろう。
「総責任者なんて、なんだか責任重大っぽいわね」
 苦笑しながら武彦から財布を受け取り・・・そのズシリとした重さに驚きの視線を向ける。
 ファンシーなクマさんが微笑みかけているお財布に入っていて良い上限金額はせいぜい1000円くらいだ。まぁ、そこは謎の資金源を有する夢幻館からやって来たもなの財布だと言う事を考えて、10万くらいは入っていても目を瞑ることにする。
 しかし・・・この重さは1万円札10枚なんて言う可愛らしい重さではない。そもそも、分厚さが紙10枚のソレではないのだ・・・!!!
「お金ね、足りないかもだからカードで払ってって」
「足りない!?」
 どれだけ豪華な浴衣を買おうとしているのだろうか・・・!?
 もなに断ってから財布を開け・・・コータとファイリアがシュラインの手元を覗き込む。
「もなちゃん、幾らぐらい入ってるの?」
 真帆が恐る恐るといった様子で口を開き・・・・・・・
「んーっと、日本円は10万くらい?後は全部・・・ドル」
「なんでドル・・・!」
 武彦が素早くツッコミ、シュラインの手からお財布を受け取る。
 ドル万ドル万万ドルドルドルドルユーロ万ドルドル・・・
 無造作に入れられたお札はさながら世界一周旅行でもしているかのように色々な国のものがあった。
 たまには紙で作られた手作りのお札なんかもあったりして、うっかり買い物時にソレを出してしまったならば一生の恥じになってしまいそうな雰囲気だった。そもそも、円の文字が微妙に違っている。
「もなちゃん、せめてドルはドル、円は円でまとめておかないと・・・」
「そもそも、日本で円以外使わなくないか?」
「海外旅行でもしてきたのですか?」
 ファイリアの質問に、もなはフルフルと首を振るととんでもないことを口走った。
「違う違う、おまま事で使ったのー!!」
 ・・・16歳でおまま事・・・しかも、使用したお金は一部を除いて全て本物だ。
「もなさん凄いです!本格派ですっ!」
 あいたたた〜と言う顔をしている中で、シオンだけがもなに尊敬の眼差しを向けていたことは言うまでもない。
「とりあえず、買い物はカードで済ませるとして・・・皆は自分の水着と浴衣を選んで持って来てもらえるかしら?」
「シュラインさんは・・・」
「私は浴衣も水着も持ってきたから」
 シュラインはそう言うと、もなの手を掴んだ。
 頭の高い位置で結ばれたツインテールが揺れ、ほぇ?っとした表情でもなが小首を傾げる。
「さぁ、もなちゃん。水着と浴衣、選びましょう!」
 ・・・心なしかシュラインの瞳が輝いているような気がした・・・


☆♪☆


 こっちにしようかあっちにしようか・・・けれど、柄はこちらのが可愛いし・・・
 フリルのついたビキニも可愛いけれど、ワンピース型のあっちも可愛いし・・・
「どうしよう・・・」
 手に持った水着を見比べながら、真帆がオロオロを売り場を彷徨う。
 どれもコレも可愛いものばかりで、迷うのは何も真帆だけの心理ではない。
 白のリボンが付いたビキニも可愛らしいし、ワンピース型の薄いピンク色の水着も可愛らしい。
「迷っちゃう・・・」
 入り組んだ売り場内をうろつく真帆を遠巻きに見ていたコータが近づき、ポンとその肩を叩くと回れ右をさせてその売り場から遠ざける。
 真帆がウロウロしていたのは競泳用の水着だ。
 遠泳でもしない限り、このゾーンは今回は関係がない。
 迷っているうちに周囲が見えなくなり、何時の間にか本格派の売り場に迷い込んでしまったようなのだが・・・
「いや、あの・・・迷いすぎだし」
「でも・・・!でも、迷うじゃないですか!」
 必死に訴えかける真帆。しかしコータはもう買うものを決めているらしく右手には浴衣と水着が握られている。
「・・・早いですね」
「?フツーじゃない?」
「何買ったんですか?」
 真帆の言葉にコータが手に持っていた浴衣と水着を手渡す。
 黒地のトランクスタイプの水着は、左足の側面に白い英文字が入っている。なかなか格好良い水着に真帆が「カッコ良いですねぇ」と簡単な感想を述べ・・・浴衣へと視線を移す。
 白地に並んだ柄は、卓球している人の絵が羅列されている・・・。
「えっと・・・」
「まぁ、水着はなんでも良かったんだけどさ、浴衣は変な柄がいいよね」
 いいよね、と、同意を求められてもどうしようもない。
 えぇっと・・・などと言葉を濁していると、コータが水着売り場を見渡した。
「で、どれとどれで迷ってるわけ?」
「えっと・・・あのピンク色のワンピースの水着か、あっちの淡いブルーの水着か・・・」
 真帆が指差した先には、2つの違ったタイプの水着が掛かっていた。
 淡いピンク色のワンピース型の水着はAラインで、ぱっと見は普通のワンピースに見えなくもない。
 もう1つは淡いブルーのフリル付きビキニ型の水着で、パレオがついている。
「うーん、俺じゃちょっとわかんないなぁ」
 コータは頭を掻きながらそう言うと、女性陣に助言を求めようとして・・・背後からまだ若い店員さんがヒョコっと顔を出した。
「何かお困りですか?」
「あの、水着が・・・」
「そうですねぇ、お客様ならどちらもお似合いでしょうけれども・・・こちらの水着の方がオススメですね」
 そう言って店員が手に取ったのはビキニの方だった。何故か意味深な視線をチラチラとコータに向けている。
 ・・・カップルにでも間違われたのだろうか・・・。
 真帆はその言葉に頷くと、ビキニを手にほっと安堵の溜息をついた。
「なに全部終わったみたいな顔してんの。まだ浴衣も決めないと」
「・・・・・・あっ!!!」


