コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


3センチの冒険



「えへへぇ。いいもの手に入れましたぁ」
 にたにた笑うステラは草間興信所に向かっていた。
 手にしているのはピコピコハンマーだ。
「いっつもちっちゃいとか、そんなこと言われてますからね。今日はそんなこと言わせませんよ〜」
 草間興信所のドアを開ける。
「こんにちは〜、ですぅ」
 ドアを開ける直前から、ぶんぶんとハンマーを振り回していた彼女は……「あれぇ?」と首を傾げた。
 いつもは誰かが居るというのに、今日は誰も居ない。
「お留守ですかぁ? 無用心ですねえ」
 仕方なしに、彼女はそこでしばらく留守番をすることにしたのだ。

***

 草間興信所の中は、いたって平穏だった。つい先ほどまでは。
 用があってここに寄っていた円居聖治に麦茶を出していたシュライン・エマは微笑む。
 なんのことはない、落ち着いた日だった。
 草間武彦は安堵していた。奇妙な怪奇事件が舞い込む様子のない、本当に穏やかな雰囲気だったからだ。
(あのサンタ娘も来ないしな)
 ふふ、と軽く笑っていた。
 それが、本当に……つい数秒前の出来事。
「お留守ですかぁ? 無用心ですねえ」
 とか言いながら突っ立って見回している赤服の金髪少女……彼女の名はステラ。季節外れのサンタである。
 だが彼女はとても巨大だ。そう、草間興信所内に、彼女が入ってくる前まで居たメンバーに比べれば。
 床の上に居たシュラインはぽかんとステラを見上げている。間延びした感じでステラの声が聞こえた。しかも大音量で。
 すぐ近くに居た草間零に目配せする。彼女も自分と同じく……その、ちっちゃい。
「これは大変です。どうやら小さくなってしまったみたいですね」
 呑気にコメントする聖治の横で武彦はがくぅー、と膝をついた。
「今日は平和だと思ってたのに……!」
「服も一緒に縮んだということは、肉体そのものに影響があったわけではないようです。空間そのものに影響を及ぼしたとみたほうがいいと思われます」
 小さく零が言う。
 はあ、とシュラインが嘆息した。
「タイミング的にも形状的にも、ステラちゃんが持ってるあのハンマーが原因そうよねぇ」
「どう考えてもあいつだろうがー!」
 武彦が頭を掻き毟る。どうしてこう毎回毎回、不愉快になるような事件を起こすのか!
 聖治はきょろきょろと見回しているステラを見遣った。
「ステラさんはこちらに全く気づいていないようですね」
「そうね。しかも……」
 シュラインの視線の先のステラはソファに腰掛け、おとなしくしている。手に持つピコピコハンマーはテーブルの上に放置されていた。
「……ステラちゃんの様子を見るに、使い方がわかってるのか怪しいのがまた不安を煽るというか……」
 遠い目をして言うシュラインの肩を武彦が叩く。
「ようやくわかったようだな、シュライン! あいつは不幸の神、疫病神なんだ! きっとそうだ!」
「サンタさんじゃなかったでしたか?」
「ちっがーう! サンタは良い子にプレゼントを配る善人だが、ステラは不幸をばら撒く貧乏神だ!」
 聖治の言葉に大きく否定の声をあげ、武彦はゼーゼーと荒い息を吐く。
 こういう不可思議なことに遭遇することがあまりない聖治はにこにこと笑顔だ。
「でも皆さん、小さくて可愛らしいですけど」
「このままずっとこの小ささなのかしら……時間が経てば元に戻るとか、そういうこともありうるわよね?」
 シュラインが悩みながら言う。いくらなんでも3センチサイズのままでは困る。
 零はちら、とステラに視線を遣った。
「それはあまり期待できそうにないです。ハンマーの、柄の部分を見てください」
 全員がそちらを見る。ハンマーの柄の部分には危険注意! と似たようなマークがあった。それを見た武彦とシュラインが揃って青くなる。
「あれはおそらく……ステラさんの世界……サンタ世界の危険マークではないかと思いますけど」
「冷静に説明している場合か! とにかくどうにかしないと!」
「そうですね。この後、まだ仕事があるので元に戻らないと困りますね」
 のんびり言う聖治は、ぽん、と掌を打つ。
「彼女が気づくような大きなものを振ってみてはどうでしょう? この季節ならうちわがありませんか? なんとか我々で持てないでしょうか?」
「それなら私が」
 ずずいっと零が進み出た。シュラインがハッとする。
「そうか! サイズは小さくなったけど、能力はそのままなのよね!」
 零はテーブルの上にあるうちわを落とすために、テーブルの脚を持ち上げた。しかしダメだ。一ヶ所だけ少し持ち上げてもそもそも大きさが違うため、うちわが落ちるほど持ち上げられない。
 零はテーブルの脚を元に戻すと、振り向いた。
「兄さん、手伝ってください」
「そんな重いもの、無理に決まってんだろーが!」
 ――というわけで。
「別の作戦でいきましょう。台所からバニラエッセンスを持ってくるのよ!」
 人差し指をシュラインが立てる。
「バニラエッセンスですか?」
「そんなもんどうするんだ?」
「お料理に使うんですか?」
 聖治、武彦、零の言葉にシュラインは「ちっちっちっ」と人差し指を左右に軽く振る。
「声をかけてもステラちゃんを怖がらせる恐れがあると思うの。だから応接間の数箇所に甘い匂いを立たせようかと思って」
「なるほど……あのサンタ娘の食い意地を利用しようってことか?」
「ええ。うとうとしてくれたらありがたいんだけどね。ほら、零ちゃんに怨霊でメガホンを作ってもらって、お菓子の名前を言ったりするのよ」
「ほう」
「で、その時に大きくなれー、とか、大きくしてー、とか言って誘導するの」
 寝惚けてピコピコハンマーを振ってくれそうな予感がする。
 普段から間抜けでどうしようもない娘だが、こういう期待は裏切りそうにない!
 聖治がちょいちょい、と武彦をつつく。
「すっかり寝ているようですよ、彼女」
 ソファの上でだらしなく寝ているステラを、武彦は呆れたように見る。留守番役にもなりゃしねぇ。
 すぴぴぴ、と妙な寝息を発している彼女は「うっ」とばかりに眉間に皺を寄せた。ばたばたと両手を振り回す。
「うあー、やめへぇくらさ〜い。ぶひょー……」
 意味不明な寝言である。
 とにかく、とシュラインは頷く。
「なんとかステラちゃんに大きくしてもらわないといけないわ! 台所へ行きましょう!」

