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蛍の最期
☆★☆
・日程
アトラス前集合→“ファンタジア・アクア”内自由行動→ファンタジア・アクアにて昼食→向日葵園内自由行動→向日葵園近くの甘味所で休憩→花火大会→ラストは幻想的な秘密の場所へ
・持ち物
水着(必須)浴衣(必要な者のみ)その他各自で必要だと思うものを持ってくること。
・参加費
ファンタジア・アクア、向日葵園の入場料、昼食と甘味所での食事はアトラス持ち。
その他、花火大会内での食事やお土産代は各自で持ってくるように。
・注意事項
自由行動時間内では何をしても構わないが、集合時間は必ず守ること。
貴重品は自己管理。
水着や浴衣を入れたバッグのほかに、貴重品を入れたバッグを1つ作ると便利。
「こんなもんかしら」
碇 麗香はそう言うと、綺麗にプリントされた紙を三下 忠雄に手渡した。
「費用はこちらで持つけれど、雑誌に載せる写真を撮るかも知れないからってことをよく言っておいてね」
「・・・はい・・・」
三下は頷くと、日程の部分をもう一度眺めた。
ファンタジア・アクアは、最近出来たレジャー施設だ。
室内プールで、流れるプールからウォータースライダーまで、なんでも揃っている。
ファンタジア・アクア内は大きく分けて5つのゾーンがある。
1つは南国ムードたっぷりのゾーンで、広いプールの周りは木が鬱蒼と生い茂っている。
プールサイドには真っ白なテーブルとチェアーがあり、頼めばトロピカルジュースを持って来てくれる。
時折鳥や獣の鳴き声などがテープで流れ、なかなかに良い雰囲気の場所だ。
2つ目はアスレチックランドで、流れるプールやウォータースライダーがある。
サーフィン体験用の波が立つプールまであり、監視員の人の付き添いがあれば飛び込みも体験できる。
3つ目は水族館だ。水着のまま入れる水族館で、魚と触れ合えるコーナーもある。
夏限定イベントとして“秘宝探し”を行っている。
複雑に入り組んだ洞窟内を探検しながら最奥にある“秘宝”を持ってくると言うものなのだが、制限時間つきで未だに秘宝を持ち帰れたものはいない。
洞窟内にはちょっとしたサプライズが沢山あり、水の中に落ちることもあるようで、出て来た人はビショビショになっている場合が多いと言う。
4つ目はプライベートビーチだ。
どのようなビーチが良いかを係員に詳細に伝えることによって、それに合った部屋に案内してくれる。
広さは他のところに比べてないが、凝った内装は“部屋”と言う事を忘れてしまいそうになる。
壁や天井に埋め込まれたスクリーンが部屋を何倍もの大きさに見せる。
時間設定を昼や夕方、夜と変えることによって室内の明るさが変わる。
また“朝から夜まで”や“夕方から夜まで”と言う指定も出来る。
5つ目はレストランゾーンだ。
今回の取材ツアーでは、コースの料理を頼んであるのでここでの心配は要らない。
「ファンタジア・アクア内での昼食が必要ないって言う人がいたら、それはそれで良いけれど、その分の昼食は自費ね。その場合の集合時刻は、昼食終了時刻ね」
「分かりました・・・」
「昼食は良いけれど、甘味所は絶対に全員集合ね。花火大会での注意事項とかもしたいから」
「言っておきます」
「花火大会内での夕食は各自で取ってね。ただ、一緒に夕食したいって人がいたら一緒しましょう。その場合の夕食代はこちらで持つわ」
「何食べるんですか・・・?」
「うーん。花火が見えるところで食べたいわよね。一緒に行く人がいれば、各自の希望を聞いて決定しましょう」