 シュラインはファンシーなクマさんお財布を片手に浮かぶ笑みを押さえきれずにいた。
「ふっふっふ・・・」
 目の前でキャイキャイと浴衣を見ながらはしゃいでいるもなとファイリアに視線を向け、可愛らしいツインの頭を撫ぜる。
「人の財布でお買い物って最高・・・!」
「もなちゃん、こっちの浴衣も似合いそうです!」
「あ!ファイリアちゃん、こっちの浴衣可愛いよーっ!!」
 自分の浴衣と水着は持参してきたシュラインは、もなの買い物に集中していた。
 あれこれ悩んだ末に水着を選び、今は浴衣が展示されているコーナーではしゃぐ2人を見詰めている。
 手に持ったカゴの中にはファイリアともなの水着と・・・
「元気で良いな」
「何言ってるの。武彦さんも浴衣選ばないと」
 武彦が買ったブルー地のトランクス型の水着が入っていた。
 いまいち乗り気のしない様子の武彦に良い機会だから一緒に選びましょうと声をかけ、武彦がノロノロと浴衣を手に取る。
「シュラインちゃんシュラインちゃん!浴衣ね、決まったんだけど、帯分かんない!」
 もながそう言って手に持ってきたのは薄いピンク地の浴衣だった。
 うさぎの模様が入っており・・・隣にいるファイリアの手にある浴衣と色違いだった。
「ファイリアちゃんは緑にしたの?」
「はいです!もなちゃんとおそろいで・・・」
「そうねぇ、帯・・・うーん。兵児帯絡ませても可愛いかもね」
 陳列された帯を見ていく。浴衣と違う色の帯を絡ませても良いが、同じ色でもしっくりと来る。
 ファイリアが自分で帯を見繕い、シュラインがもなに子供用の兵児帯を手渡す。
 もなの胴回りからして、大人用は少し長すぎだろう。
 ファイリアが選んだ、浴衣よりも少しだけ深い色をした長い兵児帯と端が赤い色をした子供用の兵児帯がカゴの中で重なり、その上に色違いの2枚の浴衣が重ねられる。
「さぁ、あとは必要そうなものを見繕いましょう。タオルとかは必須よね」
 そう言ったシュラインの手から買い物カゴをすっと取る手に背後を振り向けば、片手に選んだ浴衣を引っ掛けた武彦の姿があった。
 黒地の雨絣柄の浴衣に白の帯・・・
「カッコ良いですねっ!」
 ファイリアが武彦に満面の笑みを向け、もなも大きく頷く。
 ・・・武彦が少し照れたように視線をそっぽへと向け・・・
「ほら、さっさと買い物終わらせるぞ」
 ボソリと呟いて歩いて行く背中に顔を見合わせクスリと微笑むと、シュラインとファイリアはもなの手をギュっと握った。


 必要なものをカゴに詰め込み、会計を済ませると車へと戻る。
 買い物袋からはみ出るほどの大きさの西瓜の上にはコータが買った麦わら帽子が乗せられている。
「なんだか西瓜さん、一緒に海に行くの喜んでるみたいですねっ!」
 ファイリアがはしゃぎながらそう言い、シオンがいそいそと麦わら帽子にハイビスカスの花を乗せる。
 ・・・コギャル風のそれはいったい何のために買ったのか分からないが、シオンが嬉しそうなのでそこは問わないことにしておく。
 他にもコメントし難い微妙なお面やらひまわり柄の浴衣やら・・・シオンは変わったものを沢山買っていた。
 それどころか、変わった帽子をもなに勧め「シオンちゃんは・・・アレだね、面白い子だっ!」と、指をさされながら言われていた。・・・まぁ、もなの言う事だしと思いつつシオンを見れば、褒められたと思った彼は“凄く嬉しそう”な顔でニコニコしていた。
 ・・・勿論、もなだって“一応”褒めたつもりなのだろうが、普通の人ならばあの言葉では意思の疎通ははかれないだろう。“面白い子”はたいていの場合ではそれほど上等な褒め言葉ではない。
 まぁ・・・当人同士がそれで良いのならとやかく言う事ではないのだが・・・。
 シオンが買った中で納得できたものは、もなのためと言って一生懸命考えながら選んだ日焼け止めくらいだろうか・・・。
 シュラインが気を利かせて選んだタオルやシートが車が揺れるたびに半透明のビニール袋の中で音を立てる。
 後ろへと流れて行く景色はだんだんと開けてきて、ビルばかりだった都会の風景から遠ざかって行く。
「もうすぐで・・・あら?」
 助手席に座っていたシュラインがミラー越しに後ろを見やる。
 ボウっと窓の外を眺めていた真帆が気付いて視線を上げ・・・困ったように眉根を寄せ、可愛らしく口元に人差し指を押し当てた。
「・・・ん?どうしたんだ?」
「真帆ちゃん以外、みんな寝ちゃってるわ」
 コータが俯きながら頭を揺らし、シオンが上を向いて口をあけている。
 もなとファイリアが互いにもたれかかりながら目を瞑っており・・・
 心地良い揺れと静寂の中、武彦はハンドルを握る手に力を込め、シュラインはそんな武彦に時折声をかける。
 映り行く窓の外をジっと見詰めながら、真帆はもうすぐで着くであろう浜辺に漂う波の音を・・・耳の奥で微かに、聞いた気がした・・・。


★♪★


 真っ白な砂浜は美しく、ゴミの落ちていないそこに人影はまばらだった。
「綺麗・・・」
 遠くに見える防波堤の近くでは、砕けた波が白く飛び散っている。
 空は高く、ジワジワと地上を熱している。
 シオンが車の中から帽子を取り出しもなの頭に乗せ・・・もなが結んでいた髪を解く。
 パサリと背に掛かったそこからは女の子特有の甘く爽やかな香りが広がり、ほんの刹那だけ暑さを和らげる。
「それじゃぁ、パラソルとか買って来たから・・・どこかに場所をとりましょう」
 シュラインがテキパキと買い物袋の中からシートを取り出し、武彦が折りたたまれたパラソルの入った箱を小脇に抱える。もなが自分もなにか持とうと西瓜を持ち・・・不安に襲われたコータがその役を引き受けると、もなの手に水着の入った袋を渡した。
 シオンが西瓜を割る用の木刀を取り出し、ブンブンと数度振り・・・「シオンさん、遊んでないで早く行くわよ」と、シュラインに注意を受けピシっと敬礼をする。
 真帆とファイリアがその他必要なものを取り出し、それを確認した武彦がロックをかける。
 潮風が前髪を揺らす。
 海独特の匂いを胸いっぱいに吸い込み・・・ふっと、息を吐き出す。
 シュラインがシートを広げ、武彦がパラソルを立て・・・各自が持ってきた荷物をその上に置く。
「先に着替えてきちゃいなさい」
「はーいっ!!」
 ファイリアともなが元気良く返事をして右手を高く突き上げ、更衣室へと走って行く。
「あ!待ってファイリアちゃんにもなちゃん!!水着・・・!」
 シートの上に置き去りになっていた袋を掴み、走り出そうとする真帆の肩をコータが叩く。
「その中に俺らの水着も入ってるんだけど・・・」
「きゃっ!そうでした・・・」
 ファイリアともなの天然をフォローしようと思った真帆だったが、真帆も生粋のしっかりさんと言うわけではない。どちらかと言えばうっかりさんの方に分類されるだろうが・・・なにぶん相手は本物の天然のもなとちょっとどこか抜けているファイリアだ。真帆もフォロー側に回らなくては間に合わない。
 コータとシオンと武彦の水着を取り出し、シュラインは持参したものが別のバッグに入っていると言うので真帆は水着の入った袋を片手に走り出した。
「はれぇぇぇ〜〜〜!!!??水着がなぁぁぁいっ!!!」
「あっ!!シートの上に置いてきちゃいましたね!」
 もなの絶叫とファイリアの冷静な声が聞こえる。
 海の家から出てきたファイリアが走ってくる真帆に気がつき手を大きく振り・・・真帆がそれに応えようと手を高く上げ・・・足が絡まりズベっとその場で転んでしまう。
「ま・・・真帆ちゃん大丈夫ですかぁぁぁっ!!??」
 驚いたファイリアがトテトテと駆け寄り、その後からもなも走って来る。
「大丈夫だったか!?」
「真帆ちゃん、怪我ない!?」
 一部始終を見ていた武彦とシュラインが走ってきて、真帆の隣にしゃがみ込む。
「あ、水着は大丈夫です」
「いやいやいや、水着はいーから」
 コータとシオンも追いつき、真帆の天然な言葉にすかさずツッコミを入れる。
「うん、大丈夫みたいね。ちょっと赤くなってるけど、血も出てないし」
「良かったです〜〜〜っ!!」
 真帆の膝を調べていたシュラインが頷き、ファイリアが安堵した表情で真帆に抱きつく。
「ごめんねごめんね??あたし達が水着忘れちゃったばっかりに・・・」
「ううん、大丈夫。ちょっと足元がもつれちゃっただけだから」
 苦笑しながらそう言って立ち上がり、服についた砂を払う。
 ・・・と、その瞬間海から突風が吹き、舞い上がった砂に目を細める。
「うわぁ・・・凄い。春一番だねぇ」
「片桐、春一番って言葉の意味知ってるのか?」
 武彦が頭を抱えながらそう言い・・・チラリと背後を振り返ったシオンがシュラインの肩をポンポンと叩く。
「大変です!!」
「どうしたのシオンさん」
「し・・・シートが反抗期です!!!」
「は?シートが反抗・・・」
 一同の視線が先ほどまでいた場所へと移り・・・
「「「「「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」」」」」」
 突風のためにシートは裏返り、重いはずの西瓜までもがコロコロと一人でどこかに遊びに行こうとしている。
 浮き輪は風に飛ばされて、数メートル向こうの砂浜の上でポツンと寂しそうに座っている。
 きっと宙を浮いてしまったのだろう。浮き輪は水の上で浮けば良いだけであって、宙を浮くなんて管轄外の事をする必要性はまったくもってない。 
「さっきの風、凄かったからねぇ〜」
 もながのほほんとそう呟き、テキパキと動き回る武彦に優しい瞳を向けていた・・・。