 台所までの距離はかなりあったが、なんとか全員で協力して辿り着いた。
「やったわ! さ、後はバニラエッセンスね!」
 しかし高層ビルの何倍も高い台所の棚を見上げた全員が、しん、と静まり返る。
「高いですねぇ〜」
 へえ、と洩らす聖治。
 零がさっ、と手を挙げた。
「私が行ってきます」
「零ちゃん、ファイト!」
 応援するシュラインに頷くと、零は鳥の怨霊を翼に変え、それを背中に生やして空中に飛び上がった。その姿に聖治は感心したように拍手した。
「これは簡単に上まで辿り着けそうですね」
 聖治の危機感のない声にシュラインと武彦は半眼になってこそこそ言い合う。
「あいつ……元に戻る気ないんじゃないのか……?」
「わ、私も……少しそう思うわ……」
 さて。零はバニラエッセンスのある場所まで辿り着くと、軽々と取り出してきた。
「でかした、零!」
 褒める武彦の言葉が聞こえていないようで、零は大声で言う。
「では落としますので受け取ってくださいねー」
 ――――え?
 目が点になるシュラインと武彦は慌てて零を止める。あの高さから落とされたらこっちがぺしゃんこに……!
「わーっ! やめろーっっ! ここには受け止められるヤツなんていないぞ!」
「ダメよ、零ちゃんっ! どれだけの速度で落ちてくると思ってるの!?」
「あのー……聞こえてないと思いますけど」
 聖治の意見はもっともである。零の大声でさえ、やっと微かに聞こえた程度なのだ。
 ばたばたと身振り手振りで訴えるが、零はバニラエッセンスの瓶を………………落とした。
 悲鳴をあげて逃げ出すシュラインと、武彦。聖治は冷静に棚の陰に向けて颯爽と走り出す。まさに、蜘蛛の子を散らすような様子であった。

