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<東京怪談・PCゲームノベル>


現実はどこまでも残酷で

〜 例えばこんなシチュエーション 〜

 どれくらい、こうしていたのだろうか?

「……要っち……もう……の時間だよっ♪」

 どこからか、声が聞こえてくる。
 その可愛らしい声に誘われるように、海塚要(うみずか・かなめ)はうっすらと目を開いた。

 最初に目に入ったのは、可愛らしい少女の微笑み。
 その小さな身体のかすかな重みが心地よく、甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 未だ朦朧とする意識の中、要は懸命にこの状況を理解しようとして、ある一つの結論に達した。

 ――もしや! これは! これこそが伝説の『朝起こしにやってくる幼馴染』!?

 そう。
 要の知る限り、この状況に該当するシチュエーションはそれ以外にあり得ない。

 ――凄いぞ我輩!? 『生まれたときからずっと一緒で実はクラスでも人気なナイス美少女』を無意識の内にゲッツしていたとは!

 なんだか、次第に想像が妄想に変わり暴走を始めたようにも思えるが、そこはそもそも意識がはっきりしていない状態なので致し方ない。
 ……などと言っている間にも、要の妄想はさらに快調に爆走していく。

 ――これは……これはいいものである!

 思わず感動の涙にむせびそうになる要であったが、この状況はあくまでも通過点であり、ここがゴールではない。
 もちろん、この状況で要が目指すべきゴールは、そしてそのためにとるべき行動はたった一つである。

 ――な……ならば、やらねばならん! あのドキドキワードを今此処で!

 そう決心すると、要は一度大きく深呼吸してから、ついに「あの言葉」を口にした。

「ちゅ……ちゅーしてくれたら起きるのである♪」

 その言葉に、少女は少し戸惑った様子を見せる。

「んっもう♪ 大胆なんだから要っちはぁ♪」

 そう、リアクションはこうでなければならない。
 ここでいきなり何のためらいもなくされるよりは、ちゃんと戸惑い、少しためらった後に、恥じらいながら、という方がいいに決まっている。

「じゃあ……殺るね☆」

 その言葉に、要は満足して目を閉じようと……して、ふとあることに気づく。

 ――この場合、普通「する」とは言っても、「やる」とは言わないのではあるまいか?

 それは本当に小さな小さな疑問。
 しかし、その疑問のおかげで、要が目を閉じるのがほんの少しだけ遅れ――。

 要は、自分に迫り来る「惨劇」に気づくことができた。

 確かな殺気を伴って迫り来るのは、幼馴染みの美少女の唇などではなく、熱された鉄の塊だったのである。

 ことここに至って、ようやく要の頭の中の霧も晴れ――ドリームな世界から、彼は瞬時にして厳しい現実へと引き戻されることになったのであった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 そしてやっぱりいつもの二人 〜

 横たわっていたのは、自室のベッドではなく、怨念渦巻くIO2会議室の冷たい床の上。
 そして、要の上に乗っていたのは、幼馴染みの美少女などではなく――天使の笑顔で焼ゴテを振り下ろそうとしている生涯の宿敵・水野想司(みずの・そうじ)。

 これが、実際に要の置かれていた状況であった。

 ああ、この残酷なまでの理想と現実の差を、一体どのようにして克服すればいいのだろうか!
 ……などと、悠長なことを考えている暇などもちろんあるはずもない。

「ぬおお! 死んでたまるかぁ!」

 いわゆる火事場のバカ力でとっさに想司をはねのけ、どうにかこうにか死のマウントポジションから脱する要。
 その突然の抵抗にきょとんとした顔をする想司に、要は激しく抗議した。
「ええい貴様! 何と恐ろしい事を!?
 しかもその焼ゴテ! よく見たら十字架刻まれておるではないか!?
 そんな物を焼き付けられた日には、我輩魔王として恥ずかしくて表を歩けるものでは無いわ!」

 全くもってその通りである。
 魔王の額に十字架の焼き印を押そうなどと、明らかに彼を社会的――もしくは魔界的に抹殺しようと思っているものと考えられても不思議はない。

 ところが、想司にしてみれば、彼の行動にはそれとはまた別のハッキリとした理由があった。

「だって♪ この怨念だらけの中で要っちってば……無防備にもお腹を出して寝ているんだもの☆
 だから真っ二つになる覚悟ができたのかなって思っちゃって♪」

 正確には、「寝ていた」のではなく「想司の放った光学ライフルの一撃で吹っ飛ばされてのびていた」のだが、撃った本人がけろっとそのことを忘れている以上、当然そんなツッコミが通用するはずもない。