 波打ち際でファイリアともながはしゃぎながら水をかけあっている。
「わ〜っ!!しょっぱいですっ!!」
「なんか、ぬっるーーーーいっ!!!」
「もっと沖の方に行ったら冷たいかも知れません」
「そっか!じゃぁ、沖まで行こー!?」
「競争しましょうっ!!よーいドンで泳いで・・・そうですね、あそこに見える防波堤まで先に着いた方が勝ちですっ!」
「よぉーっし、負けないよぉ〜っ!!」
「もなちゃんもファイリアちゃんも、あんまりはしゃぎすぎちゃダメよー!?」
「「はーーーいっ!!」」
 すっかりお母さん役が板についたシュラインの言葉に頷くと、ファイリアともながバシャバシャと泳ぎ始める。
「大丈夫かしら・・・」
「広瀬は分からないが、一応片桐は運動神経だけはS級だからな、心配はいらないだろう」
「まぁ、目を離さなければ大丈夫よね」
 武彦の言葉に頷くと、隣で眠そうに舟を漕いでいるコータに視線を向けた。
「コータ君は泳いでこなくて良いの?」
「俺思うんだけどさ、海といったら麦わら帽子顔にかぶって昼寝だよな」
「・・・多分違うと思うけれど・・・」
 困惑しながらシュラインが呟くが、コータの瞼はくっつきそうになっている。
「シオンさんっ!!その格好で入るんですかっ!?」
 真帆の黄色い声が聞こえ顔を上げれば、真帆が見詰めている場所で凄まじい水しぶきが上がっている。
 バチャバチャと、クロールなのか平泳ぎなのかよくわからない格好で泳いでいるのはシオンだ。
「大丈夫ですっ!代えはありますっ!!」
「そう言うんじゃなく・・・」
 どう言ったら良いものかとオロオロする真帆の前では、シオンが服のまま海に入っていた。
 着衣泳・・・かなり潔い。
 それどころか、シオンは場違いなまでに高級なブランド服を身につけ、頭には先ほど買ったハイビスカスの花がささっている。そんな格好で塩分たっぷりの海を、溺れているのか泳いでいるのか分からない様子で漂っているのだ。
 これははたから見たら溺れているようにしか見えないだろう。
 けれど、楽しそうなその表情は決して溺れている者では出来ない類の爽やかさを纏っていた。
 凄まじいスピードで水しぶきを撒き散らしながら泳いでいくシオンの後を、戸惑いつつも真帆が追う。
 綺麗なパレオはシートで寛いでいる武彦に手渡し、少々自信がないながらも学校で習ったクロールを披露する。
 シオンが防波堤で談笑していたファイリアともなのところに着き、少し遅れて真帆も到着する。
「っはぁ・・・疲れた・・・」
 真帆が肩で息をしながらそう言い、濡れた髪を掻きあげる。
「あのね、ずーっとファイリアちゃんと2人を見てたんだけど、凄かったよ!」
「そうなんです!ビーチの視線を独り占め・・・っと、2人占めでしたっ!」
「そ・・・そうなんですか!?」
 シオンが恥ずかしそうに顔を赤らめ、真帆も違った意味で顔を赤らめる。
「そんなに私、変な泳ぎ方だった!?」
「いいえー、真帆ちゃんは綺麗でしたよぉ〜。ただなんとなく・・・」
「なんて言ったら良いんだろう?必死な感じが伝わってきたからね、思わず目が離せなかったって言うか・・・」
 そんな必死な表情で泳いでいたのだろうか!?
 真帆の頬が熱くなる。
「なんだか泳いだら疲れちゃいましたねー」
「だねぇ。なんか喉渇いちゃったし・・・岸まで戻ろっかぁー」
「岸までですか?」
 もなの言葉にシオンが何かを思いついたと言うようにポンと手を打つと、不意に口笛を吹いた。
 甲高い音が広い海に吸い込まれていく・・・
「今のは・・・?」
「みなさんお疲れでしょうから、バナナボートの代わりに鮫さんを・・・」
 シオンが言い終わる前に、浜辺から悲鳴が上がる。
 海上に見える三角のナニカがこちらに向かって凄いスピードで泳いできている!!!
「わぁっ!凄い!鮫だぁ〜!こんなところまで来てくれるんだねぇ〜」
「シオンさん凄いですっ!鮫さんとお友達なのですか!?」
「いや、それほどでも・・・」
「そんな事言ってる場合じゃないですっ!!早く浜辺に上がらないとっ!!」
「あ、大丈夫ですよ。きっと背中に・・・」
「乗っけてくれませんっ!!」
 真帆がそう言って、はしゃぐファイリアともなに声をかけて泳ぎ出す。
 浜辺では血相を変えた武彦とシュラインが走って来ており、あまりのざわめきにコータも目を覚ます。
 とんだ海辺の惨劇一歩手前の展開に怒られたのは、勿論シオンだった・・・。


