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<東京怪談ノベル(シングル)>


『ある天才科学者のボヤキ2 ― 夜のゴーンタ操縦大作戦 ―』

【0】
 天才は天災?

【1】 博士からの招待状

 親愛なる宇奈月慎一郎さまへ。
 ちゃおー、ハロー、ボンソワール。
 えーっと、先日は、僕様チャンに原子炉の作り方をレクチャーしてくれてありがとうございますなのねん。
 そんなこんななあなた様のおかげで僕様チャン、超ハッピーな事に激素敵な原子炉ロボットを完成させちゃいました♪ もうほんと、ベリーベリーハッピー♪
 それで、このお手紙は感謝のお手紙だけじゃなくって、その原子炉ロボットのお披露目試乗式になんとご招待のお手紙だったりしちゃうのね♪
 イェーイ、ハッピー?
 アー ユー オーケー?
 って事で明日のお昼の12時のサイレンの鳴る時間にきっかりと始めちゃいますので来て下さい。
 待ってるよぉ〜〜〜ん。



 かしこ。
 追伸 もしもお土産もらえるのなら菊花堂のプリンがいいな〜〜〜。



「はぁー、これはまた何とも、ボ」
 真っ暗な部屋で点けっ放しになっているテレビ、その画面から放出された光りと共にスピーカーから発せられた大音量が慎一郎の言葉を掻き消した。
 ―――――どうやら今日もあの三人組はお釈迦パズルを手に入れられなかったようだ。合唱。
「それにしてもボンソワールから察するとこのお手紙、書いたのは夜ですね」
 顎に手をやりながらふふん、と慎一郎は笑う。
 夜中に書いた手紙は朝に見直せ、とはよく言ったものだ、と慎一郎はうんうんと頷きながら納得する。
 まあ、原子炉ロボットが完成した事に寄るハイテンションもあるのだろうけど。
 今まさにこの時がベリーベリーハッピー♪ という感じなんだろう。
 そしてそういう感情は慎一郎にもよく理解できた。
 いそいそと書斎の奥の混沌とした本棚から引っ張り出してきたのは日記帳兼アルバムだ。
 いや、アルバムが兼日記帳なのか。
「どうでも良い事です」
 慎一郎はそう突っ込みを入れてアルバムのページを開いた。
 忘れもしないあの日、あの時、あの瞬間、そこにある写真。
 セピア色、というフィルター処理は慎一郎の心の目がやってくれている。
 だから慎一郎にはセピア色に見えるその写真にはかの【夜のゴーンタ】初召還記念の風景が映されているのだ。目茶ハッピー♪
「はわぁー。この頃の【夜のゴーンタ】は小さくって可愛いですねー♪ いえいえ、今も変わらずにベリベリープリチ〜〜〜ですが(ハートマーク)」
 しみじみと、そしてほのぼのと、その写真を見返す慎一郎の顔は昔の彼女との初デート写真を大掃除でうっかりちゃっかり見つけ出した男のような優しい顔だった。
 そう。その頃はまだそれほど巨大ではなかったっけ、僕の【夜のゴーンタ】♪ でもでもその強力なアッパーが慎一郎の顎に決まったその絶好のシャッターチャンスを逃さずに撮られたそのシーン。写真。一枚。それらがもたらす感想は別にもう一つあった、
「ほんと、僕、よく死ななかったな〜〜〜」
 今度は本当に深く深くしみじみと正座をしながら虚空を虚ろな瞳で見据えながらぼやく慎一郎。
 ―――――それほどまでにその一撃はこうして自分で見てもものすごく鋭く見えた。
「いやいやでもきっと、今では僕はこの【夜のゴーンタ】のアッパーの一撃は余裕でかわせるはずなのです。いや、よしんば喰らってもすぐに立ち上がれる。然したるダメージも受けずに」
 拳を握り、まるで何度もアタックして、その甲斐あって、口説き落とした女性の事を口にするように言う慎一郎。
 そう、
「それは何故かと問われれば、それ以上に強力な一撃を絶えず召還する度に巨大化傾向にある【夜のゴーンタ】に喰らっている僕の愛情のパロメーターが等符号でそれだからです!!!」
 はわぁー、トレビアーン!!!
 こんなに深く愛していますよ、【夜のゴーンタ】♪
 慎一郎の頭の中はもう【夜のゴーンタ】でいっぱい。
 【夜のゴーンタ】大好き。
 好き好き愛している♪
 寝よう。
 きっと今なら【夜のゴーンタ】との楽しくってラブリーな夢を見られるはずだ。
 パタン、とアルバム兼日記帳を閉じて、
 慎一郎は寝室の布団に潜り込んだ。


