コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Duet

 それは暑さを残した八月の終わりの午後だった。
 天高く太陽が昇り、いつものように強い日差しを投げかける。こう暑いとつい冷たい物を口にしたくなるのをグッとこらえ、矢鏡 小太郎(やきょう・こたろう)は携帯電話のボタンを押しながら、一生懸命メールを打っていた。
「琥姫姉ちゃんバイトの時間じゃないよね…」
 メールの相手は神楽 琥姫(かぐら・こひめ)…五歳年上の幼なじみで、小太郎にとっては面倒見のいいお姉さんのようでもあり、時々手を差し伸べたくなる妹のような存在でもある。多分琥姫の方も、小太郎をそう思っているだろう。
 メールの内容はこんなものだった。

 一緒にライブしない?
 河川敷の仔達が琥姫姉ちゃんの歌を聴きたいって言っているから、今度河川敷ライブしない?

 河川敷の仔達というのは、小太郎が面倒を見ている野良猫や野良犬達のことだ。自分のバイト代から餌を買ったり、時には里親捜しをしたりもしている。
 そうやって面倒を見ている仔達に餌をあげ、琥姫の歌がとても綺麗で上手だということを話したら是非聞いてみたいと言われたのだ。
 ライブと言うからには、無論自分も我流で覚えたハーモニカとフォークギターを演奏するつもりでいる。ギターを練習していることは琥姫も知っているが、ハーモニカはまだ話をしていない。
 メールを送ってしばらくすると、小太郎の携帯が鳴った。画面には『琥姫姉ちゃん』という文字が光っている。
「はい、もしもし?」
 電話を取るとまだバイト時間ではなかったのか、琥姫の元気な声が聞こえた。きっとメールを見てすぐ電話してきたのだろう…それが小太郎は何だかとても嬉しい。
「もしもし、こたろーちゃん?メール見たよ。河川敷ライブって楽しそうだけど、どんなことするの?」
「あ、ちょっとしたステージとか作って、琥姫姉ちゃんの歌に合わせてギターとハーモニカの演奏しようと思って」
 小太郎がそう言った途端、受話器の向こうで琥姫が驚きの声を上げる。
「すごい、こたろーちゃんハーモニカも吹けるんだね〜格好いい!」
「そんなに上手くないけど、僕の演奏で良ければ」
 あまり褒められると幼なじみとはいえ照れてしまう。頭を掻きながら小太郎がそう言うと、琥姫は自分の部屋のソファーに座りパンダのぬいぐるみを抱えながらこう提案する。
「だったら、衣装は私に任せて」
「えっ、琥姫姉ちゃん忙しくない?」
 そこまではちょっと考えていなかった。だが、琥姫は当然のようにきっぱりとこう言う。
「ライブなんだから衣装もちゃんとしないとね。時間とかはいつがいいかな…」
 どうやら一緒にライブはやってくれるようだ。
 二人は時間や日時などを相談し、お互い挨拶をして電話を切った。琥姫が衣装を用意してくれるのなら、自分も小さいながらもそれなりに整ったステージを用意した方がいいだろう。あと、ギターとハーモニカの練習も。
「…よし、頑張ろう」
 そう言うと共に小太郎は、何かを決意したように立ち上がり出かける準備をした。

