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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


青春の必然
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●T●
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「ちょ、ちょちょちょちょ、待った!! 待ったってあんた!!!」
 駅のホームで大声を発する草間・武彦は、否応無しに目立っていた。
 手を眼前で振りながら、にじりにじりと後退する腰は引けている。奇異な視線は彼だけに向けられ――相対するものが、誰一人見えていなかった。

 だが武彦には、そんな事に構っている余裕は無い。気を抜けば武彦の相対する【幽霊】は、腰にしがみついて揺すっても剥がれやしないのだ。
 変なものに目を付けられてしまったと嘆いても後の祭り。
 ここで是と頷かない限り、草間にとり憑くと囁くソレ――。
「ああ、わかったよ!! 協力する! するからっ!!」
 脅しとばかりに線路に引きずり込まれそうになって初めて、武彦はまいったと手を挙げた。

「お前に頼みがある」
 草間・武彦から依頼の申し込みを受けて、【アナタ】は興信所を訪れていた。苦々しく笑う武彦に先を促すと、彼は頬を掻いて視線を明後日の方向に逃がした。
「依頼主は、誤って線路に落ち事故死した奴で……まあ、地縛霊なんだが。そいつが駅で見かけたお前に惚れたらしい」
 【アナタ】は武彦の言葉の真意を掴みきれず小首を傾げた。幽霊と言えど、元は人間だ。感情は残っていておかしくない。それが自分に好意を示してくれても、然りだ。
「何でもそいつは一度も味わえなかった青春を謳歌したいらしく……つまり、お前とデートがしたいらしい」
 つい、と彼が指差した扉の前に、いつの間にかソイツはいた。
「ツテで人型の人形を借りた。――人間にしか見えないが、中身は死人だ。奴とデートしてくれ。依頼料もねぇ。デート代もお前のポケットマネーで!! 承諾してもらえねーと俺が呪い殺される……!」
 最後には縋る様に手を伸ばしてきた武彦に、【アナタ】は的外れな事を一言だけ。
『謳歌したい青春がコレ?』
「何でも、恋愛は青春の必然らしい!!」
 ――半べぞの武彦は、あまりにも憐れ過ぎた。