【2】 夢。夢。夢。

 そこは夢。
 夢。
 夢の中。
 何やら慎一郎はロボットの中。
「あ、あれ?」
 確かに自分は【夜のゴーンタ】との昼間のピクニックの夢を御所申したはずなのに。
 ああ、それなのに! 
 それなのに………
 何故、何故故に?」
「きっと博士からの手紙の印象が強すぎたのでしょうね〜」
 そういう事はよくある事だ。
 何かしらの印象の強い事が夢に出るのは夢という物を脳で見るからである。
「そういえば確か夢を自分でコントロールして見たい夢を見る方法を記した論文があったはずです! それを今からネットでダウンロードして実践しましょう」
 まるでサバトの計画を口にする魔女のようにそう呟いて、慎一郎はつぎに首を傾げた。
 しかしどうやって夢から覚めればいいんだろう?
 自分の手を見て、それから考える。
 ほっぺたを自分の手で抓るとか、
 ほっぺたを自分の手で叩くとか………。
「嫌だな〜〜〜」
 慎一郎にはMっ気は無いようだ。
 そうしてあらためて慎一郎は自分が居る世界を見てみる。
 なんならいっそうの事ここに【夜のゴーンタ】を召還して見るとか………
「こら、慎一郎、何やってんだよ! あの鉄の屑の、偏平足を早く倒しておしまい!」
「そうでがんすよ、慎一郎。今日こそあいつを倒してやるんでがす」
「ふぅぇ?」
 なんと慎一郎の両隣にはあのナイスバディーな女性とゴリラのような男が居る。
「ははぁ〜〜〜。なるほど、そういう方向性ですか」
 思わず考え込む慎一郎。
 それから敵(というか、敵と言う表現で正しいんだけど、立ち位置的にはごにょもにょ)を見ると、そのロボットは上半身は人型、下半身は馬であった。もうラスト間際。お決まりのギャグシーンの寸前。
「ふむ、なるほど。驚き 桃の木 山椒の木 ブリキにタヌキに 洗濯機 やってこいこい大魔神、って奴ですね♪」
 むむむむむ。
 でもこれは困った事になった!
 敵役は絶対に正義役には敵わない。
 これは物語の予定調和。
 運命論。
 宇宙意志。
 もはや常識。
 この宇宙意志に逆らおうとしたボディコンのゴーストスイパーのラスボスも結局はダメだったし、戯言遣いの最大の敵、最悪の狐面の男もダメだった。
「って事は、僕もやられちゃうんですか〜〜〜!」
 そんなのいやいやいや。いやだ。
 いや、これはただの夢なんだから!
 やられた瞬間に階段から落ちた夢を見た時の様に跳ね起きるのかもしれない。
 そうなったら跳ね起きて、跳ね起きた後に、寝汗で張り付いた髪を掻きあげて、嫌な夢だったなー、ってへらへら笑って、それで今度こそ【夜のゴーンタ】との楽しくってラブリーな夢を見ればいいじゃないか! それこそ2度寝しちゃうような楽しい夢を。
 夢が一番、
「現実なんかナンセンスなんですよ!」
 とつい勢い余ってばしん、と両拳でコックピットのモニター部分を叩いたら、押しちゃいけない例のシャレコウベ型のボタンを押しちゃった♪(てへぇ)
「ってばか、この慎一郎、何やってんだよ!」
「でやーんすぅ――――」
 慎一郎の乗っていたロボット爆発。
 そうしてケンタロウス型のロボットの前に放り出される。
 大丈夫。心得ている。
 このロボットはちゃーんと反省すれば情に厚いから見逃してくれる。
「ひゃぁー。また派手にやられちゃいましたねー」
 とん、と、軽やかに慎一郎たち3人の前に現れ出たのはお尻から竜の尻尾を生やしたキュートな女の子。
「はぁわー、実物は本当に実際に見てもかわいいですねー。素敵な尻尾ですぅ〜」
 くるぅん、と巻かれる尻尾。短いスカートの中に収納。
 慎一郎が頬を真っ赤に染めたのはその瞬間にちょっと真っ白な下着とお尻が見えちゃったから。
「や、やややや。不可抗力ですYO?」
 必死に弁解する慎一郎をじぃーっと見る3人。
 こほん、と慎一郎は咳払いをする。
「えーっと、とにかくあの方に謝りましょう。大丈夫。許してくれます」
 じゃなきゃ、拳を顔に叩きこんで痛いお仕置きをされる前に起きます。
 場合によっては、「おしおきだべぇ〜〜〜」というお決まりの台詞と共に現れる二者択一、分岐点、運命の分かれ道で重大な選択を迫られて、下手を打って、とんでもないお仕置きをされるかもしれない。
 そんなのは絶対に嫌だ。
「って、はわぁ!」
 と拳を握りながらふるふると震えていた慎一郎はそこで神の天啓を受けた敬虔なクリスチャンのように動きを止めて、
 ぎりぎりとぎこちなく竜の尻尾を生やした女の子を見た。
「えっと、ライバル会社の信用を落とすために命令している社長さんのお孫さんと見せかけて実は社長本人でしかも宇宙人?」
「ふに?」
 と、竜の尻尾を生やした女の子は慎一郎をまだまだ暑いからなー、というような哀れそうな目で見てきた。
 そんな眼と見詰め合う事数十秒、
 眼をそらされた。
「はわぁ! 愛が生まれなかった!!!」
 いや、違う。
「という事は、この娘は一心ど〜た〜い〜! の娘ですね。なるほどなるほど」
 それに気付いてしまったら、
 もう、
 試さずにはおれなかった。
 【夜のゴーンタ】を召還し、この子の能力で【夜のゴーンタ】を操縦!!!
 じゅるり、思わず涎が零れ出てしまった。
 だってそれはあまりにも美味しい! 美味しすぎる!!!
 いやいやでもそれは、
「矢ガモかわいそうと叫び、だけど夕飯は鴨料理、みたいなっ! って言う感じで、口先八寸の【夜のゴーンタ】を陵辱するようなもので。あー、もう。僕はどうすれば!!!」
 って、夢の中で本気で悩んで、
 うだうだと頭を両手で掻いたり、
 地面に木の棒で小論文を書いたり、
 【夜のゴーンタ】に捧げる詩を朗読したりしていたら、
 気付けば朝の陽光と、その光溢れる朝を謳うすずめの歌声で慎一郎は目覚めていた。


