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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


招き歌姫

 夜の繁華街で歌っていた少女には奇妙な曰くがあった。
「あの子の歌を聴くと、死にたくなるんですって」
彼女が死んだ理由も、歌っているところへ突っ込んできた居眠り運転のトラックのせいだった。
「でも、本当に彼女のせいなんですか?」
三下忠雄が尋ねた。碇麗香はきっぱりと答える。
「それを調べるのがうちの仕事よ」
本当に彼女が死を招く歌声の持ち主なのか、それともただの偶然か。超常現象を扱う月刊アトラスにはふさわしい事件だった。

 月刊アトラス編集部にはいつも嵐が吹いている。三下目掛けて麗香の雷が落ちている。
「三下、あの写真はどこへやったの?」
「へ?あの写真って、どの写真ですか?」
「馬鹿!どうせ、脳みそと一緒にどこかへ落としてきたんでしょう!幽霊になった少女の生前写真よ!」
「あ、ああ!はい、ただいま!」
「・・・ったく」
おおわらわで散らかり放題の自分の机をひっかき回している三下は放っておいて、麗香は三人に向き直る。パティ・ガントレット、初瀬日和、羽角悠宇の三人は一台のICレコーダにイヤフォンを取りつけて、少女のインタビューを交代で聞いていた。
「どう?なにか、声におかしいところはあるかしら」
「いや」
右耳にはめていたイヤフォンを外し、悠宇は首を振った。別に、死にたい気持ちにはかられない。隣で聞いていた日和もこくんと頷き、パティもそれに同意するように口を開いた。
「この少女、碇さんや三下さんが直接接触できたということは、さほど悪い霊ではないかと思われます」
二人、特に三下の場合悪霊であればあるほど目には見えないかわりに崇りを受けやすい。彼の目に見えるのは害のないものがほとんどだった。
「じゃあ、歌声自体は問題がないってわけ?」
「そうとも限りません」
目を閉じたままパティが首を横に振る。瑠璃色をしているらしいその目が開かれたのを、まだ誰も見たことはなかった。
「霊がもたらす力は大抵、なにかに記録されてしまうと効力を失うものなのです」
「・・・でも、こんなに綺麗な声が人を殺すなんて・・・」
信じられないという風に日和が再度、イヤフォンに耳を傾けた。そのとき悠宇が、なにかを思い出したように自分の鞄を探り出した。
「えっと、確か先々月・・・いや、もっと前の雑誌だっけなあ」
ずぼらなところのある悠宇の鞄には結局、半年分の雑誌が詰まっていた。これでよくも重くないものだと呆れるが、本人は構うところではないらしく五ヶ月前の開くと中ほどの記事を指さした。
「麗香さん。この子じゃないか?その幽霊って」
示されたのを見ると、確かにこの間話した透明な顔がそこにあった。頷いた麗香の後ろで雑誌の山を崩しながら三下が
「写真、ありましたあ」
と間抜けな声を上げた。

 悠宇が半年も前の記事を覚えていたのには、理由があった。
「俺も駅で見たことあるんだ。だけどそのときは別に、死にたいとかそういうのはなかったなあ」
喋りながらふと日和のほうを見ると、泣きそうな顔をしている。ああ、また余計な心配をさせてしまったなと悠宇は思った。そのうち日和は、歩道のない道を歩いているだけでも悠宇が車にぶつかりはしないかと心配を始めるのではないだろうか。
「声が悪いなんて、俺は思わない。っていうか・・・俺が聞いたのはかなり前だから、歌が変わってたらわからないけど・・・」
「問題は歌詞のほうかも、ってわけね」
麗香たちは、直接に少女の歌は聞かなかった。ICレコーダに記録したのは話し声だけである。
「ならば再度、少女に会うしかありませんね」
パティはゆっくり、杖をついて立ち上がった。日和も悠宇に駄目だと言われる前に続いた。さっき悠宇の心配をしていた同じ頭で考えるのもおかしなものだったが、ぜひ歌が聞いてみたかったのである。いや、本音は歌が事故の原因ではないという証拠を探したかったのかもしれない。
 お互い、知らず知らず無鉄砲な性格だった。相手のことを心配させるとわかっていながら、自分の感情に背中を向けることができない。だからときに日和が悠宇の、悠宇が日和の後を追いかける。もっとも、今回は二人足を揃えて進むことになりそうだったが。
「俺も行くぜ。俺は、ギターが気になるんだ。ほら、大切にされた道具には魂が宿るって言うから、ギターが事故の原因って可能性も捨てきれないだろ?」
それぞれにそれぞれの仮説があった。正体を見極めるには、自分の目で確かめるしかない。しかしそれには証人が必要で、麗香は今から溜まっている仕事を片づけなければならないということで誘うことができなかった。
 それなら、消去法で残った三下しかいない。三人は仕事が終わって帰るつもりだった三下を半ば無理矢理連れ出して、夜の街へと向かった。

