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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


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<美桜、どうかしましたか?>
 受話器越しの兄の声に神崎美桜は安堵する。従兄の都築亮一の声が聞きたくて、電話をしてしまったのだ。
「すみません、兄さん。いま大丈夫ですか?」
<大丈夫ですよ? 何か相談ですか?>
 少し楽しそうな兄の声に、美桜は黙る。その沈黙に亮一は声を沈めた。
<和彦君と何かあったんですか?>
「……ど、どうしてそう思うの?」
 亮一の愛しい従妹殿の悩みといえば、それくらいしか思い当たらない。亮一は少し呆れた。
<どうしたんです美桜?>
「…………和彦さんがわからないんです」
<はい?>
「不安で、ならなくて。和彦さんは、本当に私を好きか、わからないんです」
<…………>
 亮一が完全に呆れ果てたような雰囲気を出す。電話の向こうの彼は信じられないことだろう。
 四六時中傍に居るのに、あれだけいつも美桜のことを優しく見守っているのに。なんでそうなるんだ?
(まあ和彦君もお喋りなほうではないですけどね……)
 態度を見ていれば丸分かりだと思うのだが。
 同じ男として同情してしまう。
「だ、だって私と距離をとるんです。そんなに私と居たくないんでしょうか? うちの屋敷が苦手なのは、わかるんですけど……」
<……彼は美桜を嫌ったらそこから出て行きますよ。そこに居るということは、そうではないということでしょう?>
「で、出て行く!?」
<当たり前でしょう? 彼は元々そこに住んでいる人間ではないんですから。嫌になったら出て行くのは当然ですよ、美桜>
 考えもしなかったことに美桜は愕然とした。
 彼がすぐさま出て行ける人間だということを失念していたのだ。
<それに美桜、自分ばかり彼に寄りかかるのは感心しませんね。彼を試すようなことばかりしているんじゃないですか?>
 ぎく、と美桜が動きを止めた。その通りである。
 兄も自分のことは言えないはずだ。彼をからかって遊ぼうとする。だから自分が責められるいわれは……。
 だって彼の気持ちが知りたいのだ。もっと嫉妬して欲しい。もっと愛して欲しい。望んでしまうから試してしまうのは当然だ!
「そ、それは……」
<彼は美桜を試すようなことはしてないはずですよ>
 その通りだ。彼はいつも黙っている。それを信じている、と言っていいのかはわからないが。
<だいたい美桜は、彼に求めるのと同じくらい、彼に自分の気持ちを伝えているんですか?>
「…………」
 伝えていない。自分だって。
(だ、だって……!)
 否定的な気分になる美桜に、亮一は続けて言った。
<伝えていないならば、伝えないと駄目です。美桜に彼の気持ちがわからないように、彼だって同じ気持ちかもしれないでしょう?>
「そんなの嘘! だって不安そうな態度なんて、全然見えないもの……!」
 だから不安になるんじゃないか!
<…………美桜、今後も彼と共に歩む道を進もうとも、別々の道を進もうとも俺は美桜の傍にいます。決断するのは、美桜ですよ>
 暗に「決めろ」と言われて美桜は唇を噛んだ。
 そんなに不安で嫌なら別れてしまえということだ。確かにこの状態では、いずれ破局を迎えてしまう……!
「……わかりました。ありがとう、兄さん」



 決心した。自分の思っていることを、全部言おう。
 自分の部屋の中央に立って、ぼんやりと考えていた。今までずっと。
 目が赤いだろう。瞼も腫れているかもしれない。
(泣いてばっかり……本当に弱虫)
 これからの色々な可能性を考えて、美桜は決意したのだ。
 泣き顔を見られるのは嫌なので電気を消す。先ほどテレパスで彼を呼んだので、こちらに来るだろう。
(……卑怯ですよね、私)
 こんな大事な時にテレパスで相手を呼びつけるなんて。本来なら自分が行かねばならないのに。でも怖くてとても行けない。勇気が挫けそうだ。
 ノックの音がして、美桜はドアのほうを振り向く。
「どうぞ」
 ドアを控えめに開けて和彦が首を傾げる。真っ暗なので不審に思っているのだろう。
「どうかしたのか? 電気もつけないで」
「聞いてください」
「?」
 不思議そうにする彼はドアを閉め、その前に立つ。美桜は両手をぎゅ、と握り締めた。緩く息を吸い込む。
「私は言葉が怖い。時には……嘘を紡ぐから。だから言葉ではなくて態度で示して欲しかった」
「…………」
 彼はなんのことか気づいたようで、空気が変わる。重い、ものに。
「でも両親は決して私に触れなかった。触れば嘘だと私にわかってしまうから」
 昔のことを思い出して恐怖が押し寄せる。だが今はそちらに気をとられている場合ではない。
「あなたが好き。例え世界を敵に回してもあなたを護りたいの。でも不安なの。あなたは自分から私に触ってくれない。傍に居ても遠く感じる。だからお願い1分、いえ、1秒でもいいの。私を見て。私に触って!