【3】 愛の嵐は突然に

「ああ、とても幸せな夢を見ていたのですが、まるっきり覚えていないのです」
 魔女がサバトで使用する薬品を作っているかのように台所でぐつぐつと煮えたぎる鍋には大根にガンモ、ちくわに牛筋、ゆで卵、タコ、イカ、など等が入っている。もちろん、原子炉ロボットお披露目試乗式にお土産として持っていくお祝いの品だ。
「あー、それにしてもあの夢は本当にどんな夢だったんだろう?」
 夢見心地におでんを作る慎一郎。
 その味もファンタスティックなナイスな味になっている事にはもちろんつゆ知らず。
 そんなこんなでバスケットに熱々のおでんの鍋を入れて、両手でそのバスケットを持って慎一郎は出発する。
 ダイナモンド、ドクロストーン、命の素、トンマのマントに自分の名前を書き記す、王位継承者争い、ライバル社の信用がた落ち作戦、お釈迦パズル、悪役一味の目的を指折り数えて暗唱、
 その後に一味の名称、
 ボスキャラの名前、
 えーい、ついでに正義の味方の名前に、正義のマシンの名前、メカの素の種類に、それぞれから作られるお助けメカの分類まで暗唱してもまだ尚博士の研究所には遠い。
 てっきり近場の街のどこかでいかがわしい商売をしていて、それで得たお金を研究資金にしていると思っていたのに。
 こうして考えて見るとどうやらあの博士、ちゃんとした博士らしい場所で研究所を構えているらしい。
 モーニングももう終わろうかという時のオープンカフェの席に座って、アイスレモンティーを注文して、慎一郎はそれから折り畳んだ喫茶店のお手拭タオルを頭に乗せて(手を拭いて、裏返して顔を拭いて、畳んで頭に乗せた)、博士からの手紙の住所をよーく見てみた。
「はわぁ。これはとんでもない戯言だぁ―――!!!」
 慎一郎は万歳をした。
 その住所は博士らしく海の真ん中に浮かぶ孤島だった。
 ひょっとしたら街中の地下、地下鉄で行くような研究所でATフィールドとか、プールが割れて発進とか、またまた公園が発進所とか、学校そのものが基地で、クラスの生徒全員がパイロットとかなんとか色々と考えていたのに。
「ふむ。絶海の孤島ですか。クローズドサークルですね」
 ばたりとテーブルにへばる。
 テーブルの隅に置かれたお昼のランチ用の山椒。
 ふわり、と思い浮かぶ名文句。
「イチジクニンジンさんしょの木ごぼうどろぼうバッテン棒やって来い来い巨大メカぶちゅぅー」
 と唇を空中に出したら、
 これまた交通事故よろしくアイスティーと11時ギリギリで入ったというのにモーニング(バタートーストにサラダ(キャベツの千切りにきゅうり、トマト、ゆで卵))をテーブルに置いたウェイトレスさんの唇を奪ってしまう。
 しゃべらなければ美青年の慎一郎に突然の愛の告白、しかもすごく強引な男の証の告白はちゅぅー、を受けてウェイトレスは顔を真っ赤にしてしまう。
 何やらウェイトレスの足下に居たさいころ型のロボットが「こりゃぁ、大変だコロン!」、とかなんとか言いながらどっかに行ってしまったのだが、果たしてこれは何かの伏線だろうか? 悩む慎一郎。唇が柔らかい。


【4】 葉と歯

「うわぁーん、よく来たのねぇー、宇奈月さん。僕様チャンの研究所へようこそ。ようこそ♪」
 祝原子炉ロボット完成の垂れ幕が下がる研究所の前で博士は慎一郎の右手を両手で取ってぶんぶんと振り回した。