「……それに、聞いたら『じゅー』してって言ったよ?
 焼ゴテとはマニアックだと思ったけど、本人の頼みなら聞いてあげなきゃいけないじゃない?」

「ちゅー」と「じゅー」の聞き間違いが故意か否か……という次元の問題ではない。
 むしろ、問題はこの状況で「『じゅー』→焼ゴテ」という発想がナチュラルに出てくる想司の思考回路の方にある気がしてならないのだが、もともと常識の通じない彼のこと、今さらそんなところにツッコむのは野暮というものである。

 が、世の中にはその辺りにツッコまずにはいられない人種というものも存在する。
 例えば、ちょうどこの場に帰還してきた金山武満などは、まさにそのタイプの人物であった。

「……あのなあ」
 パワードスーツを着たまま器用に額を抑えつつ、彼は大きなため息をついた。
「よくこの状況でそんなコントやってられるよな……ある意味、訃時よりお前らの方が怖いよ」

 そんなことを言っても、例えいかなる状況下であれ、想司は想司、そして萌え魔王は萌え魔王であるのだから、どうしようもないことなのであった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 理由 〜

 周囲の空気をこれっぽっちも読もうとせず、いつもと同じ調子でドタバタ時空を形成する想司と要。

 そんな彼らの様子に、訃時(ふ・どき)は軽く微笑み、小さく首をかしげた。
「……面白い人達」

 彼女が言葉を発したことで、ようやく一同も彼女の存在を思い出し――本来ならば、無視しようとしても無視できない状況下にあるはずなのだが――再び、彼女や無数の怨念たちと対峙する形になったのである。

 かくして、状況は再びシリアスモードへと戻りかけ、それを察知したかのように訃時が再び口を開いた。
「貴方達は……水野さんと魔王さんはこの時代屈指の戦士」
 その言葉に、要は満足そうに胸を張り、想司はいつも通りの笑みを浮かべて続きを促す。
「……いや、わざわざ言い直すなよ」
 若干約一名空気を読めないツッコミを入れ、あまつさえ軽く凹んでいる輩がいるが、そんなことは一切気にせず、訃時が言葉を続ける。
「だからこそ分かる筈。この場で『私と私達』と戦っても絶対に勝てない事を。
 なのに……どうして此処に?」

 その問いに、胸を張ったまま要が硬直する。
 実は、彼がここに来たのは「想司に電話で挑発されたあげくに誘い出された」という理由であり――身も蓋もない言い方をすれば、ていよく利用されているとも言える。
 とはいえ、そんなことをバカ正直に答えられるはずもない。
 要はしばらく視線をあちこち彷徨わせたあと、苦し紛れに一言こう答えた。
「……ぎ……義挙である!」
「義挙、ねぇ……」
「嘘をつくにしても、もう少しマシな嘘があるよな」
 あまりにも無理のありすぎる答えに、生暖かい視線を向ける想司と武満。
 その言葉にカチンと来てか、要は武満に矛先を向けた。
「ええい、うるさいっ! ならばそういう貴様は何だってこんな事件に首を突っ込んでいる!?」

 さて、今度は武満が硬直する番である。
 彼がこの事件に首を突っ込んでいるのは、彼が想いを寄せる黒須宵子が想司に協力的であったという理由もあるが、直接の切欠となったのは学長からの依頼であり、エサとしてぶら下げられた八単位である。
 当然、こちらも正直に答えられる理由でない以上、言い訳はやはり似通ったものになる。
「そ、それは……そう、友情故にだっ!」
 まあ、これは完全に嘘というわけではないが、声がうわずった状態でそんなことを言って信用されるわけもない。
「……友情?」
「先ほどの言葉、そっくりそのまま返したい気分だ」

 そんなこんなで再びグダグダになりそうな流れを食い止めたのは、想司だった。

「僕はね? 頑張ってる子が大好きなんだよ?」
 二人のように引きつった笑みではなく、心からの笑みを浮かべる想司。
「時空を越えた恋。素敵じゃないか?
 その行く先がどうなるのかなって思っちゃって☆」
 彼の動機は――あくまで、純粋な興味故に。
 少なくとも、その言葉には一片の嘘もない。

