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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


さがしものは使い魔

 ある日、草間興信所に草間零が不思議な生物を連れてきた。
 丸っこく、体はふわわんとした薄桃色の毛に包まれていて、つぶらな目は黒。
 しかし、怪我をしているようだった。薄桃色の毛に血がついている。
「道端で見つけて……手当てしてあげなきゃいけないと思って……」
 零は申し訳なさそうに、兄・草間武彦を見る。
「いや、それは構わんが……」
 草間としては何の弊害もないのであっさりと許してやると、零は喜んですぐに怪我の手当てを始めた。
 と――
 草間の事務所の電話が鳴った。
「はいはい。こちら草間興信――なんだ碇か」
 電話の相手は、怪奇雑誌月刊アトラス編集部の編集長、碇麗香。
『ちょっと草間! さがしものを頼みたいんだけど!』
 彼女はものすごい勢いでそう言った。思わず草間は電話から少し離れた。
「何だ何だ? 何をさがせってんだ……」
『魔物よ!』
 麗香はものすごく嬉しそうにそう言った。
「魔物ぉ?」
『そうよ。一見愛玩動物なみにかわいい丸っこくて薄ピンクでつぶらな瞳をしているけれど、正体は悪魔の使い魔! それを見つけられたらうちの雑誌でぜひ特集を組みたいわ!』
「丸っこくて……薄ピンクで……つぶらな……瞳……」
 草間は妹が怪我の手当てをしている生物を見やる。
 零が不思議そうにこちらを見る。草間は慌てて視線をそらして、
「で、碇。お前それの特集終わったらその生物どうするつもりだ」
『そりゃ悪魔の使い魔なんだから。しかるべきところに渡すつもりよ』
「処分――するのか」
『見た目と違って凶暴なのよね。昨日もうちの社員が襲われて怪我をしたわ。代わりに持ってたカッターで反撃したらしいけれど……だから、今は手負いね』
「………」
 草間は零を見た。
 ぱよん ぱよん
 手当ての終わった丸い生き物は、零の手の中で嬉しそうに跳ねている。
『とにかく、情報入ったらうちにちょうだい! よろしくね!』
 言うだけ言って麗香は電話を切った。
「………」
 草間は零の手の中の生物のつぶらな瞳を見て、悩んだ。零はすっかりこの生物を気に入っている。
 これはいったい、どうしたものだろうか……