☆♪☆


 透明な水色のボールが宙高く飛び上がり、太陽の光を反射してキラリと鋭い光を発する。
 ポンと言う軽い音が響くたびに上がるボールは回りながら落下して、再び誰かの腕によって高く飛ばされる。
 ビーチバレーではしゃぐ4人を微笑ましく見詰めながら、シュラインは海の家で焼きそばとイカ焼きを買って来てシートの上に腰を下ろした。後は人数分の飲み物を買って来て・・・立ち上がりかけたシュラインの肩に武彦が手を置き、一緒に行くと申し出る。
「人数分のジュースなんて重いだろ?」
「あ・・・ありがとう」
 さすがは武彦さんだわと思いつつ、デニムのボトムについた砂を手で払う。
 シフォンのトップスカバーが風に揺れ、光を吸収した白が網膜に残像を残す。
 ぐっすりと眠っていたコータだったが、美味しそうな香りにパチリと目を覚まし、はしゃいでいる4人に声をかけてシートの上を整理する。2人が戻ってくるまでには食べられる状況にしていようと言って、無造作に置かれていた荷物を端にどけ・・・。
「はい、ジュース。色々買って来たから好きに選んでね」
 シュラインと武彦が両手一杯に缶ジュースを持って帰って来て、各自が自分の好みに合うジュースを取る。
 お店の人から貰った割り箸を全員に配り・・・「いただきま〜す」と全員で声を合わせると焼きそばに割り箸を入れる。
「おいしーーーっ!!!」
「本当、美味しいですっ!」
「片桐達は随分遊んでたからな。お腹すいてただろ?」
 武彦の言葉にコクコクと頷き・・・コータまでもが大きく頷く。
「それじゃぁ食べ終わったら、西瓜割しよーっ!」
「良いですねっ!」
 もなの言葉にファイリアがにっこりと微笑み、足元に置いてあったイカ焼きに手を伸ばす。
「西瓜割り・・・割った後は食べられますか!?」
「そうねぇ、シートを敷いておけば大丈夫なんじゃないかしら?」
 シオンが焼きそばをゴクリと飲み下すとシュラインに視線を向けた。
「確かシートはまだあったよね」
 コータが食べていた手を止めると背後をゴソゴソと探り、大き目のブルーシートを1つ取り出した。
「そうそう、もし誰か具合が悪くなっちゃったらって思って多めに買っておいたの」
「それじゃぁ、それ敷いてやろーっ!」
 もながご馳走様でしたと呟いてゴミを端に置き、食べ終わった者から順にゴミを重ねて行く。
 最後にシュラインが何も入っていないビニール袋にまとめて入れ、いそいそと西瓜割の準備をし始める。
「そう言えば、タオルもたくさんありましたよね。目隠し用に1つ出しましょうか」
「そうね。真帆ちゃん、頼めるかしら?」
「はい!」
 真帆が小さめのタオルを取り出し、コータが直ぐ後ろに置いてあった木刀を差し出す。
 シオンが西瓜を取り・・・武彦とコータが食後の甘い睡魔の誘惑に勝てずにまどろみ始める。
「武彦さんとコータ君は不参加ってことで・・・参加するのはファイリアちゃんと真帆ちゃんとシオンさん、もなちゃんで良いかしら?」
「シュラインさんはやらないんですか?」
「西瓜割りはねー・・・止められてて。スカッとして好きなのだけれど、音のなる音源に素直に振り下ろしちゃって・・・西瓜もキルマークも一等賞で」
「だぁぁいじょうぶっ!!シュラインちゃんも参加するのーーーっ!!」
 もなが駄々っ子のように手足をバタバタさせ、真帆もファイリアもその言葉に賛同する。
 シオンがばたつくもなのマネをしようとして・・・足を縺れさせ派手に砂浜に転び、体育座りでめそめそとのの字を書き始める。
「・・・シオンさんは何を・・・まぁ、良いわ。それじゃぁ参加させてもらうわね」
「それじゃぁ、誰が最初にやりますか?」
「うーん・・・ファイリアちゃん、真帆ちゃん・・・シオンちゃん・・・」
「あ、私は最後で良いわ」
 もなの言葉にシュラインがそう言って、それじゃぁシュラインちゃんが最後ねーともなが明るい声を出す。
 砂浜の上に広げたブルーシートの上に西瓜をチョコンと置き、目隠しをしたファイリアが数度回ってよろよろと歩き出す。「右」「左」と言う指示に従って歩き・・・木刀を振り下ろした場所は西瓜の直ぐ右隣だった。
「おしいっ!!・・・それじゃぁ次は真帆ちゃんね〜?」
 真帆もファイリアと同様に回り、指示に従い歩き・・・西瓜を少しだけ掠って地面を叩いた。
「うーん、難しいですねぇ」
 真帆が苦笑しながらそう言って、シオンに目隠しを施し木刀を握らせる。
 クルクルとその場で回り・・・ふらふらと覚束ない足取りで・・・覚束ない足取りで・・・斜め斜めへと・・・ヨロヨロと歩いて行き・・・波打ち際で派手に転ぶと両手足をバタバタさせている。
「凄いシオンちゃん!!」
「・・・ある意味ね」
 感心するもなに頭を抱えながらシュラインがシオン救出に向かう。目隠しが海水で濡れてしまったことを感じ取った真帆が荷物の中から新しいタオルを取り出してもなの目を隠し、少し濡れているが大丈夫だろうと言ってファイリアがもなに木刀を持たせる。
 シオンとシュラインはまだ波打ち際で何かを話し合っており・・・ファイリアが西瓜をよいしょと持ち上げるとトスンと“シートの上”に置き、真帆に合図を送る。
「良いですよ〜っ!!」
「え!?ファイリアちゃん・・・!?」
「大丈夫です!もなちゃんを信じてますっ!」
 ・・・大丈夫かなぁ・・・もなちゃんを信じるって言っても、目隠ししてるし・・・
 一瞬だけ戸惑うが、相手はあの“草間さん”だ。それならば大丈夫だろう。
 真帆はそう思うともなを回し、ポンと背を叩き・・・
「真っ直ぐです真っ直ぐ!!あぁっ、もうちょっと右・・・」
 もながヨロヨロしながら“武彦の頭の隣”に置かれた西瓜を叩くべく歩いて行く。
「はっ!!大変ですっ!」
 ソレを見ていたシオンがいち早く駆け出し、何事かとシュラインの視線がシオンの背を追う。
 木刀を両手に歩いて行くもな。その先には西瓜と・・・すやすや安眠中の武彦の頭・・・!!!
 シオンが追いつき、何を思ったのか西瓜をもなの前に置く。そして・・・
「今ですもなさんっ!!」
 シオンが叫ぶが、もなの足はその間に1歩進んでしまっていた。
 振り下ろされる木刀は西瓜を通り過ぎ、真っ直ぐにシオンの頭へ・・・!!
 シオンが危機を感じて両手を高く突き上げ、迫り来る木刀をはさ・・・もうとしてそのまま頭にくらってしまう。
「割れた!?」
「割っちゃだめぇぇぇぇっ!!!」
 はしゃぐもなの声に真帆が叫び、その声で武彦とコータが飛び起きる。
 急いで駆けつけたシュラインが気を失っているシオンの頭を調べ、少したんこぶが出来ているだけだと言って安堵の溜息をつく。
 これは西瓜割りなわけであって、シオンの頭や武彦の顔面割りでは決してない。
 真っ白な砂浜に点々と飛んでいて良いのは西瓜の赤い汁だけであって、決して体内を巡っている赤い血液が点々と飛んでいてはいけない。