「さて、どんな衣装にしようかな…」
 電話を切ってすぐに琥姫はソファーに座ったまま、ライブの衣装を考え始めた。二人統一感があって、夏らしいデザイン。河川敷は湿気などもあるかも知れないので、出来れば涼しげで動きやすく。
「楽しみだね。琥姫ちゃん」
 パンダを動かしながら、琥姫はにっこりと笑う。
「うん、すごく楽しみ」
「いい衣装作らないとね、ふぁいとー」
「頑張って楽しいライブにしなくちゃね」
 抱えていたパンダのぬいぐるみをソファーに座らせ、琥姫は冷蔵庫に冷やしてあった皮むきトマトを出し、そこにちょっと砂糖をかけた。こうやって食べるとデザートのようになって美味しいので、ちょっと甘味が欲しいときなどはこうやって食べている。
「んー、夏っぽく…」
 暑いからと言ってあまり肌を露出すればいいというものでもない。汗を吸わせないと、いつまでも湿気がまとわりつく感じになるし、何より見た目からして暑そうだ。トマトをスプーンですくいながら考えていると、急に一つの風景が浮かんだ。
 蒼い夜。川の側。向こう岸に見える街の灯り。
 薄衣で作ったエスニックなデザインの服を着た自分…琥姫の髪は千夜一夜に出てくる女性のように高い位置で結び、ゆったりとしたシースルーの上着の下には濃い色のTシャツを短めに切ったもの。下は足首で絞ったパンツにやっぱりシースルーの腰布。
 隣でギターを弾く小太郎は、ゆったりとしたシンプルな服だが、ターバン代わりに薄手の布を頭に巻いている。上着はギターを弾きやすいようにしてあるが、少し短いズボンから覗く足首には金のアンクレット…観客は犬や猫たちの、夏の夜の不思議な一夜。
「イメージ固まった!」
 そう言って琥姫は立ち上がった。イメージが決まればあとは作るだけだが、手に持っているトマトの乗った皿とスプーンに気付き、もう一度座り直す。
「まずこれ全部食べないとね。あー、何かワクワクしてきた〜」
 早く服をデザインして作りたい。はやる気持ちを抑えながら、琥姫は幸せそうにトマトを食べていた。

 土曜の午後五時。
 小太郎はジュースのケースや廃品の椅子などを綺麗に洗い、河川敷の下にちょっとしたステージを作っていた。最初は果物の木箱などを利用しようと思い果物屋に行ったのだが、そこにいた客の一人がこう言ってくれたのだ。
「ステージを作るんなら、果物箱よりジュースのケースを補強して上に板とか乗せた方が安全だ。良かったら、うちの店にあるケース貸してやるから」
 その言葉に小太郎は甘えることにした。強度不足で自分が落ちるのはいいが、琥姫に危険が及ぶのは困るし、動物たちが怪我をするのも嫌だ。
「ありがとうございます。土曜の夜に河川敷でライブやるんで、良かったら散歩がてら見に来て下さい」
「ん、店が暇だったら覗きに行くよ。ケースは後で返してくれりゃいいから」
 そうやって借りたケースを木などで補強して、拾ってきた板を小太郎は一生懸命乗せた。河川敷にはこういった物が色々と落ちている。そのゴミを拾ったりしたときに取っておいたのだ。
「危ないから、ちょっと離れてるんだよ」
 好奇心一杯な犬や猫たちに注意しながら、少しずつステージを作り上げていく。
 琥姫からきた連絡ではテーマは『千夜一夜』らしいので、ケースを隠す布などもそれっぽいのを選んできた。一体どんな衣装が出来上がってくるのかは分からないが、きっと琥姫が作るものなら素敵だろう。まだ日は斜めに差し込んでくるが、ライブが始まる予定の午後八時ぐらいには、風も出てきて空も蒼くなって来るに違いない。
「さて、観客席と琥姫ちゃんが歩いてこられるように草刈りしなくちゃ。危ないから絶対こっち来ちゃダメだよ」
 小太郎がそう言うと今まで近くで興味深そうに眺めていたり、時々悪戯をするようにじゃれついていたりした犬や猫たちがそっと離れていく。何となくだが小太郎は動物たちの言葉が分かり、動物たちもそれをちゃんと理解しているようだ。
「あと一息頑張らなくちゃ」
 これから草刈りをして、一度家に帰ってシャワーを浴びて…まだまだライブ前にすることはたくさんある。
 一度大きく伸びをして、小太郎は長く伸びた雑草を丁寧に刈っていった。