     **********

 悩んだあげく、草間は零に麗香からの電話の内容を伝えた。
 話を聞いた零は、驚くとともに信じられないような顔をした。
「え……凶暴……なの? 兄さん」
「かわいいわよねえ」
 興信所の事務員シュライン・エマが、零の腕の中の使い魔を見てつぶやく。
「んー……アトラスの社員さんが相手だったとしたら、ネタのために目をギラギラさせながら近づかれて、危険感じて自己防衛で過剰反応したのかも」
「まあ……それもありだな」
 草間は新しい煙草をくわえながら眉にしわをよせる。
「あそこの社員の熱気はすごいからな……碇の影響で」
「そうよ。麗香さんたちの対応状況も分からないし、話をうのみにはできないと思うの武彦さん」
「そうだな」
 草間はそれを認めた。
 事実零に抱かれた使い魔は、襲ってくるような様子はない。ぱっと見ただけでも嬉しそうに零の腕の中でもふもふされている。
「使い魔よね。飼い主に返してあげないと」
 シュラインはとんとんと指で自分の頬を叩きながら考えている。
「このコの怪我、飼い主にもダメージだろうし、あまり離れてると使い魔のこのコ衰弱しちゃわないか心配で――」
 言いかけたそのとき、興信所のドアがノックされた。
 シュラインが開けに行くと、そこにはひとりの少女とひとりの青年がいた。
「こんにちはー」
 とにこにことしながら挨拶をしてきたのは、樋口真帆[ひぐち・まほ]だった。頭の上に、以前別の仕事で仲良しになった使い魔コウモリ猫を乗せている。
 もうひとり、その横に立っている紫の瞳をした青年は、片手にぶどうの入ったバスケットを持っていた。
「こんにちは」
 彼の名はイスターシヴァ・アルティス。こう見えて天使である。
 イスターシヴァの顔を見て、シュラインは困った顔をした。
「どうかしたんですか?」
 イスターシヴァは不思議そうに訊いてくる。
 そのとき、真帆が声をあげた。
「わぁ〜、かわいいっ。零さん、その子どうしたんですか?」
 言いながら興信所の中へ駆けてくる。
 目的はもちろん――零の腕の中の毛玉。
 イスターシヴァのほうはシュラインに向かって、
「ぶどう、たくさんもらったからおすそわけに……って、何ソレ?」
 話しながら、零のほうを見てしまった。
「イスターシヴァくん……聖属性よねえ」
 シュラインが困ったように言う。
「そうですね。それ……使い魔の類?」
 イスターシヴァも零のところへやってきて、物珍しそうに使い魔を観察する。
「天使が近づいた程度ではダメージは受けないみたいだな」
 草間は煙草の煙をふきだしてからつぶやいた。「意外と強力な飼い主か……?」
「僕も天使としては強力なはずなんだけど」
 イスターシヴァは草間を見て、
「……東京生活が長くなっちゃったから人間に同化してきちゃったかも」
 真顔でそう言った。
「あ、この子怪我しちゃってますね……大丈夫かな?」
 真帆が心配そうに、零によって手当て済みの怪我の痕を見る。
 シュラインが草間のところへ戻ってくると、
「飼い主を探索してる間にアトラスの関係者に見つかっちゃったら大変。使い魔の気配たどって飼い主が来てくれるまで、事務所で預かったほうが懸命かしら……。ね、置いてあげましょ武彦さん」
「そう言われてもなあ……」
「お願い」
 婚約者にすがるような目で見られて、草間はうっと言葉をつまらせた。
 イスターシヴァがじーっと毛玉を観察しながら、
「僕も、去年の運動会でもらったこんなようなもの持ってるけど、あれとは別物っぽいねー。どうしたのこれ?」
「実は……」
 零は真帆とイスターシヴァに、ことの経緯を話してやっている。
 話を聞いて、真帆が憤然とした。
「誰だって捕まりそうになったら暴れちゃいますよね」
 零の腕の中の使い魔をなでなでしながら、
「ほら、くっきー。一緒に遊ぼう?」
 自分の頭の上に乗せたままだったコウモリ猫に声をかけた。
「あら、真帆ちゃん。その子に名前つけたの?」
 コウモリ猫探索で一緒だったシュラインがなつかしそうにコウモリ猫の頭をなでた。
 コウモリ猫は文字通り、コウモリの翼を背に持った猫である。
 真帆は笑顔で、
「はい! くっきーって名づけました!」
 と元気よく言った。
「かわいい名前ね」
 シュラインの意識がそっちへ行っている間に、草間はそっと電話に手を伸ばした。
「どんな魔物の使い魔かなあ……気になるなあ……」
 イスターシヴァがうーんとうめきながら、
「触っちゃだめかなあ……」
 指先をおそるおそる使い魔に近づけようとしている。そして、
「あれ、触れる」
 指先がもふっと毛玉に埋まって、驚きの声をあげた。
 そこからは触りたい放題である。なでこなでこもふもふもふもふ、使い魔の頭をなでてやると、使い魔はむしろ嬉しそうにイスターシヴァに甘えた。
「あ、お菓子食べるかなあ」
 真帆が、どうやらくっきー用に持参していたらしきお菓子をかばんから取り出している。
「怪我の治療も終わったし、お腹すいているかも。私も色々持ってくるわ。口元に寄せてあげれば食べられるかどうか分かるわよね」
 シュラインが台所へ走った。
 零と真帆とイスターシヴァは、毛玉をなでなでなでなで、毛玉がぱよんぱよん跳ねるたびにきゃわきゃわと騒いでいる。
 台所から色々持ってきたシュラインが、
「このコが嫌がらなかったら私にも抱かせてね、零ちゃん」
「あ、はい、どうぞ」
 零がシュラインに使い魔を手渡す。
「あーいい抱き心地……」
 シュラインが恍惚とした表情で、頬を毛玉にうずめてもこもこもふもふ。「ずるいですよう」と真帆が私も私もーと声をあげた。悪ノリでイスターシヴァも「僕も僕もー」と笑いながら騒ぎ出す。
 ちょうどそのとき、草間興信所の扉が開いた。

