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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 R1CA-SYSTEM 】
               ver.260801#001.01_02


 灯京都狭間区あわい。
「あわい」は、古くは「亜歪」と記されていた。字面から「隣接するが互いに感知できない平行世界、そこを歪める」と考えられ、相応しくないとのことで平仮名で表記するようになったらしい。人が集まる街であるから、トラブルが尽きないといえばそれまでだ。しかし、この地域にはトラブルという一言で片付けるには首を傾げたくなるような曰くの場所や事件が多くある。話せば長くなるので、ここは割愛しよう。
 JRあわい駅を基点とし、南側は十代が好みそうなファッションを取り扱う店舗や遊戯施設が軒を連ね、北側は齢数百年を越える樹木が溢れる渓谷が広がっている。渓谷周辺は都が管理する公園になっており、その公園を借景にした北側のランドマークともいえるホテルが渓谷の奥に建っているのだ。南口側を『ミナミ』、北口側を『渓(たに)』と云うらしい。
『ネットカフェ・ノクターン』は、そのミナミの緩やかな坂を登った途中の裏路地にある。駅からやや不便な立地ではあるが、逆に離れているのでミナミにありながら落ち着いた佇まいを保っているといっていいだろう。
 夏休みに初めて訪れて以来、海原 みなも(うなばら・みなも)は時折このノクターンを訪れている。放課後、今日も足を伸ばしカウンター奥の席に座っていた。
 店内をキョロキョロ見回しているみなもに気付き、通り際、店の主人・雷火(ライカ)が声を掛ける。
「どうしたの、みなもちゃん?」
「えっ あ、はい。このあいだの、バグチェック‥‥終わってしまったんですか?」
 つい先日までテーブルに置いてあったプラカード ―― 新作ゲーム テストプレイヤー募集中! ―― が無くなっていることに気付き、みなもは首を傾げた。「ああ、アレ‥‥」と云いながら、雷火はみなもの隣りに座る。
「いや。まだやってるけど、少し調整中。どうして?」
「あのゴブリンさんたち、どうしてるかな‥って思って」
 雷火が開発中の疑似体験プログラム、ヴァーチャル・リアリティ【R1CA-SYSTEM】―― みなもは一度、このプログラムを体験している。現在開発しているプログラムはファンタジー世界を模したもので、みなもが体験したのは『村に出現するモンスター(ゴブリン)を退治』するというイベントだった。最終的にゴブリンとは和解しイベントは終了したのだが、壊れた森を再生すると云っていた彼らのことが、みなもはずっと気掛かりだったのだ。
「バグチェックという趣旨からは少し外れると思うんですが‥‥。あのゴブリンさんたちに、また会えますか?」
 一瞬面食らった表情をしたが、テーブルに肘を突き頬杖をして雷火は笑った。
「―― あんまり、そういうのは想定してなかった。面白いこと云う子だよね、みなもちゃんって」
 前回もそうであったのだが、みなもは雷火の意図しない行動をする。それはサンプルとして申し分ないし、彼女の疑問をどのように構文 ―― プログラムに組み込んでいけばいいのか考えることは決して容易ではない。しかし、それは雷火にとってとても楽しい作業でもあるのだ。 
 幸いと云うべきか、ゴブリンは自律型プログラムである。プログラムを少々促進してやれば、森の再生も進むだろう。雷火はそんなことをぼんやりと考えた。
「いいよ。せっかくだから、遊んでおいで」
 そう云うと「調整してくるから、ちょっと待ってて」と、雷火は店の奥へ戻っていった。
 20分ほど待っていると、前回と同じように奥の個室へ通された。ヘッドギアを装着しリクライニングシートに身体を沈ませる。みなもの傍らに雷火が膝を付き、パネルを操作しながら、
「あ、そうそう。ボディ・コンバート覚えてる? 格好だけじゃなく容姿も完全対応したから、好かったら試してきて。今のところ、職業も容姿もその都度変更自由にしてあるから」
「‥‥あの、このあいだはご迷惑お掛けして、すみませんでした」
 雷火の説明を聞き、前回のログインを思い出す。
 あの時、服装の変更は自由と聞いていたのだが「ゴブリンは何故、村を襲っているのだろう?」と強く思うあまり、みなもは実装前のボディ=容姿までコンバートしてしまったのだ。
「んー、気にしないで。逆に思ってたよりずっと早く実装できることになったし、こっちは助かったからね。じゃ、またね」
 入眠プログラムを経てプログラムにダイブすれば、そこはもう、ヴァーチャル・リアリティ【R1CA-SYSTEM】の世界だ ――。