「ねえ、やめましょうよ。僕たちも呪われちゃいますよ」
往生際の悪い三下は本人を目の前にしてまで歌を聞くのを嫌がった。麗香と一緒に取材をしたときはなんともなかったくせに、それほど自分たちが信頼できないのかと悠宇が口をへの字に結ぶ。だが、パティの
「前回取材したときは、三下さんは彼女が幽霊だと知らなかったわけですから・・・」
という一言でなるほどなとあっけなく納得してしまった。知らなかったから、なんともなかったのだろう。まったく無知ほど恐ろしいものはない。いっそ三下にはなにも教えず仕事に放り出したほうが、うまくいくのかもしれない。
「あの・・・ここで、どんな歌を歌ってらっしゃったんですか?」
「ずっと同じ歌を、同じ順番で歌っていました。今の時間なら・・・そうですね」
少女は駅前の時計を見上げ、有名な曲の名を挙げた。自分の歌だけでなく、カバーも歌っていたらしい。
「事故が起きたとき、いつも同じ歌だったのですか?」
「ええ・・・」
少女は自分のつけた曲名と、歌っていた時間とを正確に告げた。八時五十八分から九時一分二十秒まで。三下が麗香から持たされた救急隊の出動記録を見ると、九時一分から二分の通報がほとんどであった。
 日和はふと、少女のいるビルの二階へ目がいった。
「あそこ・・・ラジオの放送局かしら?誰か喋ってるみたいですけど」
「そうみたいです。扉を開けられると、ときどきお喋りや曲が聞こえてきますから」
自分で歌っているときは気づかなかったと少女は笑った。道端で歌う者ならば本来、ラジオ局の真下など音の漏れる場所は選ばないだろう。しかし少女は歌を歌いたいことだけ精一杯で、場所の有不利は考えていなかったのだ。
「もうする九時になるな」
腕時計を確かめる悠宇。ラジオ局の扉が開いて、時報代わりのテーマ曲が流れ出した。聞くともなく聞いていたパティであったが突然、不快そうな声を上げた。
「なんですか、この音は」