 やってきたのは、草間に電話で呼び出された人物――
 話を聞き、黒冥月[ヘイ・ミンユェ]は盛大なため息をついた。
「下らないことで呼ぶな草間」
 げしっと足蹴りが草間の横腹に飛ぶ。
 両手を腰に当てて、冥月は眉間にしわを寄せながら口を開いた。
「お前は零の兄だろう。妹の機嫌より安全を優先して強く言うべきじゃないのか」
 と、草間から零に視線を移し、
「零もだ。今は手負いだから媚びているんだ。本性表して草間が襲われたらどうする。護りきれるとは限るまい。気持ちは分からないでもないが手放すことを考え……」
 そのとき、ふいにシュラインの抱いていた使い魔がぽよんと跳ねて飛び出した。
 そして、よじよじと冥月の服をのぼり始め、肩で体こすりつけて甘え始め――
「考え……」
 さらにぴょんと肩から冥月の頭の上に飛び乗り、
 はふー
 と落ち着いてしまった。
「考え……」
 言いかけたまま、冥月は硬直した。
「かわいー!」
 真帆が感激したように両手を握り合わせる。「ねえ、今の見ました? 見ましたよね!?」
「見た見た! 最高にかわいい!」
 イスターシヴァが拍手をする。「いいなあ、僕の頭にも乗ってくれないかな?」
「私もくっきーを頭に乗せてるとすごく気持ちいいんです! 冥月さんも気持ちいいでしょ? いいなあその子も頭に乗せたい〜」
 真帆が興奮して言うと、くっきーが急に真帆の腕を引っかいた。
「いたっ。……ああ、やきもちやいちゃったんだ。ごめんね」
 真帆は自分の使い魔を抱き上げ、ぽふっと自分の頭に乗せた。
「あ、そっちでもいいなあ」
 イスターシヴァはくっきーを羨ましそうに見た。
 冥月の頭の上の毛玉と、真帆の頭の上の使い魔が、ふいに目を合わせる。

 ………………

 無言の会話が、二匹の間で交わされた。
 そして二匹は、ますますへたりぽふりと冥月、真帆の頭に引っついた。
「あれっ? どうしたんだろう?」
 真帆が頭の上のくっきーに手を伸ばす。
 くっきーは、しゃーと威嚇の声をあげた。
 冥月の上の毛玉使い魔は――

 きゅいっ

 と鳴いた。
「きゃー! かわいい鳴き声ーーーーっ!!!」
 真帆はすっかり声が裏返っている。
「もう最高だね!」
 イスターシヴァが腹を抱えて笑いながら言った。
「ほんと……」
 うっとりとシュラインが冥月の上の使い魔を見やる。
「うう……」
 動きを完全に止められた冥月がうなっていると、
「男のお前でもかわいいものには勝てないのか」
 草間が煙草の吸殻を灰皿に押しつけながら笑った。
 冥月はすかさず、
「誰が男だ!」
 頭の上の使い魔をむんずとつかみ草間の顔に投げつけた。
 ……ひそかに冥月の頬が赤く染まっていたのは秘密である。
 使い魔は草間の顔にべったり引っついた。
 しかし、数秒後には、ぺいっと草間の顔をぶつようにして空中に逃げ出した。
「ひょっとして……」
「煙草くさかったんだろう」
 零が言いかけて迷ったことを、冥月がすぱっと言い切る。
「悪かったな!」
 今度は草間が、顔を赤くする番だった。