分かりましたと呟いた後で、三下は手に持った日程表の一番最後の部分を指で指し示した。
「あの・・・コレ、なんですか・・・?」
“ラストは幻想的な秘密の場所へ”と言う部分だ。この部分だけ、他のものと比べて曖昧になっている。
「あぁ、それは・・・」
「蛍ですよ」
三下は背後から聞こえて来た声に振り返った。銀色の髪をした華奢で美しい少女と、紫色の瞳をしたどこか妖し気な少年・・・。
「さんしたクンは初めて会うのよね?紹介するわ。何でも屋をやっている鷺染 詠二君とその妹の笹貝 メグルちゃん」
「・・・は、はじめ・・・まして・・・」
「三下さんですよね?お噂は麗香さんから伺ってます」
メグルの言葉を受けて、麗香が明後日の方に視線を向ける。きっと、ロクなことを言っていないのだろう。
「それで、あの、この最後のって・・・」
「あぁ、うん。あのね、蛍の最期を見に行くんだ」
「蛍、ですか?」
もうとっくに蛍の時期ではないのに・・・。8月のカレンダーはいくつも赤い×が並んでいる。
「そう。空に昇っていく蛍の姿を見に・・・ね。すごいキレーなんだけど、絶対に蛍に触ってはイケナイんだ。蛍は儚いから」
「もしかしたら、簡単な願いなら叶えてくれるかも知れませんね」
詠二の言葉を引き継ぎ、メグルが不思議な笑顔を浮かべる。
「でも、蛍ってもう今の時期は・・・」
「夏は、この世とあの世との境界が薄くなる季節なんです。だから、夏が終わる前に帰らないといけないんです」
「他の人にはなにを言われても内緒にしておいてね、三下さん。驚かせたいからさ」
詠二の言葉に三下はコクコクと頷いた・・・
★☆★
ジワジワとした熱気の中、麗香がふっと熱い息を吐き出す。
まだ朝も早く、陽は完全に頭上に昇りきっていないとは言っても、流石に夏の空気は重く暑い。
「麗香さん、お待たせしました」
「あら、詠二君にメグルちゃん。今日はよろしくね」
「よろしくお願いします。・・・あの、それよりも三下さんは・・・」
「ちょっと車を取りに行かせてて・・・そろそろ他の人も集まってくるかも知れないわね」
腕に巻きついた華奢な時計に視線を落としながらそう言うと、麗香は熱気にぼやける通りの先へと視線を向けた。
「何名の方が来られるんですか?」
「私とさんしたクン、メグルちゃんと詠二君も入れて・・・全部で・・・11人ね」
「随分大所帯になりましたね」
「と言っても、ほとんど自由行動だからね」
「良い写真が撮れると良いですね」
メグルが肩の辺りで緩く2つに結んだ銀色の髪を靡かせる。
「・・・あ、誰か来たよ!」
詠二が大きく手を振り、歩いてくる3人のうちの1人が手を振り返して走ってくる。
「あ!!ジェイドさんだっ!!」
「詠二君もメグルちゃんも、久しぶりだねー!」
ジェイド グリーンが微かに乱れた息を直しながらそう言って、2人に笑顔を向ける。
「お久しぶりです、お2人とも・・・」
その後ろから控え目な笑顔を浮かべながら姿を現した高遠 弓弦(たかとう・ゆづる)に、メグルが嬉しそうに駆け寄りその手をそっと握る。
「弓弦さん・・・お久しぶりです、会えて嬉しいです」
満面の笑みのメグルに連れられてか、弓弦もふわりと柔らかく表情を崩す。
「今回はお誘いくださって有難う御座います」
弓弦よりも半歩後ろに立っていた高遠 紗弓(たかとう・さゆみ)が麗香の前に歩み出ると頭を下げ、心底嬉しそうな表情を浮かべている弓弦に穏やかな視線を向ける。
「ほら、麗夜さん!早くしないと・・・」
「あー・・・うっさいなぁ。朝は苦手なんだよ」
元気な可愛らしい少女の声に続いて、素っ気無い少年の声が響く。
「あれ?麗夜・・・?」
「・・・詠二とメグル??」
