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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


思いを胸に、稲荷を口に。


 草間興信所で、守崎・北斗(もりさき ほくと)は冷蔵庫を覗いていた。
「草間、相変わらず殺風景な冷蔵庫だな」
 じーっと物色するように冷蔵庫を見ながら、北斗が話しかける。
「おいおい、お前は啓斗から買い食い拾い食い貰い食いを禁止されてるんじゃないのか?」
 双子の兄である守崎・啓斗(もりさき けいと)の名前を出され、北斗はぐっと言葉をつまらせる。
「や、だって腹は減るし」
「禁止されてるのにな」
「がっつり色々勝ったり拾ったり貰ったりしてーんだけどな」
 拾い食いは良くない、と草間は心の中で突っ込む。北斗は冷蔵庫の物色を諦め、小さくため息をついてバタンと扉を閉めた。「ちぇっ」と舌打ちをすると、ぐう、と呼応するように腹が鳴った。
「お前も、食い物の事で大変だな」
 草間が苦笑しながら言うと、北斗は「まあなー」と言って苦笑を返す。
「ちょっと食って帰っても、ばれる時あるしさ」
「その後の食事の量でばれるんじゃないか?」
 草間の問いに、北斗ははっきりと「それはない」と言い切る。
「だって、食べる量って大体一定だし」
「一定、という事は、間食してもしなくても食べる量が同じって事か」
「そーゆーこと」
 北斗はにっと笑いながら答えた。草間は「さすがだな」と言って苦笑する。
「ああやって強く禁止されていたら、間食しにくいな」
 鬼のような形相で「買い食い拾い食い貰い食いをするな」と言う啓斗を思い出し、草間は「うんうん」と頷く。北斗は「あー」と納得し、続いて「でもさ」と口にする。
「でもさ。昔はアレでももっと可愛いとこ、あったんだぜ?」
「可愛いとこ?」
「ああ」
 まるで、啓斗よりも北斗の方が兄のような発言だ。草間はその口調に思わず苦笑をもらす。
「アレでも、さ」
 北斗はそう言い、そっと窓の外を見つめた。


 幼い北斗は、同じく幼い啓斗を探していた。
「けーと、どこ?」
 北斗は呟き、きょろきょろとしながら家中を見て回る。探しても見つからぬ啓斗に、自然と足も速くなる。
「ここ?」
 絶対に人が入りそうに無いティッシュカバーや小さなゴミ箱だとかを、ぱか、と開けてみたりしながら北斗は問いかける。
「けーと」
 家中を探し回り終え、次に庭へと駆けて行く。家の中にいないのならば、庭にいるに違いないと判断する。幼い啓斗が、家の門外へと出て行くとは到底思えなかったのもある。
「けーと」
 北斗は再び問いかける。がさがさと植え込みの辺りを確認しつつ、啓斗の姿を探す。
 そこで、北斗は「あ」と小さく声を上げた。見慣れた茶色の頭が見えたからだ。
「……けーと」
 北斗は改めて、声をかける。すると、茶色の頭がぴくりと動く。小さく細い腕で、ぎゅっと膝を抱えて縮こまっている。丸くなった体から、ひょっこりと顔が覗いた。
「どしたのー?」
 北斗の問いに、啓斗は答えない。小さく「ほくと」とだけ言い、今にも泣き出しそうな顔をした。
「けーと、どしたのー?」
 北斗はそう言って、啓斗に近づこうとする。すると、啓斗はそんな北斗に向かってぎゅっと手を握り締めながら「や」と静かに制した。
 近づこうとする北斗を、拒絶するように。
「……けーと?」
 ゆっくりと近づくが、啓斗はずっと「や」を繰り返すだけだ。それでもめげず、北斗は啓斗の方へと近づいていく。
「どした……の?」
 根気よく啓斗の元に近づいて辿り着いた北斗は、そっと手を伸ばして啓斗の頭を撫でた。ふわり、とした柔らかな毛が、掌にくすぐったい。
 すると、しばらく言葉を発さずにいた啓斗が、小さな声で「や」と呟いた。それは、今まで北斗を拒絶してきたような言葉の音とは違っていた。
「なにが?」
「しゅぎょ。しゅぎょ……や」
 ぽつりと呟くように言う啓斗に、北斗はようやく納得した。
 北斗と啓斗には、修行が課せられている。しかし、北斗は要領よく修行をサボっている事が多かった。啓斗は真面目だから、その分修行を課せられていたに違いない。
 つまり、北斗が修行をサボる反動が、啓斗の方へときていたのだ。
 北斗は「ごめん」と啓斗に謝った。
「俺、駄目忍者で、ごめ……」
 しゅんとする北斗に、啓斗は何か言いたそうに顔を上げる。だが啓斗が言葉を吐く前に、北斗はぱあっと顔を明るくして啓斗の手をぎゅっと握り締める。
「けーと、隠れよ」
「隠れる?」
 不思議そうな啓斗に、北斗はこっくりと頷いて庭の一角を指差す。そこにあるのは、土蔵。
「あそこ、隠れよ」
「……俺は、要領悪いから」
 啓斗はそう言って顔を伏せ、小さな声で「だから、捕まる」と続ける。
「でも、けーとは、や、なんだろ?」
 北斗の言葉に、こく、と啓斗は頷く。啓斗が北斗に比べて要領が悪いから、捕まって修行を課せられている。それは啓斗にとって嫌な事だったが、要領が悪いから仕方のないことなのだと半ば諦めている部分もあった。
 しかし、そんな啓斗の心配を払拭するような満面の笑みを、北斗は浮かべる。
「じゃ、隠れよ」
 にっこりと笑う北斗に、啓斗は小さく笑みながら頷いた。見つかったらどうするのだとか、怒られるだろうなだとか、そんな事は恐れるに足らないといわんばかりに。
 北斗は啓斗が頷いたのを確認し、ぎゅっと手を握って家の中に走る。幸い、今は誰も家のものがいなかった。ほっと息を漏らしながら、辺りを見回す。
 ちょこん、と茶の間にお稲荷さんが五つ乗った皿があった。
 北斗は迷うことなくそれを手に取り、啓斗にひょいと手渡す。そして、啓斗が呼び止める間もなく、今度は台所から麦茶の入ったヤカンを手にした。
「さ、いこ」
 北斗はそう言い、土蔵へと向かった。啓斗も手に皿を抱えたまま、北斗についていく。
 土蔵の扉を開けると、つん、とかび埃くさい匂いがした。
「二階のが、きれいだっけ」
「ん」
 二人は頷きあい、食料と飲み物を持って二階へと上がった。ぎしぎしと音を立てる板はちょっとだけ怖かったが、二人でいる事が怖さを半減させた。
 埃っぽい一階と比べ、二階はそれなりに綺麗だった。二階の方が、巻物や蔵書といったものを保管してあるからかも知れない。
 北斗は辺りを見回し、その中にあった葛篭へと入り込む。それに続いて啓斗もその中に入った。
「俺、夜になってもかえらない」
 北斗はそう言い、お稲荷さんに手を伸ばす。甘辛い味付けの油揚げと、中に入った酢飯がほど良い。もぐもぐと口いっぱいに、美味しさが広がる。
「けーと、これ、うまい」
 にかっと笑う北斗につられ、啓斗もお稲荷さんに手を伸ばして頬張る。
「おいし」
「だろ?」
 もぐもぐとお稲荷さんを食べる啓斗を見、北斗は笑いながら麦茶をヤカンの口から飲む。飲み終えた所で、啓斗が手を伸ばしてきてヤカンを受け取り、同じように口から麦茶を飲んだ。
「ほんとに?」
 二つ目のお稲荷さんを食べている時、啓斗が尋ねてきた。北斗はこっくりと頷く。
「ほんとに。俺、家なんかかえんない。夜になっても、かえんないんだ」
 まだ日は高い。小さな小窓から差し込む光が、啓斗の目に差し込んだ。
 ぼんやりと、視界がぼやける。
「けーと……?」
「……ありがと」
 ぽつり、と。呟くような、それでも溢れんばかりの喜びを以って。
 啓斗は顔を上げ、北斗をじっと見て微笑んだ。嬉しそうに、だけど目からは涙をこぼしながら。
 北斗は小さく頷き、啓斗の頭をそっと撫でた。
 くしゅくしゅと涙を流し、あるいは慰めながらお稲荷さんを全て食べ終えると、すっかり日が傾いていた。入り込んでくる風が、ちょっとだけ肌寒い。
 北斗は一旦葛篭から出、何かかけるものがないかと探す。自分達が入っている葛篭の隣においてある箪笥の中に、上手い具合に着物を発見した。それをぐいっと引っ張り出す。
「けーと」
 北斗は着物を持って再び葛篭の中に入り、二人並んで着物をかけた。一見、薄い布で作られているように見えた着物だったが、二人がくっついている事も重なって妙に暖かかった。
「あったか……」
 ふと北斗が漏らすと、啓斗もこくっと頷いた。二人は顔を見合わせてにっこりと笑う。
 お稲荷さんでお腹は満たされ、かけている着物と寄り添う体が温かい。
 いつの間にか、二人はゆっくりと眠りへと落ちていくのであった。