●U●
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 額を擦り付けて平伏する草間を、黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)は見下ろす様にしてソファに腰掛けていた。
 いきなり呼び出しておいてこれか、と胸中で毒づいてから、扉の前に所在無げに立っている件の相手に視線をやる。
 相手は高校の学生服と思われる濃紺の学ランを着ている。栗色の髪は前髪がやや長く瞳の上にかかっていたが、それ位にしか特徴が無く、どこにでもいるような普通の学生だった。
 彼は冥月の切れ長の双眸に見つめられて、頬を紅潮させながら俯いた。
 人形とは思えない精巧な変化に驚嘆させられる。逝去する前の彼そのものを象ったというのだから、何時もの事ながら草間武彦の人脈には恐れ入る。
 そんな冥月を下方から見上げていた草間は、何を勘違いしたのか、喜色満面に言う。
「やってくれるんだな!?」
 そんな事は一言も言っていないのに、この男の頭はどういう構造をしているのか。
 冥月はきっぱりと否定する。
「断る」
 一にも二にも無く答えた冥月に、草間は落胆と絶望の色を顔貌に浮かべたが、冥月は構わず続ける。
「安らかに呪い殺されろ。葬式だけは盛大に上げてやる」
「そりゃ無いだろっ!」
 断られる事が予想外だったのだろう。草間は悲痛に叫んで、冥月の足元に縋ってくる。聞く耳持たずとそっぽを向いてやると、草間は
「俺が居なくなったら、零はどうなるんだ!?」
とか、
「お前の仕事も減るぞっ?」
果てには、
「俺がお前を呪い殺してやる!!」
とまで叫んで泣き出した。
 ――こんな男を兄と慕う零は、哀れだと思った。だがむしろ草間が居なくなった方がよっぽど生活は楽だろうし、興信所がなくなったとて自分の仕事は他にもある。草間に呪われた所で返り討ちにしてくれる自信すらある。草間の言葉のどれもこれも、首を縦に振るには至らないものばかりだ。
 しかしだからといって泣きじゃくる草間は許容範囲を越える。
「鬱陶しい。……私が殴り殺すぞ」
冷徹なまでの冥月の言葉は、草間の背に戦慄を覚えさせた。声の中の『本気』を感じ取って、さっと冥月の傍から離れる。
 その様子を一介の学生である”彼”――谷川 俊と名乗った――は、きょとんとして見つめていた。
 その視線に気付き、草間は這い蹲っていた身体を起こした。彼の大人としてのプライドがさせたのかは定かではないが、立ち上がった時には既に涙の跡すら無く、何事も無かったように俊に向き直って、彼の肩を叩いた。
「そういう事だ。残念だったな」
「えっ!?」
 残念だも何も、どうにか説得してくれるものと思っていた草間が、突然断念した風にしか見えない俊は驚きに声を上げるしかない。
 草間はため息をつきながら、わざとらしく頭を振っている。
「諦めろ。男は諦めも肝心だ」
「でも……だって……」
「だっても何も、相手が厭だと言うんだから仕方が無いだろう? こればかりは俺にもどうしようも無いよ。……可愛そうだが」
「そんな………」
 俊は落胆の色を落としながら、縋るような視線を冥月に向けてくるが、冥月は腕を組んだままの姿勢でただ静かに、彼を見返した。
 俊の瞳には涙まで浮かびそうだった。やっとの事でここまでこじつけて、期待に心は弾んでいたと言うのに――最期の願いさえ脆くも崩れ去ろうとしている。草間も冥月もちっとも優しくない。――こんなに可愛そうな自分なのに。
 俊の指が制服の裾を握り締めて震えるのを見て、草間は慌てた様子を見せる。
「お前も冷静になれ。こいつは止めた方が良い」
「でも……」
「大体な、こいつは男――げふっ」
 親指で背後を指し示しながらの草間の言葉は、最期まで言う前に途切れ、彼は蛙が潰れたような声を上げて倒れ込む。
 そのまま床で身悶える草間に、今踵落しをお見舞いした冥月が吼えた。
「誰が男だ!」
 見事に決まった攻撃を瞬きながら逡巡して、俊は呆然としている。今目の前の美女が、大の男に、素晴らしい踵落しを―――決めた?
 冥月は唖然としたままの俊に向き直ると、彼にも容赦なく平手をかました。
「……っ!」
 はたかれた事も理解出来ぬまま、俊は明後日の方向を向いて固まった。反射的に叩かれた右頬に手を当てて、続いた冥月の言葉をどこか遠くの事の様に聞く。
「お前もな、人質取るなんて最低だぞ」
 黒曜石の如く美しい瞳は逸らされる事なく俊に向けられている。
「人質にその価値もないが……そんな形で強要する奴と、デートしたがると思うか? 本当にデートしたいなら、誰も呪わず正面から私に言ってこい。話はそれからだ!」
 俊はそれを聞いて、顔を強張らせた。
「あ……」
 呻くように呟いて、歯を食いしばる。制服の胸元、心臓の上を握り締め俯く彼の瞳からは涙が雫となって落下していた。


●V●
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「僕、冥月さんがずっと……ずっと、好きだったんです」
 草間に促されてソファに腰掛けた後、俊は俯きながら淡々と言う。時折鼻を啜る音も聞こえたが、冥月はただ静かに俊の告白を聞いていた。
「塾へ行く道で良く見かけて……立ち姿が綺麗で、憧れて。でも僕はこういう事になって……どうしても、会いたかった。だけど貴女との接点なんて今の僕には無かった。草間さんを見つけた時、なりふりなんて構えないと思った」
「俊……見掛けに騙され――おぶっ」
 心底同情する様に紡がれた草間の言葉は、裏拳で遮って。
「それで?」
冥月は更に続きを促した。
「でも、それで冥月さんに嫌われるなんて嫌です。デート出来なくても、こうして気持ちを伝えられただけ……僕はきっと、恵まれているって……そう、思いたい……」
 俊は顔を上げると、淡く微笑んで見せた。
「さっきの言葉、ぐさっときました。でも……そんな風に人に左右されない冥月さんが、僕はやっぱり好きなんです」
 きっぱりと告げる言葉に、草間の方は居心地が悪そうだ。人の、それも純真な青年の告白なんて歯痒くってとても見ていられない。それは分かる。分かるが――だからといって草間が起こす行動は何時も――
「俊君、君の男の趣味はおかし――ぅぐ……っ」
――愚行でしか無いので、同情の余地も無い。