 と、もう片方の慎一郎の左腕に両腕を絡めてバスケットを持つ金髪の美少女メイドさんに博士は目を激しく瞬かせた。
「えっと〜、お嬢さん、どこかで会った事な〜い?」
「え? あ、いえ、いつもドクロストーンを取り合ったり、いかさま商売を見破って、盗み聞きしたりとかなんとかなんてこれっぽちもしてないよ?」
 えへぇ♪ とかわいらしさ最大級のスマイル。ただしマックの店員みたいなっ! な笑みを浮かべて少女は博士にバスケットを差し出した。
「はい、これ。うちのダーリンからのお祝いだっちゃ♪」
「って、なんかキャラクターが無理やり変えられているし。そんなんだったら僕様ちゃんもカッコいいジゴロな青年演じちゃうもんねー」
 紫の薔薇の人もびっくりな演劇合戦なんかが始まっちゃって、なんだかびっくりな慎一郎はそろーりそろーりと後ろに下がって、クマからイヤリングを落とした事にも気づかずに逃げる少女よろしく逃げ出した。
 スタコラサッサッサーのサー。スタコラサッサッサーのサー。
 研究所の一室に入るとそこには全国の女子高生の皆さんから送られてきた葉書きの山だった。
「はわぁー。トイレットペーパー何個分なんでしょう?」
 それは純粋な疑問だった。全国の女子高生が毎週のように手紙を送ってくるとしたらそれは膨大な枚数になる。しかも絶対に女子高生は人口減少化に伴って数が少なくなる事はあってもしかし途切れる事は無いのだ。
 それはそれは確かに膨大な葉書きの消費量だろう。
「ああ、だけどこのご時世、もうアナログじゃなくってデジタルでしょうか?」
 ぽん、と得心が行ったように慎一郎は手を打った。
 デジタルは保管がしやすい。たった一枚のフロッピーディスクの中に膨大な量のデーターが入るのだから。
 と、そこで思考の回帰。
 果たしてここにある手紙はトイレットペーパー何個分?
 バイオUを手にとって、それで最近勉強した手の錬金術で、
「待てーぃ」
 凛とした少年の声。
 慎一郎は振り返る。
 そこには小型の犬型のロボットの横の取っ手を握り、タラップに足をかける金髪少年が居た。
「ふぅわ、あなたは?」
「俺の事はどうでもいい!!! それよりも大事にしてくれるんだろうな?」
「え?」
「大事にしてくれるんだろうな? 大事にしてくれないのなら、こうだぞ!!!」
 骨型の何かを少年が犬型ロボットに投げて、それを食べてそれで犬型ロボットの口から排出される小型メカ、カメ。
「「「「「「「カメ噛めカメ噛めカメ噛めカメ噛め。噛めぇー♪」」」」」」」
 何て歌ったかと思うと、おもむろに噛み付いてくる。
 しまった!!! 今巷でナウなヤングに大うけのカミツキガメか!!!
 ここは高速詠唱で【夜のゴーンタ】を召還して、それでカミツキガメを撃破、って、だめだ!!!
 そんな事をしたら【夜のゴーンタ】が動物愛護団体から訴えられちゃっう!!! そしたら【夜のゴーンタ】会員番号0001番の名折れだ。
「ひゃぁー」
 慎一郎は両腕で頭を覆って、全身を噛まれる覚悟をした。
 嫌だなー、
 痛いだろうなー、
 目覚めちゃったらどうしよー?
 しかし、いつまで経ってもカミツキガメの歯が慎一郎の身体を噛む事は無かった。
 果たしてその真意は?
 来週を待て!!!