★♪★


 シュラインの最初の宣言通り、振り下ろされた木刀は綺麗に西瓜を割った。
「シュラインさん凄いですっ!」
「そうでもないわよ」
 苦笑しながらそう言って、割れた西瓜の欠片を拾う。
 食べられそうな部分を見繕い、かぶりつき・・・
「うーん、やっぱり普通に包丁で切った方が美味しいねぇ」
「もなちゃん、夢のないこと言わないの」
 微妙な表情で種を飛ばすもな。ファイリアと真帆は談笑しながら食べており、寝起きのコータと武彦ももそもそと口に西瓜を運ぶ。シオンが割れた欠片を拾ってチビチビと口に運び、砂のついた部分は手で払ってから食べる。
 しかし、手がもともと砂で汚れているためにさらに砂がつき、慌てて海水で洗おうとするが引き潮時に砂にまみれる西瓜・・・。なんだか見ていて悲しくなってくる。
「シオンちゃんシオンちゃん、沖の方で洗ったら良いかもよっ!」
「もなさんナイスアイディアですっ!」
 西瓜を食べ終わったもながシオンと共に沖の方へと行ってしまう。
 不安が胸を掠めるが、シオンが一緒だからそう悲惨なことにはならないだろうと誰もが視線を西瓜へと落とし、和やかな雰囲気漂うシートの上を満喫し・・・しかしそんなおっとりとした空気も突如響いた悲鳴によって打ち砕かれる。
「きゃぁぁぁぁっ!!!サメが・・・!サメが女の子を襲ってるっ!!」
 白ビキニの若い女性が砂浜にヘタリ込みながら指差す先、もなが“ナニカ”に乗ってキャッキャとはしゃいでいる。
「今度はシオンちゃんが乗る〜!?」
「良いのですか!?鮫さん、失礼しますーっ!」
「だから、鮫は呼ぶなっつのっ!!」
 武彦が叫び、バシャバシャと海の中に入っていく。
「凄いです!ファイも鮫さんの背中に乗りたいです!」
「は・・・早まらないでファイリアちゃんっ!」
「すげー、写真持ってくれば良かったかも」
「どこに投稿しようとしてるのコータ君」
 阿鼻叫喚地獄となりそうな砂浜の中で、一同は“凄く優しい”視線を泳いでいく武彦の背中に向けていた。


 夕暮れに染まる窓の外、水平線に没する陽は海面に揺らめいて、滲む周囲は淡い色に照らされている。
 外はお祭りの始まりにざわついており、開け放たれた窓から入ってくる風は生ぬるく夜の雰囲気を帯びている。
 シュラインはもなに帯の端を持たせると胴に綺麗に巻きつけ、キュっと縛った。
「うん、こんなものかな?可愛い可愛い」
 ポンと背中を叩き、クルリと回るもなに笑顔を向ける。
 自身は黒地に白の百合柄の浴衣を既に着ており、髪は涼しげに上げている。真っ白な百合の髪飾りが外から入ってくる夕陽を浴びてキラリとオレンジ色の光を反射する。
 あらかじめ予約しておいた旅館の一室、中央に置かれたテーブルの上には色とりどりの貝殻が乗せられている。
 シュラインが夢幻館のお土産にと貝殻探しを提案し、皆で砂浜から拾い集めたのだ。
 白に丸い茶色の模様がある貝殻、薄いピンク色をした貝殻・・・
 水道で綺麗に洗った貝をテーブルに並べれば、どこか絵画的な美しさがあった。
「それじゃぁ、準備は大丈夫か?」
 武彦の言葉にコータが立ち上がり、シオンがなにやら重装備でヨロリと立ち上がる。
「・・・シオンさん、ソレは何ですか?」
 ファイリアの言葉にもごもごと言葉を濁すシオン。・・・なんだか怪しい・・・。
 挙動不審なシオンに首を傾げつつも、一同は旅館を出て賑わう通りへと足を向けた。
「もなちゃん、手を繋いでおきましょう」
 人の多さにシュラインがそう言ってもなの右手を掴む。
「あ!チョコバナナーっ!!」
「もなちゃん食べたいの?」
 シュラインの手をクイクイと引きながらもながそう言って、チョコバナナと書かれた茶色い文字を指差す。
「良いですねっ!!」
 ファイリアが顔を輝かせ、もなと一緒にキャッキャとはしゃぐ。
「それじゃぁ買いましょう。皆もいる?」
 シュラインがそう言ってもなの右手を武彦に渡し、チョコバナナの屋台へと吸い込まれて行く。
「あ、あっちにはたこ焼きがありますよっ!」
 真帆がそう言って赤い看板を指差し・・・
「わたあめも、あんず飴もありますっ!!」
「あ、お好み焼きも・・・」
 ファイリアの言葉の後にコータがある一角を指差し・・・ハタと言葉を飲み込む。
 煌々と輝くお好み焼きの屋台の隣、ダンボールの上にはウサギの形にカットされたリンゴ飴・・・。
 売り子は地面に体育座りになっており、一見するとなにを売っているのかよく分からない。
「・・・シオンさん・・・?」
「はっ!!見つかってしまいました!!」
 うさぎリンゴ飴屋を営んでいたシオンが両手で顔を隠し・・・指の隙間からチラリとこちらを窺う。
「・・・や、何がしたいんだ・・・?」
「そのですね、うさぎさんをリンゴにして・・・その・・・」
「うさぎをリンゴにするのは可哀想です」
 シドロモドロのシオンの言葉に鋭くツッコんだのは真帆だった。
「とりあえずほら、遊んでないで行くぞ」
 チョコバナナを両手にこちらに引き返してくるシュラインに気付き、武彦がシオンの腕を引っ張る。
 頭に斜めに被っていたお面がズレ、シオンの顔を覆う。・・・微妙に可愛いのか可愛くないのか、怖いのか怖くないのか分からないお面にドンヨリとした雰囲気になり・・・。
「さぁ、行こーっ!!」
 ちゃっかりうさぎリンゴ飴を手に取ったもながダンボールを小さく折りたたんでシオンに突きつけ、グイグイと腕を引っ張る。
「あぁぁぁ・・・でも私は売り子の・・・」
 じたばたとするシオンだったが、そこは多勢に無勢、ズルズルと盆踊り会場へと引きずられて行くのだった。