 皆の視線が集まる中、想司は一言こうつけ加えた。
「ちなみに……これは時音君と歌姫君だけじゃない。
 『私達ではなく私の君』も含めての事だったりするんだけどっ♪」





「私は『私と私達』で一つ」。
 かつて、訃時が口にした言葉。
 今この場にいる「怨念の巫女・訃時」と、周囲に渦巻いている何億、何兆、あるいはそれ以上かもしれないおびただしい数の怨念。
 その両方が、「訃時」という存在を形成している。

 ならば、「私達」ではない「私」というのは――。





「もう少しだよ……最後の幕はきっとあがるから」
 想司の声に、訃時は悲しげに笑い――あるいは、そう見えただけかも知れないが――その次の瞬間、会話の時は終わり、戦いの火ぶたが切って落とされた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 終焉の予感 〜

 一方、その頃。

 未来図書館では、歌姫が懸命に風野時音(かぜの・ときね)の治療の準備を行っていた。

 彼の傷は、早く治さなければ確実に命に関わるような……という表現すら生ぬるいほど酷いものであった。
 それこそ、普通ならば十二分に致命傷になっていてもおかしくないほどに。

 それでも、歌姫は彼の回復を信じていた。
 
 と。

「武満さん……心配だな……」

 いつの間に意識が戻ったのか、不意に時音がそんなことを呟いた。

 この未来図書館へと続く入り口と、それが入った時音の長衣を守るため、武満は二人を残して再び「外」へ戻っている。
 ひょっとしたら、時音たちを二人きりにしておこうという気遣いなのかも知れないが――実際の所、彼がそこまで気の利くタイプであるかどうかは非常に疑わしい。

 ともあれ、今「外」にいるのは、当然ながら彼一人ではない。

 ――水野君たちは?

 歌姫が反射的にそう聞き返すと、時音は少し複雑そうな表情をした。

「う……心配……だけど。う……歌姫は?」

 そう聞き返されて、歌姫も「それはもちろん……」と即答しようとしたが、改めて想司と要のことを考えてみると、いくらパワードスーツがあるとはいえ普通の人間に過ぎない武満とは違って、二人は十二分に強い。
 そして、それよりなにより、あの二人に「万一のこと」があるというのは、可能性うんぬん以前の問題として、どうしても想像できなかった。

 おそらく、そんなことを考えている歌姫の顔には、時音と同じような表情が浮かんでいたのだろう。
 それを見てまず時音が笑い、それにつられるように歌姫も笑った。

 こんな状況で――いや、こんな状況だからこそ、本当に貴重な時間。
 けれども、その時間は、時音が咳き込み始めたことで終わりを告げた。

 大急ぎで治療を始める歌姫。
 彼女の目に映る時音の傷は、どれもこれも痛々しく、泣きたくなるほどに心配で。

 それでも、まだ、彼には生命力が残っている。

『それは彼自身の力ではない』

 そうかもしれない。
 それでも――時音は死なない。死ぬはずがない。死んでいいはずがない。

 だから、歌姫は懸命に治療を続け――。

 もう少しでその治療も終わろうというところで、その思考は不意に途切れた。
 
 時音が、突然歌姫を抱きしめたのである。

「ごめん……少しだけ……こうしてても良い?」
 そう口にした時音が、一瞬悲しげな顔をしていたように見えて、歌姫はそっと時音を抱き返した。

 ……けれども、何かが違う。
 こうして時音を抱きしめたことは、一度や二度ではない。
 しかし、今回の時音の様子は、そのうちのどのときとも違って。

 切ないくらいに、強い想いがあって。
 そして――歌姫がここにいることを、まるで懸命に確かめようとしているかのようで。





 その様子は――否応なく、歌姫を一つの結論へと導いた。

「時音は、もうほとんど目が見えていない」という結論へ。





『彼の身体はもう限界だよ』

 あの日の想司の言葉が、脳裏に甦る。





 認めたくない。
 信じたくない。





 それでも――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0759 / 海塚・要  / 男性 / 999 / 魔王
 0424 / 水野・想司 / 男性 /  14 / 吸血鬼ハンター(埋葬騎士)
 1136 /  訃・時  / 女性 / 999 / 未来世界を崩壊させた魔
 1219 / 風野・時音 / 男性 /  17 / 時空跳躍者

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

・このノベルの構成について
 今回のノベルは、基本的に四つのパートで構成されています。
 今回は一つの話を追う都合上、全パートを全PCに納品させて頂きました。

・個別通信(風野時音様)
 今回はご参加ありがとうございました。
 さて、今回唯一のシリアスパートとなった最終パートですが、例によって例のごとく今回も歌姫さん視点ということにさせていただきましたが、このような感じでよろしかったでしょうか?
 もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。