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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


歯車さんの押し売り

「暇なので、一緒に営業へ行こう」
「いきなりなんなんだ、はぐるま」
現れるなり己の言い分だけを主張したのは歯車という作業着姿の小柄な男で、顔がキツネというかネズミによく似ていた。肩から下げた鞄は大きく膨らんでいた。
 歯車の言う営業とは壊れたものを修理することなのだが、一つ困った癖があった。この男は修理をするついでに妙な改造を加えてしまうのだ。草間興信所の冷蔵庫が壊れたのを直してもらったときは、扉を開けるなり部屋中に吹雪が舞った。
「一緒にって、車でか?」
「いいや、それ」
指さされたのは、武彦が腰かけている二人掛けのソファ。
「シートの破れを直したとき、飛べるよう改造した」
本気か冗談か、と考える間もなく歯車はソファの背もたれに隠れていたボタンを押した。たちまちソファから翼とプロペラが突き出て、武彦と歯車を乗せたままベランダから飛び出していった。

 日曜の昼下がり、空からソファが降ってきた。庭で植木に水やりをしていた斎藤智恵子は眼鏡の奥の目を丸くして、ソファがゆっくりと降りてくるのを見守っていた。
「・・・・・・」
草間興信所で見たことのある古いソファは無事着地成功を果たしたが、着地の瞬間地面がぐらりと揺れて、その衝撃で母親の自転車がぱたんと倒れた。
「あ」
喜びの声を上げたのは智恵子ではない。ソファから降りてきた小さな男、歯車だ。どこか壊れたところはないかと自転車を隅から隅まで見回っていたが、無事だとわかるとつまらなそうに立ち上がった。せめて、倒れているのを直してもよさそうなものだが、それすらやらないのだった。
「お前なあ、その性格なんとかしろって前から言ってるだろ」
「草間さん」
歯車の後から庭へ降りてきた武彦が、代わりに自転車を起こしてくれた。苦々しいその口振りは、昔から歯車の迷惑を被っているらしいことがよくわかった。そのくせ、お人よしの武彦はつい歯車に協力してしまうのだ。
「なあ、なにか壊れたものってないか?」
「壊れたものですか?」
「あいつ、修理が生き甲斐なんだ。なにかやってくれ」
なにかあっただろうかと智恵子は頬に手をあてて考える。ないと思いますと答えようとしたのだが、口を開きかけたときに武彦が
「見つからないとあいつ、自分でなにか壊すぞ」
と脅したものだから慌てて両手で口を抑えた。智恵子の仕草があんまりにも真正直だったものだから半分冗談のつもりだった武彦はつい吹きだしてしまった。
「取って食ったりはしないよ」
ネズミみたいな顔をしているからチーズくらいは食べるかもな、というセリフをつけくわえると、智恵子は信じるような目で武彦を見上げた。
「あの・・・」
本気にしたのだろうか、武彦は焦る。実は歯車はかなりの偏食で、ネズミのような顔をしているくせに乳製品がまるで駄目なのだ。
 しかし智恵子は違う誘いかたをした。
「お茶、いかがですか?」
お庭でお茶の時間もいいですよ、と両手を叩く。午前中に焼いたクッキーも、冷ましておいたからちょうど食べごろになっているはずだった。マカロンに初めて挑戦したので、誰かに食べてもらいたいと思っていたのでちょうどよかった。
 それに確か、壊れたものもあったはずである。二つを一緒に出したら、あの歯車さんという人はどちらへ先に手を伸ばすのでしょうかと千恵子は考えた。