 途中で買ったきつねのお面を頭に斜めにかけ、ファイリアは盆踊りの輪の中に入ろうかとウズウズしていた。
「もなちゃん、踊ってきたら?」
 シュラインが繋いでいた手を離し、もながほんの少しだけ困ったような表情で首を傾げる。
「ファイリアちゃんも、真帆ちゃんも・・・シオン・・・さんはもういないわね」
 既に踊りの輪の中に入ってなにやら奇怪な踊りを披露するシオン。
 人よりもワンテンポずれているだけでなく、微妙にフリも間違っている。
 周囲をキョロキョロとして、踊りのコツをつかんだのか・・・と思いきや先ほどと変わらない。
「私も踊ってきますね!」
 真帆がシオンの方へと走り出し、踊りの輪に加わる。
 楽しそうに手を頭の上で左右に振り、ポンと手を叩き・・・
「もなちゃん、一緒に踊りましょう!」
「・・・うん」
 ファイリアがもなに手を差し出す。
 仲良く手を繋いで踊りの輪に加わり、見よう見まねで踊り始めるが・・・上手く行かずにファイリアの足が縺れ、転びそうになる。周囲の大人達に慌てて抱きとめられ、恥ずかしそうに苦笑しながら再び踊り始める。
 もなが踊りながら時折こちらに視線を向け、その度にシュラインは手を振った。
「片桐はなかなか上手く踊れてるな」
「もなちゃん、運動神経良いし、アレで結構覚えが早いのよ。ところで、コータ君は踊らなくて良いの?」
「うーん、俺は盆踊りはむしろ太鼓叩きたい方なんだよねぇ。踊るのも楽しそうだけどさ」
「あら、それなら太鼓叩いてくれば良いじゃない。町でやってる小さなお祭りだもの。叩かせてくれるわよきっと」
「そうかなぁ?」
 コータが微かに口元に笑みを浮かべ、立ち上がると走り出す。
 やぐらの近くに立っているハッピ姿の男性に声をかけ、やぐらに登ると太鼓隊の一員となって他の人と同じように太鼓を叩き始める。
「なかなか上手ね」
「あぁ。そうだな・・・」
「そうそう、この後花火なんでしょう?やっぱり火は危ないから、十分気をつけないとね」
「無事に帰さなきゃならないからな」
「あともう少し、頑張りましょう」
 シュラインの言葉に武彦が頷き・・・盆踊りのゆったりとした独特の音楽が流れる中、そっと・・・手を繋ぐ。
 ファイリアがまたもや転びそうになり、それに気をとられて真帆も転びそうになる。
 シオンがヤグラを見詰め、思案に耽っているのに気がついたもなが声をかけ・・・
「火がついたらキャンプファイヤーができますね・・・」
「シオンさん、こんな高いやぐらに火がついたらキャンプファイヤーどころの騒ぎじゃないですよー!」
「・・・ファイヤーダンスなら得意なのですが・・・」
「えぇーっ!!ファイ、見てみたいですっ!」
「危ないですっ!危ないですって!」
 シオンの言葉にファイリアがノリ、真帆がストッパーの役目をする。
 なんだかんだで良い3人のコンビネーションに、踊っていた大人達が笑い出し・・・子供達もにっこりと無邪気な笑顔を浮かべる。
 コータの太鼓の音がよりいっそう大きく響き・・・賑やかな会場には爽やかな夏の1ページが確かに刻まれていた。


☆♪☆


 わいわいと騒いでいた盆踊り。
 ふっと目を離せば何時の間にか1人になっており、真帆は不安そうに周囲を見渡しながらも楽観的に、踊りの輪の中にいればそのうち見つかるかなーと思いつつ踊りを止めると少しだけ輪から外れた。
 白地に金魚模様の浴衣がひらり、闇夜を切り裂く。
 騒がしい周囲、熱気は目を閉じても体に絡みつくほどで、どこか心地良い太鼓の音は一定のリズムで叩かれている。
 臙脂色の帯がほんの少しだけ曲がっており、直そうと立ち上がり・・・
「樋口っ!!!」
「草間さん!?」
「・・・ったく、捜したぞ・・・」
「すみません・・・。踊りの輪の中にいれば見つかるかなぁと思って・・・」
「いや、別にそれは良いんだ。それより、片桐がいなくなって・・・」
「え?!もなちゃんが!?」
「樋口と一緒じゃないのかって言ってたんだが・・・」
 踊りの輪を見ても、もなの姿はない。
 ピンク色の髪が、浴衣が、揺れている様子はない。
「とりあえず、手分けして捜している途中なんだ」
「もなちゃん・・・どこに行っちゃったんでしょう・・・」


「もなさーーーーーんっ!!!」
「もなーーーっ!!!!」
 シオンとコータの声がしんと静まり返った周囲に響く。
 既に2人はお祭り会場から離れた場所まで来ており、耳をすませば波の音が聞こえて来る。
「ゆ・・・誘拐でしょうか・・・」
「分からないけど、あんなに人が沢山居たのに誘拐ってあり得るか?」
「もしかしたら、瞬間移動で・・・!!」
「・・・それをされたら捜しようがないけどな・・・」
 苦い表情を浮かべながら周囲に視線を向け、歩き出す。
 等間隔に並ぶ街灯と、月明かり以外はなにも光源がない場所だった。
 けれど、ピンクに近い茶色の髪は、淡い色をした浴衣は、こんな薄暗い夜でも見つけられるはずだった。
 名前を呼びながら歩く。
 すれ違う人にはもなの容姿を詳細に伝え、見かけなかったかと尋ね・・・
「もう海まで来ちゃったな・・・」
「もなさん・・・。草間さんやシュラインさんが見つけて下さっていれば良いのですが・・・」
「とりあえず、ここで待ってようぜ?どうせ他の人もここに・・・あっ・・・!!」
「へ!?な・・・なんですか!?」
「おいアレっ・・・!!」
 コータの指差す方に視線を向け、シオンは目を輝かせた。
 漆黒に濡れる砂浜で、淡くと光を放つソレは・・・・・・・・


