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姉ショタ異界其の一
日本が夏の頃、オーストラリアは冬らしい。
ある時代劇漫画は初期の頃、季節の描写に力を注いでいたけれど、時が止める必要性が出て来た事で、情景の中には唯、風を荒ぶ表現のみを用いるようになったらしく。
始まりの季節が何時か? 多くの人は春を唱える、その次には冬、一年の始まりの日を指すかもしれない。……自分が生まれた季節を、例えば五月晴れの日を始まりとしてる人も、きっと居るだろう。
だけど、でも、結局、《それ》の始まりなんてものは――
(髪をくしゃりと、女性が撫でたり)
……まぁ、《恋》の始まりなんてものは、何時が定めなのかは解らなく。
(少年が料理を振舞ったり)
春だろうと、夏だろうと、秋だろうと、冬だろうと、また来る、春だろうと、
(二人が、ぎゅっとしあったり)
ただ風が吹く中であろうと。
人という生き物は、自然の摂理によくよく逆らい、笑いあったり、泣きあったり、怒りあったり、
幸せそうに、していたりする。
◇◆◇
蒼という色。
澄み切っていて、何処までも続いていきそうな色。
それは空と一緒で、それは海と一緒で、だから、
手を出してはいけない。
だって、大気圏の向うには真空の闇が待ち受けて、水面の底は、光届かぬ静寂の世界。行ってしまえばもう抜け出せない。無重力は意思を無視して、遠い彼方へ連れ去っていく。水圧はその身が溶けるまで、下へ下へと引き連れていく。
抜け出せやしない、帰れない、この場所へ。
触れてはいけない物――
彼女は、蒼い子供を抱いた。
何をしているんだろう、と。
S極とN極のように、自然宿命なのだろうか。人の意思等に運命なぞありゃあしないのに、だけれど、けれども、
抱いていた。
首筋の裏を、そっと撫でた。目を閉じた腕中は少し反応する。
哀れみだとか、好意だとか、もしかするならば嫌悪だとか、心が心へ向う感覚なのは間違いなく、けれどこの蒼の何を愛しているのか良く解らず、
ねぇ、
「みあおちゃん?」
それが、そうである保障なんて、
ただ蒼いだけだのに。
惹かれてしまっているだけなのに。
◇◆◇
碇麗華が在籍するアトラス編集部には、取材協力と称して闖入者が度々出入りする。オカルト雑誌の記事作りの為西へ東へと走り回っているが、正直、この編集部こそ怪奇の溜まり場と言えなくも無い。まさにネタに困らないという訳なのだけれど。
今、ソファに座っている少女にしたって、
「ねぇ碇、何か面白い事は無いの?」
この純真な身体に、どれだけ異常が注ぎ込まれているかは――
「うーん、取材に関しては別段頼む事無いわね。……お岩さんと一緒に添い遂げちゃった少年の話だったらあるみたいだけど」
「ぶー、つまんなーい、それ系の話毎号やってるじゃん」
「新鮮なネタはなかなか無いものよ、だから、お決まりの素材に工夫をしてお客様に出すの」
マグロのヅケ、ブリアラ大根、秋刀魚は焼くだけじゃなく山椒で煮てもいいしトマトソースともステキな相性。
ただもう本当、切り分けて出すだけで良い素材というの、今、目の前に居る、
「お姉ちゃんに、晩御飯に作ってもらおうっと」
海原みあおという少女については。
病院が嫌いなこの子の過去は、果たして、言葉にして伝えきれるだろうか。既に幾つも転がっている物語だけじゃ、とても伝わらない気がする。悲しみなんてそれぞれって言うけど、
共食いを、強制させられた事は?
精神に直接手をつっこまれて、掻き混ぜられるような事は?
孤独を支える為に、自分で幾つもの自分を完全に演じている事は?
