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<東京怪談・PCゲームノベル>


IF 〜田中くんの恋人5〜


 太陽の熱が肌を焼きじわりと肌の上へと汗をにじませる中、湾岸沿いの道を走り抜けるバイクが一台。
「早い早いっ」
「あまり喋ってたら、舌噛みますよ、先輩っ」
 背中越しにはしゃぐ声が聞こえ、裕介は伸しそうで何よりと思うと同時に少し心配になってくる。
「だって、ねえ?」
 くすくすと笑う樟葉の声は瞬く間にバイクのエンジン音にかき消されていった。
 大きな声でなければ届かない声は、例え微かな物でもニュアンスだけで楽しんでいるのだと伝わってくる。
 そうしてそう言う樟葉の行動が決して嫌な物ではないのだし、実際にははしゃいだ声を上げるだけなのだ。
 結果的に裕介が選ぶ行動は、声に意識を傾け過ぎてよそ見をしてしまわないように気をつければいい。
「もうすぐ着きますから」
「楽しみ」
 目的地は、この道の先にある海。
 今回は樟葉の休暇を利用して湘南への小旅行を計画したのだ。
 二人にとっては元々生活をしていた場所なのだから馴染みのある場所だったという理由もあったりするがそれはひとまず横へ置いておく。
 要するにゆっくりと楽しめればいい。
 おかげで条件の良い旅館を予約出来たのだ。
 ホテルを選ばなかったのは、浴衣姿が見たい裕介の趣味だと言っておく。
 なにはともあれ、到着するまであともう少し。



 先に着替え終わった裕介は待ち合わせの場所で、樟葉が来るのを楽しげに待っていた。
 まだどんな水着を持ってきたのか教えてもらっていないから、余計に楽しみに感じてくる。
 待つこと数分。
「おまたせ」
「いいえ、全然……!」
 背後からかけられた声に振り返り、裕介は目を丸くした。
 流石に声こそ上げなかった物の、その一歩手前だったことは間違いない。
「よかった、思っていたより混んでて時間がかかったから」
「そうでしたか……じゃなくて、ええと」
 軽く手を振りながら歩いて来る樟葉は、普段から想像も付かないような水着姿。
 普段は落ち着いている服を好んで着ているだけに、ずいぶん大胆なデザインを選択した物だと流石の裕介も驚きを隠せない。
 ボトムラインからは白い足がすらりと伸び、周囲の人目を多々集めている。
「どう、似合う?」
 くすくす笑いながら尋ねられ、解りやすい反応をしていたとを改めて自覚させられる。
 隠したり誤魔化すことになんの意味もない、ここは素直に頷いておくことにする。
「それはもう驚きました。ですがとても似合ってます」
「すこし足に見とれてたでしょ?」
「あ、あははは……」
 思わず苦笑。
 指摘されたこともまた、言われて気付いた事実だったのだから。
 きちんと樟葉の着ていた水着を見ていたつもりだが……視線は正直だったと言うことだ。
「その反応だと当たってたみたいね」
「すみません、つい」
「からかっただけよ、早く行きましょ裕介」
 急かすように手を引かれ、慌ててビーチサンダルをはき直す。
 荷物の大半はロッカーに預けてあるから問題ない、必要だろうと持ってきた小銭やタオルの類は店に預かってくれる場所があるのを確認済み。
 支度を終え、海と向かった。
 思わぬ先制パンチを食らった結果は、この後もやっぱり振り回される結果として表れるのだろう。
 漠然と浮かんだ予想は、見事的中することとなった。