「もなちゃん・・・どこに行っちゃったんでしょう・・・」
「ただ単に、迷子になったってだけなら良いんだけれども・・・」
「ファイが一番近くに居たのに・・・ちょっと目を離したらもういなくって・・・」
「ファイリアちゃんのせいじゃないわ」
 しゅんと落ち込む肩に手を乗せる。
 シュラインも同じ気持ちだった。ほんの少しだけ・・・目の前で転んだ子供に気を取られていたすきに、もなの姿は見えなくなってしまっていた。最初は踊っている人の陰に隠れてしまったのだろうかと思ったのだが・・・。
 お祭りの賑わいを背後に感じながら、シュラインとファイリアは周囲に視線を配っていた。
 淡い色をしたピンク色の浴衣の裾でも見えないか、赤い兵児帯がチラリと闇の中に見えやしないか・・・。
 太鼓の音が遠ざかるにしたがって、波の音が大きく聞こえてくるようになる。
 ファイリアの腰元で揺れる帯は長く、まるで金魚の尾ひれのようにゆらゆらと宙を漂い暗い闇をそっと撫ぜる。
 頭にかけていたお面を胸に抱き、ファイリアがもなの名前を呼ぼうと息を吸い込み・・・
「あっ!!シュラインさん!!」
 突然背後から少女の声で呼ばれ、シュラインとファイリアは足止めた。
 真帆と武彦がパタパタと走ってくる。
「もなちゃんは・・・?」
「いや、こっちには・・・」
「どこに行っちゃったのかしら」
「・・・あれ!?アレ見てください!」
 前方を見ていたファイリアが声を上げ、浜辺を真っ直ぐに指差す。
 真っ暗な海を照らすのは月明かりしかなく、昼間はあれほど色彩豊かに光っていたはずの水はどこにもない。
 薄暗い中で浮かび上がる白い浜辺・・・その上に、ボンヤリと浮かぶ光の粒。点々と並んだ光は、1つの言葉を紡ぎ出していた。
「あれ、あれ絶対もなちゃんですよっ!!」
「浜辺にいたのね・・・」
「光の近くに人影がありますよっ!」
 ファイリアと真帆が興奮したようにそう言って、カラカラと下駄を鳴らして走り出す。
「走ったら危ないぞー!」
 武彦の注意が聞こえているのかいないのか、2人は岩で出来た階段を下り、光の文字の傍で佇んでいるコータとシオンに駆け寄った。
「これは・・・」
「あたしが作ったんだよーっ!」
 シオンの影からもながヒョコリと顔を出し、満面の笑みで地面を指差す。
 『だ・い・す・き』
 暗い場所で淡い黄緑色に発光する小さな人形たちが、その言葉を紡ぎ出していた。
「コラっ!もなちゃん!急に居なくなっちゃダメでしょ!?」
「・・・ごめんなさい」
 腰に手を当てて眉根を寄せたシュラインに、しゅんと肩を落としながらもなが謝る。
 ・・・こうやって謝られてしまうと、それ以上責める気になれなくなってしまう。もなは、不思議な少女だった。
「でも、もなちゃが無事で良かったです」
「本当に・・・心配したんですからね?」
「うん、ファイリアちゃんも真帆ちゃんもゴメンネ??」
「それで、もなが花火の用意をしてくれてたみたいなんだけど・・・」
 コータが暗がりの中を指差す。
 チョコンと置かれた花火セットの近くにはちゃんと青色のバケツも用意してあり、その中には水がたっぷりと入っていた。
「全員揃ったし・・・花火、やりますか!」
 コータが元気にそう言って、打ち上げ花火を取り出すと着火する。
 パンと言う乾いた音と共に上がり、花開くのは黄色い大輪の向日葵・・・。
「そうだ、あのね、わたあめ買ったんだー!皆で食べよ〜?」
 もなが花火が置かれたシートの上から薄いピンク色のビニールに包まれたわたあめを取り出す。
 ファイリアがお礼を言いながら食べ始め、ふわりと口の中で溶ける感触に表情を緩める。
「あらあら、もなちゃん着崩れして・・・」
 シュラインがボロボロになったもなの浴衣を直す。
 襟を合わせ、右側を引っ張ると左をその上に重ねて綺麗に整える。帯も結びなおし・・・
「あぁぁあぁぁぁぁぁっ!!!!」
「え!?何事!?」
「た・・・大変です!足元が!!足元に!!」
「シオンさん、それネズミ花火ですよ!」
「え!?あの、煙がもくもく出るアレですか?」
「や、それはヘビの方だろ・・・」
「んじゃ、コータ流スターマイン行くぞ〜!?」
「スターマイン・・・??」
 キョトンとする面々を尻目に、コータは打ち上げ花火を等間隔に置くと順に火をつけていく。
 最初は赤い花、次は緑色の花、そして黄色い花、青い花、紫がかった花・・・
「凄い、綺麗ですっ!」
 真帆がはしゃぎ、ファイリアもわたあめ片手に楽しそうに上空を見上げている。
「・・・綺麗ね」
 そう呟いたシュラインの手をもながキュっと握る。
「キレー・・・」
 人よりも小さい分随分と首を真上に向けながらもながそう言って・・・シュラインは、その小さな手をギュっと握り返した。


★♪★


 パチパチと言う音が波間に響き、小さな炎が弾ける度に残像が目に焼きつく。
 線香花火をする時は、何故か沈黙が訪れる。
 先ほどまで七色に輝く手持ち花火を持ってはしゃいでいたにも拘らず、線香花火が弾ける時間になると急に声は聞こえなくなる。誰もが小さな火の玉が落ちないようにと極力動かずにジっと光を見詰めている。
 儚い線香花火。火の玉が落ちてしまえばシュンと消えてしまう・・・。
 ファイリアはもなの面倒を見ながらも、線香花火の小さな光に見とれていた。
「夏って感じだな」
「そうですね・・・」
 コータの言葉に真帆が頷く。
 視線は線香花火の光を見詰めており、しっかりとした言葉を返したつもりだったのにその声はどこか虚ろだった。
 最後の1本に炎が灯り、弾ける光は四方に飛び散る。
 だんだんと大きくなって行く炎の玉が、音もなく足元に落ちる・・・・・・・・・・
「なんだか、凄く・・・しんとした夜ですね」
 真帆がそう言って、波音が響く海に視線を向け、朧に滲む月を仰ぎ見る。
「そうですねぇ。こんなに静かな夜は・・・」
「怪談だよねっ!!」
 ファイリアのしっとりとした声を打ち破る元気な声・・・。
「ねぇねぇ、これから怖い話大会しよーっ!」
「えぇぇぇぇぇっ!!!!」
 誰よりも一番大きな悲鳴を上げたのは、ファイリアでも真帆でもなくシオンだった。
 ひしっと武彦の傍にくっつき、ポケットに入っていたひまわりを取り出してクルクルと回している。
「・・・ありゃ?もしかして皆怖いのダメ・・・とか?」
 もなの言葉に、武彦が苦笑しながら「俺はその類は平気だ」と言い、シュラインもその言葉に続く。
「私は苦手だけど・・・なんだろう。怖いもの見たさ?な感じかな?」
 真帆がそう言って、怖いけれども聞きたい、そんな微妙な心理を照れながら語る。
「ファイは平気ですよっ!怖くないですっ!」
 元気良く言ったファイリアだたが、その右手は隣にいるコータの浴衣の袖を掴んでいる。
「俺は平気だけど・・・でもさ、怖いヤツいるならやめた方が・・・」
 自分に視線が集中しているのを感じ、シオンが強がりに出る。
「わ・・・私は平気ですよ!ほら、月も輝いてますし!」
 すでに声が震えているのはあまり気にしないことにして、それでは・・・と前置きしてからもながすぅっと息を吸い込む。
 それはとある学校で、イジメを苦に学校の屋上から飛び降り自殺をしてしまった女の子の話しだった。
 女の子が飛び下りた場所の向かいには保健室があり、そこでボウっと外を眺めていると突然目の前の棟の屋上から女の子の顔が落ちてくるのだ。決まってその顔はニヤリと微笑んでおり、それは下の植え込みの中にすぅっと入って行ってしまうのだと言う。
「そしてある日、放課後保険の先生が鍵をかけて保健室を後にしようとした時・・・突然何かが足元にボタリと落ちました。あまりのことに驚いて足元を見ると、そこにはニヤリと笑っている女の子の顔が・・・」
 ファイリアがコータにしがみつき、真帆がシュラインにしがみつく。
 シオンが持っていたひまわりの花弁を1枚1枚千切っては足元に散らし・・・
「女の子の顔は暫く保険の先生にニヤリとした視線を向けた後で、ゴロゴロとどこかへ転がって行きました」
 恐怖が去ったことによってほっと安堵した3人。
「ゴロゴロと、ゴロゴロと・・・どこかへゴロゴロと・・・!!!!!!」
 もなの声が大きくなり、突然もなの背後から何かがこちらに向かって転がってきた。
 それは球体のもので・・・
「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」」「わぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
 ファイリアと真帆、シオンの絶叫が大きく響く。
 予想もしない展開に怖い話が大丈夫な3人も、突然の見知らぬ物体の登場とあまりにも大きな3人の絶叫に少々驚き気味だった。
 武彦が足元に転がってきたものを取り上げ・・・
「く・・・くくくく草間さん!!の・・・呪われちゃいますぅぅぅぅっ!!!」
「・・・いや、よく見てみろコレ」
 武彦がガタガタしているシオンの顔の前に手に持ったソレをグイっと近づける。
 大きく弧を描いた口、三日月形に細められた目・・・
「ひ・・・人の顔ですっ!!」
「そうそう。人の顔・・・が描かれた西瓜な」
「へ?西瓜・・・ですか?」
 真帆とファイリアがポカンとした表情で武彦の手にある西瓜を見詰める。
 ・・・確かに西瓜だ。ニヤリと笑った人の顔が描いてある、ただの西瓜だ・・・
「・・・これ、もなの仕業だろ?」
 コータの言葉にもながにっこりと微笑み、大きく頷く。
「あながち盆踊りから急に離れたのも、これを仕込んでおくためだったのね」
 シュラインが「もぅ」と困ったような呆れたような声を出し、とりあえず涙目になっているファイリアと真帆、そしてシオンにお菓子を手渡す。甘いものは口に入れれば心を落ち着け、優しい気持ちにさせてくれるから不思議だ。
「驚かせちゃってゴメンネぇ〜??」
「もう、もなちゃんったら・・・ビックリしましたよ!」
「ファイも、ドキドキでしたぁ」
「わ・・・私も寿命が縮みました・・・」
 シュラインから渡された飴を口に放り込みながらそう言って、シオンがグスリと鼻を鳴らす。
「武彦ちゃんとシュラインちゃんは怖がらないだろうなーって思ってたけど、コータちゃんも全然平気そうだったねぇ〜」
「そんな怖いの苦手じゃないからな。でも、結構ビックリしたぜ?」
 まさか西瓜が転がってくるように仕組んでいるとは思ってもみなかったと言ってもなの頭を撫ぜ・・・
「でも、どんな仕掛けをしてたの?」
 シュラインの言葉に、もなが足元を探って黒い色をした紐を取り上げた。
「これをね、こうやって引っ張ると、向こうの板が斜めになって西瓜が・・・アレ??」
 黒い紐ならば、闇に紛れてしまう。夜のサプライズにはとっておきの仕掛けだねぇと和やかに談笑する一同の前で、もながグイっと黒い紐を引っ張ると首を傾げた。
「・・・ちゃんと板に繋いでおいたはずなのに・・・」
 するりとほどけている紐の先は、決して切れてしまったわけではない。現に、結び目があったであろうところは跡が残っており、やや曲線を描いている。
「途中で解けたんじゃないの?」
「ううん。キツク固結びにしてあったから・・・あれぇ?どうしてほどけてるんだろぉ・・・。でも、だったらどうして西瓜がここにあるのかなぁ・・・??」
 もなの呟いた一言に、真帆とファイリアが固く手を結び合い・・・
 シオンがすーーっと目を瞑ると後ろに倒れた。