「あら、知り合い?」
人形のように整った顔の少年がキョトンとした瞳で詠二とメグルを交互に見比べ、すぐに何かに思い当たったらしく「あぁ」と口の中で呟くと視線を落とす。
「って言うか麗夜、いつの間に彼女が・・・」
「ちっげぇよ」
苦々しい口調でそう言うと、夢宮 麗夜(ゆめみや・れいや)は隣でただ成り行きを見守っていた樋口 真帆(ひぐち・まほ)を指差して「もなの友達」と素っ気無く告げると目を擦った。
「あー、もなちゃんの・・・って言うか、麗夜よく来たね」
「あ?」
「魅琴さんもいらっしゃる予定なんですけれど・・・」
メグルが不安気な口調でそう言った時、通りの向こうから背の高い男性と1人の少年がゆっくりとした足取りでこちらに向かってきた。
「皆さんもうお集まりですね。すみません、遅れてしまいましたか?」
「そんなことはないんだけれど・・・」
麗香が不安そうに言葉を濁し、詠二とメグルの視線がチラリと麗夜に向けられる。
「あぁ・・・魅琴もいるのか」
「お!詠二とメグルだけじゃなく、麗夜もいるんじゃねぇか!すっげー、ハーレム!?」
「ほざけ」
いたって軽い感じのする神埼 魅琴(かんざき・みこと)に、紗弓がすかさず弓弦とメグルを避難させる。
「えっと、初めまして。菊坂 静(きっさか・しずか)と申します」
挨拶は基本ですと言うかのように静がゆっくりと頭をさげ、「この状況でしっかり挨拶の出来る静君は只者じゃないわね」と麗香から良し悪しの分からない評価を受ける。
「あぁっ・・・み・・・みなさんおそろいですか・・・??」
にらみ合う麗夜と魅琴、オロオロとする真帆、妹とメグルちゃんには手出しさせないわと言った様子の紗弓、成り行きを見守っているジェイドと詠二、そしてそんな状況にも別段気を留めずに微笑を浮かべている静。
長い今日と言う1日を無事に終えることが出来るのか・・・。
はぁぁ〜と、軽く溜息をつくと麗香は三下から車のキーを受け取った。
☆★☆
最近出来たばかりのファンタジア・アクア内は綺麗だった。
壁や天井には繊細な魚の絵が描かれ、時折色を変えるライトは淡く、まるで海中にいるような気分にさせる。
受付の女性が麗香と二言、三言言葉を交わすと営業スマイルを浮かべる。
「ここでいったん解散するけれど、絶対に時間通りに戻ってきてね。良いわね?特に真帆ちゃんと麗夜君、静君と魅琴君は昼食の時間前までに戻ってきてね。紗弓さんと弓弦ちゃん、ジェイド君は昼食後に約束の場所に来てくださいね」
「分かりました」
紗弓が大きく頷き、弓弦とジェイドもコクリと頷く。
「・・・このクソ馬鹿と一緒に昼食か・・・」
「麗夜さん、ダメですよそんなこと言ったら・・・」
「うっしゃぁ!すげー俺ついてんじゃん今日!両手に華だな!」
「・・・魅琴さん・・・」
盛大な溜息をついて頭を抱える麗夜と、それを宥める真帆。
妙な意気込みを見せる魅琴と、ほんの少しだけ・・・寂しそうな静。
「それじゃぁ、俺達は麗香さんとお話があるから・・・麗夜と魅琴、真帆ちゃんと静君はまた昼食の時にね」
「また後で・・・」
詠二が手を振り、メグルが小さくお辞儀をした後でそのうしろについて行く。
「いくら楽しくても時間厳守よ!さぁ、さんしたクンも行きましょう」
「は・・・はい・・・」
麗香が再び念を押すようにそう言って、いったんこの場で一同は解散になった。
★☆★
白のトランクス型の水着には、右足の太もも部分にブランド名の書かれたロゴが入っており反対の側面には髑髏のイラストが黒で描かれていた。少し大人っぽいパンク調のデザインは静の見立てではなく、たまたま入ったお店の店員さんの見立てだった。