 話し終えると、草間は「なるほど」と言って頷く。
「で、そのまま葛篭の中で過ごしたのか?」
「まさか。あの後、いなくなった俺らを探しまくってた親に見つかってさ、篭城は終わったよ」
 北斗はそう言って肩を竦める。
 修行を抜け出し、夕方になっても家に戻ってこない二人。親達は二人を必死に探し、土蔵の二階にある葛篭の中、着物に包まって眠っている所を見つけたのだ。
 本当に短い篭城だった。お稲荷さん五つと、ヤカンの麦茶という少ない食料で篭城を試みただけでも凄い事なのかもしれない。
 それでも、あれはいい思い出として北斗の中に残っている。絶対に夜になっても家に帰らない、といった北斗の気持ちは、全く嘘偽りないものだ。もし今も同じ状況が起こったとしても、同じ事を言ってのける自信がある。
 尤も、同じ状況と言うのは起こらない自信も同時にあるのだが。
「何だかんだ言って、お前らって」
 草間はくつくつと笑い、煙草を口にする。
「なんだよ、草間」
「いや?」
 怪訝そうにする北斗に、草間は意味深な笑みだけを返した。別になんでもない、というようにしつつも、何でもなくはないと言わんばかりの笑みだ。
「ま、いいけどさ。……次は、冷蔵庫に何か入れておいてくれよ」
「何かって、何が良いんだ?」
「そうだな……おい」
 お稲荷さんとか。
 そう言おうとし、慌てて北斗は口をつぐんだ。今話した話の中に、登場してきた食べ物だったから、妙に憚られたのだ。
「と、ともかく。何か、だよ」
 北斗はそう言って草間に背を向ける。草間は「分かった分かった」と答え、煙草に火をつける。
「はいはい、何か、だな」
 草間の言葉に、北斗は「じゃあな!」と強引に話を切り、どすどすと音を立てながら階段をおりていった。ちょっとだけ、照れているのかもしれない。
「何だかんだ言って、あいつら仲がいいよなぁ」
 出て行った北斗の背を窓から覗き、草間は小さく呟いてからくつくつと笑った。そして、冷蔵庫の中に次はお稲荷さんでも入れておこうか、などと心の中で付け加えるのであった。

<窓の外にはいつかの夕日があり・了>