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<東京怪談・PCゲームノベル>


諧謔の中の一日






 ―――――その諧謔空間は、常に門戸を開いている。

       たとえ、その空間に住む者が肩を落としてしまうような来訪者でも。





【1】


「……見つけた。此処ね……」

 ふぅ、と嘆息をすると同時、肩の力も抜いて。
 諧謔空間の中に在る幻想の宿に到達した彼女、秋月・律花はきっ、と目線を上げた。
 目の前には―――動かし難い存在感を以って建っている和風旅館がある。
(間違いない……ちゃんと来られた。イメェジの保持は正解だった)
 独白し、一人頷く。
 そう。今回の目的を果たすために、まずはこの宿に辿り着くのが絶対条件だった。

 ………ざぁ、と、周囲の笹が風に揺られて涼しげに啼く。

「さて……落ち着けるかしら、私。……ああ、駄目。もうとにかく、行動しないと」
 玄関を目の前にして、小さく首を振りながら律花は口に出して呟く。
 いつもの彼女を知るものがその様を見たなら、まず間違いなく首を傾げただろう。
 
 しかし―――悲しいかな、周囲にそんな人物は居ない。
 また、その「彼女を知る者」が居るのは、目の前の戸で隔てられた宿の中であったりするのだが……

「よし――――あの、御免下さい」


 今回は、目下の処。その、「彼女を知る者」が最大の問題であった。





「あら、律花さん?これは、ようこそいらっしゃいました」
「ええ……お久しぶりです、唯さん」
 戸を開けて訪ねると、間も無く一人の和服女性が奥から歩いてきた。
 律花も、既に彼女のことは知っている………この宿の女将を務める、上之宮・唯だ。
「巴さんと、セレナさんはいらっしゃいますか?」
「ええ、お二人とも今は居間で休まれていますが……ご案内しますね?」
「お願いします」
 一礼して、お邪魔します、と館に上がる。
 唯も、静かに頷いて何も言わない。聡い女性である……




 故に、爆発寸前の爆弾を不用意に弄ったりすることは有り得ない。


「こちらです」
 程なくして、囲炉裏を中心に据える広い空間に通された。
 畳が辺りを敷き詰め、側面にあるのは庭が一望できる縁側である。
 そして、そこに―――


「あ、律花君だ。旅館の件以来だねー。元気だった?」
「む、本当だ。いかんぞ律花、いかに大学生が暇な時期とはいえ、このような処に来ては……」
「自虐的だねぇ、巴」
「うむ」

 はっはっは、と明るく笑う、二人の駄目な男がごろごろと転がっていた。
「……」
 畳に寝転がり、(あまつさえ巴は、本当にごろごろと回転していた)気楽な二人に律花は無言で接近。
 折り目正しく二人の目の前に正座した。

 ………唯が、お茶を汲んできます、と部屋をそそくさと出て行く。

「ん?どうした律花、今日はポーカーフェイスだな」
「あれ?律花君、律花君。微妙に眉が歪んでるよ?」
「お二人とも………」
「「うん?」」

 さあ、秋月・律花。
 よく頑張った。
 私は、私の忍耐を誇って良い―――――

「お二人とも、責任を取って下さい!!!!」
「っ……!?」
 律花が、声を張り上げて巴とセレナへ最大音量で怒鳴り散らす。
 そのあまりの音量に、油断していたセレナと巴が驚愕と共に悶絶した。
 鈍い鈍い男達は、そのまま。
「分かってるんですか!?お二人とも、自分が何をしでかしたか分かっているんですか―――!?」
「ま、待て……待ってくれ律花……し、死ぬ…し………」
「いっそ死んでお詫びして下さい―――!?」

 がくがくと頭を揺すられ、

「うううううう、耳が……律花君、何を怒ってるんだい?もしかしてそれ、僕らが悪かったりする?」
「〜〜〜〜〜〜!!!!」

 愚かしくも、火―――否、灼熱か?―――に、盛大に油を注いで。

「お茶が入りました……」
「あ、有り難う御座います唯さん。……お二人とも!聞いてるんですか!?」
「「うううううう……」」
 唯が緑茶を携えて戻ってくるまで、たっぷりとお灸を据えられたのであった。