少し恥ずかしいような照れるような、甘酸っぱい気持ちを胸に抱きながらロッカーに鍵をかける。
「着替え終わったか?」
既に着替えを終了していた魅琴がそう言って静の前に姿を現す。
一見すると細身の魅琴だったが、その体にはしっかりと筋肉がついている。
麗夜とおそろいだと言う水着は黒のトランクス型で、白のラインが描かれた太もも部分には大き目のポケットが左右対称についている。
「んじゃ、行くか。っつか、お前ひょろいな」
「魅琴さんが良い体してるだけだって・・・」
「そっかー?冬弥も奏都も良い体してるぜ?モデル体型ってヤツ?」
「魅琴さんも十分モデル体型だよ・・・」
「つーかお前、顔色悪くねぇ?」
ふと立ち止まった魅琴が静の顔を覗き込む。
赤い瞳同士が合わさり、魅琴の淡い青色の髪が目に痛いほどに蛍光灯の光を反射する・・・。
「実は昨日の夜、あんまり眠れなかったんだ・・・」
「不眠症か〜?その歳で、苦労してんだな」
「そうじゃなくて。・・・楽しみだったんだ」
「大人っぽく見えて、意外と子供なんだなお前」
サラリと言われた言葉に、心の中で否定をする。
そう言う意味ではないと・・・。
ただ、遊びに行くのが嬉しくて楽しみで、眠れなかった・・・遠足前の子供と同じ気持ちではなかった。
もっと違う色をした感情だったのだけれども・・・それは、言葉には出さないことにした。
ビーチを歩いている色取り取りの水着を着た美女達に目を奪われては嬉しそうに報告をする魅琴。
「すっげー美人!つか、やっぱ良いな、水着は!」
「・・・そうかな?」
苦笑しながら魅琴に言葉を返す。
魅琴は気付いていないけれども、ビーチにいる女性の視線を全身に受け止めている魅琴。
やっぱりカッコ良いんだなと、静は今更になって魅琴の顔をマジマジと見詰めた。
「んあ?なぁに見とれちゃってんだよ」
「ん・・・魅琴さん、カッコ良いなと思って・・・」
「ったりめぇだろ。ビーチの視線は俺のもの!俺は世界1カッコ良いからな!」
ふざけたようにそう言う魅琴。
・・・あながち間違いではないのだけれども、静は魅琴の“冗談”に微笑んだ。
「ま、この場に冬弥でもいたら・・・視線はアイツのモンだけどな」
「そうかなぁ」
「絶世の美男子じゃねぇか。あの色気!あの綺麗な顔!最初見た時ビビッタね!」
「そうかなぁ」
「そうかなぁって、お前、アイツの事美男子だと思わねーわけ?」
「勿論冬弥さんは凄くカッコ良いと思うよ。絶世の美男子って言われても、おかしくない顔はしてると思う」
「だったら・・・」
「でも、僕から見たら魅琴さんの方が素敵だよ」
真っ直ぐな視線を向ける。
その視線から目をそらされることを分かっていて、真っ直ぐに赤い瞳を見つめる。
「・・・お前、眼科行った方が良いぞ?」
ふいと視線をそらしながらそう言って、魅琴が頭をかく。
困っている横顔は何を言ったら良いのかと思案しているようで、瞳が右へ左へ、頼りなさ気に揺れ動いている。
「とりあえず、どこか行きたいところあるか?」
「僕は別に・・・」
そう言いかけた静の目に、淡いブルーをした壁に貼られていた1枚の紙が飛び込んできた。
“夏季限定イベント”と赤の文字で書かれたその下には“秘宝探し”の文字。
そして、その更に下・・・1番下には黒のペンで殴り書きしたかのような“成功者ゼロ”の文字。
「僕・・・コレに行きたいな・・・」
ポツリとそう呟いた静の視線を辿り、魅琴が少しだけ首を傾げた。
☆★☆
七色の魚が泳ぎまわる水槽の前を通り過ぎ、2人は秘宝探しを催している洞窟の前へと到着した。
既に数人が並んでおり、その列の最後につくとそっと壁に背を押し付ける。