「次は殺すぞ」
 素気無く言うと、顔面を腫らしてどこが目だか鼻だかすら分からない形相へと変貌した草間は辛うじて頷いてみせた。
 それを視界の端で確認して、冥月は興信所の扉を、その主の前で閉ざしてやった。
 やっと一息ついて俊に向き直ると、冥月はおもむろに頭を下げる。
「御免なさい」
 それは俊の、真摯な告白に対しての答えだった。
「私には好きな人がいます」
 先程とは打って変ってしおらしい、女性のそれで言葉を紡ぐ冥月。細く長い指が胸元にぶら下がったロケットを弄んでいる。
「もう死んでいないけれど、だからこそ君とはデート出来ません。例え擬似でも彼以外は愛せないし、気持ちの一欠けらも向ける事が出来ないの」
 それは聞き様によっては優しさを感じられない拒絶の言葉だった。きっぱりと拒否されたのである。君の事は好きになれないと、俊の立場を慮れば同情して一日位付き合っても良いものだが、それすら出来ないと、振ったのだから。
 けれど俊にとってそれは――振られた事自体はとても辛い事だったが――優しさだった。
 嘘偽りの無い、真実の言葉。真剣な俊に対して真剣に応えてくれた証拠。俊の入る隙間も無い程、冥月は想う相手が居る。そしてその想う相手への気持ちを貫こうとしている証。
 包み隠さずそれを伝える事は、俊には優しさと思えた。
「――やっぱり、貴女が好きです」
 自然に喉を通り過ぎた言葉は、心にわだかまっていた何かを払拭させて、俊は清清しい思いで瞳を閉じた。
「もう、満足です」
 何が俊を執着させていたのか、俊自身にも分からない。冥月へのこだわりもあったが、きっとそれだけではなかった。何故自分が死ななければならなかったのか、まだやりたい事もあったのに、まだ生きていたかったのに――様々な不満が、俊を現世に繋ぎとめた。
 その全てが、今、あっさりと消えた。
 心が、体が、軽い。
 そう自覚した瞬間、俊を模した人型が輪郭を失う。茫洋と霞んだそれが、今生との別れなのだと冥月にも分かった。
 力を失くすように倒れかかってくる人形を抱きとめながら、その人形から天空へと昇る光の粒を見つめて、冥月は微笑む。
「彼に会えたら、宜しく言っておいて」

 静かに、静かに――彼は空へと昇っていった。


●W●
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 さわり、と風が木々を揺らして駆け去って行く。
 墓前に膝を折って、冥月は孕んだ髪の毛を整えた。
 視線は絶えず前を向き、愛しい人の名前が彫られた墓石を優しく見つめて。
 物言わぬ彼の人に、冥月は静かに語りかける。
 目を閉じれば色褪せる事無く思い浮かばれる人。
「この後、あの子を参るけど……浮気じゃないわよ?」
 俊の件の報告と、草間に調査させた俊の墓を参る旨を伝えて、冥月は口元を緩ませる。
 記憶の中、愛しい人は笑む。きっと彼ならこう言うだろう。

『       』

 きっと彼なら――。

「ねぇ、そっちで彼と出逢えた?」

 案外仲の良い友達になるんじゃないかと、彼と俊が笑い合う姿を想像して、冥月はしばし瞳を閉じた――。




END



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●登場人物●
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】


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●ライター通信●
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冥月様、初めまして!!お会い出来て光栄です&発注、有難う御座いました!!
そしてお届けが遅くて申し訳ありません。

「人質取って強要する奴に〜」の冥月さんの喝に、私も目から鱗でした。確かに、そんな奴とデートはしたくない……そんな男らしい冥月さんに、私も惚れそうな勢いです(え)その実、恋人の前では女性らしい、なんて、とても素敵だなぁと思います。そんな冥月さんを少しでも表せていれば幸いです。
また草間さんとの関係も理想的で……その設定に、私も楽しく執筆する事が出来ました。しかし何て学習しない男なんだ、草間氏は!!

何かご意見御座いましたら、ぜひお願い致します。
またどこかでお会いできる事を祈って。
このたびは有難う御座いました!!!