 毛玉の使い魔が、空中をくるくる回る。
 そのしぐさのかわいさに他の面々がきゃーきゃー言っている間に、冥月が影からぬっと鳥かごを作り出し使い魔を閉じ込めた。
「とにかくだ。こいつの扱いは私はどうでもいい」
「あ、あ、閉じこめちゃったらかわいそうですよ」
 イスターシヴァが「僕も軽い結界作れるし」と冥月の行為に文句を言おうとすると、
「……お前聖属性だろう。そんな結界に閉じこめたら余計衰弱死するぞ」
 冥月に言い返され、イスターシヴァはむうと考えこんだ。
 冥月は続けた。
「私にはどうでもいいことだ。だが面倒を看るなら覚悟は持て。少しでも暴れたら私は容赦なく切り裂くからな」
「そんなことさせませんっ!」
 くっきーを頭に乗せた真帆が、勢いよく立ち上がった。
「絶対にこの子……助けてみせます!」
 真帆の気合に、冥月はほんの少し気おされたようだった。
「……まあ、勝手にやってくれ」
 真帆から目をそらして冥月はひらひらと手を振った。

「この子、言語を解するかしら?」
 シュラインが冥月の鳥かごにおさまった薄ピンクの毛玉を見つめながらつぶやく。
「ねえ冥月さん。ちょっと鳥かごから出してくれない?」
「……仕方がないな」
 冥月は渋々影の鳥かごを消した。
 ぱよん
 突然鳥かごを消されて、驚いたのか使い魔はそのまま床に落ちて跳ねた。
「か、かわいすぎる……」
 真帆とイスターシヴァが瞳を輝かせているのはまあ、置いといて……
「さっき『きゅいっ』って鳴いたってことは……人間語は話せない確率高いわよね……」
 シュラインは使い魔を床に落ち着かせ、ゆっくり話しかける。
「イエスのときは鳴いてね。あなたは、ご主人様の居場所を知ってる?」

 ………

「返事がないわね……それじゃあ、この間人を襲ったのは、怖かったから?」

 きゅいっ

「あら……人語を解してる……」
「まだ分からんぞ」
 シュラインの後ろから冥月がふてくされたような声を出した。
 シュラインはふと肩ごしに冥月を見て、それから使い魔に視線を戻した。冥月を指差しながら、
「ええと……このお姉さんのこと、好き?」