 ラジオ局の音楽を聞いているうち、パティの本能が不快を訴えはじめた。それはあからさまな痛みではなく、背中をなにか這いずり回っているような気味悪さ。感覚に触れる恐怖感。幸いパティの神経はそんなものに打ち負けるほど柔にはできていなかったが、それでも長時間聞いていたいとは思わなかった。
「ラジオの音に、なにか混じっています。向こうからです」
指さされたほうへ、悠宇が向かった。ビルの裏へ続く細い路地は薄暗く、通行人が投げ捨てていったらしい空き缶やペットボトルがそこら中に転がっている。ケンカでもあったのか、血のついたシャツも捨てられていた。
 東京なんて綺麗に見えても少し潜れば得体が知れない。交通事故で死んだ少年の指が雑踏の中にまぎれて回収されず、朽ち果てていったという都会の怪談を思い出して悠宇は耳を塞ぐ。視線を細めたその先になにか、光るものがあった。
「なんだ・・・?」
近づいて確認してみるとギターの破片が、ぴんと張られた弦が二本だけ切れずに残っていた。多分、少女が事故にあったときギターが路地へ飛ばされてしまい、放っておかれたのだろう。もしかするとこれが彼女を幽霊として留まらせているのではないだろうか。そう思ったとき、路地にビル風が吹き抜けてギターの弦を鈍く鳴らした。
「それです」
パティの声が一段と大きくなった。
 ギターの破片を拾った悠宇が戻ってくると、やや青ざめて見えたパティの顔色が大分回復していた。日和は自分の携帯電話と、三下から借りた電話を両耳に当ててなにか操作をしている。
「なにしてるんだ?」
「うん。パティさんがね、音が気になるって言うから」
言うから、携帯電話がなんの役にたつのだろうか。首を傾げている悠宇に日和は両手を、いや、両手に持った携帯電話を差し出す。
「嫌がらないで、聞いてみてね」
そしていくつかのボタンをいくつか、同時に押していく。
 最初はなんとも思わず音を聞いていた悠宇だったが、五つ目を聞いた頃だろうか。突然全身に鳥肌が立ち膝から力が抜けた。
「一種の恐怖音よ」
音楽に詳しい日和は知っていたが、悠宇やパティには聞きなれない言葉だったので説明を加える。
「いくつかの音を同時に聞くと、人は不快を感じたり恐怖を感じたりするの。多分・・・だけど、今回の事故は恐怖音が関係しているんじゃないかしら」
「彼女の歌とラジオ局の音楽の組み合わせが、人間の感覚に奇妙な作用を及ぼしているということですか?」
確かめるように繰り返しながらも、パティにはそれが実感できていた。さっきの言葉にしようもない感覚をまともな人間が浴び続ければ、それは事故も起こすだろう。
 歌にも言葉にも罪はなかった。ただ場所が悪かっただけ、それが彼女に降りかかった一番大きな不幸だった。

「本当にこれで、気持ち悪くなるんですか?」
半信半疑の三下は携帯電話を両耳にあてて、適当なボタンを押している。日和を真似ているのだろうけれど、適当に押していてもどうにもならない。
「彼は放っておいて帰りましょうか」
アトラス編集部には後日三人で書いた報告書を提出すれば、立派な記事にしてくれるだろう。とりあえずは雑誌で少女の濡れ衣を晴らさなければ。
 しかしパティを悠宇が引き止めた。
「まだやることが残ってるぜ」
「なんですか?」
「あの子の歌を形に残さないと。日和、歌声を楽譜に書き取ってくれるだろ?」
ギターは壊れてしまったけれど、彼女の正確な絶対感覚があれば問題はないはずだ。というのは半ば建前で、本物の歌声を聞いてみたかった。すると悠宇の心を見抜いたように日和が笑った。
「悠宇くん、さっきの雑誌を読まなかったの?」
「え?」
さっきの雑誌、とは悠宇が鞄から引っ張り出した半年前のもの。日和は彼女の写真を確かめる際ちらりとななめ読みをしたのだ。
「おめでとう・・・って、言ってもいいのかしら。先月CDデビューをしたんですよね。お店へ行けば、買えますか?」
「多分」
恥かしそうに、嬉しそうに少女は答えた。幸せの絶頂で死んだことを悔いる口調ではなく、死ぬ前に夢を果たせたことが満足だという風だった。
「だけど、もう一度歌を聞いてくれるなら嬉しい」
少女の言葉を聞いて顔を見合わせた悠宇と日和は、並んで少女の正面に腰を下ろした。二人の後ろで杖をついて立っているパティは、声に出さず考えごとをしていた。
 が、パティの綿密な思考はどたんという鈍い物音で遮られた。携帯電話を握ったまま、三下が失神していた。どうやら偶然に、神経に障るボタンを押してしまったらしい。あっけないほど単純に影響を受ける男だ。
「・・・どうやら、アトラスに寄らなきゃならないみたいだ」
三下を担いで帰る羽目になりそうだと悠宇は顔をしかめた。少女の正確な歌声は笑い声によって中断された、透明すぎる歌声はこの東京にはそぐわない、もっと高い、空の上のほうが似合っているように思われた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
4538/ パティ・ガントレット/女性/28歳/魔人マフィアの頭目

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回死を招く歌声を持つ少女の話、と言いながら実際は
ほとんど少女の登場がなかった気がするのが残念です。
悠宇さまのオリジナル部分では、実は路地裏で壊れた
ギターを見つけるところが気に入っています。
東京ほど不思議な都市伝説の似合う場所はないと思います。
東京怪談、というくらいですし・・・。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。