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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 22 featuring セレスティ・カーニンガム〜ERROR

 …伸びやかな草木。四季折々の花を咲かせる、手入れの行き届いた広い庭園。
 故郷での庭園を再現する事を考えつつも、日本ならではの要素も不自然無く取り入れて作ってある――季節により国により、地方により、美しく花を咲かせる植物は変わってくるものだから。そこを。

 セレスティ・カーニンガムの日本での邸宅。
 広大な敷地に、広大な屋敷。
 建物自体は、セレスティの好みでデザインされ金を惜しまず造られた、センスのよい建物でもある。
 その上に、その屋敷を囲む庭園には数多の木々が立ち並び、数多の草木が花を実を付ける。

 どちらもとにかく、広い。

 …それは元々、用があって訪れる者も多い。
 けれど。
 …時折、期せずして迷い込んで来てしまう者も居るもので。

 全く予期せぬ人物である以上、初めはそんな者の一人かと思った。
 けれどすぐに、違うとわかる。
 何か目的があってここに来た者と、わかる。

 庭に置かれた丸テーブルに着き、セレスティは馨り高い紅茶とスコーンを御伴にティータイムと洒落込んでいたところ。テーブルの上、用意された品々の隣に『白銀の姫』の件に関わる様々な角度からの報告書がそっと置いてありもする。…既に『白銀の姫』事件そのものの解決はしておりそれで特に重要な問題が残っていると言う訳では無いのだが、良く考えれば事件に絡む謎は多く残ったままでもある。
 そのままでも普通に暮らす分には特に不都合はない。けれどそれでも自分が関わった事柄、残された謎が気に懸からない訳でもない。なので置いてあるこの報告書は、仕事や調査に必要なので見ている、と言うより、どちらかと言うと興味故に見ている書類になる。

 庭園でのティータイム。偶然か必然か、その時、セレスティの部下は近くに誰も居なかった。
 それは、ほんの少しの間の事で。
 少しタイミングがずれていれば、部下の誰かがそこに居る――のみならずひょっとしたらティータイムの御相伴に与ってもいた筈なのだから。…セレスティは部下を自分の世界に躊躇いなく連れ込む事も多い。立場の差など気にせず紅茶を振る舞ったり共に他愛無い遊びを企てたりする事さえある。
 今はただ、そんな風に部下を連れ込む事もなく、客人も居なかった――偶々一人だった、それだけで。

 …その、セレスティがほんの少しだけ一人で居た間に。
 ふと現れていたのは――あまり見慣れない人影一つ。
 少し離れた木陰の中で。

 セレスティが気付いたと見るなり、人影は片手を胸の前に当て、陰の中ゆっくりと頭を垂れる。
 静かな所作で、セレスティに礼を取る。

 よくよく確認すれば、記憶にあるその気配。
 その気配が顔を上げると、眼鏡の奥の悪戯っぽい目がセレスティを見ている。
 アイボリーホワイトの薄手のコートが、以前通りの姿と錯覚させる。
 眼鏡と不精髭に隠された整った怜悧な造作。それでも、目の奥の悪戯めいた光――冷たくも見える光は隠せない。…否、隠さない。そう言った方が余程正しい。…事件のあの時、『彼』の演技は抜け目の無い筈の皆をも――IO2さえもあっさりと騙してのけた。自覚無いまま『彼』の正体を元々知っていた者――水原新一の抱いていた『彼』に対する正体のわからぬ警戒と、『彼』にとって以前から興味対象であったその水原が解決の為当の事件に噛んでいた偶然だけが――完璧な演技を突き崩せた――と言うより自発的に止めさせられた――切っ掛けで。
 …それが無ければ恐らく『彼』の正体は知られる事なく事件は終わっていた。
 後から考えれば、そんな気さえする。

 今、『彼』はその目で本性を平気で見せてくる。隠さない。…それはセレスティは既に自分の正体を知っているからか。
 最早仮面の必要性は無いと思っているからか。
 …それにしては眼鏡を外していないが。
 本宮秀隆。元――神聖都学園大学部電子工学科助教授。
 そして事件当時の『原因となってしまったゲームプログラムが置かれていたコンピュータ』そのものの管理運用責任者であり、
 全て承知の上で『事件』そのもの――異界化肥大を促す形での関与をしていた者でもある。
 ――…根本原因そのものではないが、この場合は――『白銀の姫』事件の黒幕と言えば言える存在。
『こちらの世界』に属するような特筆すべき異能は持たない、けれど『普通の一般の裏世界』に於いてはハッカーと言う異能者として知られた者。その中でも長年に渡り暗躍し続け、神格化すらされていると聞いている。大学職員――助教授と言う表の顔の裏側で、ずっと誰にも正体を知られないままそちらの顔でも動いていたと言う。
 …そこについては、まだいい。
 今はもっと、肝心な事がある。