「うわー、このステージこたろーちゃんが作ったの?」
 ライブが始まる三十分ほど前、綺麗に草が刈られた河川敷の広場とそこに作られたステージを見て、琥姫は感激しながら小太郎の頭にターバン代わりの布を巻いていた。琥姫が作った衣装は見た目よりも涼しく、川から渡ってくる風に薄布が揺れる。
 大人しく髪をいじらせながら、小太郎はニコニコと笑った。
「ライブだから張り切って作ったよ。お客様もちゃんと待ってるし」
 ステージの前には犬や猫などが仲良く座ったり、お互いじゃれ合ったりしていた。琥姫の横で不思議そうに匂いを嗅いだりする犬や、足下にすり寄ってくる猫などもいる。小太郎の準備が出来た後、琥姫はその頭を優しく撫でた。
「いらっしゃいませ。今日は楽しんで下さいね」
 そして小太郎と琥姫はステージに上がった。小太郎は椅子に座りフォークギターのストラップやハーモニカホルダーを調整し、琥姫も少し発声練習をする。調律をしたり、どんな曲を歌ったり演奏できるかなども相談すると時間はあっという間に過ぎていった。
「こたろーちゃん、そろそろ時間いいかな?」
 時間は午後八時。ライブを始める時間ぴったりだ。
「皆様お待たせいたしました。今日は僕と琥姫ちゃんのライブにようこそ」
 小太郎がそう挨拶をすると、歓声を上げるように遠吠えや鳴き声が飛んだ。琥姫は少し後ろの小太郎と目を合わせ、合図をするように小さく頷いて歌い始めた。
 最初に歌う歌は決めていた。
 琥姫が好きな聖歌の「アヴェマリア」それをドイツ語で静かに歌い始める。
「Ave Maria! Jungfrau mild…」
 軽やかで高い声が空に響き渡り、風に乗っていく。動物たちもそれをじっと聴いていた。アカペラの一曲目が終わると、今度は小太郎のギターとハーモニカに合わせ童謡やクラシック、最近流行のポップスなどを次々と歌っていく。琥姫が持参してきたタンバリンの音が、軽やかに跳ねるようだ
 小太郎のギターやハーモニカはけっして下手ではないが、まだ発展途上なのか時々つっかえたり間違えたりする。だがそれで演奏を中断させることもなく、小太郎は楽しそうに演奏していた。音楽は技術も大事だが、それ以前に心を込めているかどうかが一番だと小太郎は思っていた。
 技術だけがあっても演奏している側が心を込めていなければ、その音は誰の心の琴線も揺らさない。自分の心を揺らし、相手の心も揺さぶる…それは人間だけではなく、動物や他の生き物も同じだ。機械が奏でた音楽は美しいかも知れないが、ただそれだけだ。
 同じ音の空間を共有して、その音の海に身を委ねる…。
「これを教えてくれたのは琥姫姉ちゃんだっけ」
 それは幼い頃、教会の日曜礼拝に行っていたときの事。
「琥姫姉ちゃん、どうして意味の分からない歌をみんな聴いてるのかな?」
 どうしてそんな事を言ったのかはもう覚えていない。ただ、琥姫がさっき歌った「アヴェマリア」の歌詞が分からなかっただけなのかも知れない。日本語ではない言葉で歌われる歌を、誰も彼もが静かに聴いている…それが小太郎は不思議だったのだ。
 すると琥姫はにっこりと笑いながら、小太郎の手を引きこう言った。
「意味は分からなくてもいいの。大事なのは『音』で、それを聴いて綺麗だなとか、素敵だなって思うのが大事なんだよ」
 あの時聴いた「アヴェマリア」も、琥姫が最初に歌った「アヴェマリア」も綺麗で素敵だった。聴いているだけで心が動き、自分でも歌ったり演奏できるようになりたいと思った。
 今それが叶い、琥姫と一緒に音楽を作り上げている。
 聴いているのは河川敷で面倒を見ている犬や猫ばかりではなかった。ゆっくりと犬を散歩させている人や、自転車で通りがかる人。ジョギング最中に足を止める人や、辺りの木々達…そこにいる生きる者達全てが琥姫の歌に感動し、小太郎の演奏に微笑んでいる。
「楽しいね、こたろーちゃん」
「うん、すごく楽しい」
 琥姫は曲の合間に足を止めている人に向かい、大きく声をかける。
「リクエストあったら歌いますよー。童謡でもポップスでも演歌でもー!」
 演歌…という言葉に小太郎が慌てた。
「琥姫姉ちゃん、それ僕演奏できない…」
 すると琥姫は小太郎に向かって悪戯っぽくウインクした。
「一緒に歌えばいいでしょ。声はどんな人でも演奏できる『楽器』の一つなんだから、ね?」
「……うん」
 やっぱり琥姫には敵わない。
 肩をすくめるように苦笑いをすると、琥姫はにっこり笑ってステージに向かい手を振る。
「リクエストがないようなので、衣装に合わせて『月の砂漠』を歌うね。こたろーちゃん、演奏お願い」
 簡易作りの楽譜台に置いた手作りのコード表をめくり、それに合わせて静かなライブは続いていった。