 寂しい時、悲しい時は私を頼って! あなたが望めば私はずっとあなたの傍に居る。あなたを愛してるから……!」
 もし彼が迷惑と思って離れてしまっても、悔いはない。言いたいことは、全部言った。悲しくても……後悔はない。
 お盆の後の眠ってしまう期間は、去年は一週間だった。だが今年は三日。確実に自分は変わってきている。だから。
 暗闇の中で、和彦の視線を感じる。
「……美桜」
 ドキッとして美桜は軽く震えた。
「おまえは、他人の心が聞こえるのが嫌だと言っていたな?」
「……はい」
「聞きたくもない声が聞こえて嫌だと。だから俺はあまり触らなかった。心は単純じゃない。俺だって、どろどろした汚い部分がある」
 静かに言う彼の言葉を美桜は聞く。
「見たくない部分まで、聞きたくないことまで聞かせるのが嫌だ。それに、オレは……自分を抑えることに慣れているから、あまり……おまえの望むようなことはしてやれないと思う」
「…………」
「俺は抑えがきかなくなるのが怖いから。おまえはここから出ては、生きていけないしな」
「そんなこと……!」
「……それに、俺はいつもおまえを見ていたんだが……な。気づかなかったのか?」
 苦笑する和彦は、小さく言う。
「そうか……美桜は、俺に触れて欲しかったのか。悪かった。おまえに余計な負担をかけたくなかったことと……俺の恐怖心が、おまえを不安にさせていたんだな」
「恐怖……?」
 彼が怖がることなんて、あるのだろうか?
 少し間があってから、和彦は口を開いた。
「この家の敷地……全部でどれくらいの広さだ?」
「え? それは、確か……49ヘクタールくらいだったと……」
「そうか……。広いなぁ」
 和彦は軽く笑った。
「やっぱり……俺には、広すぎるな……。俺は、広すぎるところが苦手だとは知っているな?」
「ええ」
「無駄な空間も嫌いだ。適度が一番……。だってな、俺の手はこんなに小さいんだ。ほら」
 彼は美桜に近づき、彼女の頬に触れる。美桜はびくりと震えた、その冷たさに。
「おまえよりは大きいが、それでもこんなに小さい。人間の手というのは小さいものだ。俺が守れるものは、俺の手から零れないものだけ。俺は万能じゃない。守れるものは、決まっている。限度があるんだ」
 彼の手が離れた。暗闇の中で彼の息遣いを感じる。こんなに近く。
「俺は怖いんだ、美桜。俺はおまえが好きで大切だから、おまえをいつか、ここから連れ出してしまう……」
 美桜はその言葉に目を見開いた。大切? 好き?
「だがそれは俺の我侭だ。俺はここでは暮らしていけない。今はまだいい。だが……近い将来……一年、いや、二年……長ければ五年か。それくらいの未来にはここを出て行くだろう。おまえを愛していても、ここに留まることはできない……」
「どうして!? どうしてここで暮らせないの? 動物が苦手だから? それとも敷地が広すぎるから?」
「……一つは、この場所の環境ではおまえが変わらないことに苛立つから。一つは、ここが全て都築さんがおまえのために用意した場所だから。一つは、俺が幼い頃に人体実験をされて実家に閉じ込められていたことを…………思い出すから」
 辛いのを我慢しているように彼は囁く。あまり言いたくないのに、きちんと本心を言ってくれているようだ。
「あまり態度に出さないようにしていたんだが……おまえが兄さん兄さんと言う度に、かなり腹が立っていたんだ。どうせ美桜は、最後には俺ではなく、彼を選ぶだろうし」
「そんなことは……!」
「ないとは言えない。いいんだ、わかってるから。おまえには選べないだろう。
 だが美桜、覚悟はしておいてくれ。いずれ俺がここを出て行く時…………俺を選ぶというのならば、一緒に連れて行く。もうここには二度と戻らない。もしかしたら、都築さんと会うことも叶わなくなるかもしれない」
 彼は美桜の手を軽く握り締めた。
「俺を選ばなくてもいい。美桜にとって、最良の道を選んでくれれば。
 ただここは……外界から遮断された鳥篭としか俺には思えない。方法は違っても、都築さんがおまえに対してやっていることは、おまえの両親と同じ事だ。守るためにしていても、閉じ込めていることは同じなんだ。
 おまえにとっては居心地がいいから……それでもいいかもしれない。ここに居ればおまえは一生安全だというなら、いいだろう、それも」
 暗くて見えないが、彼が微笑したのがわかる。
 とても優しい人。いつも我慢してばかりで、本心をあまり見せない人。
 美桜は考える。彼の為なら世界を敵に回しても構わないと言い切った。だが亮一を敵に回せるだろうか? 何もかも捨てて彼を選べるだろうか?
 彼はその質問が卑怯だとわかっているから、自分を選んでも、選ばなくても構わないという。でも……選んで欲しいはずだ。
 美桜は唇をわななかせた。涙を堪える。彼にもし姉がいて、彼が姉ばかり頼っていたら自分だって腹が立つだろう。自分だけを選んで欲しい。自分だけを常に見ていて欲しい。
 彼だって、自分と同じなのだ。
「ああそうだ。この会話は都築さんにはナイショだぞ。俺はからかわれたりするのが嫌いなんだ。あまりされると、殴ってしまいそうになる」
 冗談半分に明るい声で言う和彦に、美桜は静かに問う。
「…………教えて。和彦さんは、私が傍に居ることを望む?」
「……………………望む。だがそれは、おまえにとって不幸な道かもしれない」
 彼の手は冷たい。できればこの手を放したくない。もう、二度と。