 いやいや、待たない。
 待たない。
 慎一郎は瞼を開いた。
 そしてそこに居たのは、
「チェキラー♪」
 びしぃ、っとカッコよく伸ばした親指をぐっと突き出して決めるように葉のように見える刃…もとい、刃のように見える葉を突き出すあの殺人フラワーだった!!!
 慎一郎の行く所その影あり!!! 家族と別れ難く、かといって慎一郎とも別れ難い。ならばと分離してやってきたその愛情、今見せましょう、ここでその愛の花を!!!
 咲かせましょう共に愛と友情の花、果たしてその憎いナイスガイの名前は殺人フラワー!!!
「チェキラー♪」
 しゃこーん、しゃこーん、しゃこーん☆
 そして殺人フラワーはカミツキガメの歯を見事に葉で切り落とした。
 葉と歯の勝負は葉にあったらしい。
「あぁー、ありがとう、殺人フラワー」
 慎一郎は命の恩人の殺人フラワーに抱きついた。
 ここぞとばかりにその慎一郎の髪を切る殺人フラワー。
 散髪代はタダなり♪
「がぁ、わぁ、ひ、ひどい。俺のカミツキガメが」
 金髪の少年はどうやらそうとうショックを受けているようだ。
 慎一郎は考える。最近はロボットペットブームがもてはやされているようだが、しかしそれで情操教育は成り立たない。ここは、
「そう、この僕が上手くまとめましょう!!!」
 と言うが早いか慎一郎はバイオUに保存されている魔方陣によって召還を開始する。放たれる閃光、そして消える少年のロボットたち。
 それらを触媒として召還されたのはティンダロスの猟犬であった。クトゥルフ神話において語られるそれだ。
 慎一郎はそのティンダロスの猟犬の姿に圧倒され、絶句している少年に親指を突き出して、
「大事にしてくださいね」
 と、爽やかに微笑んだ。
 気分はお地蔵さんに売れ残りで申し訳ないがかさを被せてあげたおじいさんのような気分だった。
「あ、いえ、お礼しに大晦日にこなくっても結構ですからね♪」
 と、にこりと笑う慎一郎と殺人フラワーだった。


【5】 原子炉ロボット

「あ、居た居た。こんなところにね居たのーね。ここは全国の女子高生ファンから僕様チャンに送られてきたお手紙を置いておく場所なのーね」
「はあ、ところでここにある葉書きでトイレットペーパー何個作れるんでしょうか?」
「さあ、それは知らない事なのねー。そして知っちゃいけない事なのねー」
「え? と言うと?」
「それは僕様チャンが全国の女子高生からのお手紙をトイレットペーパーにしちゃったから、っていう事だから」
「はわぁ!」
 慎一郎はその言葉に何かが眼から落ちたような気分になった。