 最後は小太郎の演奏で『コンドルは飛んでいく』に続き、琥姫が好きだというシューベルトの『水の上を歩く』をアカペラで歌って締めた。
 それを聴いていた人は皆拍手をし、犬や猫たちは機嫌良さそうに尻尾を振る。木々や草たちも、静かに風に揺れながら優しくざわめいた。
「楽しかったー」
「琥姫姉ちゃんありがとう…こんな事言うのも変だけど、一緒に演奏できて良かった」
 ギターを肩から降ろそうとする小太郎を、琥姫がそっと手伝った。そしていつものように微笑みながら小太郎の手を握る。
「私もだよ。こたろーちゃんと一緒にライブ出来て楽しかった!また一緒にやろうね」
「うん、それまでにギターもハーモニカも練習しておく」
 そう言って一瞬黙り込んだ後、二人はクスクスと笑った。また一緒にこうやって演奏したい…こうやって自分達の演奏で誰かを喜ばせたい。琥姫も同じ気持ちのようで、笑った後ふうっと息を吐く。
「楽しかったけどおなかぺこきゅー。トマト持ってきたから一緒に食べ…あーっ!」
 琥姫が大きな声を上げ、ステージの下を見た。そこには琥姫がトマトを入れていた可愛い紙袋があったのだが、その中に入っていたトマトを犬や猫たちが美味しそうに食べている。
「そういえば今日はご飯あげてなかったっけ…」
 ステージの準備やライブですっかり忘れていた。それを聞き琥姫は小太郎の背中をぽかぽかと叩く。
「うわーん!こたろーちゃんひどいー」
「ごめんね、琥姫姉ちゃん。これから皆にご飯あげたら一緒に何か食べに行こう。トマトも買うから」
 これから餌をあげ、琥姫と一緒にステージを作るためにケースを借りた店に行って、お礼を言いがてら何かご馳走しよう。
 そしてトマトを買って、明日はステージを撤収して…。
「でも、トマト美味しそうに食べてもらったし、みんなおなかすいてたんだよね。トマト好きならそれで正義!」
 さっきまで半泣きだったのにもう笑っている琥姫に、小太郎はライブの余韻を感じながらそっと空を見上げていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6615/矢鏡・小太郎/男性/17歳/神聖都学園 高等部生徒
6541/神楽・琥姫/女性/22歳/大学生・服飾デザイナー

◆ライター通信◆
ご指名ありがとうございます、水月小織です。
二人で河川敷ライブをするというお話ということで、色々とライブ前の準備やライブの様子などを楽しく書かせていただきました。
曲などに指定はなかったのですが何か色々と自分の好きな曲を出してみたり、河川敷といえば通っている人もいそうだな…と思い、犬や猫だけではなくその場にいる皆が楽しめる風景にいたしました。小太郎君の口調は「礼儀正しく」だったのですが、幼なじみの琥姫さん相手に礼儀正しく…は違和感あるかと思い、少くだけた感じにしてあります。
リテイク、ご意見はご遠慮なくお願いいたします。
またご縁がありましたら、物語を紡がせて下さいませ。