 この本宮、現在は――行方も消息も定かではないと言う事実。
 事件の途中、IO2から『破壊者』と呼称されている魔王めいた異能者――『こちらの世界』の――に連れて行かれ、それっきり。事件との直接の関わりは、その時点で切れている。けれど事件そのものが落ち着いたところは――本宮の思惑通りであったのだろう、とも聞いている。

 ただ何にしろ、こんなところにいきなり来るとは――来られるとは思えない。それはIO2とは一線を隔すが、セレスティの許――リンスター財閥もまた、事件を解決する為に奔走していたのだから。成り行き上、事件の終局に至る道の上で本宮とは共闘めいた形になりもしたが、だからと言って仲間とは到底言えない。むしろリンスターはこの彼の目的に至る『経過』を――その非情で独善的な仕業を咎める側に回っていたのが本当だ。
 最終的に実際の行動は同じ道を沿ってしまったにしろ、心情に照らすなら、仲間どころか敵対と言った方が余程しっくりくる相手。
 それは恐らく本宮側でも承知。言ってみれば――セレスティの邸宅であるここは、敵地である。

 そんな場所で、本宮はセレスティへと優雅に一礼。
 ただテーブルに、歩み寄る。



 …お久しぶりですね。
 白々と言われた言葉はまずそれ。御招待した憶えはありませんが、歓迎しましょうと静かに微笑むセレスティ。無論ティータイムの邪魔をするような無粋をしないなら――そんな当たり前の前提を置いた上。言葉に出す前に本宮は悟っている――と言うより、初めから弁えていると見た為、セレスティもそこまで口には出さない。
 そしてあっさり、どうぞ、と椅子の一つを勧める。セレスティは椅子ではなく電動車椅子のままでそこに居る。テーブルに備え付けの椅子は誰も座らないまま三脚程置いてある。その中の一つ。
 受けて本宮もその椅子に掛ける。頷いたのか会釈したのかどちらとも付かぬ頭の――顎の動き。椅子を引いた音、微かな衣擦れの音。低くなる目線。丸テーブルを挟んでセレスティの真正面。
 殆ど、同じ高さ。
 それを確認してから、君の方から来て下さるとは好都合でした、と切り出すセレスティ。
 セレスティのその発言に、本宮は興味深げな態度になる。何か御用でも、恐らくそう返そうとした。その直前――そう思ったところで、テーブルの上に置かれた報告書の束が彼の目に入っている。
 そんな、感じだった。
 書面も、目に入ったのだろうか。
 いや、報告書の束自体はともかくその書面は――テーブルに思い切り乗り出してこちらを凝視でもしない限り読み取るのは難しい。報告書の束が置かれていたのは、そんな位置関係ではない。ティーポットが手許に寄せてあった為大部分がその影になる。そこから逸れているまだ見えるかもしれない位置の――打ち出されている字の大きさもやや小さい。今本宮はセレスティと同じ視線の高さに居るまま、静かに座っているだけ。まず内容が読み取れはしないだろう。
 なのに。
 察したのだろうか。
 …財閥総帥である私が読むような物を。
 …多くの不可思議な事件に興味を持つ私の読む物を。
 …今更になって、これがあの『白銀の姫』関連の書類とすぐに特定出来る筈など無い。
 ただ、私が本宮に今言った――好都合でしたと言う科白を除いては、だが。私が彼と面識を持ったのは、事件のその時だけになる。他に繋がるような要素は無い。ならばこちらが好都合と言った時点で、『白銀の姫』についての話をしたいのかと気付く可能性は皆無ではない。
 けれどそれだけで、今ここに置いてあるこの書面の中身まで察する事が出来るものか?
 それだけなら『その話』と『この書面』が無関係な可能性だって、充分過ぎる程ある筈なのに。
 本宮は笑っている。
 残った謎については僕が一番知ってそうですからね。あっさりと先回りし、本宮はセレスティの反応を窺う――そう思ってしまうと被害妄想かも知れない。セレスティは新しいティーカップを取り手ずから紅茶を注いで差し出している。…ちょうど先程、まだ部下が側に居た時点で淹れたばかりのもの。ちょうど飲み頃――まだ淹れ直す必要も無いだろう程度しか時間は経っていない。否、客人が彼であるなら誰も呼びたくないと思う。…大切な部下をほんの僅かな間でも一言二言でも、この男に会わせて話をさせる事がもう不安だ。
 自分なら問題は無い。
 短い時間ではあるがその本性も既に見て知っている上に、真っ当な成人男性並みなのだろう腕力以外ならばそうそう簡単に負けるつもりも無いので。
 本宮はただ、紅茶を注ぐセレスティの手付きをじっと見物していたのかもしれない。
 ダージリンのセカンドフラッシュになりますが。セレスティのさりげないその説明に、贅沢な品ですねと本宮は返す。茶葉もですが貴方の手で注いでもらったそれだけでも。そう嘯きつつ、戴きますよとカップに手を伸ばしたところで――仰る通り、残った謎が気になっているんです、とセレスティが告げている。