「お。今日はなんだかイイ感じ?」
 声に気付いて瞳を開けばそこには、彼の腰の高さほどの長さのワンドを持った雷火 ―― ヘルプデスクのダッシュが立っていた。前回と同じ、プリースト ―― 司祭のような白の衣装を身に着けている。ダッシュは足先から頭までみなもを見、空いた手を腰にあてて満足そうに微笑んだ。というか、身体を曲げて噴き出した。
「上出来、上出来。またゴブリンになるとは思わなかったけどっ‥‥」
「‥‥笑うなんて酷いです、ダッシュさん。だって、ゴブリンさんたちとお話しするなら、こっちの方がいいかなって」
 そう、みなもはまたもやゴブリンの容姿になっていた。平べったい顔に瞳は赤っぽく、やや潰れた鼻、大きな口には鋭い牙が生えており、尖った耳が付いているのだ。そして、全体的に黄土色掛かった肌の色をしている。前回と異なるのは、いつもと同じ腕の長さと、衣装だろう。
「みなも、この前はゴブリンのことしか考えてなかったから、坊さんの袈裟(けさ)っぽかったもんな、服。イメージが曖昧だと『読』んで『実行』するときに『最低限のことしか拾わない』から、できれば『意志』は強く持っていたほうがいい。まぁ、ピンク色だったのは、せめてものオレなりの補完のつもりだったんだけど」
「僧侶って考えたんですけど、あんな風に「そのもの」になるなんて思いませんでした‥‥。ゴブリンでもあたし、女の子なので‥‥綺麗で、ファンタジーなお洋服を着てみたいです」
「でも、ほら。今回は旨くいったし。シャーマンって感じかな?」
 白いワンドを渡しながら、ダッシュはもう一度みなもを見た。
 所謂、巫女のような感じだろうか。上衣である白衣は、肩と腕を繋ぐ箇所に深い切込みが入っており、上腕部分は細い紐が交差していて素肌が透けて見える。年齢の割りにすらりと背の高いみなもに、その袴姿はとても似合っていた。上から羽織る千早(ちはや)のような外套は、ソフトチュールのような素材で出来ているらしく僅かに透けている。ところどころ洋のテイストも入っており、ワンドを持っていても特に違和感はないようだ。
「―― それで、ダッシュさん。ゴブリンさんたちにお会いしたいんですけど」
「ああ。じゃ、とりあえず『イクステンツェ』へ行こう」
「イクス、テンツェ‥‥ですか?」
 ダッシュが指差すその方向には、街の入り口があった。
 その街の様子には見覚えがある。みなもは、ささっとダッシュの背後に回り、身を隠す。
「やっ だって、こんな格好なのに堂々と入れません!」
「‥‥まぁ、見ててごらんよ。面白いことになったからさ」
 腰が引けているみなもの片腕をむんずと掴む。ニヤリと意地悪く微笑んだダッシュは、みなもを引き摺るように街へ ―― イクステンツェの中心街を進んでいく。
 まっすぐ宿屋へ向かい、躊躇することなくその中へ入った。
―― ダメ! いくらゴブリンさんたちと和解したからって、こんな姿をしたあたしが突然来たら、みんな驚く!
 片腕はダッシュに掴まれ、残る手にはワンドを握っているため、みなもは顔を隠すこともできない。尤も、みなもの容姿は顔を覆ったぐらいで隠し通すことなどできそうにないのだが。