……並べ立てるだけで恐ろしく、そして、悲しい。そもそもこの話すら、碇が知っている一端でしかない。
証拠など何一つ無いから、記事になるといわれればそれまでだけど、ここはアトラス編集部である。書けない事も無いだろう、けど、
(超えてはいけない一線よね)
無邪気に喋る彼女に、気をつけて帰りなさい、と言った。
◇◆◇
日曜日。
基本的にオフの日は少ないし、仮に休日だったとしても、仕事も兼ねた出来事で過してしまう。碇麗華にとってアトラス編集部は、仕事というよりも生き方と言えた。呼吸する事が、直結じゃないけれど、オカルト記事作成に繋がっているのである。
だから、本当この日は、珍しかった。
(しかしカップルが多いわね、本当)
……その四分の一が例の組み合わせなのを見ると、少し疑問を覚えて探りをいれたくなるのがジャーナリストだが、芸能関係じゃなく霊能関係が商売の彼女、そこまでつっこむ気はさらさらなくこの場所、なんて事はない公園を散策している。
元々は数年前に通りがかって以来気にかかっていた、某武家の墓の取材の為に少し足を伸ばしたのだが、なんとまぁ、コンビニが建っていた。一応店長に話を聞いてみたが、そんな場所など知らなかったというし、取り分け、何かが起こったという訳ではない。
武家のたたりがあるコンビニと、でっちあげで記事を書くのは、非常に迷惑になる。あの人のカツラ代の為にそれは控えておいた。
そうなると、暇になる。あてもなく歩いている
「……こういう時間、本当、久しぶりね」
仕事でなくプライペート、格好もそう。履きなれたジーパンに足を通して、少し、胸がきつめに仕上がる服を身につけて、と。……下手な場所だったらナンパの声が小鳥みたいにひっきりなしだが、ここではその憂いもないようだ。
「いい天気」
何処かでサンドイッチでも買って、ベンチに座ってお昼ごはんにしようか。
「ねぇ、お姉さん」
そう考えた時だった。まさに、ナンパされたのは。だけど、
後ろから声をかけられたので、振り向く間に思う、そう、
やけに幼い声だったと。
……声をかけてきた男を見て、碇麗華は、困った。
「一緒に遊ばない?」
どう見ても小さな少年だったから。
身長と物腰からみて、小学校の高学年くらいか、外ハネの髪は銀髪で、耳を半分隠していた。瞳は凛と大きく、吸い込まれそうな輝き。
綺麗で、可愛くて。
それが碇麗華の印象である、天真爛漫というか、
「あ、ちょっと」
その少年がいきなり手を引いてきた、子供の腕力なんてたかが知れている、けれど何故か振り払おうとしない自分。……OKなのか、私?
「おなか空いてるんだったら俺、お弁当あるから、一緒に食べようぜッ」
ころころとした声に、背伸びしているような口調が不思議におかしかった。
……それが理由という訳でもないけど、
「まぁ、いいけど」
笑顔じゃないけれど、申し出を受け取った。偶の休日、こんな事が有ってもいいかと、
そう、考えていた。
◇◆◇
かくして碇麗華と少年も、実質はどうあれ、同じ輩となって。
少年が用意したお弁当は、まさに定番といったものだった。三角形のおにぎりに、たこさんウィンナー、甘く仕上げてるであろう玉子焼き、ベーコンのアスパラ巻き。
彩りが良く仕上がっており、どれから箸をつけようかと、箸が迷子になりそうで。大人の彼女は自制するけれど。
ただ、少し疑問、
「君ってば、こんなに一人で食べるつもりだったの?」
量としては二人か三人分くらいはあった。早くもおにぎりにかぶりつき、口元に米粒を拡げている彼の食欲からしても、少々多い気がする。まるであらかじめ、誰かと食べに来たような。
いや、そもそもこのお弁当を作ったのは――
「お母さんと一緒に来たとかじゃ、先に食べちゃまずいんじゃないかしら?」
そもそも子供一人きりというのは、
「ねぇ、貴方、家族はどうしたの? 本当に一人で来ちゃったのかな?」
そう聞くと少年は、ウィンナーをごくっと飲み込んでから、
「わかんない」
と、明るく言った。
……余りにも平然とだから、見逃してしまいそうになったけど、この異常性。「解らないって、どういう」
「だって俺、なんでこんな所に居るか解らないし、弁当があったも良く知らないし」
パセリに手をつけようとしない、食後のデザートである半分凍ったゼリーを、セオリー無視して口に放り込む。
どういう、事だ?
