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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


夢喰い羊の生活


◆羊の催促

「悪いけど、あんた、こいつを引き取ってくれないかい?」
 アンティークショップの女主人――碧摩・蓮が珍しく困り顔で指差したものは、一匹の子羊だった。
「まぁ可愛いっ」
 シュライン・エマは思わず目を輝かせる。
 触り心地の良さそうなもこもことした純白の毛、くるくると巻かれた角、つぶらな黒い瞳。一見普通の羊にしか見えないが、
「蓮、なんでそんな嫌そうに見るモル! モルは立派な『夢羊』モルよ! モルをそばに置いて寝れば、不眠症もバッチリ解消モル!」
 ――何故か日本語を喋る上に、一人称と語尾も妙だった。可愛げな印象を与えるのは声と外見だけで、態度は無駄に大きい。
 蓮は羊に聞こえよがしに溜息を吐き出す。
「あんたがうるさすぎるからだよ。大体、羊の鳴き声は普通『メー』だろ」
 シュラインの心のツッコミを彼女が代弁した。考えは同じだったようだ。
「こいつのせいで、最近は店に来る客からの苦情も多くてねぇ。困ったもんさ」
「モルは悪夢を喰いたいモル! 腹が減ってしょうがないモル! 早く喰わせろモル!」
 羊は空腹のせいで不機嫌らしい。肩をすくめる蓮。
「あんたになら特別にタダであげてもいいよ。どうする?」
 特に断る理由もなかったので、とりあえず飼ってみることにした。
 羊を抱き上げてにこやかに微笑むシュライン。
「これから宜しくね、モル」


◆羊の夢生活

 ぽふっ。ぽふぽふぽふぽふ。ぎゅーっ。
「あぁ、至福……」
 蓮から羊を引き取った日の夜。シュラインは自室のベッドに腰掛けて恍惚と羊を抱きしめていた。毛玉にはすこぶる弱いのだ。肌に伝わるもこもこの感触がたまらない。羊はふふんと得意げに鼻を鳴らす。
「当然モル。モルの毛は夢羊の中でも最高級クラスと言われてるモル。触り心地はバツグンモル!」
「この気持ちよさで最近の夢見の悪さも直りそう……。でも悪夢見られなかったらごめんね」
「人間の欠点は、視る夢を自分でコントロールできないことモルね。早く腹を満たしたいモルけど、おまえはなかなかいい奴モルから、まあ気長に待ってやるモル」
「ふふっ、ありがとう。さて、睡眠睡眠」
 就寝前に毛を軽くブラッシングしてから、きゅーっと抱き寄せてぽふっと頬をうずめ、いざ夢の中へ。

 ――おかしい。おかしすぎる。
 何度計算しても赤字にしかならない某所の帳簿に、シュラインは頭を抱えていた。
 最大の要因は所長の煙草購入による大量出費である。が、何故か今回は通常の倍以上の数字がびっしりと帳簿を埋め尽くしている。
 嘘だ。いくらあの人でもこんなに多くは買わないはず。きっとまた自分の計算ミスに違いない。もう一度落ち着いてゆっくり慎重にやってみよう。
 片手で帳簿に記入しつつ、もう一方の手で電卓を叩く。しかし電卓に表示される数字は、彼女を追い詰めるかのように桁を増していく。
 一、十、百、千、万、十万、百万――。
 ぐるぐると数字の渦がシュラインを取り囲み、計算地獄へと突き落としていく。
「もう嫌ー!!」
 次の瞬間、電卓と帳簿は取り払われ、自分のパソコンが目の前に出現した。
 ゴーストライターの仕事で、原稿をわかりやすい文章に直したり、構成を組み立て直したりしている最中。しかしどこをどう修正しても全く辻褄が合わない。
「あぁもうっ、どうなってるのよ……!」
 急ぎの原稿であるから一刻も早く仕上げなければならず、悶絶しつつも推敲を進めていく、が。
 ――ピタリ。
 突如パソコンがフリーズした。原稿データは、未保存。
「嘘でしょー!?」
 泣く泣く再起動させて書き直し始めた直後。
 ――ブツンッ。
 何の前触れもなく部屋の明かりという明かりが光を失い、パソコンの電源も落ちたため、またも振り出しに戻る。がっくりと項垂れるシュライン。
「こんな時に停電なんて――時間がぁぁぁ〜っ」
「安心しろモル。まだ時間はたっぷりあるモルよ」
「!」
 振り向くと、床にちょこんと座った羊と目が合った。自信ありげに微笑んでいる。
「モルがこの悪夢を喰ってやるモル。ぐっすり眠るといいモル」
「モル……ありがとう……!」
 九死に一生を得るのに似た思いだ。
 んがっ、と大きく開口した羊は、凄まじい速度で悪夢を吸い込み始めた。電球、机、椅子、パソコン等、その空間のありとあらゆるものを飲み込んでいく。――そして、シュラインをも。
 恐ろしいまでの吸引力により羊の方に身体が引き寄せられ、流石に慌てるシュライン。
「ちょ、ちょっと、モルッ?」
「おやすみモル、シュライン」
「――きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
 ごっきゅん。
 飲み込まれた瞬間、彼女の意識はダーク・アウトした。