「おお、ダッシュか ―― ん? 納品にはまだ早いんじゃ‥‥いや、いつものと違うな」
 店の主人が、ダッシュの後ろに隠れているみなもを覗き込む。直接面識はないが、みなもはこの主人を知っていた。何故なら、この宿は前回ログインしたときに泊まった呑み屋兼宿屋。そして「夜な夜なモンスターが出現して、裏庭の畑を荒らしていく」というイベントの宿、そのものだったからだ。
「ご、ごめんなさいっ すぐ出ていきますから、驚かないで!」
「ずいぶんと、人間の言葉の上手いゴブリンだな」
 その台詞に違和感があり、みなもはきょとんとする。そのみなもを横目に、ダッシュは続ける。
「これはいつもの、あの森のゴブリンとは違う。でも、野蛮な種族じゃないから『気にするな』」
「そうか。アンタが云うなら、問題ないな」
 ダッシュの『言葉』は、謂わば『コマンド』である。
 今の言葉で、他種族ではあるが、みなもというゴブリンはこの街と友好関係にある種族となったのだ。
「ダッシュさん、あの‥‥」
「大丈夫。あのゴブリンたち、今はここへ行商に来てる。みなもの考え方を拾って、ただの戦闘イベント要員じゃなく、大陸に住む種族の一つにしてみたんだ。特にこの街はゴブリンとの取引の先駆けで、今更、街の中でゴブリンに会っても誰も驚かないよ」
「あ」と小さく声を上げる。
 ゴブリンたちは、人間たちの作物をとても気に入っていた。前回彼らに、畑から勝手に盗んでいくことは許せないが、特産品などがあれば物々交換で手に入れれば好い、と提案したのだ。どうやら、それが実現しているらしい。
「アイツらとは、定期的にやり取りをしてるんだ。たぶんそろそろ来る筈だぞ、お嬢さん」
 主人は人懐こそうな笑顔をみなもに向ける。それにつられ、今まで吃驚顔のみなもも笑顔になった。その穏やかな口振りから、ゴブリンたちはきっと、ここの住人たちと好い関係を築けているのだろう。みなもは一先ず安心するのだった。
 程なくして。
 荷台を引いたゴブリンの一団が、宿屋の前にやってきた。先頭にいるのは、前回みなもが会話を交わした大きなゴブリンだ。
「ゴブリンさん!」
 みなもは宿屋の前へ飛び出す。が、そこではたと思い出す。
 ゴブリンは独自の言語を使用していた。以前会った時は言語に精通した同行者が居たため会話が通じたのだが、今回は自分以外は誰も居ない。
―― うーん、言葉‥‥。ダッシュさんにお願いして、プログラムいじって貰えばいいのかもしれないけど。そういうのは、なんだか裏技っぽいし‥‥。
「ミナ? 元気?」
 考え込んで立ち止まっていたみなもの目の前に、あのゴブリンが立っていた。
「えっ ゴブリンさん‥‥あたし、言葉が分かる‥‥?」
「ああ、そいつな。人間の言葉を覚えようとしてるゴブリンの中で、一番上手いヤツだ。厳つい顔して、勤勉家なんだよなぁ」
 交渉はお互いの言葉を織り交ぜつつ進めるのだが、このゴブリンは積極的に人間の言葉を覚えようと毎回取引にやってくるらしい。