あまり眠れなかったせいもあって、なんだか少しだけ倦怠感がある。
「大丈夫か?」
「・・・なにが?」
「具合。顔色悪いし・・・無理そうなら途中でも言えよ?」
「ん、大丈夫だよ」
「つか、秘宝探しなんてアクティブなこと出来るのか?まぁ、静ぐれぇならぶっ倒れても背負えるけど・・・」
「大丈夫だよ。倒れないから」
「ふーん、ま・・・良いけど」
素っ気無くそう言って視線をそらせると、目の前で騒いでいるカップルへと向ける。
「でもさ、お前がまさか秘宝探ししたいなんて言い出すとは思わなかったな」
「そう?」
「カップルか親子連れのイベントだろコレ」
周囲を見渡せば、確かにカップル・親子率が多い。
「友達同士だって来てる人もいるよ」
「・・・ガキじゃねぇか」
静の指差した先にいたのは小学生か中学生くらいの男の子3人組だった。
「でもよ、どうしてやりたいなんて思ったんだ?」
「えっと・・・もしかして魅琴さん、やりたくなかった?」
「や、別に?」
「・・・ホラ、ちょっと楽しそうだし・・・」
「だし?」
「まだ誰もクリアしてないのを、僕達でクリアしてみたいな・・・って・・・」
朱に染まる頬に、きっと魅琴は気付いただろう。
それでも、きっと何も言わない・・・彼はそう言う人。
係員の声に顔を上げ、何事も無かったかのように誘導に従って歩いて行ってしまう。
「でも、まだ誰もクリアしたことないのに、僕達がクリアするなんて・・・ちょっと無理かな?」
静の言葉に、魅琴が不敵な笑顔を浮かべる。
「ばーか。誰もクリアしたことないからこそ、クリアしやすいんじゃねぇか」
「え?」
「人の考えの先を読めば良いわけだろ?」
グイっと静の頭を撫ぜると、魅琴がすぅっと目を細め、ジっと目の前に広がる洞窟の暗がりを見詰めた。
★☆★
レストランに入ってきた真帆と麗夜を見て、麗香が片手を上げるとヒラヒラと振る。
「5分前行動ね」
「他の人は・・・」
「詠二君とメグルちゃんはちょっと打ち合わせ。さんしたクンはお手洗いよ」
「打ち合わせ・・・ですか?」
真帆が首を傾げた時、向こうから見慣れた2人組みがこちらに向かって歩いてきた。
なんとも微妙な顔をした静と魅琴が同じテーブルに着く。
「・・・どうしたんですか?難しい顔して・・・」
「あ・・・あぁ」
真帆の質問に、煮え切らない言葉を返す魅琴。
苦虫を噛み潰したような表情をしたまま固まっており、どことなく・・・静との間に妙な空気を作り出している。
「2人とも、秘宝探しに行った?」
「えぇ。行きましたよ」
静の控え目な言葉に頷く真帆。
けれど、探し当てることは出来なかったと言葉を続け・・・
「お前達、秘宝見つけたんだろ?」
麗夜の言葉に、静と魅琴が戸惑いながらも頷く。
「へぇ、秘宝探しで秘宝を見つけたの。それで、なんだったの?」
麗香が心持ち体を乗り出してそうきき、どちらがその“秘宝”を持って来ているのかとチラチラと視線を向ける。
「実は、秘宝は置いてきたんです」
「え・・・?」
静が思っても見なかった言葉を口にし、そして戸惑いながらも秘宝が何であったのかを告げる。
「シルバーのブレスレッドでした」
「なんだ・・・そんなの?」
てっきりもっと凄いお宝でもあったのかと思っていた麗香がガッカリと言った様子で肩を落とし・・・
「それにしても、秘宝はどこにあったんですか?」
「“誘導灯が導いてくれない”先にあったんだよ」
魅琴がそう言って、1番奥まった場所にひっそりと置いてあった宝箱の話をし始めた。
薄茶色の宝箱には七色の透き通ったガラス球が嵌められており、少し安っぽい玩具を思わせるその蓋をゆっくりと開ければ、入っていたのは2つのシルバーブレスレッドだった。