【2】


「あー……死ぬかと思った。それで、律花。責任とはどういう訳だ?」
 数分後。
 ボロ雑巾のようになった二人が緑茶で回復に努めつつ、改めて対峙する律花に訊いていた。

 ―――よくよく考えてみれば、この事態は異常なのである。

「普段は礼儀正しい律花君があれだけ怒るなんて、余程の理由だからねぇ」
「うむ。故に、それの原因が俺達なら簡単に思い当たりそうなものだが……」
 けれど。
 したり顔で頷く二人に、未だ切羽詰った感触は無い。
「それで気付けないから、お二人は性格に問題があると言っているんです……!」
 最大級の爆発こそ終えたものの、まだまだ猛威を振るう余地を残した律花が釘を刺す。
 いいですか、と人差し指を立て、怒る中でも理路整然と、己の憤怒の理由を説明し始めた。

「実は最近、発掘ボランティアから帰ってきたら『文学部の秋月律花が日本人と外国人の男二人を二股にかけたのが発覚して、大学構内で修羅場を演じたらしい』なんて不名誉な噂が学内に流れていたんですよ」
「ふむ、それは大変……あー……」

 大真面目に頷いた巴が、ぎろりと睨まれて萎縮する。

「……続きをどうぞ」
「続きも何も、それで困ってるんです!原因はお二人なんだから、どうにかして下さい!!」
「うん?ちょっと待ってよ律花君、なんでそれが僕と巴の所為だって断定されるのさ」
「うむ、よく言ったセレナ。俺たちは謂れの無い誤解に対して敢然と戦うぞ」

 ―――大真面目に聞いたセレナが、再び地雷を踏んだ。
 次いで放たれた巴の台詞に、傍らで聞いていた唯があからさまな嘆息で答える。
 律花は認識した。……目の前の「日本人と外国人」は、とんでもなく鈍い。

「……こ・の・あ・い・だ・の、旅行の件を私に持って来た時!お二人とも大学に来たでしょう!?」
「む」
「おお」
 そこで、ようやく思い当たったらしい。
 二人が同時に手を打ち合わせ、合点がいったような顔で律花を見た。
「ああ、思い出した!あの時か!結局、律花の目を誤魔化して律花所属の研究室にも顔を出したんだっけ!」
「中々聡い教授も居たしねー。マスターやドクターの院生も居たことだし、存分に楽しめた」
「………唯さん?」
「どうぞ」

 右ストレートが、炸裂した。

「な、何をする律花!反抗期か!?」
「なんでそんな、噂の蔓延を助長させる行動をしてるんですか―――!?」
「いや、俺たちは良かれと思ってだな、」
「嘘を言わないで下さい!ああ、せっかく他学部や他専攻の人達にはミステリアスな知的美人で通ってたのに……」
 再び、導火線に火がついて爆発したらしい。
 次いで、驚く巴を尻目に、へなへなと律花が崩れ落ちた。
(……なあ。多分、この場においても「ミステリアスな知的美人」の定義は、律花には当てはまらないよな?)
(言っちゃ駄目だ。多分、次は僕か巴が死体になるよ)
「ちょっと、聞いてるんですか二人とも!?」
 小さく耳打ちして会話する二人に、律花の睥睨による牽制が突き刺さる。
 ……目下の処、逃げ道は存在していなかった。ともあれ、非はどうやら自分達にあるらしい。
「やれやれ、分かったよ。それじゃ、現地に行って誤解を……」
「却下です。余計こじれるでしょう?」

 けれど、ぴしりと鞭を打つ律花の声。

「……魔術で、記憶操作でも?その人数だと、結構時間はかかるが」
「結構って……その間に増大する私の精神的苦痛、どうしてくれるんです?」
「う」
 まずは巴が、言葉に詰まった。
「それじゃ、記憶操作の速度を速めよう。何千人にも施すと、一人位は廃人が出ちゃうけど、まあ許容…」
「駄目に決まってるでしょう、それも………!」
 次いで、ちぇ、とセレナが両手を挙げた。
「……とりあえず、まずは食事でも如何ですか?一度、落ち着きましょう?」
 助け舟を出したのは、今まで状況を見守っていた唯である。
 ぽん、と上品に手を打ち合わせると、半透明の式神たちがふわふわと膳を運んできた。
「あ……その、わざわざすみません」
「いえいえ、お気になさらず。それと、巴さんとセレナさんも普通の夕食ですよ?」
「何故だ!?」
「お仕置きです」
 にっこりと、微笑まれた。
「うう……罰なら巴だけで良いのに……」
「何を暢気なことを言っているんですか。セレナさんにも、ちゃんと責任は取って貰いますよ…!」
 辛味の無い食事(無論、嫌いというわけではないが)に、セレナが珍しく弱々しい。
 そんなセレナの肩を抱いて、耳打ちしたのは同じく通常食を食べる巴であった。