 貴方が黒幕だった以上、私たちが知らない事も多く知っているでしょうからね。
 ええ。否定はしませんよ。
 …ですが、どうして今になってそんな事を?
 既に少なからず時が経っているでしょう。
 今のこの都市は、そんなたった一つの事件をいつまでも引き摺っていられる程平和なんでしょうかね?
 然り。この都市では頻繁に様々な事件が起きている。
 この事件一つにずっと関わっていられる程、平和ではない。
 けれど。
 追求できる余地があって。
 目の前にそれに最適な機会が訪れたなら。
 やはりそちらに興味は向くでしょう。
 私が事件に残る謎を知りたいというのは、興味故です。
 興味。そうですか。
 ええ。今はもう、それを聞いてあの事件をどうこう出来るものでもないでしょうし、それに連なる事で私の周辺に被害が来ない限りは――動くつもりもありませんしね。
 そうですか。
 …あの時の僕の話を聞いていて。
 …そしてAqua――水原君から僕の評判を聞いていて。
 それでも貴方はそう仰るのですか?

 今更のように本宮はそう言って来る。
 何も言葉には出さぬまま、セレスティは視線で肯定する。
 それは――少し間を置いてから、ええ、と。
 本宮に対し、そう、肯定しようと思ったのだが。
 その前に。

 察したように、本宮の唇の端が吊り上がっている。
 笑いが深くなった。
 ――ように、感じた。
 自分の視覚はあまり信用出来ないが、その分他の感覚は信用出来ると思っていた――思っている。けれどその時だけは――他の感覚も、何処かあやふやだったような。

 本宮秀隆と言う男がそこに居たのは、本当か?
 自分の錯覚ではなかったのだろうか。
 ふと、そう思う――そう気付く。

 ――…テーブルを挟んだ真正面。誰も居た気配の無い椅子の前、残されたティーカップから、白々しく湯気が立っている。



 先程の庭でのティータイムを思い出す。

 …読み物代わりにあの事件の報告書を見ていたからでしょうか。
 彼とお会いして話がしたいと。
 私がそう望んでいると言う事なのでしょうかね?
 何だか勝ち逃げされた――負けてしまった――ような気がしているのかもしれません。
 彼は結末を見届ける事はなかった、けれど結末の様相は、彼の思惑の内の事であって。我々の行動も、大局を見詰めるなら彼の意に沿う形にならざるを得なかった。
 その事に、何処か心の裡で憤りがあるのかもしれない。
 私のやり方で、彼を負かしてやりたいと。
 そんな風に思っているのかもしれない。
 …中々に無謀な事を考えてしまっている。
 最早彼が今無事で居るのかどうかさえ、不明であると言うのに。
 そんな相手をどう負かすと言う?
 当の相手が居ないのに。

 思わず、苦笑が浮かぶ。
 もう室内に――書斎に戻ってからの事。
 机に着いてから、パソコンを立ち上げる。ネットに繋ぐ。
 検索。
 ふと指が叩いたのは、事件の時に記憶した幾つかのアルファベットの綴り。
 ――Cernunnos.
 ――Puppeteer.
 ――Cynical Hermit.
 検索実行のボタンを押す――押そうとする。
 止めた。
 目を閉じる。

 …居る。

 貴方の事、調べさせて頂きましたよ。
 どんな方であるのか、気になりましてね。

 そう声が届いたのは――『居る』と気付いてすぐの事。
 庭で聞いたのと同じ声。
 すぐ、側で。
 机の向こう側、天板に手を付いてこちらに乗り出して来ている。
 いつの間にそこに居た。
 答えは当然のように無い。