少し太めの男性用と、細めの女性用。
『永遠の幸せを 願う』
そう書かれた1枚の紙と、ブレスレッドの歴史が書かれた紙が入っており・・・
その昔、美しい1人の少女がいた。
その少女は透き通るような白い肌と漆黒の髪、深い優しさをたたえた瞳を持っており、彼女は人を癒す力さえあった。
そしてある時1人の男性がこの少女に恋をした。
身分も家柄もない、ただの片田舎の農家の息子だった。
しかし、彼は深い愛情を持って少女に接したため、少女の心は間もなく彼に惹かれた。
ゆっくりとした時は過ぎ、2人がついに結ばれようとした日・・・少女は突然の病に倒れた。
人を癒す力を持った彼女は、自分を癒す力まではなく・・・ゆっくりと、天へと召された。
悲しみに沈んだ彼は、天国に行った彼女の幸せを思い、1組のブレスレッドを作った。
例え別れても、例え2度と逢えなくても・・・
“永遠の幸せを 願う”
ずっとずっと、キミが笑っていられるように―――――
出来すぎた話しだったが、真帆の瞳が明るく輝く。
女の子はこの手の話が好きな子が多く、真帆だって例外ではなかった。勿論、作られたお話であると言う可能性は十分良く分かっていたのだが・・・。
「素敵ね・・・」
うっとりとそう呟いたのは真帆ではなく、麗香のほうだった。
ポウっとした瞳は宙を泳いでおり、夢見る少女のような表情に少しだけ驚く。
秘宝を置いてきたのは、持って来てはいけないような気がしたからだった。
永遠の幸せなんて――――――
「幸せって自分次第でどうにでもなるよね」
不意に聞こえた声に顔を上げれば、詠二とメグルがニコニコと穏やかな微笑をたたえながら立っていた。
どちらも水着ではなく、普通の服を着ているために何だか周囲に馴染めていない。
「多分、静君も魅琴も、良い選択をしたんだよ」
「少女のために作られたブレスレッドは、彼女のものですから」
メグルの凛と良く響く透明な声に、静が目を伏せる。
真帆もそうだと言うように大きく頷き
「きっと、お2人はとても良いことをしたんだと思います」
そう呟くと、そっと心の中で思う。
もしも自分がその立場にいたとしても、ブレスレッドは持ってこなかっただろうと・・・。
「それにしても、さんしたクン遅いわね。お手洗いに行くって言ってからまだ戻って来てないわ」
もうすぐでお料理来ちゃうのにと麗香が呟き・・・
「もしかしたら、迷子になっているんじゃ・・・?」
メグルの言葉に、そんなことはないと首を振る麗香。
お手洗いはこの場所から見える位置にあり、いくら三下でも迷うことはないだろう。
「どうしたんだろうね」
詠二が首を傾げながらそう言い、品の良い若いウェイターが7人の前に真っ白な食器を並べていく。
麗香が頼んでおいたコースは彩り鮮やかで、なかなかのボリュームがあった。
「お料理来ちゃったわ」
「俺が見てくるよ」
麗夜がそう言って立ち上がり・・・トイレで滑って転んでめそめそしていた三下を引っ張って連れてきたのは、それからすぐのことだった。
☆★☆
大輪の黄色い花は美しく、見ているだけで心癒されるものがあった。
ノースリーブのシャツ越しに夏独特の重みを持った風を感じながら、静は目を閉じた。
セミの声が何重にも重なって聞こえ、1つの旋律を作り出している。
白い石の道を並んで歩きながら、静はそっと魅琴の顔を見上げた。
無表情な顔は、決して人前では見せないような冷たいもので、静の視線に気付くとふっと表情を緩める。
・・・暑い夏の日、もう1人の彼を見た気がした・・・
* * * * *
それぞれが好きな物を注文し、和風な店内でゆっくりと流れる時間を堪能する。