(おい、セレナ……お前のコレクションしてた古酒な。あれ、律花に注いでやれ)
(僕の泡盛を!?巴、アレがいくらするか位は知ってるだろ!?)
(良いからやれ。律花の奴、美味い食事と酒に弱いと見た……)
(……君のコレクションからも、上等のを出せよ?)

「ちょっと、お二人とも!お食事中にはしたないですよ!」
「いやなに、ちょいと律花に酒でも出そうか、なんてな……ははは」
 誤魔化して笑う巴を、じぃ、と律花が見る。
 ―――今更断るまでも無いが、秋月・律花は聡い女性だった。

「まあ、その誠意は認めてあげますけど……それだけで私の機嫌が直るなんて思わないで下さい。良いですね!?」










「うふふふふー、良いですよー。私、別にもう怒ってませんからー」
 
 ……そして、数十分後。
 あえて多くは語るまいが、セレナ・巴両名の秘蔵の酒を飲み尽くした女性がご機嫌だった。
「くっ……俺のシャブリが………一日で………」
「僕の泡盛………」
「……自業自得です」
 残されたのは、がっくりとうなだれる哀れな男が二人。
 因みに唯はと言えば、そ知らぬ顔で配膳を片付けて、さっさと場を後にしていたりする。
「それで、今日は巴さんの書庫を見せてくれるんですよねー?」
「あ、ああ……こっちだ」
 駄目だ、此処でくじけてはいけない。
 犠牲となった己の愛する「物」の死を、無駄死にというカテゴリに入れることだけは避けなければ……!
 最後の力を振り絞り、巴とセレナが立ち上がった。


「で……俺とセレナで、強力な忘却のアイテムを作ることにした。一回限定なら、何とかなるだろう」
「うわー、凄い凄い!本の海ですねぇ!」
「いや、頼むから聞いてくれ……」
「最低でも三日はかかるかなぁ……ということで、三日後に顔を見せてくれ、律花君」
「分かりましたー、了解です♪」
 崩れた敬礼を返して、ご機嫌な様子の律花は二人を忘れたかのように巴の書庫に飛び込んだ。
 ……嬉しそうに本のタイトルを読む声が、入り口に聞こえてくる。

「……酔ってるんじゃなかったのか?」
「多分、読書は別腹とかそんなのだと思うけど。さて、僕らは僕らで忙しいね?」
「ああ。ベースは何で行くかねぇ……徹夜と、魔力を注入することを考えたらぞっとするな」
「女の子って怖いよねぇ……」
「まったくだ。他の学部にも潜り込んだこと、言わなくて良かったな……」
「確実に死人が出てたね……教育、経済、理学、工学……後は、何処に行ったっけ?」
 嘆息して、二人は書庫から背を向ける。
 やるべきことは沢山あるのだ、と――――珍しく、二人で互いに肩を叩きつつ廊下へ消えるのであった。







【3】
 
 そして、三日後。
「で、出来た……この効力の代物を三日で作れるなんて、俺達は天才かも知れん……」
「才能って言うより、もう怒られたくないっていう我が身可愛さだけどね……」
 地下に設置してある研究室で、二人の術者が快挙をなし遂げていた。
 目の前には、コンパクトなマジック・アイテムが鎮座している―――すなわち、文字を彫り込まれた石である。
「あら、終わりましたか?」
 久し振りに眠れる、などと笑えない言葉で笑い合っていたところに、丁度良く唯が来た。
 ……その手には、簡易版の朝食を乗せた盆がある。
「おお、唯か。見ての通り終了したぜ……あとは、律花に連絡するだけだな」
「彼女、何時頃来るって言ってた?」
 ようやく激務から開放された者のみが浮かべる微笑を以って、二人が問う。
 次いで、浮かれた声でセレナが唯の持つ盆を見て、
「いや、出来て良かったね……しかし唯、それ、二人分の朝食にしては多くない?」
「はぁ……」
 それを受け、釈然としない顔で女将が首を傾げる。