彼女の背骨に、疑惑という感情が起動し始めた。全身を支える隋に渡った感情は、瞬く間に本領を発揮させた。取材と、推察、
「解らない? 何も?」
新手の幽霊か、見る限りでは普通の男の子だけど、
「うん、……お前、さっきから何も食べてないけどいいのか?」
「いえ、頂くわ。……それは何時からの話?」
「さっき。気付いたらここに居てた」
ほうれんそうと豚コマを炒めたものの味を、奥歯でかみ締めながら考える。一時的な記憶喪失の可能性、何かに憑かれたという事も。勿論、ただ自分をからかっている可能性もあるけれど、
この様子からして、
「それで色々遊びまわってたんだ俺」
この笑顔からして、その可能性は紙のように薄いと判断。人を見た目で判断しているけれど、《おそらくは》間違いない。
(甘い考えが裏切られた方が、面白い事になるんだろうけど)
おにぎりに一つ、食べる。晴れた日の公園、ビールでもあれば尚良いと思った。
……、
この疑問は、どうなのだろうか。この問いかけは、正しいのだろうか。仕事とは違った好奇心も僅かだが混じっている、そう、
どうして、
「一つ、聞きたい事があるんだけど」
「ん? 何?」
秋刀魚の空揚げを口いっぱいにほうばった少年に、彼女は、
「どうして私を、誘ったのかしら?」
そう、尋ねた。
「何処かで会った気がするんだよ、お前」
……、
言われてから、気付いた、
少年の目と、髪の色は、
「貴方」
銀の色。
――偶然に過ぎないはず
けれど確かめざるを得なく、彼女は名前を呼ぼうとするが、
物事は唐突である。少年の手から箸が零れた、
土塗れになって洗えないと使えない物になった、その上の方で、少年は、
その子は、
突然、
泣き出した。
「……どうしたの」
「……」
「どうして、」
童の泣き方じゃない、
声をあげずに、頭を抱えて、冬の全てに晒されたように身体を震えさせている。
誰かに助けを求めるのが童の泣き方だ、けれど、これは、
世界の全てから逃げるような、そんな嘆き方、
異常だった。
こんな子供が。
ありえない事。
不可思議な現象。
……ただ、ただ一つ、確かなのは、
放っておいてはいけない――って、だから、
だから、
◇◆◇
ただ、抱きしめながら、
抱きしめて、あやすようにしながら、
「みあおちゃん」
少女の事を思い出して、
仮説が、ころりと転がり落ちた。
青く、蒼く、蠢く、腕の中。
◇◆◇
凄惨なる出生と、そして、それにまつわるか解らないとある事情により、みあおからは絶望という名の感情が、根源的に刈り取られているらしく。
悲しみも無く、憎しみも無い。あるのだとしてもまるで蛍のように儚い。
それを起因として、彼女は、彼女を失わない為に、幾つもの人格を侍らせている。
そして、
例えば、もし、
その失われた感情の結晶が、この少年だとしたら、
何一つ力を持たない、何一つ、自分の記憶すらない、
この男の子だとしたら――
蠢いている。
大きくなったり、小さくなったり。背中に小さな羽根が生えて、引っ込んだ。手も僅かに羽毛に包まれ、無くなった。
腕の触感で感じる、周波数の合わないラジオみたいに、ごろごろと身肉が移る様。
酷く不安定だ、何時消えるかも解らない。
みあおの為に生まれたのかすらも解らない少年を、
抱くのは何故? 守りたいから? 哀れみゆえか?
愛しいから?
「みあおちゃん」
名前すらない子供に、名前を、付けていた。
◇◆◇
あらゆる意味で普通の男の子が、
「あれ?」
碇の腕の中から消えたのは、すぐだった。
「え、どうして、碇がここに居るの?」
「……みあおちゃん」
少女は、少女に戻っている。少年だった記憶も無い。
「あーお弁当!? お姉ちゃんと一緒に食べるはずだったのに、碇、食べたなぁ!」
どう説明していいか解らない、無邪気に笑う少女に、
彼とは違う、彼女に。
「……碇、どうしたの?」
「……いえ、ごめんなさい。それよりもお姉さん達に連絡しないと、心配してるわよ」
「え? えーと、なんでみあおがここに居るのか解らないけど、そうだね、そうする」
携帯を操り始めた彼女の横顔は、男の子のみおあに当然良く似ていて、お弁当を食べている時とそっくりで、けれど、
あの、涙を流す少年は、
……消失してしまった感情を埋める為か、それとも、眠っている感情の現れだというのか、わからない。もう二度と会えないかもしれない、男の子のみあお、だけど、
また、その時が訪れるなら――
「声を出して、泣いていいわよね」
そう、みあおに、……みあおじゃないみあおに、呟いた。
◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
1415/海原・みあお/女/13/小学生
◇◆ ライター通信 ◆
納品作業を忘れてましたorz
ただでさえ遅れてる所を更に遅れてすいまへん; あ、あと、◎のやつがなかったでごんす。(何
とりあえず、具体的にどうするか、というシチュエーションがプレイングに無かったので、こんな感じに仕上げて見ました。萌える姉ショタが見たいという事でしたが、ラブラブにするにはちょっと要素がなくて……なんだか普通のシチュエーションノベルみたいになってしまいました;
ご満足出来たかは少々心もとないですが、ご参加おおきにでした。また機会があればよろしゅうお願いします。
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