 膝より下程度の場所で水の掛け合いから始まり、ボートで海に出てみたり、軽く泳いでみたり。
 とても楽しそうに遊ぶ様子とは裏腹に、過激な水着のデザインとのギャップで更にドキリとさせられる。
 普段は明るい太陽の下で見ないような露出具合もさることながら、周囲の樟葉へと向ける視線も普段より何割か増しになり気になって仕方がないのだ。
「少し休憩にしませんか?」
「そうね、喉も渇いてきたし」
「俺が買ってきますよ、何にします?」
「ウーロン茶お願い」
「解りました、待っててください」
「ありがとう」
 売店へと向かう前に、はたと立ち止まり振り返る。
「海から出たばかりですし、体が冷えると良くありませんから」
 何か手頃はないかと鞄の中を探し、見つけ出したパーカーを樟葉の足へとかけるように渡す。
「あら、優しいのね」
 くすくすと笑われる辺り、意図は見え見えだったに違いない。
 やった本人も解りやすいとは思っていたが……。
 飲み物を買い戻る、僅かな時間は状況を変えるのに十分な時間だった。
「!」
 樟葉の前には見ず知らずの男が二人。
「一人?」
「向こうで一緒にどう?」
 やたら親しげに話しかけているのは、ナンパに違いなく。
 裕介が居なくなるのを待っていたに違いなかった。
 話しかけられている樟葉は少し困ったように返すだけで、特に何かを対処する様子もない。
 何故早く断ってしまわないかと思うが、事を荒立てようと思わない限り少し難しいかも知れないと思い直す。
 何よりも待っていてと言い残し、移動できない状況を作ってしまったのは裕介なのだから。
 カップを持ったまま側へと駆け寄り、樟葉と男達の間へと割って入る。
「すみません、他所に行って貰えます?」
早く行けと手で追い払うと、もう戻ってきたなどと悪態を付かれたが……それも軽く睨めば退散してしまった。
「おかえり、早かったのね裕介」
「さほど混んでませんでしたから」
 思ったより簡単に退散したが、何か落ち着かない。
「……怒ってる?」
「そんな事はないですよ」
 ジュースの入ったコップを渡しながら時計を確認し、そろそろ昼食に良い時間だと判断する。
「何か食べに行きませんか?」
「そうね」
 手を引きながら店に向かい、少し遅めの昼食を取り始めた頃。樟葉は普段通りの落ち着いた雰囲気に戻りつつあった。
 身勝手な話だが……朝のテンションが高かった事もあって、さっきとの変わりようが気になってくる。
 その原因が裕介本人がすっきりしない態度を見せていることも解っているというのに、どうすればいいかが解らない。
 口を開けば何かつまらないことを言ってしまいそうなのが嫌だった。
 何食べている間はさして気にならない会話の少なさも、食べ終えてしまえば不自然さへと変わる。
 とにかく何か言おうと考えていた裕介よりも先に、樟葉が柔らかい口調で話題を切り替えた。
「この後、少し散歩しない?」
「そうですね、食べてすぐに泳ぐのは良くなさそうですし」
 席を立つと同時に二人してパーカーを着込む、海で泳ぐのが目的ではないのだからこの方が都合が良い。
 店を後にし、海岸沿いを歩きながら岩場の方まで並んで歩く。
「足場が悪いから気をつけてください」
「ありがとう。ねえ、裕介」
 サンダル越しに伝わる石の感触を感じながら、樟葉の方へと振り返り手を伸ばす。
「……?」
「今日はしゃいでたの、どうしてだか解る?」
 手を取りながら訪ねる樟葉に、思わず返答をつまらせる。
 これまでは何か形にならない物を漠然と感じただけで、そのままにしていたなんてうかつにも程がある。
 いつもと違うと、もっと早く気付くべきだったのに。
「それは……」
 ほんの少し考えれば、解ることだった。
 答えに気付いた裕介が回答するよりも早く、樟葉本人から答えが告げられる。
「構って欲しかったからって言ったら、笑う?」
「そんなこと、ありませんよ」
 解ってしまえばとても簡単なこと。
 愛おしくて、かわいらしい感情。
 今まで感じていたしっくり来ない何かは、たった一言で消え去った。
「機嫌、直った?」
「見ての通りです、先輩には敵いません」
 少し下から楽しそうに見上げられ、有す自信なんて単純なとは思いつつ、頬がゆるむのを止められない。
「よかった。まだ時間あるし、もうひと泳ぎしない?」
「ボートで海に出るぐらいにしませんか、出来れば上着を着たままで」
「正直に言えたから、後は裕介に独り占めさせてあげるわ」
「光栄です」
 どこまでが嘘か本当か解らない冗談めいたやりとりを交わしながら、楽しげに元居た方へと引き返す。
 それから日暮れまで、二人ゆっくりと海を楽しんだ。