「さあ、試乗式なのーね」
「と、あのメイドさんはどうしました?」
「ああ、なんだかわからないけど、変てこな仔犬を連れた少年を見て、ああ、あたしが浮気をしたから、とかなんとか、なんだか昼メロドラマの『私の為に争わないで!!!』、と叫ぶ女の子のような顔でその少年を追いかけていったのーね」
「そうなのですか」
 はぁー、本当に人生は何だか色々な事があるなー、とかと思いながら慎一郎は言われるがままに原子炉ロボットの操縦席に座った。
「さて、ここで操縦席と言うと、よくコクピット、とかと言われますけど、コックピットの方が正しいんですねー」
 と、乗ってしまったけど、
 初代と二代目の白いモビルスーツのパイロットは父親がそれを設計し作った技術者だったから、その関係で機械関係に博識で動かせたり、三代目は「なんとなーくわかっちゃうんだよねー」、とニュータイプ特有の直観力で二作目の前主役機モビルスーツを一話で簡単に動かして見せたが、しかし、
「僕の父親はこの原子炉ロボットを作ってませんし、生憎と僕もニュータイプじゃありませんしねー」
 うーん、という事で適当に動かしちゃいましょう。
 砂漠でナチュラルなのにコーディネーター用のOSを摘んだままの主役機を動かそうとしてこけさせちゃった彼のようになりさえしなければ大丈夫だろう、ぐらいなき易さで慎一郎はボタンを押してみた。(ただしきっと、このシャレコウベ型のボタンは押しちゃダメなんだろうなー、っていうか、同じ事は二度もしないぞ、自分。えへ(ハートマーク)、と思って、って前回って何時だっけ? とまるでつい先日…それこそ昨夜ぐらいにもそんな事をした事があるようなデジャブ感を感じながら押してみた。)
 と、
 出てきたのは、着物を着たカブだった。
「愚カブ」
「…………」
 お互いに黙ってしまったのは、何故だかそんな何やら出てきて早々失礼な戯言を口走ったそのカブが着物を脱ぎ出したからだ。
「えっと、どうして脱ぐんです?」
「………自爆したり、やられたりするんじゃないのかえ?」
「いえ、全然。まったく。そんな素振りも無しです」
 と言った瞬間に真っ白だったカブが真っ赤になって、下がってしまった。「いやぁ〜ん」、という声が何だかかわいらしいし、微笑ましい。
「うにー、今のは」
 悩む慎一郎。
 すると今度はツッパリの豚が出てきて、その豚の周りだけ映像処理だかなんだかで真っ暗になって、
「暗い。暗いなー」
 と、呟いて、やっぱりそれだけで消えてしまった。
 どうやらギャグが滑った時とかなんとかの時専用の実にお金がかかった高度なツッコミマシーンらしい。しかも自立AI付き。
「すごいでしょん。これでボケ役へのボケほったらかしは無しよ〜ん」
「は、はあ。それは全国の漫才コンビ大絶賛の嵐ですね。ただしもしも世界が百人の村だったら限定で」
 ―――後半はぼそりと呟いておく。
 するとそれをめざとくもこの原子炉ロボットのAIは聞き逃さなかったようで、操縦席の前のモニターの上から椰子の木が生えて、
 それを登る豚。
「豚もおだてりゃ木に登る。ぶぅー」
 思わずシビビン シビビン シビビン ビンってコックピット内を飛び回らなくっちゃいけないような義務感に苛まれる慎一郎。
「えっと〜」
 そんな彼の気持ちを察したのか、今度はお殿様の姿で現れるカブ。
「株が下がるカブ。いと、哀れなり」
 ぱちん、と扇子が閉じられて、
 そのまま下がっていき、
 それから操縦席の前を占める半円形のモニターの上から順々に出てくる豚のオーケストラ。軽やかな音楽を順々に楽器の小さい順から演奏していき、そうして、次にかえるの声楽隊があぁー♪ と発声練習をし出して、
 そんなこんなで準備万端。いったい何をやり出すのかと思えば、
「や〜ら〜れ〜た〜♪」
 ダメじゃん!!!
 と、思わず慎一郎、快心のツッコミ!!!
 なんだか貧血を起こした薄幸の少女よろしく慎一郎は気だるげに座席シートに実に深々ともたれた。
「はわぁ、宇奈月さん、何だかお疲れのご様子?」
 そう言う博士の顔は何だか嬉しそうで、
 それに嫌な予感を覚える慎一郎。だがしかし、
「はい」、と頷いてしまう。
 後悔先に立たず。
 いや、後の祭り………。
 とかと思っていたら、
「はぁ〜、これは気持ちいですねー」
「でしょぉ〜。僕様ちゃんたちトリオのリーダー格の女がこれまたもぉー、面倒臭くって我が侭な女で、こんな狭いコックピットじゃ肩が凝る、暑いぃー、とかって、かー、まー、我が侭言い放題のヒステリック大売出しで、即刻こっちも転売しちゃいたいぐらいの不機嫌丸出しになっちゃうから、だからこうしてエステシステムを組み上げて、取り込んでみたわけ。どう、快適でしょう?」
 そう笑顔で笑う博士の背後で、また椰子の木が生えて豚が登って、
 綺麗な着物を着たカブの女性が扇子を閉じて、
「豚もおだてりゃ木に登る。ぶぅー」
「愚か、なり」
 と言ってくれたので、慎一郎としてはもうツッコミ役は辞退して、機械の手…というか、エステシャンの格好をした小さな豚のロボットたちが全身を揉んでくれるその快感の気持ち良さと、クーラーの良質な涼風に誘われるままに眠る事にした。
 この天国気分ならきっと、あの夢の続きを見られるかもしれない。
 それにしても、こんな変なシステムにお金と労力をかけているから勝てないんだろうなー、と慎一郎としてはものすごく納得してしまった。
「哀れ、なり」
 ぱちん、とカブのお殿様が扇子を閉じるのが、眠りの海に意識が落ちる前にぎりぎり見る事が出来た。