◆羊の後日

 いつもであれば悪夢に絶叫したところで目が覚めるはずが、枕元の時計のアラームが鳴り響くまで寝ていられた。傍らの羊が顔を覗き込んでくる。
「おはようモル。よく眠れたモルか?」
「おはよう……。そうねぇ、随分清々しい感じだわ」
「なかなか苦しい悪夢だったモルね。満腹度は65%ってとこモル」
「少しでもお腹を満たせて良かったわ、ありがとう」
「いいってことモルよ」
 きゅーっと抱きしめると頬をすり寄せられた。
 やがて朝食を摂り終え、シュラインの出勤時間がやってきた。そうだ、と思い出したように羊を見つめ、
「悪夢食べて快眠続きになるとモル、日中私の部屋でひとりで居るのも寂しくない? 私、仕事でいつも夜までは帰らないし」
「べ、べつに寂しくはないモルけど、退屈だし腹も減るモルッ」
 ぷいっとそっぽを向く羊。寂しいのは本当らしい。
「そうよねぇ……。あ、もし良かったら住居、あやかし荘はどう?」
「あやかしそう?」
「あそこなら人外も多くておしゃべりも出来るわ。夢見悪い住人も居そうだし、食事も大丈夫かなって思うのだけれど」
「それなら行ってやってもいいモル」
 快く同意した羊を連れ、シュラインは早速あやかし荘へと足を運んだ。勿論、勤務先にはあらかじめ連絡を入れて。
 周囲を森林に覆われた小高い丘の上に建つ、時に忘れ去られたような古めかしい木造の建物――そこがあやかし荘。
 本館の管理人室に赴いて事情を話すと、管理人の因幡・恵美は羊の入居を快諾した。
「夢羊さんですかぁ。丁度空いてるお部屋がありますし、こちらは大歓迎ですよ!」
「良かったわねぇ、モル」
「結構居心地よさそうなとこモルね」
「そういえば、最近三下さんがうなされてるみたいなんです。明け方になると呻き声が聞こえてきて……」
「やっぱり食事にも困らなさそうね」
「モルモル♪」
「じゃあ夢羊さん、早速お部屋にご案内しますね」
「そうね、私も仕事に行かなくちゃ。恵美ちゃん、モルをお願いね」
「はいっ!」
 恵美に羊を渡すと、彼女の腕の中で羊はつぶらな双眸を潤ませていた。あらあら、とシュラインは笑みをこぼして羊を撫でる。
「モル、寂しいの?」
「ち、違うモル! 目にゴミが入っただけモル!」
「ふふっ、大丈夫よ。一生のお別れってわけじゃないんだし。また私の夢見の調子の悪い時は宜しくね」
 元気でね、と言い残してあやかし荘を後にする。ふと振り返ると、羊と恵美が入口で手を振っていた。笑顔で振り返して歩みを再開する。
 暫くは良い夢が視られそう、とシュラインは安堵して青空を仰いだ。


−完−



■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

■ライター通信■
シュライン・エマさま
こんにちは、蒼樹 里緒です。毎度ご参加有難うございます!
羊を可愛がって下さって有難うございます(笑)羊もシュラインさまが好きになったようです。またいつでも構ってあげて下さい。
よろしければ、愛と思いやりのあるご感想・ご批評をお聞かせ下さいませ。