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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 21 featuring 海原みなも〜忘れた頃に気を付けましょう

 …ある日の海原みなもさんの行動。
 学校から帰宅してほんの少し経ってからのお話。

 その時、みなもさんはちょこっと小腹が空いておりました。…うら若き可憐な乙女でもはしたないと思っても結局育ち盛りの中学生、学業に限らず色々と活発に活動して家まで帰ってくると…何だかお腹が鳴る寸前、と言ったところになってしまうのは仕方無いもので。…ただそうは言っても夕飯まではまだ時間がある。と言うか結局海原家でごはんを作る家事担当はいつでもみなもさん当人である事が多い以上、別に早く作っても構わない事は構わない。ただ…。
 自分の都合だけでそういう勝手なのはどうかなぁ、とも思ってしまったりする訳で。
 同居している妹とか…家族の事も考えないと、と気持ちの方でストップが掛かってしまう訳で。
 …て言うかそんな事を考えている間にも何だかお腹が空いて切ない気分です。

 いえ、はっきり言ってしまうと、料理する事を考えるより、お腹が空いた、が先でした。

 そんな訳で。
 冷蔵庫に何か残ってないかな、と儚い希望を胸に冷蔵庫のドアを開け中を見てみた訳です。
 …まぁ、冷蔵庫の管理をしているのがみなもさん自身である以上――すぐ食べられるような物は何も無いだろうなとは思っているので。
 ただ、ひょっとしたら何か…妹が自分で買ったおやつとか、私の分も取っておいてくれているかもしれない。

 そんな可能性を…期待するだけしてしまった訳で。



 すると。
 …期待の甲斐あり、『あった』訳です。
 恐らくは妹が取っておいたのではないかと思われる、まるで隠されるように冷蔵庫の奥底にタッパーに入った料理――そうは言っても何だか正体がよくわからないんですが――と、その原材料と思しき切り分けられた物体――いえ、こう言ってしまいましょう。ほんのりと淡いピンク色をした肉?らしき食材と。
 何だか無性に気になりました。
 その正体が全然わからないのに、何故か酷く惹かれます。
 手に取ってタッパーの蓋を開けてみる限り、中身が悪くなっている様子はありません。
 匂いも…。

 …。

 嗅いでみると、何だかそのまま齧り付きたくなるような気がしました。
 とっても食欲をそそる匂いです。
 お腹が空いているところにこれは堪えます。
 その時点であまり悪くなっている気もしません。
 ごくりと生唾を飲み込んでしまいます。

 思わずそのまま手が伸びました。
 いや妹に断りもせず勝手に食べてしまってはまずいだろう、ともちらりと思います。
 けれどそんな思いも、空腹と言う現実の前ではすぐ掻き消されてしまいます。
 そんな中でも、せめて箸なり使った方がお行儀が…とみなもさんは理性では思います。けれど殆ど本能的にその手間さえ惜しくなる程で。
 思わず、お行儀の悪い事に五本箸の手掴みで一切れ(?)取って食べてしまいました。

 途端。
 あまりの美味にびっくりしてしまいました。まるで舌の上でとろけるようです。
 もっと、と思います。
 が。
 同時に酷く罪悪感が圧し掛かって来ます。
 …何故でしょう。
 咀嚼する時の感触から滲み出る旨味から、文句の付けようがありません。一度食べてしまったら、次のひとくちが食べたくて堪らない。なのに…。

 食べてはいけない。

 同時に、みなもさんはそう思うのです。
 これは妹の物なのに、妹に黙って食べていると言う事への罪悪感でしょうか。
 いえ、違います。
 上手く言えませんが、もっと根源的な罪悪感のようなものです。
 自分の浅ましさが思い知らされるような。
 これを食べる事それ自体が背徳的な行為のような。
 そんな、後ろめたさが付き纏います。

 ――…いたい…よう

「…。…?」
 声が、聞こえた気がしました。
 でもみなもさんがきょろきょろと辺りを見回してみても、そんな声を聞かせるような人は当然居ません。ここは海原さんちの御自宅台所、冷蔵庫前です。
 聞こえたその声にもみなもさんには聞き覚えはありません。
 まるで幼子がすすり泣いているような、ぞっとする程切なく聞こえるその声には。

 その時点では、みなもさんはいつもの怪奇事件の延長で幼子の幽霊さんでも何処からか連れて来てしまったのだろうかと思い、放ってはおけないし怖い事は怖い…と思いながらも、実際のところ、それ程慌てていた訳ではありませんでした。
 一応、色々なところで鍛えられたが故の『慣れ』と言うものがあったのでしょう。
 やっぱり、怖い、とは思いながらも。
 何も知らない一般の方々のように、それ程切羽詰まって怖い、とは思わなかった訳です。