 …セレスティはもう何百年も前から続いているアイルランドを本拠とするリンスター財閥の、創設以来変わらぬ総帥である事。
 どのくらいの規模があるものか。
 関係する企業体はどれだけあるか。
 各国の政財界にどれだけ影響が及ぼせるものか。
 それだけでは無く――個人としては今まで何をして来たか。
 日本に来てからはどうか。
 まぁ、大雑把にですけどねと言いながら、本宮はそれら情報を一つ一つ開示する。
 …何処から入手したものか、大雑把だとは言え間違った情報は、ない。
 セレスティは改めて本宮のその顔を見る。
 本宮はにっこりと微笑み掛けてくる。
 そして、その口で。

 そんな方を敵に回す事になってしまったとは。
 光栄です。

 そんな言い方を、する。
 …それは事件の時と同じ彼なら、言いそうな言葉。
 セレスティはそう思う。
 だからこそ。
 これも、試しに聞いてみたいと思った。
 埒も無い事。
 わかっているが。
 この相手なら何か、面白い答えを聞かせてくれる気がしたので。

 一つ、お聞きしてもいいですか。
 事件で残った謎の事ではありません――いえ、その『謎』の一つにも含まれるのかも知れませんが。

 君は今、本当にそこに居ますか。

 …そう訊いたら。
 本宮は、ほんの少しだが驚いたような――虚を衝かれたような貌をした。
 けれどすぐに、不敵な貌に戻る。

 それは貴方の思う通りに。
 僕には何とも言い難い。
 貴方が決めてくれればそれでいいこと。何の問題も無い話。
 …説明したくはありません。

 ただ一つだけお教えしましょう。

 貴方の感覚がおかしい訳じゃない。
 今は僕の方がおかしいんですよ。

 それだけの事です。
 …そう告げた、途端。

 セレスティのすぐ側で。
 光程度しか感じぬ目の前で。
 それでも人の輪郭は、人影の有る無しくらいは視覚だけでも容易く判別が付くものなのに。
 …何も、無くなっていた。

 彼は、消えていた。
 その場から。
 歩き去ったのではなく。
 跡形も無く。
 消滅した。

 本宮の――その掻き消え方は、『事件』の時の。
 現実世界に迷い出たゲーム内のモンスターが、現出したゲーム内の建物が――掻き消えるかの如く。
 消えたと言っても、いきなりぱっと消えた訳では無く。
 …コンピュータグラフィックスの如き独特の残像を引き摺り。
 セレスティの目の前で、少しずつ、けれど確実に、形を無くし消滅した。

 声が、まだ耳の中に残っている。

 貴方の感覚がおかしい訳じゃない。
 今は僕の方がおかしいんですよ。
 それだけの事です。

 …扉が叩かれる音がする。…何事かありましたかセレスティ様。心配するような、慌てたような部下の声。自分以外の声が気配が――外の部下にも感じられたのだろうか。わからないながらも書斎に入る許可を与える。そして何でもありませんがとさらり。安心させる。事実、何事も無い――予定に無い客人が来訪し、ほんの僅か話をして去っただけの事。
 その客人の正体と、現れ方、去り方が尋常では無かっただけで。

 否、本当に来訪していたのかどうかさえ、今となっては他者に証明できない。
 …ただ自分自身は、本当にあの男が来訪していたのだと信じたいのだけれど。

 まだ嗤う口許が見える気さえする。

 ――…『これは貴方の見た白昼夢。そんな答えは如何です』。
 そう嘲笑う静かな声と共に。

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

■NPC
 ■本宮・秀隆(Cernunnos、Puppeteer、Cynical Hermit)/詳細不明

 ■水原新一(Aqua)/名前と存在のみ
 ■破壊者と呼称される魔王めいた異能者(ダリア)/存在のみ

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。

 今回は…おまかせ&本宮が気になるとの事で、こんな風になりました。
 …『白銀の姫』事件後っぽい雰囲気でもあり『piece.DG』に突入しているようでもあり、と言うような曖昧な感じで。…いや何だか本文中の本宮、亡霊めいている気もしますが。
 それから夏も過ぎたとの事で、のんびりお庭でティータイムと洒落込んでみたり。

 如何だったでしょうか?
 少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Track」内での人間関係や設定、出来事の類は、当方の他依頼系では引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。22とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