 きゅいっ

「………」
 冥月がとっさにそっぽを向いたのは、もちろん顔が赤くなったのを隠すためだったのだが――
「なんだ。そいつメスか」
 オスには弱いんだな――と草間がつぶやき、冥月は容赦なく彼の顔面に裏拳をくれてやった。
 その後もイエス・ノー問答は続き、結論は『人語を理解はするが、しゃべられない』となった。
「どうしましょうね……ご主人様の居場所が分からないなんて」
「珍しい使い魔だなあ。使い魔なら主人の居場所が真っ先に分かるはずなのに」
 イスターシヴァが腕を組む。
 シュラインが少しだけ虚空を見てから、
「とりあえずの名前を決めましょう。きゅいって鳴くからきゅーちゃんで」
「賛成ー!」
 真帆とイスターシヴァがそろって手を挙げる。シュラインは口元に手をあてた。
「あとは……何とかして飼い主さんをさがすことだけど……」
「あの……私提案があるんですけど」
 真帆が小さく手を挙げた。
「なあに?」
 シュラインが続きを促す。真帆は勢いこんで、
「この際、アトラスを利用したらどうでしょうかっ。アトラスに『使い魔預かっています』っていう広告を出してもらうんです」
「普通魔物が雑誌を読むか?」
「分かりませんが、見つける方法のひとつとしてはいいんじゃないかと」
 真帆は必死で言う。
「しかしアトラスにこいつを持ってることを知られたら、取材取材とうるさいぞ」
 草間が煙草をふかしながら言った。
「取材くらいはいいんじゃないかなあ……僕たちも立ちあって、ひどい目に遭わされそうなら止めて」
 イスターシヴァは首をかしげた。「僕としては、この子が魔物の使い魔ってこと自体が怪しい情報だと思うんだよね。だから、飼い主は雑誌も読むかもよ?」
「処分は絶対させません!」
 真帆が力強く拳を固めた。
「こんなかわいい子、処分なんてとんでもないです!」
「本当ね。……アトラスには見つからないほうがいいと思ってたのだけれど、何とか交換条件でも出して交渉してみましょうか、武彦さん」
 シュラインがなでなでと柔らかい使い魔の頭をなでながら、草間に話しかける。
「それこそ、使い魔自身の意見を聞いてみたらどうだ」
 冥月が口をはさむ。
「あ、そうね。……今の私たちの会話、聞こえてた? あなたのご主人様をさがそうと思うんだけど、これでもいい?」

 きゅいっ

 鳴いた使い魔の声は、どこか切なそうだった。

     **********

「さすがよ草間!」
 草間が零を含めた五人とともに毛玉使い魔を連れてアトラス編集部に行くと、編集長の碇麗香は大喜びで迎えてくれた。
「怪奇探偵の名に恥じない早さで見つけてくれたわね……! 報酬はアトラス雑誌三ヶ月分よ!」
「もう充分だ!」
 草間はくわえ煙草が飛び出しそうな勢いで怒鳴った。
 きゅーちゃんを抱いているのは零。警戒するように麗香から離れている。
「麗香さん、まず色々訊きたいのだけど」
 シュラインが前に進み出た。「昨日このコに襲われたっていう社員と会わせてくださる?」
「いいわよ。――ちょっと、高橋君!」
 編集長に呼ばれ、ひとりの社員がデスクにまでやってきた。
 高橋と呼ばれた、二十五歳くらいの青年は、零の抱く薄ピンクの毛玉を見て「あっ」と声をあげた。
「それ……! 昨日の!」
「あなたがこのコに襲われた社員さんなのね」
 シュラインが念を押すまでもなく、高橋は腕に包帯を巻いていた。
「そ、そうですよ! こいつ牙がとんでもなく痛くて……腕にかじりついて離れないからカッターで無理やり抗戦したんです!」
 全治一ヶ月って言われましたよ――と高橋は渋い顔でぼやく。
 その怪我を見ると、さすがに勢いこんでいた真帆もひるんだ。
 しかしすぐに復活し、
「こ、この子のやったことは代わりに謝ります! 土下座でもします!」
「わ、私もです……!」
 零が真帆の言葉に同意する。
「僕もしますよ」
 イスターシヴァが続けた。「だから、取材はいいけど僕たち同席、処分はなしでお願いします」
「私は謝る気はないが……そちらからしたら、取材すれば目的は達成できるだろう。処分する必要はないんじゃないか」
 冥月が腕組みをしながら言った。
「まあ、そうなんだけどね」
 と麗香は言った。嬉しそうに、
「処分にもお金かかるし、しなくて済むなら喜んで!」
「………」
 危うく草間一行そろってこけるところだった。
 ――気合を入れてきた意味がない。
 シュラインが、きゅーちゃんに向かって「イエスなら鳴いてね」と質問を始めた。
「この人を襲っちゃったのは、この人が怖いことをしたから?」