 ともあれ、もう一度今聞こえた声の正体を見つけようと…いえ霊感が無い以上みなもさんに幽霊さんは見付けられないような気もしますが…とにかく辺りを再確認します。
 その最中。
 どうしようもなく匂いに惹かれ、殆ど無意識でまたタッパーの中身に手が伸びました。
 もう一切れ。
 やっぱり五本箸、指で抓んで口に放り込んでいます。

 と。
 無造作にその一切れを噛み締めた、途端。

 ――…っ…痛…痛い…よう

 再び声がしました。
 それも、今このタッパーの中身を噛み締めた、だから痛い。…そんな風にすら思えるタイミングで。

 みなもさんはその声を聞いた途端、凍りました。

 このタッパーの中身の料理、正体はわかりませんが、素晴らしく美味です。
 美味しい、筈なのです。
 でも。

 急に、吐き気がしました。

 ――…『痛いよう』

 その声の主とタッパーの中身の正体が、みなもさんの頭の中で、唐突に繋がりました。
 …これが何を原料としたものか、わかりました。
 いえ確証はありませんが、確信ならばあります。

 柔らかい薄桃色のまるで赤子の肉のような――いえ、『ような』ではなくきっと、そのものであるのだと。
 そしてその『肉』は――どんな生き物から取ったものか。
 このタッパーの中身にあった料理の――この『肉』の味について、みなもさんに今までに記憶はありません。
 初めての味です。
 味付けだけではなくきっと、今まで食べた事がない生き物の『肉』。

 それも――きっと、食べてしまってはみなもさんが罪悪感を感じて当然の生き物から。

 …おいしいのに。

 素直な感想――そう頭の中で思ってしまうだけでも、吐きそうです。
 みなもさんは、そんな風に思う自分が許せません。
 なのに。
 それでも、食べたいと言う願望が――止まらないのです。
 吐いてしまっては勿体無い…と本能的に思ってしまうような。
 そして同時に、本能的に食べてはいけないと思うような。
 矛盾した思いが頭の中を交錯します。

 そして。
 ついにお腹が、鳴ってしまいました。
 空腹で。
 いえ。
 …空腹なのは帰ってきた時からですが…良く考えれば。
 今、ほんのちょっとだけ、このタッパーの中身を、食べてから。
 余計に、餓えている。

 時間の問題ではなく。
 今、食べたからこそ?

 もっと、と。

 …これの原料がわかっても、自分はこれを食べたいと思うんですか?
 自問自答。
 食べたい。
 考えるまでもなく出る答え。
 みなもさんは思わず口を押さえてしまいます。

 いやだ。

 あたしはもう食べたくない。
 …どうしようもなく、食べたい。

 口腔内では否定のしようが無いくらい唾液が分泌しています。
 早く今食べたのと同じ物を口の中に放り込んでくれと、身体の方が待っています。
 今食べた物も早く吐いてしまおうと思うのに、身体の方は逆にもっとくれ、と。
 求めています。

 ――…いたいよう、おねえちゃん、どうしてぼくをたべちゃうの

 いたいよう

 やめてよう

 そんなたどたどしい言葉が、聞こえます。
 すすり泣いている先程の声と、同じ声で。

 おねえちゃん、やめてよう
 こわいよう、たすけてよう

 いたいよう

 たべないで

 聞こえる声が重なります。
 片手に持ったタッパーが異様に重く感じます。
 …くらくらしてきました。
 聞こえる声が――止めてくれとすがる幼い声が、堪らなく耳に痛いです。
 けれどそれでもどうしようもない飢餓感が、みなもさんの中にあります。

 食べなきゃ、死んじゃう。
 …この『肉』を食べれば、食べないと、食べなければ。

 でもいやだ。
 そんな事、出来ない。

 冷蔵庫のドアも開けっぱなしのまま、堪らなくなってその場にへたり込みます。
 けれど、タッパーを取り落とす事は出来ませんでした。
 その事にすら凄まじい罪悪感に襲われます。
 食べてはいけない、いやだと思っている筈なのに。
 そのタッパーを、捨てられない自分がここに居る。
 飢餓感と嘔吐感、どちらに従ったら良いのか、迷っている自分。
 理性では嘔吐感に従えと、そうわかってはいるのだが。
 そう出来ない自分が居るのも、間違いなくて。