「そうなんですか‥‥こんにちは、ゴブリンさん! はい、あたし、みなもです。ゴブリンさんもお元気でした? あ、ゴブリンさんのお名前聞いてなかったので、教えてもらってもいいですか?」
 興奮して、やや早口で捲くし立てるみなも。だが、今度はゴブリンの方がきょとんとした表情を見せる。
「みなも。彼はまだ簡単な言葉しか分からないし、長い文法は無理かも」
 ダッシュが困ったように眉を寄せ、笑う。『彼』が覚えている言葉の内容は、性質上取引に関する事柄が多いらしく、日常生活を賄えるほど言葉を覚えていない。
「じゃ‥じゃあ、ジェスチャー交えつつ、とか?」
「ん。だね」
 人差し指を口元にあて、みなもは「うーん」と考え込む。
―― あたしのことは、ちゃんと分かってくれているみたいだから‥‥。
「あたし、みなも。あなた、名前は?」
 まず自分の胸に手を当て「みなも」と名乗る。そして、その手をゴブリンの方へ向けた。みなもの言葉の後半を、ゴブリンは頷きながら聞いていた。
「ナマエ‥‥ない」
 少し間があって、そのゴブリンは答える。
「他のみんなもゴブリンさんだし、呼び掛けが『ゴブリンさん』になっちゃうと、困り‥ますよね?」
 ゴブリンさんと呼び掛けられ「一斉に振り返るゴブリン集団の図」がみなもの頭の中に浮かぶ。思案するためにふと視線を上げるその行動により、ダッシュと目が合う。ダッシュはゴブリンに向き直り、みなもの理解できない言葉で二言三言、ゴブリンと会話する(みなもにはそう見えた)。
「名前。ミナ、付けて」
 ゴブリンとダッシュの顔を、交互に見やる。みなものその疑問に、ダッシュは「みなもが云ったことを伝えただけ」と答えた。
「名前‥‥キングさん、とかどうですか?」
 前回も先頭を歩き指示していたこと、毎回取引にやってきて積極的に言葉を覚えようとしていること、そして何より大きな逞しい躯体 ―― みなもは、彼がこのゴブリン集団の中で高い地位にいる者なのではないかと考えた。
 だから、キング。
「きー‥キング。キング?」
 二度目の発声は、自分の胸に手を遣りキングは答えた。
「はい、キングさんです!」
 みなもはにっこりと微笑む。その傍で、腕を組みながら楽しそうに眺めていた主人が割り込んできた。
「キングか、そりゃいいな。コイツら、名前の概念がないらしくて。顔で分かるから必要ないとか云ってるんだ。俺にしてみたら、よっぽど特徴ある奴じゃないと見分け付かないからなぁ。じゃキング。今日の品物、見せてくれ」
 主人とキングが連れ立って台車の方へ向かう。取引の邪魔をしてはいけないと思い、みなもは二人の背中を黙って見送った。
「―― そういえば、ダッシュさん。言葉、分かるんですか?」
「んー‥‥今日はみなも一人だし、言葉分からないとなかなか進まないでしょ? ただ『余程のことがなければ』『助言はしない』から。というか、できないし」
「余程のこと‥‥って、なんですか?」
「崖から岩が落ちてきて避けないと死んじゃう!って云ってる、とか?」
「‥‥それは、困りますね」
―― 少しだけ、ダッシュさんの行動が分かった気がします‥‥。
 ダッシュに並んで立ち、キングたちの様子を見ながらみなもは小さく溜息をついた。