「これなんですけど」
三度の食事よりも修理が生き甲斐、というのが歯車のモットーらしく、彼は迷わず壊れたものを選んだ。自分の部屋から智恵子が持ち出してきたのは一台のラジカセ。年代物の機種で、大きさが百科事典くらいもあった。
「これはまた、珍しい」
「おばあちゃんからもらったんです。これ、録音用のマイクもあるんですけど、スイッチが壊れていて」
カセットを聞く分には不自由しないのだが、音を録るほうが機能しなくなったので智恵子が貰い受けたのだった。単一電池を四本も消費しなければ動かないこれを、智恵子はバレエの課題曲を聞くのに使っている。
「どうでしょう、直りますか?」
歯車は愚問だとばかりにニヤリと笑った。そして庭へ引っ張り出してきたテーブルの上に載った、マカロンを口の中に放り込むと紅茶をひと息に飲み干し、自分の取り分を空っぽにしてから智恵子と武彦に背中を向けた。庭の隅っこに新聞紙を広げあぐらをかいて、もうラジカセの分解に取りかかっている。
「あの人、いつもああやって壊れたものを修理して回っているんですか」
「ああ、迷惑な話だ」
親切でやっていることがなぜ迷惑なのだろう、智恵子は瞬きをする。智恵子はまだ、歯車の機械改造の恐ろしさを知らなかった。
「武彦さんは歯車さんに、どんなものを修理していただいたんですか?」
この質問に対して武彦は、まず深い大きなため息をついた。わざとではなく、心底から出ていた。まったく、あいつのおかげで壊れかけたものがどれだけ本当に使えなくなってしまったことか。本当に大切なものはあいつに渡さないほうがいいと言いかけて、今歯車のいじっている智恵子のラジカセがそれこそなににも替えがたい大切なものであると思いあたり口をつぐむ。

「俺の腕時計が壊れたときだった」
できるだけ当り障りのない話を、武彦は打ち明けた。
「針が取れて、時間が狂っていたのをあいつは直してくれた。まあ、レンズカバーを外してちょっといじるだけだったから、多分俺にもできたんだ」
事実、後でやろうと机の上に置いていたのを勝手に歯車がいじくったのである。鍵のかかる引出しに入れておけばよかったと後悔したのはその日の夜だった。
 当時、テレビで炭酸飲料のCMがはやっていた。どこにでもいる普通の男がペットボトルを飲み干して
「変身!」
と叫んだらヒーロー戦士に姿を変える、という奴である。言われると智恵子にもCMの映像が頭に浮かんだ。バレエの練習の日、智恵子は同じメーカーのスポーツ飲料を買っていく。
 土曜日、家のテレビで映画を見ていたら途中でそのCMが流れた。画面の中で男はいつものように炭酸飲料を一気のみして
「変身!」
大きな声で叫んだ。
 途端に、武彦の左腕にはめられた時計が光り出した。もたれていたソファから身を起こし、偶然だが今座っているのと同じソファだった、急いで時計を外そうとした。けれど光が全身を駆け抜けるほうが早く、光が消えたときには武彦は、テレビの中のヒーロー戦士とまったく同じ格好をしていた。
 まるで遊園地のヒーローショーに出てくるような、滑稽な風体だった。風呂場の鏡でわざわざ確かめただけでも滑稽であったが、頑張って脱ごうとするのに脱げないところがまた屈辱だった。気が狂いそうなくらいに散々タイツと格闘して、へとへとになったところでようやく歯車から電話がかかってきて元に戻る方法を教えてもらった。
「決めポーズで解除!と叫ぶのだ」
電話の向こうの相手に触れられるならば、武彦は歯車の首を絞めてやりたかった。
 幸いその夜興信所は武彦しかいなかったのだが、一人でヒーロー戦士の真似をすることくらいに惨めなことはなかった。
「大変だったんですね」
不謹慎だとは思いつつも、笑わずに話を聞きつづけることは無理だった。声を立てながら笑い、味わう紅茶はいつもよりずっとおいしかった。
「元に戻ったらすぐ・・・おい!」
時計を投げ捨ててやったんだと話を続けようとしていた武彦が、突然大声を上げた。不意をつかれ驚いた智恵子の心臓が、体全体がはねる。笑っていたのを怒られたのかと怯えかけたが、武彦の目は智恵子ではなく歯車のほうに向いていた。
「なにやってんだ!」
どうやら、歯車がラジカセによからぬことをしようとしていたので止めに入ってくれたらしい。まるで子供のいたずらに目を光らせる父親のようだった。
「修理が終わったなら、いじらないでそのまま返せよ!」
口調は乱暴だけれど、悪いことのできない人なのである。