 …この『肉』を食べてはいけない、駄目、食べなければ、食べなきゃ…――

 ――…食べてしまおう。

 ぷつん、と。
 ぐるぐる巡る堂々巡りな思考の中、不意に何かが切れました。

 そう、まともな思考が奪われかけている極限状態の中、強烈に過ぎる三大欲求の中の一つに、十三歳のか弱い少女が抗える筈もありません。

 …今ならこの『声』以外の誰に、咎められる事も無いのだから。
 後ろめたいながらもそう思いながら、みなもさんは再び一切れ取り出し、恐る恐る、咀嚼。

 ぞっとするような痛みを訴える声がまた響く。
 噛み続けると、泣き声が大きくなる。
 けれどもう、それでいい。
 仕方無い。

 おいしいのだから。

 浅ましいならその通りに。
 自暴自棄。
 …みなもさんはタッパーから一切れ一切れ取り出すのももどかしく感じ、直に口を付け『肉』を齧り付き、貪り始めました。
 がつがつと。
 乙女に――否、人にあるまじきその食べ方。
 冷蔵庫の前にへたり込んだそのまま、汁が滴り口の周りや襟元が汚れるのも気にせず、中身の『肉』にただ一心不乱に食らい付くその姿。

 ――…殆ど、地獄に棲むと言う餓鬼の如く。



 …タッパーの中身の正体。
 多分海原家の家族の誰かが何処からか調達した、亜種と言えば聞こえは良いが、その実、名ばかりのバッタもんなミニチュアの赤ん坊型果実こと『人参果』。
 左慈が鎮元大仙より枝を譲り受け挿し木にした人参樹から生えた多種多様な効能&見た目を表す実の、鬼・油烟墨のちょっかいによる人界への横流し品の中の一つだとか何とか言う無茶な由来がある代物。
 恐らく、それ。

 …但し、はっきりしません。

 何故なら…それは結局『随分前』に誰かさんによって食い尽くされ処分された筈なので。
 そして左慈仙人の方も件の騒ぎの時にがっちり横流しルート止めた筈なので。
 なので、人界に残っている筈が無いのです。
 …まぁ、誰かさんがお姉さんの為にと取っておいたんだ、と言う可能性は…否定し切れませんが。

 それでもちょっと変な話です。
 何故なら…冷蔵庫の内容物に関しては、台所を預かる身である以上、みなもさん当人が殆ど全てを把握している筈なのですから。
 なのにそれまで気付かなかった…今日この時初めて気付いたと言うのは、おかしな話だとは思いませんか。
 …まぁ、元々冷蔵庫の中で長々眠っていた物を見落としていた、と言う可能性もない訳では無いですが。

 更に言うなら今回のタッパーの中身。
 食感の方も何だか赤ん坊と言う見た目通りに普通に肉系で…人参果として本来そうあるべき果実系では無く。
 何も知らずに食べたみなもさんにしてみれば、食材は『何かの肉』以外の何物でもない、と思ってしまったようなのです。

 …どうやら今回のこの似非人参果(?)の効能としては、味自体は絶妙な美味でありながら、幾ら食べてもお腹が一杯にならないで食べられる、と言ったところでしょうか。…となると誰かさんにしてみれば、何処で手に入れたのか知りませんが――大当たりの部類だったのでしょう。それで姉の為にとわざわざお裾分けを取っておいたのかもしれません。
 ただ、本当のところは――むしろお腹が一杯にならないと言うより、食べれば食べる程お腹が空く、と言った方が効能としては正しいところだったりするのですが。

 食べている最中にみなもさんが聞いた声は、多分幻聴や思い込み――いやもしかするとそれすらも似非人参果(?)のお騒がせな効能の一端だったのかもしれません。その声で摂取者に『同族食い』と言う罪悪感を植え付け精神的に追い詰め、けれど食べずにはいられないよう仕向けるような…。
 似非人参果(?)側にしてみれば、単に次の世代の為の苗床と養分の確保とでも言ったところなのでしょうか。

 …。

 …あまり深く考えない事を推奨致します。
 ともあれ誰か、早くタッパーの中身の正体をみなもさんに教えて、助けてあげて下さい。

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■1252/海原・みなも
 女/13歳/中学生

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。
 今回も発注有難う御座いました。

 しみじみこのネタ引っ張って頂いて有難う御座います。
 今回は二番目のお姉様で来られましたか(笑)

 て言うか今回の結果はいつぞやの人参果ネタと言うよりむしろカニバ…(以下自粛)
 ともかくそんな感じで何だか別方向に行ってるような気配がそこはかと無く(汗)

 …その上に当方基本的に甘い人(…)のようなので(?)御希望の方向、あまり徹底的、では無いような気もしているんですが…(?)
 足りないようでしたらどうぞ御容赦下さい。

 如何だったでしょうか?
 少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Track」内での人間関係や設定、出来事の類は、当方の他依頼系では引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。21とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