 本当なら、全て自分の言葉や行動で申し出たかったのだが、キング自身も言葉を全て理解できないので、再生中であるキングたちの森へ行きたい旨だけダッシュに告げてもらった。
 キングたちの住む森の入り口は、イクステンツェから3時間ほど離れた西にある。ここまではゴブリンたちの引いた台車に乗せられていたが、ここから先は徒歩になるという。いや、そのまま乗っていてもよかったのだが、ゴブリンたちが台車を担ぐというのでみなもは辞退したのだ。
 路はあってないに等しい。
 彼らが使う路は獣道であり、みなもには路とそうでない所の区別がよくつかなかった。キングの通った箇所を辿り、みなもは必死に歩いていた。
 どのくらい進んだのだろう、森の入り口は遥か後方だ。
 それまでただ薄暗いだけの中を歩いていたのだが、時折、光りの筋が差し込んでくる。樹木がない。つまりは何らかの理由で樹が倒れているか、開拓されている、ということだ。
「わぁ ――」
 キングの背中から少しはみ出し、みなもは前方を覗き見る。
 いくつかの丸太小屋が点在し、切り立った崖には洞穴が掘られているようだ。正面には広場のように開けた場所がある。そこには、ゴブリンたちの村が形成されていた。
 行商一行の姿を見付けた小さなゴブリン(多分、幼いゴブリンなのだろう)が、歓声を挙げて何人も寄ってきた。だが、みなも ―― 同じ種族ではないゴブリン ―― に気付き、立ち止まって不振そうに無遠慮な視線を投げる。その中の一人、少し背の高いゴブリンがキングとみなもの前に歩み出てきた。みなもを指差し、キングとなにやら話している。
 みなもは、その横顔になんとなく見覚えのあるような気がした。よくよく見れば、そのゴブリンは他の子供たちとは異なり、それほどみなもを不振な目で見ていない。
「‥‥あの時、一緒に畑に来ていたゴブリンさん?」
 どうやら彼(?)も、みなものことを覚えていたようだ。
 みなもの呟きにそのゴブリンが振り向き、右手を差し出してきた。挨拶の握手を求めているのだと理解したみなもは、腕を出しにっこりと微笑む。
「こんにちは、また逢えて嬉しいです」
 彼の瞳がスッと細くなり、みなもの手を少しだけ強く握り返した。
 しばらく手を握っていたが、視界の片隅でキングたちが積み荷を降ろし始めているのが見えた。みなもの視線に気付いた彼も荷台を見、再びみなもに視線を戻す。
「あ‥‥お・お手伝い、したいんですっ」
 両脇を締め、みなもはコブシを握る。だが彼は、再会したばかりの時のキングのように不思議そうにみなもを見返すだけだった。
(あーん。このゴブリンさんにも、まだあたしの言葉、分かってもらえないんですね)
 みなもは積み荷を運んでいる列を指差した後、腰を落とし内股気味にして両手で重いものを持っているようなジェスチャーをした。途端に背後から噴き出す声が聞こえ、みなもは振り向いた。
「ダッシュさん‥‥」
「‥‥ゴ・ゴメン。だってその格好分かり易いけど、ちょっと戴けない‥ッ‥」
 そんなダッシュをよそに、どうやらゴブリンにはみなもの真意が伝わったらしい。彼はチョイチョイと手招きし、みなもを誘った。相変わらず笑いをもらすダッシュをその場に残し、みなもは積み荷を運ぶ列に加わった。