 歯車から武彦を経て智恵子に戻ってきたラジカセは、一見したところ修理する前と変わらなかった。けれど武彦は智恵子にラジカセを返すとき
「すまん」
と一つ謝った。武彦が止められたのは、歯車が女の子のものだからとラジカセをピンクのスプレーで塗りかえようとしたことだけであった。中身に仕掛けを施したとしたら、そこまでは見抜けない。
「私の修理は完璧だ」
「どうだかなあ」
さっき食べられなかった分だけマカロンを頬張る歯車であったが、武彦はうさんくさいと肩をすくめた。こいつはきっと、なにかやっているという疑いが晴れない。
 もっともそんなことは、散々痛い目を見てきた武彦だから思うことであって直してもらった智恵子は真っ直ぐ素直にありがとうございますと頭を下げる。
「これ、よかったらおみやげにしてください」
チョコレートマカロンも、家族の分だけを少し残して残りを全部歯車に包んだくらいだ。多分、修理代がわりなのだろう。
 しかし智恵子がその修理代を惜しんでしまったというか後悔してしまったのはその日の夜であった。直ったばかりのラジカセで、今度の発表会の曲を聞こうとしたとき。正確にはラジカセで曲を聴きながらイメージトレーニングをするつもりだった。
「再生、と・・・」
力を入れてラジカセのボタンを押して、古いので軽く押したくらいではスイッチが入らないのだ、ベッドに座り目を閉じる。頭の中の自分は発表会の衣装を着て、ステージに立っている。
 曲が始まり、頭の中の智恵子が踊りだした。軽やかにステップを踏んで、宙を浮かぶように舞う。足音は聞こえない。自分を包んでいるのはカセットテープから流れる滑らかな曲の音だけ。
「ここでターン、ここで・・・」
曲の時間は短い。本当ならもっと長い曲を踊りたいのだけれど、体力がないので十八分が限界だった。頭の中でなら、いくらだって踊っていられるのだけれど。
「これで終わり・・・」
最後のポーズを決めて、智恵子はステージの向こうの観客におじぎをする。それで曲は終わり、カセットテープの中の音は止まるはずだった。
 ところが曲が終わった直後、盛大な拍手が智恵子を襲った。今までどの発表会でももらったことのないくらい、熱烈なものであった。
「い・・・今の、なんですか?」
机の上のラジカセを巻き戻し、最後のところだけを再生しなおした。だが、今度は拍手が聞こえなかった。どうやら頭の中で智恵子が踊っていたから、ラジカセが智恵子の心を読み取って拍手を鳴らしたらしい。
「ひょっとして、これからずっと拍手されるんでしょうか?」
自分は静かにイメージトレーニングをしたいだけなのに、これでは恥かしくてカセットを聞けない。
「お願いです、歯車さん。元通りに直してください」
あのとき武彦の話を笑って聞いていたが、今度興信所でこの話をすれば武彦のほうが笑うのだろう。一方の智恵子は泣きたい気持ちでいっぱいだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

4567/ 斎藤智恵子/女性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
この話の楽しみは、皆様の道具を歯車がどのように
改造するかを考えるところです。
初めて智恵子さまの弱るところを書いたような気がします。
本当は、智恵子さまとラジカセのエピソードをもっと
書きたかったんですけれど文字数が足りませんでした。
(おばあちゃんはラジカセでいろんな音を録音していて、
智恵子さまの赤ちゃん時代の泣き声なんかもカセットで
残っているというエピソードがあったのですが)
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。