 ■その日の晩

 宿へと戻り、海での疲れを温泉で洗い流し、部屋での食事も済ませた後のこと。
「少し散歩にでも行かない?」
「そう言うと思って、少しですけど花火も買っておきましたよ」
「さすが準備万端ね」
 浴衣の上からもう一枚はおり、簡単に出かける支度を済ませる。
 やはり旅館を選んで良かった。
 完全に乾ききっていない髪や、袖や首筋から僅かにのぞく白い肌は、昼間見た水着姿とはまた違う色っぽさがある。
「浴衣、よく似合ってますよ」
「ありがとう、裕介も似合ってるわ」
 楽しげな樟葉の横を歩きながら、旅館からバケツを一つ借りて海岸へと歩きで向かう。
 とはいっても昼間泳ぎに行ったのとは別の場所、泳ぐことを目的としなければ砂浜は旅館のすぐ近くにもあるのだ。
 海岸へと到着してみれば似たようなことを考えた人が他にも数名。
 適度に距離が開いてるのは好都合だ。
 良い場所を探し、二人きりで花火を楽しみながら海でのことを笑って話し合う。
 昼にあったことも、少し時間が経っただけですっかり笑い話へと変わってしまった。
「明日帰るまでにもう一泳ぎしません?」
「あら、あの水着気に入った?」
「そうですね、二人の時にゆっくり見たいです」
 とてもよく似合っていたのは本当だ。
 他の誰かにジロジロと見られるのでなければぜひとも着てもらいたい。
「一通り遊んだけど、残った花火は大きな音化しそうな物ばかりね」
「このへんで線香花火にして締めますか」
「そうね」
 着物の裾が下に着かないように気をつけながら膝を曲げ、軽く袖を押さえながら線香花火が小さな火花を散らすのを目で楽しむ。
 闇夜に白い閃光と花火のはぜる小さな音が本の一時暑さを忘れさせる。
「帰ったらまた頑張れそう」
「また忙しくなりそうですからね、前のように無茶して倒れないでください」
「平気よ、また裕介に看病してもらうわ」
「次はうつされないように気をつけますよ」
「あら、良いのよ? そうなったら私が看てあげるから」
「そもそも倒れない様にしてください」
 少し前にあったことなだけあって、その光景ははっきりと脳へと浮かんでくる。
 出来ることなら、倒れる前に気をつけたい物だ。
「堂々巡りね……あ」
 小さな花火は音もなく消え終わりを告げた。
「終わっちゃったわね」
 少し残念そうにため息を付き、近くのベンチへと腰掛ける。
「俺もです……もう少し散歩しますか?」
「そうね、風も気持ちいいし……」
 そこまで言いかけた樟葉は側に来てと手をこまねく。
「ここで休んでからでも良いと思わない?」
「もちろんです」
 隣に座った裕介へと寄り添う様に肩を預けてくる。
 それはとても心地の良い重さ。
「裕介……」
「……?」
 波音にかき消されてしまいそうな小さな声に、聞き返そうとした裕介へ静かに唇が重ねられた。
「………」
 ほんの少し間を置いて離れていく樟葉の背へと腕を回して抱きしめる。
「キス……したかったの」
「……俺もですよ」
 角度を変えて二度目のキスをした。
 それは甘くて幸せな、夏の思い出の一つ。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1098/田中裕介/男性/18歳/孤児院のお手伝い兼何でも屋】
【6040/静修院・樟葉/女性/19歳/ 妖魔(上級妖魔合身)】

→もし付き合っていた先輩が死ななかったら

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■         ライター通信          ■
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※注 パラレル設定です。
   本編とは関係ありません。
   くれぐれもこのノベルでイメージを固めたり
   こういう事があったんだなんて思わないようお願いします。

IF依頼、ありがとうございます。
もしもの世界、楽しんでいただけたでしょうか?
夏が瞬く間に終わるのに冷や汗を感じつつ納品させていただきます。