 積み荷を運ぶ道すがら、石で組まれた井戸を見てみなもは喉が渇いたことを思い出す。
「キングさん。お水貰ってもいいですか?」
 井戸を指差し問うと、キングは遥か彼方の小屋を指差した。
「あの‥‥この井戸のお水でいいんですけど。地下水、ですよね?」
「水、あっち」
 再びキングは小屋を指差した。
「あ、ひょっとして。この井戸、使えないんですか?」
 みなもはその井戸を覗き込む。地下の奥深くで、僅かに水面がチカチカと反射しているのが見える。その深さを確認するため、みなもは近くにあった小さな石を井戸に投げ込んだ。
 水の跳ねる音が一瞬したが、すぐに岩がぶつかり合うような鈍い音が響く。どうやら水深は浅いようだ。
 キングと喋っていたダッシュが、みなもの隣りにやってきた。
「森の消失が始まってから、水脈が枯れたみたい。近くの沢まで毎日汲みに行ってるみたいだよ、水」
(お水 ―― ひょっとしたら、役に立てるかも‥‥)
「あの、あたしを井戸の底に降ろしてもらってもいいですか?」
 最初はきょとんとみなもの顔を見返したダッシュだが、みなもの『能力』を『思い出した』らしい。
「そうだね‥‥みなもなら何とかできそう。頼んであげるよ」
 僅かに微笑むと、近場のゴブリンを呼び寄せ、みなもを井戸の中に降ろすよう指示した。
 水汲み桶に足を入れ井戸の底に静かに降ろされる。水深は、みなものくるぶし辺りまでしかなかった。ワンドを水溜りに突き立て、みなもはゆっくりと瞳を閉じる。
 みなもの正体は人魚の末裔だ。水を感知したり、操ることができる。
 枯れてしまったらしい水源を探ってみた。井戸の水脈は空洞が広がりつつあるようだ。ダッシュが云ったように、奥の森が消失してしまったため水脈が途切れてしまったのだろう。
 感知範囲を拡げ、みなもはさらに精神を集中させる。一番近い水脈は ―― どうやら沢の方角だ。
 ワンドを両手で握り直し、みなもは小さく呟く。
「みんなの力になりたいの。少しだけ ―― 分けてください」
 井戸下の僅かな水と沢の水脈の先端が、お互いに向かって土の中を蛇行しながら走り出す。
(‥‥ん。もう、少・し‥‥)
 さらに強く念じると、互いの先端がまるで磁石が引き合うようにグンと伸びる。次の瞬間、井戸の水脈と沢の水脈が繋がった。井戸の水脈へ一気に水が流れ込んでくる。井戸の水位が急に上がった。
「きゃっ!」
「みなも!」
 その様子に、井戸を覗き込んでいたダッシュが叫んだ。ダッシュの隣りで大きな影が動く。水汲み桶の綱の滑車が激しい音を立て、その影が井戸の奥深くへ落ちていった。その影の正体を確認すると、ダッシュは近くにいる体格の良いゴブリンたちを呼び寄せた。
 一方、水位が首近くまで上がった井戸の底で、今やみなもは溺れそうになっていた。普段とは異なる体形で能力を使い、体力を消耗しているらしい。―― いや、ヴァーチャルな世界であるからそれは「気のせい」で済ませばよいのだが、感情移入しきっているみなもには現実と同じだった。
 石造りの壁に手を掛けながら、せり上がってくる水にみなもは恐怖する。
 頭上でけたたましい滑車の音がした。ふとみなもが顔を上げると、井戸の水面に黒い影が叩き付けた。水を被ったみなもは瞬間、眼を閉じる。突然、腕を掴まれた。自分の身体が水の圧力から開放されたのが分かる。そうっと片眼を開くと、そこには水汲み桶の綱を握ったゴブリンが居た。
「‥‥キ、キングさん!」
 みなもの声に頷くと、キングは握っていた綱を数回引っ張った。
 すると二人は井戸の中をするすると上昇していく。キングの合図に、ダッシュとゴブリンたちが縄を引いているのだ。
 暫らくすると地上に辿り着き、キングはみなもを大地に降ろした。みなもは井戸に腰掛けて大きく息をつく。
「あー、吃驚した。大丈夫、みなも? キングもご苦労さん」
 ダッシュが心配そうにみなもの顔を覗き込む。
―― 今日はなんだか、ダッシュさんの困った顔ばかり見ている気がします。
 みなもは「はい」と微笑みながら頷いた。
「キングさん、ありがとうございます。お水、暫らくは心配ないと思います」
 傍らに立っていたキングを見て、今度は彼に微笑む。二言三言ダッシュがキングに告げると、キングは目を細めて、
「ありがとう」
 と笑った。
「ミナたちの言葉、もっと知りたい。教えて欲しい」
「あたしも、キングさんの言葉をもっと覚えたいんです。また、遊びに来てもいいですか?」
 ゆっくりと言葉を切りながら云い、みなもは微笑む。少し間はあったが、その言葉にキングは小さく頷いた。


      【 了 】


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 登 場 人 物 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 

【 1252 】 海原・みなも(うなばら・みなも)| 女性 | 13歳 | 中学生(ゴブリン・シャーマン)
【 NPC 】  雷火、雷火'

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担当WR・四月一日。(ワタヌキ)です。ご参加誠にありがとうございました。

【海原・みなも様】☆☆
再びのご参加、誠にありがとうございます。ボディ=容姿のコンバートはいずれ出そうと考えていたシステムなので、その設定を使って遊んでいただけることは大変嬉しいです。
みなもさんの言動や行動にやたら驚きの反応を示すNPCズですが、年齢が離れているせいか思いもしない発想が出てくる=新鮮・面白いなどと考えている、と解釈していただけば幸いです。ライター的にはプレイングを拝読し、モニタ前でいつも楽しませて頂いております。

気になる箇所がございましたら、リテイク申請・FL、矢文などでお知らせください。今後の参考にさせていただきます。

四月一日。