☆♪☆


 花火の後始末を終え、旅館に戻ると急いで荷物をまとめて車に乗り込む。
 浴衣を着替え、綺麗に畳み、荷物の中に入れる。
 薄いトンボ柄のついた帯を荷物の中に入れ、忘れ物がないかを確認してからシュラインが一番最後に車に乗り込んだ。
 拾った貝殻もきちんと乗せたし、夜店で買ったお面も全て積み込んだ。
「忘れ物は?」
「大丈夫よ。確認してきたわ」
「それじゃぁ、行くぞ?」
 武彦の声に返事を返したのは真帆だけだった。
 行きと同様、ファイリアともなは2人でもたれかかって目を閉じており、シオンは上向きに、コータは俯いて、眠ってしまっている。
 朝からはしゃいで疲れたのだろう。スヤスヤと寝息が聞こえる。
「1人1人の家まで送るのよね?・・・そう言えば、もなちゃんは・・・どうするの?」
「今日はうちに泊める。明日の朝、神崎が迎えに来るんだとさ」
「そう。それじゃぁ、真帆ちゃんの家から・・・あら?」
 どうせなら起きている真帆の家から順に回ろうと提案しようとして、後ろを振り向けば真帆も眠そうな顔でうつらうつらしていた。
「真帆ちゃん、家に着いたら起すから眠っちゃってて良いのよ?」
「えっと・・・」
 真帆が目を擦り、口元に手を当てて小さく欠伸をする。
「でも、草間さんとシュラインさん・・・」
「事故は起こさないように運転するから安心しろ」
「そうじゃなくて・・・。えっと、でも・・・お言葉に甘えて。シュラインさんも草間さんも、お疲れ様でした」
「真帆ちゃんもね」
 シュラインがそう言って微笑みかけ・・・真帆の瞼が重くなる。
 シオンが何かを呟き、手に持っていたハイビスカスの花をギュっと握る。
 コータが俯きながらほんの少しだけ表情を緩め・・・
 良い夢でも見ているのだろうか、ファイリアがにっこりと微笑みながらもなの手を握る。もなもそれに応えるようにギュっと手を握り返す。
「ま、結構楽しかったな」
「そうね」
「シュラインも眠いなら寝て良いんだぞ?」
「武彦さん1人だけ起こしておくわけにはいかないわ」
 シュラインの言葉に嬉しそうな表情をのぞかせながら、武彦がハンドルを切っていく。
「・・・本当、皆・・・お疲れ様」
 ポツリと呟いたシュラインの一言がシンと静まり返った車内に響く。


  ――――― 今年の夏が終わり、再びこの季節が訪れる時

          今日と言う日を鮮明に思い出せれば良い

              楽しかった思い出は、きっと輝いている限りは永遠なのだから ―――――



               ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  0086 / シュライン エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


  3356 / シオン レ ハイ / 男性 / 42歳 / 紳士きどりの内職人+高校生?+α


  6458 / 樋口  真帆   / 女性 / 17歳 / 高校生 / 見習い魔女


  4778 / 清水  コータ  / 男性 / 20歳 / 便利屋


  6029 / 広瀬 ファイリア / 女性 / 17歳 / 家事手伝い(トラブルメーカー)


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『Enjoy Summer』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 Summerと言うか・・・Autumnと言うか・・・デス・・・が・・・(苦笑)
 かなりの長文になってしまい申し訳ないです。
 楽しい夏の一場面を描けていればと思います。


 シュラインさん

 この度もご参加いただきましてまことに有難う御座いました!
 お姉さんと言うよりはお母さんのようになってしまいましたが・・・。
 もなのお世話など、色々と大変な思いをしていただきました。
 草間さんと少しだけ良い雰囲気に描いてみましたが・・・如何でしたでしょうか(笑)
 しっかりもののシュラインさんらしさが描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。