【ending】

 何だかとても良い夢を見た。
 竜の尻尾を生やした女の子がコックピットに変身して、そしてそれが【夜のゴーンタ】と合体して、
 だから慎一郎は憧れの【夜のゴーンタ】を動かせるパイロットとなれたのだ。
 あれは本当に楽しい、童心に返るような夢だった。
 しかも原子炉ロボットのギミックのおかげで全身がマッサージで気持ち良いし。
「快適無敵です!」
 うーん、と伸びをして、軽やかな動きで慎一郎は熱々のおでんを頬張っている博士に頭を下げた。
「それでは僕はこれで帰りますね」
「うん。ありがとーうなのねー。これで憎くくて小生意気な僕様チャンのライバルたちを倒してその祝勝会旅行全国の女子高生の皆さんご招待記念の時にはまたご招待するのーね」
「ええ。楽しみに待っています。きっとそうなりますよ」
 にこやかな笑顔でそう言う慎一郎。その脳内できっと、今頃「豚もおだてりゃ木に登る。ぶぅー」、「愚カブ」、と豚が椰子の木に登り、着物を着たカブが皮肉りながら優雅な動きで扇子を閉じているのだろうなー、と想像しながら。
 そして身を翻そうとして、慎一郎は何かの影を見たような気がしたが、きっとそれは何かの見間違い、はたまた何かのロボットだろう、とは流したが、しかし彼は知らなかった。夢の中で【夜のゴーンタ】を召還した事で、慎一郎の夢から、その召還した【夜のゴーンタ】以外にも、慎一郎の夢の中の住人が幾人かこの現実世界に出てきてしまった事に。
 そうしてそれらはこれからもこの研究所に居座るのか、もしくは殺人フラワーのように慎一郎の行く所現れる所に出現するようになるのか、はたまたこれこっきりか! それは誰も知らない。知らないったら知らない。あー、知らない。
 それこそ、それは神のみぞ、知る。
 ってね、なーんてね、それはあの尻尾が竜の女の子で、そうしてこれからこの世界のロボット業界は飛躍的な躍進を遂げる事になるのだが、それはまだまだ先のお話。
 そんな事をその尻尾のある華奢な女の子の影を見た慎一郎は無意識のうちに理解して、
 そうして無意識だから慎一郎自身は何故だかわからないのだけど、そんな未来ににこりと微笑んで、
 何やらこれまでどこに行っていたのか、やけにご機嫌そうな殺人フラワー(すごくすっきりとしているっぽい。まるでもうたくさん、というぐらいにご飯を食べた後とか、何か好きな事をした後のようにストレス解消してきた)と慎一郎は帰っていった。


 →closed