向日葵園内を歩き回って少々疲れた体には、甘いものが直ぐに溶ける・・・。
「それで、花火大会の後の事なんだけれど」
「そう言えば、秘密の場所ってどこなんですか?」
白玉を銀色のスプーンに乗せた真帆がそう言って首を傾げる。
「それはまだ言えないんだ。後でのお楽しみ」
詠二が真意の分からない紫色の瞳をすぅっと細め、口元に人差し指をつける。
「皆にはそれぞれに時間を指定するから、定時に決められた場所に来てほしいの。それから先は流れ解散で・・・もし、帰りの足がほしいなら待っていてもらえれば一緒に乗っけていくわ」
車のキーを人差し指にかけ、クルリと回しながらそう言う麗香。
「まず、静さんと魅琴さん。次に、真帆さんと麗夜さん。そして最後に紗弓さんと弓弦さんとジェイドさん」
「花火大会をやってる会場の中心に“出会いの広場”ってところがあるんだ。そこで待っててほしいんだ」
「広場の隅のほうに、小さな銅像が立っているの。“願いを捧げる少女”って題なんだけれど、行けば分かるわ」
麗香が抹茶アイスを崩しながらそう言って、チラリと腕に巻かれた時計に視線を落とした。
「花火大会が始まるにはまだ時間があるけれど、着付けなんかもしたいから早いところ会場に向かいましょうか」
紗弓が頷きながら抹茶を飲み、弓弦も同じように抹茶の入った湯飲みに手を伸ばす。
「最後、一緒に帰りたいって人は願いを捧げる少女の銅像の前で待っていてね。時間は・・・」
麗香が帰りの時間を指定し、一行は甘味所を後にすると花火大会の行われている場所へと車で向かった。
★☆★
白い浴衣が夜の闇にボンヤリと浮かび上がり、細かく散った黒の楊枝先染め模様がチラチラと、まるで波打っているかのように見える。
茶色に近い臙脂の帯を貝の口結びに、手には防水加工が施されたポーチを揺らしている。
隣を歩く魅琴の浴衣は漆黒の色で、帯すらも青みがかった黒だった。
淡い水色に近い髪がもしも黒だったなら、その姿は闇に溶けてしまうだろう。
ゆっくりとした速度で歩く魅琴の後姿を見詰めながら、その美麗な容姿に振り返った少女と目が合う。
・・・さっと静に目を移し、隣に立っていた鮮やかな青色の浴衣の少女に耳打ちする。
『弟かな?』
違う・・・
心の中でだけ、その言葉に首を振る。
魅琴が人ごみを縫いながら進み、人がまばらな場所で足を止めると上空を仰ぎ見た。
月光が淡い光を発しながら照らす空は暗く、時折蝙蝠が凄まじい速度で飛び交う。
スピーカーから流れる音楽に乗せて、司会役の女性の声が響き・・・・・・・
1つ、空に向かって小さな光の玉が昇ると弾けた。
七色の粒が四方に飛び散り、大輪の花を咲かせる。
静は花火から視線をずらすと、魅琴の顔を見詰めた。
皇かなな頬に花火の光が映り、鮮やかな色に染め上げる。
1歩、魅琴に近づくと、スルリとその手に手を絡める。
魅琴が一瞬だけビクリと肩を震わせ、その手を引っ込める。
静の頭をポンと1つだけ叩き、それっきり上空を見上げたままだった・・・。
☆★☆
舗装されていない山道を下駄で歩く。
銀色の髪を靡かせながら、先を急いでいるメグルはこちらを振り向きもせず、着々と歩を進めていく。
「どこに行くんだよメグル!」
魅琴のそんな言葉すらも聞こえていないと言うように、メグルはトントンと軽快な足取りで進んで行く。
銅像の前で出会った時から、メグルは一言も口をきいていなかった。
ただ、動作でついてくるように示し、それから先は静と魅琴の数歩前を変わらぬしっかりとした足取りで歩き続けている。
真っ白なワンピースが、仄かな光を発しながら闇を切り裂いていく。
どのくらい歩いただろうか?