 きゅいっ

「……高橋さん、あなたいったい何したの?」
 シュラインは少し表情を険しくして高橋に向き直る。
「そりゃ……俺はアトラスの人間ですから」
 高橋は平然と言ってきた。「こんな未知の生物見つけたら、捕まえるのが第一ですよ!」
「捕まえようとしたの? どうやって?」
「虫取り網です。この編集部には常備してありますよ」
 高橋が指差した先、編集部の隅に、たしかに数本の虫取り網が立てかけられていた。
「虫取り網をかぶせたんです。そしたら網を食いちぎって襲ってきて……」
「……自業自得だな」
 冥月がふんと鼻を鳴らした。「それならこいつが暴れたわけも充分理解できる」
「高橋君の治療費、けっこうかかるのよ。経費なんだから」
 麗香がむっつりした顔で、「取材させてくれなきゃ元が取れないわ。姿形からある魔物の使い魔ってことだけは調べがついたんだけど、やっぱり本物の観察させてくれなきゃね」
「どんな魔物なんですか?」
 イスターシヴァが尋ねる。
「こんなのよ」
 麗香は一枚の書類を差し出してきた。
 ――こんなかわいい使い魔を連れているとはとても思えない、どす黒い肌をした邪悪な魔物だった。
「これ、情報間違ってるんじゃないですか?」
 思わず真帆が言う。
 間違ってなんかないわよ、と麗香は憤然と返してきた。
「ほら、読んでごらんなさいな。――名、ジャイアント・グルス。きわめて獰猛な魔物。使い魔にかわいらしい白や薄ピンクの丸い毛玉の形をした、その上聖属性さえも効かない特殊なものを生み出し、人間を安心させたところで襲う……」
「………」
 真帆が黙りこむ。
 参ったな、と草間が頭をかいた。
「こんなヤツに返すのも問題だぞ」
「そうねえ……」
「というか、使い魔がこんなところにいるなら、主も近くにいるんじゃないですか?」
 イスターシヴァが言い、「そうだろうな」と冥月が言った。
「仕方ない。――おい、たしか使い魔の類は主人が死んだら自分も死ぬんだったな」
 冥月がため息をつきながら訊いてくる。
「大抵はそうねえ」
 麗香がそう返答すると、
「だが、消滅する前に他の人間と契約すれば、消滅しなくて済むんだったな」
「ええ……冥月さん?」
 シュラインが、突然アトラス編集部を出ようとした冥月に、驚いた声をあげる。
 冥月は肩越しに振り返り、
「誰でもいい、すぐさま契約しなおせるよう用意しておけ――魔物のほうは私が処分する」
「ひとりで大丈夫なの……!?」
「この私をなめるな」
 言い置いて、冥月は外へ出て行った。

 冥月がいなくなってから、早速麗香が「取材、取材」と数人の社員を集めて、きゅーちゃんの写真を撮らせ始める。
「ねえ、この子は何を食べた? ちょっと詳しく教えてよ」
 興奮している麗香は、緊張しながら冥月の行動の結果が出るのを待っている草間一行の様子には気づかないらしい。
「誰が契約する?」
 イスターシヴァが面々に尋ねる。
「やっぱり興信所に置いたほうがいいわよね」
 シュラインがうなずいた。
「だったらやっぱり……零ちゃんかしら。零ちゃん、どう?」
「あ……はい。やってみます……」
 零がうなずいたその瞬間に、