 ――――どうも、互いの状況認識にギャップがある。
「その、何を仰っているのかどうも判りかねるのですけど……とりあえず質問にお答えしますね」
 しかし、微笑を装着し。
 プロの顔で唯は微笑んだのであった。そして、完璧に質問に答える。


「この朝食は、貴方達二人と………三日前から書庫に篭りきりの、律花さんの分ですよ」
「………」


 ―――今度こそ、巴とセレナが沈黙した。




「あ、セレナさんに巴さん。お早う御座います!」
「……うわぁ」
 巴の書庫は、「彼女」が使いやすいように整理されていた。
 氾濫する大河を思わせていた書庫は、いまやカテゴリ別に分けられ、代わりに至る所にメモが張られている。
 巴は沈黙した……確かに、自分もセレナも、帰るか泊まるかは指示していなかった。
 加えて、忘れてはならない―――彼女は、セレナの書庫で時間を「忘れた」前科持ちではなかったか。

「しかし、巴さんの書庫も凄いですね。旧式のブリタニカ百科事典まであるなんて……」
「読んだのか。というか、酔った状態で読もうとするか、その事典を……」
 嬉しそうに破顔する律花の笑みに、最早嘆息するしかない二人である。
「それで、何が出来たんですか?」
「ああ、結局、魔術の込めやすい石をベースに簡易型の……」
「どういうシステムで動くんですか?形状は?重さは?使用した魔術系統は?」
「……下の、地下室に置いてあるよ」
「行きましょう!」
 矢継ぎ早の質問。
 最早答える体力は無い、勝手に見て、触ってくれと思ったのだが――
 ぐい、と。抵抗も空しく、セレナと共に引っ張られてしまう。
(この間の夜に鉄拳を喰らった時も思ったんだが……彼女は、どういう構造をしているんだ?)
(謎だね、それも……)
 不思議であるが、現状の自分とセレナでは解けない気もする。
 二人は殊更にフェミニスト(女権拡張論者)を気取る訳ではないが……総じて、女性は男性より強い。
「せめて、仮眠と食事を―――」
「駄目です!さ、責任を取ると言った以上、貴方達は説明する義務があるんです!」
「うーむ……」

 ともあれ―――――



 怒りのうちに『諧謔』を訪れた律花は、今回もそれなりに有意義な時間を過ごしたのであった。

                                       <END>





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6157 / 秋月・律花 / 女性 / 21歳 / 大学生】



・登場NPC
汐・巴
セレナ・ラウクード
上之宮・唯






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■         ライター通信          ■
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 秋月・律花様、こんにちは。
 ライターの緋翊です。この度は「諧謔の中の一日」へのご参加、ありがとうございました!

 今回は戦闘でも調査でもない、日常系の依頼ということでしたが……いやはや、「夏の怪異」の時に巴とセレナがご迷惑をお掛けしていたようで、申し訳ありません。
……本人たちに悪気は全く無いのですが、こういう場合はむしろ性質が悪いですね(苦笑)

 まぁ、自業自得という言葉もあり、今回は秘蔵の酒を律花さんに謙譲し、徹夜で製作作業に当たって二人は珍しくボロボロになっています(巴の場合は鉄拳のプレッシャとダメージもありますね)。ドタバタとした感じで、楽しんで読んで頂けるよう執筆したつもりですが、如何でしたでしょうか?

 今回はコンパクトに収めようと思っていたら、二人が律花さんに叱られる様が存外に楽しく、今回も長めの仕上がりとなってしまいました………その、ご了承頂けると幸いです。

 さて、面白いと思って頂けたら、これほど嬉しいことはありません。
 並びに、今回はうちの駄目人間なキャラクタが本当にご迷惑をお掛けしました(笑)


 それでは、また縁があり、お会い出来ることを祈りつつ………
 改めて、今回はノヴェルへのご参加、どうもありがとうございました。

 緋翊