ふっとメグルが足を止めた場所、そこには1本の川が流れていた。
微かな水音が響き、その周囲には無数の光の粒が飛びかっている。
「・・・蛍・・・」
そう呟き、無意識のうちに右手首をギュっと握る。
不審そうにその行動を見詰める魅琴に、微笑を向ける。
「大丈夫、ちょっと怖いだけだから・・・」
「怖いなら、帰れば?」
詠二の声がどこからともなく聞こえ、ザっと魅琴の隣に茂っていた葉が左右に開く。
「この蛍の光は、死者の魂なんだ。今日、空へと帰る。それを、怖いと思うんなら帰れば良い。彼らに失礼だ」
詠二の紫色の瞳が射抜くように静を見詰め、魅琴が大丈夫だろ?と言うように首を傾げる。
メグルが白い手ですっと宙を撫ぜる。
何時の間にか、その右手には扇子が握られている。
ザっと一思いに手を振り下ろして扇子を開き、手首を回しながらヒラヒラと扇子を振る。
「あれは?」
「霊(たま)送りの舞。全国各地の今日と言う日を知っている巫女が、舞ってるはずだよ」
メグルが舞うたびに、幾つかの蛍が空へ向けて飛んでいく。
その光景に、カチリと断片的だった過去の記憶が繋がる。
「・・・あの時・・・蛍を・・・見たんだ・・・それは・・・大好きな人の・・・父さんと・・・母さんの・・・魂で・・・僕は、それを―――――」
メグルの舞が大きく広がる。それにあわせて、蛍が空へと昇る・・・。
1つ2つ・・・
清少納言の書いた枕草子。その言葉が自然と頭を過ぎる。
夏は夜。
月の頃はさらなり。
闇もなほ、蛍の多く飛び違ひたる
また、ただ一つニつなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。
雨など降るもをかし。
そっと何かを掴まえ、口元にその手を持って行き・・・
「触れてはダメだよ。送れなくなってしまうから」
詠二の言葉に、そう言うことではないと静が首を振る。
思い出した、過去の光景。
思い出と言うにはあまりにも酷なソレに、思わず涙があふれそうになる。
詠二が困ったように静の顔を覗き込み・・・
「大丈夫、大丈夫・・・僕は、大丈夫だよ」
「それなら、そんな顔するなよ」
魅琴が素っ気無く言った時、再び蛍が宙を舞う。
天高く、昇る光はやがて消え
残ったものは、微かな希望
願いを乗せた儚い光は
きっと望みを届けたでしょう
高く高く舞い上がり
弾ける花火のその先へ
たった1つの願いを乗せて・・・・・
≪ E N D ≫
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5566 / 菊坂 静 / 男性 / 15歳 / 高校生、「気狂い屋」
6458 / 樋口 真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生 / 見習い魔女
0187 / 高遠 紗弓 / 女性 / 19歳 / カメラマン
0322 / 高遠 弓弦 / 女性 / 17歳 / 高校生
5324 / ジェイド グリーン / 男性 / 21歳 / フリーター・・・っぽい(笑)
◆☆◆☆◆☆ ライター通信 ☆◆☆◆☆◆
この度は『蛍の最期』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
夏のノベルなのに、こんなに遅くなってしまい申し訳ありませんでした!
静君と魅琴の関係に悩みつつ、魅琴を少し素っ気無い感じに描きました。
夏の1場面を鮮やかに描けていればと思います。
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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