 カアッ――

 きゅーちゃんの体が発光し始めた。暗い、暗い色に。
 そしてその大きさが、どんどん小さくなっていく。
「あ……始まった!」
 真帆が声をあげる。真帆の頭の上で、くっきーがにゃーと鳴いた。
 そしてくっきーはすばやい身のこなしで真帆の頭の上から零の腕へと乗り移ると、その白い腕を引っかこうとした。
 が、零は本来人間ではない――
 血が、出ない。
 それに気づいたくっきーはすぐさま草間へとターゲットを変え、コウモリの翼をばさりとはためかせて草間の腕に飛び乗った。
 がりっ。草間の腕が引っかかれる。
「いてっ!」
「我慢して! 武彦さん!」
 察したシュラインが、引っかき傷からにじみでてくる草間の血に一回り小さくなってしまったきゅーちゃんを押しつけた。
 しゅううぅ……
 きゅーちゃんの体の発光が止まる。
 祈っていたイスターシヴァが、嬉しそうに喜色満面になった。
「成功しました。草間さんと契約が結ばれましたよ」
「やった!」
 真帆が飛び上がって喜び、「偉いわ、くっきー!」と自分の使い魔を抱きしめ頬ずりした。
「兄さん……ごめんなさい……」
 零が申し訳なさそうに、草間の使い魔となったきゅーちゃんを抱きなおす。
「いや……いいさ。これで丸く収まるなら」
 草間は苦笑いした。
 シュラインがハンカチで草間の腕の引っかき傷を優しく手当てする。
 きゅーちゃんは、最初の頃よりひとまわり小さくなった。しかし、薄ピンク色とつぶらな瞳は健在だ。
「よかったぁ……」
 真帆とイスターシヴァが喜び合う。
「あら、草間の使い魔になったの? 取材が楽になっていいわあ」
 麗香はどこまでもそこにこだわった。
「これ、ペットにしちゃダメかな?」
 イスターシヴァが笑った。
 冥月が編集部まで戻ってきて、
「うまくやったか」
「はい! ありがとうございます、冥月さん……」
 零が嬉しそうに、一回り小さくなったきゅーちゃんを冥月に差し出した。
「いや、私は……」
 言いかけた冥月の言葉を待たず、きゅーちゃんは冥月の腕に飛び乗り、よじよじよじのぼり、また頭の上に乗っかって、はふーと落ち着いてしまった。
「………」
 冥月が頬を少し赤らめて両手を腰に当てる。
「まったく、この意味不明な物体が……っ」
 草間たちが爆笑した。
 アトラス編集部が、優しい笑いに包まれた。

     **********

「こんにっちはー!」
 今日も真帆とイスターシヴァが興信所にやってくる。
 目的はもちろんきゅーちゃんだ。
「あれから色々きゅーちゃんに尋ねたんだけどね」
 きゅーちゃん用のご飯を作っていたシュラインが、台所から大きな声で二人に告げる。
「きゅーちゃんは、ご主人様が怖くなって逃げ出したんだって。ご主人様が何か怖いことをしたみたいだけど……細かいところは、イエス・ノーじゃ答えられないから」
「きゅーちゃん……大変だったんだあ」
 真帆は腕にくっきーを抱きつつもきゅーちゃんを見る目が微笑んでいる。
 ちなみに真帆は、この頃連日興信所に押しかける謎の美少女として近所で噂になっている。
 ついでにイスターシヴァも、謎の美青年として有名になっている。
 さらに有名になっているのは……
「やっぱり、冥月さんが一番お気に入りなんですねー」
 イスターシヴァが笑った。
 興信所には冥月がいた。
 その膝に、ちょこんと座っているのは、きゅーちゃん。
 冥月が来るたびに、すぐに冥月の膝か頭の上に乗っかってしまうのだ。
 冥月は顔を真っ赤にしながらも、邪険にできないようだった。
「ふ……俺なんか、主人だってのに逃げ出されるぜ」
 草間が遠い目をする。
「兄さん、すねないで」
 零は日々楽しそうにきゅーちゃんの世話をする。
 シュラインが台所から出てきて、
「さ、きゅーちゃん。ご飯の時間よ」
 と言った。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【5154/イスターシヴァ・アルティス/男/20歳/教会の助祭さん】
【6458/樋口・真帆/女/17歳/高校生/見習い魔女】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
いつもありがとうございます。笠城夢斗です。
今回も細かい心遣いのプレイング、とても楽しく書かせていただきました。ありがとうございました。きゅーちゃんをかわいがってあげてくださいw
よろしければまたお会いできますよう……