 がしゃんっ!

 大きな破裂音と、割れた際の衝撃で全員吹き飛ばされてしまう。いや、物陰に隠れた聖治と棚にいた零以外が、だが。
 大きさが違うと瓶の割れる衝撃はこれほど凄いのか、と薄れゆく意識の中で武彦は思ったとかそうでないとか……。
「ひゃわっ!」
 瓶の割れる音にステラがぱかっと目を覚ました。そして強烈に匂うバニラの香りに「ひげっ」と妙な悲鳴をあげて鼻をおさえた。
「ひゃぁ〜! 凄い匂いですぅ!」
 立ち上がって窓に近づくと、勢いよく開け放つ。そしてドアも開けた。
 音のした台所まで来て、ステラは惨状に「はれ〜?」と首を傾げた。そしてすぐにハッとして身構える。
「ゴキブリが二匹も転がってますぅ! 新聞紙新聞紙……」
 きょろきょろする彼女は、視線をもう一度床に戻した。ゴキブリかと思ったそれは……ミニサイズのシュラインと武彦である。二人とも気絶していたのだ。
「っきゃーっ! ちっちゃいエマさんと草間さんですぅ! なんですこれは……人形ですか?」
 屈んでそろ〜っと手を伸ばしたステラの手に、いや、指先に何かが触れる。いつの間にか近づいていたミニサイズの聖治だった。
 何か喋っているようだがステラには小さくてうまく聞き取れない。
「? なんですかぁ? は、ん、まー?」



 元のサイズに戻った彼らは応接間に居た。漂うバニラの甘ったるい香りは、窓を全開にして換気扇を回しても……まったくなくならない。
 怪我を負ってしまったシュラインと武彦であったが、かすり傷で済んだ。全力疾走したおかげだった。
「なんでおまえはいっつも変なもん持ってくるんだ!」
「いいじゃないですか。とりあえず元に戻ることが出来たし、私は楽しかったですよ」
 と、武彦とステラの間に聖治が入った。武彦は渋い顔をする。逆にステラは目を輝かせて聖治を見上げた。
「ありがとうございますぅ。優しいお兄さんですねえ、円居さんて」
「はは。そうですかね」
 まんざらでもない聖治がステラに笑顔で返す。
「どうしてこんなアイテムを持ってきたんですか? ステラさん」
「これ、背をおっきくも、ちっちゃくもできるっていう通販アイテムなんですぅ。安かったから買ったんですけど、やっぱり不良品でしたかぁ」
「そんなもんを持ってくるなぁ〜!」
「まあまあ武彦さん。作り置きしてたお菓子持ってくるから、みんなで食べましょう? とりあえず落ち着いて」
「わあ〜! エマさんの手作りお菓子ですか!? 楽しみですぅ!」
 台所にお菓子を取りに行ったシュラインは、皿を出そうとして気づく。バニラエッセンスのあった棚をそっと見ると、そこにミニサイズの零が居た。
「わ、忘れてた! 零ちゃんも元に戻さないと!」
 どうやら降りていいと言われなかったので彼女はここで待機していたようである。シュラインはぱたぱたと応接間に戻って行ったのだった。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6603/円居・聖治(つぶらい・せいじ)/男/27/調律師】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 ミニサイズになって色々と大変な感じになりましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!